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実験開始から一週間


 ミナ、アレックスからの血液検査の結果を見て、サイラスは唸る。赤血球は正常値、だが、白血球と血小板の逸脱が著しい。同時にヘパリンやプロトロンビンも逸脱している。これは、損傷に対する修復と、血液サラサラ効果が異常なまでに強いという事だ。そして、リンパ球の働きも明らかに異常だ。エイズだろうがペストだろうが即時に撃退してしまう程の数を有し、その機能も常軌を逸している。人間だったら明らかに血液疾患だが、彼らはその値が異常なまでに高い為、すぐに損傷を修復してしまうのだ。

 骨髄液の検査結果など、めまいがする。たとえば人間の場合、赤血球は120日というスパンで生成されるが、吸血鬼の場合は即時生成されてしまう。

 この検査によって、吸血鬼の再生能力の高さの理由が判明した。


 その反面、腎機能の値は、人間よりもはるかに低い。吸血鬼が排泄をしないせいで退化してしまったのか、腎臓に関する数値は異常なまでに低かった。肝機能は正常であったが、腎臓が機能しないとなれば、吸血鬼が薬物に弱いというのも頷けるものだ。肝臓がどれほど毒素を分解しようとも、完全に分解できるわけではない。アンモニアなどは排泄によって排出されるのだ。その機能を有しないという事は、体に毒が溜る一方なので、吸血鬼には薬物が必要以上に奏効してしまうのだ。

 だが、不明な点もある。腎機能は排泄だけでなく、体内のPHの調整の為に、重要な役割を担っている。例えば人間なら、尿が出ないというのは本当に致命的であり、アルカリ性ならまだマシだが、PHが酸性に傾けば、死の危険がある。それを吸血鬼がどのように調整しているのか、今の時点ではわからない。


 レントゲンやCTは人間と大差はなかった。吸血鬼の本体が血液であるというのは、こういう事なのだろう。体液の成分の分布によって、彼らは生命を操っているのだ。

 そして注目すべきはアレックスの血液だ。アレックスはO型なのだが、普通なら有しないはずのA型B型への抗体を持っている。ボニーによると、クライドはA型でボニーはB型だったそうだ。この抗体の存在が、両親への反逆と関係しているのだろう。

 一般的には、抗体が性格や思想に影響する事など、まずあり得ないことだが、これ以外に考えられない。

 理由は不明だが、アレックスの抗体が、アレックスの精神に影響している。


 ならば、ボニーへのB型抗体をどうにかできれば、アレックスのボニーへの殺意も、消すことが可能なのではないかと考えた。

 現時点では、血液の持つ抗体を変えたり消したりすることは不可能だ。それが生成されるのは、遺伝子の構造に由来する。という事は、骨髄の中の抗体産生の遺伝子を傷害してやる必要がある。


 そう考えてサイラスは放射線治療を始めた。ちなみにこれらの機器は、ミナが揃えてくれた。アンジェラから意見を聞き、ジュリアに提供してもらい、その手続きや代金をそろえてくれたのはミナだった。


「ミナさん、本当にありがとう! 助かるよ」

「いいの。サイラスの理想が叶ったら、私も嬉しいもん。掟を覆すなんて、私には思いもつかなかったから……もっと早く、サイラスに相談すればよかったって、今頃思っちゃった」


 過去の事やクライドの事を思い出しているのか、ミナは悲しそうにしながらも、なんとかサイラスに笑顔を向けた。その笑顔がなんだか痛々しくて、サイラスは思わずミナの手をぎゅっと握った。


「大丈夫だよ、俺がなんとかするから。ボニー様もアレックスも死なない未来を、俺が作るから」

「うん、ありがとう」


 ミナが嬉しそうに笑ったのを見て、サイラスも安心して笑った。

 ミナは不思議だ。基本的にいつもニコニコ楽しそうにしているし、ミナが笑っているのを見ると、なんだか元気が出てくる。なんとなく、アンジェロがミナを愛しているのも頷ける。男は愛嬌があって、いつもニコニコしている女が好きなのだ。


 だが、アンジェロ及び孤児院の子どもたちによると、最も恐るべき相手はミナだという。ミナは滅多に怒ることはないが、一旦キレると全く容赦がなく、えげつない攻撃を絶好調で繰り出す。しかも、ミナ一人で星ひとつ破壊できるほどの能力を有しているので、孤児院の者達の中では、絶対怒らせてはいけない人物ランキング、堂々の第一位である。

 アンジェロも相当チートだが、戦闘能力に関しては、ミナは化け物だけに人間の常識を完全に逸しているのだ。普段はニコニコしている少女にしか見えない女性が、八面六臂の殺戮マシーンに豹変するのだと思えば、サイラスだってビビるというものである。

 それを考えると、ミナと仲良く一緒にいられるのは、本当にヴィンセントとアンジェロ位なものだ。その二人くらいしか、抑止力となる人物を思い浮かべることが出来ない。


 放射線の治療をするからとミナを部屋から追い出して、サイラスが研究日誌に記録をしていく。スラスラとペンを走らせるサイラスの背後から、それをミナが覗き込んでいた。


「パソコンで書いた方が楽なのに……って、全然わかんない」


 ミナはアホなので、骨髄だの血液だの抗体だの言われてもチンプンカンプンだが、この場合はそれ以前の問題だ。

 サイラスは、ものすっごく悪筆なのだ。たまにアルファベットが鏡文字になっていたり、象形文字かと思うくらい改悪するレベルで、普通に読もうと思っても、何と書いてあるのかが判別できない。

 何故かわからないが、悪筆は子どもの頃からで、ずっと治らない。ある意味秘匿性が高いので、こういう研究などでは自筆で書いている。勿論論文は、普遍性を求められるので、パソコンで書く。 


「こんだけ字が汚かったら、暗号化する必要もないじゃん?」

「確かに……その発想はなかった」


 欠点すらも応用する。それが天才である。 


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