運命の定め
「ボニーとクライドは、子どもと上手くいっていないだろう」
「まぁ……思春期だし。でも、なんの関係が?」
サイラスが尋ねた時、玄関を開ける音がした。丁度そのボニーとクライドの息子、アレックスが帰ってきた。だが、いつもは挨拶をするアレックスが、そのまま挨拶もせずリビングを横切っていく。
「あれ? どうしたのかな?」
「目覚めたのだ。私とミナの存在によってな」
「何が? ……アレックス? 何してる?」
質問しながらアレックスを目で追っていたサイラスが、目を丸くした。地下室に入って行ったアレックスが戻ってくると、その手には剣が握られていた。サイラスもシャンティに見せてもらったことがあって知っている。あれは聖剣・デュランダル。
だが、サイラスがそれに気付いた時にはもう、遅かった。デュランダルを握ったアレックスは、目にもとまらぬ速さで動きだし、その剣でクライドの心臓を刺突した。
ボニーは何が起きたかわからず、その場に呆然とたたずんでいる。すかさずアンジェロがサイコキネシスでアレックスを吹き飛ばすが、アレックスは吹き飛ばされた先の壁を蹴って、今度はボニーに迫った。
ミナが暖炉の灰かきを握ってボニーの前に回り、アレックスの斬撃に耐えている。ボニーは呆然としながら、その場に膝をついてクライドの灰を握りしめた。
呆然としていたのはボニーだけでなく、サイラスやメリッサも同じだった。
「なん……で?」
アレックスは父を殺した。そして今、母も殺そうとしている。
呆然とするサイラスの隣で、ヴィンセントが黒犬を召還した。黒犬によってアレックスは突き飛ばされ、その間にミナがボニーの腕を掴む。
「ミナ! アンジェロ! ボニーとメリッサを連れて逃げろ!」
「「はい!」」
二人には何が起きているのか、理解できている。アンジェロがメリッサを掴み、中々動こうとしないボニーをミナが無理やり引きずる。そしてミナがアンジェロと手を繋ごうとした時、再びアレックスがボニーに襲い掛かった。咄嗟にミナが防御しようとした瞬間、誰かがボニーに覆いかぶさった。
それを見て、サイラスは自分の顔から一気に血の気が引いて行くのが分かった。
「パパ!!」
レヴィの胸から、ずるりと剣が引き抜かれる。慌てて駆け寄って、崩れ落ちるレヴィの体を支え、シャンティが縋りついた。
辛そうに顔を歪めたミナが、それでも振り切ってボニーを連れて消えた。それを視界の隅に映しながら、レヴィを抱きかかえた。
レヴィは激しく咳込んで、息をするのも絶え絶えと言った様子で、肺に上手く空気が入りきらないのか、ヒューヒューと苦しそうに息をし始めた。
「あぁ、どうしよう、肺をやられてる!」
レヴィは胸を紅く染め上げている。サイラスは泣きながら、必死にレヴィを励ます。それを見て苦しそうに微笑んだレヴィが、震える手でサイラスの顔を優しく撫でた。
「ヴィンセント様が、お帰りになられた。ハァ、ハァ。ヴィンセント様の言うこと……よく聞けよ」
「やだ、パパ、そんな事言わないで!」
「レヴィ、死ぬなよ! アタシを置いていくな!」
剣を振り、血を払う音が聞こえた。その方向に向くと、薄い緑色の髪と、紫色の瞳をしたアレックスが、サイラスを見下ろしていた。アレックスの視線の先で、レヴィは静かに息を引き取り、シャンティの腕の中でこと切れた。
サイラスは涙を拭って立ち上がり、アレックスを睨んだ。
「アレックス……どういうつもりだよ」
「レヴィの事は事故だ……悪かったよ」
「悪かったで済むと思ってんのか!?」
「やめてよ、サイラスは人間だから、殺す気はないんだ」
耳を疑った。レヴィを殺しておいて事故で済まし、更には人間じゃなかったら殺していいとでも言っているようだ。
「人間じゃなきゃ親でも殺すのか?」
「そういう運命なのさ」
湧き上がる怒りが限界に達し始めた時、サイラスの横を黒い影が通り過ぎる。ヴィンセントの黒犬が、3匹がかりでアレックスに襲い掛かっていた。
「そのガキの言う通り、これは定められた運命だ。全く、さっさと殺しておけばよかったものを」
ヴィンセントは淡々とそう言って、アレックスに攻撃を仕掛けている。アレックスも最初は剣で犬と戦っていたが、勝てないと判断したのか、その場から風のように逃げ去ってしまった。
二人は追わなかった。クライドとレヴィとシャンティを置いて、ここを離れたくなかった。
死んだレヴィを抱きしめて慟哭するシャンティに、サイラスが抱き着いて一緒に泣き出す。その隣では、ヴィンセントがクライドの灰をかき集めている。
「なんで、こんなことに……」
サイラスの嘆きに、ヴィンセントが呟くように答える。息子に殺された父親の灰を、悲しい気持ちで眺めながら。
「禁忌を犯したからだ」
禁忌を犯した吸血鬼は、必ず死ぬ事になる。それが吸血鬼の掟。