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ゴッズテイル ~サイコ男の異世界神話~  作者: 柴崎
おまけ ~日常詰め合わせ~
52/103

おまけ 千年に1人の苦労人?

2016.8.21

おまけ話ラスト。

作中でハネットがニーナと別行動しているシーンの裏側、ニーナ視点です。

4話分で構成されていますが、上から順番に作中の時系列順となっております。







~~『11 都市ゼルムス』の裏側~~




純白の大魔法使い、ハネット様の弟子となって3日目。

今私は師匠と共に、遠く離れている筈の都市、ゼルムスへとやって来ている。

転移の魔法とは、本当に便利な物だ。その理屈は分からないが、私もいつか、使えるようになるだろうか。


「いらっしゃいませ」


まず最初に、師匠から貰った金貨の換金に来た。

勘定台に着いていた2人の男性が、立ち上がりながら挨拶してくる。


「ようこそお越しくださいました。本日はどのようなご用向きで?」


私から見て右側に座っていた老人の方が、愛想の良い微笑を浮かべて接客してくる。

左側の男性は会釈はするが、客の対応には参加しないらしい。筋骨隆々としたその威圧感溢れる風体から見るに、店員というより、用心棒か何かなのだろう。


「すいません。とある金貨の値段の鑑定、それとその金貨の換金をお願いしたいのですが」


「とある金貨、でございますか?」


「これです」


師匠に『小遣い』と称して渡された5枚の金貨。その内の1枚を鞄から取り出し、老人に手渡す。

ただの日用品の買い物では、50分の1の銀貨1枚ですら使い切れない。1枚だけ換金すれば十分だろう。師匠もこちらの金貨は1枚あればいいと言っていたし。


「お……おお……! こ、これは……!」


老人が目を丸くしながら金貨を眺める。

師匠の持つ金貨は、私達に馴染みある普通の金貨より遥かに出来が良く、大きい。

美術的な価値も持つだろう美しさであるし、恐らくは相当な大金になることだろう。

……まあ、そもそも金貨1枚という時点で、既に『相当な大金』なのだが。


私から受け取った金貨をまじまじと眺めていた老人は、不意に顔を上げると愛想の良い笑顔を更に朗らかにさせた。


「大変素晴らしい物かと存じます。少々詳しく鑑定を行いたいので、休める椅子のある奥の部屋にご案内させて頂けませんか?」


「分かりました。よろしくお願いします」


老人に連れられ、奥の部屋に通される。

貴族や大商人などの接待用の部屋なのか、相当な調度品で彩られた豪華な部屋だ。


「では鑑定の為、少々お時間を頂きます。すぐにお茶を持ってこさせますので、ごゆるりとお待ち下さい」


退室した老人の後、少しして紅茶が運ばれてきた。


(ロトの紅茶ですか)


この大陸における最高級のお茶だ。

ゼルムスに3件ある貴金属店の中で、門から一番近かった場所に適当に来ただけなのだが……部屋の調度品と店員の接客から分かるように、かなり大きな店だったようだ。


「大変お待たせいたしましたっ」


半々刻……今朝師匠から教わった時間単位で言えば、20分ほどが経ち、先程の老人が帰って来た。


「申し遅れましたが、私はこのミスト貴金属店の店主、ミストでございます。どうぞお見知りおきを」


「はあ」


わざわざ名を名乗ったということは、やはり師匠の金貨は相当な値打ち物だったと言うことだろう。

彼にとって、私は『特別な客』、という訳だ。


(さて……私も名乗るべきでしょうか?)


今のは自己紹介することで私に距離の縮まった感覚を持たせることが狙い……要するに、贔屓の店になったと思い込ませ、今後も金品を持ち込む際に自分の店を選ばせようという意図があるのだろう。

あくまで店の宣伝であり、客側である私の方が名を名乗る必要など一切無い。

それに、私の名前には大きな力がある。

私が噂の土の賢者であることを知られれば、面倒事に巻き込まれる可能性もある。

……が。


(今回預かっているのは師匠のお金。それを騙されて安く買い叩かれるようなことがあれば、弟子として失格でしょう)


たまには自分の『名の力』を利用することにしよう。

私は店主への脅しとして、名乗る事に決めた。


「よろしくお願いします、ミストさん。―――私の名前は、ニーナ・クラリカ。賢者の末席を汚させて頂いている者です」


「…………なっ!?」


ミストさんの顔が驚愕に染まる。

私を上から下へと眺めたその脳裏には、噂に聞く土の賢者の風体が浮かんでいるのだろう。


「こっ、これは失礼を致しました!! 彼の大賢者様とは露知らず……!」


「いえ。それで、その金貨はどれぐらいの価値を持つのでしょう?」


向こうが精神的に動揺している間に、単刀直入に切り込む。

大量の汗を掻き始めたミストさんは、懐から取り出した布で落ち着きなく顔を拭きながら口を開いた。


「は、はい! お客さ……け、賢者様が持ち込まれたこちらの金貨は、その大きさもさることながら、成形の技術が常識の範疇を超えて高く! と、当店でしたら、金貨3枚と同等の価値でお引き取りしたいと思います!」


「金貨3枚……!?」


今度驚いたのは私の方だった。

金貨1枚というのは大金だ。一般人ならその1枚で、数年は遊んで暮らせる程の額。

大きさが1.5倍ほどなので、美術的価値を含めても金貨2枚程度だろうと思っていた私は、その3倍というあまりの跳ね上がり方に口を開ける事になってしまった。


「は、はい! ご覧になられれば分かる通り、こちらに彫られている女性の横顔の絵などは、常識的な大陸の技術から考えて、この大きさの金属板に彫れるであろう限界の細かさを遥かに超えた緻密な物ですっ。それに裏表で絵柄が違うという独特な意匠から考えるに、大陸で貨幣の規格が統一された400年前以前の物、または島国などから流れてきた物なのでしょうが、まるで磨かれたばかりかのような状態の良さも保っておりますっ。い、以上のことから、この金貨は大変な美術的な価値、そして希少価値を持ちまして、貴族様などがこぞってお買い求めになられることが予想されますので、是非このお値段でお受け取りさせて頂きたいのですが……た、足りませんでしょうか? で、でしたら、銀貨3枚っ、金貨3枚と銀貨3枚までなら……」


「あ、い、いえ。逆に、あまりにも値打ちが高いので驚いていただけです」


「あ、そ、そうでございましたか」


私が値段に納得していないと勘違いしていたらしいミストさんが、ほっと胸を撫で下ろす。

同時に私の方も胸を撫で下ろした。

これ以上高いお金を巻き上げようとしたら、逆に私の方が詐欺か何かで捕まりそうなほどの額だ。


「で、では、金貨3枚でお引き取りする……ということで、よろしいでしょうか?」


「はい。それでお願いします」


お金を取りに行くミストさんを見ながら、その耳に聞こえないようにして深く息をつく。


(1枚が金貨3枚……ということは、今私の鞄には、金貨15枚もの大金が入っている……?)


金貨15枚。

―――王都の屋敷に保管されている、私の全財産にすら近い金額だ。

文字通りに、「人生を遊んで暮らせる」金額。

私の財産と合せれば、あと少しでこの『紅玉の杖』がもう1本買えてしまうほどだ。

そんな正真正銘の大金を持って、これから街中を歩かなければならないのだと分かり、肝が冷えた。


(こ、これが、『小遣い』……? 恐ろしい。申し訳ないが、やはり師匠と合流したら、使った分以外は全部返すことにしましょう……)


先程のミストさんと同じように布を取り出し、額に浮かんだ冷や汗を拭う。

今回は金庫からお金を取りだすだけなので、すぐにミストさんは帰って来た。あの勘定台に座っていた用心棒らしき男性も側に控えている。お金の受け渡しの際に同席するのが彼の本来の仕事なのだろう。


「賢者様。もしも、もしも差し障りが無ければ、お教え願いたいのですが。……こちらの金貨は、どこで?」


「それは…………」


答えるか、答えないか。

少しだけ考えたが、すぐに答えてあげることにした。

先日の、私の魔法を正面から受け止め、それでも傷1つ付かなかった師匠のことを思い出す。

彼の力は、あまりにも大き過ぎる。

下手をすれば……彼その物を狙って、国家間で戦争が起きてしまうほどに。

なので先ほどの門でのことと同じく、出来れば秘匿したいという思いがあるのだが―――。


それを叶えるには―――師匠は、強過ぎる。


彼の力は、もはや隠すことすら不可能な程に、巨大過ぎるのだ。

恐らくその辺を歩いているだけで、私やユンさんなどより目立つだろう。

今こうして別行動をしている間にも、あの村の時のように奇跡を振りまいて回っていないか心配なぐらいだ。

彼は非常に理知的に見えるのに、なぜかその辺りにだけ配慮が足らない。

普通は『強大な力を振るう』ということに、もう少々躊躇を持つ筈なのだが。


(まあ、どうせ師匠のことはすぐに世界中にバレるでしょう)


だからこそ、私はあえてこの老人を『こちら側』に引き込むことにした。


「この金貨は……先日、私の新たな師となって下さった大魔法使い様が、下さった物です」


「………………は?」


「今から3日ほど前。この大陸に、私を遥かに超える魔法の力を持つ、大魔法使い様が現れました。私はその方に、弟子入りしたのです」


私のその説明に、ミストさんと用心棒の彼が表情を変える。

嘘だとは思っていないが、とてもじゃないが受け入れられないといった様子だ。

……それも当然。彼らからすれば、私の時点で既にお伽噺の登場人物のような認識だろう。

それより更に上の存在なんて物は……近い感覚だと、神話の神々ぐらいだろうか?

まあ実際に死者の蘇生などという有り得ない魔法を扱われるので、当たらずとも遠からずと言った所だが。


「それは……そ、そんな……そんな方が、本当に?」


「ええ。すぐにでも、世界で最も有名なお方になられるでしょう。……師匠の抱える巨万の富は、全てがその金貨なのだそうです。あなたが黙っていてくれるのなら……私達に協力的であるのなら、また利用することもあるかもしれませんね」


私がそう言うと、ミストさんは目の色を商人の物へと変えた。


「……!! なるほど、良く理解致しました。当店は、お客様の情報を漏らすようなことは、決してありません。……どうかまた、ご贔屓に」


「はい。ではまたいずれ」


2人に見送られて店から出る。

私の手元には、師匠の金貨4枚と、大陸の金貨2枚。

残りの大陸金貨1枚は、私が今から使う用として、銀貨9枚と銅貨100枚に細かくして貰った。

正直持ち歩くのが怖いので、目的の物をさっさと買って、すぐに師匠を呼ぶとしよう。

私は寄り道もせず、真っ直ぐにゼルムス一の大きな服屋へと向かった。

そもそも今日ゼルムスへ来たのは、換えの下着などの、師匠に用意してもらうのが恥ずかしい物をこっそりと買う為なのだ。





(むう、そういえば、その、下着を買うのは良いのですが……『見た目』にも、気を遣った方が良いのでしょうか……?)


女物の下着売り場を眺めながら、どうした物かと考える。少し顔が熱い。

この2日間、師匠に手を出されるような気配は無かったが……これからもどうかは、分からない。

もしも彼が迫ってきた場合、はっきり言って、私には……というか、私を含む世界中の全女性には、それを拒むだけの力が無い。

まあ紳士的な彼ならば、正直言ってそれほど嫌という訳でもないし……そういったことは、『ある』と思って心構えをしておいた方が良いかもしれない。

うむ、やはり機能性だけでなく、見た目を重視して選ぼう。


私は大きなカゴに放り込まれている下着たちを1枚ずつ品定めし、良さそうな物を選ぶ。

……まあ、そういう知識はほとんど無いので、どういった物が男性に喜ばれるかは謎なのだが。やはりこういう時は大胆な物を選ぶのだろうか? それとも、女性的な可愛さの方向?

それを見せる時……師匠とアレやコレやをする時のことを想像してしまい、更に顔が熱くなった。男性とそういう関係になるというのは、なんだか現実感が無い。


(それにしても……本当にそういった目で下着選びをする日が来るとは…………。私もいつの間にか、大人になったのですね……)


成人は2年も前の話ではあるが……正直言って、自分が大人になったという実感など、無かった。

恐らくほとんどの人がそうなのだとは思うが、成人などと言っても、意識はあくまで子供の延長線上。

年月と経験という皮を被っただけで、中身自体はその前と後ろで特に変わった気がしない。

先日師匠に教えて貰った『スイッチ』という装置。人間には、あんな物は無い。前と後ろで突然本質が変化したりはしないのだ。


だから、それは―――。

―――『流されるように』、と表現するのが正しいのだろう。


時間と言う名の波により、徐々に浸食されていく岩のように。

いつの間にか、その『形』を……『在りよう』を、変えていく。


この私も、いつの間にやら流れに流れ。

今では既に、結婚などをしてもおかしくない年齢になっているのだ。


(こういう『気付き』を経てやっと、人の意識は本当の大人になってくのでしょうね)


……両手に下着を持つという間抜けな格好でそんな真理を考えていたら、いつの間にやら腕時計の針が丸々一周してしまっていた。我ながら珍しく慌てる。

とりあえず、色気より可愛さに傾いた物を何枚か選ぶ。よく考えたら、私のこの子供のような体では、色気のある物など選んだ所で似合わないだろう。……と言いつつ1枚だけ色気重視の物も買っておいたが。

服選びにこんなに時間をかけたのは初めてだ。

「女は買い物に時間がかかるモノ」という話を馬鹿にしていたが……私もちゃんとその女の1人であったらしい。

見た目を気にする事こそが女の本質ということなのだろうか。それとも、異性の気を惹きたいという、生物的な本能か。

下着の他にもアレとかソレとか、買っておきたい物はまだいくつかある。師匠をこれ以上お待たせしては不味いので、急がねば。


(あ、危ない。忘れる所でした)


何よりも前に、荷馬車組合に行って手紙を出す。蝋でしっかりと封をした、王宮宛ての手紙だ。

先日の依頼は無事達成したこと。そしてあの村が大盗賊団に襲われたこと。師匠に関する諸々の事情。そして最後に、これからの手紙は王都の屋敷ではなく、あの北の村に届けるようにと記してある。


この手紙が向こうへ届けば、本格的に『世界』が動き出すだろう。

……いや、既に動き始めているのだ。

たった1人の、魔法使いをきっかけにして。











~~『18 王都』の裏側~~




「お前は邪魔だからくんな」


師匠に言われた一言である。


「え……」


今私たちは王都に来ている。

国王との会合の場が整うまでの数日、滞在することになったのだ。

宿に着いて一番、師匠が街並みを見に行くと言われたので、お供をするよう申し出たら、さっきの言葉だ。


「お前はこの街だと有名過ぎる。歩くのの邪魔だから、別行動しろ」


「あ……は、はい……」


なんとなく落ち込む。

確かに私はこの街の市民に顔が割れている。

以前魔族の大群が王都を襲撃してきた際に、それを1人で退けてみせるという大立ち回りをした事があるためだ。

そんな訳で、私は1歩でも外を歩くと、英雄だなんだと持て囃されて揉みくちゃにされてしまう。それは事実。事実、なのだが……。


(もうちょっと、言い方という物が、こう……)


他の人物からならいざ知らず、師匠に言われると、なぜか傷付き方が重くなる。

やはり自分はこの一月ほどの間で、師匠という人物には割と好感を持っているのだろう。

母や先代クラリカ、あと屋敷の使用人たちの次ぐらいに長く過ごした相手とも言えるのだし。


試しに柄でも無くちょっと傷付いた態度を取ってみたが、師匠はそんな私に気付いていながら、当たり前のように完全に無視してみせた。やめておけば良かった。もっと傷付いた。

前にティアさんにも言ったが、やはり災害のような人だ。正面から立ち向かうほどに、より大きく振り回される。

普通なら時間が経つほど慣れる筈だが、この人の場合は共に過ごす時間が増えるほどに心掻き乱されるのは何故なのだろう。


「はあ……。屋敷にでも行きますか」


師匠が本当に1人で行ってしまったので、今の内に面倒事を片付けておくことにした。





「ニーナ様、お待ち申し上げておりました。この度も、よくぞご無事で」


貴族街の屋敷に帰ると、執事長であるファビオが出迎えてくれた。

この屋敷は国王がタダで用意してくれた物で、現在は目の前の老執事、ファビオ・アルを含めた7人の使用人が働いている。

皆、私がいない間に屋敷の維持や客への対応をしてくれる、大切な存在だ。


「久しぶりです、ファビオ。問題はありませんでしたか?」


「はい、こちらの方は。それよりも、ニーナ様の方こそ、随分とお帰りが遅かったようですが……」


「え、ええ……」


私は本来の予定では、半月は前に王都に帰っている筈だった。

この辺りの説明は今回の本題だが、いざ言うとなると口が重くなってしまう。


「申し訳ありません、何か言えぬ事情でもあられましたでしょうか」


「…………いえ。その辺りのことは皆に説明したいので、一同をすぐに集めて下さい」


「畏まりました。ですがその前に、お部屋の前までお供します」


「いえ、『もう』そのような手間は―――そうですね、頼みます」


私は恐らく、もうこの王都には戻って来ない。

今日彼らに伝えに来たのは、『解雇通告』なのだ。

であれば、彼らがこれ以上私や屋敷の世話をする必要も無い。

でも、だからこそ。

これが最後だと思って、彼のささやかな奉仕を受け取ることにした。





「集まってくれてありがとう。久しぶりの所でこんな話をするのはこちらも心苦しいのですが、今日は皆に大事なお話があります」


食堂に集められた使用人たちに語りかける。

話の出だしから嫌な予感を感じたのか、皆の顔が僅かに不安の色を示す。


「―――私は、王都を出ます。もうこの屋敷に戻ることは無いでしょう。……ですので、今日は『皆さん』の今後の話をするために帰って来ました」


私の言葉に、使用人たちがザワリと動揺する。


「皆さんには今日中に退職金を払います。それと次の雇い先ですが、このまま次にこの屋敷に住むことになる方に雇って貰えるよう、話を付けておきますのでご安心を」


続く説明で何人かは安心したように顔を緩ませたが、それ以外の面々は厳しい顔をしたままだ。


「ニーナ様、なぜ突然王都を出るなどと……?」


ファビオがこの場において当然の疑問をぶつける。

だが……。


「……すいません。それは、皆さんにはお話できません」


「そんな……」


侍女の1人が私の冷たい言葉に悲しそうな顔をする。

でも仕方がないのだ。今回の王都への参上については、複雑な事情が存在している。

その中には、「こちらの情報を王国に握らせてはならない」という物も含まれるのだ。

誰から情報が漏れるか分からない以上、少なくとも現段階では、最終的に師匠に繋がるような話は誰にもすることが出来ない。

私にぐらいその秘匿の理由を話してくれても良さそうな物だが……恐らく師匠は、王国側が何らかの予想外の方法を用いてくる可能性まで想定しているのだろう。

であれば、保険として私にも秘密にしておくのは当然だ。

こういう方向での師匠の念の入れ方は、まるでそういった(まつりごと)の本職の人間のようだ。


「私も皆さんに説明してあげたいのは山々なのですが、さる偉い方から口止めをされているのです。話すと厄介なことになります。どうか、理解を」


「……畏まりました。お前も、いいな?」


「は、はい……」


「先ほども言った通り、皆さんが職を失わないように最大限努力します。近日中に陛下に謁見する予定もあるので、今回の依頼の報酬代わりにでも手回しをして貰いましょう。それに急な話でしたので、退職金にも色を付けましょう」


「…………」


「他に、何か聞きたいことはありませんか?」


「あの……」


先程とは違う侍女が声を上げる。


「はい、なんでしょう」


「その、理由は話せないという事でしたが……ニーナ様は、大丈夫、なんですか?」


こちらは突然の解雇通告をした身であるというのに、彼女は自分より、私の身を案じてくれているようだ。

見れば彼女のその質問に、他の6人も真剣な目をこちらへ向けている。

我ながら、良い使用人たちに恵まれた物だ。


「……ふふ、大丈夫です。詳しくは話せませんが、今回の件は、私が願った通りに事が運んだからこそ起きた事なのです。私が王都を出るのは不幸からではなく……むしろ、これからの大きな前進の第一歩となるでしょう」


私の人生は、本当に恵まれている。

私の言葉に、今日一番の安心した表情を見せた彼女たちを前にして、心からそう思った。





「ニーナ様、どうぞお元気で。これからも我ら一同、この屋敷より、より一層のご活躍をお祈り申し上げております」


「はい、ありがとうございます。……皆さんも、お元気で」


「はい…………!」


翌日の午後、使用人たちとの別れを済ます。

彼らには昨日の内に、回収した財産から金貨1枚ずつという退職金を渡し、住み込みで働いていた者の為に、次の入居者が現れるまでの管理維持という名目で、住み続けられるようにも手配した。

午前の内に王宮に出向き、その辺りの話はあらかた通しておいたのだ。

王都を出て行きたい私と、王都に留めておきたい王国。

話し合いは難航する筈だったが、「今回の依頼の報酬だと思って欲しい」という言葉と、「師匠に言いつける」という最強の脅し文句が効き、すんなりと受け入れられた。

恐らくはギルスター様辺りが今頃頭を抱えている事だろう。

今回の一連のくだりは、本当に徹頭徹尾、師匠という存在が原因で起こった事件なのである。

しかも振り回されているのは私だけでも、この使用人たちだけでもない。世界全てだ。

彼は災害どころか、大災害だった訳である。



……この翌日にハネットと買い物へ出かけたことが原因で、王都に『土の賢者に彼氏が出来た』という噂話が蔓延することになり、使用人たちも「まさか、駆け落ち!?」と勘違いすることになるのだが、ニーナはそれを知る前に、集落へと帰ってしまったのだった。

ハネットの存在は大災害どころではない。未曽有の大災害だったのである。











~~『おまけ 農場ガチ勢』の裏側~~




今日は集落の畑に初めて作物を植える日。

昨日まで生徒だった住民たちも、師匠に認められ全員『卒業』しており、今私の前にいるのは北の村から移住してきた数人のみだ。

彼らが慣れない畑仕事に頑張っているのだ。私の方も、今日も1日、頑張るとしよう。


「どうも皆さん、お久しぶりです。今日から皆さんに読み書きと算術を教える、ニーナ・クラリカです」


「は、はい! お久しぶりです!」


移住者たちは私から直接物を教わるということが分かり、緊張で固くなっている。

ここは軽く自己紹介でもしてもらって、打ち解ける所から始めよう。


「皆さんのお名前も是非教えて下さい。そうですね……それでは、そちらの方から」


「え!? は、はい! わ、私はコナって言います! よろしくお願いします、賢者様!―――」





「おうお前ら、こっちの仕事は終わったぞー」


「あ、は、ハネット様!」


「ああ、いちいち跪かなくていいから」


昼の鐘が鳴る前、師匠が校舎へと声をかけに来た。


「随分と早いですね。師匠が手伝ったんですか?」


住民達に与えられた畑は、普通の畑に換算すれば10枚分近くの広さがある。

普通にやったのなら数日がかりの大仕事の筈だ。


「まあ手伝ったと言えば手伝ったかな。魔具とか作ってやったから」


「魔具を?」


「魔具って言っても、ただの高級なクワだけどな。軽くて丈夫だから作業が捗るってだけだ」


「そうですか」


まあ師匠が作ったのだから、高級品なのは当然だろう。

師匠の作る物で一番目にする機会が多い椅子など、売れば金貨10枚ぐらいしてもおかしくなさそうな程の作りだ。

それに畑を耕すことに謎の情熱を持つ師匠でもある。

そんな彼なら、さぞかし上等な物に仕上げたのであろう。

というか……。


(わざわざ「魔具」と言ったということは、魔法をかけている?)


さっき「軽くて丈夫」と言っていたから、その辺りが魔法によって生み出された効果なのだろうか。


「住民たちには鐘が鳴るまで自由時間にするよう言ってあるが、お前達はニーナが良いと言うまでちゃんと勉強するんだぞ。なにしろ初日だからな」


「は、はい!」


「よろしい。では頑張りたまえ」


師匠を見送って授業を再開する。

畑か。昼食を食べたら見に行ってみようか。





という訳で昼食後に畑へやって来た。


「おお……」


広大な2枚の畑の内、1枚が完全に耕され、しかも畝に水がかけられている所を見るに、どうやら種蒔きまで終わっているらしい。

明らかにたった4時間で出来る作業量では無い。


(例の魔具だというクワのせい……?)


「あ! 先生だ!!」


ゴーレムたちの巡回する農道から畑を眺めていると、元孤児であったトム少年とジザ少年が走って来た。


「ああ、こんにちは」


「こんにちはー! 畑、凄いでしょ!? 俺たちもやったんだよ!!」


「はい、本当に凄いですね。たった4時間でここまで作業が進むとは」


「ね~! ハネット様が出してくれたクワが、凄かったからなんだよっ!」


やはり師匠の作ったという魔具の力か。

別に師匠のように畑に関心があるという訳ではないが、魔法が込められた魔具だと言うのならば多少は興味がある。


「すいません、私もそのクワとやらを見てみたいのですが、用意は出来ますか?」


「クワならそこの倉庫にあるよー! 俺の貸してあげるね!!」


トム少年のクワを見せて貰えることになった。

畑の横の今日新しく作られたらしい倉庫に向かう。


「はい、これが俺の!」


「ありがとうございます」


トム少年が持って来たのは、彼の身長に合わせてあるらしき短めのクワ。

お礼を言って受け取る。


「……!? 軽い!」


手に持った瞬間、あまりの軽さに驚いた。「まるで羽根のよう」とはこのことか。

木材と金属で出来ている筈なのに、そのどちらかの、更に半分ぐらいの重さしかないように感じる。


「でしょ~! 朝ノースおじさんが、『これなら貴族様でも持てるかもしれんなぁ』って言ってたよ! あははっ!」


よくある冗談だ。貴族はペンより重い物が持てないという。

いや、そんなことよりこのクワだ。

柄に使われている木材は美しい木目と光沢を宿しており、2~3時間ほどは実際に使用した後であろうに、磨き抜かれた直後のようにピカピカに輝いている。

また何か師匠のよく分からない魔法がかけられているのだろう。恐らく「絶対に汚れない」とかそういう類いの。……どういう理屈だ。

重さで考えればこの柄の部分だけで今よりも重い筈だ。ということは、物体の重さを軽減するような謎の魔法も使われているのかもしれない。……もしかしたら、前に言っていた、重力に関わる魔法だろうか。


「……………………ん? …………えっ!!!?」


充分観察した木材部分から刃へと目を向けた時、私は瞬時にそれに気付いた。

ま、まさか、そんな……。


「ど、どうかしたの? 先生」


「お……」


「お?」


「『オリハルコン』!!!?」


そう、このクワの刃に使われている金属。

これは恐らく、上位魔法金属『オリハルコン』だ。

たったの一抱えで金貨40枚ぐらいする超希少金属。

非常に軽量でありながら、その強度はドラゴンに噛み付かれても傷1つ付かず、その魔法への適性は『紅玉』にも匹敵すると言われる。

ユンさんたち勇者一向の装備に使われているぐらいの……世界最上位の装備を作るのに使われているぐらいの素材だ。

私ですら、オリハルコン製の装備など持っていない。


(それを……それを、クワに?)


ただ畑を耕すだけの……それも庶民に使わせるための道具に?


「……!! ま、まさか……」


私は嫌な予感がして倉庫の扉を開けた。

中を覗くと、そこには……。


(や、やはり…………!!)


壁一面にズラリと並ぶ、オリハルコン製のクワたち。

ざっと見ただけで30本以上はある。全員に作ったと言うのか。


「せ、先生、どうかしたの?」


「…………」


子供達が私を心配そうに見てくる。

むしろ私はこの子たちの金銭感覚が将来狂わないかが心配だ。


「い、いえ……すいません。なんでもありません」


集落の住民たちには、この事実を伝えないことにした。

きっとその価値を知ってしまえば、師匠の出した物は怖くて二度と受け取れなくなってしまうだろう。

これは私の胸に秘めておく。それとこのクワたちもこの倉庫に秘める。外部の人間に知られれば事だ。

私の脳裏には大量の盗人が忍び込もうとし、そして入口のゴーレムたちに皆殺しにされている光景がありありと浮かんでいる。


(それにしても、師匠はオリハルコンも大量に持っているのですか。本当にこの集落は桁の違う空間ですね……)


手に握ったトム少年のクワを見る。

……一応本当にオリハルコンかどうか、確かめておこう。

もしかしたら、私の勘違いかもしれない。……ほぼ確実に、ただの願望だが。


鑑定の魔法(アプレイザル)


光の魔法である鑑定の魔法を使う。適性が無いので消費する魔力量が桁違いだが、私の魔力量ならば少しの間ぐらいなら使える。



●オリハルコン(加工済み)

強度   9/10

重さ   1/10

希少度  9/10

特殊   魔法適性(最高)

売却額  金貨22枚



(まあ……そうですよね……)


ただの現実逃避だった。自分でも分かっていた。


溜め息を漏らしつつ、せっかくなので柄に使われている木材の方も見てみる。






●ムスペルヘイムツリーの角材(加工済み)

強度   8/10

重さ   1/10

希少度 15/10

特殊   火炎完全無効

売却額  金貨380枚






「…………えええええええええッッッ!!!?」


その日。集落中にニーナの悲鳴が響き渡るという、珍事件が起きたと言う……。











~~『24 ニーナ VS ルル』の裏側~~




「そうだな、とりあえず最初は釣り堀の魚の補充からするか」


師匠が私たちを後ろに引き連れて、集落の北西側へと歩き出す。

「私たち」と表現したのは、今は私の他に、もう1人の女性がいるからだ。


「わあ、魚かぁ。ボク、生きてる魚って見た事ないんだよね」


この大陸において超希少な存在である、ハーフエルフのルルさんである。

私より更に幼いぐらいの見た目だが、太陽の光を美しく反射させる白銀の髪と、透けるように白い肌を持った究極の美人である。……そう、美人であるのだ。


「そうなのか?」


「うん。エルフの住む森には川が無いからね。初めて存在を知ったの自体が、王都に辿り着いてからだよ。それからも、料理に使われてる切り身の状態でしか見てないし」


「へえ」


ルルさんと師匠が雑談している。なんとなく私はその会話に入ることができない。

なんだか師匠が私といる時よりも楽しそうに見えて不快だ。


釣り堀に着き、師匠がいつもの通りに空中から透明な袋を取り出す。大量の水と、生きた魚によってパンパンに膨らんだ物だ。


「ねえ、ハネットのそれって、どうやってるの?」


「………………」


舌打ちを努力して抑える。

彼女は恐れ多くも師匠のことを呼び捨てにするのだ。

私など、呼び捨てなんて最近よく見る師匠との結婚生活の夢ですらしたことも無いのに。

そして彼女に呼び捨てにされても平気な顔をしている師匠も師匠だ。もう少しこう、何と言えば良いのか分からないが、こう、とにかくなんとかして欲しい。


「へえー、これが魚なんだ」


ルルさんがしゃがみ込み、袋の外からツンツンと魚を触っている。

その背中に火球の魔法(ファイアーボール)でも撃ち込んでやろうかと思ったが、理性で押さえ込む。

いや、でも師匠は蘇生の魔法を扱えるのだし、1回ぐらい良いのではないだろうか。

私は昨日、彼女に直接攻撃された身でもあるのだし。お返しとして1発だけ……。


「あは、ちょっと気持ち悪いね」


ルルさんが私達を振り向き、可憐にはにかむ。

うぐ、同性なのに普通に可愛いと思ってしまった。美人は卑怯だ。


続いてすぐ近くにある『ふれあい広場』へと向かう。

羊や牛、ヤギなどの家畜が放牧されている区画だ。

子供や女性陣に人気がある他、奴隷になる前は牛の世話をしていたというこの集落最年長の男性、ノースさんもよく来る。


「わ、あれってもしかして、羊ってやつ?」


ルルさんがゴーレムに餌を貰っている可愛らしい羊の親子を見て指をさす。

彼女も他の女性陣と同じく、白くてモコモコとした羊の見た目を気に入ったようだ。


「美味しそう」


うーん……。

見ると師匠も私と同じような顔をしていた。


「そういえば王都の屋台では、羊肉の料理を売ってたな……」


なるほど、そういえばそうだ。

もしかしたら彼女は羊料理が好物だったのかもしれない。

それに普通の村人だったとしたら、貴重な食料である家畜や動物をそういった目で見るのは普通だ。ルルさんがどういう生活をしていたのか私は知らないので、微妙だが。


「でも彼女の見た目が幼く可憐なだけに、なんだか残念な感じですね……」


「ああ……」


師匠は女の子らしい反応をする女性が好みなのかもしれない。頭の片隅にしっかり記録しておく。


「ん? あは、どうしたの?」


ルルさんの足元に、生まれたばかりの小さな子ヤギがやってくる。

汚れ1つ無い眩いばかりに愛らしい子ヤギは、彼女の足を口でつついてちょっかいを出している。


「あはは、可愛いね。ボクも白いけど、君達の仲間じゃないよ?」


顔を天使のように綻ばせて子ヤギを撫でるルルさん。

可憐な少女と、可愛い子ヤギの戯れ。

その光景のあまりの神聖さに、一時彼女への敵意すら忘れて見入ってしまっていた。


……その横で師匠が、なぜか『冷めた目』で彼女を眺めていたことには、私は最後まで気付くことが無かった。





「あ……」


「…………」


3人で集落を散歩して回っていると、昨日ルルさんと一緒に連れてこられたエルフたちが歩いて来た。

思わず彼女の横顔を盗み見る。

その顔は、これまでと打って変わって、感情を押し殺したように無表情。

彼女は今朝師匠の家から出て来たが、その理由はこのエルフたちと一緒に生活したくないからという物だった。

彼女はヒト族とのハーフエルフだ。エルフにとって、ヒト族は最悪の天敵であり、忌むべき存在。

そんな彼女が故郷でどんな扱いを受けて育ってきたかは、察して余りある。


「おう、お前達。一晩泊まってみて、何か不便なことは無かったか?」


師匠がエルフたちに声をかける。


「い、いえ。大丈夫です。ありがとうございます」


「そうか。でも何かあったら気軽に言えよ。お前達は族長との契約により守られている。この集落にいる間ぐらい、煩わしいことを忘れて自分を労われ。何しろ1年も奴隷をやらされてたんだ、怖かっただろう」


「―――っ。は、はい……! ありがとう、ございます」


師匠の彼女たちを気遣う発言に、先頭のエルフが目頭を押さえる。

ティアさんたち元奴隷の方たちがやって来た時を思い出す光景だ。


「……ルル、許せよ」


「え?」


彼女たちとすれ違い、しばらくしてから師匠が口を開く。


「お前のことを想えば、声をかけるべきじゃなかったかもしれん。だが、俺が今お前達の族長との契約を交わしている以上、放置することは出来ないんだ。嫌だったらお前は黙っていればいい。俺が話さなくて良いよう気を遣ってやる」


「………………ううん。ありがとう」


やはり、師匠は素晴らしい人だ。思わず胸が切なくなる。

彼は人の感情の機微に敏い。

その彼ならば、ルルさんが彼女たちとの接触を減らしたいのは理解していた筈だ。

だがそこで彼女たちを蔑ろにするでもなく、あくまで大人として対応してみせつつ、終わった後にはルルさんの方を気遣った所も見せる。

それに恐らく、自分の方から彼女たちに話しかけたのも、その「ルルさんが話さなくてもいいように気を遣う」という内なのだろう。

彼は昨晩家に帰って来かなかったルルさんに彼女たちが何かを言う前に、先手を打ったのだ。なんと頼り甲斐のある方だろうか。

その暖かさを向けられているのが私以外の女性である辺り心中複雑だが…………私はルルさんの境遇の不憫さも、理解しているつもりだ。

彼女は別に悪い人物ではない。むしろその人間像に対し、不当な扱いを受けている類いの人だ。

師匠とは仲良くなって欲しくないのが正直な所だが……彼女自体が幸せになるのは、好ましいことに思える。





「じゃあ始めるぞ!」


「はい!」

「うん!」


夕方。

私達の修行にルルさんも参加することになり、ここに今、ルルさんと私の一騎打ちが繰り広げられようとしていた。

無論師匠を除けばの話ではあるが、私は大陸最強と呼ばれる魔法使いの一角だ。普通ならば私が勝つ。

だが、油断することは出来ない。

彼女の魔法使いとしての性質はあまりにも『異質』だ。

希少な光の魔法使いである上、それだけに完全特化した尖った適性。

昨日の『光の拘束の魔法(ライトバインド)』への抵抗に苦労したことを考えても、実力自体はほぼ互角だと思った方が良い。


師匠が鉄の筒を空へと放り投げた。

私は普段師匠から習っている通り、戦闘が始まる瞬間、この一瞬の彼女の様子に全ての意識を裂く。


(先のゴーレム戦での師匠の助言から、まず間違いなく初手は強化の魔法を使ってくる筈。その間に私が取るべき行動は―――)


―――コォン!


(『風防の魔法ウィンドプロテクション』! 『氷牢の魔法(フロストプリズン)』ッ!!)


試合が始まると同時、私は無詠唱で風の防御の魔法を発動しつつ、更にその上から()()()()()氷の攻撃の魔法を使った。


「―――!? 『光の拘束の魔法(ライトバインド)』!!」


強化を終えたらしき.ルルさんが、氷の壁に包まれた私に先日と同じく光の拘束の魔法を放ってくる。

……が。


「『火弾の魔法(ファイアバレッド)』!」


「あ……!」


私は氷の内側から火の魔法で穴を空け、外へと緊急脱出する。

普通なら体がピッタリと覆われて動くことすら出来なくなる氷牢の魔法だが、先に風防の魔法を使っていたおかげで隙間ができ、簡単にすり抜けることができる。

相手の光の拘束の魔法はすでに抜け殻となった氷の繭を捕らえており、何の意味も成していない。

これが昨日ルルさんに成す術もなく拘束された際に思い付いた魔法の使い方。師匠のように魔法を打ち消す術を持たぬ者の為の、物理的に魔法の効果を相殺する方法―――疑似的な魔法の無効化である。

ルルさんが扱う光の魔法は命中率が高く、私では避けることは絶対に不可能だ。

だから常に彼女の1歩先の行動を読み、必死に食らいついて正面から受け止め続けなければならない。

今回の試合の「一撃でも当たったら負け」という規定は、私にとって圧倒的に不利なのだ。


次の防御用の魔法を無詠唱で発動させつつ、ルルさんへと最初の攻撃を叩き込む。


「『発火の魔法(フレイムバースト)』ッ!!」


「無駄だよ!」


私の得意な火の魔法により、ルルさんの体が爆炎に包まれる。

だがその炎はルルさんの体には届いていない。やはり無詠唱で防御の魔法を使ってきたか。


「『光矢の魔法(ライトアロー)』!」


反撃とばかりにルルさんが光の攻撃の魔法を撃って来る。

師匠もよく使う光矢の魔法だ。

それが、私の先程の防御の魔法により出現した砂の壁に直撃する。


「ぐっ……!」


(やはり、威力が高い―――!!)


私が最も得意とする土の魔法。

その土の魔法である『砂山の魔法(サンドウォール)』の砂が、たった1撃で7割方吹き飛ばされる。

私の攻撃の魔法ほどの威力ではないが、他に比肩する者がいないという意味では並ぶ領域にあるだろう。


(これが適性が特化した者の放つ魔法……厄介ですね……!)


新たな防御の魔法を無詠唱で唱えながら、水の魔法を彼女へと飛ばす。


「『作水の魔法(ウォーターメイク)』!!」

「『光輪の魔法(エンジェルリング)』!!」


互いの魔法が同時に飛ぶ。

私を囲むようにせり出した土の城壁『砦の魔法(フォートレス)』が光の輪の破壊を防ぐ。

少し遅れて彼女の頭上から水の塊が降り注いだ。

飲み水などを作り出すだけの、最低位の水の魔法。

攻撃力は皆無だが、この後の『工程』に必要不可欠な魔法なのだ。


「『砂嵐の魔法(サンドストーム)』!」


水滴を弾かせる彼女の防御の魔法の上から、砂粒をぶつける。

彼女の張っている球体状の防御の魔法の形を教えるかのように、砂がペタリと張り付いた。


「!? 目潰し!?」


彼女からすれば急激に視界が悪くなった筈。そう勘違いするのは仕方ないだろう。

……例えそれが、あくまで副次効果に過ぎないとしても。


「発火の魔法ッ!!」

「『爆光の魔法(フォトン)』ッ!!」


先程と同じようにして魔法が飛び交う。


(これで『2発目』―――!)


ルルさんは多彩な光の魔法を用いて攻撃してくるが、私が使うのは発火の魔法のみだ。でないと『計算』が狂う。

様々な魔法を組み合わせて彼女の魔法から身を護り、ひたすら発火の魔法を撃ち込む続けていく。


(3発目―――! 4発目―――!!)


5発目の発火の魔法を撃ち込んだ時、ついに『その時』がやってきた。


「わぷっ!?」


ルルさんの頭に『砂』が降り注ぐ。さっき水の魔法と組み合わせることで彼女の防御の魔法に張りつけた、少し湿り気を帯びた砂だ。

そしてその砂が彼女に直接降って来たということは、彼女の防御の魔法が今の発火の魔法で解けたということ。

私のあの行動は嫌がらせではなく、彼女の防御の魔法がいつ解けるのかを見極めるための物だったのだ。


(―――ッ! 『雷閃の魔法(ボルト)』ッ!!)


発動が早い雷の魔法を更に無詠唱で使い、間髪入れずに攻撃を入れる。

運が良ければこのまま終わりだが、恐らくは―――。


「うあっ―――! あぶなっ」


真っ直ぐに彼女を目指して飛んだ紫電は、またしても途中で見えない壁に遮られてしまう。

彼女は無詠唱で新たな防御の魔法を張り直したのだ。

だが、それでもいい。今のは機会があったので一応狙ってみたまでのこと。


―――この時点で既に、私の勝利はほとんど確定してしまっているのだから。


「発火の魔法!!」


閃光の魔法(フラッシュ)!」


「ぐっ!?」


『1発目』の発火の魔法を撃ち込んだ直後、視界の全てが真っ白な光に包まれた。

恐らく光の目潰しの魔法だろう。完全に直視してしまった。


「くっ! 『探索の魔法(ライトエコー)』ッ!」


光の探知の魔法を無理やり使い、見えなくなった目の代用とする。

その間にも防御用の魔法を張り巡らして時間を稼ぎつつ、師匠から貰ったポーションを2本同時に引き抜き、即座に視力と魔力の両方を回復させた。

師匠の言った通りだ。ポーションを持たずに戦っていた私はどうかしている。


「お返しです! 泥沼の魔法(スワンプ)!!」


「うわっ!?」


彼女は光の魔法使いであり、ポーションは使えなくとも『治癒の魔法(ヒール)』が使える。

なので傷を与える物ではなく、足止め系である泥沼を設置した。

しかもこの魔法は無属性の『飛行の魔法(フローティング)』が使えないと回避できない。ルルさんの詰みだ。


「発火の魔法!!」


ルルさんからの反撃を防ぎながら、2発目、3発目と発火の魔法を撃ち込んでいく。

そして4度目の爆炎が彼女の身を包んだ。

これで終わりだ。


「発火の魔法―――ッ!!」


5発目の発火の魔法。

それと全く同時に、無詠唱でもう1発分……6発目の発火の魔法を放つ。


「うわ―――!?」


その結果、先程と同じく5発目の発火の魔法でルルさんの防御は剥げ、同時に飛んで来た6発目の爆炎が彼女に直撃した。


「そこまでッ!」


いつの間にか近くに来ていた師匠が終了を宣言する。


私の勝利。


師匠から習った光の魔法使いとの戦い方の1つ。

要するに、作戦勝ち、という奴だ。


「参ったよ。ニーナは本当に強いんだね」


「ルルさんも相当な腕ですよ」


尻もちをついていたルルさんの手を取り、起きるのを手伝う。

自分と互角の魔法使いと戦うのは初めてだった。

普段の圧倒的な勝利でも、師匠と戦う圧倒的な敗北でもなく、ギリギリの戦いでの勝利だ。

王宮の戦士長と騎士長の2人を思い出す。

これが彼らが言う所の、『好敵手』という奴なのだろう。


(今日から数日は彼女は私の家に住むという話でしたし、帰りにお酒でも買って帰りましょうか)


1日の間で彼女への含むところが無くなっていた私は、彼女を歓迎しようとボッツさんのお店へ向かうのだった。





…………そしてあの泥酔事件が起きたのである。


どうやら私は、定期的に苦労する運命にあるようだ。






第3章はこれから書き始める所なので少々遅くなります。

章のタイトルは『第3章~邂逅~』の予定です。お楽しみに。

進捗状況などは『作者マイページ』の『活動報告』などで報告するかもしれません。


同時にポツポツと挿絵も追加する予定なのでお楽しみ下さい。

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