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38 戦後処理

2016.11.5

面倒臭くてやってなかった段落初めの字下げを試しにやってみました。





 2時間前の最初の1体を処刑した時に使った魔法、中位光魔法【ジャッジメント】。

 数百のレーザーを広範囲に照射するそれで、飛行型モンスターの魔族共を、文字通りに薙ぎ払った。

 レーダーに映っていた赤点が一瞬で4割ほど消滅する。どうやら生き残っていた2千の魔族は、歩行型モンスターの方が多かったみたいだな。

 ……ちなみに若干範囲を縮小化させたのは、そうしないと月辺りの衛星まで射程に入ってしまう可能性があるからだ。


「――【マルチロック】」


 続いて複数の敵を同時かつピンポイントでロックオンするスキル【マルチロック】を発動し、千ちょいの残党を一気に補足。

 「ピピピピピッ!」というロックオンのSEを聞きながら、水平に向けていた指の先を、今度は真上へと持ってきた。


(――【マジックアロー】)


 指先に魔法陣が展開(発射のエフェクトとして魔法陣が出るタイプは無詠唱化しても消えない)され、空へと向けて誘導弾が発射される。

 使うのは勿論、困った時のマジックアロー。

 あの北の村の時と全く同じ作業だ。


(――【マジックアロー】、【マジックアロー】、【マジックアロー】、【マジックアロー】、【マジックアロー】、【マジックアロー】、【マジックアロー】、【マジックアロー】、【マジックアロー】、【マジックアロー】、【マジックアロー】、【マジックアロー】…………)


 北の村の時は8発だったが、今回はそこから更に連射。とにかく連射。

 俺の指先から『ヴーーーン!!』というガトリングガンのような音が鳴り響き、空へと向かって千の誘導弾が吐き出され続ける。

 そのまま300mぐらい昇っていったマジックアローは、マルチロックにより定められた敵へ自動的に狙いをつけると、それぞれの標的へと分かれて行く。

 360度に放射状に降り注ぐその様は、外側から見ればまるで超巨大な光の噴水のようだろう。


 30秒ほどそのまま連射を続け、レーダーから赤い点が全て消えるのを確認してから発動をやめる。

 マジックアローは誘導弾という性質上、発射から着弾までに時間差がある。赤点が消えるのを確認してから連射を切ったので、その間に撃たれた百発分ぐらいのマジックアローは、標的を失ってそのまま空の彼方へ飛んでいった。

 MPがもったいないとかいう感覚は、遥か昔に忘れてしまった。無駄にしたと言っても、どうせ1%とかそんなもんだし。

 技や魔法を使いたい放題で適当に戦えるのは、MP特化型ビルドの特権なのだ。


「よっ、ほっ。……あ」


 【フローティング】を切り教会の屋根へ。そこから更にニーナ達の前まで飛び降りる。

 先程割ってしまった石畳が更に割れたので、しれっとスキルで直しておいた。


「クエストか~んりょっ、と。――ん?」


 ニーナ達弟子3人組、途中からついて来てたその弟子達の知り合い、その他の市民、シスター、教会に避難していた方の市民。

 石畳から目線を上げると、それら数百人という人間の視線が、俺に一点集中していた。

 まあ今回は範囲魔法まで使ったからな。またいつものやつだろう。無視無視。


「さ、お前達。もう一度【ペネトレート】を使うぞ」


「え……あっ、う、うん」


 ペネトレートで一番の目的である弟子達のレベリング成果を確認する。



●ルル Lv.36

●ティア Lv.33



 40レベぐらいまで上がってて欲しかったんだが……パーティー組んでて獲得経験値が半分になってるなら、こんなもんか。

 ちなみにルルは28から36で合計8のレベルアップ、ティアは17から33で16のレベルアップだ。


(さて、問題のニーナだが……)


「ニーナ」


「は、はい」





●ニーナ・クラリカ Lv.55





(はい、確定)


 ニーナは42から55で13レベの上昇。

 ルルの上がり幅がティアのちょうど半分である事を考えれば、更に半分……4レベの上昇ぐらいが妥当だというのに、である。

 明らかに入ってる経験値量がおかしい。

 まず間違いなく、こいつには【獲得経験値○倍】みたいな謎のボーナスがあるのだ。


「お前課金してるだろ」


「え?」


「いや、なんでもない」


 困惑するニーナを無視し、考えを巡らせる。

 一応このゲームには、【獲得経験値2倍】という課金のコースが存在している。たまに期間限定で3倍イベントとかもやってるけど。

 うーん、存在するという事は、NPCが持ってても不思議じゃない……のか?

 というかこいつの場合、明らかに2~3倍どころじゃなくね?


(……ちょっと計算してみるか)


 ニーナがルル達と比べて、何倍の経験値を得ているか。

 最初の将4体で上がった分……ティア6レベ、ルル2レベ、ニーナ3レベというのが計算し易そうだな。


 あの時はティアが17レベでルルが28レベだったので、レベル差は11。そしてその二者のレベルアップ量は6と2。

 要するに10レベの差があると、レベルの上がり幅は3分の1になるという法則がある訳である。





      1   2   3   4   5   6

●ティア ■■■|■■■|■■■|■■■|■■■|■■■


     ↓10レベ差↓


      1   2

●ルル  ■■■|■■■





 ということは2レベ上がったルルと更に14レベの開きがあったニーナは、本来なら2÷3で、1レベすら上がらない可能性があった訳だが……。


(……実際には、3レベ上がってるんだよな)





●ティア ■■■|■■■|■■■|■■■|■■■|■■■


     ↓10レベ差↓


●ルル  ■■■|■■■


     ↓10レベ差↓


●ニーナ ■■□|□□□|□□□ ←???





 つまり3レベ分の経験値というのが、本来入る筈だった経験値量の何倍なのかを調べればいい訳だ。

 よし、人間計算機ニーナ1号、出番だ。


「ニーナ、『3』って『2/3』の何倍だ?」


「約5倍です。正確には4.5倍ですが」


 即答とか怖いっす、ニーナさん……。

 にしても5倍か、5倍…………えっ?




(――ご、5倍!!!? ニーナの特殊能力は、【獲得経験値5倍】か!!)




 おい、賢者。

 お前運営にコネでもあんのか。


(5倍ってなんだ、5倍って! マジもんのチートじゃねーか!!)


 しかも課金のコースは、1時間とか3時間とかの時間制限付き。

 対してニーナは、たぶん時間無制限……パッシブ(常時発動)スキルとして、経験値5倍が設定されているんだと思う。


「あ、あの……何かあったのでしょうか」


 俺に微妙な表情で見つめられたニーナが動揺する。

 恐らく例の『変異者』というステータスがそれなのだと思うが……。本人に聞いてみるか。


「ニーナ、変異者という言葉を聞いた事はあるか?」


「変異者? ……無いですね」


 無かったか。

 賢者のこいつが知らないとなると、他の人間も知らないだろう。


「そうか。じゃあ別の質問だが、自分とその他で明確な違いを感じた事が、これまでにあるか?」


「自分とその他の明確な違い、ですか。そうですね……」


 俺の質問に真剣な顔で頷いたニーナが、少しだけ目を伏せて考え込む。

 どうやらペネトレートを使った直後の質問である事から、一連の流れが自分自身に関係した話である事を察しているようだ。


「……私はハーフドワーフですし、それ以外にも賢者に選ばれた時点で色々とありますが……。――師匠が知りたそうな事で一番心当たりがあるのは、生まれた時から魔法を扱う力が強かった事でしょうか」


「魔法を扱う力、か。魔力量とかコントロール……他は習得速度とかか?」


「はい、それらです。……その、自分で言うのは、自慢のようで少々恥ずかしいのですが……。人間、ドワーフ、ハーフドワーフ。その3つのどの種族の平均と比べても、飛び抜けていたと思います」


 種族に関係なく魔力量……MP最大値が多かったという事は、生まれた時からレベルが高かったという事か?

 10レベとか20レベぐらいで生まれて来たとか。

 ……いや待てよ。

 そういえばニーナって、ルル達と比べても、なぜかステータスがちょっとだけ高いんだよな。

 例えルル達がニーナと同じレベルに追いついたとしても、ニーナの方が1.2倍ぐらいステータスが高いんじゃないかと思う。

 という事は、『初期ステータスにボーナスが入ってた』と考える方が自然か。


(魔力コントロールとやらが上手いのは本人の才能? 習得速度の方は経験値5倍が関係している可能性もあるが……普段の修行の様子を見てると、どっちかっつーとこれも本人の才能っぽいんだよな)


 だとしたらつまり、確実だと言える『変異者』の効果は――。


「あの、師匠。1つ思い付いた事があるのですが……」


 俺と同じく何かを考え込んでいたニーナが、何か確信めいた物を宿した瞳で俺を見た。


「ん?」


「前に、ヒト族にはごく稀に優れた個体が生まれる事がある……という話をしたのを、覚えていらっしゃいますか?」


「……言ってたっけ?」


 全く覚えてません。


「師匠と初めて会った時です。師匠がエンシェントドラゴンではなく、人間だと聞いた時の……」


「ああ」


 言ってたな、そういえば。

 エンシェントドラゴンじゃないならそっちなのかもね、みたいな感じの話だったか。


「それでですね……あの、もしかしたら、それが『変異者』という物なのではないですか?」


「…………ほう」


 『それ』とはヒト族に稀に生まれるという優秀な個体の事だろう。

 ……なるほど、たしかにその可能性は高い。

 稀に生まれるというのは、要するに『突然変異』という事だ。『変異者』という名の由来としては妥当な所。

 ニーナには前にルルの件でアルビノについて詳しく解説を求められた事があり、その時に聞いた話からそれに関連付けたんだろう。

 そして今回の変異者がどうのという質問が、自分がそれだったからこそ俺の口から出た物であるという事も、彼女の頭なら思い至って当然だ。


「お前がそれだと?」


「実は前々から、自分もその1人なのでは、という可能性は考えていました。自分でも不自然だと思う事が多かったので」


 ふむ、一般人ならただの自惚れで済むが、頭の良いニーナが言うなら可能性は高いな。冷静に観察と比較を繰り返した結果、事実の1つとしてありえる話だとその結論に至ったのだろう。

 ――明らかに自分の能力は異常だ、と。


「まあ人間にしか生まれないって言っても、お前はハーフドワーフ……半分はその人間なわけだしな。確かに可能性はある」


「はい。それに……仮にそれが『変異者』であるという体で話しますが。――私はその純粋な変異者たちと比べると、能力が劣っているのです。恐らく、それこそハーフである事が原因なのではないかと」


「何?」


 ハーフだから純粋な変異者より能力で劣る?

 それは……それは、その純粋な変異者たちとやらと比べた事がないと、出てこない言葉だ。


「お前、自分以外の変異者と会った事があるのか?」


「勇者です。彼女は確実に変異者ですので」


 勇者も変異者だったのか。

 なるほど、【獲得経験値○倍】なんてチート能力があるなら、それこそ勇者ぐらいには簡単になれるだろう。

 それより劣るというニーナですら、魔法使いとしては世界最強なのだから。


(どれぐらい強いんだろうな。ハーフが半分になるとしたら、純粋な変異者は単純に倍か?)


 経験値10倍か。もはやレベルアップが早過ぎて逆に糞ゲーって感じだな。

 今までの話だと『変異者』は【獲得経験値○倍】の他に【初期ステータス補正】もあるっぽいし、それも倍だとしたらかなり強いんだろう。

 ニーナがわざわざ「あれは確実に変異者」なんて言うぐらいだ。一種異様なまでの物を持っているに違いない。

 なんかあって敵になったら、厄介かもな。もしそうなったら、正面から挑まずハメ殺しにしよう。


「そうか。ちなみにもう自分でも勘付いてると思うが、お前は変異者だ。ペネトレートで()たらそう書いてあった」


「そうですか」


 「本人ですら知らない事が分かるとは、便利な魔法ですね」、となぜか自分が変異者である事よりも魔法についての感想を述べるニーナから目を外し、周りを見る。


「そういや今はそれどころじゃなかったな。さっさと王宮に戻るか」


「あ、そうですね」


 あの北の村やエルフの里の時と同じで、俺が関わると戦闘その物より、その後の後片付けの方が時間がかかる。

 戦いが終わったからこそ、迅速に次の行動に移らなくては。


「魔族はさっきの魔法で1体残らず全滅させた! 王都の民よ、お前達は生き残ったのだ!!」


 目の前の数百人に向けて声を張る。この規模ならわざわざ【コール】を使うまでも無いかと思ったが、声を出し始めてからやっぱ柄じゃないわと後悔した。慣れない事はするもんじゃないな。


「この後国王と話があるので、俺達は一旦王宮へと帰らせて貰うが……少ししたら正式に指示が出る筈だ! お前達はそれまで大人しく待機していればいい! 分かったな!」


 俺と偶然目が合った何人かが大慌てでブンブン頷いたのを確認し、ニーナ達を連れて王宮へと転移した。











「では皆の者、まず真っ先に話しておかなければならない事がある。いいな?」


 王宮正面の庭園。ハネット達が去った直後。

 そこでは国王を含め、生き残った重臣達が朝日が昇る空の下、寝間着かつ立ちっぱなしというお粗末な形で緊急会議を始めていた。

 王都は未だ戦時下にあるというのに、何を呑気なと思うかもしれないが……戦闘力を持たず、将軍でも軍師でもない彼らは、兵たちと違って現在の状況下では意外とやる事が無い。

 だからせめて時間を有効活用する為、早急に済ませておきたい議題を今の内に消化しておこうと考えた訳である。王宮の重臣たちは、このような状況下にあっても皆働き者であった。


 国王の前置きに対し、重臣達は是非も無いとばかりに首を縦に振る。

 皆考えている事は同じだったからだ。


「彼……大魔法使いハネットからの要求は、絶対である。何よりも最優先で対処せねばならぬし、手段として不可能でない限りは、それによりどんな損を被る事になったとしても、必ず実現させる事とする。これがこれからの王国の基本方針だ。……異存ないな?」


 ありません、という声のみが瞬時に全員から上がる。

 あんな戦いを見せられた後で、神話の蘇生魔法まで使われたのだ。この国の存亡が誰の手に握られているのかなど、この場の全員が言われずとも理解している。


(処刑方法が残虐だったのは分かる。相手は魔族だしな。……が、それが我々人間にも向けられないなど、なぜ言いきれる?)


 目に映るのは、黒い針の木に串刺しにされた、バラバラ死体となった将の魔族。

 その場所にいるのが自分たち王国の民になる日が来ても、何ら不思議は無いのである。


 故にこれは協議ではなく、ただの確認。

 後になって優先度を誤り、彼からの要求に対する対応が遅れたり処理が滞って不興を買ったりしないよう、言葉に出して公式に方針を決定しただけの事である。


「よし。では次だが、まずは各被害の把握、それから復興までにかかるそれぞれの時間を――」


 臣下たちが運び出して来た無事な椅子に腰を落ち着けてからも、その会議は続いた。











 王宮の庭園まで転移で戻って来た。

 周囲に視線を巡らせると、椅子に座った寝間着姿の国王たちが目に付いた。

 女性陣は服装がはしたない的な理由からか知らんが、全員毛布を羽織っている。お、あの時のメイドさんだ。

 どうやら使用人たちも、王族と同じでこの場では被保護対象として扱われているようだ。


「ハネット殿!」


 戦士長が真っ先に俺に気付いた。

 周囲の警戒を止めて、俺の下にすぐに駆け寄ってくる。


「城下町の魔族も片付けたぞ」


「おお、やはり先程の魔法はハネット殿であったか……。あれほどの広範囲魔法は生まれて初めて見たぞ」


 まあさっきの俺の魔法は王都に住んでる人間なら全員が見ただろう。というかジャッジメントの方は周辺の村や都市の奴等も目撃したに違いない。

 今頃天変地異だと大騒ぎになっているかもな。……まあ今回の魔族襲撃でここより先に滅ぼされていなければだが。


「一応光魔法使いでね。攻撃範囲が売りなんだ」


「おお、ハネット殿!!」


 戦士長に軽口を返していると、最初の戦士長の声で俺に気付いたらしい国王もやって来た。後ろにゾロゾロと椅子に座っていた重鎮らしき面々も続く。

 普通こういうのは、国王に対して相手が近寄る物なのだろうが……まあどっちが上かなんて、今更言われなくても向こうも分かっているという事だろう。

 会話の途中だった戦士長が「また後で」と短く頭を下げて脇へ退ける。

 また後で? ……なんだろ。まあいいか。


「依頼通り、王都の魔族は1体残らず殲滅した。戦いは終わりだ」


「おお……!」


 俺の言葉に老人たちが声を漏らす。


「そうか! 貴殿には本当に助けられた。国王たる私と、このライゼルファルムに住まう全市民から、最大の感謝を貴殿に―――」


「あ、すまん。それより先に、1ついいか?」


 人差し指を立てて国王の礼の言葉を遮ると、王宮側の面々の表情が変化した。

 恐らくいよいよ対価の話が始まるとでも思ったんだろう。

 まあそれはいずれ取り立てるが、今はまだ、それより先にやる事が山ほどある。


「王都の中で、一番広い広場はどこだ?」


「……なに?」


「今回の戦いでの死者を、今から全員蘇生させようと思う。その為に一旦、王都中の遺体を一か所に集めたい。それが可能なぐらいの広い敷地を持つ場所はあるか?」


「なっ――!?」


 感情を隠す為に無表情を貫いていた臣下たちの顔が、驚愕で見開かれる。

 国王と宰相も、同じくポーカーフェイスが崩れている。


「……おい、聞いてたか?」


「あ、ああ! ――サイモン!!」


「はッ」


 急かしたら国王が部下の1人らしき中年を呼んだ。

 中年は突然呼ばれたにも関わらず、慣れた様子で即座に側にやって来る。


「王都で一番広い敷地……公園などの、なるべく平坦で建築物が無い場所を探している。使用目的は今回で出た全遺体の収容。どこか良い場所はあるか?」


「はっ。……それでしたら、東のローテル団地の再建予定地がよろしいかと。現在、幸いにもちょうど更地になっております」


 なんか土地とか施設とかに詳しいような役職の人なんだろうか。

 王都の地図が完全に頭の中に入っているかのように、サラサラと返答して見せる。


「そうか、では地図を持て。大至急でな」


「はッ、ただちに!」


「ああ、待て待て」


 中年がボロボロの王宮内に走って行きそうだったので慌てて引き留める。

 わざわざそんな事で時間を浪費する必要はない。プレイヤーの俺ならどうとでもなる。


 俺は国王たちと中年の前で王都を上空から撮影した地図を作製し、広げた。


「地図ならここにある。そのなんとかって場所はどこだ?」


「なっ……」




 ……その地図を見た国王と臣下達は愕然とした。

 そこにあるのは、まるで空を飛ぶ鳥の目から見た王都の街並みを、そのまま再現したかのような……写実的かつ、正確な地図。

 地図などネットで自国の物でも世界地図でも宇宙地図でもいくらでも見る事ができる現代人のハネットには分からぬ事であるが……地図というのはこの時代、軍事機密の1つであった。

 恐らくは自国の所有する最も正確な物すら軽く凌駕しているであろうその地図を前に、この場にいた者たちが顔を青くしてしまったのは仕方がない事であろう。

 これが敵国にでも渡れば、襲撃を受け放題になるのは確実であるし……そして何より、この大陸で最も危険な男がこれを出してきたという事こそが、問題だった。


「――おい、時間短縮の為に出してやってんだぞ? 一々止まるんじゃねえ」


「!!」


 チリチリと首筋を撫でる殺気に、その場の人間たちの意識が強制的に引き戻される。

 先程と合せ返事の遅れが2回目となった王宮側に、ハネットが苛立ちを覚え始めたのだ。

 本来ならばこの現地世界の常識を持たぬ、ハネットが原因であるのだが……その一瞬だけ漏れた、空気が淀んだと錯覚するほどの濃密な殺気は、王宮側の面々に、先程の千の光が王都の街並みを薙ぎ払っていく光景を、否応なしに想像させた。




「さ、サイモンッ!! 場所は!?」


「あ、は、はい! こちらになります!!」


 数秒ほど棒立ちで固まっていた中年が、俺と国王に急かされ慌てたように地図を指差した。

 現在地である王宮は王都の北西部、やや中心寄り。そしてそのなんとかという公園の予定地は真っ直ぐ東、王都北東部にあるようだ。


「何団地の予定地だって?」


「は、はッ! ローテル団地の再建予定地です!!」


 中年が国王への返事と同じように敬礼を取りながら答えた。

 北東のローテル団地再建予定地ね。


「範囲拡大化Ⅲ――【コール】」


 俺の背中から白い魔法陣が出現し、それを見た王宮側の面々がその場からザワっと後ずさった。攻撃魔法と勘違いしたらしい。

 目の端でその反応をうっすらと認識しつつ、話す言葉を考える。


 今コールが繋いでいるのは、この王都に暮らす全ての住人。


 遺体の収容は割と手間だ。兵士達に普通にやらせたのでは、明日までかかってしまうだろう。それぐらいだったら住民たち自身に運ばせた方が早い。


「――王都に暮らす全ての住民諸君よ、聞こえるか?」


 この話には説得力がいる。出来るだけ大物っぽさを意識して喋る事にする。


「――私の名は大魔法使いハネット。先程の、空を覆った2つの魔法は、私が国王から直々に依頼を受け、魔族を殲滅する為に放った物だ。私は諸君らの味方である」


 まあこの一文だけでも説得力としては十分だろう。先程の光景は規模、結果、人々に与えたであろう印象、どれも申し分ない。

 目立つというのも、意外と役に立つ場合がある。


「――この襲撃により、我々は多くの同胞を失った。家族、恋人、友人、知人。……諸君らの心には今、消えない悲しみが満ちている筈だ」


 あ、ヤバい、何を言いたかったのか忘れてきそうだ。

 さっさと本題に入ろう。俺の頭で原稿無しでスピーチをするのは無謀だった。


「――だが私には、先ほど諸君らがその目で見たように、強大な魔法の力がある。我が手によれば、死すらも克服できるのだ。……さあ、諸君。王都北東部に存在する、ローテル団地再建予定の更地に、愛する者の遺体を運べ! 私が操れる奇跡の1つ、『復活の魔法』により、完全な形での再会を約束してやろう!」


 演説している内に思わず熱が入った。

 演出しているのは全能感。当然、想像するのは王都の全住民が俺の前に跪き、「はは~!」と頭を垂れる光景だ。

 この世界には魔王とやらが存在するらしいが、そいつの目からは世界が本当にそんな風に見えているのかもしれない。


(ふふふ、我こそが魔王! いや、神よ!!)


 格好つけて「バサッ!」と両手を広げた所で――ルルの紅い目と目が合った。


「あ」


(……うわぎゃあああああ、恥ずかしい!!)


 いい歳こいてノリノリでごっこ遊びをしている場面を知り合いの女の子に偶然見られたような気分!!

 大体、別に相手が目の前にいる訳でもないので、ポーズを取ったこと自体が無意味だ。通話なのに相手にペコペコ頭を下げてしまうアレに近い。

 サウナから水風呂に……いや、マイナス50度の瞬間冷凍庫に入るかの如く、一瞬でクールダウンする。


「…………だが死者の復活など、信じられない者もいるだろう。ではこれより、我が奇跡の1つを見せてやる」


(はぁ……。範囲拡大化Ⅲ、【ヒール】)


 範囲を拡大化させたヒールで王都を丸ごと包み込む。

 これで生き残りたちの怪我は全部治り、疲労も抜けた筈だ。良かったね。


「――では、北東の地にてまた会おう。復活の魔法はある程度遺体が集まってから使うので、そのつもりでな。……ちなみに遺体は一部でも可だ」


 コールを切る。ルルとは絶対に目を合わせない。

 というか演出とはいえ、普段の口調と違い過ぎるだろ。知り合いと顔合わせるの恥ずかしいわ。学祭とかで演劇やらされた直後かっての。


「……と、いう事で国王君。遺体の収容はある程度は住民自身がやってくれる筈である。君たち騎士団……だか衛兵団だか戦士団だか知らんが、とにかく君たちは孤児や浮浪者などの、誰もから見捨てられている遺体の回収をしたまえ」


「あ、ああ……」


 国王は目を白黒させている。

 ならルルも目を赤々(あかあか)させているのかもしれないが、俺はこのままアレは無かった事にすると決めている。


「流石に集めた張本人である俺が指定場所にいない訳にはいくまい。ちょっと行って来るぞ。諸々の話はその後でな」


「あ、ああ、分かった。何から何まで済まない」


 国王に軽く手を振り、気にするな(本当は後で対価をふんだくるつもりなので気にして貰わないと困るが)と示しながら、俺はルルたちを置いて転移するという暴挙に出た。

 題して、『時間を空けて恥ずかしい行いを有耶無耶にする作戦』である。

 転移するのとほぼ同時、魔族の襲撃と俺の【サモン・デーモンハンド】、ついでにニーナの【アグニフレイム】でボロボロになった王宮が見えたので、【修繕】スキルで直してやった。

 これを後でこの王都全体規模でやらなければならないのだから、面倒なものである。











「なんというか……不思議な少年だな」


「え、ええ……」


 ハネットが消えた直後、嵐のように去って行ったその後姿を思い出しながら、国王は呟いた。

 隣にいたファルス宰相も、空中に向け格好をつけるという滑稽な姿を仲間に見られ、顔を赤らめるという全く神域の存在らしくないハネットの様子を思い浮かべた。

 ……ちなみに当の本人であるルルは、意中の相手と目が合った事で胸をときめかせただけだったりする。


「はぁ……。にしても彼は、いったいどれほどの魔力を持つんだ? もしかして無限なんじゃないのか」


「……あながち冗談とも思えないのが怖い所ですな」


 勝手に穴やヒビ、割れた窓などが時を巻き戻すかのように修復されていく王宮を眺めながら、2人は溜め息をついた。

 あれならば戦争が起きたとしても1人でなんとかしてしまうだろうという恐ろしい確信と、案外歳相応な部分もあるという思わぬ発見に複雑な気分だった。

 ちなみに国王たちはハネットの事を未だに10代だと思っている。


「……とりあえず彼が言っていた通り、正規兵と衛兵団を遺体の回収に向かわせよう。荷台付きの馬車を用意できるだけ引っ張り出せ」


「は、畏まりました」


 孤児や浮浪者など、治安の関係でむしろいなくなってくれた方が良いぐらいの存在であったが……ハネットから助けろと言われてしまえば、そうしない訳にはいかない。

 先程ハネットへの絶対服従を誓ったばかりの2人は、即座に行動を開始した。




---




「あれ、ハネット行っちゃったね」


「恥ずかしかったんじゃないですか?」


「え、なにが?」


「………………。それより、私達はどうしましょうか。ローテル団地という場所のようですが……私も聞いた事がありませんね。一般街か、貧民街なのでしょうか」


「じゃあ、誰かに道を聞きますか?」


「ボクらの見た目だと歩いて行くと目立つんじゃない? 透明化でも――」


「失礼、クラリカ様」


 どうやってハネットを追うか相談していたニーナたちに、ゼストとトリスタンが声をかけた。

 

「ああ、戦士長、騎士長。ご無沙汰しております」


「いえ、こちらこそ、クラリカ様」

「ご無沙汰しております、賢者様」


 180cm越えの男2人が、遥かに小さいニーナへと頭を下げる。

 普段ハネットを『殿』で呼んでいるゼストが『様』付けで呼んでいる事から分かるように、賢者であるニーナの役職上の立場はハネットより上であり、同時にある意味では国王にも並ぶ程の場所にあるのだ。


「先程の戦いでは驚きましたぞ。ついに『火神』の領域にまで到達されたのですな」


 ニーナが将の魔族たちへの不意打ちに使った魔法、【アグニフレイム】。

 現地では『火神の魔法』と呼ばれているそれは、この現地における火魔法の頂点に君臨する最強にして最高難易度の魔法である。

 【ガイアラース】、【アグニフレイム】が属する上位魔法(ハネットから見ると中位魔法)は、大陸全体で見ても使用できる者が10人足らずしかおらず、1人で複数使用できる者というのは、魔法適性という【オリジナル】もあり、これまで存在しなかった。

 つまりニーナは、2つ以上の上位魔法を扱える、現地世界初の魔法使いとなったのである。


「いえ、全ては師匠のおかげですので」


「ご謙遜を。賢者様でなければ、誰かに教えを受けたとしても、このような短期間で上位魔法を習得する事など不可能であったでしょう」


(まあ、本当は【暴食の魔法(ガイアグラトニー)】もあるので既に3つ使えるのですが……)


 ついでに言えば、2人が来た途端にニーナのマントを隠れ蓑に背中へ隠れたルルも、昨日光の上位魔法を1つ習得した所である。

 光の上位魔法というのは、大陸において教会の頂点に君臨する『教皇』にしか使えぬ秘技中の秘技であり、希少価値と政治的な面から見れば、ニーナのそれらより更に上である。

 そんな上位光魔法をいくらでも使えるハネットの立場は、宗教的な面から見てかなり微妙な位置にあるのだが……ニーナはこの件については、どうせ考えても無駄だと思考放棄していた。

 ちなみに彼女……ルルが先程から、必死に自分とほぼ変わらない広さしか持たない小さな背中に隠れようとしているのは、以前ゼストに捕まりかけた事から、彼に苦手意識でも抱いているのだろう。

 こういう馬鹿みたいな悪足掻きを実行してしまう辺りが、ハネットとルルの似ている所であるとニーナは思った。

 もっとも、ハネットの場合はツッコミ待ちで、ルルの場合は真剣だという違いはあるが。


「……ところで、私達に一体何用でしょう」


「ああ。もしよければハネット殿へ、この剣を返却する旨、伝えては下さらんか? 同時に我らの感謝の念も」


 そう言って2人が示したのは、それぞれの腰に大事に刺されている剣である。

 先程ハネットが2人に渡した2本の魔法剣。剣に詳しくない魔法使いのニーナですら、宝剣と呼ぶに相応しい、超一級品の剣である事が一目で理解できる品だ。


「もちろん感謝の方は自分たちでも後ほど改めて言うつもりだが……彼から受けた恩を考えれば、何度言っても足りないぐらいだ」


「いえ、それはいいのですが……。恐らくですが、それはあなた方2人に貸し付けられた物ではなく、あなた方2人に譲られた物だと思いますよ?」


「何!?」

「……!?」


 ニーナの言葉に2人が目を見開く。

 ゼストが渡されたのは、かつて都市ガナンを落としたという堅牢なる将の魔族が持っていた筈の、雷の魔法剣だ。

 込められた魔法により、防御を無視してダメージを与えるという前衛殺しの効果を持つそれは、価値にして恐らく金貨500枚は下らない正真正銘の宝剣である。

 それに対してトリスタンが渡された【フローズンソーン】と呼ばれた剣は無名ではあるが、2人ともそれが雷の魔剣に劣る物だとは思えなかった。

 むしろゼストの雷の魔剣より、優れた逸品であるような気がしてならない。

 ……そんな2本の規格外の宝剣を、貸与ではなく譲渡した?


「し、しかし、我らにはそのような事をしていただく心当たりが……」


 助けて貰った上に財宝まで貰った。

 あまりにも自分たちに都合が良すぎて、困惑の色を見せる2人。

 ニーナはその2人の気持ちが非常に良く分かったが、そこで自分の右腕にはその3倍ぐらいの価値はあるであろう腕輪が2本も嵌められている事を思い出し、一瞬だけ遠い目になった。


「師匠はそういう方です。恐らくその剣に関しても、『在庫処分が出来て清々した』ぐらいにしか思っていらっしゃらないでしょう。……知っていますか? 私達が暮らす師匠の集落には、人間20人分ほどもある超特大の魔石があるのです。しかも師匠の力によって、ドラゴンすら跳ね返すような魔物除けの魔法が付与された物が。それに比べれば、確かにその2本の剣は大した物ではありません。あれなんて、もはや価値が高過ぎて値段が付けられない領域でしょうからね」


「…………」


 ニーナの解説に、ポカンと口を開けるゼスト。

 礼節重んじる騎士の長たるトリスタンは流石にそんな表情は見せなかったが、心の中ではゼストと全く同じ状態だった。


「一応師匠には伝えておきます。……ですが、あなた方はその間に、更にもう二段ほど上のお礼の言葉を考えておいた方が良いかと」


「は、はあ……」


「ところで質問なのですが、師匠が向かったというローテル団地の再建予定地というのは――」




---




「……聞いたか、ギルスター。宝剣2本分の対価も追加だそうだ」


「はぁ……。私は80まで生きるのが目標だったのですが……無理そうですな。胃が痛いです」


「私もハゲるかもしれん」


 少し離れた場所では、国王とファルス宰相がそんな会話に耳を傾け、非常に遠い目をしていた。




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