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自分のやりたい事


 アメリカに来て数日経った。ボニーとヴィンセントはアンジェロがベトナムに送り届けて、サイラスとメリッサはアメリカに残った。ヴィンセント達とは普通に電話でも話せるし、いざという時はミナとアンジェロがヴィンセントと即時テレパシーで会話できるので安心だ。

 だが、孤児院の生活を見ていると、いざという時は中々なさそうだ。この孤児院となっている別荘のオーナーは、とある製薬会社のCEOだ。元々政界人や投資家などのVIPも訪れる別荘だったため、高い塀に囲まれていて、民間の警備会社が24時間体制で警備している。相手が超能力者や化け物でもない限り、侵入するのも難しいだろう。

 ちなみにその警備会社は、孤児院出身の子どもの一人が立ち上げた会社と契約したりしている。そのほかにも、州議員、弁護士、会計士、教員、医師、捜査官などになった子どもたちが、孤児院の運営を色々な方面からバックアップしてくれている。孤児院を含めた学院の運営に関しては、結構うまく行っていて財政も安定している。いざという時は株やギャンブルで荒稼ぎできるし、錬金術で貴金属を量産して換金してもいい。ミナとアンジェロには全然隙がなかった。


 アンジェロから話を聞きながらサイラスが何をしているのかというと、アンジェロのお仕事を手伝っている。インドにいた時も、大学に通いながらシャンティの仕事を手伝っていたので、こういうことをしていた方が落ち着くのだ。

 アンジェロに教えてもらいつつ、関係法規を丸暗記した後、書類の校正等を行っていく。アンジェロは理事長なので、実質的な業務は少ないが、学院の運営の方向性を考えたり、経営状況をチェックしたり、保護者からの意見に目を通したり、教育委員やお偉いさんと会談するのは、アンジェロの仕事だ。この学院は特殊なので、アンジェロは書類仕事よりも、人脈の方に気を使っているし、小さい子どもの世話もしたいらしいので、書類仕事はちょっと滞ることがある。

 なので、1分間に7000文字という恐ろしいスピードで文章を読みながら、さくさくと校正を進めていくサイラスに、アンジェロが嬉しそうにしている。


「マジ助かる。ここ数年ウチに天才がいなかったからなぁ」

「それまではいたの?」

「そうだな。まぁ学校の生徒には天才が何人かいるけど」

「いいなぁ。俺もアンジェロさんの学校に通いたかった」

「今からでも遅くねぇだろ。MITかハーバードでも編入しろよ。あそこはマジで天才ばっかりだぞ。うちの子たちですら衝撃を受けてた」

「そうなんだ。それもアリかも。ハイ終わったよ」

「はやっ! じゃぁ次コレ」

「オッケー」


 会話しながらもアンジェロとサイラスはサクサクと仕事をこなしていく。サイラスも天才だが、アンジェロも天才脳を持っているので、二人の処理スピードは恐るべきものである。

 補助金申請の書類にあった計算ミスを暗算で計算し直し、間違った箇所に線を引いて、赤ペンで正しい内容を書き加えるサイラスをチラリとみて、アンジェロが話しかけた。


「やっぱ人工的な超能力者や天才よりも、天然型の方がスペック高いな」

「……」


 アンジェロに返事をせず、サイラスの目は計算書の数字をひたすら追っている。

 それを見てアンジェロは思い出した。確かアインシュタインもギフテッドだった。ギフテッドは科学や物理学や数学が大好きで、しかも好きな事に没頭しだすと周りが見えなくなる。アインシュタインも特許局の仕事をほったらかして、ずーっと計算していたそうだ。


(ハイスペックだけど、こりゃ一般社会では難儀するだろうなぁ)


 アンジェロはやれやれと息を吐きつつ、でもこれも長所の一つと考えて、仕事を再開した。


 書類仕事が終わった後は、孤児院で預かっている、6歳以下の子どもの面倒を見る。主にミナや保育士が中心になって、子どもたちの世話をしていた。別荘の庭は非常に広く、噴水やプールなどもあるので、子どもたちを自由に遊ばせつつも、事故が起きないように目を光らせている。

 一人の少女が、噴水に落ちたボールを拾おうとして、身を乗り出している。サイラスがハラハラしながら見ていると、案の定少女は噴水に落ちてしまった。その様子を見ていたミナは、すぐに子どもの所に行って噴水から引き揚げた。ビックリして泣き出した少女をミナが別荘の中に連れていくのを見送って、アンジェロに尋ねた。


「落ちるってわかってたのに、なんで助けなかったんだ?」

「わざとって良く気付いたな」

「だって、ミナさんにならできるんじゃない?」

「そうだな。でも、アレでケイトは学習しただろ。身を乗り出し過ぎると噴水に落ちるって」

「なるほど」

「溺れる前に助けりゃ問題ねぇよ。子どもは怪我してケンカして痛みを覚えて、やっていい事と悪いことなんかの、物事の限度を学んでいくからな。大人が何でもかんでも、守ればいいってもんでもない」


 サイラスはさすがに保育には興味がなかったので、児童心理学や小児発達の事はよく知らなかった。人間の営みとは奥が深いものである。

 アンジェロの話を聞いて感心しながら、手を開いて、掌を見つめた。サイラスの掌には痣があって、少し引き連れたようになっている。それを見ながら、シャンティとレヴィの事を思い出した。

 彼らはサイラスに何かを強要する事はなかったし、サイラスがやりたいと思った事は全部やらせてくれた。実験で掌を火傷してしまった時も、やめろなどとは一言も言わずに、笑いながら薬を塗ってくれた。 

 学校では規則などで色々な制限があったが、家にいる間は好きな事に没頭できた。シャンティとレヴィは、サイラスの才能にブレーキをかけるような事をしなかった。危機管理を身を持って学習することが出来た。いささか過剰すぎて、ビビリに育ってしまったが。

 サイラスは規則なども守れなくて、変わり者だった。だけど、シャンティとレヴィはちゃんと理解して、サイラスの才能を育てる手助けをして、ずっと見守ってくれていた。その事を思い出して、やけどの跡が残る掌を、ぎゅっと握った。


 レヴィが死んで、シャンティを置いて家を出た。家族がバラバラになってしまったのは、あの日のアレックスの凶行のせいだ。アレックスを殺してやりたい。でも、その前に知りたいこともある。

 両親を殺害したいと思いながら生きてきた、アレックスの15年間。ボニーとクライドは彼を愛していたし、シャンティとレヴィだって可愛がっていた。サイラスだって幼馴染で仲が良かったし、アレックスには学校に友達がいた。

 今、ヴァンパイアハンターとして覚醒したアレックスの心の中には、最早殺意しか残されていないのだろうか?

 それを知りたい。知って、どうしたらいいのかはまだわからない。だけど知りたい。サイラスを突き動かすものはいつだって、飢えにも似た知識欲だ。


「アンジェロさん、アレックスの場所、探せる?」

「すぐに見つけてやるけど、会ってどうする? 伯爵は、殺してくれたらラッキーくらいには、思ってそうだけどな」

「そうなの? いや、殺す前に、聞きたいことがあるんだ」

「そーか。殺すなら手を貸してやる。話したいならオフィスを貸してやる」

「あはは、ありがとう」


 アンジェロがタブレットを取り出して、アメリカの地図を開く。まだアメリカにいるようで、ワシントンから少し離れたダウンタウンにいた。アレックスはお金もそんなにないし、口座もカードも使えないし、アメリカを出るどころか、普通に生活する事もままならないはずだ。

 アレックスにもう少しで対面する事に、僅かに緊張を覚えながら、サイラスはアンジェロと共に、ダウンタウンに瞬間移動した。

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