稲妻のような男と神懸った少年
それからしばらく経過したある日の事、アンジェロがミナとメリッサを連れて、連絡もなくいきなりベトナムにやってきた。
「どうしたの?」
「どうしたのじゃねぇよ。アレックスはアメリカに来てるぞ」
「え、うそ、なんで!?」
「知るかよ。奴らはもう空港出て孤児院に向かってるから、ミナとメリッサさんを送りに来たんだ。頼んだぞ」
「わかった!」
ミナとメリッサをベトナムに置いたアンジェロが消えようとする寸でのところで、何とかサイラスはアンジェロの腕を掴んだ。アンジェロがアメリカに戻った時、サイラスも一緒にいて腕を掴んでいたので、少し首を捻った。
「なんでついてきた?」
「なんでアレックスがこっちに来たのか知りたい」
「あっそ。まぁいいけど」
孤児院の外には、ジョヴァンニの結界が既に張られていた。アメリカ時間は朝10時。通勤ラッシュも落ち着いて、空港からはそう遠くもない距離だ。インターホンが鳴って、ジョヴァンニの妻であるステファニーが対応した。
「院長先生、教会の方だそうです。お会いになります?」
「あぁ、入ってもらえ」
「わかりました」
ステファニーに告げた後、アンジェロ自身も結界に穴をあけて、孤児院の外に出たのを、サイラスも慌てて追いかけた。アンジェロと孤児院の外で待つ。孤児院の庭は非常に広いので、普通に歩いてきたら結構時間がかかるのだ。
5分ほど待っていると、3人の人物が姿を現した。一人はアレックス、一人は神父服に身を包んだ黒髪の中年男性、一人はシスター服に身を包んだ中年の女性だった。アンジェロが見た通りの3人が姿を現し、サイラスは緊張してごくりと唾を飲み込んだ。
そして緊張は、アレックスからも伝わってきた。彼もサイラスをじっと見つめている。そんな緊張感はどこ吹く風と言った様子で、アンジェロが進み出た。
「本来なら今頃子どもたちが、庭で遊んでる時間だ。子どもの発育を妨げてもらっちゃ困る」
アンジェロは身長が2m近くもあるので、彼の威嚇も中々怖い。腕組みしながら威嚇するアンジェロに、神父は困ったように眉を下げた。
「いや、すまない。そういうつもりじゃなかったんだ」
「じゃぁどういうつもりだ? 俺の嫁を殺しに来たんだろ」
言いながらアンジェロは怒りのボルテージが上がって来たらしく、彼の体からバチバチと青い閃光がほとばしる。サイラスは驚いて、慌ててアンジェロと距離を取る。
「ちょっと、アンジェロさん気をつけてよ! 俺まで感電しちゃうだろ!」
「勝手についてきたのはお前だろ。勝手に避けてろ」
「ヒド!」
院長先生は怒るととっても怖いのだと子どもたちが言っていた。嫁ラブ子どもラブなアンジェロが、この3人の存在を許すはずがなかったのだ。
当のアレックス達3人も、アンジェロからほとばしる、強烈な閃光に目を見開いている。神父、レスターがアレックスに近づいた。
「超能力者ってのは本当みたいだな。吸血鬼は?」
「今ここには吸血鬼は一人もいないみたい。多分逃がしたんだ」
「この短時間で?」
「一瞬でインドからアメリカに逃げるくらいだから、出来ると思う」
「そりゃまた、たまげた」
肩をすくめたレスターは、改めてアンジェロに向いた。
「いや、本当に違うんだよ。俺はレスター。今嫁さんいないんだろ? 実はここに来たのは、俺がアンタと話してみたかったからなんだ」
「俺は話すことなんかねぇよ。失せろ」
「ちょっと落ち着こうぜ? 俺はSMARTに興味があるんだ。アンタだって、SMART崩壊後に組織された新組織、気にならないか?」
それを聞いたアンジェロは、確かに興味があったようだ。いきなりニヤニヤと笑いだす。それが何とも邪悪な微笑で、思わずアレックス達は後ずさりした。
「ほぉう、新組織ねぇ。お前らまぁだそんなことやってたのか。是非詳しく聞きたいね」
「いやホント落ち着いてくれるか? 今はアンタ達の時みたいなことはやってねぇんだ」
ちょっとレスターが冷や汗を流しながら、何とかそう言い募ると、ようやくアンジェロの怒りは収まってきたようだった。
レスターの話を信じるなら、今は人体実験もされていないし、戦力となっている人間は、好き好んで志願したという事だ。それなら特に文句はない。
やっと稲妻をひっこめてくれたアンジェロに、アレックス達三人はほぅっと安堵の息を吐く。そしてアンジェロの稲妻から逃げ回っていたサイラスも、ほっと息を吐く。
「アンジェロさん、短気すぎだよ。これだから軍人は……」
「うるせぇ、ガタガタ言うな。もう守ってやらねぇぞ」
「ウソウソ! ごめんごめん!」
サイラスがアンジェロに冷たくあしらわれているのを見て、やっぱりレスターとビビアンがアレックスに寄る。
「あの超イケメンがサイラスなのか?」
「うん」
「綺麗な子ね!」
「ついでに天才なんだ」
「美形で天才なんて、素敵ね」
「でもなんかヘタレっぽいぞ」
「サイラスは確かに美形で天才だけど、他に類を見ないビビリだよ。怖いの痛いの大嫌い」
「なんか情けないな……」
アレックス達はなんだか微妙な空気になってしまったが、気を取り直してサイラスたちの方に向いた。
ようやく怒りが落ち着いたらしいアンジェロは、やはり警戒を崩してはいない。その隣にサイラスが立って、アレックス達に言った。
「今ここに吸血鬼は一人もいない。本当に話に来ただけ? あなた達は何者なの?」
「俺とビビアンは教会のモンだ。ついでにアレックスも加入させた」
「教会の人間なんて見ればわかるよ。レスターだっけ、あなたアレックスに指導できるくらい強いんでしょ。SMART崩壊後の新組織を知ってるって事は、貴方はその組織の人間なんだね。吸血鬼に味方する俺達も、全員皆殺しにする気なんだろ。教会が絶滅主義なのは知ってる」
レスターは思わずビビアンと顔を見合わせた。確かに、吸血鬼に力を貸す人間だって処分の対象だ。孤児院経営しているとか、社会的地位があるとか、そう言う事は関係なく暗殺してきた。だから当然、吸血鬼を妻に持つアンジェロも、ヴィンセントの墓守の一族であるサイラスも、暗殺の対象となる。その事を天才とはいえ、少年に見抜かれるとは驚きだ。
だが今回レスターは本当に話してみたかっただけだったので、その話の流れによっては、元SMARTは見逃してもいいかな、くらいには思っていた。アレックスの気持ちを考えると、サイラスだって見逃してやってもいい。
サイラスはそこまでは気付かなかったが、レスター達の様子は動揺したものではなく、困惑したものであると気付いた。
「違うの?」
「今回は、違うな。それにこの孤児院はカトリックだろ」
「あぁ、そうだ。そもそも俺達は、ヴァチカンを守る為って大義名分で、製造されたからな」
アンジェロが返答しながら視線を送った先、庭にある彫像のいくつかに、天使像やマリア像などがある。これはそもそもジュリアが設計した時に設置された物ではある。
だが、アンジェロ達はローマカトリックの元で生きてきて、人造人間であるがゆえに、普通の人間を作り出した神に対する、憧れのような物があった。若い頃は普通の人間が羨ましくて、見守る神がいることが羨ましかった。人間に作られた自分達に、神がいるのかが分からなかったから、憧れた。
だから今、この孤児院では宗教信仰は自由だし、日曜のミサには子ども達も連れていく。教会から孤児院に、シスターたちが慰問に来てくれることもあるのだ。
レスターとしては、吸血鬼ミナは殺す必要があるが、その夫アンジェロや、孤児院がカトリック信徒ならば、殺す理由がなかった。むしろ守るべき対象だ。
吸血鬼と結婚している時点で、敬虔な信徒ではないだろうが、教会とそれなりの関係を築いている人間と、事を荒立てるのは良くない。とくに資金力のある信徒を教会は好むので、アンジェロに手を出したりしたら、レスターは教皇から直接怒られてしまいそうだ。
という風に、アンジェロとレスターが考えを巡らせていると察したサイラスは、親指を南の方に向けた。
「じゃぁさ、話したいなら座ろうよ。あっちに東屋があるから」
「バカ、そっちじゃねぇよ、こっちだ」
「あ、そっちか」
アンジェロが反対の北側の庭に向かって歩いて行く。それに付いて行きながら、やっぱりレスターがアレックスに寄る。
「納得してくれてよかったけどよ」
「サイラスは、すんごい方向音痴なんだ。自宅ですら迷子になるから、大体俺かメリッサがいつも一緒だった」
「サイラスが色々な意味で神懸った少年なのはわかった」
アンジェロの沸点の低さと、彼の超能力だけでもお腹いっぱい驚いたが、サイラスの美貌、才能、臆病さ、方向音痴、何もかもが神懸かっていて、レスター達は妙な感心をさせられるのだった。
◼️登場人物紹介
ステファニー・ヴィトゲンシュタイン
60歳。ジョヴァンニの妻。
組織のロストナンバーとして監禁されていたのを、アンジェロ達によって助けられた少女の1人。
能力は核融合。その能力を制御できなかった為ロストナンバーとなったが、能力が強すぎてロストできず、ずっと監禁されて過ごしていた。
初めて出会った時から一途にジョヴァンニを愛する、非常に乙女でいじらしい女性。若い頃は、天真爛漫でグイグイ攻めてくるミナ派と、健気で乙女な恥ずかしがり屋のステファニー派で、男性陣の票を別っていた。




