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ゴッズテイル ~サイコ男の異世界神話~  作者: 柴崎
第???章 ~倉田樹の証言~
97/103

63 PSYCHO LOVE〈3〉

  ◆




 長い長い聴取が終わり、やっと警察署から開放される。

 やって来たのは朝一番のことだったのに、恐ろしいことに空には星が見えていた。

 鍛え抜いた体も、今はあのパイプ椅子のように悲鳴を上げている。


「……本当に送らなくていいんですか?」


「ああ、凝り(ほぐ)しがてら走って帰るので。10kmぐらいだし」


「…………」


 黙った下っ端警官を無視して靴紐を結ぶ。

 いい加減紺色の制服は見たくない。


「――あれ? イツキ?」


 さあ行くかと最後に肩を回していると、別の声がかけられた。

 振り向いた先には、玄関からたった今出てきた様子の1人の男。

 平均より10センチ近く低い身長に、尖った耳。


「……おお? コウか」


「うっわ、なんか久しぶりだな~!」


 竹本(タケモト)(コウ)

 幼馴染の1人にして、俺と同じく地元残留組の1人でもある。


 SNSではよく絡むが、実際に顔を会わせるのは2年ぶりぐらいか。

 せっかく近くに住んでいるからと定期的に会うようにしていたのだが、それも20代後半に入ったぐらいからなんとなく無くなっていた。

 まあ『あるある』ってやつだろう。


「――もしかして、コウもか?」


「ん? 何が?」


「いや、だからあいつのせいで呼ばれたのかと」


「ああ、そうそう、それそれ!」


 俺と同じように、コウも取り調べを受けていたらしい。

 というか「何が?」って、警察署で会ったのをおかしいと思わんのか、こいつは。


(……これは他のメンバーたちも全員同じ目に遭っているかもしれないな)


「なあ、お前どう話した?」


「え? いや普通に。ぶっちゃけいつかやると思ってました、って」


 コウもあいつを下手に庇わなかったようだ。

 あいつの人徳には目を見張るものがあるな。

 ……こういう証言、ニュースで流れるんだろうなぁ。


「せっかくだから何か食っていくか?」


「お、いいね~」


 先程の警官が俺たちの会話に聞き耳を立てているのに気付き、逃げるように警察署を後にする。

 この市街地には俺たちの通っていた高校があり、別の高校に行ったあいつ以外のみんなで学校帰りによく歩いたものだ。

 どこで食べるか考えながら、見慣れた大通りを適当に彷徨う。


「お前んとこも変な手紙きた?」


「きたきた。あれそっちにも来てたんだ」


 どうやら文章に至るまで全く同じものが来たらしい。


(もしかして、昔の仲間全員に送られているのか……?)


 謎の嫁探し宣言。

 あれで結構重要な意味を持つ手紙だったりするのか。

 いや、意味ありげな辺りがブラフである証拠かもしれない。

 ……しまった、渡す前に試しに炙ってみればよかったな。


 調べられた内容についてあれこれ話しながら歩いていると、昔は無かった場所にラーメン屋が出来ていた。

 店先には2~3人がけのテーブルがいくつか出ている。

 この屋外テーブルでも食べられるらしい。


 こういうの、なんとなくロマンがあって好きだったりする。

 フードコートなんかも好きだ。


 開きっぱなしの戸から店内に顔を出し、注文だけ済ましてテーブルで待つ。

 話題は当然ながらあいつのことだ。


「いやー、ここでもやってんねー」


 店内に置かれているテレビでもあいつのニュースが流れていた。

 途切れ途切れに内容がこのテーブルまで届く。

 今電気屋に行ったら全てのテレビで同じ映像が流れているかもしれない。


 本人を知っているため、俺たちの間ではあまり大ごと感が無いが……報道のされ方から分かる通り、世間は違う。

 先客のサラリーマンらしき中年たちは、そのニュースを見ながらあいつに文句を言っている。


「――ったく酷えなぁ。こんな若者がいるならニホンもまだまだ捨てたもんじゃないって思ってたのになぁ」

「結局、全部『演技』だったってことなのかねぇ」


「―――……」


 テレビは奴を英雄として報道し、民衆は奴を聖人だと信じ込んでいた。

 だからこそ、事件発覚から僅か1日にして、奴は歴史的な『大嘘つき』として扱われている。

 ――多くの人間が信じたから、多くの人間が裏切られたと思ったのだ。


(勝手に信じて、勝手に裏切られた気になっているだけさ――)


 奴という人間と多く言葉を交わしたからか、それとも職業柄なのか。

 大人になって、分かるようになってきたことが幾つかある。


 ――俺たちは皆、『テレビの中の世界』を異世界(ファンタジー)だと思っていること。


 これまでにどんな善人として報道されていたとしても、それが人間であるなら非現実(フィクション)ではないのだ。

 隣でラーメンを啜る中年と同じ存在でしかないのだと、人々は理解せずに生きている。

 だから、こうして人間(リアル)だと実感している俺たちとの間に、ギャップが生まれる。

 全てが演技だったかだと? ……決まっている。


 ――奴は、全てが計算尽くなのだから。


 きっと民衆は最初から最後まで、奴の手の平で踊っていたのだ。

 歴史的な詐欺師などと、笑わせる。

 必死に株を下げようとしているが、奴から見れば、道化は俺たちの方に違いない。


 ――聞こえてきた雑談と俺の沈黙をどう受け取ったか、コウが良くない空気の読み方をした。

 気まずそうに口を開く。



「あー、最後に会ったのって……『ザ・ワールド』やってた時だよな?」



「――――……」


 話題を変えるべきと思ったのかもしれないが、なぜ、そこに着地した。


 『ザ・ワールド』。


 とある大事件がきっかけで、俺たちの中で半ば禁句となっているゲームの名。

 あんなに夢中になったのに、今では思い出したくもない闇の中の闇。

 人々から永久に封印された罪の記憶。


 随分久しぶりにその名前を聞いた気がする。

 多くの元プレイヤーたちと同じく、意識的にも無意識的にも、ここ数年はその名を口に出すことを避けてきた。

 格闘家というある意味野蛮な職につく俺でさえ、あの事件には心底から反吐が出る。


 一瞬にして空気が淀む。

 コウは昔から思いつきで喋るというか、深く考えずに行動する癖がある。

 悪気があるわけではない。単にバカなだけだ。


 沈黙が落ちる前に、俺はなんとか冗談めかして話を繋げる。


「……まさか友達が同じぐらいヤバイ事件起こすとは思わなかったよな」


「うーん、たしかに。でも今回よりもあの時の方が上じゃない? 『あれ』はマジでヤバかったし」


 さりげなく話題を逸らそうとしたのだが、コウには伝わらなかったようだ。

 こいつはこいつで変わらない奴だ。

 たぶん当時もあんまりショック受けてなかったな、こりゃ。


 まあ、それでいいとも思う。

 変わらないのがその人の魅力ということもある。

 ……あいつなら、こういう気持ちを上手く言語化できるんだろうが。


「まあ巻き込まれた人数と……内容で言えばな。でも星間報道されるレベルって点で見れば、規模は同じだろ?」


「あー、まあ。そう考えると凄いね、ほんとに。そんであのおっさんたちニホンの恥とか言ってんだ」


 お前からそこに戻るんかい。

 これで今日何度目か、疲れた背中を伸ばして椅子にもたれる。

 そのまま夜空を見上げているフリをして話を切った。


 店の光源に邪魔され、見えにくくぼやけた先――いくらかの星が、俺たちを見下ろしている。

 遠い宇宙に浮かぶ、星々が。



 ――『大洪水(だいこうずい)』。



 西暦2000年代初頭に人類『のみ』を襲ったとされる、謎の大量不審死。

 たった一夜にして世界人口の99%以上が失われたという未曾有の大災害から、再び2000年の月日が経過したのが今である。


 次元操作技術を用いても原因が特定できなかった、宇宙の誕生と並ぶ人類にとって数少ない未解明の謎。

 その他の動植物に被害は一切見られなかったとされ、陰謀説、バイオテロ説や地球外生命体からの攻撃説、果ては神による天罰説などもある。

 奇しくも現代は『大洪水』が起きたとされる西暦2000年代初頭と似た社会状態になっているという説があったが、詳しくは知らない。

 また同じ大量不審死が起こるなんて話もあるが、よくある人類滅亡説の1つだろう。


 ――星々は輝き続ける。

 あの星たちは、きっと『大洪水』の前から何も変わっていないのだろう。

 そうやって文明の滅びと再生を、何度も見下ろしてきたのだろうか。

 世界というものが経験している悠久の時から見れば、俺たち人間の歴史など、瞬きのようなものなのだ。



 ――9年前。

 洪水歴、2019年。



 たしか最後にあいつと会ったのは、その年だった。

 数字にしてみると長いものだ。

 そういえば、あいつが消える直前までこの3人で遊んでいたっけ。


 あの悪夢の作品――『ザ・ワールド』で。




『若き日の3人』編へ。



◆設定補足◆


・大洪水(だいこうずい)

神話からの引用で『大洪水』と名付けられた、西暦2000年代初頭に起きた大量不審死。人類はその一夜で人口の99%以上を失ったが、原因も死因も判明していない。唯一『海』、それも遠洋に出ていた者と、飛行機などに乗って『空』にいた者だけが助かったとされる。

人命と共に様々な技術や知識が失われたが、最も酷かったのはその後の『モラル』の低下だったと言う。……だが、それも今は遥か昔の話である。

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