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ゴッズテイル ~サイコ男の異世界神話~  作者: 柴崎
第???章 ~倉田樹の証言~
99/103

65 PSYCHO LOVE〈5〉

   ---




 畑が見えてくる頃、ハネットはその道の先にひっそりと佇んでいた。


 白い装備に白いアバター。

 作り物のような白髪が、吹き抜けた風になびく。


 ――黙っていると、まだマシなんだが。


 遠くを見通すような視線。

 どこか憂いを帯びた横顔。

 ニホン人的に言わせて貰えば――その儚い姿は、どこか『桜』を連想させる。

 僅かな時間だけ鮮烈に咲き、風に吹かれて消える桜を。


「……来たか」


 対象的な黒い瞳が、俺を串刺しにした。


 少しだけ首を傾げてこちらを見つめる。

 こいつの癖のようなものだ。

 何かに似ている……と不意に思った。


(まあ、そんなことより――)


「――おい、その手に持っている物騒なものは何だ」


 なぜか奴が手に持っている、ダイヤモンド製のクワ。

 俺がそれに言及するやいなや、ハネットはそれを振りかぶった。


「神器、エクスクワリバーーーッ!!」


「やめろおおおお!!」


 慌ててその手を掴み、アームロックしながらスキルを使用できないよう口も塞ぐ。


「むぐぅ~!」


「そいつを早く仕舞えぇ!!」


 この【エクスクワリバー】とかいうふざけた上位武器。

 これは実際には武器ではなく、指定した範囲を自動で耕すという農具だ。

 だが一方で、ある意味こいつのメイン武器である【星墜し】よりも凶悪な破壊兵器でもある。


 なにしろ、1回の最大効果範囲が惑星1つ分。


 そう、あの農場惑星とかいうふざけた規模の畑を作る際に使われているのが、このクワだ。

 こいつの切っ先が1mmチョンと地表に掠っただけで、世界から木々はなぎ倒され、山は潰れ、その惑星は丸ごと畑に変わってしまう。


 ――それはつまり、その地に存在する文明の崩壊と終焉を意味する。


 しかもその作業は触れた後に完全自動で行われるので、魔法だろうとスキルだろうと、システム的にもう止める事が出来ない。

 勝てないガチ勢を前に、腹いせにこいつで拠点だけぶっ潰したのを見たことがある。

 ガチ勢が膝から崩れ落ちたのを見たのは、後にも先にもあの1回だけだ。


 こういう真っ当ではない手段で、真っ当な手段を上回る成果を上げてくるのがこいつの怖い所だ。


「離せー! 豊穣神として覚醒したかどうか試すんだいっ!」


「ええい、そのネタまだ引っ張るかっ!」


 習得したリアル武術を駆使して必死で無力化する。

 先ほどの少女や、ここで数回会話したNPCたちの顔が走馬灯のように浮かんでいた。

 たとえ僅かな時間とはいえ、言葉を交わした人々が故郷を失う姿は見たくない。

 ちなみにそのNPCたちは、いつも通り仲良さそうにじゃれ合う俺たちを見て微笑ましそうに笑っていた。解せぬ。


「いやいや、もちろん冗談だから。俺の拠点だし」


「お前の拠点全部畑じゃねーか」


 それどころかログインしたら俺の屋敷が畑に変えられていたり、逆に屋敷は無事で安心して中に入ったら中だけ畑になっていたりすることもあるぞ。

 こいつの悪戯は一目で犯人が誰か分かるから凄い。


「とにかく、俺の目の前で二度とそいつ出すんじゃねーぞ」


「そこまで言わなくても……」


 言うだろ。

 拘束を解かれたハネットは、肩を竦めてクワを仕舞った。


「ああ、そういえば――」


 スキルで椅子を作り、腰掛けながらハネットは言う。


「――ニーナは質問してこなくなったか」


 ヒヤリと背中に走るものがあった。


「……見てたのか?」


「ついさっき俺も会ったとこだ。喋ってたならもっと遅いだろ」


「あ、ああ……」


 単に距離と時間の問題か。

 普段から監視されているのかと思った。

 ……いや、でもさっきレーダーは見てるとかなんとか言ってたな。


「弁えたって事だろうな」


「まあ……そうなんだろうな」


 俺が本人を前にして感じ、考えたことと同じ予想を言ってくる。

 俺が気付くことは大抵こいつも気付いている。


「あの子って、あれでまだ女子高生ぐらいなんだっけか。信じられんな」


「ああ。本当に賢い子だ――」


 目を細めてハネットは呟く。


「――おかげで思った通りに動く。機械みたいに」


 冗談めかして言っているが――俺には、なぜか気温が下がったように感じられた。

 それで、本当に聞きたいこととは少しズレた質問をした。


「…………自分より賢いのに、思い通りに動くのか?」


「そりゃそうだ。リーダーみたいなのだと何してくるか全く予想ができん。セオリーとか完全無視だし」


「あー……」


 『リーダー』というのはコウのことだ。

 『メタル』というキャラクターを使っているが、クランリーダーなので『リーダー』と呼ばれている。

 たしかにあいつは戦う時に予想外の行動を取ってくるのでびっくりさせられる時がある。

 ……強いと思ったことは一度も無いが。


「賢い奴は合理的に動くからな。そいつの立場で『最善』を考えたら、大抵はその通りに動いてくれる」


「へぇ」


 それはオペーレーターをやっているハネットだからこそ感じる感覚なのかもしれない。


「リーダーは……あいつはそもそも、『自分が何したいか』を自分で分かってねーからな。目標を決めてないから合理的もクソもねーんだわ」


「うーん……」


 馬鹿と天才の行動原理をひとしきり解説すると、ハネットは俺が来るまで見つめていた畑の方に向き直った。

 そこで働くNPCたちを眺めていたようだ。

 小学生ぐらいの小さな子供まで働かされているのが、少々気になる。


「……あー、みんなよく働いてるみたいだな」


「ああ」


 ハネットは満足げに頷いてみせた。

 この世界に初めてやって来た時のことを思い出す。


 ――意外だったのは、ハネットとNPCたちが互いを受け入れ合っていることだ。


 よそよそしかったエルフたちとも、最近は打ち解け始めたらしい。

 彼らとの関係は傍目から見て、とても自然だ。


 ――それに、なぜか違和感があった。


「……なあ、そういえば、ここのNPCたちとはどういう経緯で出会ったんだ?」


「んー?」


 全てに役割が設定されている『最初の世界』のNPCたちと違い、それ以外の世界ではNPCたちが全員自由に生活しているそうだ。

 なのでこうして拠点に『設置』しようと思ったら、交渉なり脅迫なり、何かしらの手段を用いて自勢力下に加える必要がある。

 そのためプレイヤー間では、拠点にNPCを招くことを『囲う』と表現することがあるのだった。


 ハネットは働く村人たちの方を見たまま答える。


「近くの村が盗賊たちに襲われててな。そいつらをぶっ殺して、報酬代わりに村人の一部を融通させたんだ」


「…………」


 何食わぬ顔で言うが……俺はその内容に、正直面食らっていた。



 ――普通のプレイヤーは、人間タイプの敵を殺せない。



 これがゲームだと分かっていて、それでもだ。

 何ならチュートリアルで()()()()()()()までは、大抵の人間がニワトリだって殺せないぐらいだ。

 そのせいで、敵に盗賊など人間タイプの敵が出てくるクエストは、ほとんど受ける者がいなかったりする。


 ――低次世界体験型ゲームは、何も考えずにプレイするにはリアル過ぎるのだ。


(しかし……ハネットには、そういうのが無い――)


 こいつは、平気で人を殺せる。

 もちろんゲームの中での話だが。



“ついていけねーよ”



 ――不意に、かつての仲間の言葉を思い出した。

 俺たちのクラン『FFF』で最強を誇った男――クーが、このゲームを引退する際に残した言葉だ。


「――あいつが裏で何て呼ばれてるか、知ってるか?」


「…………」


 最後に2人きりで会った時、奴は俺にだけその引退の理由を話した。

 いや、もしかしたら、『本人』以外の全員に話したのかもしれないが……。


 クーが今言ったのは、ネットや掲示板で呼ばれているあいつの『二つ名』のことだろう。

 そしてそれに付属する、1つの噂――。


 それはもちろん、俺だって知っている。

 だが――


「昔は凄い奴だったけど、今じゃただのヤバイ奴だ。……お前もそろそろ、あいつに付き合うのは止めといた方が良い」


「…………」


 俺の中で、2つの選択肢が揺れる。


 本当は分かっている。

 クーの言っていることが正しい。


「…………ありがとう。でも……」


 だが、答えはすぐに決まった。

 ――あいつには、恩があるから。


「……俺は、残るよ」


「…………そうか」


 クーは俺の選択に対し、文句を言うことは無かった。


 途中で引っ越してきた俺より、あいつの方が長い付き合いだった筈だ。

 あいつだって、別に好きで消える訳じゃないのだ。

 ――ただ、『怖くなった』だけで。


 ……ふと気付くと、今の今まで前を見つめていた筈のハネットが、こちらに顔を向けていた。

 内心でぎょっとする俺を尻目に、ハネットは再び正面を向く。


「あとは買ってきた奴隷たちと、その街にいた孤児たち……いわゆるホームレスとか、ストリートチルドレンって奴だな。エルフは最初の村人たちと大体同じ感じだ。モンスターと戦争してたんで助けてやった。この国もだが」


 奴隷や孤児に、盗賊に戦争――。

 平和ボケした現代からすれば、どれも酷くグロテスクな話で……どうにも現実感が無い。

 普通のことのように平然と話すこいつは、ちょっと倫理観がおかしい。


「……なあ。奴隷を買うのは、ニホン人としてどうなんだ……?」


「――それは線引きというものだよ」


 やんわりと注意しようとしたが、逆にハネットは俺を責めるような目で見た。


「本当は、友達になる人間を選ぶのと何も変わらないんだ。手段に金を使っただけで、本質は同じ『出会い』でしかないからだ。……物だと思ってるのはお前さ、クラツキ。奴隷とかニホン人とか、レッテルを貼るなよ。――こいつらは、俺と出会っていなかったら今頃死んでいただろう。救えたのは、俺が『当事者』になったからだ。悪い事だからって遠ざかるんなら、差別と結果が変わってない」


「―――…」


 遠ざかるなら差別と同じ。


 たしかに……俺は奴隷制度=悪という一般論を言ったつもりだったが、それは『悪いことだから関わるな』という意味での使い方だった。

 根本的な解決を求めた発言ではない。


 ――それはつまり、『見て見ぬ振り』だ。


 関わらない限り、奴隷は消えない。

 臭い物に蓋をしただけの、傍観者としての意見でしかない。

 知らず知らずの内に、表面的な部分だけ見て批判する『大衆の視点』に立っていたのだ。


 大真面目に説教されてしまった。

 こいつは普段あんな感じなのに、急にこういう正論を吐いてくることがある。

 というかきっと、本当は俺達よりこいつの方が、より物事の本質的な部分が見えているのだろう。

 それをあえて無視しているのか、単に性格が悪いのかは分からないが。


 思わず口をつぐんだ俺に、ハネットはため息をついた。


「……そんで、結局なんか用だったのか?」


「ん、ああ……そうだった」


 言われて思い出す。

 危うく目的を忘れるところだった。


「金曜はリーダー来るってよ」


「おお、マジか」


 三度も世界を移動したのはそれを伝えるためだった。

 リーダーを含めたこの3人が今の実質的フルメンバーだ。

 普段はそれぞれで勝手にプレイしているが、全員揃いそうな時ぐらいは一緒に活動することにしている。


「……随分減っちまったな」


「ああ……」


 ハネットは遠い目をして広がる畑を眺めた。


 当初は同世代の人間の大半がプレイしていたし、この幼馴染クランだけでも10人はいた。

 それが今では、3人だ。


 僅かに沈黙が訪れる。


「――なあ、なんでそこまでするんだ?」


「ん?」


 それは一体、『何』についての事だったのか。


 言ってから自分の失態を悟る。

 親友であっても、なんとなく踏み込むのに躊躇する領域というのはあるだろう。


 俺は誤魔化すための話題を慌てて探す。

 視線は自然とハネットの畑へと向いた。


「あー、ほら。収穫ランキングとか? お前の事だから、実は何か意味があんのかと思って」


「ああ……」


 数あるランキングの項目の中でも、『アイテム収穫数』にだけこだわっている理由。

 日頃から疑問に思っていたことを尋ねてみる。


「だってさ――」


 俺のその質問に、ハネットは少し時間を置いて口を開いた。


「――ゲームの中でぐらい、1番になりたいじゃん?」


 男だったら多くが理解できるであろう感覚。


 自分が抱える、現実での葛藤。

 その思わぬリンクに、内心でドキリとさせられる。


 しかし、内容とは裏腹に――そう語ったハネットの横顔は、どこか淋しげだった。


「俺じゃ総合はもちろん、戦闘カテゴリでも1位にはなれないからな」


「……だから、収穫数なのか?」


 ランキングには『アイテム所持数』という、もっと分かりやすい項目もある。

 そちらはアイテムボックス内の全アイテムが集計されるが、ハネットが重視している『アイテム収穫数』の方は、作物や素材など一部のアイテムを入手した際にしか集計が行われない。


「ああ。だからだ。不人気で競争相手が少ない。……それに、ただ作業(どりょく)を繰り返すだけで、ちゃんと結果が出るからな。運が絡むとダメなんだ、俺は」


 ハネットは積極的に前に出て戦うタイプではない。

 基本的には常に逃げ回り、策と罠を用いて狡猾に敵を倒す。


 勝率には目を見張るものがあるが、そのせいもあって直接戦闘における技量については高いとは言えない。

 正面から殴り合いになった場合、俺やその上のガチ勢たちのような対人プレイヤーには数段見劣りするのだ。


 戦いの世界において、人を最も成長させ、突き動かすのは『敗北』だ。

 だがこいつは死を恐れるあまり、経験した敗北の数が圧倒的に少ない。

 つまりは、成長する機会が少ない。


「もう少し強い敵と戦うようにしてみれば? 少しは歯ごたえないと楽しくないだろ?」


「いや、戦いは楽しくねーから。野蛮人か?」


 ――ああ、要するに。


 言ってしまえば、『性格』が向いていないのだ。


 対人戦が存在するゲームで結果を残すには、ハネットはあまりに()()()()

 しかし――


(1番――()()、か……)


 ――逸れようとした先で、もっと大きな地雷を踏んだことだけは分かった。

 『これ』だけは、絶対に尋ねてはいけない。


 俺は少しの間、口を開くことができなかった。

 ……なぜなら、『怖かった』から。



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