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知恵と気象の神

 日本人でもないのに日本の神様の加護がつくなんておかしいし、そうじゃなくても管狐なんて生き物はいないし、そんな生き物が喋るなんてあり得ないし。

 そう思っていたのだが、翌日になってサイラスが吸血鬼たちの前に姿を現すと、全員がサイラスを見て後ずさりする。


「え、ちょっと、なに?」

「お前こそ、何故神気を持っているのだ。どこで拾ってきたのだ。それは邪神だ、捨ててこい」

「たわけ! わしのような神々しい邪神がおるものか! 神を野良犬の様に扱うとは罰当たりめ! のうおぬし、吸血鬼がわしに恐れおるわ。これでわしが神じゃと証明されたじゃろうが!」


 なんとかオモヒカネを捨てさせようとするヴィンセントを見ていると、オモヒカネの言う事を信じるしかなくなってくる。

 オモヒカネはサイラスの首元でにょろにょろと動き回っては、サイラスに訴えかけている。くすぐったい。


「ていうか、オモヒカネって日本の神様じゃん。なんで俺?」

「おぬしの神が大層おぬしを心配しておってのう。おぬしに色々あって、加護を離れそうじゃから、守ってやってくれと頼まれてのう」

「じゃぁ自分が来ればいいじゃん?」

「ガネーシャは人気のある神じゃから、おぬしばっかりに構ってもおれんのじゃ」

「え、ガネーシャ? マジか」


 ガネーシャとはインドでは超絶人気のある、富と学問の神様である。彼は加護を授けた人間も信奉者も非常に多く、非常に多忙なので、サイラスが出雲に来たのをこれ幸いと、オモヒカネに頼んだらしい。神様ネットワークは一体どうなっているのか、少し気になる所である。


 でもそれ以上に気になるのが、サイラスに色々あったために、加護を離れそうになっているという点だった。吸血鬼と仲良くしているせいかと思ったが、どうやらそう言う事ではないらしい。

 正直な話、ガチの神様からしてみれば、吸血鬼だろうが河童だろうがどうでもよく、神様にとっては化け物も地上の生き物の一種に過ぎない。だから、サイラスが吸血鬼と仲良くしたからと言って、加護を離れるということはない。

 多神教の神様たちは、大体二面性を持っている。例えば水の神は、雨の恵みをもたらすが、川の氾濫を引き起こす。同じようにガネーシャも二面性を持っていて、あらゆる障害を取り除いて成功をもたらすが、全ての障害を司るゆえに、あらゆる障害をももたらす。

 サイラスはガネーシャの加護の中にいて、色々な障害から守られてきたが、サイラス自身が誰かの障害になろうとした。その為、ガネーシャの立場としては、加護に対する裏切りになってしまい、加護を離れることになってしまうのだ。ガネーシャはサイラスの行く末を見て心配したので、同じ知恵の神であるオモヒカネに頼んだようだ。


 オモヒカネの話を聞いて思った。確かに自分は今まで、誰かの障害になろうと思ったことはなかったと思う。会社を守るために、敵を排除するような事はあったが、怒りや憎しみに駆られて行動を起こしたことはなかった。

 神様にとっては、そう言ったよこしまな気持ちを持って行動する人間は、守る価値がないと判断されてしまうのだろう。そう考えると、メリッサがサイラスを止めようとしていたことも、納得することが出来た。


 相変わらず吸血鬼たちは、サイラスとオモヒカネを遠巻きに見ている。オモヒカネも頼まれたことを引き受けたわけだし、サイラスや周りが何を言っても、その役割を果たさないわけにはいかないのだろう。相変わらず首元をにょろにょろ動いている。

 サイラスは仕方なく諦めて、溜息を吐きながらオモヒカネに言った。


「ねぇ、神様の気配みたいなの隠せないの? ヴィンセント様達が嫌がるから、それやめてよ。別にオモヒカネは吸血鬼の事、嫌いじゃないんでしょ」

「好きでも嫌いでもないし、どうでもよいわ。じゃが、わしが神気を放っていると、おぬしが困るんじゃろう。しょうがないわい」


 どうやらオモヒカネは神気を隠してくれたらしく、ヴィンセント達は安心したのか、ほっと息を吐いている。そしておもむろにヴィンセントが近づいてきたと思うと、サイラスの首元に巻きつくオモヒカネをむんずと掴み、開いている窓から全力で投げた。


「あ……」

「これで脅威は去った」

「この罰当たりがぁぁ!」


 オモヒカネは飛んでいきながら喚いていたが、なんとか空中で体勢を立て直して、飛んで戻ってきた。細い体の毛がわさっと逆立ち、オモヒカネは怒りにふるふると震えている。なんだか猫じゃらしみたいだ。

 激怒したオモヒカネの体から、ぱあぁっとまばゆく心地よい光が溢れ出る。それを見た瞬間、ヴィンセント達は顔を青ざめさせて、全力で後ずさりした。


「吸血鬼の分際で、神を投げ捨てるなど、冒涜にも程がある! 神の力、思い知れ!」

  

 天照を天岩戸から引っ張り出したオモヒカネは、この世界に太陽を連れてきて、気象を操るとも言われている。

 オモヒカネの鼻先に、まばゆく輝く白金の小さな球体が形成される。その球体からは超高温と強烈な閃光が放たれている。サイラスは気付いた。あれはオモヒカネがどういうわけか作り出した、極小の恒星。

 出現したものが何なのか、吸血鬼たちも理解した。目を刺す光、それは肌を焼き焦がして吸血鬼を苦しめる、神の太陽。流石に冷や汗を流すヴィンセントを見て、慌てて止めに入った。


「オモヒカネやめろよ! 出雲が吹っ飛んじゃうし、ヴィンセント様達を殺さないで!」


 オモヒカネの胴体をギュッと握ってそう言うと、オモヒカネはちらりとサイラスを見た後、太陽を引っ込めてくれた。そしてサイラスの手から抜け出すと、その腕をスルスルと伝って、またサイラスの首に巻き付いた。

 冷や汗を流してドキドキしていたヴィンセント達は、そんなオモヒカネの様子を見ていたが、オモヒカネは既に興味を失ったらしく、サイラスの首元をうごうごと動いて、ベストポジションを探しているようだ。

 オモヒカネ的には、吸血鬼たちが自分の立場を理解したのなら、それで満足なのだろう。ここだ、というベスポジを発見したらしいオモヒカネは、サイラスの着ていたパーカーのフードの中に体をすべり込ませて、ぽて、と肩に小さな頭を乗っけた。


「おぬしら、サイラスに感謝するんじゃぞ。サイラスが止めねば、今頃おぬしらは塵芥。太陽嫌いの吸血鬼が、知恵と気象の神に逆らうでない」


 ヴィンセント達は悔しそうだったが、オモヒカネはそれだけ言うと、フードの中に滑り込んでしまった。

 なんだかよくわからないが、ヴィンセント達はオモヒカネが嫌いだが、オモヒカネはヴィンセント達をどうでもいいと思っている様子。サイラス的には、オモヒカネに嫌われていなくて良かったじゃんと言いたいところだが、ヴィンセントにしてみれば、それはそれで腹立たしい。関心を持たれないというのは、結構ムカつくのである。

 恐らく今後もヴィンセントは、虎視眈々とオモヒカネを捨てる機会を伺ってくるだろう。最悪の場合、サイラスごと捨てられる。


「ヴィンセント様、俺もちゃんと連れてってね?」

「……」

「え、置いてく気なの? そりゃないよ!」

「仕方ない、連れていく。今回はな」

「次回もお願い!」

「……」

「返事!」

「子どもは家に帰れ」 

「ひどい!」


 なんだか、おそらく、いや必ず、日本での用事が済んだら、サイラスはインドに戻される。そんなのヤダヤダと駄々をこねても、決めるのはヴィンセント。こうなったら仕方がない。アレックスとは日本で決着をつけるのだ。

 サイラスがそう決意した頃には、吸血鬼たちの火傷も治っていた。なんだかそれぞれ色んな思惑を抱えたまま、サイラスたちは出雲を後にして、その沖合にある孤島へと向かった。



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