44 邂逅【vs魔王】-1
2017.3.13
大変長らくお待たせ致しました。更新再開&魔王編スタートです。
●前回までのあらすじ
「勇者より先に魔王を倒す」。
そんな調子に乗った目的を掲げ、意気揚々と魔王城に乗り込んだハネット。
しかしそこに待ち受けていたのは、レベル500のレイドボスという、想像を絶する強敵だった――。
(はい無理!! 逃げまーす!!)
【RAID BOSS】と【測定外】という2つの単語が目に入った瞬間、俺は即座にその判断を行った。
俺というプレイヤーの持ち味はいくつかあるが、その中でも自分で一番自信があるのは、この状況判断の早さ――すなわち、逃げ足の早さなのだ。
「むっ、貴様、今私に何か魔法を――」
「【サモン・ドミニオンズ】!!」
「!!」
フロア全体が眩い光に包まれるという非常に派手なエフェクトと共に、天上まで届いてしまいそうな巨大さを誇る2体の天使が舞い降りた。
相手の言葉を遮る事により、不快感という名の意識を刷り込み。
わざと詠唱を入れる演出で特別感を生み、警戒心を引き出す。
そしてキンキラキンな巨大天使の降臨という、ど派手なエフェクトを用いた視覚効果による誘導。
これら全てを、一手に全部乗せしてやったのだ。
魔王の視線が、自然と天使に惹きつけられる。
「【召喚魔法】……! やはり、貴様が――」
魔王の3倍以上はあろうかという天使たちが、何か呟いていた様子の魔王へと攻撃を開始する。それに対応し、魔王はまんまと俺から天使の方へと優先度を移動させてしまう。
それを用心深く正面に捉えたまま、俺はさっきの不意打ちと真逆で光速でバック。そのまま唯一の出口である扉――既に戦闘中判定となっている為、転移魔法は使えない――への最短ルートを、一直線に飛ぶ。
元からちょっとでも強い敵とは戦いたくないタイプだ。それが自分と互角の時点でも嫌。自分より強いとくれば尚更だ。
ここはとにかく逃げの一手。
再戦は勝てる相手かどうかを検証した後だ。というかクラツキとリーダーを呼んでから、いつものように3対1でボコろう。
(いやー、今回は完っ全に調子こいてたなぁ。反省反省。さ、勇者になすり付けてさっさと帰ろ)
まずはこのまま背中から扉に体当たり。はじけ飛んだ扉を通過し、あえて壁を壊さず下の階へと逃げる事で勇者を巻き込み、どさくさに紛れて1人だけとんずらする事にした。いつもの生贄戦法だ。
伝説の勇者様とやらには、俺が戦闘離脱判定まで逃げて、ログアウト出来るようになるまでの時間を稼いで貰おう。まあ魔王がこの強さだと、無理かもしれんが。その時は香典に千円ぐらい足してやらんでもない。
これまでの数多の敵と同じように、開始数秒にして俺の手の平で踊っている愚かな魔王と囮役の天使達が、本格的に戦闘を開始した。
召喚した天使、ドミニオンズは【中位天使】の中では最強の種族だが……レベルは120程度。
光魔法なので1.6倍強化のスキルが適用されるとは言っても、ステータスはレベル200モンスターの平均にすら届かない。
もちろん俺だって、本当はもっと強い奴を召喚したいが……この魔王城内という狭い地形――と言っても床直径80m、天上まで10mはあるが――では、ドミニオンズ以上の【上位天使】を召喚する事は出来なかった。1つ上の天使ですら、全長100mを超えている。
魔王はレベル500のレイドボス。本来ならレベル500以上の中位~上位プレイヤーが複数人で戦う相手だという事を考えれば、ほんの数秒、時間を稼ぐぐらいしか出来ないだろう。
――だが、それでいい。
1秒後には既に俺はこの部屋にいない。この俺にとって、数秒というのは逃走するには十分過ぎるほどの時間なのだ。
(それにしても……)
扉までのたった十数メートルという距離を飛びながら、魔王の戦い方を観察する。
俺達の動きは互いに光速。その文字通りの一瞬しかない時間の中で、魔王は1体目の天使の攻撃を双剣の片方で容易くいなし、流れる動きで翼を斬り落としていた。
(……やけに真面目に戦う奴だな)
わざわざ回避ではなく受け流しを選択し、体勢を崩させるという工程を挟むとは。
敵が圧倒的な雑魚だというのに、対応に『適当さ』という物が無い。
なんというか、その戦い方は――『ゲーム』らしくない、とでも言おうか。
要するに、リアル。まるで現実の武道家とか、軍人のような、そんな現実的な戦い方、動きに見えた。
安定性、確実性はもちろん高いのだろうが……ゲーム的な観点から言えば、無駄が多い。タイムロスだ。
これがガチ勢だったら、回避どころか天使の攻撃は完全に無視して真っ直ぐ俺を殺しに来るぐらい効率的な動きをしてくるだろう。
(まあ、所詮はNPCって事だな。今回は相手が馬鹿なおかげで助かった。ほら、もう扉に――)
――と。再び調子に乗ったのが、最後だったのか。
直後、扉に直撃した背中から――想像を遥かに超えた、ありえない衝撃を感じた。
「ぐへぁっ!?」
予想では、入って来た時のように、軽々と通り抜ける筈だった扉。
しかしその扉は……この速度で人間1人分という質量の物体がぶち当たったにも関わらず、微動だにしなかったのだ。
その結果、うちの集落ぐらいだったら軽くクレーターに変えてしまうような衝撃が生まれ、その膨大なエネルギーは半分がフロアの空気に分散し――もう半分が、俺の背中に吸収された訳である。
これがレベル千を超えたアバターの肉体ではなく現実だったら、盛大に咳き込むか、床でのたうち回っていただろう。いや、それ以前に木端微塵だ。
「チィ――ッ!?」
色々と考えるより先に、体が動いた。
追撃として、咄嗟に正真正銘本気の肘鉄を撃ち込んでやる。前にニーナの『ガイアグラトニー』を吹き飛ばした一撃、あれの10倍はあろうかという破壊力が爆発した。
打たれた扉が落雷のような轟音を響かせ、魔王城ごと崩壊させるような衝撃波が部屋中を飛び回る。
さっきの音で、魔王には気付かれてしまっただろう。一刻も早い状況の打開が必要だった。
……だが、開かない。
やけに頑丈に出来たこの部屋だ。やはり魔法職である俺の物理攻撃力では壊れない程度の強度はあるらしい。ヒビすら入った感触がない。
(あれええええ!? 開かないんですけど――っ!?)
不味い、ここに来て完全に予想外の事態だ。まさか部屋から出るだけの事に手間取るとは。
慌てて振り返り、全力で押し開けにかかる。力の入り方とかが悪かったのかもしれない。
――しかし、当然のように開かない扉。
(ちょちょちょ、何何何!? 何何なんなの!?)
押しても開かないなら引いてみる。
というか、よく考えたら入る時は押して入って来たのだ。最初から引くのが正解である。
いや、違うんだ。最初は体当たりで開くと思ったんだ。アカンもうパニックでよく分からん。
(あわわわわ――!?)
とにかく扉という物に対し、取れる行動を全て取ってみる。
しかし、扉は呪われているかのように開いてくれない。
ここまでくれば、俺にもその理由が分かった。
(これ鍵閉まってるぅぅぅ――!!!!)
魔王がやったのか、それとも自動なのかは知らないが……どうやら戦闘が始まった時点でロックされてしまったらしい。ボス戦らしいじゃねえか、クソッタレ!! 急にゲームっぽくなるんじゃねえ!!
(『破壊不能』まで付与されてる訳ではないんだ! 闇魔法なら穴ぐらい開く筈――)
開かないなら壊すまでだと、続く判断により全力の闇魔法で風穴を開けようとし――。
その時。背後から、なんとなく嫌な気配を感じた。
「うおっ――!?」
その脳からの警告に従い、咄嗟に魔法の発動を中断させ、横っ飛びに回避する。
そこに飛んで来たのは、魔王だ。
今の今まで俺がいた場所に、奴の双剣が走る。遅れて剣圧の余波による暴風が吹き荒れた。
「あぶねっ! やっぱりか!!」
「――は? ……な、なにッ!?」
それを当然の事としている俺と違い、魔王は後ろを振り返りもせずに避けてみせた俺に、驚いたようだ。
完璧に決まったと思ったのだろう。一瞬ではあるが、その結果を理解できずに固まってしまっていた。
明らかに攻撃のチャンスっぽかったが……手は出さなかった。だって怖いもん。
距離を取ろうと後退しながら、チラリとフロア中央に目をやれば……ドミニオンズ達が、光の粒子になって消える所だった。
4~5秒といった所か。時間切れだ。完全に逃げ遅れた。
魔王が俺の手の平で踊っていたように、俺は神の手の平で踊っていたのだろう。上げて落とす事で道化感が2倍増しという訳だ。
ほんの一瞬、空いた距離と同じくお互い無言の空白の時間が生まれるが――その静寂を、魔王が破った。
「貴様、あれだけの啖呵を切っておきながら、まさか逃げるとは……一瞬、我が目を疑ったぞ?」
うん、よし、そうだ。話し合いで解決しよう。
せっかく会話が可能なモンスターなのだ。逃走に失敗してしまった上に、戦っても勝てない相手である以上、金とかアイテムとか働きとか、とにかく命以外の何かを払って切り抜けよう。
「確かに、素早く撤退出来るのも……お前の場合は、状況判断が早いのか? それも、1つの強さではある。認めない訳ではないが――」
魔王はそこで一旦、意味深に言葉を区切った。
「――逃げて貰っては、困るのだ。――色々な意味で、な」
真意は分からずとも、嫌な予感がビンビンする発言だった。部屋に監禁され、逃がさないと言われているのだから当然だが。
この最悪な現状の中、唯一の救いは魔王というキャラクターがモンスターに似合わず理性的である事だろう。自分を見逃す事で手に入る利を説き、さっさと逃げよう。まずは交渉を円滑にする為の謝罪からだ。
「魔王様、先程は大変失礼いたしました。まさか魔王様がここまでお強いとは露知らず……。ご不快を与えてしまった事、深く謝罪致します!」
恐らく世界広しと言えど、モンスターに媚売って、あまつさえ示談に挑もうとしたプレイヤーは俺ぐらいだろう。
「――おい、まさか、降参だとでも言うのか? まだ剣を交えてすらいないではないか。それとも、先の一撃だけで十分だとでも? そちらの方も、別に怪我をしているようには見えないが?」
こっそり無敵化してるからエフェクトがねーだけなんだよ。してなかったらさっきの一撃で怪我どころか即死しとるわ。
「いえいえ、私の方は先程のやり取りで一杯一杯でございます。……それよりも魔王様、今回の件について、こちらとしては是非とも責任を取らせて頂きたいと思っております。金銭はもちろんの事、他にも宝剣や魔剣などの各種マジックアイテムや財宝、消耗品の蓄えには自信がありまして。私の方でご用意できる物でしたら、なんでもお譲り致しますので、ここはどうか――」
「フッ、いらんよ」
まだ喋っている途中だったが、魔王は既に俺が言わんとしている事を察したらしく、一蹴するように口を挟んできた。
人の言葉を遮るとは、教養を疑う奴である。……まあ先にやったのは俺だが。さっきの召喚の意趣返しか。
「我らが欲しいのは――『強き者』。圧倒的な力で、全てをねじ伏せる者。ただ強者、それのみだ」
力こそ正義。非常に悪魔らしい基準な事で。
というかレイドボスの癖に、まだ力が欲しいのか。レベル500のレイドボスなら、ボス戦特化のクラツキ以外は全員追い返せそうな物だが。ガチ勢ぐらいになると微妙だが、多分初見かつソロという条件付きなら魔王に軍配が上がる気がする。
「ただ力を示せばいい。それ以外に必要は無い。――それに、こっちはこの日を数百年に渡って待っていたのだ。最後に少しぐらいは楽しませてくれ」
数百年?
魔族の出現はほんの数年前の筈。魔王のその発言には大いに違和感を覚えたが、残念ながら考えを纏めるだけの時間と余裕が無い。今にも斬りかかってきそうだ。
「……なに、簡単な事だ。私より強ければ、生き残れるのは道理だろう?」
「いやいやいや! 魔王様のようなお強い方に、私のような者が勝てる訳ないじゃないですか! あ、そうだ、殺気!! 殺気ってやつ? が出てるんですよね! いや~、やはり凄い人は違うんですね!」
「そういうお前は気配が異様なまでに薄いな。先程など、この私がまさか一瞬ではあっても敵を見失うとは思わなかったぞ。そういう所をもっと見せてくれ」
「ちょっ――!?」
魔王は楽しげな物を声に含ませ、最悪の想像通り、問答無用で斬りかかって来た。慌てて後退する。
「――さあ、私を超えてみせろ」
(この戦闘狂が!! お前より強い奴なんて見つかる訳ねーだろ、豚のお化けが!!)
どれだけ賢く見えても、所詮はモンスターか。金や物資よりも、ただ暴力を欲するとは。
「いや、ちょっと落ち着きましょう!! 僕もうほんと、戦う気とか全っっっ然、無いですから!! 無害です、無害!! ほら、下に勇者とかいますし!! 先にそっちとか迎撃しなくていいんですか!? さっき魔王様の部下を1万匹ぐらい倒してるの、僕見ました!!」
かくなる上は、再び生贄戦法だ。まだ見ぬ勇者に全ての罪をなすりつける。そして俺は逃げる。
「――いい。私という目印は、その為にここにいるのだ。奴の襲撃は、それが計画通りにいったという証明に過ぎん。先程のお前の時と同じく――私はただ、ここに誰かが来るのを待つだけだ。その間に部下がどれだけ死のうが構わん。我らはもとより――その定めだ」
(『目印』? 『その為』? 『計画』? 『定め』?)
意味が分からん。
会話は言葉のキャッチボールなんだぞ。こいつにはうちのクランに入る資格があるな。
「それに――それももう、これで終わりかもしれないのだからな」
「くっ――!」
こちらも全力で逃げているが、魔王はあっさりと距離を詰めてくる。
このゲームでは、中位プレイヤーへの入門ラインであるレベル200の時点で既に惑星を滅ぼせるレベルだ。魔王のレベル500という肉体能力が生み出す速度が、空気抵抗という壁を容易くぶち抜き、たった一歩で距離という概念がゼロになる。この数十メートルが数千メートル……いや、数十キロメートルだったとしても、かかる時間は等しくゼロだっただろう。
(駄目だ、やっぱ速ぇ……ッ!)
レベル1300の俺とレベル500の魔王とはいえ、こちらが魔法職で向こうが戦士職である以上、敏捷力では向こうの方が僅かに上だ。単純な速度勝負では逃げ切れん。
特にこの狭過ぎる室内では、一瞬で追いつかれてしまう。
「フッ――!!」
「ひょええええっ!?」
魔王の一撃を、紙一重でなんとか躱す。
追撃の二刀目も、ギリギリながらも再び躱す。躱す。躱す。
だが奴が扱うのは、手数が売りの武器種、『双剣』だ。
三刀目、四刀目と、追撃はどんどん増える。
たった1秒という時間の中を、千の刃が蹂躙する。
「わーーーもうやだーーー!! やだやだやだーーー!! クラツキー!! リーダー!! 助けに来ーーい!! 俺を助けろーーー!!!!」
あまりのストレスに喚き散らす。
なんで俺はこんな所でレイドボスとソロで戦ってるんだ。意味が分からん。
戦争が存在していた時代には徴兵制なる邪悪な制度があったらしいが、それで戦場に送られた兵士達も同じような気分だったことだろう。
「くっそお前、お前なんてクラツキいれば瞬殺なんだからな、ばーか!!!!」
……ここまで見た目的に情けなくはなさそうだが。
斬撃の嵐から逃げるようにして、フロア中を縦横無尽に飛び回るが……魔王はピッタリとついて来る。奴の方が速いのだから、当然こうなる。
神頼みならぬ仲間頼みのくっそ情けない悲鳴を上げてみても……2人が駆けつけてくれるような事も、当然ない。
結果、俺は腕を伸ばせば抱き合えるような超至近距離から、一撃で即死という攻撃の雨を受け続けている。
それにしてもこの状況、いつだかガチ勢の1人に追い回された時に似ている。
敵に敏捷力で劣る以上、粘着されると逃げ切れないのだ。
こうなると一気に面倒臭くなる。俺の基本戦法は『戦わない』事。敏捷力に優れた敵は……攻撃特化タイプのように天敵というほどではないが、苦手ではある。
「うわあああああ!! もう勇者でもいいぞーーー!!」
「ッ――」
「!?」
不意に、魔王の手が止まった。
(え!? まさか本当に勇者様が!?)
チラリと扉の方を窺うが……そこには呪いの扉の変わらぬ姿があるだけだった。というかロックされているから勇者は絶対に来ないのか。
(フ○ック!! もう俺以外全員○ね!!)
結局、なぜ魔王が攻め手を休めたのかは分からないが……これ幸いとばかりに、距離を取らせて貰う事にした。
奴は俺を追う事もせず、観察するかのようにこちらを見つめ続けながら、何かを呟いた。
「――主――見つけ――ハネッ――と言う――そうで――」
「……っ?」
その呟きは声が小さい上に、被っているヘルムに遮られていて上手く聞き取る事が出来ない。
スキルでも発動させるつもりかと注意深く警戒していると、魔王が今度こそ俺に向かって口を開いた。
「――やるな、ハネットとやら」
「……は?」
先程魔王には目を疑ったと言われたが、今度は俺が耳を疑った。
23という大の男が、みっともなく喚き散らしながら逃げ回っただけの筈なのだが。どこに「やる」要素があったのか。……もしかしたら、皮肉かもしれない。
精神攻撃の可能性を吟味していると、魔王は何かに気付いたかのように、再び口を開いた。
「そうだ……そういえば、先ほど私に使ってきた魔法。未だ異常が起きない所を見るに、遅延魔法ではなく、情報系魔法の類いか。初手からそれとは……挑発的な言動とは裏腹に、中々に慎重な性格をしているのだな」
ええ、慎重なんですよ。……普段はね。
確保できた距離のおかげもあり、自虐ボケが出来るぐらいには冷静さを取り戻してきた。残りの興奮も意識して急速に落ち着かせる。
(チッ、糞が。なんでこいつだけこんなに強いんだよ。偶然なんか起きて死ねボケ)
周りが雑魚で固められていたので油断した。完全に釣られてしまった。
この布陣を考えたのがこいつなのか、それとも背後に潜む『別の何か』なのかは分からないが……相当に性格が悪い。性格が悪い事で知られている俺が言うぐらいだから間違いない。
回転速度を取り戻した頭で罵詈雑言を無限に生み出しつつ、最初の接触から表示され続けている魔王のステータスを再確認する。
――そして、ここで初めて、レベル以外の項目を見た。
●【RAID BOSS】オークロード Lv.527
HP 測定外
MP 測定外
物攻 ■~■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
魔攻 ■~■■■
物防 ■~■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
魔防 ■~■■■■■■■■■
耐久 ■~■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
敏捷 ■~■■■■■■■■■■■■■■■■■■
運 ■~■■
(――あれ? なんだ、よく見れば測定外なのは、HPとMPか!)
レイドボスにはそのステータス振りから、いくつかの系統がある。
物理攻撃力や魔法攻撃力が測定外の、『攻撃特化タイプ』。
物理防御力や魔法防御力、そして耐久力が測定外の、『防御特化タイプ』。
敏捷力が測定外の、『敏捷特化タイプ』。
HPやMPが測定外の、『持久特化タイプ』。
そして運が良い事に、敵はそのボス系統中でも一番の雑魚である『持久特化タイプ』……すなわち、『HPが高いだけ』のタイプのようだ。
『持久特化タイプ』は言ってしまえば、時間稼ぎに特化した、ただそれだけのビルド。
「戦闘が無駄にダラダラ長くなるだけ」と全ボス系統の中でもぶっちぎりの不人気を誇り、イベントで初めて登場した時には運営に文句が殺到したほどだ。
(確かに言われてみれば、攻撃力は紙切れ防御の筈の俺が、ちょうど即死する程度――)
敏捷力も、俺より速いとは言っても本気を出せば避け切れる程度だ。
つまり、どちらも普通にレベル500相当である事を意味する。
既にこの時点で、俺の苦手とする2大特化型の可能性が消えている訳だ。
(しかも装備は適正レベル100の物……言ってしまえば、『クソ』の一言)
MPも高いので、技の連射ぐらいはしてくるかもしれないが……元の攻撃力が低いので、結局意味は無いだろう。俺の防御魔法を貫く事は出来ない筈だ。何度も言うが、このゲームは攻撃力特化が一番強いのだ。
先程は『RAID BOSS』と『測定外』という2つの単語だけ見て逃げようとしたが……これなら自分1人でも勝てないほどじゃない。
これがもしも相性の悪い攻撃特化タイプだったら、今日がこの世界に来て初めての死亡記念日となっていた事だろう。
だが、奴は悪足掻きと技の連射に特化した『持久特化タイプ』。そしてそれはつまり――とある1つの、『重大な事実』に直結している。
(―――やるか)
行けるかもしれない。
そう判断した。
頭の中が、『逃走』から『排除』へと上書きされる。
――目の前の、『敵』を見る。
目が合った魔王は、なぜか突然警戒を深めたようだった。
(ふん。――さて、まずは情報が正しいかどうか、検証から始めよう)
もしかしたら、情報系の対策スキルか装備などの何らかの方法で、この表示ステータスが偽装されている可能性もある。
というか、ここまでに揃っている『ピース』を考えれば、現状ではその可能性の方が高い筈だ。じゃないと色々とおかし過ぎる。
とりあえず――
(――『人体実験』。……いや、『動物実験』といこうか)
まずは目の前のモルモット。こいつを弄ってみるしかあるまい――。
◇
――ストンと。
まるで『スイッチが切れる』かのように、その豹変は起きた。
「……っ!?」
ほんの一瞬、そこに見えない何かがあるとでも言わんばかりに虚空を見つめた、ハネットと名乗った男。
漆黒の私とは対照的に、純白と黄金で彩られたその装備は、『真の主』より与えられた私の装備すら霞むほどの、極上の品々。
そしてそんな桁外れの迫力を有する装備を身に纏っていながら、数百年という時間を戦いのみに費やしてきた筈のこの私が、一瞬ではあっても完全に見失ってしまったほどに薄い気配。
恐らくは、【隠密】か何かのスキルによる物。同じ効果を持つ【オリジナル】の可能性もあるにはあるが、私の動きについて来れる事と、この大陸には存在しない筈の【召喚魔法】を使った事を考えれば、奴が【現地】の存在ではないのは一目瞭然。
このハネットという男こそが、『我ら』が数百年待ち焦がれた、『それ』の1人であるのは間違いがない。
啖呵を切ってからの、尻尾を巻いての逃走という無様な姿には呆れたが――。
――先程の動きを見れば、その落胆が早計であるのは、猿でも分かる。
――奴は、数万にも及ぶ私の攻撃を、一撃も掠らせる事なく、躱しきって見せたのだ。
奴の方が速度で優れるのなら、それも分かる。それでも一撃も当たらないのはおかしいが。
しかし、速度はむしろ、私の方が速いぐらいなのだ。
なのに、当たらない。
掠りも、しない。
なぜなら――私が次の一撃に入ろうとした段階で、奴は既に避けているから。
まるで未来予知でもしているかのように、私が動き出す前から奴はこの剣の軌道を読んでいる。
また、まるで一杯一杯だとでも言いたげな風に、情けなく喚き散らしていたが……その実、その回避の動きは、必要最小限の物だった。
刃までほんの1cmの所を、僅かな動きのみで難なく躱し続けていたのだ。
ギリギリ躱しているのではない。最低限にしか避けないから、ギリギリであるように見えるのだ。
動きを短縮したその分だけ隙が減る事を考えれば、それが効率的であるのは分かる。
だが、それが分かるからと言って、実際に行える者はごく一部。それを失敗なく連続で続けられる者など、その中から更に一握りだけだろう。
どこの誰に、あんな曲芸が出来るだろうか。
そしてその前に、私の背後からの不意打ちを見もせずに、そして感知魔法すら使わずに躱したあれ。
自分の動きを、素で読んでみせた。あれはそうとしか考えられない。
視界外の敵の、行動予測。
あれにも驚いたが……あれは多くの戦いを経験した者ならば、それほど難しい事でもないかもしれない。
事実、私も地形と状況さえ揃えば、再現するのは難しくないだろう。
しかし、今のは経験などでどうにかなる物ではない。
他に見ていた者がいれば、私と同じく戦慄した事だろう。
例えそれが、この男と同じ次元に立つ、『それ』に類する者であっても。
――この男には、何かがある。
目には見えない、何かが。
胸中に期待が満ちる。
――だが、しかし。
それと同時に感じた――無視するにはあまりにも大き過ぎる、『1つの違和感』。
それらの正体を確かめようと、私は手を止め、言葉を投げかけたのだ。
やはり、この男こそが『当たり』かもしれない。
それを、再び確かめたくて。
――しかし、その思考をまとめるより先に、ハネットが先程の豹変を見せた。
ハネットが私から視線を外したのは、ほんの数秒。
その視線が私に帰って来た時、奴から受ける印象は、既にそれまでと一変していた。
――冷たい、瞳だ。
私達がこの大陸の人間に向けるのと同じ物であるそれは、実験動物か虫に向ける類いのそれ。
先程までの情けなく、しかし人間らしさを持った姿とは、大違いだ。
その豹変は、まるで仮面が剥がれたかのよう。見る者が見ればゾッとするだろう。
私の中にあった『違和感』が、更に大きくなるのを感じた。
その視線に本能的な危険を感じ、思わず構えまで取ってしまう。
――もはや、時間は無い。
なぜか自然にそう悟った私は、予定を早め、一番聞きたかったそれを尋ねる事にした。
「お前に、聞きたい事がある」
ハネットが顎で続きを促す。
傲慢な態度だ。先程までの媚びへつらった雰囲気は、どこにもない。
やはり『違和感』は大きくなる。
「――お前は、なんなんだ?」
「…………」
質問の意図が分からないのか、ハネットは眉を顰めた。
「……自分で気付いていないのか?」
「?」
奴の雰囲気に、若干の好奇心が混じる。
一体、自分が何に気付いていないというのか。興味深い話題だと、耳を傾けているようだった。
そして、その無垢なる白を纏う男の……その核心へと、私は触れた。
「お前は―――『気持ち悪い』のだ」
――ビクリと。
ハネットが震えた。
興味深そうに細められていた目は見開かれ、顔色も僅かに青ざめたようだった。
……おかしな反応だ。
怒りや不快感を向けてくるかと思ったが……奴の反応は、予想のどれとも違っていた。
――愕然とした。
それが、最も近い表現だろう。
「直接的な見た目や行動の話ではない……。お前には何か……何か、『違和感』があるのだ。何か言い知れない、大きな『違和感』が。……それが、お前という人間を見る者に、謎の嫌悪感を抱かせる」
そう。
ハネットという男は、他者に魅力的な可能性を感じさせると共に、実際に対峙してみると、同時に得体の知れない嫌悪も抱かせる男だ。
私は戦慄による期待と共に、その謎の『違和感』を中心にして、驚愕、混乱、羨望、畏怖などの、様々な感情を揺さぶられた。
この男と対峙した事により、私の中に湧き起こった複雑怪奇なそれらの渦を、単純な1つの言葉で表すとしたら――。
――気持ち悪い。
そうなるのだ。
私が言葉を続ける間、ハネットはただただ固まっていた。
私の話を聞く事こそが、今現在、他の何よりも重要だと、そう言わんばかりの反応だった。
「お前は……そう。はっきり言って、お前は異――」
そこでハネットが、もう十分だとでも言うように、私の言葉を遮った。
「――なるほど、それは実に貴重な情報だ。参考にさせて貰おう」
その顔にも声色にも、もはや今までの雰囲気は無い。元の悠然とした……言い知れない不穏さを感じさせる雰囲気に、戻っている。
自分の中で決着でも着いたのだろうか。それで満足してしまったのか、私の問いに答える気はさらさら無いらしい。
「ところで――俺からも1つ、お前には聞いておきたい事がある」
そう言って、ハネットは再び宙を漂い出した。
私を中心にして、壁ギリギリという距離を保ったまま、円を描くかのように横へ横へとゆっくりとした一定の速度で移動し続ける。
不用心にも私から視線を外し、進行方向を眺めたまま、空中を歩くかのようにスライドしていく。カツカツという靴音の幻聴でも聞こえてきそうな、堂に入った態度だ。
――何を始めるつもりなのか。
突然始まった謎の行動に、強制的に警戒心を引き出される。
次の瞬間どう動かれても反応出来るよう、奴の一挙手一投足に集中する。
「お前達魔族は――なぜ、喋れるんだ?」
思考するように顎に手をやったハネットが、こちらに視線を寄こした。
背筋をゆっくりと舐められたかのような、嫌な視線だ。
「現地人達はお前達が喋る事を、『そういう物』として受け入れているようだが……それは、おかしいんだ。確かに、何でも出来て、何でも揃うこのゲームの事だ。喋るモンスターってのも、探せばいるんだろう。……だが、オークロードやアビスデーモンみたいな【最初の世界】のモンスターが喋るなんて事は、聞いた事も無い。昨日の王都の時にも思ったが……お前達魔族は、プレイヤー関連っぽさと現地っぽさが、奇妙に同居しているんだ。お前達はな、人間臭すぎるんだよ。――なあ、」
ハネットは進行方向はそのままに――体だけを、グルンと不気味にこちらへ向けた。
「お前達魔族は――何者だ?」
――直後、ハネットから魔法反応が発生した。
無詠唱魔法だ。
「――!?」
「本当に、ただのテイムモンスターなのか? ……違うだろう。何よりもまず、お前だ。お前が500レベなのが、おかしい。そもそもが、プレイヤーに育てられたモンスターがレベル500越えなんて状態になっているのからして――」
奴は素知らぬ顔で話を続けているが、そこから再び、2度目の無詠唱魔法を検知する。
間違いない。――何かを、されている。
聞きたい事があるなどというのは真っ赤な嘘。会話の方は、口が自由になる無詠唱化という物の利点を最大限に生かした、ブラフなのだ。
(既に奴の攻撃は始まっている――!)
その危機感が体を動かす。
戦士としての勘からか、気付けば考えるより早く、ハネットへの距離を詰めていた。
「――あ、流石にバレた? 無詠唱化しても【隠密】を取っても、魔法反応だけはなぜか消せないからな」
全力で床を蹴り、未だのんびりと飛び続けるハネットへと迫る。
その間にも3つ目の無詠唱魔法が飛んでくるが、『真の主』がかつて装備していたというこの鎧に無効化されているのか、何も起こらない。
「ふむ、【時間停止の魔法】は発動すらしない……時間系対策は『有り』か。状態異常も隷属化も効きはしない。スキルか、それとも装備の効果か……?」
隙だらけに見えて、その裏では強かに勝利への準備を進めている。
厄介極まりない、一番危険なタイプだ。
再びハネットから魔法反応。今度は四方八方から、私を捕らえんと光の鎖が伸びてきた。
拘束魔法だ。
「無駄だ――ッ!!」
だがそれは、私に触れる1mほど手前で、弾け飛ぶようにして消えた。
私はスキルにより、拘束系の攻撃を完全に無効化する事が出来る。
「拘束対策もバッチリ、と。弱体化どころか完全に無効化したということは……【魔法障壁】なんかの普通の防御スキルじゃなく、拘束系に完全特化した効果を持つ専用スキルか?」
私に迫られながらも、ハネットの余裕は揺らがない。
先程までの、逃げ回っていた時が嘘のようだ。
「――時間対策に拘束対策とは……お前は確実にプレイヤーに育てられてるよなぁ。キャラ構成が完全にガチのそれだ。だがそうなると、やはり持久特化タイプなんつーアホなビルドなのが気になる……」
剣の射程圏内へと到達する。
相変わらずのんびりと等速で飛ぶハネットに、問答無用で斬りかかる。
「――やっぱお前のこのステータス、偽装っぽいな。でも攻撃力は最初の一撃でステータス通りだと確定。敏捷力も、俺が避け切れる事を考えれば表示通りなんだろう? さて――」
双剣を振り被った瞬間、これまで一定を保っていたハネットの飛行スピードが、一気に増した。
そのまま進行方向へと加速して避けるつもりらしい。
(させるか―――、 ッ!!?)
その動きに対応し、ハネットが飛んでいく少し先に向かって剣を振り下ろす。
が、その剣がハネットを捉える事はなかった。
奴は一瞬だけ進行方向に加速したように見せかけ、突如方向を変えて私の方へと突っ込んできたのだ。
(上手い――!!)
二刀を持って本気で打ち込んだ筈の斬撃だったが、まるで流れる水を斬ろうとしたかのように、紙一重で避けられた。
いや、今のはこいつが避けたのではない。正確には、攻撃する位置を奴の動きによって『矯正された』と言った方が正しい。
奴が0.1秒後にいなくなる場所を攻撃するよう、無意識の内に誘導されたのだ。しつこく円の動きを続けていたのは、私の脳裏に避ける方向を擦り込む為か。
どうやらこの男は、相手の意識を掌握する技能に長けているらしい。
ある意味恐ろしいセンスだ。
「――じゃあ、最後の検証と行こうか」
脇にすり抜けて行ったハネットが、何かを呟く。
その影を追って振り返ろうとした瞬間、それが目に入る。
――奴の背後の空中に、その身長の倍はあるであろう、巨大な光の槍が出現していた。
先程の天使の召喚を更に上回る、圧倒的な光輝に目が眩む。
光の下位魔法に属する【光槍の魔法】とも違う、より大きく、より神々しく、より圧倒的なそれは、遥かに強烈な死の危険を感じさせた。
「ッ!?」
「威力最強化―――」
神々の時代より、使用者に必ず勝利をもたらすと伝わる神話の光が、この広大な玉座の間を白く照らす。
「―――【討ち破る神槍の魔法】ッ!!」
凄まじい威力を持つであろうそれが、未だ振り返る最中であった私へと向かって、放たれた。
(【魔法障壁】――ッ!!)
咄嗟にスキルを使用し、対魔法用の障壁を張る。魔力の壁が球体状に湧き上がり、私の体を覆うが……。
あのハネットが、回避不能の完璧なタイミングで放って来た技だ。恐らくは、最強クラスの魔法だろう。
私は大ダメージを覚悟し、襲い来る衝撃と、そして玉座の間の崩壊に備えた。
しかし――
「ぬっ……!?」
――私は一瞬、何が起こったのか、分からなかった。
光輝の神槍が、0.0001秒のタイムラグもなく私の障壁に直撃したのは見た。そして、それにより莫大な光の奔流が生まれ、防いだ障壁が貫かれた所も。
しかし、その後に起きた事が、理解出来ない。
玉座の間に、静寂が訪れる。
――そう。未だ健在な、玉座の間に。
「…………おい。今のは、本気か?」
それは、驚くほどに――『弱い』魔法だったのだ。
いや、弱すぎるほどの、魔法だった。
あの魔法は私の障壁を貫きはしたものの、そこで力尽きたかのように、大したダメージを与えなかったのだ。
たった1歩。
たった1歩、その衝撃により私を後退させただけ。
直撃した筈の部位を見れば、鎧に若干傷が付いた程度。
完全な、見かけ倒し。まるで下位魔法のような威力だ。
……いや、足元をよく見れば、この戦いの為に特別堅牢に作った筈の床に、余波により初めてヒビが入っていた。
単純に、私の防御力を貫ききるだけの威力が、無かったのだ。
「……………………」
先程の問いが図星だったのか、ハネットは黙して答えない。大方、再び逃げる算段でも立てているのだろう。
――落胆。
もはや絶望と言っていいほどの、過去抱いた事の無い次元での虚無感を感じた。
肩が一気に重くなった気がする。思わず溜め息を吐いた。
……台無しだ。
確かにセムヤザよりは上の力を持っているのだろうが……その程度では、『意味』が無いのだ。
動きだけは大した物だが、肝心の攻撃力がこれとは呆れるばかり。
『我ら』が探している『それ』とは――
『神』。
まさしく世界を――全てを、力で捻じ伏せる事の出来る者。
才能自体は完全に化け物クラスだったが……私より弱いのでは、条件を満たしていない。
そう、私ぐらい、容易く屠ってくれねば困るのだ。
『魔王』を演じる事で、『神々』を誘い出す目印となり……死によって、それの到来を報せる。
私は、その為だけにここいるのだ。それがかつて『真の主』より与えられた、最後の命。
私にとっては、それが――それだけが、存在する意味、その全てなのだ。
(どうやら別の者が現れるまで、またここで待ち続ける事になりそうだ……)
『真の主』が去ったのが、約500年前。
バラキエルがこの男の出現を予知したのが、4年前。
このたった1度の邂逅の為に、実に500年という長き歳月が懸かっているのだ。
その上バラキエルさえいなくなってしまった今……もはや次の『それ』と出会うのは、困難な事なのかもしれない。
暗鬱とした気分に苛まれる。
「…………もういい。お前はここで死――」
『今の主』に誤報の謝罪をしなければと考えながら、死刑宣告をしようとした。
が。それはポツリと零された、ハネットの呟きの前に止まる。
「なるほどなぁ――」
――世界が、純白に染め上げられた。
「!!?」
まるで目の前に、突然白い壁でも出現したかのように、何も見えない。
(いや、違う!! これは……閃光か!!)
先程の光輝の神槍。
あれですら霞むような、直視しただけで網膜を焼き切られる程の、太陽の如き輝きがハネットを中心にして瞬いている。
奴が突然掲げた右手から発せられているその極光が、本来漆黒である筈のこの部屋を、純白に染め上げているのだ。
まるで床や壁を塗り潰している黒という色の光の吸収率を、膨大過ぎる光量が上回っているかのように。
「――冥土の土産に教えてやろう」
光の向こうから、ハネットの声がする。
「まず1つ。俺は正真正銘のMP特化型。つまり攻撃力は完全な無強化で、最低レベルだ。そんな俺の全力……光魔法にしては珍しい威力特化の魔法により、お前がダメージを負うかどうか。それが、最後の検証だった」
一方的な投げかけだ。
『冥土の土産』という言葉の本質を捉えた、どこまでも自己満足を満たす為だけの行為。
「結果、ほんの僅か。たった1歩、お前をよろめかせるだけだったが。……ダメージと、そしてノックバックは――確かに、あった。俺が最低の攻撃力で、お前が防御特化タイプならば、その落差により完全に無効化されていた筈の物が。つまり――お前はどういう訳か、本当に持久特化タイプらしい」
高い身体能力と回復力のおかげで、視覚が徐々に戻ってくる。
朧げにだが、光の中に佇む奴の輪郭が見える。
「HPとMPが測定外のお前と、一般プレイヤーの4倍というMPを持ち、光魔法に特化した俺。言ってしまえば俺とお前は、『同じタイプのキャラビルド』な訳だ。……だからこそ、俺は―――お前にだけは、絶対に負けないだろう」
――嫌な予感がする。
感じるのは、本能的な嫌悪感。
肉体が、魂が。
この世に存在するモノとしての全てが、この場からの逃走を指示している。
「なぜなら俺とお前には、1つだけ、絶対に覆せない大きな『差』があるからだ。レベルでも、ステータスでも、スキルでもない、それは――」
『それ』が出現する前に、ニゲロと。
「――『装備の差』だ」
光に慣れてきた視界に、そう吐き捨てた奴の顔が映る。
先程冷徹に豹変した、表情と雰囲気。
しかしそれすらもまた――数多あるハネットの『仮面』の1つでしかないと言うかの如く、酷く無感情で、無感動な、その顔が。
「――『F12』――」
大陸の存亡を賭けた、決戦の地。
その場所に、宇宙最強の『滅び』の力が――顕現する。
「――――【星墜し】」
文字通り、世界を滅ぼす――
――最凶最悪の、殺戮兵器が。