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30 エルフの分岐路

28話『28 暴食と暴力』の最後に書き忘れていた勇者視点のシーンを追加しました。すいません。


2016.7.25 時間があったので挿絵も入れました。

「―――範囲拡大化Ⅱ。『サモン・ダークウィッチハンド』」


俺は魔族の掃除に、最終的に三大グロ魔法の1つである闇の召喚魔法を選んだ。


今回の選考の基準になるのは、『威力』と『攻撃範囲』である。

雑魚の短時間での殲滅作業であるので、一撃で全滅させられる威力を持った範囲攻撃を選ぶのは当然。


……だがそこで1つ問題になるのが、大抵の範囲攻撃が、地形ごと薙ぎ払ってしまうタイプであることだ。

森は既にほとんど原型を留めていないが、エルフたちの心象を想えば、これ以上の破壊は慎んだ方が良いだろう。


ということで、広範囲かつ敵のみをピンポイントで攻撃できる魔法が望ましい。

こうなると一番楽なのは、大群を召喚するタイプの召喚魔法だ。

召喚魔法で召喚されたモンスターは、使用者の指示を聞く。

地形を変化させない形で敵を排除するよう命令すれば、簡単にクリアできる。


そんな感じで選ばれたのが、今回の魔法『サモン・ダークウィッチハンド』だ。


闇魔法は全属性の中で最高威力を誇る上に、ヒットした相手にしばらくの間継続ダメージを与える物が多い。

闇魔法の売りはとにかく威力なのだ。

そしてこのダークウィッチハンドもまた、効果時間中は範囲内の敵にダメージを与え続ける効果を持つ。

万が一レベルや防御力の高い敵がいても、継続ダメージの方も合わせれば死んでくれるだろう。


(ま、1番の理由は、敵が怖い思いして死ぬだろうからってのだがな)


三大グロ魔法と呼ばれるだけあって、『魔女』たちの殺し方はかなり残酷な物。

せっかく今回は悪者退治という大義名分があるんだ。遠慮せず嬲り殺しを楽しめる良い機会だろ?


森の全体マップを見ていると、敵を示す赤い点が、1秒経過する毎にガリガリと減っていく。


―――アアアアアアア……


おお、森中から魔族共の断末魔が聞こえる。

どうやらダークウィッチハンドをチョイスする嫌がらせは大成功なようだ。よしよし。

発動してから30秒後には、一千近くあった赤点が全て消え去っていた。

念のため索敵し直すが反応は無し。

殲滅完了。クエストクリアだ。




「ハネット君!」


里に帰るとティアの父親が走って来た。

後ろに続くティアも、さっきに比べると幾分平静さを取り戻しているようだ。


「とりあえず魔族は全滅させた」


「おお……!」


俺がそう報告すると、目の前の親子を筆頭に、エルフたちから安堵の表情が零れた。

……まだ全滅を免れただけで、危機なのには変わり無いんだが。

まあいいか。あの村の時と同じく、話し合いより先に後片付けをやってしまおう。対価がふっかけられるしな。


「族長。回復魔法をかけてやるから、全員集まるように言え」


「! 分かった」


俺の指示がティアの父親を経由してエルフたちに伝わる。

よく知らない俺から直接指示されるより、自分たちのリーダーから伝えられた方が聞く気になるだろう。


集まって来たエルフたちに範囲拡大化した『ヒール』を掛ける。

今までNPCたちにヒールを掛ける機会は何度かあったが、今回が一番反応が薄い。

恐らくルルで見慣れているからだろう。医者の代わりをしていたみたいだったし。

それでも掛けた瞬間に若干驚いていたのは、初めて見る範囲拡大化のせいか。


「何から何まで済まない。本当に感謝する」


父親が早くも礼を言いに来た。

だがやる事はまだ半分残っている。

今のは生き残りたちへの分。

そしてここからは()()()()()()()だ。


「まだだ。死んだ奴等も復活させる」


「……な……に?」

「え……?」


俺の短い説明に父親とティアが眉を顰める。

その間にも俺は2人のリアクションを無視して、制限時間が未だ来てないダークウィッチハンドたちに、エルフの死体回収を指示していた。

『アイテムマグネット』でさっさと集めても良かったが、身内の遺体が地面を転がって独りでに動き出す姿は見たくないだろう。

数十秒ほどして、焼け焦げた森の隙間から大量の黒い腕たちが現れる。


「ひっ……!?」


「俺の魔法だ。心配するな」


エルフたちを宥めている間にも、黒い腕たちによってエルフの遺体が続々と集められて来た。

1分ほどで里の外に散らばっていた遺体が全て集まる。このダークウィッチハンドは闇魔法にしては使い勝手が良い。


今回は既に手遅れなので、遺体の損傷を修復する気遣いは省いた。

代わりに役目を終えたダークウィッチハンドには消えて貰う。あれはただ地面から生えてるだけで気色悪い。


「範囲拡大化Ⅱ。『レイズデッド』」


1か所に綺麗に並べられた遺体たちに、最下級の蘇生魔法を使った。

遺体たちの損傷や欠損部が修復され、戦闘前の綺麗な状態に復元される。

続いてヒールを重ね掛けすれば、完全回復だ。


あとはあの北の村の時と同じ反応。

生き返った家族たちに、生き残りたちが駆け寄って行く。


「おい、族長。俺はこれから戦利品の回収に入る。その間に復活者たちに状況を説明しておけ」


「あ、ああ……。わ、分かった」


説明にかかる時間を有効利用して、魔族たちからドロップアイテムを回収しておこう。

里の片隅に移動し、手っ取り早くアイテムマグネットを使う。

すぐに魔族の死骸がゴロゴロと転がって来た。

山と積まれていく死骸の中から、良い素材が無いか探していく。


「……んん?」


ドロップアイテムの一覧をスクロールしていると、その中にプレイヤーの装備が紛れていた。

『封雷剣』という名と両手剣のアイコン。

たしか『最初の世界』ユグドラシルのショップで販売されている武器の1つだ。


(やっぱどこかにプレイヤーが隠れていたのか?)


まあそうだとしても、ダークウィッチハンドで雑魚もろとも死んでいる訳だが。

装備がドロップしているということは、蘇生アイテムでの復活もしていまい。

武器も雑魚いし、レベルの低い奴だったんだろう。

ま、もし復讐に来たら、返り討ちにすればいいか。


適当に持っときたい素材だけ回収して里に向き直る。

振り返ったらエルフたち全員が、俺を恐怖の眼差しで見ていた。

なんでだろう。死体を集めていたから、邪悪な儀式でもしていると思われたんだろうか。別にいいけど。


「まあ片付けはこんなとこだな。それじゃ、里の代表者を全員集めてくれ。報酬の話をしよう」


「あ、ああ、分かった」


父親が代表者を呼びに行く間に、会談の場を設けておく。

つってもいつも通り、アイテム作成で椅子を作っておくだけだが。

その1つに座ってエルフたちを待つ。

少ししてやって来たのは5人ほど。町内会の班長的な感じだろうか。

全員が椅子に着いた瞬間に話を始めさせて貰う。

実は既に欲しい物は決めてあるんだ。


「早速だが、本題に入ろう。俺がお前達に要求するのはたった1つだ」


身を乗り出して立てた俺の1本指に、緊張の視線が集まる。



「お前達、俺の庇護下に入れ」



エルフたちの顔に困惑が浮かんだ。

言葉が足らないので意味を図りかねているらしい。


「つまり、俺の集落に移住して来いということだ」


そう、俺が欲しいのはこいつら自身。すなわち、エルフだ。

俺の説明に、眉を顰めながらも冷静そうなティアの父親が口を開く。


「それは……ティアたちが数日過ごしたという集落か?」


「そうだ。その俺の集落に移住し、正式な住人になれ」


意味が理解できたエルフたちの顔が苦々しい物に変わる。やはり人間と共に生きるのは嫌か。


「先に説明しておこう。お前達を移住させたい理由だが、今俺の集落では林業に詳しい者を募集している。お前達は精霊魔法とやらで樹木を操れるようだし、植物にも詳しそうだ。是非その能力を生かして欲しい」


募集中なのは林業と鍛冶の技術者。このタイミングで片方が手に入るのは嬉しい。

しかもこいつらはその道のエキスパートだ。人間には出来ない手段がいくらでも取れる。


「すまない、リンギョウとはなんだ?」


父親が難しい……というか、「難しいことを聞いた」という顔で質問してくる。

あれ、なんか流れが不穏だ。


「……木を植えることだ」


「木を……『植える』?」


あ、これ嫌な予感がする。


「…………すまん、先に聞くが、お前たちは食料とかを普段どうやって集めているんだ?」


そして大変なことが発覚した。


エルフ(こいつら)は、原始人だ。


こいつらは林業どころか、農業自体を知らない。

肉は猟により手に入れ、野菜や植物は森に自生している物を採取する。

要するに自然の動物のような暮らし方だ。

自分の手元で増やすという発想が無い。

つまりエルフには、文字の概念も、売買の概念も、農業の概念も無いのだ。

まさに原始人。

今までに関わったのが、人間社会で生活してたティアとルルだけだから知らなかった。こりゃ奴隷にされても仕方ねーわ。


「……まあ要するに、植物に詳しい者を仲間にしたいということだ」


「なるほど……」


「よし、今回のこの話をまとめてやろう。まずお前達にとってデメリットなのは、人間社会で暮らすことになるってことだ。文化が違い過ぎるし、実際色々と苦労することは多いだろう」


何しろ文字やら金やら概念やらで、覚えなきゃいけないことが多い。

多分現実で海外に移住するのよりも大変だろう。難易度で言えば宇宙人との共同生活みたいなもんだ。

だが俺の集落には、既にルルという成功例がいる。

彼女にちょっと協力して貰えればなんとかなるだろう。


「そして次にメリットだが、一番大きいのは安全だということだな。何しろ集落の長は俺だ。今回と同じで、魔族が攻めて来ようがドラゴンが攻めて来ようが関係ない。……もちろん、人間もな」


それこそが「庇護下に入る」という表現の意味。

正直言ってこの里は今、窮地に立たされている。

今回接触した魔族たちからは、どうも人間的と言うか、軍事的な匂いを感じた。

もしも魔族たちが組織として行動しているのなら、今回の件でこの里は十中八九魔族共に目を付けられてしまっただろう。

しかもこいつらは、元々人間に追われる身だ。

要するに、敵が人間と魔族の2つになってしまった訳である。


「…………」


「一応考える時間をくれてやる。少し席を外すから相談してみろ」


転移で一旦集落に帰る。

これは契約なので、考える時間も何も強制的に連れて来てしまえばいいんだが、世の中には契約を破棄するという選択肢もある。

もしかしたら「流石に人間とは共存できない」という流れに落ち着くかもしれない。

まああの森の様子では、しばらく生活できるかすら怪しい。

契約破棄ならあいつらが勝手に自滅するだけだ。

と言ってもルルの件があるので、ティアだけは助けてやりたい所だが……。


「あ、おかえり。どこ行ってたの?」


元いたお茶会の席に戻ってくると、里に向かう前と同じ様子でニーナとルルが待っていた。

ちなみに俺が席を立っていた時間は、全部合わせても30分ぐらいだ。


「例のエルフの里が魔族に襲われてな」


「えっ!?」


2人に簡単に事の成り行きを説明する。


「ティアは大丈夫だった?」


やはりルルは何よりもティアの安否が心配なようだ。


「ああ、大丈夫だ」


「そっか、良かった……」


「また魔族ですか。周辺の村や街が襲われてないといいのですが……」


「一応全滅させといたから、被害が増える方は心配しなくていい」


これまでの方は知らないが。

自分の知らない所での出来事なんて、起きてないのと同じだ。


「そうですか。では将の魔族も倒したのですか?」


「将の魔族?」


「軍勢を指揮する強力な魔族がいた筈ですが」


「分からん。一撃で皆殺しにしたから」


「そ、そうですか……」


まあダークウィッチハンドは召喚魔法だから一撃と言っていいのか微妙だが。

1発の魔法で終わったのは事実だからいいか。


「魔族か。ボクも話には聞いたことあるけど、実際戦ったことは無いね。どれぐらいいたの?」


「千ちょいぐらい」


「すっ…………、凄いね」


ルルにもニーナがドン引きしている意味が分かったらしい。

少なくともこの2人では、30分で全滅させるのは絶対に無理な数だな。


「その様子だと、ニーナは魔族と戦ったことがあるのか?」


「はい。何回か勇者の代わりに都市を防衛したことがあります。……私の時は激戦でしたが」


「ふーん。……ああ、そうだ。それで、もしかしたら明日からエルフたちが全員移住してくるかもしれん」


「えっ」

「おお」


「そうなったら2人にも色々と世話になると思う。頼めるか?」


「当然です。力を尽くしましょう」


「…………」


ルルの方は返事を渋っている。

ルルとエルフたちの関係には大きな溝がある筈だ。まあ仕方ないな。


「ルル、例えばエルフが人間と暮らす上で、どんなことに苦労するかとかを教えてくれるだけで良いんだ」


「あ、う、うん。それなら大丈夫。……ごめんね」


「いいさ。それじゃあそろそろ行くかな」


再びエルフの里に帰って来る。

責任者6人は先程の椅子に座って俺を待っていた。

なんとなく俺も着席する。雰囲気的に。


「答えは決まったか?」


「ああ。ラーの一族は、あなたの要求を受け入れる」


ティアの父親が代表して答えた。

他の面々も不承不承といった感じではあるが、異議は唱えないようだ。


「そうか。それじゃあ1日だけ準備の時間をやる。明日の昼までに荷物をまとめておけ」


「分かった」


よし、これで林業も解決。後は王国からの連絡を待つのみか。

とりあえずエルフたちに1日分の食料と荷包み用の道具を用意してやり、集落に帰った。


「エルフの移住が正式に決まった。明日から一気に仲間が増える」


「中々大所帯になりますね」


「そうだな。一気に3倍以上か」


エルフは100人以上いる。

元の住人が40人ぐらいだから、200人弱ぐらいにはなるのか。

こうなると管理・運営が面倒なので、代表者でも作って任せるか。それこそ町内会の班長的な。


「ルルさん、エルフ用の家屋について、何か注意事項はありますか?」


「えーっと、まず―――」


「げっ!!」


そうか、百数十人分の家を作らなきゃいけないのか。

うっわ、ダリ~っ!


「ど、どうかした?」


「家作るのがめんどくさい!」


「…………」

「…………」


そんな目で見るなよ。

まあ俺は『拠点作成』で建てられる分、現地人からしたら有り得ないぐらい楽なんだろうけどさ。

でも俺が労働しなきゃならないってことには変わりないだろ?

ワシの将来の夢はNEETじゃ。


「仕方ない。手伝いを呼ぼう」


「手伝い?」


「故郷の友人を1人呼ぶかな」


「えっ……!?」


ニーナとルルが驚いた。

お、俺にだって友達ぐらいいるし!


「し、師匠の故郷から、人を連れて来るのですか?」


「ああ。クラツキって名前の戦士だ」


まあ職業(ジョブ)は戦士っつーか暗殺者だけど。

本人に選んだ理由を聞いた事は無いが、多分「カッコイイから」なんだろうな……。


「戦士……? 魔法は使えないのでは?」


ニーナ君。実は拠点作成は魔法ではないのだよ。

拠点作成はスキルですらない、システムにデフォで付いてる機能だ。チュートリアルをこなしたプレイヤーなら全員使える。


「前に言ったと思うが、俺が使ってるいくつかの魔法は、普通の魔法とは法則が違う。あの家屋を建てる魔法は、俺の故郷生まれなら誰でも使える」


「そ、そうなのですか」


「まあ明日はそいつに家建てるのを手伝わせよう」


「ハネットの友達かぁ。ちょっと楽しみ」


「そうですね、興味深いです。その方も優れた剣士なのですか?」


「ああ。つーかあいつの方が俺より強いぞ。たまに模擬戦やるんだが、5回に1回ぐらいしか勝てん」


あいつは俺よりレベルが400ぐらい低いが、俺と違ってガチビルドキャラだ。しかも俺の天敵である速攻型。

たまに対戦するんだが、大体は俺が負ける。

というか俺はタイマンするようなキャラビルドをしてない。俺はパーティーを組んで始めて真価を発揮するタイプだ。

そしてあいつはタイマン特化。……そのせいで雑魚敵も1匹ずつしか倒せないというアホな弱点があるのだが。


火力が低く雑魚戦に強い俺と、火力が高くボス戦に強いクラツキ。


パーティーとして見れば、俺達はかなり相性が良い。

そのおかげで人数が3人まで減っても、何とか凌げているのだ。リーダー? あいつは…………囮ぐらいにならなる。……時もある。


「…………」

「…………」


俺より強い奴と聞いて、会うのが不安になったらしい。

多分怖い人的なイメージが湧いたんだろう。総合格闘技のチャンピオン的な。


「いや、むしろあいつの方が俺より性格良いからな。確実に」


「そ、そうですか」

「ふーん……」


あいつはFFFメンバーなので悪のロールプレイも平気でやるが、それはただノリが良いだけだ。

出会ってから今まで、あいつが怒ってるのなんて見た事が無い。基本的に菩薩のような男。

というか大抵の人間は俺より性格が良いと思う。その中でもあいつはかなり上位の性格の良さだが。

奴に点数を付けるなら、性格の良さで+100点。

髪型が坂本龍馬に似てるから-5千点。

更に隠れ厨二病なので-5万点だ。


「まあクラツキの件は明日会ってからの楽しみだな。夜の間に話をつけておこう」


ログアウトしたら、メッセージで世界座標と集合するゲーム内時間を教えておこう。

……そう言えばあのリスポーン地点に出てくるのか。目を開けたらいきなり落下しててビビるだろうな。くっくっく。


俺はやっと来てくれた悪戯を試せる機会に喜びながら、住民たちに明日のことを説明して回った。











私の名前はティア。


1年ちょっと前に人間に捕まり、奴隷として売られていた所をハネット様に助けて貰ったエルフだ。

私と共に捕まったのは全部で6人。

お父さんが『森の誓い』を立ててまで頼んだおかげで、その6人もハネット様が助けてくれることになった。


それから2か月ぐらいが経ち、今日ついに、ハネット様が里の入り口に現れた。

その後ろには数人のエルフたちも並んでいる。

この距離からでも一目で分かる。忘れもしない、大切な仲間たちだ。


そして、その中に紛れる小さな白い頭。


(えっ!? ルル!?)


その姿を見た瞬間、私は駆け出していた。

急いで階段を下りて、その場所まで向かう。


ルルはこの里で唯一のハーフエルフ。そして私の一番の親友。

私が捕まった後、みんなに色々言われて里を飛び出したという話だったので、とても心配していたのだ。

それこそちょうど今、ハネット様にルルの捜索も依頼しようかと考えていた所だった。


「ルルーッ!!」


「あ……」


ルルが私を見つけて目を丸くする。

本当にルルだ!

とりあえず、見た感じ彼女に変わった所は無い。

1年という月日を超えて、私達は無事再会できたのだ。

私は嬉しさのあまり、彼女に抱き着いてしまった。


「良かった! ルル……!」


「あはは、ボクがティアを探しに行ってた筈なんだけどね。これじゃ立場が逆だよ」


ルルはいつも通りの落ち着いた声音でそんな冗談を言った。

本当に何も変わらない。私と同じで運が良かったのかしら。

とにかく、心から安心した。


ルルの確かな体温を感じて余裕が出て来た頃、すぐ隣りで私達を眺めていたハネット様と賢者様に気付いた。


「な、なんでハネット様と一緒にいるの?」


「あー……その辺は、話すと長いんだ」


ルルが困ったような顔をする。

珍しい。ルルは基本的に顔に気持ちを出さないのに。


「俺がエルフを集めてたから、ティアの情報を求めて接触して来たんだよ」


なぜか隣りにいたハネット様の方が説明してくれた。


「う、うん、そうそう」


「そ、そうなんだ……」


本当に私を探してくれてたのね……。

少しの間沈黙が流れ、私はある重大なことを思い出した。

さっきから隣りにいるハネット様のことだ。


「……あ! ハネット様! みんなを助けてくれて、ありがとうございます!」


慌てて立ち上がって頭を下げる。

今の今まで、ルルの身長に合わせて膝立ちになっていたのだ。


「気にするな。……これで依頼は達成。それじゃあ2人とも、元気でな」


ハネット様はそれだけ言うと、あっさりと踵を返した。

相変わらず独特な間で生きている人だ。

私が心の中でハネット様にもう1度お礼を言っていると、目の前にいたルルが慌てて彼を呼び止めた。


「あ! ま、待って! ボクも連れて行って!」


(えっ……!?)


―――自分を連れて行って。

その意味は1つしかない。


ルルはこの里を、……私達との縁を、捨てたのだ。


(そんな……ルル……せっかく無事に会えたのに……)


ルルは彼が立ち止まるのを見て、私の方に振り返った。


「る、ルル……」


「ごめん、ティア」


私に謝るその目には、確かな決意が溢れていた。

ルルのこんな目は初めて見た。

私に言われても気持ちを変える気は無いと言う意志が伝わってくる。


ルルはハネット様と話をすると、茫然と立ち尽くしている私の方にやって来た。


「ティア。別に2度と会えない訳でも、悲しい別れって訳でもないんだ」


私はその言葉で、少し考えを改めた。

てっきりルルは、私達エルフに愛想を尽かしてしまったんだと思っていた。

でも今の言い方には、そういった悪い感情が含まれてない。

それどころか、今のルルはどこか晴れ晴れとして見える。


「そ、それはそうかもしれないけど……」


何が理由でルルは里を抜けることにしたのか。それは私には分からない。

だからただ単に、私はルルと会えなくなるのが嫌だった。

ルルは情けない声を出した私に少しだけ苦笑した後、真剣な表情になって言った。


「……ボクはここが、あんまり好きじゃない」


「……っ」


心臓がドキリとした。

ルルは私といる時、里やみんなの話題を絶対に出さない。

ルルは私の前では、およそ弱音と捉えられることは絶対に言わないのだ。

だから今の言葉は、ルルといた21年間で、1度も聞いたことの無かった類いの言葉だった。


「ボクはね、ティア。この1年間、人間たちに混じって生きてきたんだよ。顔を隠して、ハーフエルフだってことはバレないようにしてたけどね」


「そ、そうなんだ」


生まれて初めて森から出て、人間の社会に溶け込みながら、私を探して1人旅した。

それはきっと、大変だった筈だ。

もしかしたら、流されるままだった私よりも、大変な道のりだったのかもしれない。


「ボクもね、人間ってそんなに良い種族じゃないと思うよ。……でもね。人間の世界は、ここよりも過ごし易かったんだ」


ルルの言葉が私の心を抉る。

……今のは、とても、とても重い言葉だ。

ルルはそれほどまでに、この里での生活が嫌だったのだ。

……そして、それはつまり。

私が親友として、力不足であったことを意味する。


「人間はエルフを狩るけど、それは敵意からじゃない。けど、エルフは人間にはっきり敵意を持ってる。……当然ボクにもね」


「そ、それは……」


ルルの言葉には、憎しみがある。

私達エルフへの、憎しみが。


―――今から15年ぐらい前。

私のお母さんが病で死んだ時、ルルはしばらく部屋に引き籠った。

部屋から出て来た後も、その理由をルルは絶対に言わなかった。

でも、私は知っている。


ルルは里のみんなに嫌なことを言われて、1人部屋で泣いていたのだ。


それは私達の家を出て行った後も変わらない。

私が大岩に会いに行くと、たまにルルは泣いていた。

大岩の影に隠れていて姿は見えなかったけど、私の長い耳には、彼女のすすり泣く息遣いが聞こえてきていた。

そして私が来たことに気付くと、真っ白な目蓋を赤く染めながら、痛々しく平然とした顔を装うのだ。


私は1人になりたがるルルに、しつこく話かけた。

ルルは私の前でだけは、いつもかっこつけていたから。

私にかっこつける時だけは、ルルは強くあろうとしていたから。

だから私が一緒にいれば、せめてその間は、ルルを引き留められると思った。


そうでなければ……ルルは、死んでしまいそうに思えた。


―――ティアはさ、なんでボクに構うの?


ルルが12歳ぐらいの頃、ある日私に言った言葉だ。


その質問の真意は分からない。

もしかしたら、本当は私が鬱陶しかったのかもしれない。

遠回しな、拒絶だったのかもしれない。


でも私はその時、その言葉に対し、こう答えた。

それは今のルルみたいに。

強い意志を込めて、こう答えたのだ。


―――それはね、ルル。私とルルが、里一番の友達だからよ。


私のその言葉に、まだ小さかったルルはしばらく無言だった。

そうして少しして、ルルは笑った。


―――……そっか。ボクとティアは、里一番の友達か。


それはいつもの苦笑だった。

ルルはその12年で、子供らしい笑い方が出来なくなっていたから。

でも、この時だけは。

この時だけは、いつもより暖かい感情が見えた。


私はこの時、ルルのその笑顔を守ろうと思った。

なるべくルルが虐められないよう、微力ながら力を尽くした。

ルルが寂しい思いをしないよう、仕事の無い時はいつも大岩で一緒に過ごした。


でも。

そんな程度では、ルルの心の傷を埋めるには、足りなかったのかもしれない。

ルルは私なんかには救えなかった。

私では彼女の友達にはなれても、生きる意味には成り得なかったのだ。


「うーん、なんだろう。本音を言うのって難しいや。その、ほんとはね……」


私がルルの『告白』に人知れず悲しみを覚えていると、不意にルルが顔を赤らめてモジモジし出した。

……急に物凄く可愛い。というかちょっと可愛過ぎる。

私はその愛らしい表情にとても驚いた。

私はルルのその顔を、こっそり何度か想像したことがあったから。

それは、元々とっても可愛い顔をしていたルルの……。

―――女の子な、顔だった。




「ほんとは、その。……ハネットと一緒にいたいなー……なんて……」




それは。


―――ルルの、『告白』だった。


「好きな人が出来ました」という、女の子の告白だった。



「お、怒った? ティアよりハネットが大切みたいな言い方だし……」


黙っていると、ルルが私の顔色を窺うようにして慌てた。

そんな仕草も初めて見る物。

ルルは私が知らない内に、すっかり『普通の子』になっていたのだ。


「え? う、ううん。そんなことないけど」


目の前のルルは別人になっていた。

不幸なハーフエルフではなく。

ごく普通の……親友に色恋の相談をしてしまうような、恋する可愛い乙女に。


「…………そっか。うふふ、そっか。そうなんだ」


ルルは言った。ハネット様と一緒にいたいと。

それで全てに合点がいった。



―――ルルもまた、彼に居場所を貰ったのだ。



あの商館の奴隷さんたちと同じように。

ルルは彼から、新しい人生を貰ったのだ。


……そして。

そこでルル自身が見つけた物は。



『自分を嫌いな自分』ではなく。

『誰かを愛せる自分』だったのだ。



それは……とても、素敵な自分だ。

ルルは自分が憎しみや悲しみだけじゃなく、誰かを好きって気持ちも持ってると、気付けたんだ。

だからルルは、こんなに明るくなったんだ。


「な、なんだよ」


「んーん、別に~?」


「もう!」


ルルが子供っぽく怒った。

本当に、変わったわね。


―――それはルルが、やっと幸運という物に出会えたから。


「……そっか。良かったね、ルル」


「……うん」


そう答えたルルの笑顔は。


……不器用でも、『普通の笑顔』になっていた。


私にはその顔が、あの日の笑顔より、もっと輝いて見えた。

そうして、やっと意味が分かった。


また会えるかどうかはともかく。

ルルの言う通り……この別れは、決して悲しい別れではないんだ。






だって―――





挿絵(By みてみん)





―――ルルが、こんなに幸せそうに笑っているのだから。






「分かったわ、ルル。しばらくはお別れ。でも……」


「うん。ボクとティアは―――離れていても、ずっと友達さ」


「―――うんっ」


こうして私は『親友』との別れを終えた。


(ルル……幸せになってね)







……この時の私は。

まさかたった一月後に、親友と同じ人を好きになってしまうなんて、夢にも思っていなかった。

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