実験開始にあたり
アンジェロがドサドサと大量の本をサイラスの机の上に置いた。
「吸血鬼の生態研究に関する文献だ。俺が軍にいた頃のを書き起こしたやつだから、内容は古いぞ。アリス先生が生きてりゃ、超能力に関する研究も飛躍的に進歩したと思うけど、仕方ねぇ。アンジェラとミナ、ジュリアにも協力を要請してあるから、お前がどうにかしろ」
アンジェロはそれだけ言って、大量の本を置いてサイラスの部屋から出て行った。
アリス先生は、アンジェロ達超能力者を生み出した非合法組織の研究員だったらしく、超能力開発のエキスパートだったらしい。だが、彼女は既に亡くなっている。
アンジェラはジョヴァンニ先生と同い年で、まだ存命だ。アンジェロの生物学的には妹で、彼女自身天才テレパシストであり、天才的な頭脳を有する医者だ。
そして何より有力な協力者と言えば、ヴィンセントの唯一の眷愛隷属である、吸血鬼のミナだ。
両親が吸血鬼の間に生まれたアレックス。彼はただの人間ではない。今の所、15歳のせいもあってか人間と同じように成長発達しているが、恐らくアレックスは人間と同じではない。彼の身体能力は人間のそれを遥かに凌駕しているし、吸血鬼の両親から生まれた者を、人間だと考えることの方が不適切だと、サイラスは考えている。
アリス先生が既に亡くなっていることは、サイラスにとっては大きな痛手ではあったが、アンジェラとミナ、アンジェロがいてくれて、被検体も手元にあるので、お先真っ暗というわけではない。
アレックスはあの後、アンジェロの紹介で、ワシントン郊外に家を借りた。その家の地下にアレックスを拘束している。拘束しているのは、アレックスが夜になると、ボニーを殺しに行くと騒ぐからだ。アンジェロとミナの協力で何とかアレックスを家の地下室に拘束して、今の所サイラスは色々な文献を読み漁っている。
アンジェロの話によると、アンジェロの元上司、ジュリアスはヴィンセントによって吸血鬼化された男だったため、それなりにドラクレスティの血族に関する生態研究も行われていた。
だが、実際に文献になっているのは、ほとんどが数の多いノスフェラートという一族に関するもので、ドラクレスティ一族に関するものは少ない。それはアンジェロが、過去の清算の為に、文献をブラックホールで飲み込んでしまったせいもあるのだが、ジュリアのせいでもある。
別荘のオーナーである製薬会社のCEO、ジュリア・スペンサー。彼女は吸血鬼のクローンとして生み出された、量産型吸血鬼XX染色体型クローンであり、アンジェロの元上司のクローンでもある。
スペンサー一族はミナとヴィンセントによって皆殺しにされたが、ジュリアだけがアンジェロと協定を組んで、今も尚生きている。スペンサー一族は、ヴァンパイア族の首領である、ヴィンセントのドラクレスティ一族の傍系であるため、クローンを作り出す為の研究はしたものの、その過程を外部に漏らされないように、大昔にその資料は既に破棄されていた。
というのも、ジュリア自身が、吸血鬼や超能力開発に興味がなく、会社経営にだけ心血を注ぐ、鉄の女だったからだ。
その話を聞くと、絶対ジュリアは今回の件にも興味はないと思うのだが、アンジェロがどうにかこうにか言いくるめて、協力を取り付けたらしい。そしてここ最近、ミナが不機嫌だ。
なんとなぁく、ジュリアがアンジェロに興味があって、アンジェロがハッキリと断らずにのらりくらりと躱し、それをミナが不服に思っているように見えるのだが、サイラスは見て見ぬふりする、というのを覚えた。
「モテる男ってのも、大変だね」
アレックスから採取した血小板が凝固しないよう、振盪させながらサイラスがそう言うと、アンジェロは深く溜息を吐く。
「ちげーし。ジュリアは面白がってるだけだ。あれは俺の気を引きたいとか、ミナをイラつかせたいんじゃなくて、俺を困らせたいだけで、ジュリアの娯楽の一環なんだぞ」
「マジで? ヤバいね。女ってこわいねぇ」
「そーだぞ。お前も気をつけろ。ていうかお前、メリッサさんに惚れてるだろ」
アンジェロの言葉に、思わず試験管を振る手が止まって、アンジェロを見た。何故バレたし。
そう思っているのもアンジェロにはバレバレだったようで、鼻で笑われた。
「ていうか、みんなわかってると思うぞ。バレてねーと思ってんのはお前だけ」
「ウソだぁぁぁ!」
「いや、お前わかりやすすぎ。態度とか顔に出まくり」
「うわぁぁぁ、恥ずかしいぃぃぃ」
顔を真っ赤にして、掌で顔を覆って俯いてしまったサイラスに、アンジェロは苦笑しながら尋ねた。
「なんでメリッサさんなんだ?」
その質問に、サイラスは顔を手で覆ったまま答えた。
「……あんなに綺麗な人を、見た事無かったから。俺のホントのママも女優だったから、すっごい美人だった。けど、ホントのママよりも綺麗で、初めて会った時は、メリッサ様があまりにも綺麗で、ビックリした。それに、俺に優しくしてくれたし、パパとママと同じくらい、俺の事わかってくれた。パパもママもそうだけど、メリッサ様がいてくれなかったら、俺はもう自殺してたと思う」
アンジェロもこの数日の間に、ギフテッドの事については調べていた。だから、サイラスの抱えてきた苦悩についても、アンジェロなりに理解は出来ていたので、「そうか」と笑って答えた。
「確かにメリッサさんは、すんげぇ美人だな。ジョヴァンニも、あんな綺麗な人初めて見たって、最初の頃は言ってた。つーか、この点に関しては、お前は俺と同じ匂いがする」
「なにが?」
「ヘタレの匂い」
「は? アンジェロさんが?」
「そう。俺が」
サイラスから見れば、アンジェロは超能力者で、経営者でお金持ちで、バリバリで超イケてて。老けないしイケメンだし、しかもモテるし、ヴィンセントの次位にチートだと思っているのだが。
アンジェロは笑いながら、ちょっと小声になって言った。
「ミナは伯爵の弟子だろ」
「うん」
「伯爵が怖すぎて、そりゃもう怖すぎて、とっくに成人してる俺が、ミナに手を出せずに12年」
「ハァ!? 12年!?」
「頑張っただろ、俺」
「頑張ったねぇぇぇ。ていうか、俺に勝るとも劣らないヘタレじゃん」
「ソレ、よく言われたし、ミナの弟にまで言われた」
「ダサすぎる! 普通そこ義弟に突っ込まれないよね!?」
「ツッコまれる位、俺はヘタレだったわけですよ」
生まれて初めてかもしれない。サイラスが他人に対して呆れるのは。自分と同じか、それ以上にヘタレた男に出会うのは初めてだ。
やっぱりアンジェロは愉快そうに笑って言った。
「今19だろ? まだ時間はある」
「俺4歳から片想いしてるから、もうタイムオーバーだよ」
「お前が大人の階段上り始めたのが、まあ12歳くらいからとして、そっからカウントしたら、あと3年は時間がある。なんなら北都――ミナの弟――に相談するか? アイツ精神活動のエキスパートだから、すんげぇ頼りになるぞ」
「義弟に相談してたの? おかしくない?」
「いや北都はマジ頼りになるから。アイツすげーから」
この手の話題を義弟に相談する事が変なことくらい、サイラスにだってわかるのだが、家庭環境というのは十人十色。色々な形があるものである。
とりあえず、北都が精神活動のエキスパートなら、アレックスの掟の事にも役立つかもしれないと、無理やり思考を転換させるサイラスだった。