45 邂逅【vs魔王】-2
2017.3.28
それが視界に入った瞬間――背筋が、凍った。
杖というより、剣の柄のようにも見えるそれは――50cmにすら届かないであろう、小さな短杖。
ハネットの右手に握られたそれは、奴の服装と同じく白と金で装飾された持ち手の先に、透き通った青い魔法鉱石を、たった1つだけ嵌め込んだ物だった。
魔法鉱石が特別大きいとか、目を見張るほど数が多いという訳でもなければ、身の丈ほどの長さを持つという訳でもない。
どこにでもあるような、ごく普通のロッドだ。
むしろ装飾的には地味な方だと言えるだろう。とにかく上位の武器にありがちな、ゴテゴテの『派手さ』という物が無い。
……だが、しかし。
そこから溢れ出す力は――『破壊』を越え、『死』すらも超えた所にある力。
(――『滅び』の、力)
……あれは、良くない。
あれは、宇宙を…………文字通り、『世界を滅ぼすモノ』だ。
見た瞬間に、それが理解出来た。
この世に生きる、命ある者の一員として……生物としての拒否感が、その存在を許容できない。
それを視界に入れるだけで、吐き気を催し、呼吸は止まる。肉体はもちろんの事……気を張っていなければ、精神すら汚染し尽されていたかもしれない。
別に、それ自体が邪悪な訳ではない。そこにあるのは、ただの純粋な……そして、あまりにも大きな力。
故に、恐ろしいのだ。
その力は――何者にも、染まり得る。
まるで赤子のすぐ側に、剥き出しの刃物が置いてあるかのような……そんな、次の瞬間に何が起こるか分からない不安感が、心胆を苛むのだ。
これは、人間が――いや、我々生物が手にしていい力では、ない。
『過ぎた力』。
今、ここに顕現したのは――その化身だ。
(ああ……空気が、震えている)
大切なナニカが刻一刻と壊れて行くかのような不快な音が、空間その物から聴こえてくる。
その喉元に紛れもない『凶器』を突き付けられた世界が、悲鳴を上げているらしかった。
聖なる光に誘われ、出現したその力は――事実、地上に存在する悉くを滅ぼし尽くすという意味で、完全なる浄化を果たしてみせるだろう。
……なんだ、それは。
そんな馬鹿な武器が、あるものか。
これが悪夢などではなく、現実だと言うのなら――。
(――素晴らしい……!!)
やはりこのハネットこそが、『当たり』だった。
こんな物を、こんな力を。
――『神』以外の存在が、持っている筈がない。
(美しい……)
それは私にとって、皮肉のような輝きを纏った――死神の、降臨だった。
「――――……」
「ぬ――!?」
直後、目の前の風景が一変した。
壁と天井が燃える赤と邪悪な黒という2色のオーラに覆われ、その中心に同じ色の巨大な一つ目が浮かび上がる。
その死の目が私の姿をギョロリと捉えた瞬間――突然、体が重くなったかのような倦怠感に包まれた。
(っ、弱体化魔法か――!)
玉座の間を突如として地獄の風景のように変えたその正体は、ハネットが無詠唱で発動した、闇の範囲弱体化魔法だろう。
私も見た事のない魔法だが……察するに、あの目が視界に捉えた全ての敵を弱体化させる効果でも持つのだろう。
それを最初の1つとして――ハネットからは、更に続々と魔法反応が起き続ける。
意識を再び、戦場へと引きずり戻す。
相変わらずの無詠唱魔法で、淡々と戦闘準備を整えて行くハネットを見る。
強化魔法か、無敵化魔法か。いや、恐らくはその両方だろう。光属性と思われる、幾重もの虹色の光で体を覆う。
その上から更に、外界の一切を拒絶する堅牢な城壁のように、三重化発動までされた強固な防御魔法が展開。
そして最後に、正体不明の謎の飛行物体が、その周囲を円形に囲むようにして、10個ほど出現した。
――まるで、要塞だ。
(虐殺兵器を搭載し、更に移動を可能とした要塞か。……悪夢その物だな)
「――それが、お前の本気という訳か」
「――――……」
ハネットは、答えない。
まるで、もはや言葉を交わす必要は無いとばかりに。
およそ私に対する興味と呼べる物の、一切を失っていた。奴の目には、既に私は映っていないのだ。
あるのはただ――無。
今奴の目の前に立っているのは、魔王などという存在ではなく。
――ただの、『障害物』。
あとは退けるだけだと、その底の無い瞳が語っていた。
(――?)
何かが、引っかかる。
先程奴から感じた『違和感』。それがまた強くなった気がしたが――ハネットが次の動きを見せた事で、その思考も霧散した。
ハネットは掲げていたその災厄を、静かに下ろした。杖から発せられていた光が急激に治まっていく。
奴がその杖を完全に下ろした時、膝まで伸びる外套が、見る者全てを恐怖させるその姿を覆い隠した。およそ外見からでは、その下でハネットが今どのような構えを取っているのかが分からない。
(――なるほど、わざわざ隠し易い短杖なのは、この為か)
とことん嫌らしい奴だ。
この男との戦いは、警戒しなければならない事が多過ぎる。当然、敵が受けるその負担を分かっているからこその物なのだろうが――。
頭部と足元以外の全てを覆い隠したハネットは……直立不動の格好のまま、ほんの数cmだけフワリと浮かんだ。構えも何も無い。完全な棒立ちの姿勢だ。
――だがそれこそが、奴の構えなのだろう。
幾億の戦いで鍛えられた私の目は、そう看破する。
なぜなら、その形に入るまでの動作が――あまりにも、洗練されていたからだ。
どこからでも攻撃して来いと言わんばかりの、全方位に隙を晒したそれは……確かに、奴の構えなのであった。
臨戦態勢で応じた私に、ハネットがついに行動を開始する。
そのままの無防備な姿で、散歩でもするかのような、気楽な雰囲気でゆっくりと飛び始める。
その表情から分かるように……奴にとっては、既に勝利が確定した消化試合なのだろう。
しかし、対する私にとってはこの瞬間、この1秒1秒こそが、まさしく死へのカウントダウン。
圧倒的な力の差とは、この世の理不尽、その物である。
これこそが、真の強者。
これこそが、『プレイヤー』。
私では数百年かかっても辿り着けなかった、神の領域。
静かに移動を始めたハネットのその軌道は、先程までと同じく、私を中心とした円の動き。
ゆっくり、ゆっくりと……私の周囲を、再び旋回する。その速度、移動方向に至るまで、完璧に先程の流れを再現している。
違うのは更に派手さを増したその見た目と、最初からこちらに視線を向けている事ぐらいだろうか。
(何だ――今度は、何をしてくる――)
その何かが始まる前に、私の方から攻撃するべきかもしれない。先程はこれで、何食わぬ顔で魔法実験に興じていたような男だ。
戦場では、思考を長く続ける事は死を招く。兵は拙速を尊ぶ。貴重な時間を失い後手に回る事は、すなわち『主導権の喪失』を意味する。
私は守りの姿勢を解くデメリットを考えるよりも早く、奴へと走り出そうとした。
――が、私のそんな思考すら見透かしていたかのように、ハネットの方が先に動いた。
それは、今の今まで見せていたような鈍重な動きではなく――最初の不意打ち、そして私と近接戦闘を行った時のような、超高速による飛行。
円を描くその進路はそのままに、速度だけを桁違いに上げたのだ。
そして――
それを追いかけるようにして、続々と白い魔法陣が出現した。
「!?」
恐らくは、1つの魔法をひたすらに連射しているのだろう。それはスライドしながら等間隔で連射された事で、一繋ぎに編まれたレースのように見えた。
どれほどの魔力を持つというのか、その光の数は、一瞬にして千――いや、万という数字に到達する。
その見た目の純粋な派手さに、この戦いが始まってから既に何度も驚かされてきた筈の目を再び剥く。
そしてそれだけでも、十分過ぎるほど驚愕を覚える光景だったが――そこから更に、白い矢の群れが、発動の早い順に端から続々と出現する。
私達の戦いは、1秒を100分割するような次元にある。故に、発動から着弾までの猶予に回避行動を取る事も、また容易い。
しかし、奴は命中率に優れる光魔法使い。
恐らくは弾速に優れるか、範囲魔法のような、回避が難しい魔法が飛んで来るだろう。
「――!?」
……本当に、この戦いが始まってから、私は何度困惑させられればいいのか。
私のそれらの予想は、どれも外れる事になった。
カーテンのように一繋ぎとなったそれらが、ゆるやかな曲線を描きながら襲い掛かって来た。
しかし、その飛来速度は――存外、のろまだ。
(なっ――下位魔法の、【魔矢の魔法】だと――!?)
なぜこの局面で、下位魔法を。
それも光ではなく、無属性の。
てっきり、見たことも無いような高位の光魔法が飛んで来るかと思ったのだが――。
「ッ――」
無の下位魔法と言えども、【魔矢の魔法】には確かに追尾性能がある。命中率に優れるという点では間違っていない。
私は一列に並んだ魚の群れのようにも見えるそれから、距離を取る。
下位魔法だけあって、私達が本気の速度を出せば、あっさりと振り切れてしまう。それでも追いかけ続けては来るので、足を止める事は出来ないが。
先程の神槍の魔法を考えれば、中位魔法を使えないという訳ではないのだろうが……。
何らかの制限があるのか。それとも実はああ見えてギリギリで、魔力切れを心配しての事なのか。それとも、こだわりの類いか。
……困惑はあったが、まあいい。
敵である私からすれば、強い魔法を使われるより、弱い魔法を使われた方が助かるのだから。その理由を解明するより、事実への対策を取る方が先だ。
玉座の間を駆けながら、派手な演出を前にして停止してしまっていた思考を回転させる。
「――チッ」
そこで後方からだけでなく、前方からも魔法の矢の群れが迫って来た。
この狭い空間の中で、周回しながら――つまりは全方位から魔法を放たれたのだ。今も増え続けている以上、どれだけ逃げようといずれ逃げ場は無くなるか。
(拙いな――)
数秒後には、この玉座の間は奴の【魔矢の魔法】に埋め尽くされているだろう。
現在置かれている状況は、刻一刻と敵が増えて行く部屋に閉じ込められているような物だ。
「【竜剣閃】――ッ!!」
ならば、減らすしかない。
増える速度を上回る速度で、叩き落とすのだ。
私は振り返り、魔力を飛ばす技にて迫り来る魔法の群れを迎撃した。
一撃につき100発ずつという超効率で、魔法の矢が撃ち落される。
――そして、その瞬間。
世界は再び、白に染まる。
「!? ―――ガァッ!!!?」
直後、背中に桁外れの衝撃を受け、床へと叩き落された。
――あの、神槍の魔法だ。
それは先程受けた筈の物と、桁違いの威力だった。
今回は鎧の一部が容易くはじけ飛ぶほどの威力がある。着弾により生まれた余波で、この戦いの為に特別頑丈に作られている筈の玉座の間に、はっきりとした亀裂が入る。
私の防御力すら貫通したらしき神槍は、皮膚と筋肉とを貫いた。流血によりベチャっとした不格好な音を立て、床に転がる。
そこに、追いついた魔法のカーテンが降り注いだ。
笑うしかない。
今の神槍の魔法は、『死角』から飛んで来た。それはつまり。
いつの間にか――私はまた、ハネットを見失っていたのだ。
最初に天使を召喚された時。あの時、一瞬ではあっても奴を見失った事で、二度と不覚は取らないと誓った筈だった。
分かっていたのだ。奴が消えるという事は。
なのに、これだ。
知らぬ内に、また意識を誘導されている。
――魔法のカーテンという派手な演出を行う事で、まずは視覚的に意識を誘導。
更には同じルートを周回し続けるという、印象的かつ一定の行動をとり続けることで、視界外においても同じように行動し続けるだろうと油断させる。
そして今度は、神槍の魔法を『無詠唱』で使った。
件の天使召喚の時とは真逆で、今度は先に詠唱ありで使っておいて、今無詠唱にすることで、その発動を察知させなかったのだ。
それに――
(弾速に劣る【魔矢の魔法】を使用したのは、この為か――!)
対象に届くまでの時間差。
その時間差を、逆に利用しているのだ。
本来ならば、ただ真っ直ぐ走るだけ、または飛ぶだけで振り切る事が出来てしまうような下位魔法。
本来ならば、狭い室内という、魔法使いにとっては戦いにくい事この上ない筈の地形。
その2つを逆手に取り、更には組み合わせる事により――逃げ場が無いという不利を、そのまま相手に突き返した。
おかげで私は【魔矢の魔法】とハネット本体の両方を、同時に相手取らなければならない。
恐ろしい事に、ハネットは召喚魔法すら使わずに、疑似的に2対1の状況を作り上げているのである。
――これが、奴にとっての戦い。
ただ手の平の上で、敵という名の哀れな人形を躍らせるだけの――『作業』が。
「ぐぅぅぅ――ッ!?」
受けた不意打ちは完璧だった。体勢を整えられず無様に床に転がった私は、ついに【魔矢の魔法】の嵐に追いつかれる。
白い群れが殺到する。数万の打撃を全方位から受ける。
こちらも下位魔法とは思えない威力だ。間違いない。奴の攻撃力が、跳ね上がっている。
まず間違いなく、あの杖の効果だろう。
「――――ッ!」
利に聡い奴の事だ。必ずここを狙って来る。
私はこの際【魔矢の魔法】は完全に無視し、逃げるより先に目を動かす。
私は体力の桁外れさについては自信がある。どれだけ威力が上がろうと、どれだけ数を受けようと、ある程度までなら耐えきる事が可能なのだ。
視界を塗り潰す白い光の群れの中を、注意深く観察する。そして――
「――!! そこか!!」
神槍の魔法、その2射目。それを捉えた。
光が治まると同時に発生元を辿り、こちらを注意深く観察しつつ、未だ黙々と【魔矢の魔法】を量産させ続けているハネットを発見した。
目視に頼ったのは、前半のように魔法反応で探す事が出来ないからだ。今やこの部屋はそこら中が魔法に埋め尽くされてしまっており、1つ2つの反応を特定する事は難しい。もちろん、これも奴の策略の内なのだろう。一手にどれだけの意味があるのか、分かったものではない。
私は今度こそ奴を視界から逃さないよう気を付けながら、同時に神槍の回避を試みる。
【魔矢の魔法】はあくまで囮と補助。私を殺す為の奴の本命は、こちらの方だ。
全身を何万という桁で殴られ続けているかのような感覚だが、元々の体力が桁違いに多く、そして肉体能力により常時回復し続けている私であれば、この程度の連撃ならばかなりの時間耐える事が出来るだろう。
だが、この神槍は駄目だ。
杖の装備により真の力を取り戻したこの神槍の威力は、私を殺し得る。
飛んで来る神槍は三重化発動されたのか、3本に増えている。周囲ののろまな矢との落差もあり、気持ち悪いぐらいに速く見えるそれを、ギリギリまで待ち構える。
一瞬痛みを忘れるほどの集中力を発揮し――敏捷力とそれによる動体視力を持って、直撃寸前で、なんとか躱した。
もちろん今度はハネットを見失っていない。
安堵するより速く、即座に反撃に移ろうとしたが――
外れた筈の神槍が、直角に曲がった。
「なっ――」
驚くよりも速く、3本の槍に串刺しにされる。
衝撃で大きく吹き飛び、骨を軋ませながらゴロゴロと床を転がった。
遅れて室内の空気が破裂し、玉座の間は崩壊度を増し、【魔矢の魔法】は追尾を再開する。
無数の矢にたかられながら、今度こそ、その神槍が持つ性能を把握した。
(光魔法には珍しい、単体攻撃かつ威力特化。弾速は桁違いに速く、そして必中効果まで持つ――)
――化けた。
初めに受けた1発と比べれば、そう表現する他あるまい。
光魔法とは、欠けている威力さえ揃えば、これほどまでに厄介な代物なのか。
「――――シッ!!」
やられてばかりでもいられない。転がる勢いを利用して、流れるように飛び起きる。
そのまま双剣を翻し、ハネットへと突撃した。
全方位から襲い来る白い矢も、正面から飛んで来る神槍も、スキルを併用した力技でどちらも無視して、最速、最短で距離を詰める。
前提条件として、地形という悩みを抱えるのは奴も同じだ。前半での戦いと同じく、一瞬で追いつく。
「――【牙狼斬】ッッッ!!!!」
奴の神槍の魔法と同じく、一撃の威力に特化した技を用いる。
奴の体を守る薄緑色の防御魔法は見た事が無い。しかしそれ以外の防御魔法を併用していない所を見るに、かなりの高位魔法の筈だ。他の魔法が必要に感じられないほどの効果を持つのかもしれない。
奴に前半の戦いのような回避する素振りが無い所からも、その堅牢さに対する絶対の自信が窺える。
その城壁を突き崩さんと、『真の主』から譲り受けた宝剣を叩き付け――結果、1枚目にヒビを入れる事に成功する。
「――――!!」
意外にも、弾き返される事は無かった。想像よりも脆い。
確かに、そこらの防御魔法とは比べ物にならないが――それでも、私ならば削り切る事は出来そうだった。杖の効果により、その堅牢さも上昇している筈である事を考えれば尚更だ。
ならば、奴が接近を許したこの好機を逃す手は無い。
「【双刃乱舞】ッ!!」
繰り出したのは11連撃を誇る、双剣を代表する戦技。
どんな技を繰り出そうとも、武器の攻撃力は変わらない。故に数を叩き込めば、総火力は単純に上がるのだ。
乱れ飛ぶ刃の嵐とその余波により、玉座の間への破壊が更に進む。
それから数撃の剣閃を持って、奴を守る外殻が、ついに1枚砕け散った。
だが――
(その下には、残り2枚の防御壁。更にその奥には、何重もの無敵化の鎧が待っている――)
奴の目には、焦りの色など微塵も無い。
向こうからしたら、この程度は引っ掻き傷でも付けられたという程度なのだろう。
その態度に、要塞という最初の印象がまさに正しい物であった事を知る。
――勝てないかもしれないな。
「強い」でも、「難しい」でもなく――「通用しない」。
初めての感覚だが……これは意外と堪えるものだ。
この男がこれまでにどんな敵と戦って来たのかは分からぬが――きっとその敵たちも、今の私と同じような心境だったに違いない。1つだけ違うとすれば、私の場合、奴が強い方が都合がいいという点だろう。
しかし―――ハネットは、そんな私の想像すらも、容易く超えてくる。
次の瞬間――。
――全く同じ魔法が、きっちり三重化されて張り直されたのだ。
「な――!?」
先程からそうだが……魔力の使い方が、あまりにも贅沢過ぎる。
魔法の無詠唱化の時点で5倍。そこに更に三重化まで組み込めば、その消費魔力は文字通りに桁が変わる。元から消費の大きい最上位クラスの防御魔法であるだろうに。それを、たった1枚剥されただけで、張り直すとは――。
奴になぜこれ程までの余裕があるのか、今分かった。
奴は、その『堅牢さ』に自信を持っていたのではない。
奴は、それを『無限に張り直せる』事にこそ、自信を持っていたのだ。
先程自分の事を『魔力特化型』だと語っていたが……その言葉の意味を今、身を持って知る事になった。
――この世の全ての物には、バランスという物がある。……ある筈なのだ。
使い易いが、弾速の遅い下位魔法。
高性能だが、威力の低い神槍の魔法。
高燃費の割に、ステータスのせいで脆い防御魔法。
しかし、それらは。
低燃費で、時間差攻撃を可能とした追尾魔法に。
欠けていた筈の威力を手に入れ、完璧とも言える万能魔法に。
崩れた瞬間に、何度でも張り直せる防御魔法に――。
……それは、『抜け穴』。
『最善』ではなく、『反則』を求め続けた先にのみ、手に入る物。
このハネットという男は。
王道ではなく、どこまでも邪道を突き進み――そして。
『裏』の強さを、手に入れたのだ。
この男――弱点が、あるのか?
もしも『真の主』とこの男が戦ったとして。
我が主は――勝利する事が、出来るのか?
頭のどこかで、それは不敬だと叫ぶ声がする。だが……沸いた疑問を否定しきる事は、出来ない。
このハネットという男は、それほどまでに――『壊す』事に、長けていた。
その対象は『常識』であり、『概念』であり――。
――もちろん、『生物』でもある。
「――――、 」
そこで。
――唐突に、あの『違和感』の正体に気付いた。
悪目立ちと言えるほどに、その輝きを増した純白の姿。
しかしその中にぽっかりと――まるで底の無い空洞でも空いているかのように、2つの闇が存在していた。……奴の、両目だ。
そう――それは、『無』。
ハネットという男の本質は、悪でも、善でもない。
無だ。
奴の中には、何も無い。他人も――自分すらも。
世界その物を、無価値であると否定するような……そんな空恐ろしい何かが、奴の奥底には潜んでいる。
(――ああ、だからか)
私は武人だ。だからだろうか。
こうして奴と対峙した事で――分かってしまった。
その事実に、気付いてしまった。
(そうだ、こいつは――)
――『慎重な男』。
その筈なのだ。
その前提条件を思い出した私の頭に過ぎったのは……最初の接触。
扉を開けた白い男と、その軽率で挑発的な態度。
しかし、その男が最初に使ったのは――情報魔法。
戦う前に、まずは私という敵を、『見つめる』事から始めたのだ。
それはつまり、傲りだけでなく――「勝てないかもしれない」という、疑念があったという事。
そんな男が、なぜ。なぜ、何の用意もせず、ここへ来たのか。
そんな男が、なぜ。なぜ、あんな醜態を晒したのか。
浮かび上がるのは、ここまでの戦い。
まるで連鎖するかのように、様々な事実に気付く。
恐らくは、最初の天使召喚の際には、わざと詠唱を入れていた事――。
必死そうに喚きながらも、私の攻撃を容易く回避していた事――。
真っ先に逃走を選ぶほど警戒しつつも、実際には全く本気を出していなかった事――。
そこにあるのは――『矛盾』。
情けないかと思えば――その裏には、余裕があり。
軽率かと思えば――その行動は、全てが理詰め。
蔑むかと思えば――その瞳には、何の感情も無い。
(ああ、そうだ。この男は――)
――『理解出来ない』。
だから、『気持ち悪い』のだ。
その姿が、まるで。
(まるで……そう、まるで――)
―――全てが、『演技』であるかのようで。
「――――……」
「!!」
目の前の存在、その内に潜む深淵と闇に、1人肝を冷やしていると――直後、その体から光が伸びた。
いや、正しくはあの杖から、光の刃が伸びたのだ。外套のせいで、急に刀身が生えたように見えた。
なぜか神槍の魔法をキャンセルし、その代わりに無詠唱で淡々と発動されたそれは、光の近接魔法なのだろう。あまりにも長く分厚過ぎるそれは、発生直後に直撃した床を溶解させ、そのまま壁にまで届く。もはや剣と言うよりも、範囲攻撃の域だ。
そのまま適当な横薙ぎで振るわれた光の刃は、まるでバターでも切るかのように私の鎧を両断し、その内側の肉まで切り裂いていった。
「ぐぅっ――!?」
「邪魔」とでも言いたげなその一蹴に、抵抗も出来ずたまらず飛び退く。離れ際、斬られた胸を襲う痛みを堪え、咄嗟に一撃を叩き込む。
「【竜剣閃】―――ッ!!」
魔力の刃が反撃とばかりに襲い掛かるが、ハネットには届かなかった。
先の防御魔法のせいではない。その更に外側に浮かんだ、例の10個の飛行物体。――そこから発射されたレーザーが、私の【竜剣閃】を途中で叩き落としたのだ。
「なっ――」
その結果に驚くよりも早く、逆転するように光の刃をキャンセルしたハネットから、神槍の魔法が飛んで来た。その数は、再び3本。
まだ床に着地していなかった私は、その直撃を受けて再び転がる。転がりながらもう数発の【竜剣閃】を叩き込むが、全てあの十字に迎撃された。
一撃迎撃する毎に、浮かぶ十字の数が1つずつ減っていく。
どうやら10回だけ、遠距離攻撃を完全相殺する防御魔法であるらしい。残り5発まで減らしてみたが、そこで当然のように張り直された。
「ぐぅぅぅ――ッ!!」
お返しとばかりに、三度神槍の魔法が飛んでくる。またもや3本同時。さっさと戦いを終わらせたいのか、どうやら防御魔法と同じくこちらも三重化発動させ始めたらしい。
数えるのも馬鹿らしくなる【魔矢の魔法】と、その一撃一撃が着実と命を削ってくる3本の槍。
防御も回避もままならぬそれらは無視し、互いにノーガードで殴り合う。
接近し、攻撃し、張り直し、押し返され、追撃する。
もはや戦いは泥沼化。私のHPと奴のMP、どちらが先に力尽きるか。これはそういう戦いになっていた。
(だが……相変わらず、奴の表情に変化は無い――)
本当に、その桁外れの魔力は一体どこから湧いているのか。ここから丸1日でも平気でこなしてしまいそうな雰囲気がある。
恐らくこのままでは、力尽きるのは私の方が先。一矢報いるのならば、どこかで行動を起こす必要がある。
剣と魔法を交えつつ奴を観察し、何らかの糸口を探す。
(また『3発』か――)
しばらくして気付いたが――神槍の魔法は、同時に3発以上で飛んで来る事がない気がする。
我々が同時に使用できる技や魔法には限度がある。いかな【プレイヤー】とて、無限に並列発動させる事は出来ない筈だ。
恐らくその他の光魔法を発動している今の状態だと、奴には【魔矢の魔法】と合せて2枠分しか攻撃魔法に回す余裕が無いのだろう。だから光の刃を使う時には、神槍の魔法を諦める必要がある。【魔矢の魔法】が『同時発動』ではなく『連射』なのも、見た目以外にも理由があった訳だ。
セムヤザですら同時に2つまでしか並列発動できない事を考えれば、恐らく15個前後と考えられる奴の限界には恐ろしい物があるが―――逆に言えば、流石にそれ以上だとは考え難いという事でもある。
また、他の魔法と違い、どうやら神槍の魔法の方には発射直前に『溜め』の時間が必要であるらしい。
その制限のせいか、【魔矢の魔法】のような『連射』が来ない。せいぜい3~4秒に1回ほどの発動頻度だ。
(どれだけ完璧に近付けようが、調整の関係上、克服できない点は必ずあるという事か)
【同時展開数】の限界と、威力特化魔法ゆえの【連射制限】という名の数秒の空白。
逆転の目があるとすれば――間違いなく、そこだ。
奴には定期的に、攻撃手段が【魔矢の魔法】だけになる時間が訪れる。それは神槍の魔法と神槍の魔法の隙間、要するに……『発射直後』だ。
刻一刻と近づく限界を感じながら、そのタイミングを計る。
幸いにも、奴が機械的に同じ行動を繰り返してくれているおかげで簡単に把握出来た。
奴にとって、この戦いはもはや『作業』。だからこそ、そこが付け入る隙になる。高ければ高いほど、足元が留守になるのが強者の常だ。
一射目。神槍を受けた角度が悪い。衝撃の抜ける方向のせいで、すぐに走り出す事が出来ない。
二射目。同じく方向が悪い。ブラフとして適当に反撃しつつ、ただ耐える。
――そして、三射目。
(ここだ―――!!)
真横に近い角度から迫る槍。それが直撃する前に、一歩踏み出す。
神槍が、見慣れた直角カーブを見せる。既に背後へと飛び去っているそれは、私目掛けて向きを変えるだろう。そして、そうなれば――。
(―――当然、背後から迫り来る!!)
「ぐッ―――」
背中に衝撃。神槍の魔法3本分という爆発力を、そのまま加速力へと変換する。
奴の自慢の魔法が、奴の首を絞める。元からの敏捷力に、更に速度が上乗せされる。
(ああ、最後に――最後に、たった一撃でいい)
私という存在に――意味を。
私は、『主』の『テイムモンスター』。
その存在価値を――。
『主』の『テイム』の価値を――『主』がこの世界に『生きた』意味だけは、証明しなければ。
――結局の所。
私が今、ここで戦っている理由は、きっとそれなのだ。
もちろん、命令されたのもある。
「『我が子ら』を助けろ」と。
「『新たなる神』を探せ」と。
それに忠実に従う結果として、この男と全力で戦う必要が、事実としてあった。
だが――それは文字通り、「命令だったから」だ。
私の本心は――。
今、この胸を焦がす焦燥は――。
私が、この男と本気で戦っていた理由は――。
―――ただ、褒めて欲しかった。
自慢のモンスターだと、主に。
「―――うぉぉぉおおおおおおおアアアァッ!!!!」
咆哮。恐らく生涯最後であろうそれに、魂を乗せる。
対人戦とブラフに慣れているのは、奴だけではない。
私は500年間という長き時を、全て『戦い』に費やしたのだ。
わざわざ一度も見せずに取っておいた『奥の手』を、ここに来て解放する。
それは膨大な魔力量を利用した、圧倒的手数による蹂躙。
すなわち、奴のそれと同じ――
―――『技の連射』である。
(その装甲、11連撃で1枚を突破できるのであれば―――)
―――その100倍の数を、張り直される速度より早く、叩き込むまで!
桁外れの魔力を持つのは、奴だけではない。可視化するほどに濃密な魔力の波動が、私の全身から迸る。
ここまでほとんど通常攻撃のみで戦う事により、温存し続けたその魔力――それを、この一瞬に、全て込める――!
(私は―――)
―――『私』である事を、『世界』に証明する!!
「ぉ―――」
―――しかし。
奴は、嗤った。
まるで、私のその行動を、ずっと待っていたと言わんばかりに。
「――――……」
爆発した魔力の輝きを――白き極光が、上書きする。
それは、カウンターのように放たれた――
―――12本の、【神槍の魔法】の群れだった。
「――――」
瞬間、全てを悟る。
神槍の魔法は、三重化発動されていたのではない。
――奴は1本ずつを、3枠同時に使っていたのだ。
奴の攻撃枠は2つではなく、倍の4つだった。
きっちり全枠三重化発動された、12本の槍がその証拠。
つまりは――
偽装。
これも、ブラフ。
私は奴の手の平から、未だ逃れる事が出来ていなかったのだ。
なぜ、魔力反応の数からそれが察知できなかったのか?
……決まっている。
この、【魔矢の魔法】のせいだ。
部屋を埋め尽くす【魔矢の魔法】により、魔法反応は曖昧になっている――。
それが、奴の居場所を探知から隠し、更には【同時展開数】すら隠匿させる。派手な見た目は意識と視界を奪い、絶え間なく続く痛みは思考を鈍らせ、着弾までの時間差は2対1という状況を疑似的に作り出す――。
ただの、最下位クラスの下位魔法が。
おかげでどれだけ連射しても消費が痛くないというおまけ付き。
真に私を殺し得るのは、神槍の魔法の方ではなく――このちっぽけな、下位魔法の方だったのだ。
(一手だぞ――たった一手。そのたった一手に、どれだけの意味を――!?)
馬鹿げている。
こいつは、異常だ。
たった今、それが本当の意味で分かった。
このハネットという【プレイヤー】の恐ろしい所は、性格とか、戦い方とか、装備とか、魔力量とか……そういった、目に見える部分ではない。
もっと別……もっと別の、『より単純な部分』にこそ、この男の真の異常性は存在している。
「ッッッ――――!!!?」
弾速に優れた12の神槍は、私の攻撃が発動するより早く、そして完全同時に着弾する。
身体能力の許容を遥かに超越した衝撃に、大きくノックバックする。技の発動どころか、呼吸含めて全ての行動が強制的にキャンセルされた。
そのまま数十メートルを一瞬で横切り、壁に激突。しかし衝撃は吸収しきれず、蜘蛛の巣のような跡を残して大きくバウンド。
そして脳が一連の衝撃と刺激を処理し切るよりも早く――追撃が襲い掛かった。
「がっ!? ぐ!? がぁ――ッ!?」
3本の神槍の魔法。それが、絶え間なく体を貫く。
着弾によるノックバックが治まる前に、次の神槍が飛んで来る。それが、ずっと。
まともに動かせる眼球だけで奴を窺えば、【魔矢の魔法】を再開させつつ、残りの3枠で神槍の魔法をそれぞれ三重化発動させていた。――それを、1枠ずつ時間をずらしながら、ローテーションで延々と撃ち続けているのだ。
ついに、本気を見せ始めた。
ここまでの戦いは、今しがたの『逆転劇潰し』がしたいが為だけの物であったとばかりに、攻撃の密度が跳ね上がる。
やりたい事は終わったと――まるで、「飽きた」と言わんばかりに。
遊びは終わり。
そう、まさに奴にとって、たった今『遊びが終わった』のだ。
「がぁぁぁあああああああ―――ッッッ!!!?」
反撃……それどころか、まともに立ち上がる事も出来ずに蹂躙される。
オートマチックのショットガンでも連射しているかのような音が続き、一瞬にして鎧と室内が粉々になっていく。
いつの間にか手から消えていた宝剣を探すが――鎧と同じく、もはや原型を留めていなかった。私の体はどうだろうか。既に感覚が無く、はっきりとしない。どこまでが肉でどこからが血なのか、境界線が曖昧だ。
――役目は、終わった。
瞳を閉じれば――思い出すのは、かつての『主』との約束。
自分が去った後も、『レベリング』を続けるようにと。
―――いつか。もしも俺の気が変わって、戻って来てしまった時に。――俺がびっくりするぐらい、強くなっててくれ。……それが俺からお前に送る、最後の命令だ。ルシフェル。
(結局、再び貴方に会える日は、来なかったか――)
だが、役目は果たした。
この男は、『当たり』中の『当たり』だ。
今この瞬間、『我ら』の繁栄は約束される。
主の命令を見事果たし。
次なる命の、礎となれた。
(――ああ、満足だとも。私は――)
もはや形を失い、像を映さなくなった瞳が――一際眩しい輝きを、捉えた気がした。
(―――貴方の末裔を、守りきったのだから)
直後、衝撃のような物を感じ――私の意識は、闇へと落ちた。
―――【完全復活の魔法】。
「ぇ――」
唐突に――意識が、浮上した。
目を開けて、光という物の鮮烈さに驚愕する。
2~3度瞬きを繰り返し、状況を把握しようと顔を動かせば……。
正面に、変わらぬ様子で白い男が立っていた。
ハネットだ。
先ほどまでの苛烈さはどこへやら。というか、あれからどれぐらいの時間が経っているのだろう。自らの物と思われる血溜りの様子から察するに、数分、もしくは直後だろうか。
「…………」
状況が、理解できない。
恐らく、蘇生魔法か何かを受けたのだろうが――なぜハネットは、私を生き返らせたのか。その理由が、分からない。
答えを求めてハネットを見ると――ハネットは私に向かって、静かにその手を差し出した。
それは、とても慈悲深かった。
まるで本当に神であるかのような、そんな慈愛に溢れた仕草に見えた。
ハネットはそのまま動かない。まるで、その手を私が取る事を、待っているかのように。
(……まさか、気付いたのか)
――『我ら』の、その正体に。
ヒントは数少ない筈だ。だが、この男ならば、その僅かな糸を手繰り寄せ、形にする事も可能な気がする。
白き神は、未だ手を差し伸べている。
その手を握って――いいのだろうか。
これは、一度は捨てた命。
これは、一度は捨てた夢。
その夢を――もう一度見て、いいのだろうか。
「――――」
私は、少しだけ悩んで――手を伸ばした。
主のモンスターとして。
この身には、あと1つだけ――叶えたい、夢がある。
私はハネットの手を握る。私にも負けない、力強い腕が私を引き起こす。
(この強き男となら――叶えられるかもしれない)
――ああ、聖なる魔法使いよ。我らを――私を、導いてくれ。
互いに立ち上がった私達は、握手するかのような格好で視線を交わした。
ハネットが、1つ微笑む。
それはまるで、私のその願いに、頷いたかのようだった。
「…………」
目を瞑り、息を吸う。
(ああ――私は今、生きている。ならば――)
いつか、会えるだろうか。
もう1度――彼に。
「あ――、」
「 【マナ・フルバースト】 」
唐突に訪れた痛みが――私の体を、引き裂いた。
肉が千切れ、骨が串刺しになる音が聞こえる。
2度目の最後に、私の瞳が映したのは―――。
―――白き、死神の姿だった。
こうして、私の生涯は。
――極めてあっけなく、幕を閉じた。
まだ校閲出来ていないので色々拙いかもしれません。とりあえず上げておきます。




