表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
90/103

おまけ 勇者様御一行魔神の集落観光ツアー-2

2018.1.3 年内更新間に合わず申し訳ありません。

そして相変わらず予定より長くなったので3分割……(これ元々1話予定の話)







「最初に見える建物って言ってたよね」

「そうね」


 魔人形(ゴーレム)の関所という最初の洗礼を無事通過したユンたち一行は、ギルに説明された通りハネットの屋敷を目指していた。


「領主の屋敷が最初にあるってのもおかしな話だな」

「あー、そういえば」


 普通そういった権力者の住居は入り口から最も遠い場所か、街の中央付近にあるものだ。防衛的な観点からはもちろんの事、自分たちのような来訪者に道中で街を見せびらかし豊かさを誇示するという、外交面での理由もある。

 だがこの集落では、よりにもよって時の人であるハネットの住居が一番最初にあるのだという。


「案外なにも考えてなかったりしてな」

「うーん、そうかしら……もしそうだったとしても、クラリカ様の方が何かおっしゃると思うのよね……」

「あー、じゃああの人も納得するような理由があるのか。……なんだろうな?」

「さあ……」


 こういった要所要所に価値観、または考え方の違いが伺える。異国に赴いた際に感じる文化の違いに似ているが、こういった合理的な部分に関しては大抵万国共通であるものだ。しかしここではそれが通用しない。まるでおとぎの国に迷い込んでしまったようだ。


「……そういえば、この森も明らかに異常なのよね。空から見て思ったんだけど」


 ルーチェは道路の左右に並ぶ立派な木々たちを不審げに見渡してそう言った。


「この森が? なんで?」

「だってこんな平原の中、ここだけポツンと森があるなんておかしいじゃない。川がある訳でもないのに」


 これは翼竜(ワイバーン)の背から眺めると顕著だった。

 北の村からここまでの道中、そして周辺を見渡す限りは一面の荒野があるのみだった。しかし先程の関所を境い目に、道路を挟むようにして突然木々が現れるのだ。


「人工的なものだってことか?」

「そう。でもそうなると、それはそれでおかしいのよ」

「なにが」


 ジンがまたルーチェの病気が始まったとばかりに面倒くさそうに返す。


()()()()なのよ。見ての通り、植林して一朝一夕でできるような森じゃないわ。少なくとも百年は経ってる」


 木々の高さは人の背丈など優に超えており、そこから伸びる葉は空を覆っている。人と動物、それぞれの住む世界を隔てる重く静かな雰囲気は、大昔からこの場所が変わらず森であった事を伺わせる。


「元の領主一族が代々管理してたと言うのなら分かるわ。でも、さっきの村を見た感じ、こことは最近まで道が繋がってなかったみたいだし……じゃあ、誰がこの森を?って所なのよね。この場所自体が既に謎の塊だわ。――もしかして、あの魔神(ひと)が拠点に選んだ理由みたいな、特別な何かがあるのかしら」


 ルーチェは北の村でこの道路を見つけて以来、ずっと首を捻り続けている。頭の良い者から見ると、この場所はあまりにもチグハグで意味不明な現象に溢れているらしかった。


「実は『魔神が封印されてた森』とかだったりしてな」

「……それはちょっと面白いわね」


 ハネットがここを拠点として選んだのではなく、元々ハネットとはここに封印されていた存在なのではないかという説だ。ジンは冗談で言ったようだが、あれほどの魔法使いがこれまで無名だったという不自然な点を考えると、あながち一蹴できない話である。

 もしや、あのハネットという青年は本当に人間ではなく「魔神」と呼ばれるような存在なのでは?という考えが頭を過り、ルーチェは1人背筋を震わせた。


(そういえば、古竜(エンシェントドラゴン)説なんてのも前に出てたわね……)

「――あっ! 見て見て!」


 ユンが左手側の空に何かを見つけて指差す。一行がそれに釣られて目をやると、木々の隙間から超巨大な「玉ねぎ」のようなものがチラリと覗いていた。


「うわっ、なんじゃありゃ」

「玉ねぎ……?」

「……もしかして、あれ?」


 最初に見える建物がハネットの屋敷だという話だった。という事は、あれがその屋敷とやらの屋根か何かである可能性が高い。そういえばギルの説明通り白い。

 少し歩くと左側の森が拓け、その屋敷とやらの全貌が露わになる。


「おお~」


 ――それは、白亜の小宮殿である。

 高さ、広さ共に意外と控えめで、3階建てほどだろうか。小さな貴族家の屋敷程度である。

 しかし、その外観は重厚かつ清廉。

 どういう造りなのか壁にはつなぎ目がどこにも見当たらず、まるで1つの超巨大な石を削り出して作ったかのような完璧な滑らかさがある。

 色は少量の黄金色がメインの純白を上品に飾り立てるハネットカラーで、どういう理屈か雨風に晒されていながらくすみ1つ見当たらない。

 王国の一般的な建築物に比べると全体的に直線よりも曲線が多く、先程から見えていた玉ねぎ型の不思議な屋根が絶妙に異国情緒を醸し出していた。

 総括して、装飾による華美さよりも、保存状態の維持と細かい所の造りによるシンプルな美しさを重視した見た目になっている。しかしながら、実際にその目で見た場合、むしろこちらの方がより派手な印象を受けるぐらいだろう。

 その屋敷はそれほどに、あまりにも現実離れした「美しさ」だった。言ってしまえば「作り物感」が凄いのだ。

 まるで精緻に描かれた風景画に、無機質な白の絵の具をべったりと落としたような異質さだった。輝くように白いせいで陰影も曖昧で、じっと見ているとそこだけ浮き出ているようにも見えてくる。

 ――触れると引きずり込まれそうだ。

 そんな嫌な想像が浮かぶぐらいに、その壁には単一の美しさが伸びていた。さながら白いブラックホールだ。


「へえ。やっぱ城と同じで豪華にはしてあるんだな」

「大きさはともかく、美しさでは王宮や帝城の上を行くぐらいね……あ、窓もさっきの硝子(ガラス)

「ほえー、飾ればいいっていうものでもないんだね」

「やけに綺麗だけど、まだ作りたてなのかな」


 観光は既に始まっているのだ。5人はいずれ名所になりそうな魔神の屋敷を見物しながら石畳を渡る。広い庭には綺麗に刈り揃えられた芝生が青々と敷かれており、途中に鉄の棒を編み込んで立体を形作ったようなガーデンテーブルと、4人分の椅子が置かれていた。これ1つ見ても購入に金貨が必要になるような美術品である筈なのだが、恐ろしいことに野晒しだった。

 

 玄関にはすぐ辿り着いたが、ここに来て5人の動きが完全に止まった。

 ――さて、誰がノックするか。

 というのも、ここまで完璧な美しさを保たれていると、自分の手垢が付きそうで怖いのだった。

 誰に責任をなすりつけようかと5人が互いを見やった時、その白い扉は音もなく自動で開いた。


「うわっ――!?」


 扉の向こうに誰かがいるという訳でもない。完全に独りでに開いたのだ。一同は思わず声を上げる。


「は、入れってことかな……?」

「そ、そうなんじゃないか? 多分……」

「どうなってるのよ……魔人形(ゴーレム)技術の応用?」


 ユンたちはなぜか正面に立たないようにして恐る恐る中の様子を覗き込む。


 ――そして、その先に広がっていた「異世界」に目を丸くした。


 外観に使われていた無機質な石とは違い、鏡のように磨き上げられた大理石の輝き。

 左右を飾り立てる黄金の細工は、気の遠くなるほどの密度で彫り込まれており。

 天井には7段重ねほどの超巨大シャンデリアが等間隔に吊り下げられ、無数のクリスタルがカットされたダイヤモンドのように虹色の光を乱反射させていた。


「え……これ、絨毯なの?」


 これから歩く事になる床には、親子三代に渡って百年取り組みやっと編み上げる事が可能と言えるような、製作工程を思うだけで失神してしまいそうな赤い絨毯が伸びている。


「うん、無理。僕、これ踏めない」


 外観で「魔神」の屋敷にしては意外と小さいとか思ったのが馬鹿のようだ。大きさなど、この光景の前では些事に過ぎない。

 それはまさに異世界の――「未来」の宮廷の姿である。この世界の基準で見れば、「神」が座すに相応しい宮殿に相違なかった。


「ちょ、やばいじゃん! 無理無理、どうしようっ……!」

「確かにこれは……」

「でもあの人、待ってるんだろ? 早く行った方が……」

「…………」


 ユンとシャルムンクどころか、貴族のルーチェやエドヴァルドですら尻込みする光景だった。

 足跡はおろか、埃1つ異物が混入するだけで崩壊してしまうであろう究極の調和。

 言うなればこれは完璧な計算のもとに描き出された1枚の絵画だ。自分たちという「余分」がその中に描き足されるのを想像すれば、足が動こう筈もない。


「へっ、なーにビビってんだか。堂々と行こうぜ。向こうが呼んでんだからよ」


 ただ1人、ジンだけが臆することもなく中に踏み込む。

 いっそ感触を楽しむように絨毯の上をズンズン進んでいくジンを、4人は信じられないものを見るような目で見つめる。この猿は物の価値も分からなければ想像力も無いに違いない。


「ヘッ、なんだ、来ねーのか? なんなら呼んできてやろうか? どうなるか知らねーけど」

「うぅぅぅ……! わ、分かった! 行く! 行くから!」


 ジンを先頭に、残りの4人も仕方なく中へと足を踏み入れる。

 分厚い絨毯に沈み込むようにしてジンの足跡が残るのを見て、それ以外のメンバーはその脇、大理石の床部分にサッと移動する。

 ここはここで真新しい雪原に最初の足跡を付けるような罪悪感があるが、掃除が楽な分まだマシだろうという判断だった。

 伝説の勇者一行が廊下の隅を歩いている。大真面目にシュールな図を展開するユンたちである。

 それにしても翼竜(ワイバーン)で来たのは失敗だった。あの長い道路を自分の足で歩いていれば、靴の土ももう幾分かは落ちただろうに。

 そんなことを考えていると、ユンの聖剣が魔法の発動を感知した。不思議に思い振り返ると、最後尾にいたルーチェが黙って【飛行の魔法(フローティング)】を使っていた。


「あっ! ルーチェ浮いてる! ずるい!!」

「なんだと!」

「ぎくっ……!」


 ユンの摘発により、他の仲間たちも一斉に振り向く。一瞬で騒がしくなる廊下。


「おい、汚いぞ!」

「ぎゃ、逆よ! 汚さない為に使ってるんじゃない!」

「へえ、さすが王国魔法使い長さんは気遣いが出来て偉いわ」

「うぐうっ――!? わ、分かったわよ……」


 よりにもよって元盗賊に皮肉を言われたのが割と効いたらしく、ルーチェは大人しく魔法を切った。

 なぜか最終決戦も終わったこの時期に、それも酷くくだらない理由で仲間割れしかける勇者たちである。


「ったく、こっすい事すんなぁ。もしかしたらあの魔人形(ゴーレム)が今こっちに走ってきてるかもな」

「え? うそ、冗談よね……?」

「さあ。でも、騙しは駄目だって話だったぜ?」

「あ、そういえば」

「あわわわわ……」


 半笑いのジンとは対象的にルーチェが顔を青くする。

 そしてなぜかそれよりも慌てた様子でユンが走り出した。


「そんな!? た、大変だ! 早くお師匠様に会って止めて貰わなきゃ!」

「冗談だっつの」

「えっ!?」

「えっ!?」


 ルーチェはともかくユンまで本気にしたらしい。普通に考えて言い訳1つ程度でアウトだと人が生活できないだろう。

 慌てて立ち止まったユンだったが、既に親友の一大事と絨毯も気にせず廊下の真ん中に躍り出ている。男たちは無視してその脇を通り過ぎていき、捨てられた子犬のような表情をするユンとルーチェだけが残り複雑な空気が流れた。


「あー……その絨毯、どう?」

「……ふわふわです」

「そう……」


 そんな漫才をやっている内にも突き当りの部屋まで辿り着いてしまった。内装は異次元クラスだが、大きさ自体はさほどでもない。

 そういえばハネットはどこにいるのだろう。玄関から続いた赤い絨毯はこの扉まで真っ直ぐ敷かれており、そこからは分岐するように右手側へと伸びている。そちらを見れば、少し進んだ先に2階へと繋がる階段があった。1階部分はこれで全部らしい。

 振り返ると左右の壁には等間隔で金の取っ手がついた扉が並んでいる。どの部屋を目指すべきかも考えず漠然とここまで来てしまった。それにしてもこの光景、なんとなく宿屋の廊下を思い出すのはなぜだろう。


「あっ――」


 どちらに進むべきか、それとも戻って1つ1つ扉を開けてみるべきかと迷いかけた時、正面にあった扉が再び自動で開いた。玄関と同じであれば、入れという事なのだろう。

 そして扉の開いた先、その中を見た4人はこれまでとはまた違う意味で固まる事になってしまった。


 ――それは美しい、というより、幻想的な部屋だった。


 ここまでの豪華絢爛な廊下とは逆で、その部屋は完全な白一色で構成されていた。

 そう、まさしく、「白」だ。

 まず、あまりに白すぎて床や壁、天井の繋ぎ目の線すら存在していない。

 目が痛くなるほどに単一の白のみが存在する空間。360度がそれで囲われているせいで距離感が全く掴めず、浮き出たように見えた外観とは逆で自分が宙に浮いたような感覚になる。上を見上げれば平衡感覚を失い、目を回してしまいそうだった。

 つまりは、白い宇宙空間。それが表現としては一番近いだろう。

 床も天井も無くなり、上下という概念も広さという概念も消失する。そんな不思議空間の中央に、鮮烈な「赤」だけがポツンと浮かんでいる。

 恐らくそれは椅子か何かのクッション、その革張り部分なのだろう。というのも、赤い革で覆われた場所以外が部屋と同じく白で塗られており、唯一色というものが存在しているその革張り部分だけが浮いているように見えるのである。

 ――純白の空に浮かぶ、血のように紅い玉座。

 その背面の壁には小さな窓が1つだけ設置されているようで、そこから差し込む陽の光が後光のように玉座の主を照らしていた。

 すなわち――この白亜の城の主。自分たちに代わって魔王を討伐せし「魔神」――ハネットを。


「お前ら仲良いね」


 第一声である。

 部屋の様相に飲まれていた一同は我に返り、とりあえず攻撃的な再会でない事に安堵する。だがルーチェはそこで、今の発言のおかしな点に気付き眉根を寄せた。


「み、見ていたんですか? ――まさか、ここから?」

「ああ。俺、その気になれば世界中どこでも見れるから」


 さらっと言っているが爆弾発言である。

 千里眼のような能力を所持しているのだろうか。もしもそれが真実であるのならば、この魔神にはどんな隠し事も通用しない事を意味している。――例えば、ハネット自身への対策会議なども含めて、だ。

 ついでに先程の【飛行の魔法(フローティング)】のやり取りも見られていた事を意味しており、ルーチェはいささか恥ずかしい思いをする。


「あ、あの!」


 ユンが突然、思いきったように声を上げた。その横顔は緊張のためか僅かに紅潮している。

 ハネットの視線がルーチェからユンへと移る。


「ん?」

「え、えっと……こ、この部屋、す、凄いですね!」


 何を言うのかと思ったが、会話の導入によくある当たり障りのない世辞であった。

 だが実のところ、ユンがこうして自分から世辞を言うのは割と珍しい。そういったやり取りは貴族界に慣れたルーチェかエドヴァルドの仕事だ。ユンの中でもハネットはそれぐらい気を遣うべき相手だと設定されている、という事なのだろう。

 しかしなぜ今回のような重要な場面でその真面目さを発揮してしまったのか。案の定その世辞文句は実に下手くそで、そんなあからさまな言い方では却って気を損ねるだろうと4人は思った。

 だが、ハネットは意外にも気にしていない様子で返す。


「ん、そうか? ついに交易が始まるってんで、急遽うちでも玉座の間みたいなもんを作ってみたんだが……。王宮みたいにでかくは出来ないし、普通なのも面白くないからちょっと工夫したりしてな」


 確かに、「魔神」という二つ名の超常的なイメージにも沿った、摩訶不思議な部屋である。他ではちょっと味わえないインパクトを持っており、威信を司るという側面から見た玉座の間の機能としては合格だろう。


「は、はい! とっても凄いと思います! ふ、不思議で!」

「そうか」


 ユンの褒め言葉のようなものに、ハネットは1つ頷いただけだった。気を悪くしたのか、していないのか。ルーチェたちにはその心の内が全く読み取れない。

 ハネットはユンの後ろで所在なさげに佇むそんな4人を見て、早速本題に入った。


「――さて。よく来た、勇者諸君。それで、今回は何の用だろう」

「あ……えっと、か、観光です!」

「ふむ」


 ハネットは「観光だったか」と一人呟くと、大仰に頷いてみせた。


「滞在を許可する。好きにしてよーし」


 ――あっさり過ぎるだろ。

 ジンがその言葉を飲み込んだのは褒められてしかるべき偉業である。

 ハネットは玉座から立ち上がると、2歩ほど歩いてから段差を降りる仕草をした。白いせいでそこに段差があった事すら気付かなかった。

 玉座の台座から降りたハネットは、そのままユンたちの脇をすり抜けようとする。


「えっ……も、もう、いいのですか?」


 明らかに帰ろうとしているハネットに、ルーチェが戸惑いの確認を取る。


「お前たちならどこだってこんなもんだろう? 有名ってのはそういう事だ」


 要するに、顔パスだった。

 いや、確かにそうなのだが、ここまで一瞬で終わる顔合わせは流石に無いと5人は心の中で突っ込みを入れる。普通理由を聞いたりとか、もうちょっと色々あるだろう。

 ともあれ、平和的に終わってくれるのならそれが一番。

 ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、ハネットが釘を刺すように振り返る。


「言っておくが、別に今のはお前たちを信用してるから許すって意味じゃない。――出自が分かっていれば、報復は容易い。お前たちは下手な真似を『起こせない』訳だ」


 空気が数段冷えたようだった。

 それは不特定多数に顔を知られる職業――例えば芸能人などが抱えるリスクにも似ている。

 ――身元さえ分かれば、脅すネタはいくらでも出てくる。

 それが有名であるという事。そして魔神には徹底的に「調べ上げる」だけの力があり、手段がある。――打ち込まれていたのは、千里眼という名の(くさび)


“好きにしろ。出来ないだろうが”


 ハネットの中にあるのは、「何もしないという信用」ではなく、「やられたらやり返せばいい」というもの。

 それは裏切られる事すら想定しているからこその放置。信頼による許容ではなく、不信から来る投げやりさなのだ。

 物の捉え方が完全に一般人のそれではない。やはり気を許すには危険すぎる男である。


 薄ら寒い何かを垣間見せたハネットが、なぜかモジモジしているユンの横をすれ違う。

 ユンが「あ」とか「う」とか言っていると、ハネットはその顔を見て何か思いついたように立ち止まった。


「……そういえば、ここを観光するためだけに遠路遥々? てっきり、また王国が俺に用でもあるのかと」

「あ、いえ……じ、実は魔族の討伐に行った帰りで……」

「ああ、そうか――」


 ハネットはそれを聞くと、1度ユンを上から下まで眺めた。


「――それは、大変だったね。怪我とかしてなさそうで安心したよ」

「えっ、あ、あの…………は、はいっ!」


 ハネットの優しい声音。ユンはどこか嬉しそうに、それにほんのりと頬を染めた。


 ――あれ!?


 そのやり取りの後ろで、4人は思わず顔を見合わせる。――これは、『そういうこと』なのか?

 自分たちと同じく苦手意識から緊張しているのかと思いきや、ユンはむしろ非常に分かりやすく好意を持っているようだった。


(いつ関係を修復する時間が――?)

(いやいや、というより、これはもはや――)

(あのユンが女の顔してるぞ――!)

(うっそ、もしかして、さっき私から無理やり会話を奪ったのって――!?)


 4人は思わぬ展開に怒涛のアイコンタクトで緊急会議を開いていたが、そこでユンが背後の自分たちを気にし始めたのに気付いた。聖剣の力でしっかりバレていた。

 4人は何食わぬ顔をして誤魔化す。


「それにしても、翼竜(ワイバーン)機動性(フットワーク)(かる)いね。実はまだ商人が何組か来ただけで、純粋な観光客だと一番乗りかもしれないよ」

「そ、そうなんですかっ!」


(……めっちゃ普通の人ね)


 こうして普通に喋っていると、ハネットはただの一般人にしか見えない。魔王城で会った時と印象が違いすぎるだろう。

 先程の発言もあるし、ルーチェなどはむしろそれが演技っぽくて怖いと思うのだが……ユンはまた違う意見であるらしい。


(この子、悪い男に騙される手合い(タイプ)だったのかしら……)


「観光か。まあこの規模だから何日も楽しめるような場所じゃないけど、温泉とかもあるしゆっくり疲れを癒やすといい」

「お、おんせん?」

「風呂屋だね。商人たちには評判良かったよ。表の道を真っ直ぐ行くとでかい広場があって、その周辺が住民たちの生活区になってる。温泉や食事処はその辺にあるから探してみてくれ」

「は、はい! ありがとうございます!」

「じゃあ俺は畑が呼んでるから」


 意味不明な発言を残して去ろうとするハネットに、ルーチェが慌てて声をかける。あと1つ重要な事を聞いていない。


「あ、あの! 宿屋は……」

「宿屋はここ」

「……え?」

「廊下にある部屋だったら1階から3階まで好きなとこ使ってくれ。今は他の客もいないし」

「…………ええ!? こ、ここに! ここに泊まるんですか!?」

「うん」


 唖然とするルーチェたち。この神の居城たる空間を一般に解放するとは正気の沙汰とは思えない。というか泊まる方の気が休まらないだろう。


「本当は対応に2~3人付けて客をもてなす予定だったんだが……お前らはちょっと早く来すぎたな。もう少し後だったら本職の侍女(メイド)やら執事やらが王都から派遣されて来てたんだが。まあ今回は面倒見てやれない分、好きに使ってくれていいから。ちなみに汚したり壊したりは――」


 ハネットが廊下を示して指を鳴らす。その瞬間、絨毯に残ったジンとユンの足跡、そして大理石に残っていた土が跡形もなく消失していく。


「――この通り、魔法でどうとでもなるから家より安心してくつろいで行け」


 先程の廊下でのやり取りの事を言っているのだろう。最後にふっと苦笑を零すと、ハネットの姿は掻き消えた。転移の魔法でも使ったらしい。

 途端に残念そうな顔をするユンに、ジンがデリカシーの欠片も無い聞き方でその話題に触れた。


「なにお前、お師匠さんのこと好きなの?」

「~~~っ!?」


 ジンのストレート過ぎる物言いに、ユンの顔が一瞬で茹で上がる。

 次の瞬間にはバチーン!という音を立ててジンはビンタされていた。

 ジンの体は3mぐらい吹っ飛んでから何かにぶつかったように崩れ落ちる。作った本人の言う通り、この部屋は見た目ほど広くないらしい。


「そっ――そんなんじゃないし! バカっ!」


 ユンの浮ついた話などこれまで聞いた事が無かったが、やはりそのせいかユンはこの手の話題に関して耐性が出来ていないらしい。

 もう少しそっとしておいた方が良さそうだな。そう思い他の3人はこのデリケートな話題を一旦保留にする。

 ちなみにジンの事は誰も気にしない。今のはジンが悪い。いつもだが。


「つーかマジか、ここに泊まれるのか」

「まさか掃除いらずとはね……道理で綺麗な筈だわ」


 屍と化したジンは放置し、何事も無かったかのように3人は廊下に出る。真っ赤なユンもそれで通す事にしたのか黙って後に続いた。

 シャルムンクが一番近くにあった部屋の扉をそっと開ける。


「おおお……」


 中を覗いた4人は感嘆の声を漏らす。廊下の意匠とはまた少し違い、そこには落ち着いた雰囲気を宿す清潔で静かな部屋が広がっていた。これなら確かにくつろぐ事も出来そうだ。

 それに王宮で与えられる部屋に比べると全てにおいて規模で劣るが、その分品質は全てで勝っているようだ。住居としての過ごしやすさは疑いようもない。

 その空間の利用目的によって見た目も機能も変える。どうやらこの屋敷は全体的に、そういった実利優先の方向性で作られているようだ。


寝台(ベッド)は1部屋に1つずつみたいだな」

「なら久しぶりに別々ね」

「どこでも使っていいって言ってたよな? どこにする?」


 この小宮殿を貸し切りとは、なんという贅沢だろう。少しすれば管理の人間がやってくるという話だし、この噂が広がれば観光客も増えるだろう。間違いなく今しかできない体験という訳だ。

 次第に現実感が湧いてきて、皆内心では年甲斐もなく浮かれ始めていた。旅行とはこういうものだったなと思い出す気分である。


「ぼ、僕、ルーチェの隣がいいな……」

「いいわよ。私景色見たいから上の階がいいんだけど、いい?」

「う、うん、いいよ」


 そのルーチェの希望により女2人は3階に、そしていちいち階段を行き来するのも面倒だろうという事で、結局全員が3階に泊まる事になった。各々自分の部屋を適当に決めて中に入る。

 ユンは扉を開け荷物を置くと、綺麗なガラス窓からルーチェの言うように景色を見てみた。


「わぁ……」


 森の木々より高い3階の窓からは、遠くに集落の様子が見えた。

 街の造り自体が他とは明らかに違い、ここでは同じ見た目の建物が横一列に整然と並べられている。

 先程ハネットが言っていた広場とやらはあそこだろうか。そこを中心にして向かって右側――方角で言えば集落西側が居住地になっており、東側が畑になっているようだった。そちらをよく見れば花畑のような場所も見える。あそこには是非行ってみたい。

 だが、やはり最初はハネットに勧めてもらった温泉とやらに行ってみなければ――。


「凄いわユン! 寝台(ベッド)が弾む! 弾むの! どうなってるのかしら!」


 開いたままの扉からルーチェの興奮した声が聞こえてくる。景色が見たかったんじゃないのか。


(まあ、みんな楽しんでるみたいだし、いっか)


 ユンは苦笑しながらベッドに身を投げ出し、予想以上の弾力に弾かれ驚くことになった。







最近グダグダ長くなる癖が出来てるのでなんとか直したい所存……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ