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日本皇国という土地の神様


 サイラスがパラリーガルの仕事を引き受けてから一か月後。サイラスとメリッサとヴィンセント、ミナは日本に来ていた。というのも、アンジェロからアレックス達はどうやら日本へ向かったらしいと教えられたからだ。

 サイラスが考えるに、アメリカから乗り継ぎせずに直行できる国であることが想定された。そしてヴィンセントが、アンジェロから話を聞いて唸った。


「そうか。日本には六条一族を真祖とした吸血鬼が多数存在している。狙われたのは、誘夜姫だ」


 その言葉を聞いて、ミナとメリッサは当然の様に日本に行くと言った。今回狙われている吸血鬼、六条誘夜りくじょうのいざやは、ヴィンセント、メリッサ、ミナとは旧知の友人らしかった。

 そしてヴィンセントがすぐに誘夜姫に連絡を取り、やって来たのは日本皇国の出雲である。そして、出雲に吐いた瞬間に、吸血鬼たちは体をぶるりと震わせた。


「どうしたの?」

「並ならぬ気が満ちている。恐ろしい土地だ」


 サイラスには意味が解らなかったが、代わりにミナが説明してくれた。日本は革命の後、天皇家が政治に参画するようになった。その為、日本人は日本神話に基づく信仰が高まっていた。更に、今は神無月。日本全国から姿を消した八百万の神々が、出雲に大集合してお勤めを果たす季節。今現在出雲には、日本中の神様が集まっていて、その為に吸血鬼にとっては、今の出雲は恐ろしい季節なのだ。


「八百万も神様がいるの? 日本の信仰ってどうなってんの?」

「日本は多神教だから。各地の寺社仏閣のそれぞれ、道祖神から付喪神に至るまで、なんにでも神様が宿るって思われてるの」

「ふぅん? 神様のリーダーみたいなのもいるの?」

「うん。大国主命おおくにぬしのみことっていう、日本を統べる神様がいるよ」 

「ミナさん詳しいね」

「私は革命時代生まれだから」


 ミナが生まれた頃は、丁度日本での革命が終結しようという時代だった。ちなみにミナの両親、あずまとセイジは、その活動で知り合った。工業大学をバックグラウンドに、職人を集めた理論武装集団のリーダー「西の永倉セイジ」、日本を代表する剣道家であり、武道家を集めた武装過激派集団のリーダー「東の山崎あずま」と言えば、当時は有名な学生運動の派閥だった。

 理論派と過激派なのでぶつかることも多かったが、お互いに目指す理想は同じものだった。いつしか打ち解け、理解し合い、恋に落ちるのに、そう時間はかからなかった。

 二人が打ち解けあったことで、理論派も過激派もお互いに歩み寄り、協働して革命運動を成し遂げたことは、当時の学生運動時代では最早伝説となっている。

 勿論ミナはこの当時の話などは知る由もなかったが、両親達の学生運動を起爆剤にして革命運動が盛んになったことは知っていた。だから、日本の歴史や神話などについても、両親から色々と教えてもらっていたのだ。


「ミナさん、生まれつき波乱万丈だね。まさか両親が革命家とは」

「ホント困っちゃうよね。最初に知った時、私もちょっと恥ずかしかったんだよ? だけど、お父さんとお母さんが頑張ったから、今の日本があるんだって思ったら、誇らしいよね。私は政治のこととかよくわかんないけど、私の剣の技術と、信念を曲げない想いは、両親からもらったんだって思ってるよ」


 そう言ったミナは誇らしげに胸を張る。それを見てサイラスは、少し羨ましい思いを抱きつつも、胸を張る割に愛嬌のあるミナに微笑んだ。

 アンジェロは守るべき人の為に強くあろうとする。ミナは理想の為に信念を曲げない。その強さは、サイラスには本当に眩しい。色々辛いこともたくさんあるけれど、そんな二人に出会えたことは、きっと幸運に違いなかった。


 誘夜姫の方から迎えに来るというので、その日は出雲で一泊する事になった。というのも、誘夜姫の住んでいるところは、その辺の貧乏国家よりも優れた軍事セキュリティを有し、レーダーでもソナーでも捕捉されず、地図にも載っていない土地なので、こちらから向かう事は困難だからだ。

 方向感覚に関しては、この世の誰よりもダメな自信があるので、サイラスには異論などない。大人しく出雲の宿に泊まっている。

 その宿の部屋には、小さな神棚が設えてあった。それを見ながら、ミナやアンジェロの話を思い返し、ここ数か月で起きた様々な出来事を思い起こしていた。


(本当に日本に八百万の神様がいるって言うなら、俺に味方する神様も、一人くらいいてくれないかなぁ。ねぇ、神様出てきてよー)


 そんな事を考えていたときだった。サイラスの傍で、ポンッと音がした。その音の方向を見ると、白銀の毛におおわれた、体長40センチほどの細長い何かがいる。


「わっ! なんだこれ!?」


 思わず飛び上がったサイラスだったが、その細長い何かはにゅるりと動いて、頭をもたげた。頭には、細長い体と比較したら、大分大きな瑠璃色の瞳が輝いている。


「何だとは失礼な奴じゃ。そなたが呼んだのじゃろう」

「ま、ちょ、え、なに、むり」

「落ち着け。そなたには神の加護がついておる。そなたの神は遠く離れた地におろう? じゃから、代わりにわしがついてやるのじゃ」


 なんだかよくわからない、白銀の細長いのがそう言ってくるのを聞いて、サイラスはパチクリと瞬きをする。とりあえず、姿が凶悪でもなく小動物っぽいので怖くはないが、サイラスは少し思案した後、その細長い何かに尋ねた。


「いや知らないけど。俺の神の加護って、なに? ていうか、変わりってことは、神様なの?」

「そうじゃ。わしはオモヒカネ。学問と知恵の神。今は管狐クダギツネの姿を借りておるがのう」


 オモヒカネとは、天照大神アマテラスオオミカミが天岩戸に引きこもった時に、策を講じて岩戸から引っ張り出した神の一人だ。生まれつき「神の悲劇的な贈り物」を授かっているサイラスだが、まさか本当に神がついているなどと思わない。


「いや、管狐だっけ? 動物が喋る時点でも十分あり得ないけど、神様とか意味わかんないよ」

「何を言う。そなたの傍には化け物がうじゃうじゃおるではないか。化け物を信じることが出来て、神を信じられんとは、どういう料簡じゃ」

「いや、オバケ見たって人は結構いるけど、神を見たなんて、そんなにねぇ」

「馬鹿者。大概の奴には神を見ることすらもかなわんわい」

「じゃぁなんで俺にはみえるのさ?」

「加護があるからじゃ」

 

 加護だのなんだの言われても、サイラスにはサッパリだ。なんだかもう訳が分からなくなって、神の存在の検証などしたくもないし、サイラスは面倒くさくなって、オモヒカネをほったらかしてふて寝した。

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