41 魔王城攻略戦-1
2016.11.17
勇者サイドです。
時は遡り、13日前。
『魔王城攻略作戦』決行予定日まで、残り4日。
魔王城より約15km離れた、深い森の中。
そこに、魔族を滅ぼす為11の国々が協力して作り上げた、最精鋭500人からなる世界最強の戦闘部隊――『対魔族連合軍』は、潜伏していた。
闇の認識阻害魔法を四重で発動して探知魔法対策を施し、肉眼での発見も避ける為、木々により視界が完全に遮られた最も深い場所に陣を構えている。
更には煙や明かりが漏れないよう、火の使用を厳禁にし、水魔法で霧を張るという徹底ぶりだ。
「――え、え~っと、ユンですっ。い、一応勇者ですっ。よろしくお願いします!」
「ライゼルファルム王国、王国魔法使い長のルーチェ・ハーゲンです。ユン殿の補佐を務めます。よろしくお願いします」
森の最奥。
各国の代表が集まっているそこに、他より1日だけ遅れて、勇者ユン一行が到着した。
隣に立つのは補佐役としてこの幕までついて来たルーチェだ。
ちなみに遅れたとは言っても、全軍の最終集合予定日にはまだ2日の猶予がある。
「ふふ……。うむ、久しぶりだな、勇者殿。それにハーゲン殿も」
代表達の前で平民丸出しの挨拶を行うユンに、1人の男が苦笑する。
綺麗に剃られた頭と静かな知性を感じさせる落ち着いた目が特徴的な、巨大な岩のような、どっしりとした迫力を持つ男だ。
――彼の名は、ガイゼル将軍。
参加国の1つ……大陸北方に位置する、3つの王国が合併してできた連合国家『ミキシニア連邦』の代表だ。
周辺国家では稀代の名将として知られており、あくまで一剣士であるユンの代わりに、この連合軍の総指揮の任を請け負う事になっている。
軍事に携わる者ならば誰もがその名を知っているような存在であり、ミキシニアが北方最大の軍事力を持つ――流石に帝国や王国と比較すると見劣りするが――と言われている原因となった男である。
「あっ、ガイゼルさん! お久しぶりですっ。今回も、よろしくお願いします!」
「ご無沙汰しております、将軍閣下」
「うむ、こちらこそよろしく頼む。なんと言っても、この連合軍の旗印は貴殿達の方だからな」
旧知の仲であったのか、ユン達とガイゼル将軍が握手を交わす。
彼が言う通り、指示を出すのはガイゼル将軍であっても、実際に兵を集めたのはユン達勇者一行であり、発言力もユン達の方が遥かに大きい。
この大陸の誰もが知っている、『勇者』という伝説の存在。
この作戦の参加者は皆、それを提案し、先頭に立ったのが勇者であるユンだからこそ、共に歴史に名を残さんと、剣を取ることを決めたのである。
もちろん相手が勇者などという存在でなければ、ガイゼル将軍も十分に生ける伝説ではあるのだが。
「あ、あはは……僕なんかが、いいのかなぁ……なんて……」
下手をすれば兵の士気が下がるような発言をするユンに、ルーチェが慌てて周囲から見えないようにして肘打ちする。
無論、魔法使いである非力なルーチェでは、ユンの圧倒的頑丈さに弾かれるだけであったが。
「ははは、まあ貴殿はそれでいいさ。兵に指示を出すのも、士気を管理するのも、将である私の務めだ」
歴戦の風格漂うこの場において、圧倒的に最強の存在でありながら、圧倒的に場違いな空気を醸し出すユン達の様子に、ガイゼル将軍が破顔する。
照れたように頬を掻くユンの姿は、どこからどう見ても一般人の普通の少女だ。
――しかしだからと言って、それで彼女を侮るような人間は、この連合軍には存在しない。
そんなどこからどう見ても一般人の普通の少女が、戦場では鬼神の如き圧倒的活躍を見せる事を、この2年間で皆がよく知っているからだ。
ついでに言えばその隣にいるルーチェも、今回参加している全魔法使いの中で、最強の存在である。
王国は今回の作戦に対し、圧倒的に多くの戦力を投入している。
発案者として、しっかりと責任を持つ姿勢を見せたのだ。
それは同盟国として好ましい、誠意ある対応と言えるだろう。
「は、はいっ。……あ、いえ、僕も期待に添えるよう? 頑張ります!」
「うむ。戦場では頼んだぞ、勇者殿」
3人の握手を最初に、ユンと各代表との簡単な顔合わせが始まった。
魔族から人類を守る為、国境を越え世界中を飛び回っていたユンである。当然ここに集まるような猛者たちとは全員顔見知りであった。
「あれ? 来たのって、僕が最後じゃなかったんですね」
今回の作戦の参加国は11か国。
だがここには、付き添いのルーチェを除けば、自分を含めて10人しかいない。
1人足りないのだ。
「ああ、『バルドゼオン』が遅れている。昨日書状が届けられてな。到着は今日の夜か、明日になるそうだ」
「バルドゼオン? じゃあ、『レナさん』かな」
――『バルドゼオン公国』。
かつてライゼルファルム王国において公爵の位についていた大貴族が、領地ごと独立した事で建国された国である。
あの『神光教』発祥の地、すなわち『教会』の総本山であり、現在の王……公国なので『公』と呼ばれる立場に座す者も、数代前から教会の頂点『教皇』が同時に即位している。
教会と言えばこの大陸の『医療』という分野を一身に担う機関であり、もしもその最高権力者である教皇……すなわち公の機嫌を損ねれば、それはつまりその国の終わりを意味している。
おかげで他国からの侵略とは無縁の平和を長年維持しており、あの帝国ですらバルドゼオンだけは放置するだろうと言われる程だ。
その建国の経緯から大陸2番目の大国である王国と強い同盟関係にあり、海に面した恵まれた立地から、漁業や貿易が盛んで栄えている。
教会の総本山である事から治安も良く、『最も楽園に近い場所』とも評される、豊かな国だ。
その公国の代表……ユンから『レナさん』という者だと予想された人物と、それが率いる部隊の到着が、遅れてしまっているらしい。
「あの国が遅刻とかそういうのって、珍しいですよね?」
「うむ。書状には『領内で不測の事態が起きた』と書かれていたが……どうなる事やら」
「うーん、レナさん、大丈夫かなぁ……」
ガイゼル将軍が公国が無事作戦に参加できるかの心配を、ユンが「不測の事態」という単語から公国自体への心配をしていると、そこに1人の伝令官が、書状を持ってやってきた。
「閣下、帝国からの書状です」
「む……」
その伝令官の言葉に、その場に集まっていた全員の視線が書状へと突き刺さる。
大陸の半分という驚異の国土を保有し、世界最強と謳われる大兵団まで抱える帝国。
だがその帝国はあろうことか、のらりくらりと適当な理由を盾に、この作戦へ参加するか否かの返事を、今日まで遅らせ続けていたのである。
それも、『対魔族連合』自体には参加しているというのに、だ。
本来なら、他の国々と同じく一も二も無く作戦への参加を表明すべきだ。魔族が存在する間は、お互いに協力し合うというのが連合の協定内容なのだから。
「…………」
ガイゼル将軍が責任者として最初に書状に目を通す。
その目線が後半に流れるにつれて、徐々に険しさを持って行く。
たった10年ほどで王国を追い抜き、現在では大陸一の大国となった国、帝国。
当然、そんな帝国が参加してくれれば、この作戦の成功率は大幅に上がるだろう。
何しろあの国には、『雷鳴』や『四魔将』を始め、極大の戦闘力を誇る者たちが、多数存在しているのだ。
だが、ここまで返事を遅らせた時点で、既に答えなど決まっている。
帝国がわざわざギリギリまで返事を遅らせるという、陰湿な手口を取った理由。
それはすなわち――。
「――やはり、帝国は『不参加』か……」
やがで書状を読み終わったガイゼル将軍が、皆に聞こえるようにそう言った。
周囲の面々も、それを聞いて「やはり」と零す。
全員の中に、そうだろうという確信があった。
無論、帝国にとっても、魔族は邪魔だ。
だがそれ以上に……自分達、『他国』の方が、あの国からしたら邪魔なのである。
――『アウストラーデ帝国』の名の下に、この大陸を完全統一する。
帝国が掲げる目標は、それだ。
正式に発表している訳ではないが、これまでの動きを見ていれば、その思惑は簡単に推測できる。
何しろあの国は、元々南の一小国であったにもかかわらず、周辺国家を次々と併合し、南半分の全ての国を掌握しただけでは飽き足らず、今は北にまで手を出しているのだ。
数年前に魔族が出現したその時も、最大の敵であり北側最大の国である王国に対し、侵略戦争を仕掛けていた。
もしあのまま戦争が続き、かつ帝国が勝利していたとすれば……次の獲物は、今回の参加国を含めた、残りの国々だったのであろう。
そんな帝国からすれば、今回の作戦は成功しても失敗しても旨味があり、そして出来る事なら連合軍には傷付き、疲弊した状態で『辛勝』して欲しいという所だ。
そうすれば邪魔な魔族はいなくなり、かつ後の併合も楽に進むという訳である。
だからこそ、例え他国の覚えが悪くなろうとも、この作戦には参加する事は出来ない。
自分達が参加してしまえば、『辛勝』ではなく、『圧勝』になってしまう可能性が高くなるからだ。
「チッ……これは魔族の次の敵が、決まったようだな」
代表の1人が呟き、その他の代表も皆頷いた。
今回の帝国の手口は卑劣だ。
連合に在籍し、協定を理由に散々甘い汁を吸っておきながら、自分からは何も与えず、文句を言うなら魔族をけしかけ、傷付いた所を滅ぼすと宣言したのだ。
例え魔族がいなくなっても、友好的な外交など結び直せる訳がない。
「…………」
陣幕を支配した空気に、ユンは嫌な予感を覚えた。
帝国という、『世界の半分』に対して集まる、多くの敵意。
この作戦が終われば、各国は帝国のみを除いて協定を結び直し、新たに『対帝国連合』を発足するのであろう。
ユンは勇者と言えども一剣士であり、外交については詳しくない。
だから抱いた不安は、あくまで漠然とした物だ。
だがしかし、それは決して、的外れな物では無かった。
――『世界大戦』の始まり。
そこにあるのは、その種火であったのだから。
---
「――バルドゼオン公国代表、レナ・メイリー・エーデルシュタイン。ただ今参上致した。遅れてしまったようで、申し訳ない」
翌日の昼。最後の参加国『バルドゼオン公国』の兵団も合流した。
率いるのは、レナ・メイリー・エーデルシュタイン。
やや冷たい印象ながらも整った造りの顔に、邪魔にならない程度に伸ばされた薄金色のポニーテールが特徴的な、クールビューティーを絵に描いたような女だ。
バルドゼオンにおける若き大貴族の1人であり、非常に優れた剣士である事でも有名な、女騎士である。
『教皇の右腕』と呼ばれる彼女が出てきている事こそが、公国がいかにこの作戦に対し本気の姿勢を見せているかを表していると言えるだろう。
「あ、レナさん! お久しぶりですっ!」
「ふふ、勇者殿。相変わらずだな。あなたも元気そうで何よりだ」
他の代表たちと同じく、レナもまたユンの様子に笑みを漏らす。
「むー、なんだかみんなして、僕を見て笑うような……」
「別におかしいから笑っている訳じゃないさ。良い事だ」
「ん~?」
握手を交わしながら首を傾げるユンだったが、途中で思い出したように口を開いた。
「あ! それで、そっちは大丈夫だったんですかっ? 何か、大変だったみたいですけど……」
「ああ、その事か。心配させてしまったのなら申し訳ない。出陣直前に、ちょっと厄介事が起きてな。その引き継ぎと、根回しに時間がかかった」
レナの説明に、ユンの後ろに控えていたガイゼル将軍も口を挟んだ。
「ふむ、本当によろしかったのですかな? 貴殿ほどの立場の者にしわ寄せが来たという事は……貴国にとって、そこそこの大事だったのでは?」
エーデルシュタイン家と言えば、公国内では『侯爵』……つまり、『公』を除いた爵位としては、一番高い位置に属する、正真正銘の大貴族である。
そのエーデルシュタイン家の現当主であり、『教皇の右腕』とも呼ばれるレナが、直接指示を出さなければならないような事態というのは……多くはない。
恐らくは、彼女の領地どころか、国全体に関わるような規模の『厄介事』が起きたのだろう。
そんな事を、仮にも他国の……しかも、『軍事』に携わる者が遠慮なしに聞けるのは、相手が『バルドゼオン公国』だからこそである。
本来なら攻め入る隙を探っているかのような、剣呑な発言に聞こえるが……先にも言った通り、公国に攻め入るような国は、この世界には存在しないのだ。
実際、ガイゼル将軍は純粋に公国を心配しただけであり、そしてそれを聞いていた周囲の者たちも、そんな疑いは欠片も心に宿していないだろう。
「ガイゼル将軍。お会い出来て光栄だ。勿論そうだが……それこそ、『そこそこの』、だからな。一国家と世界をかけた聖戦とでは、重要度は比べようもあるまい」
ガイゼル将軍の言葉に対し、レナは笑う。
その凛とした表情と言い放った言葉に、周囲の代表たちから感嘆の声が漏れる。
公国は自国の危機より、世界の危機への対処を優先して見せたのである。
帝国とは真逆の姿勢だ。
「……フッ、それもそうだな。――歓迎しよう、エーデルシュタイン卿。共に戦おうぞ」
ユンと入れ替わり、ガイゼル将軍もその手を差し出す。
ここに今、全11の国が揃った瞬間だ。
人類の存亡を賭けた、一大攻勢作戦。
それがもうすぐ、始まろうとしていた。
◇
「報告します! ――斥候が、魔族の総出撃を確認したようです!!」
3日後の昼過ぎ。伝令官がその報告を持ってきた。
彼の手には、赤い色の切れた紐のような物……『双子の紐』と呼ばれる魔具の片割れが握られている。
この魔具は2本で一対となっており、片方が切れるか千切れるかすると、もう片方も同じように千切れるという性質を持つ。
もう片方を所持しているのは、魔王城を目視できる距離に潜伏している斥候だ。
その斥候に与えられた役割は、ただ1つ。
魔王城を監視し、状況に応じて双子の紐を切る事。
今回の双子の紐は3色に分けられており、
青い紐は定時連絡用で、『異常なし』。
黄色い紐なら異常事態ありで、『報告の為一時帰還する』。
そして赤い紐なら、『魔族の総出撃を確認』。
そして今伝令官が持って来たのは、赤い紐だ。
今頃魔王城からは、数千、数万というおびただしい数の魔族が出陣を始めているのだろう。
「……予定通りか。では兵達に伝えよ。出撃は明日、日の出前。それまでに、体をよく休めておくように、と」
「はッ!!」
魔族達が魔王城から救援要請を受けてもすぐには帰って来られないよう、十分に時間を空ける必要がある。
丸1日、食事と睡眠でたっぷりと英気を養い、それから連合軍は出撃した。
---
翌日。
ついに――魔王城攻略作戦、決行日である。
早朝森を出発した連合軍は、昼……魔族の総出撃が確認されてから、ちょうど1日の後に、魔王城へと到達した。
2kmほど先にあるにも関わらず、その外観がはっきりと捉えられる程の巨大さを持つ、漆黒の塔。
目算で全50階層。高さ600メートルにも達するというそれは、ユンたち現地人からすれば、神話の世界から飛び出して来たとしか思えないような、常識外れな規模を誇る超巨大建築物である。
真下から見上げれば、一体どれほどの迫力だろうか。
これが数百年という、長い時と労力を使って建てられた物ならば、まだ理解できるが……周辺の住民の話によれば、少なくとも5年前にはこの場所にこんな物は建っていなかったと言うのだから、本当に驚きである。
識者達の間では、何らかの魔法、それか一部の魔族が持つ特殊能力を使って建てられたのだろうと言われている。
「……では、ユン殿」
「は、はいっ」
ガイゼル将軍に促され、ワイバーンに乗るユンが、緊張した面持ちで500の兵の前に出る。
「えっと……もっ、――目標、敵拠点、魔王城第1階層の占拠!! これは人類の存亡を賭けた、聖戦である!!」
ユンが慣れない口調で兵達を鼓舞し、腰の鞘から聖剣を引き抜き、空へと掲げる。
世界の危機に反応し、その持ち手を選ぶ伝説の魔法剣。
『選ばれた勇者によってその形を変える』というそれは、今代ではユンの戦い方に合わせ、刺突に適した片手剣の形を取っていた。
鏡のような白銀の刀身が発する魔力の光。
それが太陽の煌めきを反射する事で、更に輝きを増幅させる。
――竜に跨り、伝説の聖剣を掲げる、赤髪の勇者。
まるで絵画の1枚を現実にしたかのような、神々しさだ。
美し過ぎるその姿に、全ての兵の視線が、自然と惹きつけられていた。
「……みんな、僕について来て下さい!!」
「――うおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!」
この大陸の最精鋭のみを集めた、500の戦士と魔法使い。
その世界最強の軍が上げた鬨の声が、空すら落としてみせようという力で、大気を震わせた。
「行くよ――!!」
「クォオオオン!!」
ユンが片手で手綱を握るワイバーンが、翼をはためかせ一気に飛翔する。
1人空へと飛び立つユンを追いかけるようにして、500人が後へと続いた。
この戦いの第1目標である、魔王城第1階層の占拠。
ユンはこの本隊が第1階層に到達するまでの間、単騎で空の敵を全て受け持つ事になっている。他の4人の仲間達も、今は本隊の中だ。
ユンはこれより、正真正銘、数百、または数千の魔族に、単騎で挑むと言うのである。
「――来た!」
ユン達連合軍の姿を発見し、魔王城からワラワラと魔族が出てくる。
一瞬にして数は千にも届こうかという程に増えたが、それでも想定よりは少ない。
やはり今、魔王城からはほとんどの魔族が、その姿を消しているようだ。
先頭にいる自分目掛けて飛んで来る魔族の群れを見ながら、ユンは、「これなら行ける」と思った。
「――【竜剣閃】ッ!!」
剣筋に魔力を乗せる事で、遠距離にいながら敵を切り裂く事が可能になる技、【竜剣閃】。
王国戦士長ゼストが得意とするそれを、勇者であるユンが放つ。
ゼストが放った際には、魔族1体の片腕を弾き飛ばす程度だったが……ユンが放ったその見えない魔剣は、たった一刀をもって、30を超える数の魔族を、見事に両断して見せた。
――しかもこれは範囲攻撃ではなく、本来、単体攻撃である。
「ナ、ナンダト――ッ!!!?」
「マサカ……敵ハ、『勇者』カ!!」
自分達がかつて受けた事の無い規模での攻撃を前に、魔族達が一瞬にして相手の正体を悟る。
「――【千刃衝波】!!」
連続して繰り出されたユンの範囲攻撃により、瞬く間に10分の1を超える魔族が滅びる。
更地という周辺の地形から周囲への被害を考える必要が無く、また空なので味方もおらず巻き添えの心配も無い現状は、ユンにとってその強大過ぎる力を憂いなく振るえる、最高の舞台であった。
輝きが空を瞬き、漆黒の空が割れる。
魔を祓う勇者の姿が、そこにはあった。
「バ、化ケ物ダ!! 地面ダ! 先ニ地面ノ奴等ヲ狙エ!!」
「っ! させないよ!!」
飛行型の魔族はユンが受け持ち、本隊は地上型の魔族を受け持つ。
空の敵は絶対に本隊に近づけさせないと誓っていたユンは、本隊へ向かおうとする魔族から優先的に屠って行った。
仕方なくユンへと向き直る魔族だったが……当然勝てる相手ではない。
たった3分ほどという短時間で、最初に出て来た飛行型の魔族は、ほとんどが地へと亡骸をばら撒く事になった。
「うっへ~、ユンの奴、張り切ってんなぁ……」
「あいつはどうせ大丈夫だからほっとけ、ジン!! それより、右!!」
「ぅおっと!!」
「【吹雪の魔法】!!」
「ふッ!! せやぁッ!!」
ユンが空の敵を宣言通り釘付けにしている間に、その仲間達が先陣を切る本隊は、魔王城まで後1kmという位置にまで近付いていた。
個人個人の力量は魔族1体より劣っていながらも、この場にいる最精鋭の人間達には、連携があり、経験があり、装備品という名の準備がある。
圧倒的である筈の戦力差を、逆にあっさりと感じるほどに容易く退け、連合軍は歩みを進める。
「……! 伝令――ッ!! 敵の撤退行動を確認――ッ!!」
しばらくして、味方の中からその報告が上がった。
見れば魔王城から新たに出てくる魔族は途絶え、今応戦に出ていた分も、一目散に来た道を引き返しているようだった。
「よし、籠城に出たか!! 今だ!! 一気に進めええええッ!!!!」
「うおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!」
阻む者のいなくなった大地を、連合軍が一気に進撃する。
ルーチェを筆頭にした高位魔法使い達が、探知魔法で進路上の罠を警戒したが、反応は1つも無かった。
(人間の砦や城だったら有り得ないけど……魔族だったら、こんな物なのかしら?)
流石に本拠地に防衛手段が用意されていないなどと言うのは、不自然に感じたルーチェだったが……自身が使えるいくつかの探知魔法を重ね掛けしても、正真正銘、罠のような物は見つからなかった。
……たしかに、このような状況でさえなければ、魔王城には今の20倍近くの戦力が集結している筈なのだ。
あまりにも戦力差があるので、そのような小細工を考える必要が無かったのかもしれないと、ルーチェは現状に答えを出した。
「ユン!」
「お待たせ! 行くよ!!」
空の敵を完全に滅ぼし尽くしたユンも、本隊に合流する。
かくして連合軍は、1人の犠牲者を出す事も無く、魔王城第1階層に辿り着いた。
---
「ユン、どうだった?」
「……駄目」
3時間後。
第1階層を無事占拠していた本隊の下に、ワイバーンで外に向かっていたユンが帰って来て、そう首を振った。
ちなみに魔王城の各階層は天井まで10m近くの高さがあり、ドラゴンの亜種である巨大なワイバーンであっても、容易く収容できるほどの広さがあった。
「やっぱり最上階に直接突入するのは無理みたい。僕の攻撃でも、やっと傷が付くかな、ってぐらいだったよ。1個下なら、そんな事もなかったんだけど……」
ユンは連合軍と第1階層を占拠した後、一旦単独で外へと戻った。そしてワイバーンを駆使して魔王城最上階の壁まで辿り着き、外側から攻撃してみたのだ。
それでもしも壁の破壊が可能なようであれば、ルーチェたち仲間とその穴から突入し、最短で魔王との決戦に挑む算段だったのである。
……しかしその最上階の壁の破壊が不可能ならば、逆にこの話は無謀だ。
下手に1階層下から突入すると、上の階層の魔王とその他の側近、そして下の階層の魔族達から、挟み撃ちにされてしまう可能性がある。
それぐらいだったら一番下から順次攻略し、敵を一方向にまとめながら戦う方が遥かに楽だ。
なにしろ勇者であるユンは1人しかおらず、同時に二方向に存在する事は出来ないのだから。
「そうか……。ならば当初の計画通り、ここで籠城しながら上の階層を目指すとしよう。何事も堅実が一番だ」
話を聞いていたガイゼル将軍が、威厳のある声でそう頷いた。
無論ガイゼル将軍も、正直に言えばその報告を残念に思っていたが……将たる者は、部隊の士気を落とさぬよう、常に悠然と構えていなければならないのである。
「今の内に皆に食事を取らせ、夜まで休憩を挟もう。階層攻略の開始はそれからだ」
「了解です」
ガイゼル将軍の指示に従い、ユン達も保存食で胃袋を満たした。
出撃していた魔族達が帰って来たら、このようなまともな休みはずっと取れなくなってしまう。
休める時に休んでおくのも、兵の務めだ。
そしてその夜、作戦第2段階である、階層攻略が始まった。
籠城に出た魔族達を上へ上へと押し込みながら、魔王がいると見られる最上階を目指していくのだ。
ユンが力技で第2階層への扉をこじ開け、50人ほどの少数精鋭部隊で突入する。
どうやら現在のこの魔王城には、2~5階層ごとに魔族1部隊が配置されているようで、その数千の敵に対し、たった50人という数で攻め入らねばならない攻略組の負担は大きい。
しかし残りの450人も、総出撃から帰還した魔族達から、ユンの力無しで第1階層を死守しなければならないという大役がある。
魔王城自体を砦にした籠城戦と言えども、出撃した全ての魔族が帰還すれば、その兵力差は数十倍だ。
防衛組の負担は、もしかしたら攻略組以上かもしれない。
作戦段階から最も苦労するであろうと見られていた階層攻略は、その予想通りに、苛烈を極めた。
◇
5日後。
攻略組はその数を半分の25人まで減らしながらも、なんとか第40階層まで進んだ。
最上階までは、残り10階層。
魔王と出会うまでに、恐らくあと2~3部隊ほどは待ち構えているだろう。
出陣していた魔族達も続々と帰還し始めており、こうしている今も第1階層では籠城戦が繰り広げられている筈だ。
戦っているのは、自分たち攻略組だけではない。
それに魔王との邂逅までは、あとほんの少しだ。
ユン達は崩れ落ちそうな足を叱咤し、疲労を振り払いながら前へと進んだ。
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魔王城攻略作戦8日目。
――第48階層。
最上階まで、ついにあと2階層となったそこでは……激戦が繰り広げられていた。
「はぁあああ――ッ!!!!」
「無駄だッ――!!」
ユンの聖剣が一瞬で十を超える斬撃を生み出し、迸る魔力の光が空間を埋める。
が、それに対峙する将の魔族も、劣らぬ速度で長槍を捌き、互角の撃ち合いを見せていた。
灰色の鎧に身を包んだ、3mはあろうかという巨大な魔族だ。
「――【滲む影】!!」
――――。
「――ッ!! みんな、『影』だ!!」
「!?」
将の魔族が魔法の詠唱のような物を呟き、手に持っていた槍を自分の影に突き刺すと同時、ユンが叫んだ。
仲間達はその言葉の意味を理解するより早く、条件反射で視界の中の影という影に意識を割く。
その瞬間。
自分達の足元の影から、『漆黒の槍』が飛び出して来た。
「うおっ!?」
「ぐあ……!!」
ユンの警告のおかげでほとんどの仲間がその槍を回避する事に成功したが、全員が避け切るのは難しく、動体視力で劣る魔法使いを筆頭に、2~3人が直撃を受けてしまった。
「くっ……!!」
「チッ! 勇者、貴様感知系の能力を持って―――いや、その『剣』か!!」
背後でルーチェが仲間に回復魔法を使うのを『聖剣から感じ』ながら、ユンは将に図星を突かれて眉を顰めた。
「【意志ある道具】……! 【固有装備】か!!」
「何っ、言ってんのかっ、分かんないよ――ッ!!」
隙を与えて先程の影の技を使われないよう、ユンが灰色の将を攻め立てる。
休む暇も無い程の連撃でありながら、目の前の魔族はそれに見事に対応して見せてくる。
(こいつ、やっぱり速い……!!)
ユンは剣士として、スピードには自信がある。
それについて来るこの魔族は、これまで出会って来た全ての魔族の中で、最も素早いのは間違いない。
3mを超える巨体に、ユンに匹敵する速度を持ち、槍と言う長射程の武器を扱う。
下手をすれば、過去最強の敵と言っても過言ではない。
「――【雷閃の魔法】!!」
「【竜剣閃】!!」
「くらいやがれ!!」
「グッ……!?」
ユンが怒涛の攻めで敵を釘付けにしている隙に、ルーチェ達が裏へと回り、攻撃を与え始めた。
仲間達も周囲から加わり、多角的にダメージを与えて行く。
――――。
「!! はぁああああ―――ッ!!!!」
「ぐぁああっ…………!」
将の意識が自分から周囲へと一瞬だけ逸れた瞬間、それをつぶさに察知したユンが、『感覚』に従い渾身の突きを放った。
勇者であるユンには速度に加え、灰色の将が持っていない『威力』……すなわち、『聖剣』がある。
白銀の尾を真っ直ぐに引いた聖剣が、将の灰色の鎧を貫通し、左胸に突き刺さった。
「【白光】――ッ!!!!」
「がああああああああああッッッ!!!!」
ユンがトドメとばかりに『聖剣の魔力』を解放し、白い光が将の体を内側から焼き尽くす。
一瞬、将の体が太陽になったかのように、閃光を伴い爆発を起こした。
「ルーチェ!!」
「【氷山の魔法】――ッ!!!!」
ユンが聖剣を引き抜きながら、将の巨体を蹴り飛ばす。
そこに、流れるような連携で、ルーチェの魔法が追い打ちをかけた。
30mを超える極大の氷塊が灰色の将に直撃し、そのままフロアの片隅まで跳ね飛ばした。
ガラガラと音を立てながらしばらく床を転がった将の体は、ピクリとも動かない。
「……大丈夫、倒したわ」
光の探知魔法と鑑定魔法の両方で将の死亡を確認したルーチェが、戦闘の終わりを告げる。
「はぁぁぁ~~~……」
途端に膝を突く面々。
全員が満身創痍。体はとうの昔に疲れ切っており、精神力だけで持っているような状態だ。
それでも普段通りに戦闘がこなせるのは、この攻略組の面々が、最精鋭中の最精鋭である証拠である。
ユンも床に腰を下ろし、残り少なくなってきたポーションで、怪我と疲労を回復させる。
被害を確認しようとフロアを見渡せば、先程の影の技にやられた仲間を含め、倒れているのは5人だ。
これまでの階層攻略で、一番の被害である。やはり、今の将は強かった。
互角の動きが出来るユンがいなければ、確実に敗北していたであろう。
――当初50人もいた攻略部隊は、現在ではたったの18人にまで減っていた。
この5人全員が戦線に復帰できなかった場合、これで13人だ。
全員が死亡した訳ではないが、一命を取り留めた者も、ポーションや癒しの魔法でも回復しきれない程の重症を負ってしまい、第1階層にて安静にしている。
「……ユン、気にするな」
床を眺めていると、この2年間を共に戦い抜いた仲間、騎士のエドヴァルドに肩を叩かれた。
「えっ……。エド?」
「別にお前のせいじゃない。お前はここで全力が出せない。そんな事は、みんな分かってるんだ」
「え……あ」
ユンは背後に立つエドヴァルドを見上げ、そこで初めて、自分が地面に座り込んだまま、力なく俯いていた事に気付いた。
視界一面に床しか映っていなかったのは、その為だったのだ。
「ご、ごめん!」
慌てて立ち上がり、自分で頬を叩いて、気合いを入れ直す。
「大丈夫か?」
「う、うん!」
「そうか。――とにかく、自分を責めるな。それは間違いだ。私達は、みんな『分かって』ここにいるのだから」
「…………」
エドヴァルドの言う、この場の皆が『分かっている』事。
それに該当する物は、先の「お前はここで全力を出せない」という言葉を考えれば、1つしかない。
当然、ユンにもそれが分かった。
――ユンはこの魔王城という屋内の地形において、著しく弱体化する。
という事を、だろう。
それはエドヴァルドの言う通り、作戦開始前からの周知の事実であり、同時に仕方のない事であった。
というのも、ユンの力は、あまりにも『強過ぎる』のだ。
ユンが本気で聖剣を振るってしまうと、この魔王城自体に、大きなダメージが与えられてしまうのである。
それは下手をすれば、魔王城の崩落を招きかねない。
何しろこれほどの超巨大建築物だ。その質量を考えれば、ワンフロアでも傷付けば、一番下までドミノ式に崩れ去る危険性がある。そうなれば第1階層で戦う仲間達は、全滅だ。
結果としてユンは範囲攻撃や『威力の高過ぎる技』のような、周囲への影響が大きい攻撃を縛った状態で戦わねばならず、ほとんど通常攻撃、または単体攻撃技のみでの戦闘を余儀なくされていた。
第一階層を占拠するまでの最初の状況とは、真逆である。
無論それだけでも、こうして将の魔族とも互角に渡り合えるのだが……彼女が本気で戦えるとしたら、それは防備の為なのか他より頑丈な作りになっているらしい最上階でだけだろう。
そんな事は、全員が分かっていた。
辛い戦いになると。
いつ犠牲が出ても、おかしくはないと。
だからこそ、エドヴァルドはユンが心の奥底に抱いたであろう考えを、否定するのだ。
――「自分が弱いせいで、仲間を救えなかった」という、その考えを。
倒れた者は、別に「ユンが弱いせい」で倒れた訳ではない、と。
自分のせいで、仲間が倒れた。
そんな言葉は、倒れていった者に対して、あまりにも失礼だ。
仲間という物は、『守るべき物』ではない。
『背中を預けるべき物』なのだから。
倒れたのは、あくまで彼ら個人の実力不足によるものである。
そう考える事こそが、戦士としての礼儀なのだ。
そうでなければ、『お荷物』だと宣言しているのと変わらない。
『誇り』を重んずる、『騎士』として生きるエドヴァルドは、ユンにそう言っているのだ。
「――ああ、そうだ。それにお前だって人間だ。無限に戦える訳じゃない」
「シャル……」
エドヴァルドに続き、戦士のシャルムンクもフォローを入れる。
実際それはその通りで、勇者といえども、8日間に渡り戦闘続きでは、流石に疲労が拭えない。
それに体力だけでなく、自身の魔力も、聖剣の魔力も、どちらも無限にある訳ではないのだ。
魔王戦まであと1歩である現在、ユンは無駄な魔力の使用は極力控えなければならない。
そのような、勝利を得る為には致し方ない『枷』も、今回の苦戦を招いた一助であると言えよう。
「――ま、とにかく仕方ねえってこった。ったく、気ィー落としてる暇があったら、さっさとルーチェを手伝えってんだ。見てみろ。てんてこ舞いだぞ、あいつ」
ジンも分かり辛くはあるが、彼なりにユンを元気づけるつもりでそう言っている。
2年という月日を共に過ごしていなければ、ユン達にも分からなかっただろうが。
「……うん、そうだね。ごめん。――それと、みんなありがとう」
ユンはもう1度だけ自分の頬を叩き、そしていつも通りの笑顔を浮かべた。
まるで太陽のような、作り物ではない、明るい笑顔だ。
自分には、『仲間』がいる。
それに『背中を預ければいい』事を、皆の言葉で思い出したのだ。
この5人の間には、仲間としての確かな信頼が存在していた。
「……ケッ」
「ふふっ」
らしくない事をしたと頭を掻くジンに3人で苦笑しつつ、光の回復魔法で倒れた5人を看病しているルーチェに合流する。
5人の内の1人は、戦線への復帰が可能なようだ。
第1階層へと他の4人を運び、再び準備を整えたら、最後の49階層だ。
迫る決戦の時に、ユンは再び気を引き締め直した。
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「――行くよ」
「ああ……!」
頷いた仲間達……14人に無言で頷き返し、ユンが聖剣を片手に巨大な扉を押し開ける。
片手が塞がっているユンの代わりに、魔法で強化されたオリハルコン製の大盾を構えるエドヴァルドが、皆の盾になるようにして前に出た。
「なっ――」
中へと足を踏み入れた14人の間に、一方は困惑、一方は驚愕が浮かぶ。
――もしかしたら、この49階層には、敵がいないかもしれない。
14人の中には、そんな淡い期待があった。
なぜなら、先程の48階層にはこれまでで一番強力な将の魔族が門番の如く待ち構えており、そしてここまでの戦いでは、2~5階層ごとに1部隊ずつしか魔族は配置されていなかったからだ。
しかし扉の向こうには、『魔族』がいた。
それだけならば、14人の心中に浮かんだのは『落胆』と『戦意』だっただろう。
だが14人の内、実に9人もの頭に浮かんだのは『困惑』。
――なぜなら、そこに待ち構えていたのが、たった1体の魔族だったからだ。
天井まで10m弱、床直径80mという超広大なフロアの中心に、ポツンと佇む、人型――身長も人間の成人男性とほぼ変わらない――の魔族。
魔王の前に立ちはだかる最後の壁が、単騎などとは……9人は予想だにしていなかった。
そしてもう一方、『驚愕』を浮かべた方の5人。
ユン、ルーチェ、ジン、エドヴァルド、シャルムンク。
それは、勇者パーティーの面々だった。
この5人は、その状況に驚いていたのではない。
ユン達がその光景を見て、驚愕した本当の理由――。
「――久しぶりだな、女よ。いや、今は勇者と呼んだ方がいいか。……『片割れ』は息災か?」
「お前は――ッ!!」
それはその、たった1体で魔王の玉座を守る魔族が――5人にとっては、因縁の相手であったからだ。
「――四天王が1人、セムヤザ。……さあ勇者よ。『あの日』の決着を、付けよう」
四天王の1人、『セムヤザ』と名乗った将の魔族。
鼠色のフード付きマントを纏った、人型のそれ。
それはユン達が、かつて初めて戦った将の魔族であり――。
――唯一、『敗北』した魔族であった。