39 大蘇生
2016.11.9
修正作業により1日遅れてしまいました。
次回更新は予定通りに出来ると思います。
なんとか団地の再建予定地(用が済んだら速攻で名前忘れた)に転移すると、そこはサッカースタジアムのような広さの広大な更地だった。
敷地の周辺には石材などが高く積んである。団地の再建予定地という事だし、今は最初に建っていた団地を一回解体した所だったのだろう。老朽化でもしてたんだろうか。
「あ、あの、……あなた様が、先程の声の……?」
椅子に座ってほんの2~3分ほど待っていると、すぐに最初の住民がやって来た。
男の子の亡骸を抱えた女性だ。
明らかに怪しかったであろう俺を、ここまで早く頼って来るとは。
(……抱えているのは、息子か)
少なくとも、それほどに大切な存在であるのは間違いないだろう。
藁にも縋る、という奴だ。
「ああ、そうだ」
頷きながら思った。衛兵かなんかを何人か借りてくれば良かった。
単独で転移してしまった以上、住民たちへの対応も俺がしないといけない訳だ。
せめてニーナがいれば……。
「お願いします……っ!! 息子を、息子をどうか、お救い下さい!!」
「分かっている、そう慌てるな。さっきも言ったが、もっと大量に集まってからじゃないと復活の魔法は使えないんだ。必ず助けてやるから、もう少し待て」
女性を宥めつつ指示を出し、広場の一番端っこに息子さんの遺体を横たわらせた。
うん、お供は絶対に連れて来るべきだった。
これから来る奴全部にこうして「早く蘇生して」とせっつかれるのだろうか。
当然俺だって気持ちは分かる。
だが1人1人に蘇生魔法を使ってたんじゃ、俺のMP量でも流石に持たないのだ。
前にも言ったが、蘇生魔法の消費MPは、他の魔法とは桁が違う。
今回の死者は数万人とかの規模の筈だ。範囲拡大化で一度に蘇生させて、できるだけ使用回数を減らさなくてはならない。
もちろん俺はMPポーションを『ページ』単位で持っている馬鹿なので、やろうと思えば1人1人の蘇生も可能だろう。
ただしそんな事をすれば、それこそページ単位で減る筈。9年かけて集めた消費アイテムを、そんなアホな理由で失ってたまるか。
その女性を筆頭に、続々と住民たちが集まって来た。
服を着た状態で亡くなっている遺体はそのまま並べさせ、一部だけになっていたり裸の物には、毛布を広げてかけておく。
30分ぐらいして、やっと500人分ぐらいの遺体が集まった頃。例の教会で見たのと同じ格好をした、シスターと司祭たちが来た。
ああ、こいつらが別の教会とかいうのの……。
「あ、あなた様が……」
「ああ、俺がさっきの声の――」
「おおおおおお!!」
司祭っぽい奴らが、なぜか俺の前で土下座を敢行し出した。な、なんだ一体。
「うわっ。なんだお前ら……!」
「!! も、申し遅れました! 私はフェデルコ・カールトン! このライゼルファルムで、大司教の任に就いている者です!!」
大司教? 漫画とかでよく聞くけど、実際どれぐらいの地位の役職なのかは知らんな。
多分司祭よりは上だろ。俺には関係ないけどな。
「教会の人間か。死人でも出たか?」
「いえ、我々と教会の避難民は、おかげ様で全員無事にてございます! 我々は是非ともあなた様のお力を……『復活の魔法』という奇跡をこの目に焼き付けたく、参上致しました!!」
なんだ、蘇生魔法の見物に来たのか。
まあ魔法使いなら自分の知らん魔法は見てみたいもんだわな。
俺も昔、まだレベルが低かった頃……動画サイトで『ザ・ワールド全魔法エフェクト集』とか見て、レベリング作業のモチベーション上げてたわ。
「ふむ、そうか。別に見物するのは構んが……先にちょっと、仕事を頼まれてくれないか?」
さらっと仕事を押し付けてみる。
「っ――!! も、勿論でございますッ!! なんなりと!!」
なぜか逆に目を輝かせる大司教。
まあいいや。しめしめ。
「じゃあ遺体を運んで来た住民たちの、案内や整理を頼んでいいか? 犠牲者の遺体をあんな感じで並べていくよう指示を出し、遺体が一部だけだったり裸の場合は、この毛布を広げて掛けておくんだ」
「はッ!! 神命、確かに賜りました!!」
(テンションたっけーおっさんだなぁ)
俺の中にある『神父』ってもんへのイメージが、ガラガラと崩れて行く。
もっと厳かというか、物静かなイメージだったんだが……。
しかしこの大司教とかいう奴と教会の面々は、かなり役に立った。
まず一番なのは、俺がな~んにもしなくて良くなった事だ。
あの大司教とやらが先頭に立ち、仲間たちもテキパキと指示に従い、驚くほどスムーズに事が運ぶ。
更に、信用ある教会の人間が入り口に立つようになった事で、目に見えて訪れる人間が増え始めた。
やはり様子見していた連中が多いのだろう。何もかもが妖し過ぎるからな。
よし、俺も椅子に座って待つという仕事を、立派に果たしてみせるとしよう。
「師匠!」
それから1時間ほど本当に何もせずふんぞり返っていると、ニーナたちが白い馬車に乗ってやって来た。
馬車の御者をしているのは衛兵らしく、荷台の方にも同じ鎧の奴等が数人乗っている。
「賢者様!?」
「賢者様だ!!」
ニーナの登場に、場が騒然となる。
おーい、みんなー。ここでふんぞり返ってる人の方が偉いんだよー。
ニーナが御者の衛兵に礼を言うと、馬車はそのままどこかへ走り去っていった。
あれはタクシーなのか?
「良かった、間に合いましたね」
「おう、来たか。さっきの馬車は?」
「あ、王宮が出している遺体収容の馬車の1つです。ゼストさんに声をかけたら、気を利かせて送ってくれました」
ああ、さっき国王に言った『あぶれ』用の馬車か。
となるともう少ししたら身寄りの無い者たちの遺体も集まってくるな。
……ところでゼストって誰ですか?
「ゼストさんとトリスタンさんが、師匠に剣のお礼を言っていましたよ」
ああ、戦士長か!
ならトリスタンって方は騎士長かな。
「そうか」
「それと、なるべく近い内に返却に来るそうです」
「返却? 剣をか?」
「はい」
「あれはくれてやったつもりだったんだがな……」
返ってくるのも逆に困るな。せっかくアイテムボックスが2マス分空いたんだから。
「やはりそうでしたか。……ところで、教会の方々に手伝わせているのですか?」
ニーナが俺の代わりに住民たちを捌いている教会の面々を見る。
ちなみに王宮側の人間が到着したら、そいつらにも手伝わせるつもりだ。
え、俺?
いや俺はいいだろ。
「ああ。なんか蘇生魔法の見物に来たんだと」
「ああ、なるほど。…………『排斥する方向』にはなりませんでしたか。賢明ですね」
「ん?」
「いえ。……それより、私たちも何かしましょうか?」
ニーナが目の前の痛ましい光景に目を向ける。
現時点で集まっている死者の数は3千人ぐらいだろうか。
それらがズラリと並べられている光景は、現代ニホン人の感覚からすると壮絶の一言だ。
現実だったら、俺もかなりショックを受けるかもしれない。
「いやぁ、やめとけ。お前がいると、人が集まって来るから逆に邪魔になる」
「うっ……」
隣に座って大人しくしててくれ。
……実は住民からの信頼厚いニーナと親しげな所を見せる事で、住民たちが持つ俺への不安が少しぐらい緩和されるかな、とか考えての発言だったりする。
「で、ですが……」
だが珍しく、ニーナは食い下がってきた。
普段なら俺の言う事には問答無用で頷くのに。
それで、分かった。
ニーナはこの光景に、責任を感じている。
そしてこいつが責任を感じているその理由。それは――。
――あの、レベリングの件だ。
あんな事に時間を割いていなければ……犠牲者の数は、これより遥かに少なかった筈だと。
こいつはそれを、気に病んでいるのだ。
(……ったく、馬鹿な奴だ)
なんでそれで、ニーナが自分を責めてるんだか。
ニーナたち3人に、罪は無い。
こいつらは全力で事に当たった。
全力で戦い、最速で魔族を掃除して回った。
明らかに最善を尽くしている。
ニーナが感じている自責の念。
それは当事者だったからと言って、彼女が勝手に感じているだけの物だ。
悪いとしたら、それは別にいる。
文字通り一瞬で片を付ける事も出来たのに、それをしなかったような奴が。
自分の下らない目的の為に、数万という人間を見殺しにしたような奴が。
――そう、俺だ。
目の前のこの惨状は。
俺のせいで、生み出されたのだ。
(――いや、んな訳ねーだろ)
1つ言っとくぞ。
――俺は自分が悪いだなんて、これっぽっちも思っちゃいない。
こいつらが、俺のせいで死んだだと?
(んな訳あるか、ボケ)
そうだと本気で思う人間がいるなら……それは、前提条件が間違っている。
――この王都の住民は今日この日、『1人残らず全滅する筈』だったのだ。
こいつ等は、最初から死ぬ予定だったのである。
運が悪かった。
それだけ。
目の前の惨状は、強いて言うなら、それが原因。
運悪く、魔族が襲撃してきた。
運悪く、生き残れなかった。
運悪く、俺に手を抜かれた。
それが全てだ。
では全滅する筈だったのに、生き残った者たちはどうなのか?
それは、運が良かったのだ。
運良く、魔族に襲われずに済み。
運良く、長く生き残り。
運良く、俺が助けに来た。
それが全て。
運に生かされ、運に殺される。
生物である限り、その条件は全員同じだ。
み~んな揃って、運の奴隷。
俺だって自分より強い奴に襲われれば当然死ぬし、現実世界で次の瞬間、部屋の壁でも突き破って、車が突っ込んで来て死ぬかもしれない。
……結局の所。
俺たちは、『家畜』と何も変わらないのだ。
世界という柵の中で生まれて育ち。
ある日突然、刈り取られる。
死は誰しもの隣に、平等に佇んでいる。
それに選ばれたのが、今回はこいつらだったという、それだけの事。
次の瞬間にそれが俺になっていても、何の不思議もありはしない。
――命は、軽い。
『ゲーム』だろうが『現実』だろうが、それは同じだ。
少なくとも、俺の価値観ではそうなっている。
だから……。
(……生き死になんて、どうでもいい。誰のせいとかも、どうでもいい)
どうせ何もかもが、運で決まるのだ。
運良く生きてて、運悪く死ぬ。
ならジャンル分けする事に、意味なんて無いだろう。
どうでもいいんだ。どうでも。
――ああそうだ。だからこそ。
「別にお前たちのせいじゃない。――悪いのは、俺だ」
そう言った。
俺は悪いとは思っていない。
だが、世間一般的に見れば俺が悪い。
なら、そういう事でいい。
自分の信じる物とか、答えとか、是非とかは関係ない。
ただ、「ニーナたちが責任感じるのはおかしくね?」と、そう思った。
それぐらいだったら、俺が悪いという理屈の方が、誰だって納得できる。
……ま、色々長くなったが、要するに。
――ニーナたちが罪悪感を抱くぐらいなら、俺が素直に罪を認めよう。
そう思った訳である。
「師匠……」
「ったく。本気を出さなかったのは、俺だろう? なんでお前が落ち込んでるんだか」
振り返ったニーナが俺を見上げる。
揺れていた青い瞳に俺が映り込み、その像はやがて揺れなくなった。
ほんの数秒後。
そこにいたのは、いつものニーナだ。
まるで波の凪いだ、海の水面。
その深く引きずり込まれるかのような視線に、思わず胸がドキリとする。
「……いいえ、師匠。あなたこそ、悪くありませんよ」
目を丸くした俺に、ニーナがちょっとだけ苦笑した。
「だってそうでしょう? ――今目の前にいるこの人たちは、あなたが救ったのですから」
ニーナが言っているのは死んだ者たちの話ではなく、生き残った者たちの話だ。
さっきも言ったが、この王都の住民たちは、全員が死ぬ筈だった。
それが、これだけの数生き残ったのである。
俺の……俺たちの、おかげで。
「文字通りの救国の英雄ですね。そんなあなたを責めるなど、お門違いも良い所です。それに……」
ニーナが小さく胸を張った。
「……私も、今回は頑張りました」
――まったく。これだから頭の良い奴は。
賢者様には……俺の気遣いなんて、全てお見通しだったらしい。
憎たらしい笑顔を浮かべやがって。
……本当は可愛いとしか思ってないけど。
「……はぁ。ま、そういうこった。感謝されこそすれ、責められる謂れは1つも無いね。大体、強いて悪い奴を挙げるとしたら、俺じゃなくて魔族だわな」
「はい、それは間違いなくその通りです」
しかも俺、この後蘇生までしてやるんだぞ?
国民全員から跪いて地面に頭擦り付けるぐらい感謝されても、なおお釣りが来るわ。
「という事で、ルルとティアも気にすんなよ」
「えっ、……う、うん?」
「は、はい……?」
目をパチクリさせながら、話を聞いていた2人が頷いた。
頭の良いニーナと違い、今の会話の意味はよく分かっていないらしい。
まあ二言ずつぐらいしか喋ってないしな。今ので意味が分かったニーナの方がおかしいのだ。
「なんか分かんないけど……。通じ合ってる~って感じ……」
「そ、そうね……」
コソコソと何か言っている。
うん、この2人はそんなに気にしてなさそうだな。
なぜかルルにジト目で睨まれているような気がするが、俺も気にしない事にした。
---
それからしばらくして衛兵の馬車が増え始めた頃、その中に貴族の馬車も混じるようになってきた。
ニーナが言うにはこの王都は貴族街とか一般街とかの括りで区画整理がなされており、ここは一般街に属しているそうだ。
距離の関係や建物の倒壊などによる迂回で遅れていたようだが、しばらくしたら一気に数が増えるだろうという事だった。
……どうでもいいけど、停まった馬車と野次馬で入口が大変な事になってるな。衛兵たちが頑張ってくれてるからいいけど。やはり持つべきものは駒だな。
「……蘇生魔法が使えるってさ、凄いよね」
収容人数が1万に近付いた頃、隣に座っていたルルが言った。
「だってさ、『これ』が全部、無かった事になるんでしょ? もちろん光の魔法としても凄いけどさ……それ以上に、凄いよ、それは」
目の前の屍はついに1万に達した。
俺が殺した魔族の合計数より、遥かに多い数の死だ。
聞くところによれば、この王都の人口は15万人前後らしい。つまり現時点で人口の5%以上が死亡している事が確定という訳だ。この速度なら、最終的には10%を確実に超えるだろう。
それは人口1億の現代ニホンで考えれば、1千万人が死んだようなもの。
あまりにも重い現実だ。
本来なら人々は深く傷つき、その心の傷が癒えるまでには何年どころか何十年という時間がかかっただろう。
だが、それが。
たった1度。たった1度の蘇生魔法で――覆る。
全ては、『無かった事』になる。
それがどれだけ凄い事なのか。それは字面以上に凄い事なのだと、ルルは言いたいのだろう。
「――いや、それは違うぞ、ルル。無かった事になんて、なりはしない」
「え?」
「一度死んだという事実は覆らない。『1回死に、生き返った』。それが蘇生魔法という物だ」
「……? 何が違うの? 結局、結果は同じじゃない?」
「大きく違うさ。今ここにいる者の胸を打っている感情。それは実際に抱いた物だし、死者達の恐怖や絶望も、実際に起きた事だ。それを無かった事にするのは、『冒涜』だ」
「……ごめん、難しくて分かんないや」
ルルははっきり言ってしまえば、教養が無い。その上人生のほとんどを孤独に過ごしており、『価値観』という物を外から言語化して与えられる機会が少なかったのだろう。
彼女にこういう道徳的な話をする時は、もう少し表現に気を付けた方がいいようだ。
「うーん、どう言えばいいのか……。例えばルル、お前が今から、俺の編み出した超凄い魔法でハーフエルフから純粋なエルフになり、髪の色も肌の色も普通の色になり、ついでに耳も伸びたとする」
「うん」
「そしたら――お前のこの21年間の苦悩は、無かった事にしていいのか?」
「っ!」
俺の言葉に、ルルがその美しい瞳を見開いた。
どうやら感覚的に伝える事は成功したようだ。
「まあなんか、そんな感じだ。1度起きた事は簡単に無かった事にしてはいけないし、出来ないのさ。『現実を生きる』ってのは、そういうもんだ」
「…………」
「……それに、死者は『生き返った』んじゃない。――『生き返らせて貰った』、だろ?」
勝手にそうなる訳じゃない。
誰かが手を差し伸べてくれたから、そうなったのだ。
そこに人の意志が介在しているかどうか。
――そこに、誰かの優しさがあるかどうか。
例え結果が同じでも、それがあるかどうかで大きく違う。
このクソッタレな世界の中で。
好意というのは最もちっぽけで――最も重要な物なのだ。
「……そうだね。確かにそうだよ」
ルルは真剣な顔で頷くと、悲しみに溺れる住民達の方へと再び目を向けた。
「――無かった事に出来るから凄いんじゃない。誰かを助ける事が出来るから、凄いんだね」
ルルはルルなりに俺の言葉から感じた物があったようだ。
俺の言いたいことが正確に伝わったかは分からないが、別にそれでいい。
同じ話を聞いても受け取り方はその人間次第。
本来人間同士の意思疎通なんてもんは、そういう物だ。
「だからハネット様は凄いんですね」
うーん、ティア。どうしてそうなった?
意見は千差万別と言った直後でアレだが、多分それは違うと思うぞ?
正直これには反応に困ったので無視した。
「師匠は大人です」
黙って聞いていたニーナがうんうんと頷きながら呟く。
大人……かなぁ?
その『大人』というのが褒め言葉としての意味なのだとすれば、正直微妙な所だろう。
俺の正体は23歳フリーターだ。
日がな一日定職にも就かずブラブラしており、最低とまでは言わんが、少なくともまともな大人とは言えまい。
少なくともFFFの中では、そんな怠惰な人生を過ごしているのは――俺だけだ。
◇
貧民街の片隅で孤児として小さく生きてきた少年、ゴンは親友の無惨な亡骸を抱えてその更地を訪れた。
謎のお告げが言っていたローテル団地の再建予定地。
生まれながらに孤児であり教養が無いゴンは、『北東』というのがどの方角なのか分からず随分とあちこちを歩き回り、ようやく今辿り着いた所だった。
その更地には王宮の紋章や貴族家の紋章が描かれた高級そうな馬車が何台も停まっており、日々の糧を物乞いなどで得ている孤児の自分が居ていい場所なのかと、今更ながらにゴンは不安になった。
「さあ、皆さん。恐れる事はありません。どうぞ中へ」
中の様子を窺おうと馬車の隙間から顔を覗かせると、教会からやって来たのかシスター達が、住民達を案内していた。
普段炊き出しを行っている教会の人間というのは、浮浪者にとっては心の拠り所だ。ゴンは少しだけ浮かんだ安堵から勇気を振り絞ると、敷地の中に入り、シスターの1人に声をかけた。
「しゅ、修道女様、僕の友達を助けて下さい……っ!」
振り返ったシスターの目に映ったのは、ボロ布で包まれた何かを抱きかかえた1人の少年。
その少年が言う『友達』などという存在はどこにも発見できなかったが、それと同じ現象をここまでに何度も経験しているシスターは触れなかった。
「勿論です、さあ一緒に中へ行きましょう」
慈悲深く微笑んだシスターに手を引かれ、馬車達の隙間から中へと入る。
直後ゴンが感じたのは、異臭。
そして視界が開けて見えてきた光景に、知らず足が止まった。
「うっ……!?」
そこにあったのは、地面全てを覆い隠すかのような、屍の山。
1人当たりの面積を減らす為なのか隙間なく並べられたそれらは、一目見ただけで千、いや、もしかしたらこれが万という桁の光景なのかもしれないとゴンに理解させた。
「さあ、こちらです」
大墓地を掘り返したかのような、想像を超える『遺体収容場』の見た目に尻込みしたゴンであったが、今更引き返すつもりは無かった。
彼がここに来たのは、ろくでもない人生を共に過ごしてくれた、唯一の親友の為であったのだから。
敷き詰められた遺体の絨毯を大きく迂回する形で奥へと進む。
途中周囲の様子を見渡せば、遥か遠くに彼の有名な『土の賢者』、ニーナ・クラリカの姿があった。
(!? な、なんか凄い人がいる……。もしかして、あれが?)
その隣に座る、全身を白と金で覆った、圧倒的な財力を予感させる謎の男。
自ら太陽にならんとばかりに輝く(昔クラツキに「お前はミラーボールでも目指してんのか」と評された)男の姿に、ゴンはお告げの主が誰であるのかを本能的に悟った。
何しろその男……ハネットはこの広大な更地の中で、その格好のせいで一番目立っていたのだ。
「大司教様、よろしくお願いします」
「うむ」
シスターに案内された場所にいたのは、司祭のような格好をした、50代ぐらいの中年の男だった。
「さあ少年。『その方』をこちらへ」
優しく微笑んだ大司教と呼ばれた男に、ゴンは素直に大事に抱えていた包みを渡した。
大司教が丁重にその包みを解くと……中からは、1本の『子供の腕』が出て来た。
――それが、ゴンの親友だった物の成れの果てである。
親友『スンダ』はゴンの目の前で巨大な魔族に丸呑みにされ、噛み千切られた腕だけが地面に残った。
親友がボリボリと咀嚼される光景を前に茫然と座り込む事しか出来なかったゴンだったが……その魔族のアギトが自分へと向く直前、その魔族はなぜか一目散にその場から逃げ出した。
王都の空を閃光が横切り、光の雨が街中に降り注いだのは、その直後である。
「大司教様」
「ああ、ありがとう」
先程のシスターが1枚の毛布を抱えて帰って来た。
先に並べられていた遺体の隣にスンダの腕を並べた大司教は、毛布を受け取るとそれを被せた。
その行為の意味は何だろうか。
見ると先に並べられていた遺体の中には、同じように毛布が掛けられた物がいくつかあった。
よく分からないが、そういうものらしい。
「もうしばしここで待ちなさい。この広場が一杯になったら『始まる』そうだ」
大司教はそう言い残し、1つ隣へ。そこで新たにやって来た犠牲者を並べていく。
「うう……スンダ……」
腕1本だというのになぜか人間1人分のスペースを設けられたそこで、ゴンは泣いた。
ここに来るまでに既に何度も泣いていたが、それ以外にやる事もなかった。
そうして2時間ほどの時間が過ぎ、涙も枯れた頃に『それ』が始まった。
「――いい加減やるか。もう3時になるし」
呟いたのは白い男――ハネットだ。
ゴンがやる事も無く暇つぶしに眺めていたそのハネットが、ついに腰を上げたのである。
「おお、ハネット様! では……?」
大司教が白い男の前に跪く。ゴンはこれにより、魔族を薙ぎ払ったお告げの主がハネットである事を確信した。
「ああ。――復活の魔法を使う」
大司教にそう短く返事をし、ハネットは空へと浮かび上がった。
多くの魔法使いが存在するこの王都では、飛行の魔法が使える者も一定数おり、そこまで珍しい光景ではない。
だがそれを、輝かんばかりの装備で身を包むハネットがやると、神の降臨か何かのような圧倒的神々しさがあり……ゴンは思わず、頭を垂れたくなるような衝動に駆られた。
『――聞け、住民達よ』
ゴンの頭の中に、再びあのお告げの声が聞こえてきた。
『これより復活の魔法を使う。全員遺体から離れるのだ』
その場に集まった住民達がざわりとした後、困惑しつつも愛する者から距離を空ける。ゴンも毛布から少しだけ離れた。
『では我が奇跡を見せてやろう』
ハネットが両腕を悠然とした動作で広げる。
それはまるで、教会の絵画に描かれた神の抱擁のような、圧倒的な迫力を持った姿であった。
『範囲拡大化Ⅱ――
――【完全復活の魔法】』
瞬間、世界が変貌した。
今の今まで青かった筈の空は金色に輝き、一条の暖かな光が更地を照らした。
どこから現れたのか、まるで白鳩の群れが飛び立ったかのように、大量の純白の羽根が空からフワリと降り注ぐ。
「うわあああっ」
その他の住民達と同じように、ゴンは悲鳴を上げていた。
巻き起こされた天変地異に頭を抱え、地面へと腰を落とした。
そして周囲の様子を、世界の変化を把握しようと目を開き、それを見た。
「えっ――!?」
目の前にあるのは、スンダの腕に掛けられた毛布。
その毛布が……動いていた。
目を離していたのはほんの数秒。その間に、毛布の中には誰かがいたのだ。
「まさかっ!」
ゴンは世界の変化など忘れ、毛布へと飛び付いた。
慌てた様子で、その『誰か』から毛布を剥ぎ取る。そこには――。
「うわっ! な、なんだよ、ゴン」
「す、スンダあああああ!!!!」
もう会えない筈であった無二の親友、スンダの姿があった。
見れば毛布の中からは入れ替わるようにして腕が無くなっている。
ちなみにゴンはその瞬間を見ていなかったが、実際にはその左腕からスンダが『生えてきた』のである。
「ちょ、どうし――え!? なんで俺、裸なの!?」
上半身を起き上がらせたスンダが、自分が素っ裸である事に気付いて、慌てて毛布を引き寄せる。
ゴンはその親友のリアクションを見て、初めて毛布の意味を悟った。
◇
「――とりあえず1回目、と」
【フローティング】を切り、地面へと着地する。
ガリッと減ったMPを回復させる為、MPポーションを連打していると、すぐにニーナが話しかけてきた。
「し、師匠、これはあの時の『復活の魔法』とも違う物なのですか?」
俺が使ったのはいつもの【レイズデッド】ではなく、それの強化版【リザレクション】だ。
空から舞い落ちる羽根のエフェクトが追加されただけでなく、もたらされる効果も当然違う。ニーナもそれに気付いたんだろう。
「ああ、これはレイズデッドの強化版、リザレクションという魔法だ。レイズデッドは体力が減退した状態での復活だが、こっちは完全な健康状態で復活出来て、しかも意識もはっきりしてる」
レイズデッドの効果はHP30%の状態での蘇生。そしてリザレクションが100%での蘇生だ。
レイズデッドと違い、意識がはっきりとした状態での蘇生なので、すぐに戦闘に復帰できるのが利点。
わざわざそんな上位の方の蘇生を使ったのは……ぶっちゃけ気分だ。
この状況下でのロールプレイ的に、より凄いっぽい魔法を使ってみた。
なんか光魔法使いの最大の見せ場っぽかったし。
「上位の蘇生魔法という事でしょうか? ……もはやどれぐらいの次元にある魔法なのかすら、分かりませんね……」
呆気にとられている弟子達を放置し、一番近くにいた衛兵の1人に声をかけた。
「おい、ちょっといいか」
「!! は、はいッ!!」
「俺達は王宮に帰る。住民達はもう帰らせていい」
「はッ!!」
「それと、復活の儀式は明日もやるから、俺が帰った後に持って来られた遺体も、追い返したりせず受け入れろ」
「はッ!! 畏まりました!!」
ログイン1回毎につき72時間までと定められている『連続プレイ制限』。その限界まで、まだ丸々1日ある。
元々今回は制限ギリギリまでこの世界で遊ぶつもりだったので、残りの仕事は全部後回しで構わない。
ということで、用も済んだのでさっさと王宮に転移する。今度はニーナ達も一緒だ。
そういえば来た時1人だったね。有耶無耶作戦が知らん内に大成功している。
最終的に5~6万人ぐらいの人間が押しかけていたので、一度に帰ろうとしたら大混乱になりそうだが……俺の知ったこっちゃない。
蘇生してやった時点で十分過ぎるほど働いてる。というかその前の魔族殲滅の時点でそうか。
王宮に帰って来ると、既に庭園からは魔族の死骸の姿が消えていた。俺がいない間に頑張って掃除したんだろう。
庭園内で警備についていた衛兵達が、俺に気付いてどこかに慌てて走って行く。
そういえばいつの間にか普通に敷地内に転移してたな。これまではマナーとして正門の前に出るようにしてたんだが。
まあいいか。好きな場所に転移する権利も、今回の対価の1つに突っ込んどこう。
「さ、中に入――」
「ハネット様!!」
勝手に中に入ろうと歩き出した時、背後から声がかかった。
正門の方を振り向けば、そちらからあの青い鎧のクールそうな男が走って来る所だった。
「あれ誰だっけ」
小声でニーナに尋ねる。
鎧や装備が他と違う事を考えれば、戦士長や騎士長のパターン的に、偉い役職っぽいが。
「衛兵長のサンヌさんです」
衛兵長か。相変わらずよく分からんな。
警察署長みたいなもんだろうか。……どうでもいいや。
カンニングを終えた頃、やっとたどり着いた衛兵長が、まず一番に頭を下げた。
「ハネット様。お出迎えが遅れ、誠に申し訳ございません。無事のお帰り、心よりお待ちしておりました」
もしかしたら衛兵長は正門で俺の帰りを待っていたのかもしれない。
さっきどこかに走って行った衛兵達、あれはこいつを慌てて呼びに行ったんだろう。
「ああ、とりあえず今日出来そうな仕事は終えた。それで国王辺りにちょっと話があるんだが、取り次いで貰っていいか?」
「勿論でございます。さあこちらへ」
いつかと同じく、衛兵長を先頭にして城内に入る。
城内では様々な人々が忙しなく行き交っていた。
襲撃後だけあって流石に忙しそうだ。それでも俺に気付くと全員がわざわざ跪く辺り、律儀なもんだな。
「まずは応接間にご案内致します」
衛兵長に案内されたのは、いつもの応接室だった。
「初めて会った時と同じ流れだな」
「ええ、そうですね」
衛兵長がほんの僅かに微笑む。うーむ、こいつ本物のクールキャラだ。
国王に報告に出た衛兵長だったが、ものの5分もしない内に帰って来た。
国王は今めちゃくちゃ忙しい筈だが、多分俺の事は最優先なんだろう。
「陛下の執務室へご案内致します」
今日は玉座の間ではなく、執務室とやらの方で会うらしい。
やはり仕事中だったんだろう。
「行くのは俺だけでいい。お前達は休んでろ」
「はい。ありがとうございます」
朝っぱらから魔族2千体と戦う破目になったニーナ達は疲労困憊の筈だ。
あまり時間のかかる話でもないし、わざわざ連れて行く事も無いだろう。
案内された国王の執務室とやらは玉座の間ほどではないが相当な広さであり、デスクワークをする為にある空間としては、明らかに無駄なデカさだと言えた。
「おお、よくぞ戻ってきてくれたな、ハネット殿。貴殿の此度の働きを思えば、このような場所で対応するのは相応しくないと思うが……何分忙しくてな。申し訳ない」
8時間ぶりぐらいに会った国王は、流石に既に寝間着から正装へと着替えていた。
隣には同じく正装になった宰相のじいさんもいる。
2人ともわざわざ椅子から立ち上がっている辺りに、俺への敬意が窺える。
「構わんさ。大した話も無いしな」
「……理解があって助かるよ」
「大した話も無い」の辺りで2人の雰囲気が僅かに変わった。
2人とも、俺が対価の話をしに来たと思っていたんだろう。
俺の中では、その話はあくまで全てが終わってから。
ぶっちゃけ今は、仕事が1日で終わらなかったので泊めてくれと言いに来ただけだ。
……あ、でもその前に、とりあえず報告だけ済ませておくか。転移で来たから、部下からの物はまだ届いていないだろう。
「とりあえず今日集められた分の犠牲者は、全員復活させた」
「おお……! 重ね重ね礼を言う。今回の事は本当に助かった。貴殿には何度でも頭を下げよう」
「我々王国の民一同、ハネット様には感謝の念に堪えません」
軽く手を上げて気にするなと伝える。
「それにしても、まさかこの世に復活の魔法などという物が実在しようとはな。貴殿と出会えた事が、この国の歴史で最も幸運な出来事だったのは間違いないな」
「まったくです。このような――」
まずい、お世辞トークが始まりそうだ。ニホン人かてめーらは。
「ああ~、すまん。それより先に、本題に入っていいか?」
「おお、もちろんだとも! 何でも言ってくれ」
2人が素直に聞く姿勢を見せてくれたので本題に入る。
「今日でほとんどの犠牲者は復活させたと思うが、流石に半日で全ての犠牲者が発見されたなんて事はあるまい。恐らく今頃は、遅れてやってきた遺体が例の予定地に再び集められているだろう」
恐らく「そこからどういう風に対価の吊り上げに入ってくるのか」、と考えたのだろう。2人が神妙に頷いた。
いや、これそんな真面目な話じゃねーから。
「まあそんな感じで、今回の仕事は日を跨ぐ事になりそうだ。……ということで、一晩泊めてくれ」
結論を言うと、国王と宰相は一瞬拍子抜けしたような顔をした後、気まずそうに眉を寄せた。
「ふむ、それは勿論構わんのだが……これ以上貴殿の力を借りてしまって、いいのだろうか?」
俺の機嫌を窺うようにして尋ねてくる。
「構わん構わん。いくらなんでも来るのが数刻遅れただけで復活できないんじゃ、住民達にとって不公平だろう。事が命の問題だからな、流石に俺にも責任がある。乗りかかった船という奴さ。……それに夜の間に俺にしか解決できないような事が起きたら、困るだろう? 魔族の第二陣が攻めて来るとか」
「うーむ、そうか。もちろん貴殿が良いと言ってくれるのなら、こちらとしては助かるばかりだ。今晩は是非くつろいで行ってくれ」
「すぐに部屋を用意させましょう」
宰相が部屋の隅にいた執事の1人を呼び、指示を出す。
「あ、一応ニーナ達含めて4人だから、そのつもりで」
「畏まりました」
「……ん?」
そういえば、ルルとティアは1人部屋で大丈夫なんだろうか。
多分この前と同じでそれぞれにメイドとか付けられるよな。
庶民(俺もだけど)かつ世間知らず(俺もだけど)の2人じゃ、逆に気が休まらないか?
「何かありましたでしょうか?」
「……ああ。すまんが、3人部屋みたいな物はあるか?」
「3人部屋ですか?」
「実は仲間の内、2人はエルフでな。そいつらは人間の社会に不慣れだから、1人ずつだと心細いだろう。って訳で、ついでにニーナも世話役として含めて、3人同じ部屋にしてやって欲しい。出来るか?」
「畏まりました」
即答か。3人部屋があるのだろうか。
それとも俺の言う事には「YES」しか選択肢が無い的な?
「別に無理して用意する必要は無いぞ? なんならあいつらは転移で送り返してもいいんだからな」
ぶっちゃけあいつらは居るからといって何か仕事がある訳じゃない。ここから先の作業は俺さえいればいいのだ。
「いえ、大丈夫です。ちょうど1部屋だけ3人部屋がございますので」
あんのか。ならいいか。
「そうか、じゃあそれで。俺からは以上だ」
執事が一礼して部屋を出て行く。
なんとなく、その僅かな間だけ沈黙が流れた。
「……さて、対価の話だが」
「!」
執事が扉を閉めたのを確認しそう切り出すと、国王と宰相がビクッと震えた。
「フッ。……とりあえずそれは明日以降という事にしよう。俺もお前らも、今は忙しいからな」
「そ、そうか、分かった」
「じゃあ俺も帰る。またな」
再び衛兵長を案内役にして退室する。
扉を潜る直前、最後に一言残しておくことにした。
「ああ、そうそう。倒壊した家屋とかの物的被害についての協議はしなくていいぞ。――俺が明日、蘇生の後にぜ~んぶ直してきといてやる」
2人の反応は見ずに、部屋を後にした。
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ハネットが退室した後、執務室には謎の沈黙が流れていた。
国王と宰相の目線はハネットが出て行った扉で固まっている。
「……だそうだぞ、ギルスター」
「……楽になりますね」
もちろん楽になると言えば楽になる。
……何しろ本来は、数年がかりで復興していくような大被害なのだ。
それが、明日には全部どうにかなると言うのだから、それはもう楽になる。
仕事の半分が無くなったと言っていいほどだ。だが……。
それっきりまた沈黙が流れる。
10秒ほどが経ち、再び国王の方から口を開いた。
「……なあ、ギルスター」
「……はい」
「……彼が執拗に対価の交渉を遅らせるのが怖いんだが……」
「……私もです」
求められるであろう対価が、有り得ない速度でどんどん膨らんでいっている。
そうして国王は考える事を放棄するかのように、再開させた執務に逃避するのだった。