36 処刑
2016.10.30
ポイント評価やご感想、ブックマークなど、いつも励みになっております。ありがとうございます。
趣味全開の本作ですが、楽しんでいただければ幸いです。
「ニーナ~!! お~い!」
国王からの要請の直後、俺は隣の家へと向かい、ニーナを文字通り叩き起こそうとその玄関を叩いていた。
すぐにカーテンの隙間から室内灯の明かりが零れ始め、緩慢な動きで出て来たニーナが扉を開ける。
夏になったからか、どうやら薄着で寝ていたようだ。ノースリーブから覗く脇やら胸元やらで、若干目のやり場に困る。
「は、はい……。何かありましたか、師匠……」
「王都が魔族に襲撃されているらしい。国王から救援要請がかかった。今直ぐ準備しろ」
「ふえっ……!? わ、分かりました……。すぐ行きます」
元から眠たげなジト目を更に眠たげにしていたニーナだったが、頭の良い彼女は俺の短い言葉で正しく状況を理解し、すぐに廊下を引き返し始める。
薄着のまま出て来たことを考えても、何かしらの緊急事態が起きたのだということは分かっていたのだろう。こんな時間の訪問は初めてだしな。
うーん、それにしても、寝ぼけて口調がぽやんとしてるニーナもまた可愛い―――。
「―――あ、待て。先に眠気覚ましの魔法をかけてやろう」
「あっ……、はい。お願いします……」
玄関を閉められる直前、偶然の思い付きで状態異常回復の光魔法をニーナに使った。
このゲームの状態異常の中には『睡眠』も含まれる。
戦闘以外の目的で使ったことは無いが、この世界に来てからの経験上、多分NPCにも効果はあるのだろう。
「支度したらすぐに出ますので、師匠はその間にルルさんを」
無事目が覚めたのか、ニーナははっきりとした口調でそう言い残して、今度こそ部屋へと向かった。
流石ニーナ。俺の魔法で目が覚めたのもあるかもしれないが、状況判断が的確だ。
わざわざニーナを起こしに来たことから、ルルたちも連れて行くことを察している。
この緊急時においても変わらず発揮される彼女の能力の高さに舌を巻きながら、言われた通りにルルの家に移動する。
「ルル~!! ル―――」
「なに?」
「早っ!?」
おい、こいつドアを叩く前に出て来やがったぞ。
「お前ずっと起きてたのか?」
「ううん、普通に今起きたよ。なんかうるさかったから」
どうやら俺がニーナを呼んだ声で目が覚めたらしい。
それにしてはやけに意識がはっきりしてるみたいだが……自分で魔法を使ったのかもしれんな。こいつ俺と同じで日常的に魔法使ってるみたいだし。
服の方は……もしかしてこいつ、寝る時も同じ格好なのか? つーかもしかして1着しか服持ってないんじゃ……。
普段とは寝癖ぐらいしか違いがないルルの姿に疑問を抱きながら、状況を説明した。
……余談だが、後日本人に尋ねてみた所、彼女は体が健康体なので、単純に寝起きが非常に良いんだそうだ。お前の光魔法、生活の役に立ち過ぎじゃね?
ちなみに服の方はマジで1着しか持っていないらしい。にしては泥酔事件の時に抱き着かれた時は良い匂いしかしな―――まあこの話はいいか。
彼女がニーナと同じく部屋へ装備を取りに行った隙に、今度はティアの家に転移する。
ティアは2人暮らしだから、グリフも巻き添えで起こしてしまうが……ま、いっか。
「……ハネット様? ―――あっ、や、やだ。すいません、今ちょっと寝起きで……」
玄関の隙間から、赤くなった長い耳だけが飛び出している。
どうやら寝起きの姿を異性に見られるのが恥ずかしいらしい。
(おお! 女だ! 普通の女がいる!)
うーむ、さすが一般人代表。ザ・普通。まるで現代人を相手にしているみたいだ。
……というか状況判断が早過ぎるニーナと、色々規格外なルルの方がおかしいのか。
ティアが準備している間に、再びニーナたちの方へ帰ってくる。
ここで2人を拾って、最後にティアと合流してから王都へ向かう算段だ。
「いつでも行けるよ」
「すいません、準備できました」
ワンドとポーションホルダーを装備して待っていたルルに、少し遅れてニーナも加わる。
2人を連れて居住区へ転移で飛ぶと、ちょうどティアが大慌てで弓を持って出て来た所だった。
「いや、その弓はいらん。置いて行け」
ティアの使っている弓は、木と糸で出来たごく普通の弓だ。
流石に今回の戦いでは攻撃力の関係で役に立たないだろう。
「は、はい。魔法で戦えばいいんですね?」
「いや、これをやる」
アイテムボックスから1本の弓を取り出して渡す。
白をメインに水色のラインが入ったデザインの、小さ目の弓だ。というかエルフの弓がでかいのか。
なんか長弓とか短弓とか、そういうのが関係してるんだろう。知らんけど。
「【スノーファング】という弓だ。多分魔族にも効く」
性能は低いがレア武器なので捨てられなかったという、俺の貧乏性を表したアイテムである。
ちなみに名前に反してなぜか氷属性ではなく無属性なので、色以外に「スノー」要素は一切無い。
「え? えっとこれ、弦が無いんですけど……」
渡されたティアが困惑の表情を見せる。
そう、この弓には本体だけで、弦が無い。ついでに言うと矢筒も。
それはこの弓が、ザ・ワールドにおいては【魔弓】と呼ばれる、エネルギー弾を発射するタイプの魔法属性の弓だからだ。
「ちょっとあっちに向かって引く動作をしてみろ」
「は、はい……。えっ!?」
ティアが言われた通り、空に向かって見えない弦を引くかのような動作をした。
その瞬間、想像の弦に添えられているティアの指に繋がるようにして、本体から青白い光の糸が伸びてくる。
その謎の現象と指を通して伝わる魔力に、ティアの目が見開かれた。
「そのまま指を離すと、魔力でできた矢が発射される。それはそういう弓だ」
「魔法の矢が出る弓の魔具ですか……。矢切れが無い辺り、便利かもしれません」
ニーナが興味深そうに弓を観察する。こいつのこれはいつものことだ。
「ちなみに矢はある程度狙った方向に曲がるし、3本まで同時に飛ばせるから」
「もはや、なんでもありですね……」
「まあいつものことですが」と俺が彼女に向けた物と似たような感想を呟くニーナ。
俺からすれば、魔法が存在する世界で生活してるお前らも、十分何でもありだと思うんだが。
……いや、よく考えたら、現実の人類……俺らはもはや神の領域に至ってるんだよな。やっぱ俺らがおかしいのか。
「ああ、そうそう。ついでにお前らにはこれな」
「え?」
3本の腕輪を取り出し、それぞれの腕に取り付ける。
俺が普段フル装備の時に使ってる、MP増加のアクセサリー。これはそれの大幅劣化版だ。
「なっ!?」
「え!?」
「これ……!?」
腕輪を付けられた瞬間、自分の魔力量が増えたのが分かったのか、3人の目が驚きに見開かれる。
「まあそんなんでも無いよりマシだろ」
「『そんなん』って……ニーナ、これ……」
「その先は言ってはいけません。……壊すのが怖くて、戦えなくなりますよ」
「わあ、人間の世界には、便利な魔具がいっぱいあるのね……」
「いや、無いから。人間の世界にもこんなの無いから。ハネットがおかしいだけだから」
ルルとニーナが何やらぶつぶつ話していたが、適当に聞き流す。俺も杖以外のフル装備を装着させて貰うのだ。
「『G2』」
最近外したり付け直したりする事が多いので、1発でフル装備状態になれるようショートカットに登録しといた。
ちなみに『G1』だと杖まで装備した対戦用の完全状態になる。
MP最大値増加に完全特化した、俺の自作の装備たち。それらを【アクセサリー】枠に至るまで全て装着すると、元から高いMP最大値が、更に1.3倍ほどに上昇した。
街中だから範囲攻撃で丸ごと吹っ飛ばす訳にはいかない。1体1体倒すことになる可能性もあるので、MPは多い方が良いと判断した。
「えっ!? な、なにその服……」
ルルが俺のフル装備状態を見て、驚愕の態度を示す。
「あれ? お前初めて見るっけ?」
「う、うん……」
「私も……」
ルルの隣でティアも同じような反応をしていた。
そういえば一月前のエルフの里の時は、逆に杖しか出してなかったな。
「まあ俺の普段着だ。この大陸だと目立つみたいだから外すようにしてるけど」
「ふ、普段着……」
ふむ、まあ準備はこんなもんかな?
一瞬ニーナとルルの杖はもうちょいマシなのに変えさせた方がいいかな?とも思ったが、まあこの2人は元から50~60レベぐらいの攻撃力があるし、十分だろう。
先日の魔族襲撃の時も、奴らの平均レベルは30レベ程度だったしな。
「あ、そうだ。グリフ」
「え? あ、ああ………」
ティアと一緒に起こされて以来、黙って俺達を見ていたグリフに、最低限の留守中の指示を出しておく。
ちなみにこいつの名前は最近になってようやく覚えた。
「なるほど、分かった。こちらはなんとかしておこう。ハネット殿も、お気をつけて」
「ああ」
(さて、あの睡眠解除の魔法のおかげで時間短縮できたし、少し早めに行ってやるか)
国王と約束していた半々刻(15分)まで、まだ2~3分はあった。
ティアたちを自分の体に掴まらせ、王都へと転移する。
景色が変わるエフェクトの後、王宮の庭園に出た。
俺達の目の前には右手に王宮側の面々、左手に魔族たちが陣取っており、空には飛行型のモンスターたちが飛び交っている。
やはり朝方の襲撃だったからか、王族たちなどは寝間着のままだ。
「思ったより状況はマシみたいだな」
流石に死人は出ているようだが、見た感じ損害は1~2割程度といった具合だ。
エルフの里の時は半分壊滅してたことを考えても、まあ軽微な方だろう。
あれを考えると、これまでにエルフの隠れ里なんていくつ滅ぼされてるのか、分かったもんじゃねーぞ。
「ハネット様!!」
「ハネット殿!!」
俺の言葉で一斉にこちらを向いた王宮側の面々が、顔を輝かせる。
中でも戦士長が「全部終わった」とばかりに安堵の表情で剣を下したのが印象的だ。
「よう、来たぞ」
とりあえず挨拶は後回しでいいか。
敵は……いっぱいいるが、4体だけちょっと強いのがいるな。
一番右がキングオーガ。レベルは53。
モンスターの癖に鎧を装備しているので見た目は分からないが、【最初の世界】と同じなら、赤い肌に牙の生えた顔という、まんま赤鬼みたいな感じな筈だ。
その隣はイビルアイ。レベルは48。
2mぐらいのでかい目玉に、触手がいっぱい生えた化け物。
無属性の状態異常魔法や、精神操作系の闇魔法を使って来るのが特徴だ。俺と同じくサポート担当系のモンスター。
その更に隣はコロッサス。レベルは57。
人間の倍はある巨体と一つ目で有名な巨人型モンスター、【サイクロップス】。コロッサスはそれの上位種だ。
こいつに鎧があってイビルアイに鎧が無いのが地味にツボだ。さすがに球体にフィットする鎧は作れなかったのか。
そして最後。一番右端がアビスデーモン。
特殊スキルを数多く持っている、出現率の低いレアモンスター。
レベルは俺が現地に来てから出会った存在の中で一番高く、71。
流石にこいつと戦ってたら、戦士長と騎士長は死んでる筈だ。どうやら戦闘が始まるギリギリで俺が来たということらしい。
「将の魔族……しかも、4体……!?」
ニーナが隣で呟いた。
そうか、こいつらが将とかいうアレか。
(うーん、……無理っぽいな。俺が殺すか)
このザ・ワールドでは敵1体に対して複数人が戦闘状態としてシステムに認識されると、倒した時の経験値が半分になってしまう。100%貰えてしまうと、ソロプレイヤーの旨味が無いからだ。
本当はニーナたちのレベル上げに利用したいので俺は手を出さず、彼女たちだけの力で倒させたかったのだが……ぶっちゃけこの4体にはニーナたちじゃ勝てねーな。
まあ半分でも4体倒せば1~2レベぐらいは上がるだろう。とりあえず全員1発ずつだけ攻撃させて、システムに共闘と認識させるか。
「貴様、何者だ! どこから現れた!!」
「おい目玉、お前それどうやって喋ってんだ」
よりにもよってイビルアイが最初に声をかけてきたのでツッコんでおく。
魔族が喋ることはあの森で散々殺しまくった時から知っているが、流石に口が無いのに喋ってる奴はいなかったぞ。
「貴様、舐めた口を―――」
「―――ニーナ、やれ」
「……!! 【火神の魔法】―――ッ!!」
イビルアイが再び口(?)を開こうとしたのを無視し、ニーナに短く指示を飛ばす。
頭の回転が早く弟子歴も長い彼女は、俺の言葉を一瞬で理解し、自分が使える最大火力の魔法を不意打ちで撃ち込んでみせた。
将4体を中心にして、庭園に全てを焼き焦がす灼熱の炎が噴き上がる。
10秒間に渡って広範囲に継続ダメージを与え続ける、火の中位魔法【アグニフレイム】だ。
ニーナがこの一月で新たに覚えた魔法の内の、1つである。
一瞬で高温を示す青色へと変化する魔法の炎。
その強烈な熱波に王宮側の面々は顔を覆い、将たち4体もその身を焦がす業火に耐えるような構えを見せる。
「むぅぅぅ!!」
しばらく空間を焼却していた火炎が治まると、大地はグツグツと沸騰してマグマとなり、庭園一帯を揺らめく陽炎が覆っていた。しかし……。
「ふはは!! まさかこの大陸で我らにダメージを与えられる存在と出会うとはな! その方、人間の割にはやるではないか!!」
「くっ……やはり、駄目ですか……!」
マグマの中をまるでただの水たまりだとでも言わんばかりに、将たち4体が歩いて出て来た。
まあニーナは人間っつーかハーフドワーフだけどな。
(にしても『ダメージ』か。やっぱ【最初の世界】から来たのかな)
魔族の正体は謎だ。
裏に明らかにプレイヤーの影を感じるが、もう2部隊を滅ぼしてやったと言うのに、そいつが報復に出てくる様子も無い。
モンスターが人語を喋っているのも意味不明だし。
プレイヤー関連っぽさと現地っぽさが、奇妙に同居してる感じなのだ。
「ルル、ティア。お前らも」
「あ、わ、分かった!」
「は、はい!」
続いてルルは【エンジェルリング】を10連発、ティアは俺が近くにいるせいで精霊魔法が使えなかったのか、普通の【デッドストーム】で攻撃する。
(キングオーガやイビルアイみたいな雑魚モンスターが50レベ超えてる所を見るに、テイマー職のプレイヤーがせっせと育てたモンスターっぽいんだが……)
自然発生したモンスターなら、それぞれが種族の基本レベルである30~40レベぐらいの筈である。
それが50レベを超えている上に装備まで着ているということは、確実に誰かが強化とレベリングを施したということ。
ニーナ達クラスの魔法使いでも大したダメージを与えられないとなると、恐らくあの鎧もプレイヤーが買い与えた物なのだろう。
だとすると、恐らく実際のステータスは+30レベぐらいされている筈。ニーナとルルの2人掛かりで、やっと1体倒せるだろうという所だ。
ちなみにイビルアイは鎧無しだが、元々魔法防御力が高い種族だから、相性の関係で平気なんだろう。
「ふん、効かぬわッ!」
「うそ、ほんとに強い……!」
「す、すいませんっ」
ニーナの中位魔法ならともかく、2人の下位魔法では毛ほどもダメージを与えられなかったようだ。
ルルは初めて戦うことになった魔族の強さに表情を厳しくし、ティアは役に立てなかったことを俺に謝って来た。
「ああ、別にいいぞ。ちょっと実験したいことがあっただけだ」
システムに共闘状態と認識させたいだけなので、ダメージを与える必要はない。
「実験」と言ったのは、ニーナたちが納得し易いようにと思ってでっち上げた、方便だ。
「どうやら我らとまともに戦えるのは、最初の魔法使いだけのようだな。……そこの男、気は済んだか?」
「ああ、うん」
「そうか。……では、こちらの番だ―――ッ!!」
今までの流れから俺が人間側のトップだと見抜いたのか、コロッサスが迫って来た。どうやら殴りつけるつもりのようだ。
3m級の大質量が風のような速さで迫り、俺の胴体ほどもある巨大な拳が突き出される。
動体視力のせいでノロく見える拳をぼんやり見ながら、「避けようかな」と思ったが……後ろや横にニーナたちがいることを思い出し、避けた拳が彼女達に当たりでもしたら危ないので、無敵化で受け止めることにした。
「なっ―――!?」
片手で受け止め、なおかつ1mmもノックバックしなかった俺に、受け止められたコロッサスはもちろん、王宮側の面々も息を漏らした。
「あ、そうだ。いいこと思いついた」
―――コロッサスの拳を受け止めた形のまま、ハネットが笑みを作った。
それは名案を思い付いた子供の如き無邪気さから出た物であったが、相対していたコロッサスからすれば、死神に微笑まれたかのようなおぞましさを覚える笑みであった。
「お前ら要するに、『敵側の大将』みたいな物なんだろ?」
俺に受け止められていた方のコロッサスの腕が、根本からプランと離れる。
「!? ―――ぎ……ああああああがあああああ!!!!」
ドクドクと血が溢れる切断面を残った左手で押さえ、突如その身を襲った激痛に、堪えきれないという様子で1歩、2歩と後ずさるコロッサス。
「じゃ、見せしめに―――『公開処刑』と行こうか」
(範囲縮小化Ⅳ、【サモン・ダークウィッチハンド】)
絶叫するコロッサスの体に、5本ほどの魔女の腕が地面から群がる。
「が――――」
そのまま気色悪く長さを伸ばした腕たちが、「グーン」と一瞬で20m近くコロッサスを持ち上げた。
そしてその勢いを利用するが如く、流れるような動作であとの3体に巨大なお仲間を投げつける。
「うぐ―――ッ!」
「ぐあっ―――」
「範囲拡大化Ⅱ、【サモン・デーモンハンド】」
敵が大質量弾を受け止めて行動不能になっている内に、『処刑』の邪魔になる周りの雑魚共を殲滅するため、召喚魔法を発動する。
「きゃっ―――」
「うおっ!?」
地響きを立てながら、長さ数十メートルもありそうな巨大なタコの足が地面を突き破って現れた。
異形なる存在の登場に、王宮側の面々が騒然とする。
王宮中に突如出現したそのタコ足たちは、近くにいた魔族たちをグルグルと巻き取り捕獲すると、そのまま捻り潰し始めた。
「ウワアアアアアア―――ッ!!」
「ヤメロォォォォッ!!!!」
魔法で透明化してる奴もいるっぽいので忘れず殺す。多分イビルアイの部下かなんかだろう。
とにかく王宮の敷地内でレーダーに映ってる敵は、将4体以外は皆殺しだ。
サモン・デーモンハンド。
【最初の世界】で【大海魔クラーケン】というボスを倒すと取得できるようになる、闇属性の召喚魔法だ。
タコ足たちは窓や通路から王宮の内部にまで侵入していき、辺り一帯にいた全ての魔族を搾りカスみたいに惨殺した後、役目を終えて地面の中へと帰っていった。
後には穴だらけになった地面と王宮、そして山のような魔族の死体が残されるのみだ。
「さあ、これでじっくりやれる……。―――【タイムストップ】」
「グハっ!?」
止まった時間の中を移動する事で態勢を立て直しつつあった将たちの目の前に疑似的に瞬間移動し、全員が重なるようにして蹴りを1発お見舞いした。
ボーリングのピンのように吹っ飛んだ4体の中から、先程片腕を捥いでやったコロッサスへと目を付ける。奴はでかいから目立つのだ。
「じゃあ最初はお前な」
「なん―――ギヤアアアアアアアアア!!!!」
再びタイムストップを使ってコロッサスの前まで疑似転移すると、先程と同じ蹴りで奴の両足を叩き折った。
あまりの衝撃に千切れ飛んだ足たちが、枯れ枝のように転がっていく。
「ああ、もちろんそっちの腕もだ」
唯一残っていた左腕も切断してやる。
これにてめでたく四肢欠損、だるま状態になったコロッサスが、地面に横たわったまま「ああ~っ、ああ~っ」と情けなく呻き声を上げる。
俺はそれを片手で掴むと、先程と同じように上空へ向けて無造作に放り投げた。
4つの切断面から血をバラバラと撒き散らしながら、コロッサスは50m近くまでグングンと上昇していく。
「範囲最縮小化、―――【ジャッジメント】」
空へと向けた俺の手から、幅2m近くある極太のレーザーがコロッサスへと照射される。
閃光を伴うド派手なエフェクトのせいで、庭園が一瞬だけ真っ白に染まる。王宮側の面々の小さな悲鳴が聞こえてきた。
ジャッジメント。
ルルが使っていた下位魔法、【ライト】を覚えることで取得可能になる、それの攻撃魔法版、【レーザー】。これは更に、それの中位魔法版だ。
本来なら数百、数千本という数の大量の黄色いレーザーにより広範囲を薙ぎ払う技なのだが、このような弾幕タイプの技は大抵の場合、攻撃範囲を縮小化するごとにその弾数・本数が減って行き、最縮小化させることで1発分・1本分になる。
一切の時間差無くコロッサスへと到達したレーザーは、そうなるよう狙って撃った為に、奴の頭だけを残してそれ以外を消滅させた。
奴の胴体をあっさりと貫通して空へと伸びるレーザーは、その上空にあった雲すらも円形に消滅させる。
2~3秒して、50cmぐらいある巨大な生首が降ってきた。
俺はそれを地面に落ちる前に掴み取り、残りの3体へと向けた。
「ひと~~~つ」
「―――!!」
意味を理解した将たちが、思わずといった様子で一歩後ずさった。
そのまま逃げられたら困るので、キングオーガを残してあとの2体を拘束する。
(効果最延長化、【ライトバインド】)
「ぐっ!?」
「糞ッ!!!!」
拘束された2体と、なぜか無事だった自分に困惑しているキングオーガを、空いている方の手で指差す。
「次、お前な」
「ひっ―――」
無詠唱で再びダークウィッチハンドを召喚し、暴れるキングオーガを掴み上げる。
そのまま腕たちに命令を出し、空中へと固定させた。
数十の禍々しい腕によって首を差し出すかのように拘束されたその姿は、断頭台で刃が降ってくるのを待っている死刑囚のようだ。
……ま、断頭台の方が一瞬で死ねる分楽だろうけどな。
「威力低下Ⅲ、【フロストカッター】」
顔までガッチリ固定された奴の目の前に、氷でできた直径2m弱ぐらいの円盤が現れる。
円盤はフチが10cm近くあるギザギザたちで構成されており、それは現代人なら100人中100人が『ノコギリ』と答えるであろう形……要するに、どこからどう見ても『丸ノコ』だった。
「ま、まさか―――」
「ああ、処刑だからな。出来るだけ惨たらしく死んでくれ」
「やめろオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!」
氷の丸ノコが回転を始める。
高速回転によりギザギザから完全な円になったそれが、対象の恐怖を最大限に引き出せるよう、ゆっくり、ゆっくりとキングオーガの顔面に近付いていく。
「うわあああああああッやめろおおおおおお!! うわああああああ!!」
「ははは」
発狂したように絶叫を繰り返すキングオーガに、ついに丸ノコが到達する。
1mm、2mmと顔面に侵入してくる異物に、キングオーガはもはや言葉にならない声を上げるのみだ。
「アアアッ!!!! アアアアアアッッッ!!!!」
刃が低い鼻を断ち割り頭蓋骨に到達したのか、切断の音が「ギャギャギャ!」という固い音に変わる。
美しい水色から赤黒く染まったそれが、10cmほど進んだ頃、早くもキングオーガは物言わぬ屍となっていた。
「あらら。モンスターだと案外早く終わっちゃうんだな」
プレイヤー相手だとHPがゼロになるまで続けられるんだが。
「まあいいや」
丸ノコを進ませ、一気に股まで両断する。
内容物をボタボタと垂れ流すそれを、適当にその辺に打ち捨てた。ついでに左手に持ってたコロッサスの頭も。
「【サモン・プリンシパリティーズ】」
エルフの里で召喚した【パワーズ】。それよりわざと1段階低い50レベの天使たちを召喚する。
それと同時に、イビルアイを拘束していたライトバインドを消してやる。
「メッタ刺しにしろ」
「うわあああああ!!!!」
逃げ出そうとしたイビルアイが、空飛ぶ天使の群れに一瞬で捕まる。
すぐに群がる翼の間から、ザクザクという目玉を突き刺しまくる音が聞こえてきた。
天使たちのレベルを下げといたから、簡単には死ねない筈だ。
「さて……」
「…………」
最後に残されたアビスデーモンを振り向く。
ライトバインドを解かれたアビスデーモンだったが、特に何をするでもなく、何を言うでもなく、ただ静かに俺を凝視していた。
「……やはり、そうか」
「?」
ポツリと零したアビスデーモンに、疑惑の眼差しを向ける。
俺の訝しげな表情を見ると、アビスデーモンが口を開いた。
「―――好きにするがいい。だが私たち将をいくら倒した所で、魔族はこの大陸からいなくならんぞ。……我らが魔王様が、いる限りはな」
「…………」
観念した風だったので最後に何を言うつもりかと期待したのだが、ただの負け犬の遠吠えだった。
内容もいかにも悪者の幹部あたりが言いそうなセリフだ。
……まあ1つ、『魔王』という単語だけは気になったが。もしかしてこの世界にはラスボスが用意されているんだろうか。
もう用は無いので、ラストを飾ろうと使わずにおいた、とっておきの魔法を使う。
(『ザ・ワールド三大グロ魔法』、その2―――)
「―――【ブラッドツリー】」
奴の足元に闇魔法を表す紫色の魔法陣が出るのと同時、その中心から『漆黒の杭』が突き出した。
「ガ――――」
奴の股間へと真っ直ぐに伸びたその杭は、容易く肉と骨を貫通する。
―――その瞬間。
花が咲いた。
「ひっ!!」
「うっ―――」
処刑を見ていた観客たちから、それまでに増した悲鳴が上がる。
彼らの目の前に現れたのは、漆黒と真紅に彩られた1本の木。
黒い幹と枝からは、降り積もった雪が溶けるかのように赤い雫がポタポタと滴り、生命力を感じさせる3mほどの木の頂点には、クリスマスツリーに施す特別な星のように、『それ』が突き刺さっている。
……全て、アビスデーモンの血肉で作られた光景だ。
漆黒の杭はアビスデーモンの股間を貫き体内に侵入。内臓を食い破り心臓まで到達すると、そこでその先端を一気に爆発させる。
先端を数十の枝に分裂させて全方向に広がった杭は、対象の肉体にありとあらゆる破壊を生みながら伸び続け、宿主を内側から引き裂き肉片に変貌させながら、1本の木へと成長を遂げる。
割れた風船のように残骸を枝に引っ掛けたその頂点には、数本の杭に内側から串刺しにされ引き千切られた、奴の頭が乗っかっていた。
三大グロ魔法の中でも、最もスプラッターだと評価されている魔法である。
「さて……」
放置していた他の面々に振り返ると、ニーナたち含めて全員がビクっと体を震わした。
ありゃ、逆に引かせてしまったか。現地人なら処刑ぐらい見慣れてるかと思ったんだが。
まあ先日の一件で、俺が戦うと周りがドン引きするってのも確認済みだしな。それもあるんだろう。
「国王もその家族も、怪我は無さそうだな。間に合って良かったよ」
「あ、ああ……。―――あっ、よ、よく来てくれた、ハネット殿。あと少しであの者たちに全滅させられる所であった。本当に助かった、礼を言う」
一瞬怯えの雰囲気を見せた国王だったが、すぐにポーカーフェイスを取り戻すと、最初にお礼の世辞を述べた。
「あー、いい、いい。対価あってのことだ、気にするな。……それとこんな状況だ。とりあえず諸々の話は後回しにして、先に城下町の方の魔族を倒しに行きたい。構わないな?」
「ああ、もちろんだとも!! 重ね重ね、苦労をかける」
嘘は言ってない。触れてないだけだ。……理由に。
本当は市民の救済と見せかけた、ニーナたちのレベル上げだけどな。
国王の許可も出たし、早速行かせて貰うことにしよう。
「っと、その前に―――戦士長。……つーか、なんか久しぶりだな」
「あ、ああ、ご無沙汰している。私に何用だろうか」
アイテムボックスから1本の剣を取り出しつつ、久しぶりに顔を合わせた戦士長に向き直る。
「俺達4人は、しばらくここから離れることになる。だから代わりに、防衛戦力の強化として、この剣をお前にやろう」
「なっ……それはまさか、ガナンの―――」
渡した剣の名は【封雷剣】。あのエルフの里で手に入れた剣だ。
適正レベル70ぐらいの武器だから、その辺の雑魚なら余裕で倒せるだろう。雷属性の追加効果もあるし。
「いいのか?」
「おう。どうせ拾い物だ」
「そうか……。かたじけない、ありがたく使わせて頂こう」
「ああ。……それからそっちのお前。お前にもこれを」
「!」
戦士長より強いとかいう騎士長にも、別の剣を放ってやる。
レイピア使いっぽいから、適正レベル100ぐらいのレイピアを適当に1本。
放り投げられたレイピアの柄を、騎士長は空中にある内に容易く掴み取った。
「【フローズンソーン】という名の、氷属性の剣だ。相手を凍結させる魔法が付与されている」
「こ、これは……。……素晴らしい宝剣をお貸し頂き、感謝致します」
玉座の間で初めて会った時も思ったが、本当に顔だけでなく声もイケメンな騎士様だ。
きっと王都中の婦女子から引く手数多なことだろう。
戦士長は……うん、まあ。
「構わん。ついでに【コール】のスクロールも1本置いて行こう。何かあったらすぐに呼べ」
「では、そちらは私が」
名乗り出た宰相にスクロールを手渡し、ニーナたちへと踵を返す。
「よし、城下町に行くぞ。基本的に出て来た魔族はお前達3人で倒せ。俺は数が多過ぎる時や、不意打ちを食らいそうな時だけ手助けする。……これが師としてお前達に与える、最初の試練だと思え」
「! はい、かしこまりました」
「うん、分かった。まかせてよ」
「が、頑張ります!」
頷く弟子たちを連れ、正門へと歩く。
「あ、そうだ。―――範囲拡大化Ⅱ、【レイズデッド】。範囲拡大化Ⅱ、【ヒール】」
別れ際、一旦振り返り、王宮側の面々に回復魔法と蘇生魔法を使っておいてやる。
これで俺達が魔族を全滅させて戻ってくるまで、なんとかなるだろ。
「う、うわ―――こ、これが復活の魔法って奴……?」
ルルが起き上がり始めた騎士や衛兵達に茫然とする。
そういえばこいつは俺のフル装備だけでなく、蘇生魔法も初めて見るのか。
最近よく一緒にいるので忘れがちだが、ルルはこの3人の中だと出会ったのが一番最後なんだよな。
「―――あ、そういえば。すまん、ちょっと戦う前に、【ペネトレート】を使わせてくれ」
「え? あ、ああ、いいよ」
先程倒した将4体の分の経験値が入っている筈だ。
プレイヤーなら1レベか2レベぐらい上がっている筈。NPCも同じ計算法なのだろうか。
「ペネトレート」
両手でルルとティアに触れ、ステータスを見る。
●ルル Lv.30
●ティア Lv.23
(おお、やっぱ上がってる)
ルルは俺の予想通り2レベ上がったようだ。28レベだったのが30レベになっている。
ティアは元が17と低かったからか、同じ経験値量でも6レベも上がっている。
「ふむふむ、なるほどなるほど。じゃあニーナも」
「はい」
ニーナが差し出した手を握る。
ルルが2レベということは、更にレベルが高いニーナは、1レベ上がるか上がらないかという所か。
……つーか微妙に『ニギニギ』というか、『スリスリ』してくるのはなんでなんだろう。ニーナなりのギャグ?
正直ちょっと気持ちいいから止めて欲しいんだが。
「ペネトレート」
●ニーナ・クラリカ Lv.45
「……………はい?」
「? どうかしましたか?」
「いや、ちょっとな。……もう1回やってもいいか?」
「構いませんが……」
一旦ペネトレートを切って、もう1度かけ直す。
●ニーナ・クラリカ Lv.45
「………なあ、お前ってレベル42だったよな?」
「え? 『れべる』?」
「いや、なんでもない。―――っと。こうしてる間に市民は襲われてるんだった。早く行ってやろう」
「は、はあ」
足を再び城下町へと向ける。
正門を見つめる俺の目の前には、俺にしか見えない、ニーナのステータス画面が表示されている。
(―――レベルは確かに45と表示されている。つまり3レベも上がったということだ)
レベルは上がれば上がるほど、次のレベルアップに要求される経験値量が増える。
同じ獲得経験値でも、17レベだったティアは6レベ上がり、28レベだったルルは2レベしか上がらなかった。
だがそのルルより更に10レベ以上高い筈のニーナは、3レベも上昇した。
本来なら良くて1レベ、なんだったらレベルアップしない可能性もあった。
それが、3レベ。
明らかに異常だ。プレイヤーだったらチート疑惑。ニーナはNPCなのでバグ疑惑か。
これがそういった類いの不具合でなかったとしたら……正常に経験値が計算された上での結果だとしたら、原因として有り得るのは―――。
(―――【変異者】、か?)
今も目の前に表示されている、ニーナのステータスの最後に書かれている謎スキル。
(まさか、チートやバグ以外の、もう1つの可能性……)
…………まあ何にせよ、このレベリングが終わった頃には、何かしらの答えが出るだろう。
俺は正門をくぐると、未だ魔族に蹂躙される哀れな王都の市民を救うべく、行動を開始した。
◇
―――やはり、そうか。
目の前に立つ、この男こそが……。
やはり悲願の成就は、あと1歩まで迫っていたのだ。
(【コール】。……魔王様、バラキエルです。―――『見つかりました』)
魔法で魔王様へと最低限の報告を済まし、この状況でどう行動するのが一番適切かを考える。
私は数秒後には殺されているだろう。それはいい。もとより我々はそういう定めだ。
だがそれまでに……それまでになんとかして、この男を誘導しなければ……。
そう、例えば言葉とかで―――。
◇
目の前で起きた、血を血で塗りかえるような殺戮の宴。
王宮側の面々の彼への反応は、最初は安堵。次に歓喜。最後は、恐怖。
そしてそれすら過ぎ去った今、庭園には『驚愕』のみが残されていた。
「死者を復活させる魔法だと……」
庭園を見回しながら、国王が愕然とした顔でそう零した。
市民を救うと城下町へ向かった大魔法使い。
それが振り向きざまに何か魔法を使ったかと思うと、空から光が降り注いだ。
異変はそれだけでは終わらず、むしろもっと大きな事件を巻き起こす。
―――死んでいた筈の兵たちが、起き上がって来たのである。
起き上がった兵たちには若干の混乱が見られるものの、皆生存者の質問に対し、意志ある返答をしているようだった。
アンデッド化ではなく、完全な形での死者の復活。
その光景はまさに、神話に登場する神の奇跡を再現したかのようだった。
庭園を包む動揺と畏怖。
自身もその内の1つであると自覚を持ちながら周囲を見渡すと、その中で、戦士長のみが「納得」という顔をしているのに気付いた。
―――彼は神域の存在です。
かつて、彼と最初に接触したという戦士長から、直接聞いた報告である。
その言葉が脳裏に蘇り、知らず国王も「納得」していた。
あの賢者ニーナ・クラリカは、若くして伝説級の力を持つ人間である。
ではその人間より、更に上に立つ者の座す領域とは?
「―――まさに、神域。あれこそが、神と呼ばれる存在か……」
たった今。
ここに1つの国家が、1人の魔法使いの前に膝を折り、頭を垂れた瞬間であった。