表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/103

56 長い3日間の終わり

2017.10.21

長くなったので2つに分けました。前半部分です。





「…………」

「…………」


 ――王宮、国王執務室。

 そこで国王と宰相という行政の頂点に立つ2人は、しかしいつものように国務に勤しむこともなく、ただ無言で窓を見つめていた。その目は死んだ魚のように虚ろである。

 これは別に、仕事と責任を投げ出した訳ではない。むしろ逆だ。より緊急性の高い「仕事」が舞い込んだからこそ、それを優先して片付けるべく2人はこうして窓を見つめているのである。


 問題は、広大な庭園へと繋がるその窓――ではない。その窓から聞こえる、1つの「音」だ。


 ――その音の正体は、「声」である。


 城下町に暮らす、人々の囁き声。ざわざわとしたそれが1つの大きな音となり、王都の空気を揺らしていた。間に広大な庭園を挟んでいるにも関わらず、それが窓まで聞こえてくるのだ。

 そう――



 ――王都では、空を襲った謎の「夜」により、大混乱が起きていたのだ。



 1刻ほど前の事である。夕焼けに染まる世界。その日常が、突然闇に蝕まれた。

 見上げた空には数刻早く星々が浮かぶ。だが、見ればその光が、今度は地平線へと吸い寄せられていくではないか。

 更には蝋燭(ろうそく)松明(たいまつ)、かまどの火から光の魔具の光に至るまで、およそ世界に存在する光という光が全て同じようにして空の果てへと飛んでいった。

 しかし、本当に恐ろしいのはここからだ。

 魔力ある限り稼働し続ける、光の魔具ならばともかく――その時、一度は消えたはずの炎たちが、空に夕陽の赤みが戻ると共に、再び点火したのである。独りでにだ。


 例えそれが数秒という短い時間の出来事とは言え……いや、むしろそれが自然現象ではありえない一瞬の出来事だったからこそ、人々はそこに人為的な物を感じ、不安を強くしていたのだ。

 ――すなわち、これは神の怒りなのでは、滅びの予兆なのではと。


「……いや、彼だよな」

「……彼ですかな」


 窓まで聞こえてくるその「音」。民たちの不安が具現化したそれを聞く2人には、しかし1つの予感があった。


 ――犯人、絶対ハネット(あいつ)


 何しろ2人の視点からすれば、その天変地異が起きたのはハネットが転移の魔法で消えてすぐの事だ。あまりにもタイミングが良すぎる。

 その時居合わせていた護衛である戦士長と騎士長にも目を向ければ、彼らも同意見であるのか静かに頷く。なんというか、消えた炎が再び点いたというある意味便利なデタラメさ加減が、なんともあのハネットらしく感じるのだった。


「昼から夜に……天候を操る魔法か。もう本当に神話の域だな。今更だが」


 若干投げやりに国王は言う。死者の復活に都市の修復、超広範囲攻撃(ジャッジメント)と短期間にありえない魔法のオンパレードを目にしたせいで、感覚が麻痺してしまっている。


「天候を操る魔法……。はて、なぜそんな物が必要になったのでしょうか」


「よせよせ、どうせ考えても無駄だ。『神』の考えを我々が理解できるものか。帰って来た本人から聞くしかあるまい」


「あ」


 とうとう思考放棄に至った国王に、宰相が非難めいた目を向ける。

 やる気ごと体重を椅子に投げ出してみせる国王だったが、それでも彼は王である。ただでさえ忙しい中、余計に増えた仕事をさっさと片付けるべくもう一度だけ脳に活を入れる。視線は自然と「音」の聞こえる窓に向いた。


 ……この大騒ぎにいつまでも無干渉でいれば、民衆の王家への不信感は急速に募ることだろう。


 完璧な統治で知られ、「良王」とも呼ばれている国王としては評判の低下は出来る限り回避したい。「良王という(カリスマ)」の維持には、対価として「良王らしい行い(けっか)」が求められ続けるのだ。

 この国王と、一部の愚鈍な貴族との一番の違いはそこにある。良王は血統という名の生まれ持つカリスマに胡座をかかない。民に示すのは、常に「結果」。王という「生まれ」(アドバンテージ)の地位にいながら、その実誰よりも実力至上主義者なのである。


 思考もやる気も投げたい気分だが、責任まで投げる訳にはいかない。今回の件にも、少なくとも対応中だというアピールだけはしておくべきだ。


「……素直に彼の仕業である可能性が高いと説明するのは?」


 幸いハネットは王都全体への念話に全犠牲者を集めての蘇生、そして損壊した街並みの完全修復という非常に目立つ、かつ非常に好感を持たれるであろう行いをしてから去っていった。その名前を出すだけで、この混乱もすっかり沈静化する筈だ。民衆はいつだって英雄の存在を求めている。


「まあ十中八九そうなのでしょうが……それで彼らが安心しきっても困るかと。本当に敵の攻撃だった場合を考え、警戒ぐらいはさせておかねば」


 ならやはり今は放置が最善か? 一瞬そう思うが、国王はその選択肢の問題点に自分ですぐに気付く。


「彼がいつ帰って来るか、そもそも帰って来るかも分からない、か……」


「そこですなぁ……」


 原因が判明するまで、民衆には警戒心を残しておいてほしい。だが前述(アピール)の理由もあり、知らぬ存ぜぬを通せるのは明日の朝までという所。


 ――だが、恐らくはその現象を巻き起こした張本人であり、唯一信用に足る証言を行えるであろうハネットが、その期間内に帰ってきてくれる保証がどこにも無かった。


 彼は帰ってくると明言せずに魔王城へと向かってしまったのである。


 それでも交渉の途中だったので、常識的に考えれば終わり次第帰ってくる筈だ。

 だがその常識とやらは、あの大魔法使いと今の状況に最も足りない物でもある。

 最悪「忘れてた」と放置された挙句、「行くのが面倒臭くなった」と更に放置される事も有り得るだろう。あの青年の性格ならば。


 ……要するに。


 ハネットの名は出さず、ある程度の警戒心が残るような、それであって混乱が収まる程度の効果を持つ見解を、急ぎ発表しなければならないのだ。

 2人が瞬時にその結論に行き着き、再び遠い目で窓を眺め始めた時――逆側から声は響いた。


「もしかして俺の話?」


「うわぁーっ!」


 突然の声に振り返る。ほんの数秒前まで誰もいなかった筈のそこには、なんと40人近くの武装した集団が音もなく現れていた。 

 突如湧いて出た武装勢力に、戦士長と騎士長の2人が剣を抜きかける。だがその先頭にいる人物たちを見て、その動きはピタリと止まった。


「――は、ハネット殿!? まさか、もう終わったのか!?」


 声の犯人は件の大魔法使い、ハネットその人であった。

 やたらと目立つその男を先頭に、後ろに控えるは賢者ニーナ・クラリカを筆頭とするその仲間の少女たち、そして勇者を含む対魔族連合に編制したこの国の最精鋭たちだった。


「おいおい……マジで王様がいるぜ……」

「ほ、本当に王都に……」

「ほわぁぁぁ……」


 勇者たち作戦部隊の面々は初めて経験する転移に目を丸くし、キョロキョロと辺りを窺っている。

 本来ならば彼らが帰還するのには最低でも1ヶ月はかかる筈。恐らくハネットの転移魔法でついでに帰って来たのだろう。……十分に広いとはいえ、兵士の転移先に執務室を選ぶのは辞めて欲しいが。兵士の方だって困るだろう。


「おう、終わったぞ。これお土産の魔王の首な」

「おわっ!?」


 ハネットが机に魔族の生首をドンと置く。見た目よりも重量があるのか、重厚な輝きを持つ机がミシリと嫌な音を立てた。

 ニーナにチラリと視線を送れば、彼女も静かに頷いてみせる。どうやらこの短時間で本当に魔王を倒してしまったようだ。

 ハネットならば数日以内に魔王討伐も果たしてしまうだろうと思っていたが、ほんの1刻ほどで帰ってくるのは流石に想定外である。


「こ、これが……。――いや待て、魔王の首? 連合軍の他の面々は?」


 呆気に取られていた国王だったが、目の前に出された物の価値に気づき、再起動した。

 これが本当にあの魔王の首だとすれば、それはつまりこの作戦の――いや、人類対魔族の数年に渡る戦い、その生存競争の最大の「手柄」である。

 今回の作戦については王国が提案し割合的にも多くの出資をしたとは言え、それを自国に持ち帰る――要するに、独り占めするなどという事が簡単に通るとは思えない。

 この首がもしもハネットの独断によって同意なく持ち帰られた物なら、間違いなく外交問題に発展する。下手をすれば宣戦布告してくる国まで出るだろう。


「ん? あいつら? あいつらなら時間無いから自力で帰って貰ったぞ。まあ俺のおかげで予定より早く終わったみたいだし、大丈夫だろ。ふふん」


 違う、そうじゃない。

 国王は出かけた言葉を飲み込み、当たり障りのない言葉を考え直す。この青年を少しでも不快にさせたくないし、それはそれで貴重な情報でもある。

 自力で帰ったという事は、仮に敵対国を作ってしまっていたとしても、移動にかかる時間分だけこちらが有利に動けるということ。というか、それがこの青年以外の普通なのだが。


「彼らは、これを我が国に持ち帰る事に同意したのか?」


「そこはご安心下さい。――師匠が最後に『脅し』をかけたので、文句を言って来る国はまずないでしょうから」


 ハネットではなく、後ろにいたニーナが少し疲れたような顔で答えた。

 その内容と表情で大体察する。おおかた目の前で大魔法の1つでも使ってみせたのだろう。

 確かにあんな力を見せられて敵対したがる国は無かろうと、国王たちは例の魔法(ジャッジメント)を思い出し身震いする。手柄を失った連合軍の面々を気の毒に思ったのと、彼らより先に自分たちが「脅されて」いる状態だという事も思い出して。

 しかしそんな3人とは裏腹に、ハネットは不思議そうに口を開いた。


「俺、脅しなんてしたっけか……?」


 衝撃発言に空気が凍る。

 まさか、素なのか。あの程度は脅しでもなんでもなく、本人からしたら平常運転だとでも言うのか。


「…………一旦帰国してから改めて使者を送るという事でしたので、確認や交渉などはその時で大丈夫でしょう」


「そ、そうか……」


 あえて触れない事にしたニーナに国王も乗っかる。今のは是非とも聞かなかった事にしたい。


「というよりも、逆に師匠の力を求めて擦り寄ってくる国が続出するでしょうね」


「ああ、でしょうな」


 ニーナの見解に宰相が頷く。

 それはこの魔王城攻略作戦における、当初からの懸念だった。ハネットを参加させて存在が他国にバレた場合、各国が取ってくると予想される行動の1つである。

 一番起こり得るのはハネット個人に接触し、自国に引き抜こうとする事だ。そして恐らくはそれと同時に、失敗した際の第二案としてハネットの飼い主である王国の方にも媚を売ってもくるだろう、と。

 ……ただし、実際に飼われそうになっているのは王国の方である。なんなら他国は逃げた方がいいと国王は思う。

 しばらく首を捻っていたハネットだったが、数秒で興味を失ったのか口を開いた。


「ま、いいや。その辺の話はニーナからでも聞いといてくれ。俺はちょっとログア――寝ますんで」


「……は?」


 このタイミングで寝るなどと言い出すハネットに、3人が自分の耳を疑ったのも仕方ない。


「大丈夫。多分すぐに帰ってくるから。じゃ」


 寝ると言いつつすぐに帰ってくるとはどういう事だろう。睡眠時間を短縮させる魔法でもあるのだろうか。

 しかし尋ねる間も無くハネットの姿が消え失せた。肉体が分解されていくかのように、光の粒子となって消える。その光景は幻想的で美しかったが、先ほど見た転移とは少し違うような気もする。

 後には展開についていけない3人と、放置され続けている40人の兵士たちだけが残る。


「……あー、そうか。ま、まあいい。それでは賢者にいくつか聞きたいのだが……」


 こういう時、普段から時間に追われている国王は立ち直りが早い。時間が空いたらとりあえず有効利用する癖が身に付いている。


「まず最初は……そうだな。先程貴殿らが向かった直後に空が夜になったのだが、あれはハネット殿の魔法で間違いないか?」


 国王は目下の最優先事項である「夜」について尋ねる。この件は重大ではあるが単純でもある。とりあえず「はい」か「いいえ」だけ答えて貰えれば、どう動くべきか決める事ができるのだ。


「まず間違いなく師匠の魔法だと思うのですが……すいません。あの時私たちは師匠の側にいなかったので、確実とまでは言えませんね。足手纏いだと置いていかれたので」


 しまった。本人が消える前にこれだけは聞いておくべきだったようだ。

 国王は予想外の返答に思わず顔を顰める。土の賢者を足手纏いなどと呼べるのは世界中であの青年だけだろう。

 だが気づけば国王に負けず劣らずといった様子で、ニーナも難しい顔をしていた。一体どうしたのかという疑問は、続く言葉ですぐに分かる。


「――あの。というより、あの現象はこの王都にまで届いていたのですか? ()()()()()()なんですが……」


「――――」


 言われてみれば、そうだ。

 感覚が麻痺してしまっていたが、魔王城があるのは大陸の東端。そしてこの王都があるのは大陸の西端だ。

 ――つまり、あの天変地異は、少なくとも半径だけで大陸の端から端まで届いているのだ。


「……下手をしたら、世界中を巻き込んでいるかもしれませんね」


 大陸1つを丸々範囲に収めた魔法。

 あれは世界全てという規模の効果範囲を持つ、大魔法中の大魔法だったという事だ。


(……お、おい。嘘だろう。どんな魔法だ、それは)


 今この瞬間、世界各地で同じような騒ぎが起きているのだろう。そして彼らは自分たちとは違い、原因も分からずしばらくの期間震え続ける事になるのだ。

 数刻以内に解決できればアピールとしては上々だ、などと裏で考えていた事が馬鹿らしくなってきた。


「やはりそんな魔法を使わなくてはならないぐらい、この魔王が強かったという事なんでしょうか」


 ニーナが魔王の物と見られる首に視線を落としながら言った。

 国王はそれで急激に恐怖を覚えた。まさか生き返って動き出したりしないだろうな、という嫌な想像を浮かべてしまう。


「……賢者よ、これは本当に魔王の首で間違いないのか?」


「いえ、それが……先程も言った通り、私も戦いを実際に見ていた訳ではありませんので……。――ユンさん。すいません、少しいいですか」


「え? あ、はいっ」


 ニーナは後ろを振り返りユンを呼んだ。ユンは小走りに近寄ってくる。


「勇者なら知っているのか?」


「彼女の方が私よりも少しだけ早く師匠と合流しているので、もしかしたらと。……まあその際に、ちょっと面倒な事が起きたようですが」


「なに?」


 ニーナの不穏な呟きに詳細を尋ねたい国王だったが、それよりも先にユンが来る。


「はいっ。なんですか?」


「これが本当に魔王の首なのかを確認したいのですが……知りませんよね?」


「あー……えっと、はい。僕たちが見た時にはもうこの状態だったんで……すいません、生きてる所は見てないです」


「ふむ……連合軍はまだ魔王まで辿り着いていなかったのか」


 どうやらハネットは単独でこの魔族を撃破してしまったようだ。つまり、この生首が魔王の物だと証言できる人間はハネット以外に存在していないのである。


(……ん?)


 ――あれ、これまずいんじゃないか?


 その事実で、国王はとても嫌な事に気付いてしまった。

 生きている魔王の姿、そしてその戦いぶり、その強さを見た者が、ハネットしかいない。


 ――それはつまり、ハネットの証言を誰も否定できないという事である。


 であれば当然、自分たちは討伐報酬としてどれだけ滅茶苦茶な要求されても、首を縦に振ることしかできない。

 それは王国にとって死刑宣告にも等しい。


(――まさか、()()()か? だから、あんなに急いでいたのか? 勇者よりも早く、などと)


 勘違いである。ハネットは純粋に魔王戦というイベントを人に取られるのが嫌だっただけだ。

 国王のそれは完全に被害妄想なのだが、余人が否定するには偶然が重なりすぎているのも事実であった。


「見た感じ、物凄く強そうですけど……多分、セムヤザよりも上、かな……?」


 ユンが何か言っているが、国王はそれどころではない。

 そんな国王の様子から()()を悟ったニーナが、密かに同情的な目を向けていた。出荷される家畜を見るような目でもある。

 ここはせめて、ハネットの再登場という終わりの瞬間が来る時まで、忘れさせてやるのが情けだろう。


「あー、そういえば陛下。それで思い出しましたが、実は魔王城にてあのセムヤザと再会したのです」


「え……あ、ああ。あの時の不死者(アンデッド)か」


 セムヤザ。その名は国王もよく覚えている。

 2年前にこの王都を襲撃した、超級の将の魔族である。あれ以来1度も目撃証言が無かった個体だが、この2年間ずっと魔王城に籠もっていたという事だろうか。


「して、どうなったのだ」


「師匠が倒しました」


「そ、そうなんですよ! しかも一撃でっ!」


「お、おう……そうか」


 あの不死者(アンデッド)が、一撃。

 国王はその衝撃で、たしかに先程の件を忘れる事が出来た。同時に各国との力関係とか、そういった色々な事も吹き飛んだが。

 でも、それも一瞬だ。国王は自国を守る為、最後まで諦める訳にはいかない。


「な、何か、物的証拠になるような物はないのか?」


 とにかく、魔王がどれほどの強さだったか、どのような戦いだったのかが分かればいいのだ。誰も見ていないのなら、例えばその魔王城最上階とやらを調べるだけでもいい。分析結果と照らし合わせ、ハネットが明らかに大げさな事を言った際、それを指摘出来さえすればいいのだから。

 国王のその悪足掻きに、ニーナは気遣いの無駄を悟った。仕方ないので「介錯」してやる事にする。


「この首自体が物的証拠な訳ですが……。まあ、難しいでしょうね。魔王城はもう存在していませんから」


「……は?」


「帰り際に師匠が魔法で消し飛ばしました」


 ――国王は顔を覆った。

 もうどうやったって、王国はあの魔法使いの言いなりになるしかないらしい。

 崩れ落ちんばかりの国王に、ニーナは一つため息をつくと救いの手を差し出した。


「あー、まあ、そう悪い話ばかりでもないと思いますよ。――ゼストさん」


 ニーナはユンに続き、今度は脇に控えていた戦士長を呼ぶ。


「はっ。ここに」


「すいませんが、その剣でこの魔王の首に傷をつけられるか、試してみて貰えませんか」


「――ほう?」


 ニーナの言葉に、戦士長は興味深げな表情を浮かべる。その場の面々の視線も集まった。


「先ほど師匠が、これを魔王の首だと証明する手段として魔法銀(ミスリル)製の剣で突き刺そうとしました。しかし、この首は傷一つ付くことなく、それどころか刃の方が折れたのです」


「なんと……」


 どうやら連合軍の方でもこの話は出ていたようだ。確かに、魔王を討ち取ったという確証が無ければ解散する事など出来ないだろう。魔法銀(ミスリル)製の剣が折れるというのはよっぽどだ。


「その際、師匠は魔法銅(オリハルコン)の剣で試しても同じ結果になると言っていたので……」


「なるほど。この剣は魔法銅(オリハルコン)より更に上の魔法鉄(アダマンタイト)製。試してみようという事ですな。――陛下、よろしいでしょうか」


 国王の許可を受け、机の上の首を床に下ろす。このまま試し切りすれば衝撃で机の方が壊れてしまう危険性がある。


「むう、随分重いな……!」


 首を掴んだ戦士長がそうこぼしたが、傍目に見ると軽々と持ち上げているようにしか見えない。

 戦士長は周囲のギャラリーを下がらせると、国王の許しの下、剣を抜いた。


「ぜぁ――ッ!」


 右上からの袈裟斬り。

 多くの魔物を、そして先の襲撃では魔族すら切り捨ててみせた斬撃だ。国王のような素人の目では捉える事すら出来はしない。

 だが、今回に限っては国王にもその結果をまざまざと知る事が出来た。


 ――なぜならば、その斬撃が左下へと抜ける事なく、その首に触れた所で完全に停止していたからだ。


 魔法鉄(アダマンタイト)製の漆黒の刃は、その首の皮膚に1ミリたりとも沈んでいない。


「おお!」

「なんと……!?」


 場が騒然となる。魔法鉄(アダマンタイト)はこの世界で最高の魔法金属だ。その刃が通らないような化け物が、まさかこの世に存在しようとは。かつて都市ガナンを襲った将の魔族は堅牢な外殻を持っていたというが、それでもここまでではあるまい。


「なるほど……。たとえ勇者がいようとも、正面から戦っていたら危なかったという事か」


 その結果に、国王はニーナが言いたかった事を察した。たしかにハネットを頼る事になったのは王国にとって大きな痛手だ。しかし、そもそもハネットがいなければ、この王国も、そしてこの世界もどうなっていたかは分からない。

 今ここに全員揃って生きていること。

 それが悪い事ばかりではないという意味の言葉だろう。


「ああ、そうですね。――ではユンさんも、お願いします」


「……へっ?」


 国王の言葉をさらりと流してニーナが言う。突然話を振られたユンなどはポカンとしてしまっていた。


「まさか魔法鉄(アダマンタイト)でも傷一つ付かない生物がいようとは……。せっかくの機会です。その聖剣でも試してみましょう。――ほら、早く」


 完全に賢者の目になっていた。

 自分から振っておきながら、もはや国王との会話になど興味が無いらしい。今は降って湧いた研究対象のデータ収集で頭が一杯のようだ。


「え、えぇ……」


 ユンは途轍もなく嫌そうな顔で後ずさった。これまでに多くの魔族をその手にかけて来たが、それでも死骸を損壊させるような趣味は無い。

 当然戦士長にも無いのだが、この辺りは軍人と元一般人の忠誠心の差なのだろう。


「よし、勇者、やれ」


 国王もここまでくると結果に興味があった。

 ユンも流石に国王に命令されてしまえば従わざるを得ない。渋々鞘から聖剣を引き抜いた。


「うう……。じゃ、じゃあ、いきます……。――えいっ!」


 ユンが覚悟を決めたように聖剣を突き出す。その刺突の動きは戦士長より更に早く、その剣の斬れ味も更に上だ。

 世界最強、伝説の剣が空気を裂いた。


 ――だが、魔王の首は先程と全く同じように、その切っ先を受け止めた。


「ええっ――!?」


 この結果には誰もが驚愕を露わにした。しかし、その中でも最も大きく目を見開いたのはユンである。

 何しろ聖剣の刃は、この魔王を倒した男、ハネットの身を貫いたのだ。それなのに、あの青年よりも弱い筈の魔王に負けるなど、想像もしていなかった。ハネットがあまりにも強すぎた為、心のどこかで侮っていたのだ。


 場の温度が急激に下がる。

 ――自分たちは、一体何と戦おうとしていたのだろう。

 ニーナですらこの結果には顔を青くしていた。


「ちわー」


 異様な静けさが満ちた部屋に、酷く場違いな声が上がる。

 見ればいつの間にかハネットが帰ってきていた。宣言通り、ほんの2~3分ほどの短い退席であった。


「ああ、そういや途中だったな」


 人が大勢いたのでとりあえず声をかけたといった様子のハネットは、部屋の面々を見渡し一つ頷くと、空いている椅子にスタスタと歩いていった。ちなみに国王の椅子である。

 ハネットはその椅子に勝手に座り、もう一度そこに集まっている一同を見渡す。

 そこに含まれる微妙な空気と、自分に向けられた視線を敏感にキャッチしたのだろうか。ハネットは腕を組み、そして神妙に頷いてみせた。

 ――そう。それはまるで、全てを察しているかのように。



「――いや、すまん。なんだったっけ」



 ハネットの視点では、あれから丸一日が経過していた。




タイトルが偶然高度な自虐ネタみたいになってますが気にしないでください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ