48 勇者-2
2017.6.6
2017.6.21
『グスタフ将軍の腕に紐が巻かれている』という書き忘れていた描写を追加。
――ユンは故郷の幻想を振り解き、目を開けた。
あれから2日。
ユンはグスタフ将軍の指示に大人しく従い、家族たちに見送られながら家を発った。
当然の事ながら、王国に住んでいる以上、国王からの命令は絶対だ。
自分だけが不釣り合いな、広く美しい馬車の中。
座席を汚すのが怖くて縮こまっているユンの前には、目を閉じる前と変わらぬ様子で『だいよんしょうぐん』――グスタフ将軍が座っている。
現在、ユンは彼へと質問中だ。グスタフ将軍は『わいばーん』がどうのと言って、自慢げにしている。
(お気楽というか、なんというか……とにかく、よく笑う人だ)
どうやら急いでいるようだが、家族との別れの時間を与えてくれたりもした。こうして「質問はないか」などと尋ねてきたのも、ユンに気を遣ったのだろう。
(多分、いい人なんだよね?)
少なくともグスタフ将軍のおかげで、ユンの中の『貴族様』という物への印象は大きく変わった。……案外俗っぽいという意味でも。
ユンが心の中で苦笑していると、先程までの旅路についての話題の続きか、親しみ易い大男は口を開いた。
「――とりあえず、最初の目標はゼルムスだ。そこで一旦補給をして、あとは街道沿いに進めば王都に着く」
「ゼルムス……! あの、噂の」
「噂の……? まあ有名ではあるな。一応王国で三番目に大きな都市だし」
「え? ――あ、ああ、いえっ!?」
思わず口を滑らしてしまったユンは顔を赤くする。
光魔法の使い手たる神官は数が少なく、そのため教会はユンの故郷のような小規模な村には建てられない。それ故、普通16年も生きていれば、大きな怪我や病気の治療に教会を訪ね、1回や2回は都市に赴く事になる。
だが、ユンはゼルムスに行った事が無かった。
生憎この特殊な体のおかげで、怪我や病気とは無縁だからだ。そしてそれはつまり、あの片田舎の小さな村でさえ、都市という物を見たことも無いのはユンぐらいだという事。
田舎者丸出しどころか、それ以下の反応をしてしまったのだ。ユンは顔から火が出そうな思いだった。
「うん? どうかしたか?」
「い、いえ! なんでもないですっ!」
「そうか? まあとにかく、心配はいらない。君という探し物を見つけた以上、後は帰るだけだ。一本道に魔人形の馬車。言うほどの長旅にはならないよ。往きと比べたら快適過ぎるぐらいだ」
肩の荷が下りたと言わんばかりの笑みでグスタフ将軍が答える。
それと対照的に、ユンは肩を更に縮込ませた。
(そういえば、この人たちは『勇者』を……人探しをしながらここまで来たんだ)
彼の傍らに置かれた聖剣は、相変わらずユンを謎の光で指し続けている。
これを大雑把な目印に、分かれた道を行ったり来たりしながらここまで辿り着いたのだろう。実際、ユンを見つけた際にも一度は通り過ぎていた。大きく道を戻る破目になる事も珍しくなかったに違いない。
確かにそれに比べれば、目的地の定まった旅など、遥かに楽な物なのかもしれない。
(というかボクって、本当に勇者なのかな。今更だけど、間違いだったりしないかなぁ)
「そ、そうなんですかっ」
「ああ。それにゼルムスには、ここに来る前に立ち寄ったばかりだったしな。その時に兵たちは一度休憩させてあるから、今度は本当に補給だけですぐ出発する事になる」
「……兵たち?」
ユンの疑問に、グスタフ将軍はなぜかバツが悪そうに頬を掻いた。
「あー、まあ、うん。大仰な事に、私の護衛だよ。いや、本当は聖剣の護衛なのかな? 実はこの馬車に乗っているのは、ほとんどが兵士や傭兵なのさ。世話役の侍女や意見役の副官、案内人も何人かはいるがね」
「ええっ!?」
この馬車に乗っている者の、ほとんどが護衛。
全ての馬車がこの大きさで、更に20台近くもある事を考えれば……算術の出来ないユンには、咄嗟に数える事が出来ないほどの人数になる。
それに……。
「てっきり、乗ってるのは全員貴族様だと思ってましたっ! だってこんなに綺麗な馬車だし……」
「ああ、それは体面という物があるからね」
「?」
ユンは感情表現が豊かな方だ。その表情からよく分かっていないのがありありと伝わったのか、グスタフ将軍は苦笑した。
「格好付けるのが貴族の仕事だという事だよ。金のかかる仕事もあったものだ」
「は、はあ」
なぜ格好付ける必要があるのか。平民のユンには全く分からぬ話であったが、グスタフ将軍はそれ以上をこの場では語らなかった。政治的に大きな力と象徴性を持つ『勇者』として選ばれた以上、ユンにはいずれ嫌でも分かる話だからだ。
貴族社会では『見栄』という物が『抑止力』となる事を、遠くない未来にユンは知る事になるだろう。
「まあ見た目の話は置いておいて。人数については、私も将軍という立場だ。万が一の事でもあると色々と困った事になる。だが、何よりも君や聖剣が奪われでもしたら大変だからね。そうなれば陛下も私も、悪い意味で歴史に名を残す事になるだろう。他にも魔物はもちろん、最近は少し厄介な盗賊団も出ているし……」
「と、盗賊団!?」
ユンにはそれが悪人の集まりという程度の知識しかないが、それが人である以上、ある意味魔物より性質が悪い事は想像に難くない。
(魔物の方は分かってたけど、そっちにも襲われるかもしれないの? そこまで考えてなかった……旅って想像より怖いじゃないか。だ、大丈夫なのかな)
その不安が再び顔に出ていたのか、グスタフ将軍は笑い飛ばした。
「あーなになに、心配はいらない。報告だと五十人前後の大盗賊団らしいが、今回こっちは正規兵の精鋭と上位傭兵をそれの倍ぐらい用意してやったからな。大盗賊団どころか、飛竜でも尻尾を巻いて逃げ出すさ」
「あ、そうなんですか。……えっ?」
(――これ、50人の倍ぐらいいるの!?)
算術は出来なくとも、それが自分の村の人口と同じか、もしくは超えるぐらいの数である事はなんとなく分かる。
(しかも上位傭兵って……。たしか傭兵さんって、下位の人でも魔物に勝っちゃうような人たちだよね?)
何かあった時、村の全員で資金を出し合えば、その下位傭兵を一組ぐらいは雇えるのだとユンは聞いた事がある。つまり上位傭兵とは、村の全員から資金を集めても雇えないレベルの猛者たちだという事だ。そしてそんな人間たちが、この馬車隊にはそれこそ村人全員分近くの人数で乗っていると言う。しかもそれを、数か月にも渡って拘束し続けていると言うのだ。
やはり国王直々の命令だけあって、平民のユンには想像も出来ない程の予算がかかっているようだ。確実に、ユンの家族が生涯で稼ぐ金額の数倍には届くだろう。下手をすれば数十倍かもしれない。
(というかそこまで聞くと……逆にそれに守って貰ってるボクの方が、別の意味で怖くなってきたんだけど……)
その思考と緊張がまた顔に出ていたのか、グスタフ将軍はクスクスと笑っていた。
それからユンとグスタフ将軍は、どうでもいい世間話で暇を潰しながら移動した。
例えば、乗っているのが兵士ばかりの為に、食料の減りが尋常でないとか。それで今回のゼルムスのように、数日おきという高い頻度で補給をしなければならないらしい。
「まあ見て分かる通り、一番食べるのは私なんだがね」と豪快に笑っていたグスタフ将軍の姿がユンには印象的だった。
(もしかして貴族様が全部こうなんじゃなくて、この人が特別な感じなんじゃ……)
いい加減それに気付き始めてきたユンである。
ちなみにゼルムスには明日には着いてしまうらしい。3日が1日になるとは、魔人形の馬車とやらは本当に凄い物であるようだった。
「―――そういえば! 結局ユン殿の持っている『力』は何だったんだ? 聖剣に選ばれたんだ、何か力があるんだろう?」
「えっ……」
そうした雑談の末、グスタフ将軍が好奇心に目を輝かせ尋ねた。
――ユンは力の事を、人生で誰にも話した事が無い。家族にもだ。
だから正直な所……その話題には、抵抗がある。
それを言う事で何が起きるかが怖いのではなく、口に出す事、それ自体が既に怖いのだ。
だが、それがこの状況では無駄な足掻きである事も、ユンはとっくに理解していた。いつか尋ねられるだろうとは思っていたのだ。
半ばやけくそ、なるようになれという気持ちで口を開く。
「あー、えっと、その、怪力? なのと……体が丈夫というか、怪我をしないというか……」
「なるほどなるほど、やはりそうか! 馬車酔いする様子が無いから、そうだろうとは思っていたが……典型的な『戦士型』だな」
「せんしがた……?」
グスタフ将軍が言うには、この世界の人間という物は、二種類に分かれているらしい。
――『戦士』としての才能を持つ者と、『魔法使い』としての才能を持つ者。
すなわち、『戦士型』と、『魔法使い型』だ。
そしてユンはその前者、戦士としての才能を持つのだろうという話だった。
「え、2種類? でも村のみんなは、全員同じ感じでしたけど。……まあ、ボク以外」
「ああ。目に見えた違いというのは訓練を受け、実戦を何度か経験しないと出てこない物なんだ。その者がどちらの部類だろうと、そもそもの能力が低すぎて差が分かり辛いというか」
魔法使いは魔力を感じ取れるから、同じ魔法使い同士なら互いに見分けられるらしいけどね、とグスタフ将軍は付け加える。
「まりょくって何?」という領域のユンにはその小話が理解できないが、もしかしたら常識かもしれないので黙っておいた。ユンは先程のゼルムスのやり取りで学習したのだ。
とりあえず、弱いうちは戦士型だろうが魔法使い型だろうが、能力に大した差は無いという事が言いたいようだ。
「だがな――」
続き、グスタフ将軍は不意に声を潜めた。
快活な笑顔も、不敵な物に変わっている。その悪戯な様子は、とっておきの秘密を披露する子供のそれだ。
「――その中に。極々稀に、最初からそれが分かるぐらいの差を持って生まれる者がいるらしい。……強者となるべくして生まれた、特別な者が」
生まれながらに差を持つ者――つまりはそれがユンである、という事のようだ。
期待の目を向けてくるグスタフ将軍に、ユンは堪えきれず、ずっと聞けずにいた疑問をとうとう口にした。
「あ、あの――戦うって、誰と戦うんですか?」
戦争。魔物。
いやまさか、飛竜退治だろうか。
ユンは想像し得る限りの最悪を覚悟して尋ねた。そしてだからこそ。
「ああ、それなんだがな――」
ユンは、グスタフ将軍が続けたその説明に、より大きな衝撃を受ける事になった。
「――君が戦う相手は『魔族』という、飛竜をも超える化け物たちだ。実はその魔族の手により、この世界は今――まさしく、滅亡の危機に瀕している」
「……え?」
――正確には、今から1年ほど前。
突如この大陸に、飛び抜けて強大な力を持つ魔物たち……通称『魔族』と呼ばれる存在が出現し始めた。
魔族は種族に関係なく周辺の生物を滅ぼし尽くし、急激な勢いでその被害を広げているのだと言う。
半年前に帝国との戦争が急に休戦になったのも、実はそれが原因であるらしい。
さすがの帝国も、魔族の前には自国の防衛に専念せざるを得なかったのだそうだ。元から劣勢だった王国は言わずもがなである。
「下手をすれば5年後には、世界から魔族以外の全ての生物が消えている可能性もある」
「そ、そんな!? 大変じゃないですか!!」
「ああ、そうだ。大変なのだ。だから聖剣は勇者を求め、私たちは慌てて走り回っている」
ユンは愕然とした目を聖剣に向ける。
物語に聞く、この世界における最強の生物――飛竜。その飛竜より更に強い化け物たちと、自分が戦う? この、聖剣を握って? 世界の危機を、救う為に?
語り継がれる伝説の剣、その本物だというそれは――未だユンに向けて、その選定の光を向けていた。
「ん? おっと! そうだった!! 大事な事を忘れていた。ちょっとこの聖剣に触れてみてくれ」
「えっ」
グスタフ将軍が、どこか焦ったような様子で聖剣を掴んだ。問答無用で差し出されたそれに、ユンはおずおずと触れる。
自分のような者が、これほどの美しいものに触れていいのだろうか。しかもこれは誰もが知る、あの伝説の聖剣なのだ。こういうのを「恐れ多い」と言うのだろう。
「――あっ!?」
ユンがその聖剣に指先だけでちょこんと触れると、例の光がピタリと止まった。
まさか壊してしまったのだろうかと慌てるユンだったが、グスタフ将軍は逆に安堵の溜め息を漏らしていた。
「ふふふ――これで、確定だ。やはりユン殿が選ばれし者か」
理屈は分からないが、どうやら触れて光が止まるようなら正解だという事らしい。
これが選定の是非を結論付ける作業なのだとすれば、当然ユンを馬車に乗せる前にやるべきである。もしも人違いだった場合、最悪王都から旅のやり直しとなる所だ。うっかり忘れていたグスタフ将軍が人知れず冷や汗を流していたりするが、ユンの方はそれどころではない。
(本当に……本当に、このボクが、勇者……?)
そう。どうやらこの瞬間、ユンは正真正銘勇者であると確定してしまったようなのだ。
そもそも、結局この光は何だったのだろうか。噂に聞く、魔法とやらだろうか。
現代ニホン人が日常的にコンピュータを使用していてもプログラムの組み方は知らないのと同じで、この世界の住人であっても、一般人では魔法という物へのイメージはぼんやりとしている。その上ユンは庶民にとって最も身近な魔法である筈の、教会の光魔法ですら見た事が無いのだ。
世界の危機、その救済に選ばれた自分、初めて見た魔法。
未だ戸惑うユンを置き去りに、グスタフ将軍は一人満足そうに頷いている。
「王都に着いたら正式に君に引き渡すが……それまでは私が預かっておこう。少なくとも、何の訓練も受けていない今の君では、盗人などから守りきれまい」
「――あの、なんでボクなんですか?」
ユンの零した言葉に、グスタフ将軍は首を傾げた。
「うん? すまない、どういう意味かな?」
「だって凄いのは、その剣なんですよね? 別にボクみたいなのじゃなくて、騎士様とかが使えばいいんじゃ……」
確かに、自分は選ばれたのかもしれない。
だがその剣が本当に特別な力を持つ剣であるのならば、別に自分のような力が強いだけの農民が使うより、正規の訓練を受けた騎士などが使った方が、よほど強い筈である。
たった今グスタフ将軍が自分で言った通り、何事も専門家に任せた方が間違いは無い筈なのだ。
「ああ、いや。それにはちゃんと、君でなければならない理由があるんだ」
「ボクでなきゃならない、理由?」
グスタフ将軍が真剣な表情で頷く。
「うむ、さっき言ったと思うが……君のような『才能ある者』は他にもいてな。そういった者たちは皆例外なく――成長が早いのだ」
「成長……」
「例えば、今は君より私の方が強いかもしれない。だがそんな物は、ほんの僅かな訓練だけでもひっくり返るのだ。その他の人間など、すぐに追い抜いてしまうのだよ。――君はただ強いだけではない。その真価は、『どこまでも強くなれる事』にある。我々とは、定められた『限界』が違うのだ」
「…………」
ユンはそれを聞いても、俄には信じられなかった。
自分は剣を手に取った事すらないのだ。そんな自分がほんの少しの訓練で、物語に聞く騎士や戦士たちよりも強くなるなどという事が、ありえるのだろうか。
それこそ……まるで本当に、同じヒトではなく、化け物であるかのような話だ。
「信じられないか? だが帝国には既に、『雷鳴』と呼ばれるお仲間がいるぞ」
「えっ――!?」
お仲間。
それはつまり、その人物がユンと同じ、『才能ある者』とやらだという事だ。
「……いや、言われてみればまあ確かに、私たちも奴が同じ時代に生まれていなければ、一蹴していた話かもしれないな……。だが、あれはまさしくその類いだ。敵兵ながら、強すぎて手が付けられんと困っているのだ」
「…………」
ユンはこの世界に自分と同じ悩みを抱えた人間がいるなど、考えた事も無かった。
だがもし、それがいるというのなら――。
(――会ってみたい、かも……)
そう、自然と思った。
その人物は、どうやって生きてきたのだろうか。
自分と同じように、この力を隠して生きてきたのだろうか。
それとも―――。
(…………。勇者をやっていれば……いつか、会う日も来るのかな……?)
漠然とそう考えたユンは、そこではたと気づいた。
「……あれ? あの、ボクと同じ体質の人が、もう既に見つかってるんですよね?」
「ああ、そうだ」
「なら――その人が聖剣を使えばいいんじゃないですか? だって『敵兵』って事はその人、兵士さんなんですよね?」
自分と同じ体質で、しかも兵士としての訓練も既に受けているというのだ。ならば、自分が出る幕などどこにあると言うのか。
ユンはグスタフ将軍が「言われてみればその通りだ!」と手を打ち鳴らし、自分を村へと送り返してくれる事を期待したが……そうはならなかった。
「――そう、そこだ。そこに2つ目の理由がある」
よくぞ聞いてくれたと言わんばかりにグスタフ将軍が前のめりになる。それと対照的にユンは全力で後ろ向きになりそうだったが、極力表に出さないよう努力した。目が死んだようになっている事には自分では気付かなかったし、残念ながらグスタフ将軍も肝心な所で気付いてくれない。
「これが決定的なんだがね。……聖剣は、自らの担い手を選定する。今回のようにな。――では、聖剣に選ばれた担い手。それ以外の者が聖剣を使おうとすると――どうなると思う?」
「え?」
勇者以外が聖剣を使うと、どうなるか。
ユンも幼い頃より聖剣の伝説を聞いて育ってきたが……そんな話には覚えが無い。
だがわざわざそんな言い方をするぐらいだ。恐らくは、良くない何かが起こるのだろう。
(……壊れる? ……消えちゃう? ……呪われる? いや、というか――)
色々と考えてみたが――よく考えたら今現在、目の前のグスタフ将軍が何食わぬ顔で実際に手に持っているではないか。
それにそんな『いかにも』な事実があるのならば、伝承に残されていない筈がない。吟遊詩人が歌わない筈がなく、つまりは自分たちが知らない訳がないのだ。
「ふふ、実はな――『ただの剣』にしか、ならないんだ」
「……???」
聞いても分からなかったユンに、グスタフ将軍は聖剣を前に差し出してみせた。
「聖剣とその他の魔法剣との違いはな、込められている『魔法』、その物にある。……大昔に、小人族と森人族によって作られた剣だというのは知っているね?」
「あ、はいっ。それは一応……」
「剣を作る事……鍛冶で優れると言えば、もちろん小人族だ。だが、ここで問題なのは、森人族の方なんだ。この聖剣が唯一たる所以はな、込められているのが『普通の魔法』ではなく、『森人族の魔法』である所にある」
「森人族の魔法?」
「うむ。【精霊魔法】とか言うらしい。聞いた話では『魔法を凌駕した魔法』だとか。そしてその中でも、この聖剣に込められた物は更に別格なんだそうだぞ」
魔法という物自体に漠然とした印象しか持っていないユンだ。魔法より凄い魔法と言われても、ピンと来ない。想像力の限界に挑み、頭の中で大地を燃やし、山を割る姿をおとぎ話のように思い描いてみたが……それを振るうのが自分なのだという事を思い出し、すぐさま考えるのを辞めた。
「もちろん、実際に見たことは無いがな。何しろ世界中で君にしか使えない力だ」
タイミング的に非常に嫌な事を言いつつ、グスタフ将軍はユンに見せるようにして聖剣を鞘からほんの少しだけ引き抜いた。
装飾された鞘から、白銀の美しい刀身が覗くが……言ってしまえば、それだけだ。
先程のユンとの接触以来、光を失ったそれは静かな物である。
「ほら、見ての通り、こうしていると普通の剣のようだろう。私が持っていても、まさに『ただの剣』にしかならん。究極の魔法の力など、どこにもありはしない。……しかも、当時最高の素材とは言え魔法銀製だから、現代で剣として使うと魔法銅製の物より劣るしな」
『高級な軽い剣』というのが一番正しいのかなと呟き、グスタフ将軍は再び聖剣を鞘へと納めた。
「つまりだな――我々では『聖剣』を、『聖剣』として扱う事が出来ないのだ。それはかの雷鳴だろうが変わらない。聖剣に影響を与え、そして与えられるのは、聖剣自らに選ばれた勇者のみ。先程の君の接触。あれは光が止まった事が重要なのではなく、聖剣が変化を起こした事が重要なのだ。あれはつまり、君は聖剣に干渉できるという事。それは聖剣の真の力を――精霊魔法の力を、引き出せるという証」
グスタフ将軍は聖剣を自分の隣、その座席の上へと戻し、説明を締めくくる。
「『才能ある者』を選ぶのはともかく……なぜその中に、使える者と使えない者を聖剣は作ってしまうのか。そこに理由があるのかは分からないがね。――とにかく。勇者である事に、現状や能力は関係が無い。もちろん性別もそうだ。聖剣に選ばれた。ただそれだけが重要なのだ」
「―――ボクがやるしかない。……そういう事なんですね」
「うむ」
一連の長い話が終わり、馬車の中に久しぶりの沈黙が訪れる。
それはグスタフ将軍にとっては、ただの会話と会話を繋ぐ間だったのかもしれないが―――ユンにとっては、全く別の意味を持つ間だった。
「さて、他には何かあるかね?」
「あっ……あのー、それってもしかして―――ボク、一人で戦うんですか?」
退路が断たれてしまった今、それはユンにとって最も重要な問題であった。
もしも魔族などという化け物たちと、一人で戦えと言うのならば……本格的に逃げる算段をしなければならないかもしれない。
ユンのその必死な視線に対し、グスタフ将軍は意外そうに目を丸くした。
「いやいや、流石にもう何人か加わる予定だ。聖剣の伝説にも勇者の仲間は居るだろう。世界は一人で渡っていけるほど優しくはないからな。私なんて見てみろ、この有り様だぞ」
精鋭100人に護衛されている現状を指し、グスタフ将軍は自嘲する。
「その点については安心してくれたまえ。なにしろ君に死なれでもしたら、世界は終りだ。いずれもこの王国内において、それぞれの分野で頂点に立っている実力者揃いになっているよ」
その説明に、ユンは胸を撫で下ろした。
誰かが一緒にいてくれるのなら頼もしい。
(しかも物凄く強い人たちらしいし……なんなら戦いの時には、全部その人たちに丸投げしちゃえばいいかな。……駄目だよね)
現実逃避する事を躊躇するぐらいには、先程打ち込まれた『楔』が効いていた。
自分以外に聖剣は使えず、自分がいなければ世界は滅ぶかもしれないなどと言われてしまえば、おいそれと逃げ出す訳にはいかない。……それこそ、単騎で立ち向かえと言われるなどの、よほどの事がない限りだが。
ユンがそんな事を考えていると、腕に巻かれたあのカラフルな紐、その内の青い物を撫でていたグスタフ将軍が、何か思い出したかのように口を開いた。
「――ああそうだ。ちなみにもう1人、君たちを攻撃側とするなら、防衛側に回って下さる最強の助っ人がいらっしゃる。そちらは正真正銘、単独行動だな」
「……え? た、単独!? 1人って事ですか!?」
それが本当だとすれば、今までの話からするに、その人物は飛竜より強い筈の魔族とやらと、単騎で渡り合える存在だという事だ。
自分の事を化け物のようだと思い生きてきたユンだが、その人物は本当に化け物であるに違いない。
というよりも、勇者でも仲間が必要なのに、1人でいいとは……つまりその人物は、勇者を越えてしまっているのではなかろうか。よく考えればグスタフ将軍もなぜか敬語だ。
「ああ。二年ほど前に、この国で新たに賢者の座に就いた方でね。―――ニーナ・クラリカ様というんだ。既にかなり有名な筈なんだが……知っているかね?」
「い、いえ」
(賢者ってたしか、物凄く頭が良くて何でも知ってる、偉い学者様とかよりも更に偉い人だとかいうアレだよね?)
自分たちの村にも、一度だけ訪れた事があると聞いた事がある。
その際に握手して貰ったのだと、父親がよく自慢していたのだ。「意外と乾いてた」などと訳の分からない感想を言っていたのを思い出す。
(2年前に、という事は……その時の人から、代替わりでもしたのかな? ……あれ? というか――)
「『ニーナ』って事は――もしかして、女性なんですか?」
「そうだ。しかも君より1歳年下だぞ」
「…………ぇぇええええええ!?」
あまりに受け入れがたい言葉に、一瞬我が耳を疑う。
自分が16である事を考えれば、その人物は現在15歳――つまりは成人したばかりの筈だ。そして賢者の座を継いだのが2年前だという事は、当時僅か13歳にして、それが認められるだけの能力を持っていたという事になるのだ。
「まだそんな歳でありながら、更に桁外れの魔法の実力まで持っていてな。現時点でも既に王国最強の魔法使いである事は間違いない。……というか実は、文献に残された逸話から考察するに、先代の勇者と同じぐらいなのではとまで言われている。先代の賢者様が『歴代最高傑作』だと自慢していたが納得だ。末恐ろしいとはまさにこの事だよ」
「…………」
これが『開いた口が塞がらない』というやつだろうか。
世の中には、凄い人物がいるものだ。自分も会ったら是非握手して貰わねばと思うユンである。
「まあ賢者だから当然なんだが、それに加えて非常に多芸な方でね。実はこの馬の魔人形たちもクラリカ様のお手製だったりするんだ。普通は様々な適性を持つ魔法使いが数人がかりで、1年ぐらいかかって作る物なんだが……1人で、しかも半月で作れてしまったとか言うんだもんなぁ……。これらはその時の実験で作られた物を、王宮の方で買い取らせて貰ったんだ。当然のように他より性能も良くてね、こういう重要な任務で非常に重宝しているよ」
「えぇぇ……。で、でも。そんな若い子が本当に1人で、大丈夫なんですか?」
「ああ、むしろ逆なんだよ」
「逆?」
「彼女はあまりにも突出しているからな。仲間がいると、足手纏いにしかならないのさ」
「…………。……あの、その人の方が、ボクよりよっぽど勇者っぽくないですか?」
「それは…………うん、そうかもしれんが、気にする必要はないな。君に限らず、彼女は色々と規格外過ぎるから。勇者は数十年から百年に一回ぐらいで現れるそうだが、彼女は千年に一人の天才とか言われているし……」
「せ、せんねん」
ユンはこの日、色々な意味で世界の広さという物を知った。