31 クラツキ
2016.7.26
そして翌日。
中央広場にみんなで集まり、クラツキを待つ。
約束の時間まではあと5分ぐらいだ。
あいつには昨日の内に、世界座標とゲーム内時間を伝えてある。
「確かクラツキ様と言いましたか」
隣のニーナが話しかけて来た。
なんかあいつが「様」とか付けられてると違和感が凄いな。そういえば俺も最初はそうだったっけ。
「ああ。俺の9人いる仲間の1人。その中でも割と仲が良い方だな」
基本的に俺がボケであいつがツッコミだ。
うちのクランはボケの割合が多い上にやりたい放題。ツッコミ役の奴らの苦労は察して余りある。
「他にも8人もいるの?」
俺を挟んでニーナと逆側にいるルルも雑談に加わってくる。
「ああ。全員幼馴染なんだ」
「その他の方々も、師匠のような強さを……?」
「まあそうだな。俺は強さで言えば、全10人の中で上から4番目ぐらいだ」
1位が『クー』というガチ勢に片足突っ込んでた奴、そして2位が『ユウスケ』というアクションゲーマー、3位がクラツキだ。
ちなみにクーは2年ほど前から音信不通、ユウスケは既に他のゲームに夢中になっている。
「クラツキ様もそうですが、師匠より強い人間というのはどうも想像ができませんね」
「だね。というかその人、人間なの?」
「人間だよ、俺ら全員な。言っとくが、故郷だと俺達でも中堅ぐらいの強さだからな。世界は広いってこった」
つーか別の世界な訳だが。
「それは……ぞっとする話です」
「……うん」
ただの人間が大きな力を持てるというのは危険なことだ。2人にはそれが分かっているらしい。
現代なんて、戦争の1つでも起きればどれだけ宇宙が汚染されるか分かったもんじゃないからな。
まあおかげでずっと戦争が無いので、今回の例として出すのは微妙な所だが。
「あ、そろそろ来るな。あと10秒」
ログインする時にはゲーム内時間を指定する。
なので1秒のズレも無く、時間ぴったりに来る筈だ。
「あの、師匠。もしかして……」
「ああ。もちろんそうなるだろうな。くっくっく」
「?」
1人だけ意味が分からないルルがキョトンとする。
ニーナには昔リスポーンポイントの説明をした。クラツキがどうなるかの予想が付いたらしい。
あー楽しみ。
「さあ来るぞ……。3、2、1―――ゼロ!」
カウントダウンと同時、空中300mぐらいの場所に突如人影が生まれた。クラツキだ。
―――うわああああああああ
空から小さく悲鳴が聞こえてくる。
スタート画面から世界に飛ぶ時は、少しの間だけ体が浮遊感に包まれ、地面の感覚が足から無くなる。
それがこのリスポーンポイントの場合、感覚が戻ってもマジで地面が無いんだからな。さぞかしビビることだろう。
「え!? もしかして、アレ!?」
「くっはは、そうそう!」
うわー、これ予想以上におもろいわ。めっちゃバタバタしとるやん!
ルルたちが唖然とする中、俺だけが爆笑だ。
悪戯は大成功。
つーか悲鳴がだんだん近づいてくるとか面白過ぎるだろ。
「……ぁぁぁぁぁぁぁああああッ!!」
―――ドカーン!
たっぷり数秒かけて落ちて来たクラツキが地面に激突し、土煙が上がる。
広場の面々が俺を除いて騒然とする。死んだと思っているのだろう。
にしても空中で制止できる技がいくらかあるのに、それを使う余裕さえ無いぐらい慌てたらしいな。こりゃ傑作だ。
「あー、うおー……。っあ~、びっくりした~」
土煙から胸を押さえたクラツキが出てくる。当然のように無傷だ。
俺とは対照的に上から下まで全身真っ黒。
装備は俊敏性に特化した軽装鎧で、所々から真紅の光が妖しく漏れる。
黒竜のエンブレムを肩に刻む(『月』じゃねーのかよとツッコんではいけない)、FFFの現アタッカー。
実は隠れ厨二病という残念暗殺者、クラツキの登場だ。
「あっはっは! お前、お前マジ、めっちゃ面白かったよ?」
「爆笑してんなや。つーかなんやねんあのリス地は」
「あ~、面白い。……いやな、元々は山だったんだが、整地する時にそれを削ったらああなったんだよ」
「ああ、そうか。いつもの奴ね。…………いや、それならそれで先に言っとけよ!」
「あっはっはっ」
普通に話す俺たちに、周りのみんなはドン引きだ。
これぐらいの悪戯、うちのクランではいつもの事なんだがな。
例えば今のより酷いのだと、こいつの拠点を外出してる間に畑に変えといた事もある。
引き抜いた小麦を振り回しながら追いかけて来て、めっちゃ笑った。
それから笑いスイッチが切れるまでに1分ぐらいかかった。
ようやく落ち着いて紹介ができる。
「あー、腹痛い。こいつが俺の幼馴染の1人、クラツキな。よろしく頼む」
「よろしく」
「よ、よろしくお願いします……」
みんなが恐る恐るという具合で挨拶する。
ちょっと初対面イベントにしてはインパクトが強すぎたか。
「おー、マジでちゃんとソロプレイできてんだな。拠点も運営できてるみたいだし」
「だろ? しかも仕事を与えて勉強も教えてんだぜ」
「おお~、凄え」
「フフーン!」
「調子こくな。……そんで、今日は何するんだ? また畑作り?」
「いや、今からエルフ連れて来るんだよ、エルフ」
「おーマジでか。この世界エルフいるんだ」
「そうそう。そんでそいつらの家を増築するから手伝ってくれ。そして帰れ」
「帰れ!?」
「ニーナ、ちょっと来てくれ」
「えっ? あ、はい」
俺は今からエルフの里に行く。その間クラツキはお留守番だ。
多分あいつらの目の前で「おお、マジでエルフだ」みたいなやり取りをすると、見世物になったみたいでエルフ側の印象が悪くなる。
「俺は今からティアたちの所に行ってくるから、帰って来るまでクラツキの相手をしといてくれ」
「は、はい。分かりました」
「他のみんなはいつも通り自由時間。ただし今日は学校は無しで」
「は、はい」
「それじゃあちょっと行って来る。―――『テレポート』」
里の入り口だった場所に飛ぶ。今はもう一面の焼け野原だ。
少し離れた場所にエルフたちが集まっている。荷物も一緒だ。もう準備は出来てるな。
ティアと父親が2人でいるのを見つけ、話しかける。
「よう、準備は出来てるか?」
「ハネット君……。今日から、我らが一族をよろしく頼む」
「よろしく。それじゃあすぐに転移しても良いか?」
「ああ、こちらの準備は出来ている。……みんな! 今から転移の魔法で移動するそうだ!」
「おお……」
転移の魔法はこの現地では伝説の魔法らしい。エルフたちがざわめいた。
「説明助かる。……では行くぞ! 次の瞬間には景色が変わっているから覚悟しておけ! 範囲拡大化Ⅱ、テレポート」
集落の中央広場に戻って来る。
あ、クラツキの突き刺さったクレーターがそのままだった。やばい思い出し笑いする。
「こっ、ここが俺の集落だ」
「お、おお……」
エルフたちは初体験の転移魔法やら、馬鹿でかい結界の石碑やらで目を白黒させている。
というかクラツキたちはどこ行った?
「ティア、俺はちょっと人を探してくる。すぐに戻って来るが、その間にみんながここを動いたりしないようにしてくれ」
「は、はい。あ、あの、ハネット様」
歩き出そうとしたらティアに呼び止められた。
「ん?」
「あの、昨日は来てくれて、ありがとうございました。本当に……本当に、嬉しかったです」
「……ティアが怪我してなくて良かったよ」
別に対価を貰ってのことだから気にしなくて良いのに。律儀な奴だ。
味方を示す青い点をレーダーで探す。
パーティーメンバーとクランメンバーはこの青い点だ。
どうやらクラツキたちは展望台にいるらしい。
つーかニーナの他にもう1つ点があるのは誰だ?
フローティングで飛んでいくと、その3人目はルルだった。
2人して俺の恥ずかしいエピソードとか聞き出してるんじゃないだろうな。
「おう、エルフたちが来たぞ」
「おかえり。それにしても、お前にしては畑が小さいな」
「だろ?」
「これで小さいのですか……」
「こいつの本家の畑とか凄いよ? 何しろ星一つ―――」
「クラツキ、その話はやめろ。俺は『向こう』の話はなるべくしないようにしてるんだ」
「…………」
俺の制止の声に、ニーナとルルが微妙な雰囲気を放つ。見逃して~。
「あれ、そうかすまん」
クラツキは俺と違って気遣いの出来る奴だ。一言で伝わる。
「別に。それじゃあ家建てに行くぞ、家」
「おう、了解ー」
せっかくなので帰りは歩いていくことにした。
この4人で歩くというのは新鮮だ。
「にしてもあの銀髪の子はモロお前が好きそうなキャラだな」
クラツキが2人に聞こえないよう、小声で話しかけてくる。
銀髪じゃなくて白髪だけどな。銀髪白髪ソムリエの俺的にはここ重要。
「あ、分かる? しかもハーフエルフやねんで」
「そういえばエルフ好きだったな。あのジト目の子もいかにもお前の好みだろ」
「そうそう。両方偶然会ったんだけど、俺超ラッキーじゃね?」
「偶然なんだ? ハーレムでも築こうとしてるのかと思ってた」
「してないから。俺が女の子攻略するのはギャルゲーとエロゲーだけだから」
「うん、その発言のどこに説得力があるんだ?」
あり? おかしいな。俺の中では完璧な理屈なんだが。
俺以外の人間は二次元と三次元の区別も付かないのか?
「ちなみにこの先に金髪ロングで青目の正統派エルフもいる」
「やっぱハーレム作ろうとしてるだろ?」
「くははっ」
俺とクラツキの会話はいつもこんな感じだ。
大抵俺がボケて俺が一番笑う。うん、酷いな。
「そういえば家作る人出が欲しかったんだろ? リーダーは?」
「いや、リーダーが来ると逆に仕事が増えそうだから……」
「ああ……」
あいつは要領が悪いのでむしろ邪魔。
クラツキの反応からもリーダーの評価が窺える。リーダーとは一体……。
中央広場まで帰って来た。エルフたちがクラツキの物々しい装備とルルを見て驚く。
「おお~」
ここに来るまでに、クラツキにはエルフと人間の確執について軽く話してある。
コメントは差し控えてくれたようだ。
「ティア!……と族長! 来い!」
2人が駆け寄ってくる。
ちなみに父親の方の名前は忘れた。
「これから色々な家を建ててみるから、どれに住みたいか意見をくれ」
「あ、分かりました」
「?」
エルフは木の家に住んでいた。
『拠点作成』で出せる家屋の中には、似たような見た目の家もいくつかある。
全部出してみて、まずはどれが気に入るか聞いてみよう。
「よし、全員俺について来い」
まずは居住区に移動。
そこから俺、クラツキ、ティア、父親、ニーナ、ルルの6人でどんな家にするか相談する。
「ルル、元気だった?」
「うん、ボクはね。そっちこそ、今回は大変だったんでしょ?」
ルルとティアが1か月ぶりの再会を喜んでいる。
にしてもティアは一瞬でここに戻ってくることになったな。相変わらず運が良いんだか悪いんだか分からんやつ。
「? なんかあったん?」
後ろの2人の会話を聞いて、クラツキが俺に質問してくる。
「んー、なんかユグドラシルのモンスターが暴れ回ってたんだよね」
「へえ、この世界にもいるんだ」
「いや、それがここ最近急に湧いてきたって言うんだよ。ビーストテイマーのプレイヤーにでも介入されてんのかね?」
「ああー、かもしれんなぁ。……ちなみにどうするつもりだ?」
「とりあえず放置。ぶっちゃけ対戦面倒臭いし。襲って来た時だけぶっ殺せば良いかなって」
「まあいつものことだしなぁ」
居住区に着き、先程言った通り拠点作成から10個ほど木の家を建ててみた。
「おお……!?」
父親を含め、拠点作成を初めて見たエルフたちが驚く。
「ティア、族長。住むのはどの家が良い?」
「ああ、そういう感じか」
クラツキも状況が理解できたらしい。
「ええっと……」
「当然中も確かめてくれ。つーか全員で入ってみるか」
みんなで一番端の家から入ってみる。
入居先の下見に来たみたいな気分だ。なんか楽しい。
「床とか壁とかはどうだ?」
「随分しっかりした作りだ。何の問題も無い」
「はい、凄く良いと思います」
「そうか。じゃあ台所とかも見てみよう」
一通り見終わると次の家へ、そしてまた次の家へと渡って行く。
30分ぐらいかけて全ての下見が終わった。
「ふむ。やはりあの家が良いと思うな」
「あ、私も」
親子が左から4番目の家を指差す。
どうやらエルフ的には『家屋の137番』が人気らしい。
「じゃあクラツキ、137番だ。さっき言ってた通り、台所は空にして、後からかまどを追加していってくれ」
「りょーかい」
父親に聞いた数を半分ずつに分担して建てて行く。地味に重労働だ。
結局30分ぐらいかかった。1人でやってたら1時間越えだ。
「クラツキ、こっちは終わったぞ」
「すまん、あと4軒ある」
「じゃあ俺が2軒やっとくぞ」
「サンキュー」
慣れてない分、クラツキの方が作業が遅いようだ。
2軒追加した分も俺が先に終わらせ、クラツキが出てくるのを待つ。
にしても俺が無理やり巻き込んでるのにサンキューとはどういうことだろう。詐欺に気を付けろ。
「すまん、待たせた」
「おう。よーし、やっと終わった~」
これまで1列だった居住区が、これで一気に3列になった。
比率的には人間よりエルフの方が遥かに多くなってしまったな。
「よしクラツキ、お前にはもう用は無い。帰れ」
「いや、酷くない? まあ別にいいけどさ」
いいんかい。
冗談だったんだが、クラツキは俺からは見えないパネルを指で操作し出した。
本当に帰るつもりのようだ。
「野良で対戦でもしてくるわ。じゃあ夜に」
「おう、また」
夜は1週間ぶりにリーダーも来て3人で遊ぶ予定だ。
俺と違ってソロで対戦にも出るクラツキはそれで時間を潰すらしい。
この辺りが俺とクラツキのプレイヤースキルの差の原因だ。パーティープレイ専門の俺は、クランメンバーの誰かがいないと、基本的に対戦には行かないからな。
つーか対戦してる暇があったら、アイテム生産に費やしたい。
クラツキの体が光の粒子になって消えていく。
スタート画面に戻る時のエフェクトだ。
「本当に気安い関係なんですね」
「よくあれで怒らないね」
ニーナは俺たちの関係を、ルルはクラツキ本人の感想を口にする。
「だろ? 良い奴だよ。俺と違ってな」
「ぼ、ボクはハネットの方が……その、良いと思うけど……」
「……今私達の側にいるのは、師匠です」
なぜかクラツキの良さを認めて貰えない。良い奴なのに。
俺を褒めてくれるのは嬉しいが、友達大好きマンとしては複雑だ。
「まああいつの話はもういいや。……とりあえず集会出来るよう、公民館でも作るか」
人数が一気に増えた。会議をする時の為にも集まれる場所が要る。
みんなを引き連れて、居住区の奥へと進む。
(それにしても、やっと住人たちへの教育が終わるって所だったんだがな。また1からやり直しか)
しかもエルフたちには人間界の常識から教えて行かなければならない。
これは骨が折れそうだ。
その後方。
少し離れた位置を歩くルルたち女性陣は、声を抑えて内緒話をしていた。
話題に上がるのは先ほどのクラツキのこと……ではなく、それと楽しげに話していたハネットのこと。
いわゆるガールズトークという奴だった。
「ね、ねえ。さっきのハネット……可愛かったよね?」
「そ、そうですね」
「そっ、そうね。……なんだか子供みたいだったわ」
「ハネットは割といつも子供みたいだよ。……本当はああいう感じが素なのかな?」
「そうなんでしょうね。どちらかと言うと、たまに大人っぽいという感じですか」
「あ、そうそう、そんな感じ」
想い人のことを楽しげに話すルルに、ティアが少々面食らう。
「ルル、あなた随分……その……明るく、なったのね」
「え? そ、そうかな?」
「ええ。今は普通の女の子みたい」
「なにそれっ。ボクはずっと女の子だよっ」
「あはは」
「ふふ」
その3人の和やかな様子に、他のエルフたちも驚いていた。
土の賢者であるニーナと親し気なティアもそうだが、エルフたちにとっては何よりも、ルルの性格が明るくなっていたのが衝撃的だった。
他愛のない会話に花を咲かせる3人。
その長閑な光景を見て、いくらかのエルフは、なんとなく新生活への不安が薄らいでいくのを感じていた。
◆
魔族に襲われた都市、ルミネールから数百km離れた平野。
そこを集合地点として決めていた勇者ユンは、仲間達が集まるのを一足早く待っていた。
「あ、来た来た」
しばらくして、仲間の1人が乗っているであろうワイバーンがやって来る。
それから10分ほどで、他のメンバーも全員集合した。
「誰か何か見つけた?」
「…………」
ユンたちは現在、ルミネール付近に潜んでいる筈の魔族軍を捜索していた。
捜索開始から既に3日。
ルミネールから近い順にしらみ潰しに探しているので、そろそろ見つかっても良い頃合いだ。
「本隊と思われる魔族たちだが……一応、見つけはした」
「え!?」
パーティーの1人である戦士、シャルムンクがそう零した。
やっと魔族たちを発見出来たことに安堵を覚えたユンだったが、横から魔法使いのルーチェが口を挟んだ。
「シャルさん……どうしたんですか?」
ルーチェのその問いに、全員の目が再びシャルムンクに集まる。
魔族発見という功績を上げた筈のシャルムンクは、なぜか苦々しい顔をしていたのだ。
「ど、どうしたの?」
「いや……それが……」
シャルムンクは後頭部をポリポリと掻きながら言い淀む。
ユンたちと同じく、なぜか本人の顔にも困惑が浮かんでいる。
「うーん。案内するから、その目で見てみてくれよ」
「……分かった。行こう」
シャルムンクの説明無しの提案に、ユンたちは一も二も無く頷く。
この2年間で苦楽を共にしてきた彼女たちは、固い信頼で結ばれている。
彼が黙って見てみろと言うのだから、素直に見に行った方が話が早いのだろう。
ワイバーンに乗り直し、シャルムンクを先頭に目的地へと飛んだ。
「な、なにこれ……」
1刻後。
シャルムンクに連れられて目的地へと到着した4人は、その惨状を前に茫然としていた。
ユンたちの目の前に広がるのは森。
いや、森だったと言うべきか。
現在は魔族たちに焼き払われた後なのか、ほとんどの樹木が炭と化している。
だがユンたちが目を丸くしたのは、その痛々しい元森のせいではない。
それは。
―――目の前に山と積まれた、魔族たちの死骸。
視界を埋め尽くすほどの量の死骸が、森の一画に積み上げられている。
その魔族たちをよく見れば、ほとんど全てが五体をバラバラにされた……まるで解体された家畜のような、凄惨な状態だった。
死んだのは既に数日前なのか、多くのハエがたかっている。
「こういうことだ。……なあ、これ、なんだと思う?」
そのシャルムンクの言葉に、誰も言葉を返すことが出来ない。
明らかな異常事態。
この2年間を魔族との戦いに費やしてきたが、駆けつけた先が人間の屍で埋まっていることはあっても、魔族の屍で埋まっているというのは初めてだ。
「向こうに将の死骸もある。こっちだ」
シャルムンクに連れられ、死骸の山の裏手に回る。
乱雑に投げ捨てられた死骸の中に、その魔族の死骸もあった。
「おい、こいつは……」
「ああ。……青い殻に覆われた、人型の魔族。恐らく、あの都市ガナンを墜としたとか言う将だろうな」
都市ガナン。
3年前、まだユンが聖剣に選ばれていなかった頃。
魔族に対抗できるのが『土の賢者』ニーナ・クラリカと『雷鳴』アルヴァー・グリンガム、そして『四魔将』と呼ばれる4人の魔法使いだけだった時代に、成す術も無く滅ぼされてしまった都市の1つ。
その都市ガナンを墜としたことで有名な魔族は、魔法剣ですら傷を付けられない、強固な青い外殻で体を覆っていたという。
……だが今目の前にある、その魔族の死骸は。
その他の魔族たちと全く同じく、哀れにも五体をズタズタに引き裂かれていた。
一体どんな手段で、この魔族をここまで解体したと言うのか。
「それと、向こうのあの集落……。誰もいないし、不気味だ」
5人の視線が、シャルムンクの指し示した方へと向けられる。
その先には、大きな切り株のような、不思議な家々が立ち並んでいた。
「………………え? ―――こ、これは!?」
その光景をしばらく眺めていたルーチェが、不意に何かに気付いたかのように声を漏らす。
我を忘れたように集落を調査し始めたルーチェに、ユンたちは黙って追従した。
集落を2周ほどした頃、ルーチェが茫然としたような声音でポツリと結論を答える。
「ここは……ここは恐らく、エルフの集落です」
「ええ!?」
「ま、マジか……!」
エルフ。
古より外界との接触を断っているという、絶滅間近のヒト近親種。
数年~十数年に一度だけ発見されると言う、幻の種族だ。
「エルフって強いんでしょ? あの魔族たちも、ここのエルフたちがやったのかな?」
「いえ……どうかしら。ここを見て」
ルーチェが少し歩いて指し示した地面を見ると、そこには赤黒い血痕が染み込んでいた。
魔族たちの血は赤くない。これは明らかにエルフの物だ。それも大量の。
「エルフたちにも相当な被害が出たみたいね。……でも、そのエルフたちは影も形も無い」
「どこかに墓があるって訳でも無いしな。死体ごと消えてるって訳だ」
この森では何かが起こり、その結果なのか魔族は死に絶え、エルフも死んだ。
そして魔族の死体は分かり易く集められているのに、エルフたちは死者も生者も見当たらない。
つまり現在のこの森は、まるで掃除されたかのように、もぬけの殻になっているのだ。
「……それに、先程の将の魔族。奴がガナンを墜とした魔族ならば、青い外殻以外に、有名な話がもう1つある」
「―――! そうか、『魔剣』!」
都市ガナンを滅ぼしたと言う将の魔族は、その強固な外殻の他に、雷を纏う魔法剣……通称『雷の魔剣』を操ることで有名だった。
だが、そんな魔剣はどこにも見当たらない。
恐らくは、何者かが持ち去ったと見るべきだ。
「―――第三者の、介入?」
ルーチェがポツリと予想を零す。
「第三者……そいつが魔族を皆殺しにして、エルフたちも連れ去ったっていうのか?」
「いや……だがそれは……」
「ええ、有り得ないです。……何よりも、あの数の魔族を皆殺しにしているのが」
魔族たちの殺され方は、ほとんど全てが同じだった。
つまりは同一人物の手により殺された可能性が高いということ。
……だがざっと見た所、あの魔族の死骸は千にも届こうかと言う数だ。
どうやってそれほどの魔族を、あんな凄惨な殺し方で殲滅したと言うのか。
「…………」
答えの出ない議論に、5人の間に静寂が流れる。
原因不明、理解不能の状況を前に、誰もがその胸中に不安を過ぎらせていた。
もしも魔族の本隊を全滅させた者がいたとして。
その者は、味方なのだろうか。
それとも…………。
……それは魔王城攻略作戦の決行日まで、残り1ヶ月を切った時期のことだった。
『第2章 ~魔~』 完。
あと1話ティア視点の幕間が入ります。