61 PSYCHO LOVE〈1〉
2018.12.31
作中唯一の現代ニホン編(リアル側編)です。
観念して分割。ストック切れるまで出来るだけ毎日投稿。本当に超長い回なので後半行く頃には最初の方忘れちゃうかもしれません。とにかく申し訳ない。
「倉田樹さんですね? 我々、こういうものですが……」
呼び鈴の音に玄関を開けてみれば、特徴的な制服を着た男たちが3人ほど立っていた。
その中の先頭に立つ男が、こちらに見せるようにして黒革の手帳を開く。
「――警察」
上下に開かれた手帳、その下段で自己主張する金色のバッジ。
映像作品でしか目にしたことの無かったそれは、相手の役職と立場――そして、その来訪の目的をありありと伝えていた。
「もうご存知かと思いますが――」
慣れた動作で手帳を収めながら、男は言った。
「――『ご友人』の件で、是非とも捜査にご協力いただきたい」
「…………」
洪水歴2028年。
――その年。
俺の幼馴染は、犯罪者となった。
◆
「――つまり、最後に本人に会ったのはもう9年も前ということですね?」
「はあ。それからは、メールや手紙がほんの数回……。というか正直、ここ何年かはそれすら無いです」
「…………」
玄関先でいくつか質問されるだけかと思いきや、俺は市街地の大きな警察署まで連れてこられていた。
取調室に何時間も監禁され、向かい側に座る白髪交じりの男に証言をしつこく確認される。
いわゆるベテラン刑事というやつだろうか。
顔に刻まれたシワは日々の苦労を表すように深く――しかし、眼光だけは鋭い。
まあ逮捕術として多少齧った程度の相手に負ける気は全くしないが……やはり、纏っている空気が素人とは少し違う。
――家で見せられたバッジを思い出す。
それこそ彼らには、映像作品が他人事ではないのだろう。
そういう意味では、格闘家よりも肝は座っているかもしれない。
彼らはリングが『日常』にある。
『スイッチの入り易さ』では向こうの方が上だろう。
「……親友と言ってもいい間柄だったんでしょう? 失礼ですが、連絡が途絶えて心配ではなかったので?」
関係ないだろ。何も知らない癖に口を出すな。
――咄嗟に言いかけたそれらの言葉を、飲み込む。
不快な物言いではあるが、相手はプロだ。
俺には思いつかないだけで、やはりこのやり取りにも何かしらの目的があるんだろう。
「……その時の俺たちって、既に23とか24とかですよ。あいつはもう大人で、あいつ個人の行きたい道がある。だから黙って見送ったんです。――それこそ、親友でしたからね」
毅然と答え、不快感も表明しておく。
この俺に睨まれても平然としているあたりは流石刑事か。
「それに……その頃は、俺も忙しい時期だったんで」
――元プロ格闘家にして、30歳超えた今は、道場の先生。
それが俺――倉田樹の選んだ職業。
ちょうどあの時の俺は、箔をつけるために本気で全国大会での優勝を狙っていた大事な時期だ。
まあ俺に限らず、20代前半という時期はみんな就職関連で忙しいものだろうが。
1人1人減っていく仲間たち。
最後まで残ったあいつ。
大人になった俺たちが別々の道を歩み始めるのは、必然だったのだ。
……そんな調子で、刑事は関係ありそうなことも無さそうなことも、根掘り葉掘り尋ねてきた。
たまに質問の仕方や言い方を変えて、こちらの油断を誘おうとしてくる。
もしかしたら俺が共犯である可能性なんかも視野に入れているのだろうか。
事情聴取というものが皆こうなのか、それとも今回の件が特別厳重なのかは分からない。
――なにしろ、あまりにも大事件すぎるから。
俺の幼馴染は超が付くほどの有名人で、犯した罪は超が付くほどの重罪だった。
技術の進歩、それによる犯罪率の急激な低下と社会の停滞でネタ切れの昨今、マスコミは水を得た魚のようにどこも奴の報道をしている。
ウチにも刑事が来たりしてな……なんて考えた数時間後に本当になるぐらいには、政府も本気で動いている。
少しの間、部屋の隅にいる別の男が会話を記録に起こす音だけが部屋に響く。
なんとなく男たちに聞かれないよう静かに息を漏らしながら、座り心地の悪いパイプ椅子に背中を預けた。
――あいつに限って、とは言えないのが友人としては困るところだ。
ぶっちゃけ、あいつなら犯罪の1つや2つやっても驚きはしない。
いわゆる『いつかやると思ってた』というタイプなのだ。
ただし、同時に保身に長けた狡賢い男だった筈なのだが……。
ふと、その本人と交わした昔の雑談が蘇る。
“あの人に限って……なんてことを言うけどね。人には『渇望』というものがある。これだけは、という何かがね。豹変する人間には裏表があるんじゃない――優先順位の問題なんだよ”
(プログラム上に倫理より大事なものが設定されただけ、だったか)
ならばあいつにも、その『大事なもの』とやらが出来たということだろうか。
少なくとも奴の中では、それの優先順位とやらが『今の地位』より高かったのだろう。
そうでなければ、こんな犯行に及ぼうとは思うまい。
(まあ報道されてる情報を見ても、俺には理由がサッパリだったが……)
――内容はともかく、なぜそんな犯行に及んだのかが分からない。
恐らくその辺りの解明を期待して俺を呼んだのだろうが……残念ながら、俺にも意味不明だったのだ。
まああいつの考えなんて常人には理解できないということだろう。
俺からすればいつものことだ。
……阿吽の呼吸というのか、記録係が手を止めると同時に男は再び口を開く。
「で、事件が起こる前……5日ほど前に、突然『これ』が届いたと……」
「…………はい」
俺と男の中間、机の上に置かれた1枚の紙片。
“嫁探しに行ってくる”
ど真ん中に、堂々とそれだけ書かれたハガキ。
道場から帰ったら玄関ポストに入っていたものだ。
おかげで今頃、我が家の玄関先や郵便局ではあらゆる捜査が行われているだろう。
このハガキ自体も証拠品の1つとしてビニールに入れられている。
これ1つで犯人まで辿り着いたりするのが現代の怖いところだ。
そりゃ犯罪率も低下する。
「内容について、本当に心当たりは無いんですね? たとえば――幼馴染のあなたにだけ伝わる、何かの暗号とか」
「いや、全く……。まあ、年齢的に確かに、そろそろ……とは、思いますが……」
実際、もうちょっと早くに自分は結婚しているだろうと思っていたんだが。
しかしあいつ含めて結婚していない奴がまだ割といる辺りに、ニホンの晩婚化が進んでいるのを肌身で感じる。
「――――……」
男が俺の瞳の奥、その真意を探るようにして視線を飛ばしてきた。
疑われているらしい。
まあこんな暗号めいたものを送られておいて『意味不明』だなんて、誰も信じないだろうが。
その視線を見つめ返し、そこで大して威圧されていない自分に気付いた。
負ける気がしないから?
いや違う。
――あいつのせいで、慣れているからだ。
思えばあいつは、いつもこちらをこういう目で見てきていた。
そしてこの刑事と違い、あいつには質問も誘導尋問も必要ない。
――ただ見るだけ。
ただ見るだけで、あいつはこちらの抱える全てを見透かす。
(知ってるかい、『本物』の目はモノが違うぜ、おまわりさん――)
……いや、冷静に考えたらなんで本職より上なんですかね、あいつは。
俺は先程のお返しと言わんばかりに、堂々と視線を受け止めた。
そんなに見ても知らないもんは知らん、と胸を張る。
やがて俺のそれが演技ではないと理解したのか、男は白髪頭をガシガシと掻く。
お手上げらしかった。
いや、うん、ほんと何なんだろうね、これは。
起こした事件の内容とも全く関連性が無いし。
(無駄な捜査させて時間稼ぎしようとか考えてそうだな)
まあそういう可能性がパッと出てくるような奴なのだ。
親友だからこそ奴への信用は低い。
というより、悪い方向に高いのか。
奴ならやりかねん、という謎の信頼があるのだった。
その後倍近くの時間をかけ、俺が直接的な手がかりを持っていないことを確認すると、男は広げていた資料の順番をごそごそと変え始めた。
「あー、では質問を変えますが――」
男は資料に顔を向けたまま、視線だけを上げて尋ねる。
「――『 』さんとの出会いについての辺りを、詳しく聞いても?」
『 』。
それが俺の幼馴染の名前。
俺はパイプ椅子が上げる抗議を無視し、天井を見上げた。
『 』との出会い編へ。