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37 神話の戦い【1】

2016.11.2

公の舞台での初戦闘。






王宮の正門から敷地前の表通りに出ると、日が昇ったばかりの街並みは戦場と化していた。

様々な魔族が街へと侵入し、騎士や衛兵、戦士……というかパーティー組んでるっぽい謎の武装集団などがそれらに応戦している。

至る所で戦闘が起こり、石造りの建築物たちは倒壊。市民たちは身を震わせて物陰に蹲ったり、逃げ惑ったりしている。


「よし、とりあえずこの辺を掃除するぞ」


「はい!」


表通りはこの王宮前だけ50m四方くらいの広場になっており、そこではこれ以上王宮に魔族を侵入させてなるものかと、衛兵たちが激戦を繰り広げていた。


「―――【地角の魔法(グランドホーン)】!!」


アタッカーであるニーナが最初の1発を放った。

使ったのはニーナの得意技の1つであるグランドホーン。20mはあろう巨大な岩の槍たちが地面から突き出し、その一撃で10体が即死。もう20体ほどがノックバックで空中に吹っ飛んだ。

ニーナの攻撃力でも、流石に敵のレベルが30もあると一撃死させることは難しい。それでも範囲内にいた内の3分の1が倒れたのは、ルルが既に無詠唱で強化魔法を掛けているからだ。

先程の【ペネトレート】により表示され続けている彼女たちのステータスには、【攻撃力上昇】と【防御力上昇】、そして【敏捷上昇】の、3つのステータス強化状態を表すマークが付いている。

俺はかけて貰えていないみたいだが、MPの節約なのだろう。まあ俺は強化なんて無くても、魔法どころかデコピン1発で即死させられるしな。


「―――【光輪の魔法(エンジェルリング)】!!」


重症を負い、なおかつ空中へと放り出された魔族たちに、すかさずルルが追撃を入れる。

空中にいた20体も、着地する頃にはその全てが両断された屍に変貌していた。


「行きます!」


最後のティアは魔法を使わず、例の魔弓【スノーファング】の威力を試してみるようだ。

地上に残っている数体の魔族を目掛け、存在しない弦を引く。

形成された3つの魔弾は、ティアが指を離すような動作をすると、その軌跡に青白い残光の尾を引きながら、3体の魔族に見事命中した。


瞬間、その3体が木端微塵に弾け飛ぶ。


「えっ……!?」


「!!?  ―――あっ。ろ、【岩矢の魔法(ロックアロー)】!!」


自分の放った魔弾でどこからどう見ても一撃死した魔族たちに、逆にティアの方が目を見開く。

思わず攻撃の手が止まってしまったティアに、同じく茫然としていたニーナが瞬時に現実に帰って来て、代わりに残りの魔族たちにトドメを刺していく。

ちなみにニーナが使っている【ロックアロー】は各属性に1つずつあるアロー系魔法の中でも闇に続いて2番目に強い。範囲攻撃ではなく単体攻撃でもあるので先程のグランドホーンより威力も高く、撃たれた魔族は全員即死だ。


突然かつ一瞬にして目の前にいた魔族たちが一掃されてしまった衛兵たちはもちろん、その光景を生み出した弟子たち3人組みまでポカンとしていた。


「は、ハネット様、この弓……」


「ああ。これでティアもちゃんと戦力になるだろ?」


「は、はあ」


スノーファングは戦士長たちにやった武器より更に強く、適正レベル150の武器だ。

30レベの雑魚モンスターなんて瞬殺してくれないと困る。

これを一番攻撃力の低いティアに持たせてることで、バランスを取る。当然の采配だろう。

ニーナも同じく敵を一撃死させてるし、ちょうど同じぐらいのパワーバランスになった筈。……いや、3体同時に倒せる分、ティアの方が殲滅速度では若干上かな?


「もしかして、これも聖剣に匹敵するような……」


「まさか、伝説級の……?」


「わ、私、これを戦いが終わるまで、持ってなきゃならないの……?」


弟子たち3人が何やら相談しているようだが、俺は集まって来た衛兵達に状況を説明するので忙しかった。まあこの後の戦いでの連携をどうするかとか、そんな感じの話でもしてるんだろう。

王宮内での戦闘は俺達が介入した事で既に終わっているという事を説明し、衛兵達を一旦国王の下へと向かわせる。戦士長辺りが報告を聞いて次の指示を出すだろう。

ところで……。


「あの衛兵でも騎士でもない武装集団は何だ?」


こちらを遠巻きに見て所在なさ気にしている例の謎武装集団に目を向ける。


「ああ、傭兵だよ」


ニーナに聞いたつもりだったが、意外にもルルが答えてくれた。そういえばこいつ、傭兵やってたんだっけ。


「ああ~、あれが。なんか指示でも出しといた方がいいか?」


「うーん、どうだろ。ほっといていいんじゃない?」


ほっといていいらしい。じゃあほっとく。

スッパリ忘れて弟子たちに今後の指示を出すことにする。


「よし、俺達はこのまま表通りを進むぞ。陣形はいつもので行こう」


いつもの陣形、すなわち修行の模擬戦の時の陣形だ。

だが今回はそこに俺と言う名のイレギュラーも入る。3人での連携は何度もやったが、俺を含めた4人パーティーというのは初めて組む形だった。俺は常に敵役だからな。


「俺がいるとティアの精霊魔法は使えなくなるが、その弓があれば別に困らんだろう。……それとさっきも言ったが、俺は手助けはしない。ただし裏路地や小道の掃除は俺が全部やっといてやるから、お前達は表通りに出てる奴等だけに集中しろ」


各々が頷くのを確認し、タンク役のルルを先頭に表通りを進む。

どう移動するかは、王都をよく知っているニーナとルルに任せることにした。ティアと俺はついて行くだけだ。


「【探知の魔法(ライトエコー)】」

「【熱探知の魔法(サーマルヴィジョン)】」


ルルとニーナが不意打ちを警戒し、それぞれ探知用の魔法を使う。

ルルはいつものライトエコーだが、ニーナが使っているのは俺が少し前に教えた火属性の探知魔法だ。

使用するとサーモグラフィのように、視界の中の熱源だけ色が変わって見える。

視覚情報限定なので、相手の場所が五感的に『分かる』ようになるライトエコーより探知魔法としての格は劣るが、ニーナが得意だという火属性魔法なのでMP消費が遥かに少なく、長時間発動し続けられるという利点がある。

ちなみにティアは探知魔法を使っていないが、例によって精霊がどうたら風がこうたらで敵の場所ぐらいは魔法を使うまでもなく分かるらしい。はいはいチートチート。


「効果最延長化、【エアロナイツ】」


とは言いつつ俺にもレーダーがあるので探知魔法は必要ない。使ったのは攻撃魔法だ。

魔法の発動と同時、俺の周囲に4本の槍が出現した。

エアロナイツ。使用者の意志通りに操ることが出来る、空中浮遊する武器を召喚する土魔法だ。

スキルである程度強化されてる俺の場合、召喚されるのは黒い鋼に金で装飾された槍。

以前あのスリのガキに突き付けた奴と同じ魔法だ。

俺の場合、この城下町でまともな攻撃魔法を使うと、周囲の住居ごと吹き飛ばしてしまう可能性が高い。なので基本的にはこういった近接系の魔法で戦うつもりだ。


早足で歩きながら、一番近い場所で起きている戦闘に横槍を入れる。


「―――【風爪の魔法(エアクロー)】!」


騎士2人がかりと鍔迫り合いをしていた魔族に、先程と同じくニーナが先陣を切って攻撃する。

エアクローは俺が昔、あの北の村でニーナを助けた時に使っていた、盗賊の1人をサイコロカットにした魔法だ。

ただの【エアスラッシュ】の強化版……というか風の刃が1枚から3枚に増えただけの技なんだが、意外にもニーナが知らない魔法だと言うので、この前教えてやった。


ニーナの先制攻撃に続き、ティアやルルも生き残り達に追撃をかける。

俺はその間にレーダーで索敵し、誘導性能を持つ【マジックアロー】で近くの裏路地にいた魔族たちを掃除しておく。北の村の時と同じく、この魔法は適当に雑魚掃除する時に非常に便利だ。


その後もいくつかの戦いを一瞬で片付けながら、表通りをほとんど足を止めることなく進撃していく。


「お願いします! 私達もついて行かせて下さい!」


途中で助けた市民たちが、俺達と共に行動することを許してくれと懇願してきた。

恐らく魔族を容易く瞬殺してく俺達を見て、この王都で今一番安全な場所がどこなのか気付いたんだろう。


「いいぞ。あの3人は忙しいから、俺が守ってやろう。背中に隠れていろ」


「あ……ありがとうございます!! ありがとうございます!!」


まあ邪魔になる可能性はあるが、最悪無敵化させればいいだけだし、構わないだろう。


「ただし、俺達は今から王都中を歩いて回る。ついて来るだけでもかなり疲れるぞ?」


「もちろん大丈夫です!! ありがとうございます!!」


こうして徐々に人数を増やしながら、雑魚掃除を続けた。

敵がいれば倒し、敵が出れば倒し、敵が逃げれば倒す。

はっきり言って、ほぼ作業だ。

敵のレベルは30前後。俺はもちろんだが、ニーナたちが苦戦することも無い。探知魔法のおかげで、ちゃんと透明化している敵も漏らさず撃破出来ている。

火力と技の数に優れるニーナは先制攻撃に向いており、防御力の高いルルは出会い頭に強い。

弓で戦うティアは空中を飛び回る敵に滅法強いようだ。

このパーティーはやはりバランスが良い。弱点らしい弱点が無いのだ。

俺達は驚異的な速度で魔族たちを排除しながら、王都を練り歩いた。











「お母さん! お母さん!」


「大丈夫よ、きっと衛兵さん達が助けてくれるわ……!」


庇うようにしてきつく抱きしめている娘が、それでも治まらぬ恐怖に私を呼ぶ。

目の前で繰り広げられる戦いを見ながら、震えそうになる声をなんとか押さえ、安心させようと娘にそう返した。

……いや、もしかしたらそれは、私自身の願望であるのかもしれなかった。


王都に鳴り響く鐘の音。

逃げ惑う人々。巻き起こされる破壊と殺戮。


物陰に隠れる私たち親子のすぐ目の前では、鎧を着た衛兵や戦士たちが、数匹の魔族と応戦している。

だが、衛兵たちが数で勝っているにも関わらず劣勢であることは、誰の目から見ても明らかだ。


(ああどうか、神様! この子だけでも、この子だけでもお救い下さい!)


「ぐあああっ……!」


「糞ぉおッ!!」


私の祈りに反して、衛兵たちは1人、また1人と倒れていく。

すぐ側に迫る絶望を前に、今更になって今の内にこの場から逃げるべきかと思い至った。

右と左、どちらの方向に逃げるべきかと視線を巡らし―――それを見た。


私たちから見て左。王宮の方から、『土の賢者』様が向かって来ている。

2年前に、たった1人で魔族たちを追い払った、救国の英雄。まだかなり遠いが、私たち王都の民がそれを見間違える筈が無い。

彼女の周りには弓や杖を持った少女たちもおり、さながら人数の少ない傭兵団のような印象を受けた。


「お母さん!! 賢者様だよ!!」


「ええ!!」


娘もそれに気付いたらしい。

神の祈りが通じたのか、絶望は一瞬にして安堵に変わる。

心に僅かばかりの余裕が出来たからか、賢者様だけでなく、その後ろの光景にも目が向いた。

見れば、賢者様の後ろには大きな人だかりが出来ており、その先頭にはやたらと目立つ白い男が、彼らを庇うようにして歩いている。

たまに見かける貴族や、記念祭の時に姿をお見せになる国王様よりも見事な服だ。

というより、そのすぐ前を歩く賢者様よりも強そうに見える。周囲を警戒しながら歩みを進める賢者様たちと違い、その男はまるで散歩中とでも言うような、涼やかな顔で平然としているのだ。

その態度からは、『余裕』という物がありありと感じられる。

彼は一体何者だろうか。


「お母さん!!」


「えっ?」


娘の悲鳴に視線を前に戻すと、何か黒い影にそれが遮られた。

―――魔族だ。

いつの間にか、私たちの目の前に、新しい魔族が空から舞い降りて来ていたのだ。


「―――っ!!」


振りかぶられた自分の胴体のような太さの腕に、咄嗟に娘を庇う。

次の瞬間来るであろう衝撃に、きつく目を瞑った。


―――ドゴンッッッ!!!!


石畳を割るかのような鈍い音。

一瞬自分が殴られた音かと思ったが、痛みは一つ数えても二つ数えても襲って来ない。


「……?」


―――目を開けると、手があった。


私たちに振り下ろされた魔族の拳を、何者かの手がその寸前で受け止めていたのだ。

有り得ない光景。まず間違いなく、この手の持ち主は人間ではあるまい。

手から繋がる、その先に目を向ける。


「あ―――!?」


私たち親子を救った手の主は、先程の白い男だった。

今の今まで遥か遠くにいたというのに、一瞬にしてこの場所に立っている。訳が分からず混乱した。


―――ドパァンッ!!


「ひっ」


次の瞬間、彼に拳を受け止められていた魔族が爆発した。

その直前、何か『青白い矢のような物』が魔族を貫いた気がしたが、賢者様の魔法なのだろうか。


「うむ」


白い男はそれがどういう現象だったのかを理解しているのか、満足そうに呟き、相変わらずの平然とした顔で私たちに振り返った。


「怪我はしてるか?」


それが彼の第一声。

声が出せず首だけ振って無事であることを伝えると、彼が1つ頷いた。

その後ろでは賢者様たちから魔法が飛んで来ており、衛兵たちがあれほど苦戦していた魔族たちが、ものの十も数える内に全滅した。


「俺たちは魔族を掃除して回っている。今俺たちが通って来た道を行けば、王宮まで安全に避難できる。まあそれか、俺たちについて来てもいいぞ。好きにしろ」


そう言って彼は先を進み始めた。

賢者様たちも遅れて私達の所に到着し、彼に追いつこうと駆け足でついて行く。


「おい、あんたら。ワシたちについて来た方がええぞ」

「ああ。その方が絶対安全だ」


その後ろにさらに続く人々に声をかけられ、先程彼に言われたことを思い出した。

―――王宮に逃げるか、彼らについて行くか。

私は咄嗟に娘の手を引き、その人混みに参加していた。

何故かは分からないが、王宮に逃げようなんて考えられなかった。


「……お母さん、あの人、神様?」


手を引く娘がそんな荒唐無稽な疑問を零したが、私はそれに曖昧に頷く事しか出来なかった。

なぜなら私も、なんとなくそんな印象を彼に抱いていたからだ。











王都の北東部。傭兵ギルド近くの広場。

数十人の衛兵、騎士、正規軍兵士、傭兵が入り乱れる戦場の中、『暁傭兵団』団長、ゾルテもまた戦っていた。


「糞っ……!! これが魔族か!!」


対面する魔族の攻撃を紙一重で躱すゾルテ。そこに横から飛んできた2体目の魔族からの横槍を、仲間の1人である騎士のルドルフがギリギリ止めた。

それに礼を言う暇すらないゾルテは、頭の片隅で半年前のドラゴン戦を思い出していた。


(こんな時に、ルルがいれば……!!)


少し前まで、まるで仲間のように共に依頼をこなしていたマントの女。

最上位傭兵たる彼女の力があれば、この程度の敵など、今頃打ち果たしていたことだろう。

人間側60人に対し、魔族は30体。

彼女は1人で百人分ぐらいの働きはする。無い物ねだりである事は分かっているが、考えずにはいられなかった。


「【水矢の魔法(ウォーターアロー)】!!」


最後方に陣取っていたシャノンが、得意の水魔法で魔族の1体を攻撃する。

チームの最高火力たるシャノンの魔法は、直撃した魔族の腕に多少の傷は残したものの、行動不能まで追い詰めることは出来なかった。


「チッ、邪魔ダ、女!!」


「っ!!」


攻撃された魔族が、目の前のゾルテではなく、シャノンの方に向き直った。


「てめえの敵はこっちだろ!!」


「ハッ!」


そちらに行かせまいとゾルテが双剣を振るうが、それを一笑に付すと、魔族は防御もせずにシャノンの方へと歩みを進めた。

シャノンの魔法ですら傷を負う程度なのだ。鋼鉄製のそれをミスリルでコーティングして強化してあるゾルテの剣でも、容易く弾かれてしまう。


「待―――」


「フンッ!!」


「ぐあッ―――!!」


その前に飛び出して道を塞ごうとしたゾルテだったが、突然横から湧いた魔族に、その隙を突かれて殴り飛ばされた。

数メートルも吹き飛び、転がりながら見れば、ルドルフも別の1体に張り付かれており、手が出せない状況のようだ。


これは不味い。

咄嗟にポーチから取り出した下位ポーションで体を癒す。


魔族の恐ろしさは個々の戦闘力はもちろんのこと、人間と同じで連携を取って戦うことにあるのだ。


「糞!! 止まりなってんだよ、この化けもん!!」


「シャノりんに近付くな!!」


遊撃のビスタとルチアが矢を撃って迎撃する。

だがその2本の矢は魔族にとって、他との戦闘中ならばともかく、正面から相対した状態では止まっているに等しい遅さだった。

対応し辛いよう意図的にタイミングをズラして撃ち出された2本は、魔族が何気なく振った片腕に容易く跳ね除けられる。


「ナラバマズ、オ前達カラ殺シテヤロウ」


「くっ!」


標的をシャノンからビスタに変えた魔族が、一気にその距離を詰める。

邪魔な弓を足元に投げ捨てたビスタは、近接戦闘用に腰に下げていた片手剣を抜いた。


(駄目だ、速過ぎる!!)


剣を抜いたは良いものの、本職の前衛であるゾルテたちでも躱すのが精いっぱいである魔族の動きは、どう考えてもビスタに対応できる物ではなかった。

回避も反撃もできないと悟ったビスタは、咄嗟に剣を構え、盾として使うことを選んだ。

先程のゾルテの吹き飛び具合からすれば……両腕の骨折は免れないだろうが、即死するほどの怪我にはならない筈。

ポーチに入れてある上位ポーションさえ使う事が出来れば、戦線に復帰する事は可能だと踏んだ。


「ビスタ!!」


ビスタの耳に仲間達の叫び声が届く。

せめて意識だけは残りますようにと祈りながら、迫る拳にビスタは覚悟を決めた。

……が。


「―――ビスタっ!!」


仲間達の声に紛れて、聞こえる筈のない声が聞こえた。


「ナニ!?」


「へっ?」


目を瞑るなんて素人のような事はしないビスタは、その瞬間をはっきり見ていた。

自分の胴体に向かって目に見えないような速度で突き出された拳が、文字通り目に見えない透明な壁に阻まれでもしたかのように、弾かれたのである。


それは、暁傭兵団の面々にとっては非常に見覚えのある魔法。

光魔法であるというそれは、【光の防御の魔法(ライトプロテクション)】と呼ばれる単体用の防御魔法だ。


「ちょ!? これって―――」


魔族を含め、その場の全員が先程の声がした方に顔を向ける。


「ル―――……」


目を向けた先。そこにいた見知っている筈の人物を見て、4人の声が唐突に途切れる。

それは、絶句。

声。魔法。身長。

それだけで考えれば、間違いなくこの人物は4人の知り合いの筈である。

だがその姿は、4人が深く見知っている、顔まで厳重に覆われたフード付きのマント姿ではなく―――。


「みんな!」


―――4人が初めて見る、マントの下の姿が、そこにはあった。


お伽噺に伝わる、エルフの始祖が纏っていたという羽衣のように白い肌。

出来の良い人形のように整った顔には、女であっても思わず心臓が跳ねてしまうような、宝石の如き美しさを宿す2つの赤い瞳がある。

そして朝陽を透けさせる幻想的な白髪からは、ドワーフとも違った少しだけ長い耳が飛び出していた。


4人が絶句してしまったのも、仕方ない事だと言えよう。

何しろその『少女』は、あまりにも美し過ぎたのだから。


その為にゾルテ達の中では、印象深いマント姿と目の前に現れた絶世の美少女が、咄嗟にイコールで結ばれなかったのである。


「チッ、新手カ!!」

「ウオオオオ!!」


突如現れた乱入者に、2体の魔族が即座に行動を見せた。


「危ない!!」


魔法使いにあるまじき距離まで迫られてしまった白い少女に、シャノンが叫ぶ。

彼女がシャノン達の想像通りの人物なら、それでダメ―ジを受けるようなヤワな事は無い筈だが……それでも魔法使いが近距離まで敵に近付かれるというのは致命的な事であるのだ。


「【輝刃の魔法(レイディアントエッジ)】―――!!」


が、シャノン達が想像したような事には――彼女が攻撃されるという意味でも、彼女が得意の防御魔法を使うという意味でも――ならなかった。


良く見慣れた、彼女の実力とは明らかに吊り合っていない安物の杖から出された魔法。

それは、その見慣れた杖とは裏腹に、ゾルテ達が一度も見た事の無い魔法だった。


「ナニッ―――グァァ!」

「ガァァァァッ!!」


レイディアントエッジ。

光属性の魔力の刃を杖の先端に形成する、近接戦闘用の光魔法である。

白い少女が師から教わり、最近やっと使えるようになった新魔法だ。

ワンドから伸びる1m半ほどの光の剣は、向かって来た魔族たちを逆に切り裂いた。


「ニーナ!!」


「【振動の魔法(エアウェーブ)】!!」


どこかから聞こえてきた魔法の詠唱と、目の前で唐突に爆発する魔族。

白い少女の光の刃により後ずさった魔族達が、何者かの魔法を受け、木端微塵になったのだ。

そんな超強力な魔法を扱った者は、何者なのか。

先程の詠唱が聞こえた方へと、ゾルテ達は条件反射的に目をやった。


「―――ええっ!? 賢者様!?」


自分達を助けてくれた存在の片割れ。

それは間違いなく、どこからどう見ても救国の英雄、『土の賢者』と呼ばれるニーナ・クラリカだった。

いつも魔法で空を飛んでいく姿を下から眺めるだけの、住む世界が違う領域の人物。

魔族に王都が襲撃されている現在の状況も現実感が無いが、そんな雲の上の人物に戦場で直接助けられたという事の方が、ゾルテ達の中では現実感が無いように思えた。


「糞! ニゲ―――」


「逃がさないわ!」


劣勢になった事を悟り早々に逃げようとした魔族も、それとは正反対に事態が飲み込めず茫然としてしまっているゾルテ達の目の前で、青白い光に貫かれて爆発四散した。

土の賢者の隣に立っていた金髪の美女が、なんらかの魔法を弓から放って仕留めたのだ。


「みんな! 大丈夫!?」


走り寄って来た最初の白い少女が、4人に向かって回復魔法を使う。

一連の流れに思考が追いつかない4人は、茫然とその魔法を受け入れていた。

その5人の後ろでは、土の賢者と謎の金髪美人による魔族の一斉駆除が、今も展開され続けている。


「その声と魔法……。ルル……なのか?」


数秒間に渡る目線でのなすり付け合いの末、団長という事で5人を代表し、ゾルテが核心に触れた。

質問を投げかけられた少女は、バツが悪そうに髪を弄りながら答えた。


「う、うん。一応……」


やはり白い少女の正体はかつての仲間、ルルだった。

もちろん最初の時点で分かってはいた。分かってはいたのだが―――。


「ええええっ!!!? すっごい美少女!?」


ルチアが大きく驚く。だがそれは決して大げさではない。この場にいる4人全員が、全く同じ心境だったのだ。

たしかにルルの肌が異様に白いことは分かっていた。ルルは常日頃からフードを深く被り、その特徴的な耳と髪を隠していたが……手袋をしていないので手は丸見えという、変な所で天然ボケをかましていたのだ。

それが上手い具合に作用し、ゾルテ達は肌の色を隠す為のマントだと思っていたのだが……まさかその下に、本当はこれほどの美貌を隠していたとは。

むしろその病的な肌の白さも相まって、醜い姿を隠す為のマントなのだとばかり思っていたからこそ、その衝撃はより大きかったと言えるだろう。


「えっ、そ、そう。…………えっ?」


ルチアに凄い美少女と評価されたルル本人は、その言葉に目を白黒させていた。

これほど可憐なら耳にタコが出来るほど言われていそうなのに、まるで初めて言われた、またはほとんど言われた事が無いとでも言うような反応だった。


「ルル、知り合いか知らんが、挨拶なら後にしろ。今は雑魚掃除が先だ」


「うおっ……、 ―――!!!?」


いつの間に横に立っていたのか。

全く気配を感じなかった場所から男の声がかかり、ゾルテ達は若干驚いた。そしてその声の主を見て、今度こそ本気で驚く事になる。

―――その視線の先にいたのは、当然ハネット。

そして暁傭兵団の面々が驚いたのは、そのハネットが『普段着』として身に着けている装備品の数々だ。

その装備品が武具としていかに次元の違う品々であるのか。

戦いに身を置き中堅傭兵にまで上り詰めたゾルテ達には、その価値がしっかりと理解出来てしまったが故の驚きだ。

……もちろんそれも、いつかの貴族達と同じく、理解出来ないという理解、ではあったが。

とにかく圧倒的に格が違う……言ってしまえば、今この瞬間も見た事の無いような威力の魔法で魔族を輪切りにしている、あの土の賢者の装備品などよりも、更に上、遥かに上に位置する物であるという事だけはよく分かった。

というかその空中に浮かぶ槍はどういう仕組みなのか。魔具か。魔具なのか。


「あっ、ごめん。そ、それじゃみんな、ボク行くから!」


ルルが短く別れの言葉を残し、急いで戦闘に戻って行く。


「―――!! 上だ、ルルッ!!!!」


「えっ―――?」


ルルが土の賢者達の方へ振り返った瞬間、空から新たな魔族が3体ほど急降下してきた。

反応が遅れたルルが空を見上げる。が、その顔面に、あと1mという距離まで魔族達の爪は迫っていた。


「―――っ!!」


やっと再会出来た仲間に皮肉のように訪れた最後の瞬間に、今度こそビスタは目を瞑ってしまいそうだった。

それは他の面々も同じだ。

誰もがルルの死を疑っていなかった。

―――が。


「―――おいおい。探知の魔法(ライトエコー)使ってる癖に、奇襲受けてんじゃねーよ」


先程の、ルルに勝るとも劣らない白い男が、正真正銘の素手でその攻撃を受け止めていた。

というか完全に、先程の位置から瞬間移動していた。


もう何度目か分からない驚愕に、ゾルテ達は目を見開く。……だがそこに関わったのはハネットである。当然そこでは終わらない。

「パゥンッ!!」という空気の破裂する音のみを残し、肉眼では捉えらえない程の速度で例の宙に浮いた4本の槍が動いた。

文字通り瞬き程の一瞬の時間の後、3体の魔族は数百の肉片に細断される。

そしてその下では、―――咄嗟に上を向いたせいで後ろに倒れかけたルルの背中を、白い男が空いた方の腕で抱き留めて支えていた。


「っ―――!!? ご、ごめんっ! え、えっと、あの、し、知り合いに会って、集中が出来なくてっ!?」


どう見ても今の方が集中出来てないだろ、というぐらいに動揺した様子でルルが返事をする。

ルルの顔は真っ赤。その瞳は男に釘づけ。


(ええ!? そういう関係!?)


さながら窮地を救った王子様と、救われたお姫様と言った所だろうか。

とにかく、ルルがその男に特別な感情を抱いている事は一目瞭然であった。


「…………師匠、ルルさん、もう終わりました。さっさと次に行きましょう」


見つめ合う2人に、途轍もなく不機嫌そうな顔をしたニーナが口を挟む。


(『師匠』!? ―――はっ、そうか! 彼が例の噂の……)


ハネットを呼んだニーナの言葉から、少し前から王都で囁かれている土の賢者の噂話を思い出したゾルテ達。


曰く、あの千年に1人の天才と言われた土の賢者より更に強い魔法使いが現れ、彼女はその魔法使いに弟子入りした。

曰く、土の賢者には恋人が出来て駆け落ちした。

曰く、その恋人と新たな師というのは同一人物であ―――


(―――ええ!? じゃあ、まさかの三角関係!?)


そう考えれば土の賢者の2人に対するこの態度も納得が出来る。

衝撃の事実の数々に呆気に取られているゾルテ達の前では、ルルが慌てて白い男から離れ、その隣では先程の金髪美人がこれまた微妙な顔をしてルルを見ていた。あんたは誰なんだ。


「終わったなら行くか」


白い男が自分のせいで展開されている修羅場を全く意に介さず歩き始める。

その背中に土の賢者と金髪美人も黙って続いた。


「あ、えと…………じゃ、またっ!」


残っていたルルも、そちらとゾルテ達を2~3度交互に見た後、ゾルテ達の方に短く別れを告げて走り去っていった。

後には瞬殺された魔族の死骸と、茫然と立ち尽くす60人の戦士達が残るだけである。


ゾルテ達もその背中を呆気に取られて見ながら、この後の行動の決を採ることにした。


「……みんな、この後どうする?」


「当然、ついて行く!!」


ルチアとビスタが、何の迷いも無くそう宣言した。

今回ばかりは普段2人の暴走を止める立場であるゾルテも全く同じ意見であった。











(そういやそろそろ教会だな)


途中でルルの知り合いとかニーナの元使用人とかを偶然助けたり、風俗街に入ると裸の男女が逃げ惑っていてニーナ達が集中出来ず弱体化したりと色々あったが……まあそんなこんなで、ついにここまでやって来た。

ここに来るまでに約2時間。多分もう2千体ぐらいは魔族を倒しただろう。


(飽きた)


とっくに日も上り切り、すっかり朝だ。

「今頃エルフ達はちゃんとご飯食べてるかなぁ」なんてどうでもいい事を自然に考えるぐらいには飽きてきた。

ニーナ達のレベリングだから、ぶっちゃけ俺はやる事あんま無いし。

いつの間にか三百人ぐらいまで増えた後ろの集団も、ルルの知り合いだとか言う傭兵達が参加したおかげで手間がかからなくなっているし。

MP増加の腕輪――ちなみに現地の価値基準で見れば、聖剣に匹敵する国宝級魔具である――は渡さなくて良かったかもしれない。元から数百発ぐらいの魔法を撃てるだけのMPを持つ3人だ。それが更に2倍や3倍になったおかげで、回復役としての仕事すら無い。

というか、何が良くないって、場所が居住地なのが一番良くない。

範囲攻撃が使えないのだ。おかげで1体1体倒さなきゃならないから時間がかかってしゃーない。

せっかくニーナ達には【ファイアボール】の強化版とか【ライトアロー】の範囲攻撃版とか色々教えてたのに。


(別に4千を全部倒させなくてもいいか。レベリングならまたすればいいんだし……)


途中でお開きというのもアリか、と考えながらその後も百体ぐらいの魔族を殺して歩くと、例の教会が見えてきた。


「あらら、襲われてら」


石塀があるので中がどうなってるかは分からないが、その上から見える教会敷地の空には大量の魔族が群がっている。

どうやら集中的に襲われているようだ。市民の避難所にでもなっているのかもしれない。


「師匠、早く行きましょう!」


「はいはい」


ニーナに急かされて教会へと向かう。

石塀の切れ間……正面入り口から中の様子を窺うと、二百人ぐらいの大量の市民と、それを守ろうと防御魔法を展開している、神父っぽい男の姿があった。

あれが噂の、教会に所属してる光魔法使いってやつか。確か……神官?だったか?


「ふんぎぎぎぎ―――っ!!」


範囲防御……ルルもよく使う下位魔法の【ライトシェル】だろうか。それを攻撃されまくっている神父(仮)は顔面蒼白で、冷や汗ダラダラ。こうしている今にもはいMP切れますよ~と言いたげな様子だ。


(現地の光魔法使いは気合い入ってんな~)


「!! ハネット様!!」


同じ光魔法使いとして天晴れと言わざるを得ない熱心な神父(仮)の働きっぷりに感心していると、いつか見た初老のシスターがこちらに気付いた。


(よく名前覚えてたな。つーか自己紹介したっけ?)


俺の方は当然向こうの名前を覚えていない。というか名前なんて聞いたっけ。それすら覚えてない。


「ハネット様!!」


「兄ちゃん!!」


初老のシスターの声により、見たような見てないようなシスターやら、子供達やらが俺に気付く。

もちろんこちらも誰だったか覚えていないが、俺の事を知ってるという事は、俺の対応をしたシスターと、例の怪我を治療してやってサンドイッチも食わせてやった孤児達なのだろう。多分。


「―――!! ~~~~~っ!!」


同じく俺に目を向けてきた神父(仮)と目が合った。

目は口ほどに物を言うとはまさにこの事。

「見てないで早くなんとかしろ!!」という心の声が直接耳に聞こえたかのようだった。


(あれ? そういや現地にはMPの回復手段って無いんだよな? ……この神父、もしかして2時間ずっと自力で粘ってたのか……?)


よく生きてるな。

というかNPC達って、MPが完全に切れたらどうなるんだろう。

修行中のニーナ達なんかはMPが7割ぐらい減っただけでも結構ゲッソリしてるが。


(仕方ない。助けてやるか)


「―――範囲縮小化Ⅳ、【エクスパラライズ】」


攻撃魔法ではなく、相手に麻痺の状態異常を与える補助魔法を使う。

身体の制御を失った魔族達は死んだハエのようにボトボトと墜落し、神父の張ったライトシェルに弾かれてから地面に転がる。

神父のライトシェルにたかっていた魔族達は50体以上はいよう。

流石は格上との戦いに相性の良い光魔法。

ここまでの現地戦力と魔族達の力関係を思えば、それだけの数と1人で対抗していたのは驚異的の一言に尽きる。

なるほど、神の奇跡とか言われる訳だ。


「う…………」


「司祭様!!」


自分の役目が終わった事を見てとった神父が、気を失ったのか「バターン!」と後ろに倒れた。シスター達が慌てて駆け寄る。

神父ではなく司祭だったか。……まあ司祭ってのが何なのかは知らんが。というか神父もどういう役職なのか説明しろと言われたら困るな。


「麻痺させただけだ。トドメを刺してこい」


「はい」


きっちりニーナ達に経験値を吸わせる。その為の麻痺魔法だ。

俺はその間に司祭の所に行き、MPを回復させてやった。それでも起きる気配が無いので、本当に気絶してしまったようだ。まあ今は寝かせておいてやろう。


「ありがとうございます、ハネット様」


初老のシスターを筆頭に、シスター達が礼を言って来る。

一番頑張ったのはどう見ても司祭だと思うんだが……。まあ俺が来なかったら5分後には全滅してたか。運が良いな。


「王都中を助けて回ってる最中だから気にするな。そんなことより質問があるんだが、教会に避難してる奴がやけに少ないな?」


教会に避難していた市民達は二百人前後。王都に万や十万単位で人が住んでいると仮定すれば、あまりにも少ない人数だ。


「は、はい。ここは王都の教会の中では一番小さいですから。近くにいた方々以外は、他の教会に身を寄せたのでしょう」


ありゃ、教会ってここだけじゃなかったのか。しかも一番小さいとは。

それにしても二百人は少な過ぎる気がするが、多分ここに逃げ込む事すら出来ずに死んだか、こうしている今も逃げ遅れて瓦礫や家屋の影に隠れているような者の方が圧倒的に多いんだろう。

シスター達も言及しないだけで分かっているのか、悲しみに目を伏せている。


「兄ちゃん、本当に賢者様のお師匠様だったんだね!!」


ガキ達が馴れ馴れしく服の裾を掴んで来た。興奮したように指差す先には、俺の指示に従い、作業的に魔族にトドメを刺していくニーナがいる。

シスター達が青い顔をして、絶対者の服を掴むという子供達の遠回しな自殺を止めようとしているが、俺はそれよりも、そのガキが指差した先の光景が気になった。


「んん?」


正確には指差した先のニーナ達ではなく、更にその後ろに見える空。

石塀の上から見える空には、飛行型の魔族達がいるのだが……それらは先程までの無秩序な飛び方ではなく、今は1つの法則に従っているかのような、一定の飛び方をしている気がした。


(王都の外に向かっている……?)


全ての魔族が、一直線に王都の外に向かっているように見えるのだ。

レーダーを見ればその推測を後押しするかのように、赤い点達が一斉に王都中心から放射状に散って行く様が展開されていた。


(あれ? まさか、撤退を始めたのか?)


「ニーナ!」


ガキ共を適当に振り払いながらニーナに近寄る。


「空を見ろ。魔族達が撤退し始めたようだ」


「……! 本当ですね」


「理由はなんだと思う?」


「そうですね……恐らく、師匠が麻痺させたこの中に、伝令役の魔族がいたんでしょう。魔族の中には、師匠の【通話の魔法(コール)】と同じような能力を持つ者がいるようですし」


早く言えや!!

知ってたら意識の残る麻痺じゃなく、睡眠の魔法をかけたわ!


つまり魔族が撤退し始めたのは、俺という、魔族数十体を1発で全滅させるような化け物が現れたから。

今までも散々暴れていたというのに俺達の存在が向こうにバレてなかったのは、出会った魔族を1体も逃さず瞬殺していたからだろう。その伝令役とやらが、テレパシーみたいなもんを使う暇も無く死んでいたのだ。


先程の俺と司祭との目だけの遣り取りのように、俺から文句の視線を感じ取ったのか、ニーナが目を泳がせ始めた。

当然失敗したのは俺自身なので俺が悪いのだが、俺が魔族という物の情報を全く持ってない事を知っているのに、これまで一度も助言せずに来たニーナも悪い。

そもそも俺達2人は、『情報』という一点において師弟の契約を交わした仲であるのだ。契約違反だ。


(……まあ魔族に定時連絡を取るような頭があれば、その内バレた事ではあるか)


何しろ司令塔である将達は既に皆殺しにしているのだ。

敵陣に乗り込んだトップ全員と、仲間の半数と連絡が取れない状態だと気付けば、撤退を始めて当然だろう。

それが俺の魔法によって少し早まっただけの話だ。

ニーナの珍しい涙目でドS心が少し満たされたし、許してやろう。


「―――はあ。ま、ならこの辺で終わりにするか。いい加減レベ……実戦経験も十分だろう」


「そ、そうですね。……あの、最後は師匠のお力に頼るような形になってしまいましたが……試練は合格でしょうか?」


そう言えば師として与える最初の試練とか言ったね。忘れてたわ。


「ん? ああ、合格だな。3人とも、よく戦ってたぞ」


特に危険なシーンなども無かっ―――いや、というか試練だから手を出さない云々は、俺が傍観してる事を正当化する為の言い訳だからな。

本当はレベリングさえ出来るなら何でも良かったのだ。不合格と言う物自体が無い。


「ほんと? やった」

「ほっ……。やっと終わったのね」


ちょうど最後の魔族の始末を終えて帰って来たルルとティアも喜んだ。

ティアは慣れない戦いと、無抵抗の相手を一方的に殺すという最後の作業で精神的に疲れ果ててしまったらしい。元ホームレスかつ元傭兵であるサバイバールルはいつも通りケロっとしている。


弟子達3人の成長も実感できたし、王都にも平和が戻り、これにて無事……ではないな。めっちゃ死んだし。『普通の』一件落着だ。


「……あ、ついでにあいつらも殺しとくか」


「え? ―――きゃっ!?」


頭に疑問符を浮かべたニーナ達の前から、教会の屋上へとジャンプする。俺の足の裏で「ダンッ!」という音と共に石畳が割れたような気がしたが、スキルでいくらでも直せるので気にしない。

教会の高い屋根のてっぺんに登ると、黒煙上る王都の街並みがよく見渡せた。同時に障害物無しの状態で360度の空も。

今から使う魔法が王宮に直撃でもしないよう【フローティング】でもうちょっとだけ高度を稼いでから、黒い点の集まりのように見える、遠くの魔族達へ向けて人差し指を向けた。




「範囲縮小化Ⅰ―――【ジャッジメント】」













神光(しんこう)教会』大司教、フェデルコ・カールトン。

この王国……『ライゼルファルム大司教区』において教会の最高権力者たる彼は、王都に存在する王国最大の教会、通称『大聖堂』で市民達を守る為奮闘していた。

傍らには司祭とその上の司教が5人ほど控えており、そのどれもが光の範囲防御魔法、ライトシェルを展開し、千を超える避難民達を魔族の魔の手から守っていた。


「―――光矢の魔法(ライトアロー)!! ―――光矢の魔法(ライトアロー)!!」


防御を完全に部下達に任せ、カールトン大司教は1人攻撃魔法を放っている。

というのもその他の司祭と司教達では、魔族たちの固い魔法防御を貫くに足るだけの攻撃が繰り出せないのだ。

しかし防御だけしていても戦いは終わらない。こちらも反撃しなければ、魔族の数は永久に減らない。

魔がそこに存在している限り、光の使徒たる彼らは勝利を諦めてはいけないのだ。

……だがその場にいる全員が、この聖戦の結末などとうに悟っていた。

その原因はカールトン大司教が二百の魔族を前にしていながら、範囲攻撃であるエンジェルリングではなく、単体攻撃であるライトアローを使っている事からも分かる。


魔族はあまりにも、強すぎるのだ。


範囲攻撃は単体攻撃に比べると威力が低い。

カールトン大司教がそれを使わないのは、使えないのではなく、使ったとしても魔族に傷一つ付ける事が叶わないからである。

そして少しでも威力をと苦し紛れに使っているライトアローですら、魔族の皮膚を裂く事はあっても、体を貫く事は出来ないでいた。


「くっ……! 神よ、どうか民達をお救い下さい!!」


避難民に紛れていた魔法使い達も攻撃に参加しているが、一向に致命打を与える事が出来ない。

既に魔族の襲撃から2刻近くが経過しているというのに、教会に群がる魔族の内、1体ですら倒す事が叶わないのである。

大司教の座まで上り詰める程の敬虔な信徒である彼が神への慈悲を請うのを、誰が責められるだろう。


もう3度目にもなる自身の魔力切れが近付いている事を感じながら、カールトン大司教は魔法を放つ。

幸い防御は部下達が受け持ってくれているおかげで、彼には魔力の自然回復を待つだけの時間があった。

彼が意識が薄れてくる前に休みを取ろうとした矢先、魔族達が突然攻撃を止めた。


「!? 何だ!?」


困惑は一瞬の事。その場にいた者達の感情は、すぐに驚愕へと変わる。

何か聞こえない筈の声が聞こえたかのような仕草を見せた魔族達が、あんなに執心していたこちらに目もくれず、一斉にその場から逃げ出し始めたのである。


「い、一体何が……」


王都の外を目指しているのだろうか、最短である南へと向かって飛んでいく魔族達の群れ。

その一心不乱の様子に何か不穏な物を感じたカールトン大司教だったが、そんな些細な事はすぐに彼の……いや、彼らの頭の中からは忘れ去られた。


「神が……。―――神が、我らをお救い下さったのだッッッ!!!!」


上を見れば、あの悪夢に覆い隠された黒い空はどこにもない。

昨日ぶりに見た、所々に白い雲――その中の1つには奇妙に丸い穴を空けた雲があったが、2時間という時間が経ち形が少し変わっていたのもあり、誰も気付かなかった――を漂わせた青空。

その抜けるような晴天の空に、自分達が助かった事を理解した避難民達が、一斉に歓喜の咆哮を上げる。

教会の面々も、日々の礼拝により体に染みついた自然な動きで両手を組み、神への最大の感謝を捧げた。

当然カールトン大司教も跪き祈りを捧げていたし、あまりの奇跡と神への感謝で涙すら溢れそうであったが……このライゼルファルム大司教区において最高責任者たる彼は、自分達だけの事ではなく、同時に他の教会の被害にも頭を働かせていた。


(全ての教会と避難民達が無事だといいが……特に北東の教会は、光魔法を授かっている神官が1人しかいない。早急に使いの者を出し、同時に家を失った民達の受け入れ態勢を―――)


この王都に3つある教会の中で、最も小さい規模である北東の教会。

これから自分が出さなければならない様々な指示を考えながら、無意識にその方角を見たカールトン大司教は、偶然にも『その瞬間』を目撃した。


「え―――」


大聖堂より北東。石塀から頭を出す、豆粒のように小さな黒い点。

自身が想念を寄せていた教会の屋根である筈のそれが、彼が無事を案じて目線を向けた数秒後、突然光を発したのだ。

それも、ちょっとやそっとの光ではない。

太陽が昇りきり、すっかり昼間の明るさとなっている現在にあって、恐らくは王都のどこから見てもその眩さに目を細めてしまう程の……松明や炎、光の魔石などでは絶対に再現出来ないであろう程の光輝が、迸ったのだ。


「何が―――  ッッッ!!!?」


そして次の瞬間。





―――裁きが、下された。





それは言うなれば、『千の光』。


北東の教会から放たれた、真っ白な光の線。

1本ではない。数百……それこそ千はありそうな数だ。

それが例の教会の屋根を中心にして、扇状に放たれたのだ。


あまりにも幻想的に過ぎる、神話の光景。

現代ニホン人ならば「レーザーのカーテン」、または「レーザーの弾幕」とでも表現しそうなエフェクトだ。

カールトン大司教は、幼き頃に旅の吟遊詩人に聞いて印象的だった、「神は九つに分かれた虹の光で海を割った」という一文を思い出した。


「あ……あ……」


最初の光に振り返った他の面々も、それを見た。

もちろん全ての人間がこの世ならざる光景に目を見開いたが、その中でも魔法使い……特にカールトン大司教を含む神官達の驚きは大きい。なぜなら―――。


―――あれは、攻撃魔法だ。しかも、光の。


自らが光魔法を扱うが故に、それが分かってしまった為である。

千の光は教会の屋根から照射され、歪む事も曲がる事もせず、真っ直ぐに地平線の彼方まで届いている。


―――これが範囲魔法だとすれば……どれだけの範囲を攻撃する為の魔法だと言うのか?


その千の光に、一体どれだけの膨大な魔力が……桁外れの『奇跡』が注がれているのか、それが漠然とであっても想像できてしまったが故に、彼らの思考は次の瞬間には一転して、完全に停止した。

それは力の桁が天文学的な数字になってしまった事も1つの要因。だが、それよりも―――。


―――ならば、この魔法を発動した者は、『()()』なのか?


間違いなく人類史上において例を見ない、超級の魔法。それが発動可能な程の魔力量を持つ者というのは、どれほどの存在であるのか?

脳がその先にある『答え』に辿り着き、負荷の許容量を超えてしまったのだ。


ただただ茫然と、目の前に起きた奇跡の光景を網膜に焼き付けるカールトン大司教。

だがそんな物言わぬ人形になったのは、彼だけではない。

その時間、その瞬間。

全ての王都の住民の目が、その千の光に注がれていたのだから。


地平線の果てまでをその範囲に収める謎の攻撃魔法。

その魔法はタイミング的に、まず間違いなく王都の外を目指して逃げていった、魔族達を狙った物なのだろうが……確実に一撃でその方向にいた全魔族を灰に変えただけでなく、その遥か先、彼方に浮かぶ夏空の雲さえ消滅させてしまっていた。


「―――っ!!!!」


照射の開始から3秒後。

不自然な程の静寂に満ちていた王都の街並みが、打って変わって小さな悲鳴で埋め尽くされた。


真っ直ぐ東の空に向けられていた筈の千の光が、突然その方向を変え始めたのだ。


―――そのまま自分達に降り注ぐ。

巨大すぎる力を目の前にした生存本能から、誰もがそう直感して断末魔の悲鳴を上げた。

無駄な足掻きと知りながら、咄嗟に地面に身を伏せしゃがみ、両腕で頭を覆った。


だが、カールトン大司教は別だった。


光魔法という物が神の力であると信じて疑わない彼の中には、信徒の1人として使命感があった。その光魔法が間違いなく、究極の光魔法であったからだ。

―――この奇跡の光景を、最後まで目に焼き付けなければならない。

心を突き動かすそれに比べれば、自分の命など些事であった。

そしてだからこそ、彼は続いて起きたその光景に、更なる戦慄と感動を得る事が出来た。


……千の光が動いたのは、垂直方向ではなく、水平方向。

要するに、高さは完全にそのままに、東から南……自分たちの真上、先程魔族が逃げて行った方向へと照射されたのである。

カールトン大司教は確信した。これは正真正銘、人類の敵、魔族を消滅させる為だけに放たれている魔法なのだと。

そして同時に背筋が凍る。発動させるだけでなく、それを維持し続けるなどというのは、どれほどの領域に立てば可能になる話なのだろうかと。

やはりこれだけの超大規模攻撃魔法。魔族など、撫でるだけで灰に出来るのであろう。南を向いた千の光は、続いて南西、そのまま西、そして北西、最後に北へと、ほとんど止まる事なく、流れるように全方向の魔族を薙ぎ払っていった。


5秒ほどの時間をかけて元の位置まで戻って来ると、まるでそれが幻であったかの如く、ピタリと消える。


―――そして訪れた、文字通り雲一つ無い真っ青な空。


先程まではあった筈の少しの雲も、千の光に巻き込まれて全て消し飛んでしまったのだ。

天候すら書き換えるほどの、大魔法。

その光景を最後に、カールトン大司教の視界の全てが歪んで、輪郭線をぼやけさせた。


今度こそ、涙が溢れてしまったのである。


「おお……おお……っ」


滂沱と流れる涙もそのままに、カールトン大司教は北東を向く。

胸中から溢れる感情の爆発に任せ、現代ニホンで言う所の土下座のような格好を取り、地面に頭をこすり付けた。

彼は気付いていなかったが、その周りでは『同じ結論』に行きついた何人かの部下達が、ほとんど同じような反応を示していた。

住民達やシスターの一部はその光景に一抹の気持ち悪さを感じていたが、彼らがそんな行動を取ってしまったのは仕方がないことだし、事実彼らも後悔などしないだろう。




「おお―――『()』よ―――!」




それは正真正銘、神の降臨を描いたお伽噺……『神話』に匹敵する光景であることに、間違いはないのだから。

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