53 邂逅【vs勇者】-1
2017.8.4 久々のハネット視点。
(―――予定では先に王都に転移して、トボトボと帰ってきたこいつらにこの首を見せつけてやるつもりだったんだが……間に合わなかったな)
魔王城最上階。そこでの魔王との戦いの直後、俺は勇者との、予定より些か早い邂逅を遂げていた。
まあ魔王が想定より遥かに強かったので仕方がない。嫌がらせの格としては落ちるが、今この場で自慢する事にする。
―――目の前に出て来たのは4人だが、どれが勇者かはすぐに分かった。
女で、聖剣らしき剣を持つ者。
女は2人しかいない上、片方は明らかに魔法使いだ。ならばもう片方、青白く輝くエフェクト付きの剣を持ち、中央に立つこの女こそが勇者だろう。
いいなあ、エフェクト付きの武器。武器エフェクトは課金要素なので、プレイヤーが似たような常時発動型のエフェクトを付けようとしたらリアルマネーで千円かかる。装備時にだけ発光する俺の最上位武器、【星墜し】は1グレード下の700円の分なのに。うむ、あれは聖剣に違いない。なんなら魔王討伐の報酬に強奪するか。
勇者を特定する剣から、視線を本人へと移す。
(…………。女勇者なのはどっかで聞いてたが―――えらく美人だな)
色素の薄さから来る西洋風の自然な赤毛に、傷一つ無いきめ細かい肌。
西洋人らしくすっきりと整った顔立ちだが……瞳はくりくりと大きく、どこか愛嬌も感じさせる。
(いや、顔だけじゃない。スタイルも抜群……つーか露出多いな、おい)
赤毛の美人勇者は濃い紫色の水着のような服に、同系色のロングスカート、そしてその上から銀色の鎧を最低限急所のみ守るようにして付けている。
下半身を覆うロングスカートには深いスリットが入っており、瑞々しい太ももが露わになっていた。
ヘソや肩も当然のように出ていて、よく鍛えられているのかウエストはキュッとくびれており、その柔らかい線はどこか肉感的。全体的にグラビアアイドルのような整った体型である事が窺える。
本人のスタイルの良さも含め、結構際どいところを攻めた服装だった。脳内に「ビキニアーマー」という単語が浮かぶ。
(軽装過ぎるだろと思ったが、ゲームのキャラ的にはこれもテンプレか。……いや、女勇者って時点で、ジャンル的には本来邪道なのか?)
アホな考察をしながら名前を見る。
●ユン Lv.79
(はぁ? レベル79?)
弱っ。勇者とかいう割にレベルが魔王の5分の1以下なんですけど。
まあニーナが最初会った時レベル42だった事を考えれば、倍近いこいつは結構なもんなんだろうが……。
(こんなん俺が来てなかったら速攻魔王に殺されて―――レベル?)
そこで自らの視界に映る光景、その違和感に気付いた。
NPCは普通中立オブジェクトであり、通常時は名前しか表示されない筈。そこにレベルまで表示されているという事は―――。
(こいつ、なんで敵性オブジェクトに―――)
“―――敵性オブジェクトが発生しました。”
「んご!?」
そのウィンドウが1テンポ遅れて表示された瞬間、アラート音が鳴るよりも早く横に飛び退いた。あまりに全力で反応した為に喉から変な声が漏れる。
それとほぼ同時、今まで俺のいた場所、つまり真横を紫色の何かが信じられないような速度で横切った。
―――勇者だ。
今の今まで目の前にいた筈のそれが、刺突を繰り出したと思われる構えですぐそこにいたのだ。
「避けた……!?」
完璧な不意打ちを躱された勇者は驚愕の表情を見せるが、驚いたのは俺も同じだった。
(ちょ、はっっっや!? マジかこいつ―――!?)
魔法使いとは言えレベル1300の俺が目で追えなかった。避けられたのは単なる偶然だ。体が反射的に動いてくれたに過ぎない。
今のは最低でも中堅プレイヤー―――レベル200の戦士に相当する敏捷力の動きだった。それはつまり、俺を殺し得る最低限のステータスを持つという事である。
(糞が! 魔王といいこいつといい、バランス調整適当かよ!!)
避けた拍子に思わず魔王の頭を床に落とした。
こいつは魔王討伐を証明する重要アイテムなので、戦いの余波で破損したりしないよう、そのままフロアの端っこまで蹴っ飛ばしておく。
「チィ―――ッ!」
不測の事態。突然の戦闘。
そもそもなぜいきなり攻撃してきたのか。
……いや、理由なんて物はどうでもいい。とりあえずは対応してから考える。
足が床に着くまでの間に、頭を高速回転させる。
(初手に不意打ちを仕掛けてくるような奴だ。情報系スキルでステータスを改竄してるか、それとも単に敏捷特化タイプなのか、どっちだ―――!?)
先程の魔王の件がある。俺はあれで学習したのだ。もう油断はしない。
このゲームは元々レベルゲーというよりはスキルゲーに近い。ステータスを強化するスキルもあれば、特定条件下でのみ発動するような超強力なスキルもある。弱者が隠されたスキルで一発逆転を狙うのは珍しい事ではない。
そもそも勇者とか言うくらいだ。よく考えたらレベル500の魔王を殺すスキルや手段を持っていても不思議じゃない。
(威力最弱化、範囲―――)
何はともかく、まずは反撃だ。白い横っ腹を晒す勇者に魔法をぶち込んでやろうとし―――
そこで、気付いた。
(―――あれ、ちょっと待て、勇者って殺してもいいのか!?)
ヤバい気がする。どうしよう。クッソ、殺してから気付けば良かったのに。
世間の評価ならばどうでもいいが……流石に勇者を殺したら、ニーナ辺りも怒るのではないだろうか。
ニーナは割とドライな倫理観を持っている。
初対面の時に盗賊とは言え人の命を奪っていたし、現代ニホン人なら非難轟々の俺の行いにも、大きく文句を言う事は無かった。
彼女たちの生きるこの世界は、綺麗事ばかりではないのだ。
―――だが、これについてはマジで怒ると思う。ふつ~~~に怒ると思う。
下手をしたら愛想を尽かして集落から出て行くかもしれない。
ニーナが怒るレベルならもちろんみんなも怒るだろう。エルフたちは微妙だが、少なくとも北の村から移り住んで来た連中は去ってしまう筈。
想像してみろ。その光景を。
ニーナたちが「そんな人だと思わなかった」とか、「最低」とか言って俺を冷たく見る姿を。
(……あれ。別にどうでもいいぞ)
俺、そういうの平気な人間だった。「ふーん」と言っている自分しか想像できない。
魔法で戦う楽さとニーナたちに嫌われるリスクを天秤にかけると、ちょうど釣り合う。
ちょうど釣り合うので、両方取る事にした。
(まあいいや。それなら格闘戦辺りで様子見しよう)
死ななきゃいいのだ。最悪こいつが表示通りの79レベルだったとしても、素手の一撃ならば即死はしまい。多分。
方針は決まった。殺さない程度にボコボコにする。
油断しないと誓った手前、保険として無敵化魔法を1つかけておく。
(……やっぱ怖いからもう1個かけとけ)
ダメージがHPではなくMPに反映される特殊な無敵化魔法―――先程の魔王戦でも使っていた【セイクリッドコート】も発動させておく。
流石にこれだけやればどうとでもなるだろう。準備完了。着地と同時に跳ね返るようにして勇者に踏み込んだ。
(よっしゃ、死ね―――ッ!!)
心の中では本音を漏らしつつ、【星墜し】は消しておく。魔法を縛る意味もあるが、そもそもこいつで殴ると最悪こっちの方がぶっ壊れる可能性がある。
最上位武器は付与できる武器スキルを全て【攻撃力上昇】に振った武器だ。そのせいで、共通する弱点として【破壊不能】スキルが付いていない。武器破壊系のスキルで攻撃されるとあっけなく消滅する恐れがある。
スキルを付与しまくった傑作農具、【エクスクワリバー】なら当然のように付いているが……いくら本職農夫とは言え、勇者との戦いでクワ持って戦うのはどうだろう。
「―――っ!!」
バネのように反転した俺に、勇者が息を飲む。避け切れないと判断したのか、聖剣を盾のように構えた。
―――先に手を出したのは向こうなのだ。最低限の痛い目は見させてやる。
湧き上がる黒い感情、そのままの勢いで殴り付ける。
なぜか俺にダメージが入った。
(あ痛ぁッ―――!?)
【セイクリッドコート】の効果により、ダメージを肩代わりしたMPが減る。
(痛った!? ちょ、は!? なんで!?)
まさか聖剣の攻撃力が高過ぎて、一撃で最初の無敵化が剥げたのか。
そう思い視界右上、ステータスバーに表示されている発動中の魔法一覧を見るが、【セイクリッドコート】も含めてちゃんと2つの無敵化が発動している。
まさか―――無敵化が効かない?
こんな現象は今までの『ザ・ワールド』歴9年間で1度も起きた事が無い。ならばこの世界特有の【オリジナル】に違いない。
―――聖剣の能力。
その可能性が非常に高い。無敵化無効って、なんだそのチート武器。
(ほら見ろ! やっぱりなんかあるじゃねーか!)
エルフの【精霊魔法】に次ぐ2つ目のチート能力に危機感を感じた俺は、ダメージを無視して追撃として蹴りを放つ。勇者の方を遠ざける事で距離を取ったのだ。
「ぁぐっ―――!!」
(……吹っ飛び有り。レベル300以下確定ッ――)
俺の【物理攻撃力】は戦士で言えばレベル300前後相当。それに吹っ飛ばされるという事は、ノックバック耐性である勇者の【耐久力】はレベル300相当を下回る事になる。他のステータスも同様だろう。やはり平均ステータスはレベル200台だと考えるべきか。
続いて聖剣2発で受けたダメージを見る。減ったMPは2~3%程度。
無敵化無効というのは厄介だが、攻撃力自体は大した事がないようだ。……俺の防御力が紙切れなので、相対的にそこそこの威力になっているが。これがHPだったらゲージの4割ぐらい持っていかれているだろう。5発も喰らえば死ぬな。【セイクリッドコート】様々だ。
「―――【治癒の魔法】!!」
魔法使いから勇者へと回復魔法が飛ぶ。あの女は光魔法使いか。現地では珍しいという話だったが、だからこそ勇者パーティーの1人として選ばれているのだろう。
吹っ飛んだ勇者は回復を受けると猫のように空中で体勢を変え、滑らかに着地してみせる。
そのまま俺と同じように、すかさず反撃に出て来た。先程の不意打ちよりは遅い踏み込み。そこから斬撃が繰り出される。
「―――!?」
完璧に避けたつもりだったが、掠った。またMPが減る。やはり無敵化は無効化されている。
流れるような2発目を躱す。いや、また掠った。おかしい、魔王の攻撃ですら避けられたのに。
(なんだこいつ……!? 動作と動作の間、その過程が省略されてるみたいだ……!)
異様だった。俺は回避には割と自信がある。ガチ勢相手ですらここまで連続で攻撃を受けた覚えはない。
だが、どうも純粋な無敵化ではない【セイクリッドコート】は無効化されないらしい。膨大なMPで受ける限りは割合的に大したダメージではない。ここは避けるよりも観察する方に力を注ぐ事にする。
(―――【ライトエコー】)
探知魔法も使って勇者の動きをより正確に把握する。
3発目ぐらいでその正体、避けられない原因に気付いた。
(そうか―――実際の速度より、速く見えているのか!)
認識と実際の速度がズレている。
恐らくは体捌き。それによって相手の目を狂わしている。
極限まで無駄の省かれた動き―――常人よりも最適化されたそれのせいで、速く見えるのだ。
納得した。ガチ勢とは言え一般人であるプレイヤーに同じ動きが出来る筈も無い。これはゲーム的な物ではなく、本物の『殺し合いの技術』だ。
計6刀目。最初の刺突まで入れれば7刀目だ。その斬撃を気合いで今度こそ躱す。
「なっ―――」
お返しとばかりにカウンターを捻じ込んだ。なんとガードを間に合わせやがったが、先程と同じくノックバックしていった。
そこまでの応酬をして、やっと他のパーティーメンバーが追い付いてくる。
●シャルムンク Lv.32
●エドヴァルド・フレンツ Lv.30
●ルーチェ・ハーゲン Lv.33
装備からするに、恐らく職業は【戦士】、【騎士】、【魔法使い】。そして全員レベル30台。これはこの現地世界の一般的な強者に分類されるレベル帯だ。
王国の戦士長、騎士長と同じクラス。こいつらは大した脅威ではない。やはり危険なのは勇者だ。
「―――【氷山の魔法】ッ!!」
勇者が吹っ飛び、残りの2人も到着していないこの空白を利用し、最後尾の魔法使いが最初に攻撃を仕掛けてきた。
現地の魔法は味方を巻き込む。今の状況は絶好の機会だろう。
(【クリア】)
だが残念な事に、魔法使いの天敵はより上位の魔法使いだ。レベル半分までの敵の魔法発動を無効化する【クリア】で、その攻撃を不発にさせる。
俺以外の魔法使いの常識通り、一々詠唱してくれるので、無詠唱のこちらは必ず間に合う。
「えっ―――!? あ、【氷山の魔法】!! 【氷山の魔法】ッ!!」
発動しない自分の魔法に、敵魔法使いは戸惑う。注意深く俺を見つめている仲間2人はその様子に気付けないし、俺は無詠唱なので魔法陣も出ない。
「ルーチェ、何やってる!!」
「ち、違うの!! 魔法が発動しない!! その男に何かされてる!! 奴はさっきから魔法を使ってるの!!」
魔法使いが俺から出ている魔法反応を仲間に伝えた。これで魔法使いだという事は全員にバレたか。
「!? 魔法戦士―――!? 山人族なのか!?」
よく分からない事を言った戦士の方が、すかさず遠距離用の下位戦技【竜剣閃】を放ってくる。
俺はそれをあえて避けずに受ける。ダメージはゼロ。やはり無敵化は発動している。これは聖剣の特殊効果で確定か。
「魔力自体は使えるぞ!!」
(チッ―――)
考察がかなり早い。魔法にしか影響が無い事を一瞬で見抜かれた。
レベルは低いが、割と厄介な奴らだ。
そもそもパーティーを組んだ敵というのは危険な物だ。
数は暴力。そして何よりも、知識と発想が人数分だけ倍々になる。
チームワークだってあるだろう。勇者と思わぬ連携でも取られたら面倒だ。先に潰しておく事にする。
(魔法使いは封殺できるから放置でいいな)
強弱どころか何も出来ない以上、優先度は低い。
まず真っ先に狙うべきは、勇者―――ではなく。
(―――騎士だな)
パーティーの生存率を底上げしているタンク役から排除するのは、ゲームの定石だ。俺は他を一切無視し、真っ直ぐに大盾の騎士へと向かった。
「―――っ!!」
風のように迫る俺に、騎士が迎撃の構えを見せる。俺は敵の攻撃力の検証の為、あえて無敵化魔法2種を切っておく。代わりに自動蘇生魔法をかけ、最悪死んだ時の保険にする。
(―――盾殴打、からの盾自体の死角を利用した突きか)
攻撃は読めているがそのまま受ける。ノックバックは無し。ダメージは―――
―――0。
(やれやれ、舐められたものだな。最低限ダメージを与えられるレベルで挑んで欲しいもんだ)
まともに受けてもダメージはゼロのようだ。騎士の攻撃は俺には届かない。
(いてっ!)
と思っていたら、横から飛んで来た戦士の攻撃で1ダメージを受けた。マジかよ。
(チッ、俺にダメージ入れてんじゃねえよ! ぶち殺すぞ!)
戦士の方は最低限俺の防御力を突破するだけの物理攻撃力を持つらしい。
なるほど、それぞれ敏捷系、防御系、攻撃系の前衛3人に、光魔法も使える魔法使いか。
中々バランスの良いパーティーのようだ。少なくともうちの糞クランより遥かにマシだ。やっぱこいつらここで殺しとくか。八つ当たりに。
「【牙狼斬】―――!!」
ぶん殴ろうとした所で、戦士が俺と騎士との間に割って入る。思ったより来るのが早い。
いつもの癖で飛び退いてしまった。普段は逃げ続けていれば仲間が攻撃してくれるのだ。ここは無敵化をかけ直してゴリ押しするのが正解だった。盾ぐらいは破壊しておきたかったんだが。
忘れそうなので今の内に【セイクリッドコート】だけ掛け直しておく。普通の無敵化の方は無くていいだろう。勇者にはどうせ無効化されるし、その他からの攻撃でも1ダメージだ。【同時展開数】の節約にもなる。
着地した所に、背後から復帰した勇者の不意打ちが迫る。発動したままだった【ライトエコー】が捉えてくれた。
(お前の『パターン』は大体分かった)
飛んで来た刺突を見ずに躱す。むしろあの動きに惑わされない分楽かもしれない。
「なっ!?」
すれ違い際、驚愕する勇者のやけに張りのある足を掴む。
―――そしてそのまま、数十メートル離れたフロアの壁へと放り投げた。
冗談のようにフロアを横切った勇者が、硬い壁に叩き付けられる。
「―――か、は……っ」
ドサリと床に落ち、内臓を掻き乱す衝撃に声も出せず悶絶している。魔法使いが悲鳴にも似た叫びを上げた。
「ユンっ――!! 【治癒の魔法】!!」
(【クリア】)
「くっ……!!」
回復魔法もしっかりと潰しておく。これで復帰には時間がかかるだろう。
「はぁぁぁぁッ!!」
戦士と騎士が俺に追いつく。
両手剣による斬撃と片手剣による刺突。両側から繰り出されるのが面倒臭い。
片方ずつ順に倒そうと一旦距離を取る。そのまま2人が直線上に並ぶよう、回り込むようにステップして騎士を正面に据えた。戦士は騎士の影に隠れる。
(うお―――!?)
騎士の後ろ、影に置いた筈の戦士から何かが飛んでくる。矢だ。クロスボウで撃って来やがった。
戦士はそのクロスボウの装填を放棄し、流れるように小型の弓に持ち変える。そのまま騎士の影から転がるようにして飛び出た。その最中にも矢が飛んで来る。
(ちょっ、床をローリングしながら弓を!?)
ガチ勢みたいな真似しやがって。曲芸に驚きつつ矢を掴む。鑑定すると当然のように毒矢だった。
(距離と状況によって戦い方を変えて来やがる。こいつ『持ち替え』タイプか)
『持ち替え』とは、戦闘中に装備枠の武器を小まめに変更するプレイスタイルの通称だ。
当然様々な戦法が可能となるのが利点だが、戦闘しながら装備インベントリを操作するのは至難の技だ。相当な技量を持つプレイヤーでなければ現実的でないテクニックである。
(NPCは装備の複数携帯が可能な分、楽なのか)
他にも短剣、投げナイフ、片手剣など多彩な武器を装備している戦士の姿にそう考える。
「オオオ―――ッ!!」
戦士が矢で牽制している内に、騎士が俺に辿り着く。なんだかさっきから良いようにされてしまっているような。
その上【ライトエコー】がポーションを使って自力で回復する勇者を捉えた。
(チッ、持ってんのかよ)
そりゃ普通に考えたら持ってるだろう。ニーナとルルのせいで忘れてたが。
せっかく近付いてきてくれたので、当初の目標通り騎士だけでも潰しておく。
攻撃を最小限の動きで避け、拳を放った。盾で受けた騎士はその威力に体勢を崩―――さなかった。そのままの格好で宙に浮く。
「うぐっ―――」
(なっ―――!?)
耐久力が高い。まさか今ので盾崩し出来ないとは思わなかった。
浮いたとはいえ構えの体勢を崩していない騎士は、2本の足でしっかりと床に着地する。その間も正面は盾でしっかりガードされている。
騎士だけでも潰しておきたかったが、勇者が突っ込んで来る。ポーションのせいで予想よりも遥かに早く復帰された。
一瞬で3対1の構図が出来上がる。背後からの勇者の斬撃を避けつつ、左右から襲い来る剣を捌く。
(あ、ヤバいこれ魔法使いが一番苦手な奴だ)
知らない内に近接職複数に囲まれている。魔法使いを封殺してフルボッコにする時の陣形だ。
(【フローティング】―――!!)
後衛職の俺の足捌きでは避け切れない。すぐに飛行魔法を発動し、プレイヤー間で『浮遊回避』と呼ばれる回避テクニックに移行する。
僅かに数センチだけ浮かび、床を這うように……いや、滑るように移動して3つの攻撃を同時に避ける。
「なっ―――!?」
重力を無視したその動きに、敵がギョッとする。当然だ。上下左右だった世界が突然平面になるのだから。
(一応、地上戦が起こるレベル帯……レベル200まででしか使う事の無い、初級テクニックなんだが……)
【フローティング】を利用し重力を無視する『浮遊回避』は、魔法使いのプレイヤーにとってはごく基本的なプレイスキルだ。
近接職に何度も襲われる内に、強制的に習得してしまうという呪われた業でもある。戦士殺すべし。
「どういう避け方してんだ、こいつ―――!?」
「飛行の魔法よ! 地面に立っているように見えるだけ!!」
置物と化していた魔法使いがすぐに看破してみせる。こいつはこいつで魔法関連に対する分析力が高い。
「飛行の魔法で『地面を飛んでる』のか……! 魔法を使った格闘術なんて―――!?」
(おお、考察してる。ボス戦っぽい。この場合俺がボスだけど)
ニーナたちを見る限り、現地では魔法使いは魔法に特化、戦士は接近戦に特化している。接近戦での技術に別ジャンルである魔法を絡めるのは珍しいのかもしれない。
そういえば、これをNPC相手に見せるのはこの世界に来て初めてだな。
先程の魔王との戦いには使っていたが、驚いていなかったので奴は見た事があるのだろう。奴は考えれば考えるほどモンスターなのか【オリジナル】なのか分からない。
あれを除外すれば、よく考えたら現地の戦士職キャラとまともに戦う事自体が初めてだった。
弟子たち3人は魔法使いであり、近接戦闘を仕掛けてこない。故にこれまで使う機会が無かった訳だ。
今度見せたら驚くかな。明日から修行に組み込んでみるか。
そんなことを考えていたせいだろうか。―――戦士の剣が、俺を捉えた。
(え!? ちょ、いてえ、いてえ!)
勇者と騎士はともかく、戦士の剣は一刀ごとにバシバシ入るようになってきた。
「見た目に騙されるな! 低くて素早い、要するに犬型の魔物と同じだ!!」
「!! そ、そうか―――!」
(ちょ、ま、マジかこいつ!!)
たまらず逃げる。戦士のその一言で、勇者と騎士の剣まで追い付いてきそうだった。
【フローティング】で真上に一気に上昇、一瞬天井に着地し、そこから回り込むように玉座の影へ。勇者がただの跳躍で天井まで追いかけて来たのでちょっとビビる。
(魔法使いの血と涙の結晶を、犬と同じだと……!? この野郎、なら本物の魔法の使い方って奴を見せてやるぜ……っ!)
玉座の裏に入る。相手からしたら盾にしたように見えるだろう。だがそれは違う。
(【ミラージュ】【ミラージュ】【ミラージュ】【ミラージュ】【ミラージュ】―――【インビジブル】)
死角に入った瞬間、光の幻影魔法5つと透明化魔法を使用する。
『同時展開数』の限界ギリギリまで出現させた俺の分身5体が、玉座の影から飛び出す。その上で本体の俺は透明になり、そのまま影に隠れているのだ。
最上位の光魔法使いである俺独自の戦法―――『分身戦法』だ。
玉座に隠れたのは盾にする為ではなく、視界を遮る為だったのだ。こうすれば、玉座が死角になった一瞬の隙に、俺が5人になっているという視覚的なショックを与える事ができる。大切なのはそちらに意識を釘付けにする事だ。
突然5人に増えた俺に、予想通り敵が驚愕する。
古参プレイヤーは魔法陣が出るか出ないかで幻影魔法だと判断するのだが、普段から無詠唱で魔法陣が出ない俺には関係ない。
後はこの隙に入って来た方、分身たちとは逆側から出て、奴らに不意打ちを喰らわせるだけだ。
「―――全部魔法で作った幻影よ!!」
(なにッ―――!?)
初見の相手ならば勝率ほぼ100%を誇る筈のこの戦法が、一瞬にして看破された。
先程と同じく、あの置物魔法使いだ。
(そうか、現地の『魔力』とかいうよく分からんアレ―――!)
ニーナたち現地の魔法使いはMPを魔力という形で感じ取れるらしい。プレイヤーならレーダーに魔法反応が出た事だけしか分からないが、現地人たちは更に細かく、それが魔法で作った幻影なのか本体なのかの区別まで付くのか。これでは視界を遮った意味が無い。
(まずい、ならここにいるのもバレ―――)
魔法使いが仲間に俺の居場所を教える前に、飛び出そうとした。しかしその瞬間、隠れ蓑にしていた玉座が破壊される。
勇者が、真っ直ぐに突っ込んで来たのだ。
(ちょ―――がぁッ!?)
【ライトエコー】を使っていたので分かっていたのだが、それよりも驚いてしまって避け切れなかった。木端微塵に砕けた玉座越しに肩を貫かれ、壁に磔にされる。
―――なぜ居場所がバレた?
今のは当てずっぽうでは無く、確信を持っている動きだった。
こいつは魔法使いの指示も無いのに、俺の位置に気付いていたのだ。分身についても把握していたに違いない。
(何らかの探知方法を独自に持っているのか―――!)
「―――【白光】ッ!!」
「ぐぁ―――!?」
勇者が使用した謎の【戦技】により、MPが1割消し飛んだ。これまでの攻撃とは比べ物にならない威力だ。魔王の一撃にすら匹敵する。
【セイクリッドコート】を発動していなければ即死の一撃。思わず魔法で反撃してしまった。
(威力最弱化、範囲最縮小化―――【エアスラッシュ】ッ!!)
「ぐッ!!」
(あぁ!?)
耐えやがっただと―――!?
MP特化ビルド&杖未装備&威力を最低まで落としていたとはいえ、1300レベルの俺の魔法に即死どころかノックバックすらしないとは。
(どうりで薄着な訳だ!! その防具は剣士用じゃなくて魔法使い用か―――!)
現地人はステータスが得意分野に大きく偏る。変異者も例外でないのはニーナの件で実証済み。ならば戦士職の勇者が魔法に耐えられたのは、装備かスキルで補っているとしか考えられない。
元々強力な長所にはあえて触れず、それよりも弱点を優先して潰すという、得手不得手が顕著なこの世界でのガチビルドなのだろう。
「――――」
拘束から抜け出す事に失敗した俺は、咄嗟に自分のマントの裾を掴んだ。
それをあえて風を切るように大げさに舞わせ、ただでさえ至近距離の勇者を更に懐へ招き入れるように包み込む。
「!?」
何をされるのか、そしてそのマントで何が起きるのかと驚いた勇者は、警戒から自分の方から飛び退いてくれる。
よし、上手くいった。
こいつはただのマントだ。ハッタリであっさりと抜け出した。
回復魔法とスキルで肩と服を直しながら、勇者パーティーを見つめる。
勇者を放り投げた最初のあれ以外、完敗だった。レベル30台ってこんなに強かったっけ……?
(―――違う。ステータスの問題じゃない。この強さは、こいつら自身の技量によるものだ)
こいつらの剣は『勝つための剣』ではなく、『殺す為の剣』だ。
そこには歴史と流れた血の量―――よりリアルな経験がある。『遊び』が無いのだ。
現地の強者は、プレイヤースキルが異様なまでに高い。
この結果はそういう事なのだろう。
(ガチ勢がレベルの低い別アカウントでパーティー組んでるような物か……)
具体的にはうちのリーダーの5倍ぐらい強い。
(糞、どうやって切り抜けるのが正解なんだ―――?)
負ける事は無いだろうが、こちらが勝つのも難しいかもしれない。
そもそもが、俺はパーティープレイ専門であり、逆にソロでパーティーと戦っている現状自体がおかしいのだ。
そもそもが―――
そこで、ふと気付く。
(―――そもそも、俺は何を真面目に相手してるんだ?)
俺はパーティープレイに特化しているが、同時に雑魚戦にも特化している。
じゃあ目の前にいるこいつらは何だ? ―――レベル100未満の、まさしく『雑魚』じゃないか。本当なら魔法一発で皆殺しに出来る。
これはパーティーを相手にしているんじゃない。
―――雑魚を相手にしているんだ。
ああそうだ。そうだとも―――。
そもそもが、俺はこいつらの命を気にするような男じゃない。
(前提条件を忘れていたな……)
―――目の前に立つのなら、誰であろうと排除する。
そこにはそもそも、理性などという物は存在していないのだ。
勇者を殺した時のリスク?
関係無いね。
俺にとっては、世界の全てが―――。
自分へのリスクすらもが、『どうでもいい』ことだ。
『死なない程度にボコボコにする』のではなく、『死んだらゴメンと思いながらボコボコにする』のが正解だった。
(勇者。なぜ攻撃して来たのか、それは知らんが―――)
―――お前はこの俺の、『敵』になったのだ。
ならば最低限、死ぬぐらいは覚悟しなければならない。
(―――死ぬだけだったらいいけどな)
さあ、ここからはちょっと本気だ。
制限時間は恐らく1~2分。
それまで生き残れるかな。
本日2度目の『検証』を―――始めようか。
この2年でみんな随分成長しました。