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42 魔王城攻略戦-2

2016.11.20

勇者サイドその2。




「お前は……ッ!!」


「四天王が1人、セムヤザ。……さあ勇者よ。あの日の決着を、付けよう」


「――ッ!」


 将の魔族、セムヤザの言葉が終わると同時、ユンが13人の前に飛び出した。

 視界の先ではセムヤザがこちらに()にしか見えない手の平を向けており、あと1秒でもその行動が遅ければ、自分を除いたメンバーはほとんどが消し炭となっていただろう。


「――【ファイアボール】」

「【聖方陣(せいほうじん)】――ッ!!!!」


 セムヤザの手の平から放たれたファイアボールが、攻略組の面々を飲み込む。

 しかしそれより一瞬早く、ユンが聖剣の力を解放して無敵の盾となった。

 眩い極光の壁がユンを中心にして展開され、外部からの一切の干渉を無効化する。


「うおおおお――ッ!!?」

「ぐぅぅっ……!?」


 業炎が聖剣の魔力による障壁に阻まれ、左右へと割れる。

 方向を逸らされた炎は、直撃した床や壁を容易く融解させた。

 普通のファイアボールの威力ではない。


「ふん……。元より厄介な剣だったが……使い手の技量が追い付いた事で、より厄介になったか」


「――みんな、バラけながら距離を詰めて!! こいつは魔法使いだ!!」


「!  了解した!!」


 ユンの咄嗟の指示を受け、13人が距離を離し過ぎないようにしてフロアに散らばる。

 魔法使いは距離が命だ。それを確保させないよう、360度から接近戦で攻めるのが最も手堅い。


「せやぁ――!!」


 先陣を切ったユンが、音を置き去りにする神速の踏込みでセムヤザに迫り、聖剣の突きを見舞う。


「ふん、『あの時』の焼き直しか。――【ホーリーガード】」


「!?」


 セムヤザの防御魔法が、ユンの刺突を容易く防ぐ。

 反撃に飛んで来た無詠唱の【エアクロー】を、ユンは大きく飛び退くことで躱した。


「あの時よりも、強くなってる――!?」


 ユンの記憶にある、かつてのセムヤザとの戦い。

 その時に使っていた防御魔法は一段下の【ライトプロテクション】であったし、使っていた風魔法も3分の1の【エアスラッシュ】であった。

 特に聖剣の一撃を完全に防ぎ切った光の防御魔法【ホーリーガード】は、現地では上位魔法に属する物であり、世界に1人の使い手もいない究極の防御魔法であった。


「驚いたか? 強くなったのはお前だけではない。この力を得る為、10万近くの部下を殺す事になったが……おかげで今はこの通りだ」


 事も無げにそう話すセムヤザに、ユンは我が耳を疑った。


「なっ!? 仲間を――虐殺したっていうのか!!」


 なぜ虐殺する必要があったのか。

 ユンにはその行為の意味が、全く分からなかった。

 魔法の力を高める為という事は、魔法の実験台か何かに利用したのだろうか。

 セムヤザの『その行為』の真意が分かる者がいるとしたら、それはこの世界には魔族を除いて()()しかいないだろう。


「どうせ奴等は『無限に湧く』。どれだけ消えようが構いはしない」


「――!!」


 セムヤザのその価値観には反吐が出そうだった。

 ――いくらでも増えるから殺してもいい。

 それは決して命に対して抱いていい感想ではないし、そしてその価値観が自分達人間に対しても適用されているのが分かったからだ。


「【旋風剣(せんぷうけん)】ッ!!!!」


「おっと……」


「そこだッ!!」


 ユンが薙ぎ払いの剣技でセムヤザを飛び退かせ、そこに仲間達が背後から急襲をかける。

 が……。


「――【グラビティプレス】」


「ぐあ――ッ!!?」


 背後に回っていた3人が、叩き付けられるようにして地面に張り付く。

 土の重力魔法【グラビティプレス】。これもこの現地世界には存在しない魔法であった。

 3人がセムヤザが魔法使いと聞いて、対魔法用の装備を使用……そしてルーチェが防御の強化魔法を施していなければ、今ので即死していただろう。


「ならば――これでどうだ!!」


「むっ!」


 しかし、その謎の攻撃を読んでいた者がいた。

 いや、正確には「備えていた」というのが正しいか。

 ――レナ・メイリー・エーデルシュタイン。

 レナはセムヤザの背後を襲った3人、その3人の更に後ろに付くような位置にいた。

 何らかの方法で3人が迎撃された際、ワンテンポずらして追撃をかける事が出来るようにだ。


「少しはマシな奴がいる。……が」


「うぐっ――!?」


 完璧なタイミングで追撃をかけた筈のレナだったが、そのレナの体は神速の振り向きを見せたセムヤザの腕に薙ぎ払われ、10メートル近くも吹っ飛んだ。

 ただの腕力……肉体攻撃に弾かれて、である。

 騎士甲冑を着込んだレナの体が床に叩き付けられ、硬質な音を立てながら転がっていく。


「ぐはッ……」


「魔法職でもある程度近接戦は出来る。()()()()()()()


「レナさんっ!! ――【竜剣閃】ッ! 【氷雨突(ひさめづ)き】ッ!!」


「!」


 ユンは遠距離技の竜剣閃で牽制しつつ空いた距離を詰め、5連続の突きをほぼ同時に繰り出すという神速の剣技で、セムヤザのホーリーガードを削った。

 セムヤザの防御魔法が一撃で貫けないなら、手数で押し切ろうという算段だ。

 計6発の攻撃の内、背中を見せていたセムヤザは半分の3発をまともに食らった。

 いくらセムヤザと言えども剣士である上に速度に優れるユンには反応が追い付かないらしく、残りの3発も防御を掠る。

 堅牢を誇る光のバリヤーに、ついにヒビが入った。


「良い手だ。だがいいのか? ――そんな勢いでMP(まりょく)を使って」


「くっ……」


 図星である。

 戦士であるユンは、勇者……かつ『変異者』と言えども、この現地世界の『ステータス適性』という法則に縛られている以上、その魔力量は魔法使いに比べて多くはない。

 今の間だけでも、10分の1近くの魔力を消費してしまった。今日この階層まで辿り着く為に使用した分も合わせれば、残る魔力は6割ほどだろうか。

 先程の灰色の将にトドメを刺した技のように、自身の魔力を消費しない『()()()()』である聖剣の力を解放する事もできるが……それこそ、威力に優れるそちらは、魔王戦の為に取っておきたかった。


「【癒しの魔法(ヒール)】!」


 倒れた3人と吹き飛んだレナに対して、ルーチェが瞬時に回復魔法を使う。

 本来ならばユンに次ぐ火力源である筈の彼女は今回、仲間に強化や防御魔法をかけるか、こうして回復魔法をかけるかという後方支援の仕事しか出来ない。

 魔法使いは、より上位の魔法使いと相性が悪い。

 魔法防御力の関係で、ルーチェはこのセムヤザにダメージを負わせる事は叶わないのだ。

 ルーチェがこのセムヤザとの戦いで役立たずになってしまうのは、『過去の戦い』で既に分かっている事であった。


 ――明らかに、過去最強の敵。

 先程の灰色の将すら超える強さだ。

 魔王がこれよりも強いとなると、勝敗に不安の影が差してくる。

 そもそもユンが過去の接触からセムヤザが魔法使いであると知っていなかった場合、最初のファイアボールで今ここにいるメンバーはほとんど全滅していた可能性もあるのだ。


「舐めんなよ、骨野郎ッ!!」


「うぉおおおおおッ!!」


「はぁぁぁッ!!」


 ユンに加わり、ジン達戦士組が果敢に近接戦を挑む。

 ジンは素早い動きで魔法を避けながら両手のダガーを翻し、盾と片手剣というスタイルのエドヴァルドは防御と攻撃を兼ねる。戦士であるシャルムンクは武器に両手剣を選択し、手堅く火力を上げている。

 圧倒的な戦闘力を誇るセムヤザだったが、14対1という状況では流石に分が悪いのか、避ける先避ける先で追撃をかけられ、防戦気味になっていた。


「チッ……煩わしい。弱者も数が揃うと厄介だな」


 ユン達の取った包囲陣形は、対魔法使い用の陣形としては、非常にオーソドックスな物だ。

 長い年月をかけ、「これが最善」と評価された、シンプルかつ合理的な戦法。

 故に決定打にはならずとも、彼我の戦力差を埋めるぐらいの効果は持っていた。

 それにセムヤザが最初のファイアボール以外、範囲攻撃を使って来ないのも大きい。

 ユンと同じく、セムヤザも大き過ぎる力を持つが故に、この魔王城内では本気が出せないようであった。

 唯一使った物が『熱』で攻撃するファイアボールである事からも、なるべく破壊力を生まないような技選択をしている事が窺える。

 流石に、自らの王が座す居城を破壊するような真似は出来ないようだ。

 もしも『土の賢者』、ニーナ・クラリカ並みの上位魔法が飛んで来ていれば、今頃ユン以外の13人どころか、連合軍ごと魔王城は崩壊していただろう。


 一撃でもまともに喰らえば瓦解するであろうこちら側と、四方八方から攻められそれが出来ないでいるセムヤザ。

 両者は完全な膠着状態であり、時間と体力だけが悪戯に消費されていった。


 魔王戦を目前に控えていながら、万全とは言えない状態に追い込まれている。

 14人の間に、加速度的に焦りの感情が生まれ始めた。






 『()()』が起きたのは、そんな時だ。






「竜剣せ……  ―――ひっ!!!?」


「っ!!!?」



 その瞬間。

 その場にいた全員の体に、過ぎった物。





 全身を舐めるかのように這いずった――圧倒的な、『悪寒』。





 ()()()()()から唐突に叩き付けられてきたその生理的嫌悪感に、ユン達だけでなく、セムヤザまでもが思わず天井を見上げた。


「うぷっ……!?」


 ルーチェを含め、『()()使()()』達が吐き気を堪えきれず、皆一様にその場に膝を突く。

 なんとか耐えたのはユン達戦士系の者と、セムヤザだけだ。



――ギギギギ……ギギィ………………



 魔王城が……いや、空間全体が、軋みを上げる。

 まるで、そのおぞましい『何か』の登場を前に、世界が痙攣しているかのようだ。


 ――本能が、全力でこの場からの逃走を指示している。


 1秒でもこの場に留まるべきではないと、焦燥感が胸を埋め尽くし、恐怖から足が震える。


「ぅ……ぁ…………」


 確実に何かがおかしい。

 そこに存在してはいけない筈の『何か』が現れた事を、全員が悟った。

 あまりにも常軌を逸した負の気配に、それぞれの敵を目の前にしていながら、一時戦闘が中断される。


「なっ……魔王様!?」


 セムヤザのその言葉により、ユン達は『それ』が何であるのかを知る。

 ――これこそが、『魔王の発している気配』である、と。




――ズズンッ……!!!!




「うわっ!?」


 魔王城が大きく揺れる。

 振動が伝わって来たのは『上』からだ。先ほどの空間の軋みとは違い、今度は実際に魔王城自体が揺れている。

 この大陸では地震という物が珍しい。初めて経験する『地面が揺れる』という状況に、思わず床に蹲る面々。

 しかし振動は1度では止まず、何度も何度も続き、終わる事が無い。

 その衝撃を直に受ける壁がミシミシと悲鳴を上げ、ヒビが入った。

 今にも崩壊しそうな勢いだ。


 上で……魔王の座す最上階で、何かが起きている。


 それは誰の目から見ても明らかであった。


「な、何が――」



「――ちょうどいい、ユン!! 行け!!」



 圧力をなんとかして振り切ろうとユンが思考を再開し始めた頃、ジンが叫んだ。

 茫然と蹲るだけだった面々の視線が、ただ1人立ち上がる事に成功したジンに、集中する。


「え……?」


「上に行ってこい、ユン!! エド、シャル、ルーチェ、お前らもだ!! ――ここは俺達が食い止める!!」


「なっ!?」


 ジンは何を言っているのか。

 その意味が咄嗟に理解できず、ユンは棒立ちを続けていた。


「上ではなんかが起きてるらしい! もしかしたら、仲間割れとかか!! とにかく、俺達にとっての好機かもしれねえ!! だから行け!! 今すぐに!!」


「えっ、えっ!? で、でも、ジンは!?」


「俺は他の奴等とここに残って、こいつを足止めする!!」


 仲間の中で最も保身に長けている筈のジンのその言葉に、ユンは我が耳を疑った。


「そんな!? 僕抜きじゃ勝てないよ!!」


「あたりめーだ!! だからさっさと魔王ぶっ倒して、帰って来いっつってんだよ、バカタレ!!」


「ッ!! させるか――!」


「うおっ!?」


 ジンの発言の意図を正しく理解したセムヤザが、魔法を撃ち込む。

 そうなるのが分かっていたのか、ジンはギリギリながらもその場から大きく飛び退き、難を逃れた。


 ――ジンがやろうとしているのは……恐らくこれから魔王の下に駆けつけようとするであろうセムヤザの、足止めだ。


 何が起きているのかは分からないが、理由はどうであれ、この過去最強の敵たるセムヤザが魔王と合流してしまえば、ユン達が勝てる見込みは大きく下がる。

 しかし逆にそれさえ防ぐことが出来れば、明らかに魔王の下で異常事態が発生しているであろう現在の状況は、自分達にとっては不意打ちを仕掛ける絶好のチャンスである。

 もしもこれが仲間割れ、または第三者の介入であるのならば、乱戦に持ち込む事で、その漁夫の利を得る事も可能かもしれない。

 それこそ、魔族と自分たち連合軍を潰し合わせようという、あの帝国のやり口と同じく。


 ジンは自らが他の9人を率い、その危険かつ効果的な足止め役を買って出ると、宣言したのだ。

 それを瞬時に悟ったからこそ、今すぐにでも魔王の下に駆けつけたいセムヤザは、ジンを排除しに動き出した。


 その2人の攻防により、中断されていた戦いが再開する。


「――ユン! ジンの言っている事が正しい!! 行くべきだ!!」


「で、でも!!」


 最上階へと繋がる螺旋階段に、真っ先にエドヴァルドが向かう。

 国を守る騎士の1人である彼は、己の心情よりも優先させねばならぬ事があるのを知っていた。


「ジンの言う通り、今は好機だ!! それにこいつに構ってるほど、魔王に勝てる可能性はどんどん下がる!!」


 シャルムンクもそれに続く。

 セムヤザは強い。下手をすれば、勇者であるユンにも匹敵し得る程に。

 だからこそ、スルーする事が出来るのであれば、それに越した事が無いのは事実だった。




「……ユン!! ――故郷に、帰るんだろうが!!」




「っ!!」


 セムヤザの怒涛の攻めをギリギリで回避しながら、ジンが叫んだ。

 その一言は、ユンの胸、『その奥深くに巣食っていた物』を、鋭く刺した。


()()()()家族が待ってるんだろ!! 早く行け!!」


 それを最後に、もう言う事は無いとばかりにジンが戦いへと集中する。

 他の9人も状況を理解し、ジンへと続いた。


「――ユン、あなたは行かなきゃ」


 隣に来たルーチェが、ユンの手を握る。

 その目には、諭すような、憐れむような、悲しむような……それでいて、強い『覚悟』の色が宿っていた。


「……っ」


 その言葉と瞳を前に……ユンも、今更ながらに覚悟を決める。


 自分には、成すべき事がある。

 故郷を守り、家族を守る。

 見知らぬ多くの命を、この手で守る。

 それを果たす為に――。


 ――世界を救う為に、誰かを置き去りにする、その覚悟を。


 ユンは勇者だ。

 その両手には、仲間達の命よりも更に重い物が、握られているのだ。

 

 ……もはや、「()()()()()」などと甘えた事は、言っていられない。


 より多くのモノを救う為に。

 少数を切り捨てる事を、受け入れなければならないのだ。


「――ジン!! 生きててよ!!」


「たりめーだ!!」


 それでも最後に一言だけ残し、ユンはルーチェと共に2人の後を追う。

 その場には、焦燥から雰囲気を一変させたセムヤザと、決死の覚悟をその瞳に宿す10人のみが残された。


「へっ……『家族が待ってる』、か」


 ジンが自分の発言を思い出し、苦笑を浮かべる。


「糞ッ!! 何が起きているのだ……!! 魔王様、今すぐ貴方の下に――」


「おっと、行かせるかよ!」


「ッ!! 邪魔をするな、雑魚がァ――ッ!!!」


 ユン達の後を追おうとしたセムヤザの前に、ジンが立ちはだかる。

 レナ達9人も、その横に静かに並んだ。


「俺らの目的は時間稼ぎだ!! 倒す事じゃねえ!! そんで上には絶対に通すな!! いいな!!」


「おおッ!!」


 ジンの要点のみを押さえた指示に、9人が応える。

 螺旋階段への道を塞ぐようにして、すぐに陣形を組み直した。


 自分達の何倍もの実力を持つ相手を前に、いかに邪魔をしつつ、そして同時に無理をせず、死なずにいられるか。

 自分達はより長く足止めを続けるため、より長く生き残る必要があるのだ。

 この8日間で最も厳しい戦いが、今、始まった。


「貴様らァアア!! そこを退けェエエエッ!!!!」


「――ったく、焼きが回ったもんだぜ、俺も」


 故郷と家族。

 それはジンが遥か昔に失ってしまった物であり……。


 ……一時はその身を盗賊にまで落とすことになった、原因でもあった。













 揺れる螺旋階段を進むユン達。

 これまでの階段と違い、最上階へと続くそれは、特別に長く意匠されているようだった。

 高さにして50mほどもあるそれを駆け登りながら、4人は決戦の準備を済ませる。

 各々がポーションによりセムヤザ戦の怪我と表面上の疲労を回復し、ルーチェが一通りの強化魔法を掛け直す。

 魔王城の軋む音と自分達の足音に負けないよう、エドヴァルドが声を張り上げた。


「そういえば、奴は自分の事を『四天王』と呼んでいたな!」


「うん! 『四魔将』みたいな物かな!?」


 だとしたら、あと3体、同じような強さを持つ魔族がいる筈である。

 もしかしたら、48階層のあの灰色の鎧の魔族など、これまでに倒した何体かがそうだったのかもしれないが……考えた所で、答えが出る訳ではない。


「もしそうだったら、『上』に他の奴がいるかもしれないな! その時は俺達が相手するから、ユンは魔王に向かえ!!」


「分かった!」


 今の内に、簡単な作戦のすり合わせをしておくユン達。

 が、最上階へとその身が近付くにつれ、4人のその会話も減っていった。

 ――依然として、最上階からの謎の圧力は消えていない。

 至近距離から叩き付けられるその圧倒的な『滅びの予感』に、全員の口数が減っていたのだ。

 ルーチェなどはあれ以来、未だに膝が笑っている。


 今すぐにでも足を止めたくなる衝動に駆られる。

 何もかも放り出して、王都へと逃げ帰ってしまいたくなる。


 ……だがこうしている今も、後ろではジン達仲間が文字通りの死闘を繰り広げており、その遥か下では連合軍が、そして更に離れた地では、大陸の全住人達が、ユン達の勝利を待っているのだ。


 娘の生まれた父親がいた。

 息子に手伝われ、店を営む母がいた。

 妹と生きる兄がいれば、

 姉によく懐いた弟がいた。


 ――皆、魔族に殺された。


 この戦いは……世界にとっての、聖戦である。

 例えどんなに怖気付こうとも、実際に逃げるような者は、この500人の中には1人もいない。

 それは、ユン達4人も同じである。

 自分達は『あの日』……もう二度と、目を逸らさないと決めたのだ。




---




 ……最上階。

 8日間の戦いを経て、ユン達はついに最後の扉へと辿り着いた。


「――気付いてるか?」


「ああ……揺れが、止まってる」


 エドヴァルドの呟きに、シャルムンクが頷き返す。

 先程から続いていた、魔王城全体を揺らすような振動。

 目の前の扉の先が発生源であった筈のそれが、ほんの少し前から止んでいた。

 先程までは声を張り上げなければ会話もままならなかったというのに、今は耳が痛いほどの静寂に満ちている。

 呟き程度の2人の声すら、広いフロアに反響した。


 そこで行われていた、魔王と何者かの戦闘が終わったのか。

 それとも魔王は関与しておらず、先程話に出た残りの四天王のような、部下同士の争いが行われていたのか。


「……注意して。今もまだ、吐きそうなぐらいの魔力をこの先から感じるわ」


 ルーチェが青い顔のまま警告する。

 魔法使いは総じて、魔力を感じ取るという能力を持つ。

 その魔法使いとしての第六感が、扉の向こうから叩き付けられる圧倒的な魔力に揺さぶられ、『魔力酔い』を引き起こしていた。

 ルーチェは土の賢者ニーナ・クラリカさえ除けば、大陸最強クラスの魔法使いだ。

 当然、その魔力耐性も最上級の物であり、あのセムヤザの魔力にすら耐える事ができていた。


 ――そんなルーチェが、気を抜けば今にも意識を手放してしまいそうなほどの、別次元の『何か』が、今もこの扉の先に待ち構えている。


 その言葉に、全員が首肯を返した。

 そんな事は、ルーチェに言われるまでもないのだ。

 この先に『何か』がいる事など、誰に言われずとも理解している。


 例え魔力を感じ取れなくとも。

 ――この生きとし生ける物全てを屈服させる嫌悪感が、未だにこの足を竦ませ続けているのだから。


 ユンが覚悟を決める為、聖剣を鞘から抜こうと柄に手を添える。


「……っ!?」


 そうして気付いた事実に、ユンは1人目を見開いた。



 ――聖剣が、怯えている。



 手に触れた柄は、独りでにカタカタと震えていたのだ。


 ユンは聖剣と、漠然とではあるが『()()()()』が出来る。

 そのユンの感覚が、聖剣から恐怖のようなイメージを受け取った。

 この聖剣はいつだって、どんな逆境にあろうと、ユンに勇気と力を授けてきてくれた。


 ……その聖剣が、全力で「逃げろ」と伝えてくるなど……この2年間で、初めての経験だった。


「…………」


「ユン、どうした?」


「う、ううんっ!」


 一気に胸中に満ちた不安を仲間に悟られないよう、聖剣を鞘から抜き放つ。

 ユンに縋るように握られた聖剣は、諦めたのか、それとも覚悟を決めたかのか……その震えを、僅かに弱めた。

 『相棒』のその僅かな変化に、ユンは1度だけ笑みを零す。


 ――お互いに、これが最後の戦いとなる事を祈ろう。


 これは聖戦。

 戦いを終わらせる為の、戦い。


 ユンは再び表情を引き締めると、聖剣の力で()()()()()、扉に手をかけた。


「――行くよ!」


「ああ……!」


 その部屋が特別である事を表すかのように、精緻な細工が美しく施された重厚な扉を、ユンが押し開ける。


 そうして、ユン達の目に飛び込んで来た光景は――。













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