おまけ FFF-2
2016.8.18
おまけ話その3後編。ハネットのガチ戦闘回。
過去最長なので注意。
あの未熟な初戦闘から5年後。19歳。
俺達FFFのメンバーは、俺を含めた何人かが、レベル1000―――レベルアップによるステータス上昇の打ち止め、つまり、最上位プレイヤーに仲間入りを果たしていた。
まさにFFFの、全盛期だ。
◆
―――試合開始まで、残り30秒。
対戦開始前の『ロビー』世界に、そうアナウンスが流れた。
「F11―――『明星』」
戦闘準備として、全11の武器ショートカットの中から最強の杖を取り出す。
60cmほどの本体の先端に、極悪な棘が無数に突き出した球体を引っ付けたような形のメイス。いわゆる、『モーニングスター』という奴だ。
一応性能的に上位武器ではあるが、理論上もっと強い杖……要するに『最上位武器』という奴が、このゲームでは作れたりする。
ただ作るのに膨大な時間か、または莫大な金がかかるので誰もやらないが。
掲示板では「ガチ勢ぐらいしか持ってない」と言われているレベルの武器だ。
ちなみに今俺はそれの制作に着手しているのだが、現時点で作り始めてから1年という月日が経っている。魔法攻撃力を上げる最上位素材は、超レアアイテムなのだ。そして最上位武器には、それを何個もつぎ込む必要がある。
オークションで誰かが作った完成品を買うという手もあるのだが、実は俺はこの5年間の間に一度、アビューズ(八百長により大量に経験値やお金を稼ぐ行為)が運営にバレて垢BAN(アカウント削除)を喰らったという経緯があり、金の荒稼ぎが出来なくなった。
それはもうガッポガッポと儲かる画期的な稼ぎ方だったんだがな……。俺はこういう、『システムの粗』とか『ルールの粗』みたいなのを見つけるのが昔から大得意だ。……だからこそ、儲かり過ぎてバレたんだろうが。
まあそんな訳で、農場の収穫アイテムよろしく、地道にコツコツとやっていくことにしたのである。
ちなみにそのアビューズにはクランメンバー全員が参加していたのだが、なぜか捕まったのは俺だけだった。相変わらず運がねえ。
―――試合開始まで、残り10秒。
ロビー内の緊張が若干高まる。
俺以外のみんなは試合開始と共に敵陣に突っ込む。何百回、何千回と繰り返したプレイであっても、多少の緊張感が生まれるのは当然のことだろう。
ちなみに俺は試合開始と共にとりあえずの安全圏である味方陣地の最奥まで引っ込むので、一切緊張なんかしてない。
こちらの『ブルーチーム』32人の内、今日参加しているFFFメンバーは俺を含めて全部で7人。
俺、リーダー、クラツキ、クー、ユウスケ、胸像、コダマというメンバーだ。
ユーサク、アラン、ザネリという残りの3人は、それぞれ学校や仕事の都合で集まることが出来なかった。俺達ももう19だからな。仕方ない。
ここで今回参加した7人を手短に紹介しよう。
まずはこの俺、『ハネット』。
FFFのオペレーター兼ヒーラー。
索敵スキルを使用しての仲間への指示出しの他、回復と各種強化、召喚された雑魚の殲滅も受け持つサポート特化。
真面目に戦うのが面倒臭いので卑怯な手ばかりを使っている。FFFの悪評の3割ぐらいは俺のせいである自覚がある。
特徴は死亡率が異様に低いこと。
続いてFFFのリーダー、『メタル』。
いつも「リーダー」「リーダー」と呼んでいるが、実際のプレイヤー名は『メタル』だ。
レベルが現時点で1500とブッチギリで高いが、それとは逆にブッチギリで弱い。
対戦すると大抵の場合32人中下から3番目ぐらいにいる。
3人目、『クラツキ』。
火力特化の暗殺者。火力を上げるスキルを片っ端から全取得したせいで、雑魚戦が出来なくなったという火力馬鹿。その威力は『異常』の一言で、例え相手がガチ勢であろうとも、当たりさえすれば一撃で沈む。
背後からの暗殺の他、真正面からの正々堂々とした一撃必殺を好む。
ちなみにキャラビルド的に俺の天敵。
クラン内最強、『クー』。
あれから見事な強武器厨となったクーは、件の『最上位装備』で全身を固めるという暴挙に出た。クラン金庫から失われた金は数十兆ゴールドにも及ぶ。
だが奴の装備はその対価に十分に相応しい性能を発揮し、ガチ勢とすら正面から戦いを挑める強さとなった。
毎度お馴染みのお騒がせ野郎、『ユウスケ』。
「歩く死亡フラグ」と呼ばれたのも久しく、今では立派な中距離ファイターへと成長した。まさかこいつがこんなに強くなるとは。
たまに身内戦でタイマン勝負をするのだが、俺と実力はほぼ互角と言った所だ。
かなり攻撃的な戦闘スタイルなためか、ファンメール(罵声メッセージ)を貰う確率が一番高い。
あの初パーティー結成の1か月後ぐらいにプレイを始めた男、『胸像』。
双剣を使わせたら右に出る者はいないが、割と天然でありえないようなミスをやらかす時がある。
同じく遅れてプレイし始めた男、『コダマ』。
ショットガン一筋のショットガン厨。
物陰に潜んで一撃必殺を決めるという、俺に負けず劣らずの糞野郎だ。
リアルでは俺との付き合いが最も古い。何しろ0歳からの付き合いだ。
今回はこのメンバーで集まった訳だが、まあ見ての通りサポートタイプが俺しかいない。
というかFFFは10人もいながらサポーターが俺しかいないのだ。
必然的に仕事量は俺がいつもブッチギリで一番。キル数は少ないのに、ポイント評価により大抵2位とか3位とかまで上がる。
―――試合開始まで、残り5秒。
―――3。
―――2。
―――1。
―――ファイト!!
真っ暗だった『ロビー世界』から、広大な宇宙空間である『対戦世界』まで強制的に飛ばされる。
暗視系のスキルにより昼間のように視界が見えるようになった瞬間、俺はありったけの光の上位強化魔法を32人全員にかける。ついでにこの後飛んで来るであろう『敵の攻撃』を予想し、無敵化魔法もいくつか。
―――ありがとう!
―――ありがとう!
―――ありがとう!
チャットにオンラインのマナーとしてお礼の定型文が大量に飛んで来るが、無視。
この5年間でクランメンバー以外のプレイヤーにチャットを打ったことなど1度も無い。
「じゃあ頑張れよ~。―――『フローティング』、『ライトウィング』」
「おう!」
突っ込むみんなとは正反対に、敵から遠ざかるようにして、味方側のマップ端ギリギリまで一目散に移動する。
『ライトウィング』と言うのは、フローティングの移動速度を強化する光の補助魔法だ。
ちなみにこのゲームの対戦では、誤ってマップの外に飛び出てしまうと、強制的に死亡扱いになってしまうので要注意。
「『索敵』」
移動しながらマップデータを作成。
表示された敵の現在地を、味方たちのマップにも送っておいてやる。これで有利な攻め方が出来るだろう。
―――ありがとう!
―――ありがとう!
「ヤベっ!! 遊んでたらラインオーバーした!!」
―――ありがとう!
だから一々お礼言わなくていいんだっての。
途中胸像から「マップ外に出て死んだ報告」みたいなボイスチャットが入ったような気がしたが、聞かなかったことにしよう。
15秒ほどかけ目的地に到着した瞬間。
真っ暗だった筈の宇宙空間が、有り得ないほど巨大な、赤い炎に包まれた。
マップ全体に近い……惑星系を飲み込んでしまうほどの、超広範囲攻撃。
火の最上位魔法。
範囲即死攻撃、『ザ・ノヴァ』だ。
敵側の魔法使いが開幕から撃って来たんだろう。魔法使いのテンプレ行動という奴だ。
……まあ俺はしないが。
普通ならこちらのチームは無敵技を持っていない奴が何人か死んでいただろう。
が、当然ながら、さっき俺がチーム全体に無敵化をかけたおかげで、誰も死んでいない。
普通なら5~10キルぐらいは取れた筈だが、残念だったな。
15秒も足を止めていたので、今頃は攻めてきたうちのチームの誰かに逆に殺されている頃だろう。……まあ胸像はリスポーン(復活)してちょうど今俺の目の前を飛んでいった所だが。
こんな感じで、開幕最上位魔法ブッパは意外とリスクも高い。無敵無視の闇の最上位魔法以外は、相手が無敵技を持っているだけで無力になるのだ。
俺は確実に殺せる奴しか相手にしないと決めているので、絶対に取らない戦法だ。
(『トラップマジック』、『トリプルマジック』、威力最強化、範囲最拡大化。―――『ブラックホール』)
『陣地』を構成するため、そこら中に魔法で罠を仕掛けまくる。
1秒でも早く準備を完了させたいので、全部無詠唱だ。
MPに全振りしたおかげで、こんな無茶な戦い方も出来る。垢BAN喰らったおかげで、完全MP特化ビルドに作り直せたしな。
ちなみに『トラップマジック』が魔法をトラップとして設置できるようにするスキル、『トリプルマジック』が1回の発動で3発分の魔法を放つスキルだ。
「ふう」
周囲にありったけの罠を張り巡らし、MPポーション連打で回復。
これであとは30分間、棒立ちのままひたすら仲間に強化と回復をかけ続けるだけである。
完全な作業ゲーと化しているが、それこそが俺の理想。
俺にはみんなみたいな「より激しいバトルを!」とかそんなんは無い。
咄嗟の判断の連続より、余裕を持った傍観を。
より強大な敵との接戦より、圧倒的弱者をいたぶる蹂躙こそを好むのだ。
「あ、クー。そっち行ったら右から敵が来る。ユウスケは下から狙われてる」
「オッケー!」
「うわっ、マジだ! 死ねオラ!!」
ボイスチャットでメンバーに指示を出しながらパーティーウィンドウを眺めていると、味方に最初の負傷者が出た。
無敵化魔法は許容限界を超えるダメージを受けると強制的に解けるのだ。さっきの最上位魔法で既に全員2枚分ぐらいは剥がされているだろう。
さっきそれと同時に中位の持続回復魔法もかけておいたが、結構な大ダメージなので、次の一撃を喰らうまでに回復が間に合わないだろう。こいつが受け持った敵は相当な手練れのようだ。クラツキみたいな火力特化ビルドの奴でもいるのかな。
「『キュア』」
中位回復魔法を3回ほど使って一気にHPを全快させてやる。
またお礼の定型文が飛んで来たが無視。
そんな感じで1分に1度強化魔法をかけ直し、ダメージを負った者には回復を、即死した者には蘇生をかけてやる。
現時点での戦況は『ブルーチーム』46キル対『レッドチーム』22キル。ダブルスコアでこちらの圧勝だ。
こっちが強いと言うより、こっちは俺のおかげで誰も死なないからな。単純に相手が点数を稼げていないのだ。
ちなみに22キルされた内の4回はリーダーだ。1000レベル越えとは何だったのか。
「むっ……!」
レーダーに敵の接近反応。いい加減バレたか。
「『インビジブル』」
透明化魔法を使った上、その辺を漂っていた小惑星の影に隠れる。レーダーに映らなくなる『隠密Ⅴ』のスキルを取得しているので、これだけでバレない筈だ。
10秒ほどすると、大剣使いっぽい奴がやって来た。
●ぬこ侍 Lv.474
400レベ台か、ギリギリ上級者だな。つーか侍なのに大剣使いなのかよ。ニホン刀使えよ。
敵は俺という謎のサポート魔法使いを探してマップ中を駆けずり回っているのか、キョロキョロしながら飛んでいく。200レベを超えると、戦士もフローティングとは別の技により空が飛べるようになるのだ。
(ふう、俺がここにいると気付いたんじゃなく、偶然か)
「あ」
味方の回復をしながら眺めていると、大剣使いが俺の罠地帯に突っ込んだ。
5個ぐらいの範囲攻撃魔法が一斉に発動して大剣使いを飲む込む。三重化しているので計15発分の範囲魔法だ。
―――敵をキル!
「ポゥンッ!!」という小気味の良いSEと共に、勝利のアナウンスが流れる。
(チッ、そのまま通り過ぎてくれればよかったものを……)
このゲームの対戦には、『キルカメラ』という物がある。
リスポーンするまでの待機時間である、10秒間。
その間だけ、自分をキルした敵からは、自身の最後の様子がどう見えていたのか、というのを相手視点のムビーで見る事が出来るシステムだ。
要するに、俺がここに隠れていることは完全にバレてしまったという事。
とりあえず、敵が再度攻めて来る前に、発動してしまった罠たちを張り直す。
多分1分ぐらいでまたやって来る筈だ。急ごう。
なるべく急いで罠を張り直し、先程隠れていた小惑星とは反対側の小惑星に隠れる。
ちょうど先程の小惑星が見える位置だ。
20秒ぐらいしてさっきの大剣使いが飛んできた。
俺が反対側に移動したとも気付かず、馬鹿正直にさっきの小惑星に向かって行く。
で、当然の如く俺が張り直しておいた罠に引っかかった。
―――敵をキル!
―――連続キル!
敵のリスポーンポイントから一直線に飛んで来ると思って、その直線状に集中して罠を設置しといたのだ。手の平の上ですな。
その後も2回ほど大剣使いは攻めてきたが、場所を移動しながら嫌らしく罠を張る俺の前に成す術もなく連敗した。ケケケ、踊れ踊れ。
ちなみに俺みたいに陣地を形成するタイプの敵が出た場合、放置して別の場所で戦うのが正解。相手の有利になる場所では戦わないのが頭の良い生き方という物だろう。
5回目にしてやっと1人では勝てないことを悟ったのか、敵が新たに魔法使いを1人連れて来た。俺らみたいにパーティーでも組んでいるんだろう。
●テレンス Lv.511
敵の前に姿を現す馬鹿魔法使いか。俺の敵じゃないな。
懲りずに罠に引っかかるのを待っていると、魔法使いが大剣使いを先導し始め、ヒョイヒョイと罠を避けて通り始めた。
どうやら罠の設置された場所を見抜くスキルを持っているようだ。俺も持ってる『ピーピングアイ』かな。
まあそういうことなら仕方ない。
軽く捻ってやるとするか。
不意打ちとして、無詠唱化した闇の中位範囲魔法を20連続で発動させる。
魔法使いの方は魔法防御力が高い筈だが、元から威力の高い闇魔法の上、流石に20連射もされたら死ぬ。
不意打ちに闇魔法を選んだのは、闇魔法が範囲が狭くて命中率が低いからだ。要するに、プレイヤーとしては火力が高いので積極的に使いたいが、一番最初の不意打ちぐらいでしか当たってくれない魔法なのである。
にしても、これで6キル0デスか。スコア的には上々だな。
ちなみに俺のキルデス比は1.00以上なら合格と言われているこのゲームにおいて、4.00越えという異常な数値を誇っている。
これはキル数稼ぎよりも死なないことを重要視して立ち回っているからだ。
……まあその代わり、1試合のキル数が10キルを超えることが滅多に無いが。
ちなみに1年ぐらい前まで7.00越えという気の狂った数字でたいそう自慢だったのだが、運悪く出会ったガチ勢にフルボッコ、更に数試合粘着されて『3キル94デス』とか出しまくって一気にここまで下がった。
当然、そのガチ勢には半年に渡り嫌がらせし返し、700倍ぐらいにして復讐したが。
今制作中の『最上位武器』の素材も、半分ぐらいはそいつから奪い取った。
ポーション連打でガリっと減ったMPを回復させる。
俺は1試合でポーションを平気で50個ぐらい使うからな。普通多くても10個とかの筈なので、これも異常な数だ。
ちなみに『回復アイテム広域化Ⅴ』というスキルを付けているので、俺が回復アイテムを使うとチームの仲間たちも一緒に回復する。
敵の呪い攻撃でMPが無くなり、回復魔法が使えなくなった時なんかに便利だ。
大剣使いと魔法使いが来るまでの間、暇なのでマップの中継映像で仲間たちの活躍を見る。
リーダーが最前線1歩手前ぐらいの場所で、1人の太刀使いと戦っていた。
「―――!! うらっ! 『ジャスト回避』!!」
(おお……!!)
あのリーダーが、敵の攻撃を避けた、だと……!?
剣士のパッシブスキル、『ジャスト回避』。
敵の攻撃が自分に直撃する際、タイミング良く回避することで2秒ほどの無敵時間を生み出せるようになるスキルだ。
…………いや、よく考えたら、普通の剣士は全員持ってるんだよな。そして大抵使いこなしてる。
リーダーがやると、普通の事でも凄い事っぽく見えるのはなんでだろう。確実にキャラで得してるな。
「ハネット! 雑魚が湧いた、片付けてくれ!」
「あいよー。トリプルマジック、威力最強化、範囲最拡大化『スターフレイム』」
クラツキからの要請に答え、あいつの付近に表示されている3千個ぐらいの赤点の中心に、光の中位範囲攻撃魔法を撃ち込んでやる。
敵の魔法使いの誰かが召喚したのだろう。こういうのの掃除も俺の仕事だ。……俺、仕事多過ぎじゃね?
(おっと。敵も本気になったか)
そんなことをしていたら、先程の2人組が今度は距離を空けて時間差で攻めてきた。
そろそろ俺に勝てないということを学習しても良い頃の筈なんだがな。
ちなみにリーダーは敵の攻撃を華麗に回避した直後に、同じく華麗な「見た目だけのゴミ技」と呼ばれている技を発動して返り討ちに遭った。やっぱリーダーはそうじゃないとな。
(もう既にかなり頭に来てる筈だが……ヘヘ、もう少しおちょくってやるか)
俺は目の前の2人に、わざと姿を晒すことにした。
『とある光魔法』を発動し、小惑星から飛び出してインビジブルを切る。
「そこか、クソ雑魚野郎―――ッ!!」
一方的に殺され続けて頭に血の上った大剣使いが突っ込んでくる。俗に言う「顔真っ赤」という奴だ。つーかどっからどう見ても雑魚はお前だ。
(まあそこで突っ込んで来るわな。馬鹿だから)
杖を構えて、迎え撃つ姿勢を見せてやる。
「馬鹿が!! ―――死ね! 『山砕き』!!」
大剣使いが技を発動。
一直線に突っ込みながら、直線上の相手を両断し続けるという、大剣の範囲攻撃。
「だと思ったわ」
「なっ―――!?」
大剣が『俺』の体を縦に引き裂く。
いや、正確にはすり抜けた。
あまりの手ごたえの無さに大剣使いが目を見開く。
そしてそのまま大剣と同じく『俺』の体を通過。技のモーションがまだ続いているので、そのまま真っ直ぐ飛んでいく。
「光の幻惑魔法『ミラージュ』だよ。じゃあな、ボケ」
魔法を解くと同時、『本物の俺』が先程と変わらぬ様子で小惑星の影から現れる。つーか最初から1歩も動いてない。
今まで大剣使いの目の前に姿を現していたのは、幻術で生み出した俺そっくりのホログラムだったのだ。
「あっ!! 糞がああああッ!! ―――うげ!?」
おちょくられたことを理解した大剣使いが俺に狙いを定め直すが、時既に遅し。
先程の胸像と同じく、フィールド外に出てしまい死亡。
俺に集中し過ぎて、ここがマップの端っこギリギリなのを忘れてただろ。俺がなぜここを陣地に選んでいるのかを少しは考えろ。
「威力最高化! 『ブラストボム』!!」
エリアオーバーで死んだ大剣使いは早々に忘れ、続く魔法使いの方に振り向いた瞬間、相手から火の中位魔法が飛んできた。1ダメージも喰らってないけど。
ふむ、火魔法か。開幕の最上位魔法はこいつだな。
「あっ! 『無敵化』!! さっきの犯人はお前か!!」
向こうも俺がノーダメなのを見て、さっき『ザ・ノヴァ』を無効化したのが俺であることに気付いたようだ。
(トリプルマジック、効果最延長化、『ゴッドブレス』。効果最延長化『スティグマータ』)
俺の周囲を三重の巨大な球形のバリアーが包み、更にその上から十字を象った紋章のようなマークが10個ほど並ぶ。
無詠唱で発動させた、ゲーム内最強の防御魔法と、自動防御魔法だ。
光りまくってやたら目立つエフェクト。
敵と正面から戦う際の……俺の光魔法使いとしての、本来の戦闘スタイルだ。
「うげっ……!! 人をおちょくる糞ウザい戦い方に、糞ウザいサポート! そして無詠唱の光魔法って……! あんたまさか、『光のサイコ野郎』か!?」
今更気付いたらしい。
名前で分からなかったということは、「光魔法を使うヤバい奴がいる」という情報だけ知っていたんだろう。
つーかロビーでFFFというクラン名も見えた筈だが……え、もしかして、俺個人ってFFF自体よりも有名なのか……?
―――ちなみにこの時の俺は気付いていなかったが、1年前のあの粘着してきたガチ勢というのも、「彼の有名な『光のサイコ野郎』にお灸を据えてやろう」という輩だった可能性が高い。俺はこの頃から既に悪目立ちしていたのだ。―――
「大正解。―――『グランシャリオ』、『ホーリーレイン』」
「ぐえっ!? ふがっ―――!?」
『フォトン』の範囲攻撃版である『グランシャリオ』、『ライトアロー』の範囲攻撃版である『ホーリレイン』を連射し、ある程度までHPを削る。
『マジックレジスト』で対抗しているようだが無駄だ。10発で効かないなら、俺は50発は撃つ。
ちなみにその間にも相手から悪あがきの攻撃が飛んできているが、俺の周囲に浮かぶ『スティグマータ』のレーザーが全部自動迎撃してくれている。
「そろそろか。『ライトバインド』」
「うわっ!?」
即死させず、HPを5%ほどだけ残して拘束する。俺の半分の500レベだから、全力で抵抗されても15~20秒ぐらいは持つ筈だ。
「じゃあな、お仲間さんによろしく」
「はっ!?」
動けなくなった魔法使いをその場に放置。
これまでとは別の小惑星に逃げる。
「くくく……。『上位魔法』、発動!」
小惑星の影で光の上位魔法の詠唱を開始。
上位魔法は下位・中位魔法と違い、7秒間ほどの詠唱が入る。
ワンランク上の最上位魔法の立体魔法陣から上下の魔法陣を取ったような、ただの球体の魔法陣が描かれていく。
発動開始から3秒ぐらいした所でリスポーンした大剣使いが来た。
「! テレンスさん!! 大丈夫か!?」
「ぬこさん!! 助けてく―――あっ! まさか!?」
魔法使いの方は気付いたか。でも遅いんだわ、これが。
ほとんど同時に俺の上位魔法の魔法陣が組み上がる。我ながら完璧な時間計算。
「ふはは!! 威力最強化! ―――『シャイニングバースト』!!」
発動したのは光魔法の中でも最強の攻撃魔法。
広範囲の敵を聖なる波動で即死させる、劣化最上位魔法みたいな技だ。
「―――――」
「―――――」
声すら上げる暇もなく2人が灰となり消滅する。
あの魔法使いを生かしておいたのは、リスポーンした大剣使いを確実に範囲内に誘導するための囮だ。
―――ダブルキル!
―――連続キル!
これで10キル0デスか。今日は調子が良いな。
このまま死ななければ、キルデス比が少しは元に戻る。
流石に実力差を思い知ったのか、それともあの魔法使いが、俺がかの有名な『光のサイコ野郎』であることを大剣使いに報告したのか。
とにかくあんなにしつこかった2人は、パッタリと攻めてこなくなった。
げへへ、じゃあそろそろ俺も、やらせて頂くとしますか。
「クラツキ、そろそろ『アレ』やるから来てくれ」
「おっ、了解~」
ボイスチャットで護衛役のクラツキを呼び、準備完了。
たしかに俺をほっとくのは正しい。
でも、野放しにするのはそれはそれで駄目なんだなぁ~。
「―――最上位魔法、発動!
『神は言った。光あれ、と』―――ッ!」
◆
この最上魔法により更に10キルを稼いだ俺は、一気に20キル0デスという超成績に躍り出た。
自分でも初めてのことで、興奮が抑えられない。
「うっひゃ、すげえよ!! マジ俺今、神ってるんですけど!!」
「いや、確かに凄いよ。……凄い凄い」
「だろぉ!?」
さっさと前線に帰りたそうなクラツキにわざと絡む。
だって、もしもこの後、予想外のこととか起きて死んだら勿体ないし。
ぶっちゃけ言うと、『盾』が欲しい。
「む、ハネット。敵が来たぞ」
「あん?」
クラツキに促されてレーダーを見る。
赤い点が3つ、俺達2人に向かって来ていた。
「流石にさっきの最上位魔法が効いたか。また誰かが俺を叩きに来たな」
「迎撃する?」
「いや……まあまずは相手のレベルを見よう」
視界をズームして敵が現れるのを待つ。
調子が良いからって無闇に突っ込んではいけない。
かと言って問答無用で逃げるのも惜しい成績だが。30キル0デスとか行ったら伝説ものだぞ。
「お、来た」
クラツキが零すと同時、俺のズーム映像にも敵の姿が映る。
3人の内の2人は、さっきの大剣使いと魔法使いだった。
1回は諦めたけど、さっきの最上位魔法でまた見過ごせなくなり、援軍を呼んで出直した……って所か。
肝心の援軍さんは……知らない奴だな。
「―――げっ! ハネット、不味いぞ!!」
「? 何?」
なぜか突然焦り出したクラツキを尻目に、援軍さんのレベルを確認する。
「あいつ―――!」
●こぶら2世 Lv.3109
「―――あいつ、『ガチ勢』だ!!」
「逃げるぞ!!!!」
クラツキの方が先に反応していたのに、逃げ始めたのは俺の方が先だった。
実は俺の真価はサポートでも、戦略でも無い。『逃走』なのだ。
「逃げた!?」
「はやっ!?」
さっきまでと違い一目散に逃げ始めた俺に、大剣使いと魔法使いが目を丸くしている。
「あいつ敵側の1位だぞ!! さっきまで俺らと前線で戦ってた奴だ!」
クラツキが後ろに追いつきながら叫ぶ。
マジかよ! あのカス2人共め、厄介な助っ人を呼びやがって!!
「―――ッ!! クラツキ、真っ直ぐ飛ぶな!!」
「ぐっ!? ……うおっ!?」
嫌な予感がしてクラツキを蹴り飛ばす。
直後、さっきまでクラツキがいた空間を、あのガチ勢から飛んできた真っ白な閃光が両断して行った。
見たことの無い技だが、何かの範囲攻撃なのだろう。この距離から届くとは、射程がトップクラスに長いな。
脇を通り抜けた為に俺への攻撃と誤認したスティグマータが反応したが、迎撃用のレーザーごと空間を両断しやがった。多分当たったら即死だった。
「どうせガチ勢だから、俺らの常識外の攻撃とかを持ってるんだろうな」、とネガティブ思考が過ぎらなかったらヤバかった。
「あっぶな!! あっぶな!!」
「既に俺らは射程内か!! ならこれでどうだ!!」
俺らと敵のちょうど中間。
その位置に、広範囲で派手なエフェクトの範囲魔法を撃ち込む。
「うわ!?」
「うお!?」
俺の逃走術の1つ。「攻撃を煙幕にして逃げる」!
重要なのは、マジもんの煙幕ではなく、ちゃんとダメージの入る攻撃技を代用として使用するということ。
そうすることにより、まともな神経の持ち主ならまず避けようとしてしまう。つまり、相手が迂回しようとする分だけ時間稼ぎが出来るのだ。
これへの正しい対処法としては、防御系の技を使いつつ無理やり突っ切ることだが……。
「おい! あのガチ勢、突っ切って来たぞ!!」
「だわな!!」
引っかかったのは例の2人組だけのようだ。
流石ガチ勢。経験の差か。
しかもさっき、俺を倒しに来たのにクラツキから狙った辺り、魔法使いからタンク役を剥ぐ利点というのもしっかり弁えているようだ。
「駄目だ、こりゃ勝てる気がしねえ!」
「やっぱハネットでも無理か!」
クーがどうにもできなかった奴を俺がなんとか出来る訳ねーだろ!
こちとら『王道の強さ』という言葉と無縁の5年間を過ごしてんだぞ!
「つーかあいつ早え!! 追いつかれるぞ!」
「チッ! クラツキ、俺が注意を引く! その隙にお前が攻撃しろ!」
「!! 了解!」
火力特化のクラツキならば、敵がガチ勢であろうと即死させることが出来るかもしれない。
俺達の一発逆転を狙うならこれしかない。
「10秒後にクラツキは下、俺は上だ! 分かれた直後から、ありったけ派手に攻めるから、奴がこっちに目線を向けた瞬間に突っ込め!!」
「分かった! ―――『紫炎』!」
オペレーターである俺の指示で、クラツキが戦闘準備を始める。技の発動と共に、クラツキのナイフを紫のエネルギーが覆う。装備の武器射程と威力を上昇させる、クラツキの代名詞とも言える強化技だ。
「よし、行くぞ! 5、4、3、2、1―――」
「今!!」
作戦通り、クラツキが下へ、俺が上へと同時に逃げる。
が……。
「……え? ハネット……!? まさかお前……」
「すまんな、クラツキ。尊い犠牲だ」
「てめえええええええええええええええ!!!!」
俺は派手な魔法を使って『囮』になるという作戦を完全に無視し、そのまま真っ直ぐ逃げ去った。
だって敵がクラツキから狙うのは知ってるんだもん。
なら同じ一か八かでも、より助かる可能性の高い『囮』作戦の方を選ぶわなぁ、ケケケ。
ということで、頼りになる壁が時間を稼いでくれてる内に、1秒分でも良いから遠くまで逃げることにした。
こうなるとさっきの煙幕の術であの2人を振りきれたのは僥倖だったな。逃げるのに専念できるわ。
振り返らない代わりに、パーティーウィンドウからクラツキのHPを見ておく。
せめてあと5秒持ってくれよ。それだけあれば逃げ切れる自信があるんだ。
●クラツキ Lv.685
状態 死亡
HP
MP ■■■■■■■
(って、瞬殺されとるやんけ!!)
俺の想像よりも更にこのガチ勢は強かったらしい。
まさか俺より対戦慣れしてるクラツキがこうも容易く負けるとは。
どうせ追いつかれてるだろうと思って振り返る。ほとんど同時に防御魔法でガード。
「―――!?」
「―――くっ、やっぱ来てたか!!」
ギリギリガードが間に合った。防がれるとは思ってなかったのか、鎧の向こうで相手の目が見開かれたのが見える。
この5年で分かったのだが、どうも俺には『こういう才能』があるらしい。
それは、『相手の行動を読む』才能。
実際には行動だけでなく心の内まで分かってしまうのだが……とにかくそういう才能だ。
一目見ただけで、相手の現在と、それにより起こる未来が分かる。
いや、一目見たどころか、見てない相手のことすらも、なんとなく『分かって』しまう。
―――人間は、パズルのピースで出来ている。
俺には、それを組み立てる能力がある。
(ま、それも今のでおしまいですけどね~!!)
不意打ちには強い。
でも、こうして向き合ってしまえば、結局ただのガチンコ勝負だ。
あとはボコボコにされて負けるだけ。
俺に出来るのはせいぜい、「クラツキよりは長く持ったぜ!」と嫌味を言えるように頑張ることだけだ。
「―――『疾風連牙』!」
(―――『スターフレイム』!)
全く同時に攻撃を撃ち合う。
『スティグマータ』がある程度相殺した筈なのに、敵の1発の攻撃で俺の無敵化が2つほど弾けた。
うへえ、こりゃみんなが瞬殺された訳だ。
「―――くっ!?」
が、意外と俺の方も負けてはいない。
なにしろ相手が1発撃つ間に、こちらは無詠唱で5発は撃ち込んでいるのだ。
敵も何らかの技で無敵化していたようだが、15発目ぐらいで、少なくとも1枚分は剥げたエフェクトが出たのを確認した。
「チィ! ―――『水龍斬』!!」
(『横薙ぎ』か!!)
相手が剣を引いた瞬間、その構えから、次にどんな感じの攻撃が来るのか『分かった』。
フローティングを駆使して、技が出る前から上に避ける。
「はっ……!?」
「残念だったな! 『ウィンドスマッシュ』!!」
「ぐっ!?」
敵の無敵化が続いているかどうかを手っ取り早く確認するため、威力を捨て、下位魔法の『ウィンドスマッシュ』を使った。
この魔法はノックバック効果が大きい。
それでも無敵化がかかっていれば、無効化して吹き飛ばない筈だが、目の前の敵は大きく吹っ飛んでいった。
(俺の魔法連射を喰らい続けていたのに、かけ直ししてなかった……。自分の無敵技じゃなく、味方の光魔法使いかなんかから受けてたサポートか!)
そうだとしたら多少は楽になる。無論ブラフの可能性はあるが。
「うおおおおッ!」
逃げても足の速度の関係で追いつかれる。俺はここで攻めるしかない。
予想以上に食らいつくことが出来ているが、嫌な展開であることに変わりない。
まず俺が積極的に攻めるという図からして、本来の得意分野から引きずり降ろされている証なのだ。
「ちょっ、ハネットすげえ! もってるじゃん!」
「うるせえ、黙ってろ!!」
「……はい」
一瞬リーダー辺りがボイスチャットで声援を送って来たが黙らせた。
今集中が切れるとヤバい。
何がヤバいって、俺の0デス記録がストップするのがヤバい。
まあ0デスが1デスになっても、キルデス比は20.00のままだけどね。より自慢話になるかどうかの問題。
「これだから光魔法使いは……!」
俺のストレスも相当な物だが、相手さんも俺の防御がなかなか貫けないので苛立ちを感じているようだ。
やっぱ近接戦闘って美しくないと思うの。お互いにイライラするし、俺の脳へのストレスもヤバいし。
「クー!! 後ろに向かって『次元斬』撃て! 今すぐ!!」
「は!? お、おう!」
ボイスチャットでクーに指示を出し、上位範囲攻撃『次元斬』を撃たせる。
「『ウィンドスマッシュ』!!」
「チッ―――ぐあああっ!?」
クーの真後ろ、俺とこいつの戦っていた場所に斬撃が到達。
微妙に位置がズレていたので、ウィンドスマッシュで吹っ飛ばして無理やり直撃させた。
最上位武器で身を固めたクーの一撃だ。ガチ勢だろうが相当なダメージだったことだろう。
「くっ……そっ……がッ!!」
かなりイラっときたらしい。
残念だが俺に喧嘩売ったなら、まともなタイマン勝負が出来るなんて思うなよ。
『光のサイコ野郎』に絡んで来たのはテメーの方だ。
「死ねええええ!!」
「死ねええええ!!」
お互い攻撃を撒き散らしながら宇宙空間を飛び回る。
途中でユウスケの張ってる弾幕の中にわざと飛び込んで流れ弾に巻き込んだり、最初の罠地帯に誘導して罠に突っ込ませたりするのも忘れない。
俺は現時点で、攻撃魔法と、片っ端から割られていく防御魔法の2つを連射し続ける必要がある。そこに更に回復魔法まで使うのは面倒なので、そっちは完全なポーション任せに変えた。もう500本ぐらい使っただろう。
「いつになったら死ぬんだ、あんたは!!」
「それは俺の畑に聞け!!」
悪いが俺の自家製ポーションはまだ1ページある。
農場王は一撃死しない限り死なねえ!!
「うわぁ……相変わらず引くぐらいアイテム持ってんな、あいつ」
「俺この前ハネットから『余ったからあげる』とか言って、HPポーション1列分貰ったわ」
「1『列』ってなんだ『列』って! 『マス』ですらねえのかよ!」
「あはは!」
くっそ、リスポーンしたクラツキと胸像の雑談がうぜえ!! もうボイチャ切るか!? つーかおめえら誰か助けに来いやッ!!
「セヤッ―――!」
「ぶえっ!?」
案の定ボイチャで集中が切れた隙に、体術系の技で腹を蹴られて吹っ飛んだ。
うげえええ!! 向こうから距離を取ってきたのはヤバい!!
「―――『邪炎斬』!!」
「や―――」
(―――っぱり!!)
敵が使って来たのは闇属性っぽい範囲即死技だ。
恐らくはあれが使っているのも最上位武器なのだろう。俺は四重の無敵化と三重化した防御魔法の上から、それを遥かに超える、圧倒的な火力により真っ二つに切り裂かれた。
先程言っていた「一撃死じゃなきゃ死なない」を実演されてしまったのである。
―――と、見せかけてッ!!
死亡する直前。
俺が保険として掛けておいた、1回だけ致死のダメージを無効にする光の上位無敵化魔法、『セイクリッドシールド』が発動。
残念だったな、俺は光魔法使い……その中でも、全光魔法を完全習得した、最上位に位置する光魔法使いなのだ。
「まだだ―――!!」
「チィ―――!!」
(奴のおかげで距離が離れてる! 今の内にありったけの攻撃を叩き込んで―――ん!?)
先手を打って攻撃を再開しようとした瞬間、今のこの位置関係―――あいつに蹴り技+即死技で、2度に渡って吹っ飛ばされたおかげで、距離が十分に離れているという事実に気付いた。
(あれ、これ…………勝てるんじゃね?)
「!!」
閃き。
「それしかない!」、という確信。
俺は貧乏性から使えずにいた、『奥の手その1』を使う決心をした。
「スキル発動、『アルティメットキャスト』!! ―――『ザ・レイ』ッッッ!!!!」
「しまっ―――」
ガチ勢が経験から状況を悟り、焦りの表情を見せた瞬間。
―――世界が、光に包まれる。
先程試合中盤で発動した光の最上位魔法…………超広範囲即死攻撃『ザ・レイ』が、再びマップを舐めたのだ。
―――『アルティメットキャスト』。
それは、魔法職系スキルの中でも、最上位のアクティブスキル。
その効果は、『最上位魔法を1度だけ、詠唱・魔法陣の展開・クールタイム無しで発動させる』という物。
本来ならクールタイムにより30分に1度しか使えない筈の最上位魔法を連射可能にし、更に即座に発動させることをも叶えたスキルだ。
リスクとして、1回使うと、このスキル自体がクールタイムで5時間は使用不可になる。事実上、1日に1回ぐらいしか使えないスキルなのだ。
だから使いたくなかったんだ。……『ここぞ』、という時以外は。
だが俺は今、『それ』がこの場面である、と判断した。流石に今日は、今以上の激戦を繰り広げることはもう無いだろう。ならば、ここで惜しげもなく使ってしまって構わない筈。
ちなみにアルティメットキャストは俺クラスの上位魔法使いならほんとどが持っているスキルで、別にレアスキルという訳ではない。
…………こいつはな。
―――トリプルキル!
―――連続キル!
1回目のザ・レイのおかげでみんな即死対策をしていたのか、マップ中央で発動したにも関わらず、たったの3キルしか出来なかった。
―――だが、少なくとも。
目の前の敵は、倒せた。
……と、油断したのが運の尽きだったのか。
「残念だったな―――!!」
「……はぁ!!?」
マップ外から―――宇宙の外から降り注いだ、全てを破壊する光の柱。
先の『ザ・ノヴァ』によりマップの8割方の惑星が消滅してしまっているので分かりにくいが、本来なら宇宙に漂う全オブジェクトが無に帰していく様子をド迫力で見られる圧巻の即死魔法だ。
……だが、奴は。
あろうことか、その裁きの光の中から、ピンピンしたまま飛び出して来やがったのだ。
(ふざけんなッ!! なんっっっだそりゃ!!)
最上位魔法から普通に生還してんじゃねえよ!!
恐らくは何らかの、世間には知られていないレアスキルか何かを使ったのだろう。
これだからガチ勢は!!
「終わりだ!! 『邪炎斬』―――ッッッ!!!!」
(あっ―――)
それはまるでデジャヴのように。
さっき見たばかりの即死エフェクトが、目の前に再現された。
―――あなたは死亡した。
今度こそ、そのアナウンスが流れてしまった。
奴の方には、『敵をキル!』というアナウンスが流れたのだろう。
奴は激戦を繰り広げた俺を…………よく食らいついた筈の俺を…………あっけなく忘れて、前線へと戻って行く。元のキル稼ぎ作業に戻るのだろう。
奴にとっては、この俺程度。
所詮何千何万と倒してきた、雑魚の1人でしかなかったという訳だ。
(……はっ、ははは……)
ふざけるな。
―――『スイッチ』が、切れた。
(効果発動。―――『リヴァイヴ』)
「何―――!?」
俺を包むようにして現れた、光り輝く天使の羽根たち。
背後から感じたその神々しいエフェクトに、奴が目を見開いて振り返った。
光の上位蘇生魔法『リヴァイヴ』。
あらかじめ掛けておくと、死亡した時に1度だけ自動で蘇生してくれるという、究極の蘇生魔法。
全26個ある光魔法の強化スキルを全取得しないと手に入らない、レア魔法だ。
(俺が取るに足らない存在なんじゃない)
―――俺たちは、全員が取るに足らない存在なんだ。
(お前にも 、教えてやるよ)
どんなに高く積み上げた努力も。……誇りさえも。
所詮何かの拍子に。
簡単に覆されてしまうような、脆いもんだってことをな。
「チッ!! だから光魔法は嫌いだってんだ―――!!」
再び剣を構えた奴が突っ込んで来る。
俺はそれを、『冷めた目』で見つめるだけだ。
「……スキル発動。
―――『アンリミテッド』」
『奥の手その2』を、発動させた。
直後、奴に大量の範囲魔法が降り注ぐ。
「ハッ!! 何度やっても同じだ!!」
ここまでの戦いと同じように、奴は俺の魔法連射を一切気にせずに前進してくる。
恐らくダメージ自体は少しずつ喰らっている筈だ。
ただ、それによりHPがゼロになる前に、相手を殺せる自信があるのだろう。
それは、自分が積み上げてきた、『自分と言うキャラクター』への、絶対の自信。
「―――ちっぽけだな。お前も、俺も」
これまでと同じく、奴に雨のように降り注いで行く俺の範囲攻撃。
―――それが、1秒後。
数十倍 の数となって―――津波となって、押し寄せた。
「なん―――!?」
驚愕。
『有り得ない』光景を前に、奴が口を開こうとした。
が。それを最後まで見る事も出来ず、奴は範囲魔法の海へと飲み込まれて行く。
このゲームには『同時展開数』と言う、バランス調整的な制限がある。
簡単に言えば、「同時に使える技の数に上限を設ける」という物だ。
この同時展開数の上限は、初期の状態では『5個』まで。
つまり5年前のあの戦闘の時、俺は同時に5個までしか魔法を展開することが出来なかった訳である。
そして今の俺のような、最上位の魔法使いは『15個』。
同時展開数の上限を解放するパッシブスキルを、全取得した状態だ。
……だが。
俺が今『連射』ではなく、『全く同時に展開した』範囲魔法の数は。
―――軽く、『200』を超えている。
システム的に、有り得る筈のない光景である。
―――それを可能にした正体こそが、『アンリミテッド』というスキル。
「一定時間、同時展開数を『無限』にする」という、完っっっ全な、チートスキルだ。
これが発動している間、俺はシステムに一切縛られることがなく、MPの続く限り無限に魔法を撃ち込める。
明らかに最強クラスのスキル。
だが、このゲームを網羅したガチ勢たる奴の反応を見て分かる通り、世間にはその存在が知られていない。
それはこのアンリミテッドが、それぐらい取得条件が難しい、『超レアスキル』だからだ。
偶然手に入れた俺は、その取得条件を見て驚いた。
・全同時展開数上昇系スキルの取得。
・全MP上昇系スキルの取得。
・全MP回復系スキルの取得。
・魔本シリーズスキル(1個の属性の強化スキルを全取得すると出現するスキル)を1種類以上取得。(俺は光属性の強化スキルを全取得していたので『光の魔本』を持っていた。)
これだけならば、俺以外にも持っている奴がいくらでもいそうなものだ。
……だが、このスキルの取得条件には、最後にこう続くのである。
・威力上昇系スキルの取得数が一定以下。
これは無理。
このゲームでは基本的に、その『威力上昇系スキル』を片っ端から取得していくのが推奨されているのである。
『一定以下』というのが具体的にいくつまでなのかは分からないが、超レアスキルとなっている現状から考えるに、相当シビアな物なのだろう。
俺は火力より持久力を優先していた上に、その他のスキルポイントを全部生活系スキルに振っていたからこそ、運良く取得できたのだ。
このアンリミテッドというスキルの正体。
威力上昇系スキルを取らないというその条件から考えるに、恐らくこれは、『バランス調整』。
「火力が低すぎて対戦で勝てない」というプレイヤーのための、『救済措置』なのだろう。
……まあその割には『50時間』に1回しか使えないという桁違いのクールタイムを誇るので、微妙な所だが。
クラン内での身内戦で軽い気持ちで初使用した時、その『残り49時間59分55秒』というクールタイムを見て、眩暈のする頭で「これはボス戦以外では使わないことにしよう」と決意したものだ。
だが、こいつには、使う。
これは、ただの八つ当たりだが―――。
―――こいつには、「『強さ』すらも『運』で決まる」ということを、教えてやる。
―――敵をキル!
MP切れ直前まで魔法を撃ち込んだ時、そのアナウンスが響き渡った。
今度こそ、正真正銘の俺の勝利だ。
努力? 知識?
……いいや、違う。
このゲームという現実逃避の場ですら。
俺たち人間は、『それ』に抗えない。
それが、『俺たちのルール』なのだ。
このまま蘇生アイテムで復活するであろう奴を殺し続けてやろうかと思ったが、俺はそこで『あること』に気づき、逆に撤退することにした。
―――それはこの状況において、恐らくは究極の嫌がらせ。
目の前の死体の二の舞いにならぬよう、即座に距離を取る。
ライトウィングを発動させ一気に離脱した俺の後方。
レーダーに映っていた死体を表す灰色の点が、2秒ほどして赤い点へと変化した。
(やっぱ蘇生したか)
逃げといて良かった。
先程と同じようにすぐに追いつかれる距離ではあるが、残念ながら、今回はその僅かな時間さえ稼げれば十分だ。
この時点で、俺の勝ちだ。
俺は奴の方に振り返り、バック飛行で距離を離す。
奴は復活した場所から、一直線に俺に向かって飛んで来た。
例のクラツキを狙った謎の長射程攻撃が何発も飛んでくるが、速度を犠牲にして奴の方を向いているおかげで、余裕で回避できる。
結局1デスはしてしまったが、今の試合展開は、最後の最後で俺の勝ちだった。
ガチ勢としての矜持が……いや、ゲーマーとしての矜持が、勝ち逃げなど許せないのであろう。
……が。
―――試合終了。ロビーに帰還します。
あとほんの少しで奴が俺を射程内に捉えられるという時。
……無慈悲にも、30分経過のアナウンスが流れた。
完全に俺の計算通りだ。
(……哀れだな、最強さん)
文字通りの『勝ち逃げ』である。
さっき奴を殺した直後、いつものサポートの癖でマップをチラ見した際、残り13秒となった試合経過時間も運良く目に入ったのだ。
……ほらな。
結局は、『そういうこと』なんだよ。
(―――『偏に、風の前の塵に同じ』)
俺は個人的に印象深い、旧時代に有名だったという1つの文章を思い出していた。
◆
―――837対981。
―――勝利、『ブルーチーム』!
―――あなたのチームの勝利です。
「シャラララーン♪」といういくつもの鐘を打ち鳴らしたかのような壮大なSEと共に、俺達のチームが勝ったことを告げるアナウンスが流れる。
ちなみに上限である1000キルを取れば、30分経過していなくてもそっちのチームの勝利で終わる。
残り19キルだったのか。惜しかったな。
…………リーダーがレベルに見合った強さだったら、余裕で行ってたな。
目の前に先程の試合の、64人全員分が載ったランキング形式のスコアウィンドウが表示される。
俺が戦ってたガチ勢、レッドチームの1位『こぶら2世』は127キル16デス。
こっちのブルーチームの1位、クーが113キル19デス。
以下ブルーチーム、
3位、ユウスケ。 98キル 42デス。
6位、クラツキ。 73キル 36デス。
14位、胸像。 31キル 23デス。
19位、コダマ。 21キル 14デス。
28位、メタル。 8キル 29デスだ。
ちなみに俺は戦績こそ『24キル』だが、回復などの味方への貢献度が桁違いなので、総合ポイントにより2位にまで浮上していた。
つまりこちらのチームは、クー、俺、ユウスケと、上位3名が全員FFFメンバーなのである。
俺らも強くなったなぁ~。
俺の場合はキル数自体はたったの24キルだから、『強くなった』って表現が正しいのかは微妙だが。
(…………24キル)
…………………24キル、『1』デス、か。
―――ハネット: ちくしょおおおおおおお
結局俺の負けじゃねえかあああああ
1デス付いたああああああああ
―――クラツキ: 因果応報なんやで^^(ニッコリ
―――リーダー: 今まで盾にしてきた
ユーサクたちの怨念じゃあ~ヾ(=^▽^=)ノ
―――クー: m9(^Д^)プギャーwwwwwwww
―――胸像: 調子こいて切り札をもったいぶるから……
―――コダマ: ショットガン使えば負けなかったのに
(誰か1人ぐらい慰めろやッ!!!!)
FFFは噂に違わぬ糞クランだった。
……こうして、無駄に疲れた戦いが終わった。
まあでも、24キル1デスというのは、間違いなく自分の戦績で過去最高のスコアだ。
それどころか、もしかしたらこれ以上のスコアは二度と取れないかもしれない。
ついでにガチ勢に勝ったと言う勲章付き。
(でもアンリミテッドはもっと早く使っとけば良かった……)
あの時点で残り13秒だったということは、俺が死んだ時点で既に、残り時間は40秒ほどだった筈なのだ。
アンリミテッドの有効時間は30秒だが、残りの10秒も、『奥の手その3』を使っていれば稼げただろう。
もっと早く本気を出していれば……。まさに胸像の言った通りだ。
(…………でもまあ、そんなもんか)
起きたことはどうにもならない。
現実は、非情なのだ。
『手遅れ』という感覚に慣れている俺は、落ち込みそうな気持ちをすぐに持ち直した。
―――ヒョコッ♪
「ん……?」
誰かからチャットが届いたSEが鳴る。
内心で「あと5秒早く送ってこいや糞が」と思いながら、つい今しがた閉じたばかりのチャットウィンドウを開き直す。
―――こぶら2世: もうあんたとは戦わない
やけに疲れるから
「―――ハッ」
珍しく覚えていたその名前と、「こっちこそ」と言いたくなる内容に苦笑が漏れる。
(……俺だって、お前みたいな強い奴とは、もう戦いたくねーよ)
今回の戦いは、お互いに精神を削り合っただけだったな。
俺は知り合い以外とコミュニケーションを取る必要性を感じない。
……だからいつも通り、返事はしなかった。
多くのプレイヤーにとって。
ゲームの中に、『重み』なんて概念は無い。
みんな、頭では分かっているつもりでも。
―――画面の向こうに。
―――今この瞬間に。
生きている、本当の人間がいるのだという、『実感』は無い。
現実とゲームは、『同じ』だが、『違う』のだ。
……今日の出来事も、いつか。
「ゲームの中の出来事だった」と、風化してしまうのだろう。
長いのに物語終盤の「ハネットの過去編」を読まないと意味が分からない話……。
次回でおまけ編は終了です(……多分)。