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実験開始から2ヶ月 壊れゆくもの


 サイラスが資料を読み耽っていると、部屋にノックの音が響く。サイラスが集中しているときに返事がないのはいつもの事なので、ノックの主はドアを開いて中に入ってきた。

 食事片手に入ってきたメリッサは、相変わらず研究に没頭している様子のサイラスの後姿に、小さく笑みをこぼして、ふと、布のかけられたものをテーブルの上に見つける。それは昼にメリッサが運んだはずの食事だ。この様子を見ると、昼食もとらずに研究をしていたのだろう。

 メリッサは持ってきた暖かい食事をテーブルの上に置き、そっとサイラスの肩に手を置いた。それでようやくサイラスもメリッサがいることに気が付いて、首を回して背後のメリッサを見た。


「あれ、メリッサ様」

「もう19時よ。休憩にしましょう」


 サイラスが時計を見ると、確かに19時を回っていた。気付けば目もしぱしぱするし、肩も凝っている。目を瞑りながら肩を回して、もうそんな時間だったのかと立ち上がった。


 サイラスが借りているこの家には、拘束したアレックスと、メリッサとサイラスが住んでいる。そこに毎日決まった時間にミナが、瞬間移動で食事を運んでくれる。大変ありがたいことだ。

 アレックスは拘束しているので、実質的にはメリッサと二人暮らしのような物だ。もちろん部屋は別々だが、お年頃の男子としてはドキドキ生活……と思いきや、サイラスは研究にばっかり没頭しているので、メリッサが一々食事や入浴を促さなければ、二人の時間を作るどころか、普通の生活でさえままならない。

 当然メリッサはその辺の事も理解しているので、サイラスと一緒にいることに決めたわけだが、サイラスとしては、少し申し訳ない気持ちもある。だが、自分の研究熱を自分でコントロールできないのだから、これは仕方がない。メリッサが理解してくれていることが、本当に救いだ。


 朝昼はアレックスと一緒に食事したりすることもあるのだが、夜は基本、アレックスをガチガチに身体拘束しているので、メリッサが食事を与えている。

 アレックスの殺意には日内変動があるようで、夜になるとその欲求が高まって暴れるのだ。比較的朝昼は穏やかだが、夜は手が付けられない。人間だって、夜のうちの方が自殺率や犯罪率は高いので、こう言った日内変動があるのは当たり前なのかもしれない。

 メリッサは、サイラスが研究に没頭しているのはわかっているので、先にアレックスの食事を済ませてから、サイラスの所にやってくる。

 それで、二人で夕食を食べている。勿論メリッサは普通の食事ではなく血液を飲んでいて、ご丁寧に輸血パックの血液を、グラスに移し替えて優雅に飲んでいる。

 そのメリッサが、ミナお手製の唐揚げを頬張るサイラスに、柔らかく微笑みながら尋ねた。


「研究の進み具合はどうかしら?」

「今のところ、放射線のお陰で造血機能自体が弱ってるから、以前よりは血球や抗体産生能力も低下して、もう少しで人間並みになる所。でも、アレックスの殺意には、あんまり変化がない気がする」


 アレックスの様子も、勿論毎日見ている。朝昼は両親の事について、対話することだってある。だが、彼の中の感情に大きな変化は見られず、アレックス自体も変化が見られないことにストレスを抱えているようだった。

 朝昼は拘束を解いているのだが、夜になるとどうしても狂暴化してしまうので、アレックスは高速生活を余儀なくされている。これもストレスの一員であることは間違いなく、そのストレスが殺意に拍車をかけていることも考えられる。

 だが、殺意を消したいというのはアレックスの望みでもあり、彼自身も身体拘束は受け入れている。だからといって、ストレスがかからないというわけでもない。アレックスにとってもサイラスにとっても、出口の見えない状態というのは、本当に気が滅入るものだ。

 

 放射線では効果がないとなれば、後は遺伝子自体をどうにかするしかない。だが、その設備を手に入れることは困難だ。せめて解析だけでも出来るように、またミナに相談してみようか……そんな事を考えながら、メリッサが渡してくれたデザートに手を伸ばした。

 表面がぼこぼこしたその果実は、橙色の果皮をしたオレンジだった。それを見て、突然閃いた。


「アレックスとオレンジ……」

「どうしたの?」

超暴力アルトラと少年!」


 独特の単語を聞いて、メリッサも思い出した。結構映画が好きで、ヴィンセントがよく見ていた物の中にあった。


「時計仕掛けのオレンジ? でも、映画じゃない。それに映画では、治療は失敗していたわ」

「それは映画であって、映画に出てくる医者が凡人だったからだよ。俺になら、別の道が見つかるかも」


 サイラスは意気揚々とそう言ったが、メリッサは少し心配になって、サイラスを見た。


「だけど、非人道的だわ」

「自分の父親と、俺のパパ。二人も殺した上に母親まで殺そうとするやつに、人道的な処置が必要とは思わない。俺はやるよ」


 サイラスの言葉を聞いて、メリッサは悲しそうに眉根を寄せてサイラスを見た。サイラスの目には既に、メリッサは映っていない。その事がとても、悲しい。

 サイラスは変わってしまった。あの日から、彼らしさをどんどん失っていく。平気そうにふるまっていても、研究に没頭していても、殺意を抑えられないのは、サイラスだって同じ事だったのだ。

 放射線治療だって、普通の人間ならひどく苦痛を伴うのに、アレックスには容赦なく浴びせかけている。この上更に非人道的な実験を試みようとする。そんな事が出来る少年ではなかったのに、サイラスは徐々に残忍さを帯びていく。


 このまま成り行きに任せていいのだろうか。サイラスはどんどん変わっていく。その方向性は、きっと本人にも周りの人にも意図しない方向だ。

 メリッサはギュッと拳を握って、人間という意味でも使われるオレンジを見つめる。サイラスを止めるのは自分だ。その為に、サイラスの傍にいるのだから。

 サイラスに辛い思いを抱いたまま生きて欲しいわけではないが、人道的で優しくて、臆病なサイラスが好きだ。その頃のサイラスを取り戻し、これ以上サイラスが壊れるのを食い止めなければならない。どんな手段を使っても。

 そう決めて、メリッサはオレンジから視線を逸らすと、そっとサイラスに手を伸ばした。


「サイラス、食事が終わったなら、お風呂に入っていらっしゃい」


 伸ばした手でサイラスの握るオレンジを取り上げると、メリッサはそう言ってほほ笑む。サイラスは素直に頷いて、席を立って部屋を出た。

 その後メリッサも部屋を出て、サイラスが浴室から出てくるのを待った。しばらく待ってサイラスが出てくると、にっこり微笑んでサイラスの傍により、妖しく微笑みながら、妖艶に見上げた。


「ねぇ、サイラス」

「え、な、なに?」


 メリッサの行動に、サイラスはドキマギして、しどろもどろに応える。それを見ながら、メリッサはサイラスの首に腕を回して、耳元でささやいた。


「私、可愛いあなたが好きよ」

「えっ、あ、ありがと」

「あなたは?」

「……知ってるよね?」

「もちろん、知ってるわ」


 サイラスはメリッサの妖艶な眼差しと、その美しさに耐えきれずに唇を寄せ、二人は熱く激しく口付けを交し合った。


 サイラスの精神的な崩壊をくい止める。どんな手を使ってでも。

 シャンティから預かっている、大事な可愛い少年を、大事な可愛い少年のまま、見守っていくために。

 たとえ大事にしてきた関係を、壊してしまっても。

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