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46 そして『僕たち』は出逢う

2017.3.30 珍しく短いです。



(―――まさか、蘇生アイテムを装備していなかったとは)


 殺し直した肉塊を見上げる。

 漆黒の樹を赤く飾り付けるそれらは、『ザ・ワールド三大グロ魔法』の1つとして名高い【ブラッドツリー】により引き裂かれた魔王……いや、元魔王だ。

 時間系対策に状態異常対策、そして拘束系対策と装備の効果がガチっぽかったから、当然蘇生アイテムも装備していて、1回ぐらいは余裕で復活してくるものと思ったのだが……。

 まさか、そのまま死ぬとは。

 おかげでいつも通り、1回普通に削り殺してしまった。


「…………」


 周囲を見渡せば、あれほど頑丈だった筈の部屋が、今では見るも無残な状態へと変わっていた。

 ……この部屋のおかげで助かった。この黒い壁と床が無ければ、世界を数回滅ぼしていたかもしれない。

 まあ向こうからしたら、自分で死に場所を用意したという皮肉な話なのだろうが。


(最上位プレイヤーが4発で死ぬ【グングニル】を……200発ぐらい入れたか?)


 【マジックアロー】に至っては、10万発ぐらい入れたかもしれない。【星墜し】を装備した事で、攻撃力が『丸々2倍』近くにまで上がっているというのに、だ。

 それが、この魔王というレイドボスを倒すのにかかった攻撃の数。単純計算でも、同レベルモンスターの最低100倍以上というHPを持っていた事になる。

 ……冗談のような数値だ。

 もしかして、普段敵から見た俺も、こういう感じなのだろうか。


(それにしても―――それをまさか、一撃とはなぁ……)


 その持久特化レイドボスたる魔王を一撃死させた訳だが……これは別に、ついにチートに手を出したとか、そういう訳ではない。

 俺が使ったのは、スキルだ。――ただの、スキル。


(――まあ、この9年間で1度しか使ったことのなかった、特別なスキルでもあるが)


 俺が使ったのは、今回でやっと2回目の発動という、奥の手中の奥の手。


 ――【マナ・フルバースト】。


 最上位魔法を即時使用可能にする【アルティメットキャスト】、同時展開数を30秒間だけ無限にする【アンリミテッド】、そしてそれに続く『奥の手その3』が、このスキルだ。

 何が特別って、そのクールタイムの長さが特別。超特別。


 スキル欄のその項目を見れば、『残り119時間:59分:51秒』と書いてある。


 ……要するに、『5日に1度』しか使えないという、アホなスキルなのだ。

 レベル200を超えた時――つまりは8年近くも前に習得し、その時1回だけテストで使った。そしてそのあまりにも馬鹿げたクールタイムに、使用を控えていたのだが……。


(いつの間にか、そのまま存在自体忘れてたな……)


 ソロプレイ初ボス戦、そしてレイドボスとのソロ戦闘という滅多にない状況だったので、戦いながら、いかに記念的にトドメを刺すのかずっと考えていたのだ。そしてついさっき、やっとこいつを思い出した。

 思い出すのがもう少し遅かったら、普通に【アンリミテッド】の方を使っていただろう。


 クールタイムが『残り119時間:59分:49秒』になった所で、MPの自然回復が再開した。

 それは、スキル効果が終了した事を意味する。5日に1度しか使えない割に、その効果時間はたったの『10秒間』という訳だ。

 更に代償として完全な0になってしまったMPを、大量のポーションによって回復させる。アイテム使用のガシャガシャというSE(おと)がしばらく続く。


(……にしてもほんと、一撃って。こんなに強いなら、せめてレイドボス戦でぐらい使っておけば良かったな)


 持久特化タイプのこいつで一撃なら、他にも何体か一撃だったレイドボスがいるだろう。どうやらこのスキルは、【アルティメットキャスト】、【アンリミテッド】の2つすら超える、最強の攻撃力を持つスキルであったようだ。少なくとも、俺の習得しているスキルの中では、ぶっちぎりで最強の威力とクールタイムであるのは疑いようがない。


(前に使った時は、ここまでの威力じゃなかったよなぁ……やっぱレベルってのは重要だわ)


 成長した今だからこそ効果を発揮するスキルもあるのだ。今度他の使わなくなったスキルも検証しておこう。

 復活してまでこの実験に協力してくれた魔王には感謝しかない。おかげで大切な事に気付けた。殺す前に握手しておいたので、感謝の念はしっかり伝わっているだろうが。


 俺は元のMP量があまりも多過ぎるため、どれだけポーションを連打しても回復しきるまでに時間がかかる。この1戦だけで、多分2万個……2ページちょいぐらいは使った事になるだろう。まあそれぐらいなら構わない。

 ゆっくり戻って行くMPゲージと、同じようにゆっくりと広がっていく血溜りをぼーっと眺める。視界の端で、ポタポタと跳ねる雫が、【汚染無効】により弾き返されていた。


「…………」



 ―――結局、こいつはなんだったんだ?



 冷静になってみると、いくつも疑問が浮かんでくる。

 この戦いは、奇妙だった。

 

 まず、確実に分かるのは――こいつがHPと、MPに特化した持久特化ビルドだった事。

 そしてそれはつまり、俺と同じビルドである事を意味する。

 勝てたのは、単純に装備の差。向こうはレベル百装備で、こっちはレベル1千装備……その中でも、ガチ勢ぐらいしか持っていないと言われる【最上位武器】を持っていた。なんのことはない。結局のところ、このゲームが攻撃力優遇であるという事を証明しただけの結果だ。他の条件が全て同じでも、こいつには無い『攻撃力』という物が、俺にはあったというだけの話。

 ――要するに、こいつは俺の、『下位互換』だったのだ。

 ありとあらゆる相性と呼ばれる物の中で、これほど最悪の組み合わせもあるまい。例え今回のような()()で考えた適当な戦法でも、俺の勝利は確定していたのである。

 ガチ勢とすら互角に渡り合ったかもしれないが……相手が悪過ぎたな。

 もっとも、こんなビルドにしているのは俺ぐらいだ。そんな、世界に1人いるかいないかという天敵と出会ってしまったのだから、こいつに一番足りなかった物は、実は『運』なのかもしれない。


(ふふ、まあ俺より運が悪いような奴は、ここで死んどいて正解だったかもな――)


 ……ここで1つ疑問なのは、なぜこいつが『MP特化』という数少ない……そして唯一絶対のアドバンテージを持っていながら、俺と同じように『技の連射』という戦法を取らなかったのかという事だ。


 先程も感じたが――こいつの戦い方は、リアル過ぎる。


 いや……こいつ()が、という所か。

 戦っている兵士、王都で見た傭兵たち、かつて見た北の村の盗賊たちも、みんな揃って『ゲーム』らしい戦い方をしようとしないのだ。

 技をガンガン使って突っ込んだり、遠距離から一方的にハメ殺しを狙ったり――。

 そういう、『ゲームだからこそできる戦い方』をしている者を、見た事がない。

 こいつがここまで一方的に負けたのは、そういう部分もあるだろう。俺は有り余るMP量を、魔法連射によるハメ殺しという『ゲーム的手段』で生かしたが、こいつはあくまで肉弾戦に拘ったのだ。いくらなんでも、リアルに戦い過ぎに思える。


(そういえば、下位技しか使ってこなかったのも気になるな――)


 【竜剣閃(りゅうけんせん)】や【双刃乱舞(そうじんらんぶ)】。平均レベル30前後の他の魔族達ならばともかく、レベル500にもなった魔王が下位技しか使ってこなかったのは気になった。

 もちろん先の技連射の件と含めて、ハメ殺した故に分からなかった、何らかの策であった可能性もあるが――。

 いくつかあった、ここぞというタイミングですら使って来なかった所を見るに、こちらについては俺の【グングニル】のようなブラフともまた違うようだった。

 まるで本当に、中位技が使()()()()かのような……。


(……アンバランスだ)


 そもそもが、プレイヤーに育てられたモンスターが、レベル500越えなんて状態になっているのからして、おかしいのだ。

 オークロードの基本レベルは『40』だ。それを『500』まで上げるなんて、はっきり言って正気の沙汰ではない。

 ゲーム内時間で、『()()()()』の時間がかかる筈。多分テイム職のガチ勢ですら、オークロードだと200が限界という所だろう。

 そしてそんなレベルに達していながらも、習得しているのは下位技だけだという事実。

 スキルや装備構成はガチのそれだと言うのに、だ。もちろん持久特化タイプというビルドなのも、その奇妙な点に含まれる。


 ……怪しい。非常に怪しい。気持ち悪い。


 何か1つ……何か1つ、『足りないピース』がある。

 魔族(モンスター)が喋る事。まるで人間のように規律を持って行動している事。


(――『魔族』とは、何だ?)


 こいつらは、本当に俺の知っているあの『モンスター』と同じ存在なのか?

 それとも、いっそこの世界特有の【オリジナル】なのか?


 ………………。




(――ま、どうでもいっか)




 よく考えたら、そんな事はどうでもいい事である。

 重要なのは、それが何者なのかではない。


 ――俺の前に立つか、それ以外かだ。


 相手がどんな存在であったとしても、それは変わらない。

 邪魔になるのなら、誰であろうと殺す。

 俺にとっては、()()()()()()()()である。


(あっ――そういえば。魔王なんだから、『聖剣』っぽい魔法か装備で倒せばよかったかなぁ)


 先日の王都と同じく、処刑という意味で【ブラッドツリー】を使ってしまったが……。【マナ・フルバースト】を久しぶりに思い出したインパクトのせいで、そこまで考えが至らなかった。


(うぐぐ……もう1回生き返って貰うか? ああいやでも、【マナ・フルバースト】は1週間使えないし、【アンリミテッド】だと見た目が――)


 華々しい魔王討伐を演出する為、あれこれ考えていると―――ふと、視界の端のレーダーが気になった。

 1つ下の階で戦闘を繰り広げている筈の緑の点たち。それとは別に、4つほどの点が独立した動きを見せていたのだ。


「…………?」


 4つの点は一定の速度でマップをグルグル回っている。立体感が分かるようレーダーを操作し斜めから見ると、それが円ではなく、徐々に上へと移動する螺旋を描いている事が分かった。既に結構近い位置だ。考え事のせいで、気付くのに遅れてしまったらしい。

 そういえば、この真下はかなり広い空洞になっているのだった。もしかしたら、螺旋階段でも設置されていて、そこを登ってきているのかもしれない。


 4人。4人か。

 4人と言えば、ちょうどニーナ達3人に、あのハゲのおっさんを足した数だ。

 レーダーの表示範囲を広げて第1階層に目をやれば、向こうの戦闘ももう終了しているようだった。先に終わったので、こちらの加勢にでも来たのかもしれない。


(……時間切れか。まあ殺し方はこれで納得するか)


 もう一撃死させる方法が無いので、このまま復活させるとニーナ達はちょうど戦闘中に到着してしまう。そうなったら余波だけで即死だ。

 まあ【マナ・フルバースト】の実験が出来た上に、数分の間に2回も殺したのだ。演出はともかく、成果としては十分だろう。ぶっちゃけ何回殺し直しても、最初に普通に削り殺してしまった事実は変わらないし。実は悪足掻きだという事には気付いていた。

 もしもいつか、RPGらしく第二第三の魔王でも登場したら……その時には、近接攻撃系の魔法で勝利を飾るとしよう。

 そのまま魔王に視線を戻し、最後に今回の戦いを総括する。


 ……いや、まあ、色々あったが、あれだ。


(――今回の件は、本当に反省した)


 正直、完全に調子に乗っていた。

 さすが『世界』を舞台にしたゲームだけあって、やはり想像外の強者というのは居るものだ。

 相手が別のタイプのレイドボスだったら、多分勝てなかっただろう。そのまま1キルされて、ログアウト(なえおち)していた筈だ。

 最初の頃は、もう少しちゃんと警戒していた気がする。出てくるキャラと敵が悉く雑魚なので、次第に緊張が緩んでしまったのだ。今回の件は、油断した所をちょうど突かれた形になる。

 魔王は運が無いから死んだ。

 ならば俺も、同じ目に遭って不思議は無い。


(自分がどっかでやらかすのは分かっているつもりだったんだが――やはり人間ってのは、分かってるつもりでも隙が出来るもんだなぁ)

 

 やはり自身の能力は過大評価してはいけない。

 前提条件として、ヒトは生きている事自体が間違い(バグ)みたいなものだ。

 ならば上手く行っている時こそ、何かがおかしいと考えるべきなのだろう。

 その慎重さが身を守る。これはあくまで俺の持論だが、人はどこかにネガティブさを持っていないと、逆に前に進めなかったりするのだ。『前向きに後ろ向き』な考え方とでも言おうか。


(うむ。とにかく反省した。俺は反省したぞ。うんうん)


 そのまま1人で勝手に納得し――。

 ――その反省がさっそく生きたのか、あれ、と気付く。

 

(…………第1階層から来たにしては、早くね?)


 お互いの行動速度が桁違いなので長く感じたが、魔王との戦いは実際には5分ぐらいの筈だ。

 ニーナ達の戦いが2~3分……最速で1分で終わったとしても、高さ600メートル越えというこの魔王城を、こんな速度で登って来られる訳がない。

 というかそれこそ、この超巨大螺旋階段を上るだけで、それ以上の時間がかかるだろう。そう考えると、こいつらは移動速度もかなり早い。身体能力が相応にあるという事だ。

 つまり、この4人は絶対にニーナ達ではない。まず間違いなく、下の階で戦っている勇者率いる連合軍の―――




(―――あああああああああああああっ!! そうだ、勇者の事忘れてたぁぁぁああああああああっ!!)




 そうだ、やばい、やばいぞ。

 そういえば、『勇者より早く魔王を倒してドヤ顔する』というのが本来の目的だったのだ。

 いつの間にか、手段と目的が入れ替わってしまっていた。


「あわわわわわ……」


 4つの点は、まず間違いなく勇者パーティーだろう。

 レーダーに映るそれは、扉の外、そのすぐ側まで到達していた。


(わ! わ! なんだっけ!? あ、そうだ、首、首――!!)


 【フローティング】を発動し、慌てて魔王の首まで飛ぶ。

 樹の頂上に突き刺さったそれを引っ掴み、急いで飛び降りた。

 危なかった。逆によく気付いた、俺。

 あと数秒気付くのが遅れたら、勇者との対面に間に合わなかった事だろう。



 ボコボコになった床に着地する。

 魔王が死んだ事で呪いのロックが解除されたのか―――その扉が開くのと、俺が振り返るのは同時だった。


 

次回から少しの間、幕間が続きます。

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