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卑怯ではなくただの社会的戦略


 アンジェロがじぃっと南西の方を見ている。


「アンジェロさんどうしたの?」


 いつも朝はニュースと新聞を見ているのに、今朝はずっと南西の方を見ている。たまたま遊びに来たサイラスが尋ねると、アンジェロは千里眼の視線を固定したまま言った。


「アレックスが神父とシスターと一緒にいる」

「……そう。アレックスは運がいいね。砂漠で死ぬかと思ったけど」

「それだけじゃねぇ。あの神父、ただの人間にしては強い。アレックスは神父に訓練つけてもらってるみてーだ」

「神父ね……」


 ヴァンパイアハンターが教会の人間と行動を共にする。それはある意味では自然な事のようにも感じられる。やたら強いらしい謎の神父と一緒にいるという事は、アレックスは本気で打倒吸血鬼に乗り出したという事だろう。

 ヴィンセント達にとっては迷惑な話だろうが、それでこそサイラスの狙い通りという物だ。未だ千里眼で覗き見するアンジェロに尋ねた。


「その神父と、強くなったアレックスが、ヴィンセント様に勝てると思う?」


 その質問に、アンジェロは鼻で笑った。


「ハッ。ちょっと強いくらいで、伯爵に勝てるわけねーだろ。伯爵の強さは天災級なんだぞ。あの程度じゃクソ虫だぜ」

「ヴィンセント様って、そんなに強いの?」

「伯爵の威圧だけで俺は意識飛びそうになったし、超手加減した上で、中性子爆弾ブッ放すんだぜ?」 

「マジで? なるほど、それは確かにクソ虫だね」


 核攻撃してくるような相手に、どれだけ強かろうが、人間では太刀打ちできないだろう。そのヴィンセントと同じ能力を有するミナだって、きっとバカみたいに強いし、ミナの能力を片っ端からコピーしているアンジェロだって、アホみたいに強いはず。少なくともこの3人の誰かが傍にいれば、自分やメリッサ達が死ぬような事にはならなさそうだ。

 そう考えていると、今度はアンジェロがサイラスに尋ねた。


「つーかお前は、なんかしようとはしないわけ?」

「頭はいつも使ってるよ」

「体は?」

「そこは適材適所」

「自分の手は汚さずに、敵を葬ろうなんて、卑怯な奴」

「そうかな? 吸血鬼とかはすぐに戦いとかいうけど、現代社会では頭脳戦の方が一般的じゃない?」

「……そう言われてみると、そうだな」


 現代社会においては、暴力や腕力よりも、資金力や政治力の方が物を言う。殺すなんて野蛮な事はしないで、失脚させたり破産させたりして、社会的に抹殺するのがセオリーだ。

 そのくらいの事は、理事長のアンジェロも、CEOのジュリアも、弁護士や代議士になった卒業生も、次期社長のサイラスも、ずっと前からやっていることだ。

 サイラスはあくまで現代っ子なので、現代的で現実的な戦い方をしているだけだ。それを卑怯というのなら、世の中の大半の人間が卑怯者だ。 


「俺はチキンだから、自分で何かをすることはないよ。何かしたくても、出来ないからね」

「だから、出来る奴を動かそうってわけね。末恐ろしいガキだな」


 サイラスがアレックスの殺意の範囲を拡大させた。そうなると、攻められるのはボニーだけでなく、その危険がミナやメリッサ、ヴィンセントにも及ぶことになる。そうなると、ミナは戦わざるを得ないし、アンジェロはミナを守るために戦わねばならない。メリッサやヴィンセントもそれは同じ。

 サイラスは何もせずに、強者達を戦わねばならない状況に、強制的に引きずり出した。アンジェロの言う通り、全く末恐ろしい少年である。


 だが、そんなサイラスの目論みも、ヴィンセントにはバレバレのようだ。ヴィンセントがアレックス殺害に前向きなのが、不幸中の幸いと言ったところだ。

 アレックスはオーストラリアに置いてきているし、一人では何もできないと思っていた。

 だが、仲間を得たのなら話は変わってくる。以前から疑問に思っていたことがあった。なぜアレックスにはボニーの居場所が分かるのか。知らないはずなのに、ワシントンの孤児院を突き止めて襲ってきた。理由はわからないが、アレックスにはボニーの居場所が分かるのだ。

 今は殺意の範囲が拡大しているので、他の吸血鬼の居場所もわかるようになっているかもしれない。そうなると、狙われるのは一体誰だろうか。アレックスはミナとヴィンセントの強さを知らないだろう。メリッサとボニーの強さは知っている。アンジェロが強力な超能力者であることは知っている。

 だとしたら、狙われるのはボニーの方かもしれない。ヴィンセントが並の吸血鬼と変わらないと思われていたら、一番狙いやすいのはボニーだろう。

 そう考えてアンジェロに、ベトナムに連れて行ってもらえるように頼んだ。


「メリッサさんはどうするんだ?」

「万一の事があったらいけないから、メリッサ様を守ってて。俺には守れないから、お願い」

「しょーがねーなぁ」


 一旦家にメリッサを迎えに行って、メリッサをミナに預けた。メリッサもある程度の事情は聞いて、サイラスについて行きたがった。


「傍にいると約束したでしょう? あなたの事が心配なの」

「俺は大丈夫だよ。俺よりも、メリッサ様だって狙われるんだから、メリッサ様の方が心配だよ。お願いだからここにいてよ。メリッサ様に何かあったら、俺はもう生きていけないから」


 そう言ったサイラスが子犬のような眼をしてくるので、渋々メリッサは諦めて、孤児院に残ることにした。

 アンジェロとサイラスが消えたのを見送って、ミナが苦笑しながらメリッサを見た。


「メリッサさんも、サイラスには敵わないんですね」

「あの目は卑怯だわ……ついつい、おねだりを聞いてしまいたくなるのよ」

「わかります。なんか、守ってあげたいって言うか、私がいなきゃダメなんじゃないかって思わされちゃう」

「そうなのよ! あぁ、サイラス大丈夫かしら……」


 女性陣の母性本能を全力でくすぐったまま、サイラスはベトナムへ渡った。


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