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集団的自衛権


 大臣などのVIPは、支配人直々にお部屋にご案内する。支配人という立場の人間が、ベルボーイと同じ仕事をするなんてと、他のホテルの支配人たちは笑った。VIP達は何度同じホテルを利用しようと、ベルボーイの顔など覚えない。

 だけど、いつも松木が案内してくれる。外国人の客を同伴して来ても、通訳すらも必要ない。VIPの情報収集も完璧で、欲しいものは言う前に揃えられていて、完璧に行き届いた接客を施してくれる。皇国ホテルに来れば、必ず支配人が高品質のサービスを施してくれる。

 松木はホテルを訪れるVIPたちから、「世界で最も信頼できるホテルマン」として、非常に評価が高い。ビジネス雑誌やノンフィクション番組で特集を組まれたことだってある。そんな彼だから、いつの間にか自分のオフィスに潜り込んでいた、3人の聖職者たちにも丁寧に対応した。


「恐れ入りますが、こちらのお部屋には、お客様にお楽しみいただけるものをご用意できておりません。よろしければ、1階のギャラリーをご案内させていただきますよ」


 明らかに不審なこの状況ですら、態度を崩さない松木に、レスター達は少し驚いた。

 だが、相手がどんな態度を取ろうが関係ない。吸血鬼をただ、殺すだけ。アレックスの虹彩は紫の輪郭を残して真っ白に変色し、松木に獰猛に襲い掛かった。

 アレックスを見てただの人間ではないと気付いた松木が、とびかかるアレックスを右に避けた瞬間、右目の視界に白刃が煌めいた。避けることを想定して、レスターが右側から迫っている。松木は二人の神父の連携とスピードに対応できない事を、長年の経験から悟ってしまった。

 そして、この瞬間にグループの同胞たちの死の真相を理解し、90年以上ホテルの支配人として勤めあげてきた人生が、走馬灯のように脳裏に駆け巡った。


「させるかぁっ!」


 若い男の声が響いた瞬間、レーザーの様な一筋の閃光が走り抜け、レスターの持つナイフが弾き飛ばされた。レスターは邪魔者など関係なしとばかりに、更に取り出したナイフで松木に襲い掛かったが、伸びてきた黒い絹糸の様な糸に雁字搦めにされて身動きが取れない。見ると、レスターだけでなく、アレックスとビビアンも、ミナの長い黒髪に捕えられていた。


 間に合ってよかった、とサイラスは息を吐いて、加勢してくれたオモヒカネをパーカーのフードに戻した。


「松木さん、大丈夫?」

「お陰様で。同族の方でいらっしゃいますか?」

「俺は人間なんだけど、ヴィンセント様達はヴァンパイアだよ。姫様に頼まれて、助けに来たんだ」

「宮様の御友人でしたか。お話は宮様より伺った事がございます。お助けいただきまして、誠にありがとうございます」


 松木が丁寧に、そして心から感謝しているとわかる礼を返して、サイラスも嬉しそうに笑った。だが、すぐにミナが捕えている3人に視線をやった。


「ここじゃぁ松木さんに迷惑がかかるね。どこかに場所を移そう」 


 そうしてヴィンセントが連れてきてくれたのは、東清京のとあるスタジアム近くの交差点。そのスタジアムではサッカーの国際試合が開催されていて、警察の交通整理に誘導された、数万人に及ぶ人々でひしめいている。その表情は暗く、また、怒りや悲しみ、悔しさに満ちている。その日の試合は、日本代表がホームでボロ負けするという、残念な結果だったのだ。

 今にも暴徒化しそうな群衆の中に現れたサイラスが、携帯電話を操作する。すると、交差点の至る所に設置された電光掲示板の場面がパッと変わった。そしてサイラスが電話口に向かって言った。


「日本代表を愛する、日本国民の皆さん。今日は大変残念な結果となりました。その原因となったのは、日本代表のスポンサーだった、六条グループに大きな問題が発生していたからです。その問題とは皆さんもご存じの、六条グループ代表連続殺害事件です。これから流す映像は、その事件の瞬間を収めたものです」


 電光掲示板だけでなく、街頭のスピーカーからも突然流れ出したアナウンスに、人々は驚いて電光掲示板を見やる。暗くなっていた電光掲示板が再び動きを取り戻す。すると、そこに映し出されていたのは、アレックスとレスターに襲われる松木の姿だった。


「皇国ホテルの支配人が襲われた瞬間です。皇国ホテルも六条グループです。支配人は何とか逃れることが出来ました」


 人が人を殺そうとする、戦慄を覚える映像に、騒然としていた交差点は静まり返る。そしてさらに映像が切り替わり、3人の写真が映し出される。


「神父レスター、神父アレックス、シスタービビアン。布教や慰問の名を借りて、聖職者と偽って人殺しをする暗殺者です。この3人のせいで六条グループは重大な損害を受け、そして日本代表も十分なサポートを得ることが出来ず、敗退したのです」


 人々は映像と流れる声に驚愕し、それが動揺になり、元々興奮していたせいもあってか、徐々に怒りに変化していくのを見届けて、メリッサが叫んだ。


「この人達よ! 人殺し!」


 既にミナの拘束を解かれて、群衆の中に置かれていたアレックス達は、メリッサの声によって一斉に視線を浴びる。アレックス達には日本語は理解できない。だが、群衆から向けられる幾千幾万の瞳には、恨み、怒り、侮蔑、恐怖が宿っている。一斉にその視線を浴びた3人は、小さく息を飲んで後ずさりをした。

 それを見て、サイラスが続けた。


「許せますか? 六条グループを震撼させ、日本代表を不利に追いやった、聖職者の皮を被った人殺しを。日本を愛するあなた達は、許せますか」

「許せねェ!」 

「人殺しめ!」

「捕まえろ!」


 サイラスの言葉に扇動されて、群衆は一気にアレックス達に詰め寄って、アレックス達は揉みあい、もみくちゃになり、叩かれ、踏まれ。暴徒化した市民を何とか宥めようと警察が介入するが、一向に収まらない。パトカーなどの緊急車両が何十台も出動要請を受け、周囲は緊急車両で埋め尽くされる。

 人々に捕えられたアレックスを、サイラスは静かに見つめていた。力がなく経って、人間には知恵がある。人間は弱いけれど、群衆になれば力を発揮することだってある。巨大を国を治める王様だって、市民が結集した時の力には、昔から恐れを抱いていた物だ。しかも日本は、革命によって変わった国だ。その国民たちの結束力と、集団になって動く力は強い。


 アレックス達が、ただの人間とはいえ、これほどの集団の包囲網から抜け出ることは困難だろう。警察にでも捕まってしまえば、アレックスが国際指名手配犯であることなど、きっとすぐにわかる。

 アレックス達が松木を襲撃した時の映像は、きっとすぐにネットでも流されるだろう。逃げられたとしても、彼らは二度と日本には近づけないし、これほどの騒動になってしまったら、もしかするとヴァチカンから破門される可能性だってある。

 捕まったアレックス達を、すぐに殺してもいい。だけど、思い知ってもらう必要がある。志半ばで死ぬ事、愛する人を失う悲しみ、大切なものを奪われる絶望。

 吸血鬼にだって、家族や愛する人がいて、大事なものを持っていて、それを、他人の幸せを理不尽に奪う事が、どれほど罪深いことなのかを。  



「俺がただのチキンだってナメてるから、そーなるんだよ。ペンは剣よりも強いんだ」


 既に群衆の中から抜け出していたサイラスは、電波塔の上から騒動を見下ろしながら一人ごちた。オモヒカネが労う様に尻尾でサイラスの肩をポムポムと叩き、ヴィンセントが背後で満足そうに笑った。

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