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ハンターとアサシン


 灼熱の砂漠を一台の車が走っていた。助手席に座るビビアンが、外の景色を眺めていたと思ったら、急に運転するレスターに振り向いた。


「止めて!」

「どうした?」

「人が倒れてるわ!」


 慌ててレスターは車を止めて、ビビアンが指差す方向に車を向けた。倒れている人の所まで行って車を降り、覗き込む。緑色の髪をした少年は、服は砂で汚れていた。唇はカサカサに乾燥してひび割れていて、日焼けで肌が赤くなり、ところどころ剥がれていた。だが、僅かに呼吸していた。


「こりゃ大変だ!」

「連れていきましょう!」


 二人で少年を抱えて車に乗せ、ガンガンに冷房をたいて、ビビアンが水をかけて体を冷やした。

 アレックスが目覚めると、そこは白い天井の8畳ほどの部屋で、ベッドに寝かされていた。腕には電解質の点滴が刺さっていて、頭の下の氷嚢がひんやりと感じられて気持ちが良かった。

 ドアが開いてビビアンとレスターが入ってきた。アレックスが目覚めた事に気付いた彼女は、にっこりと笑って傍に腰を下ろした。


「気分はどう?」

「ありがとう……もう少し休めば、大丈夫だと思う」

「そう、よかった」


 安心して微笑むビビアンと、後ろで立っているレスターを見ながら、まだ少しぼうっとする頭で尋ねた。


「シスターと、牧師さん……」

「ええ、ここは教会よ。このオアシスに慰問に来る途中で、あなたを見つけたの。あなたがいたのがオアシスの近くでよかったわ」

「そっか」

「あなたは何故あんなところに?」

「置いて行かれたんだ」

「まぁ、ひどい人がいるのね。でも、神はあなたをお見捨てにならなかった」


 部屋の壁に掛けられている、大きな十字架が目に入る。自由にしてやると言われて、サイラスに一人砂漠に置き去りにされた。あれから数日間砂漠をさ迷い歩いた。

 食料もなく水もなく、昼の酷暑と夜の酷寒に耐えながら、一人さ迷い歩いた。ほんの数日だったが、地獄の底を行脚するような、耐えがたい日々だった。

 砂漠の荒野にうち捨てられたアレックス。だけど、神はアレックスを見捨てなかった。ビビアンとレスターが見つけてくれた。

 助かったという感動と感謝に、涙がにじみ出た。


「神よ、感謝します……」


 泣きながらそう言うアレックスに、ビビアンは笑って、そっと氷嚢を交換してくれた。


 翌日には動けるようになって、ビビアンたちはアレックスの体力に驚いていた。ビビアンもレスターもアレックスの事を何も聞かなかった。アレックスが何者で、何故置いて行かれたのか、緑色の髪に紫の瞳という容姿の事も、何も聞かない。

 だがアレックスは、あれからずっと一人で、サイラスにも嫌われてしまっていたから、ずっと淋しい思いをしていた。自分の事を誰かにわかって欲しくて、水曜の14時に懺悔室に入った。

 懺悔室の飾り格子の向こう側には、レスターがいた。


「告白してください」

「告白します。俺は父親を殺しました」


 レスターが少し息を飲んだのが分かったが、彼は続きを促す様に頷いた。


「信じてもらえないでしょうが、俺の両親は吸血鬼です。吸血鬼の間から生まれた俺は、生まれながらにヴァンパイアハンターの宿命を背負っています。そしてある日、俺は父を殺しました。ですが、母も殺そうとした時、母を庇った親友の父親も、誤って殺してしまいました。レヴィは一緒に住んでいました。ヴァンパイアハンターである俺にとっては、吸血鬼の両親よりも親だった。レヴィを殺してしまった事を、心から悔いています……」


 悲しみがこみあげてきて、言葉が詰まり、胸が詰まる。それでもなんとか懺悔を続けた。


「俺は、父親を殺したことは後悔していません。母親も殺したい。そして今は、メリッサ、ヴィンセント、ミナ……他の吸血鬼全てを殺したい。だけど、レヴィを死なせてしまったのは、自分でも許せなくて、サイラスとシャンティに恨まれて当然なのもわかっています。自分を許すことが出来ないのに、サイラスに許してほしいと思っている……俺は浅ましい人間です……」


 本当の父親よりも、父の様に愛していたレヴィを殺害して、それを心から後悔している。サイラスが許せないのは当然だし、自分でも自分の行いが許せなかった。

 だけど、サイラスは幼馴染で、二人とも特別な人間で、きょうだいのように育ってきた。許されないのはわかっているが、サイラスにもう一度近づきたかった。

 話を聞いていたレスターが尋ねた。


「私は教会の人間ですから、あなたが吸血鬼を倒すことを、賞賛はすれど否定はしません。あなたは自分の罪をわかっている。それでもなお、許してほしいと思うのは何故ですか?」

「……」


 サイラスは幼馴染で、きょうだいみたいに育って。優しくて臆病で天才な美少年。

 彼に恨まれているのはわかっている。だから、酷い扱いを受けることもわかっていた。それでも両親への殺意に悩んでいたのは本当だったし、それが消えるなら藁にもすがりたい思いだった。

 それに、殺意が消えて、サイラスの望み通り自首して、彼に許してほしかった。サイラスに嫌われたままでいることに、どうしても耐えられなかった。


「お許しください……俺はサイラスを愛しています」


 告白を聞いて、レスターは静かに息を吐く。吸血鬼から生まれただの親殺しだったりだの、色々と信じられない告白をしてくれる少年だが、とどめに男色ときた。宗教的にも人道的にも、彼の話は色々と問題だらけだ。

 だが、その話がウソだろうが妄想だろうが、アレックスが苦しんでいることは間違いない。その事は理解できた。


「……愛する相手に恨まれることは、さぞや辛いことでしょう。ですが、貴方は自分の罪をわかっている。悔い、改めなさい。愛する人があなたを許さなくても、神は今、懺悔するあなたをお許しになった」


 そう言ったレスターが席を立って、静かに部屋を出て行った。慌ててアレックスも懺悔室を出て、裏に回ってレスターを捕まえた。レスターは小さく溜息を吐く。


「アレックス、懺悔室ってのは形式上オフレコでな」

「わかってるよ。でも、俺の話信じてくれる?」

「聞いてほしいのが神じゃなくて俺だって言うなら、最初からそう言いなさい」

「ごめん。でも、普通に話しても信じてくれないと思ったから」

「……そうだな。ここじゃなんだ、場所を移そう」


 促されてレスターの部屋に入った。十字架やキリスト像、マリア像が飾られた、牧師らしい部屋だった。アレックスは椅子に腰かけて、今までの出来事を包み隠さずレスターに話した。

 レスターも最初は信じられなかったが、アレックスの髪の色と瞳の色が、染めたりカラーコンタクトでなく、生まれつきなのだと聞いて、少しずつ信じはじめた。紫の瞳は多少いるが、緑の髪の人間などいない。それに、アレックスの体力や身体能力が並はずれていることも、この数日でわかっていた。

 だから、アレックスの話をいったん信じてみることにした。


「そのサイラスだっけ。今はアメリカにいるんだろ」

「多分。もしかしたら、どこかに行ったかもしれない。インドに帰ったかもしれないけど、吸血鬼たちは拠点をたくさん持ってるみたいだから」

「そうなのか。サイラスは人間なんだよな」

「うん。人間だよ」

「わかるのか?」

「うん、なんかわかるんだ。人間と吸血鬼は違うし、吸血鬼がどこにいるのかわかる。でも、サイラスはどこにいるかわからないから、人間なんだってわかる」

「そうか。アレックスはこれから、どうしたいんだ?」


 この数日でアレックスも考えてきた。サイラスはアレックスを自由にしてやると言った。アレックスは自分がボニーだけでなく、全ての吸血鬼に殺意を抱いていることに気が付いた。それに気が付いた時に、アレックスはサイラスの言った自由の意味を理解した。

 ボニーのみに囚われることなく、吸血鬼全てを殺したいと願うようになった。それは親殺しの呪縛から解放されて、本当の意味でヴァンパイアハンターとして生まれ変わったということ。殺す相手を選択できる自由を手に入れた、この自由は大きかった。

 最初の話とは違うし、シンプソン砂漠に置き去りにされたことは本当に辛いと思うけど、アレックスはそれなりの自由を手に入れることが出来た。だから、サイラスがくれた自由を、無駄にしてはいけない気がした。


「サイラスを探してみようかな。吸血鬼を殺しながら」

「殺せるのか?」

「能力的には不可能じゃないよ。精神的には余裕」


 アレックスの話を聞いて、レスターは愉快そうに笑った。


「じゃぁ、俺達と一緒に来るか? 俺達は拠点を持たない慰問団だから、世界中を旅する」

「え、でも、巻き込んじゃうよ」

「心配するな。ヴァチカンを舐めてもらっちゃぁ困る」

「え? どういうこと?」


 アレックスが首を傾げた時、レスターが壁を見た。壁には大きな蜘蛛が張り付いている。ふと、レスターが懐に手を入れたと思うと、壁に向かって手を振った。すると、カカカッと小気味良い音を立てたナイフが、蜘蛛の足を一本ずつ刺して、壁に縫いとめた。 

 アレックスが驚いてレスターを見ると、レスターは愉快そうに笑って言った。


「ヴァチカン教皇庁直属対反キリスト教勢力及び不把握体・特殊機構体殲滅省の暗殺者が俺達だ。ヴァチカンの暗殺者について来るか?」


 これはきっと神の思し召し。ヴァンパイアハンターとヴァチカンの暗殺者の出会い。こんな出会いはきっと、神の導きが無かったらあり得ないはずだ。

 アレックスは驚きつつも、勢いよく首を縦に振った。

■登場人物紹介


レスター・ヴァイゼンボルン


37歳

ヴァチカン教皇庁直属対反キリスト教勢力及び不把握体・特殊機構体殲滅省の腕利き暗殺者。

銃なども使えるが、暗殺は芸術だと思っていて、簡単な銃での殺傷よりも、難易度の高いナイフでの戦闘にこだわる暗殺マニア。

ヴァチカンから指令を受けつつ、世界中のキリスト教国を旅している。旅先の料理屋や風俗街を冷かして回るのが趣味。


ビビアン・ヘル


32歳

レスターと同じく、ヴァチカン教皇庁直属対反キリスト教勢力及び不把握体・特殊機構体殲滅省の腕利き暗殺者。レスターがどうしてもナイフで戦いたがるので、仕方なく援護射撃や狙撃でフォローしている。

仕事中は目立つから外せとレスターには言われるが、硝煙で髪が痛むのが嫌なので、ウィンプルベールは風呂と寝る時以外外さない。

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