29 魔
2016.7.22
2016.7.24 前話『28 暴食と暴力』の最後に書き忘れていたシーンを追加しました。
2016.10.20 挿絵を追加。
あのニーナたちの新魔法披露から、ゲーム内時間で半月ちょい。
ルルが来た日から数えると、1ヶ月ぐらいが経ったか。
その間も集落では第1回給料日や仕事の割り振りなど、イベントが色々あった。
特に仕事の割り振りの方は一大イベントだったと言っても過言ではない。
この割り振りにより住民たちは、耕作・畜産の農業系、商品制作・環境維持の生活系という、全4つの仕事に分かれることになった。
他にも林業や鍛冶も予定していたが、こちらについては保留になった。残念ながら、今は教えられる技術者がいない。
王宮にでも出向いて「用意しろコラ」と一言言えば解決する話だが、とある理由からその手は使いたくなかった。
俺はできれば、王国の方から接触してきて欲しいのだ。
前回の接触はただの挨拶みたいなもん。
要するに次の接触こそが、お互いに第1回の依頼となる。
俺は王国が、最初の様子見としてどういった依頼をしてくるのかが知りたかった。
いつもの『相手のパターン』を見抜くためだ。
しかも王国の方が先に依頼してくれば、その対価としてこっちの要求をタダで突き付けることもできる。
これが俺の方が先だと、後でどんな働きを要求されてしまうか分からん。
「先に頼って来たのはそっちだ」。
このセリフが言えるかどうかというのは、大きい。
とにかく最初の依頼だ。
それ以降は好きに頼るつもりだが、この最初の依頼だけは、絶対に向こうからさせる。
……そんなことを言って『コール』を待ち続けていたら、1ヶ月も経ってしまった訳だが。
なんか魔族がどうのこうのとか世界の危機がどうのこうのとか言っていたから、すぐにでも依頼が入ると思っていたのだが。
ちなみにルルももうすぐ学校を卒業する。
ルルは午前の部は勿論、午後の部にも参加していた。
現在は計算を学び終わり、最低限で止まっていた読み書きの方を再開しているそうだ。
ハーフではあるが、もしかしたら現地初の学を持つエルフとなるかもしれない。
(そういえばルルの仕事も決めておかないとな)
学校を卒業したら、いよいよもって仕事が要る。
前に考えてた医者の仕事をやって貰いたいんだが……良いのだろうか。
あいつは人付き合いに苦労しそうだし、医者になってしまうと、異性と触れ合わないというエルフの習慣を守ることも難しいだろう。
やっぱり俺が医者をやった方が良いんだろうか。
(つーか気を遣ってばっかりだなぁ)
このゲームでのNPC達の思考は超リアルだ。
だから知らず知らずの内に、現実の人間と同じように考えてしまう。
本当はもっと傍虐無人に振る舞いたいんだが、気付いたらいつの間にか気を遣ってるんだよな。
相手に気を遣うというのは、自分は我慢するということ。そして我慢するのは、体に毒だ。
……俺はそれを、良く知っている。
人間ってのは簡単にぶっ壊れるんだ。精神病ってのは誰がいつなろうが不思議じゃない。
特に俺にはその気があるし。
(今夜は1週間ぶりにリーダーとクラツキを呼ぼう。そんで雑魚プレイヤー共をボコって虐める)
想像して笑みが漏れる。俺は弱い者虐めが大好きだ。
この現地では今の所善人プレイをすることが多いので、最近は対戦の方ではかなりはっちゃけさせて貰っている。
これまでは思い付いてもやらないようにしていた極悪プレイにも手を出し始めた。
にしても俺って相当酷いプレイをしている筈なんだが、今までにファンレター(罵倒メッセージ)を貰ったことはほとんど無いんだよな。
しかも俺より確実にマシなプレイをしている他のメンバーたちはしょっちゅう貰っているみたいだし。何故だろう。
まあ自分で思っているよりクズプレイじゃないのかもしれない。……なら今度からはもうちょい『本気』を出してもいいか。
更に邪悪な笑みが漏れた。
「なあルル。ちょっといいか?」
時刻は14時過ぎ。
ニーナと向かい合って白い机に座るルルに、そう声をかけた。
庭に置かれたこの白い机は、昔ニーナと一緒にやった『お茶会』の時に作ったあの机だ。
普段は『アイテム破棄』で消滅させるんだが、お茶会は度々開く予定だったのでそのまま残した。
ちょっと前までは俺の家の庭に設置されていたが、ルルが来てからは彼女達2人でお茶会を開くことが多くなったので、ニーナの家に移した次第だ。
ちなみに生活スキルマスターの俺が作ったアイテムなので、3か月野晒しでも一切傷んでいない。
「うん、いいよ? 何?」
了承が貰えたので3つ目の椅子に座る。この椅子が、たまにお茶会に参加する時の俺の定位置だ。
「お前が学校を卒業したら、医者をやって貰いたいと思っているんだが……どうだ?」
俺の単刀直入な質問に、ルルがきょとんとする。
「? ……イシャって何?」
あれ? 医者が翻訳されない。
「医者だよ医者。ドクター」
「…………?」
言い方を変えてみても伝わらないようだ。
隣りのニーナに目を向けたが、彼女の頭にもハテナマークが浮かんでいる。
翻訳システムがバグったか?
「ほら、怪我を治したり、病気を治したりする仕事の……」
「ああ、神官のこと?」
運営に報告する前に、最終確認の意味も込めて説明の仕方を変えてみたら、今度は返事が返ってきた。
「神官?」
「教会で光の魔法を使って人々を癒している者たちのことです」
ニーナから解説が入った。プリースト的な奴だろうか。
む、そういえば前にどっかで聞いたような気がしないでもない。
たしか「教会には光魔法使いがたくさんいるよん」みたいな話。それが神官とか言う奴らな訳か。
つーか翻訳されなかったのは、医者という仕事自体が現地に存在しないせいか。多分その神官とやらが、医者の代わりなんだろう。
ただ、翻訳から弾かれたという事は、意味合い的には全く違う存在だということだと思うんだが……。
どっちかと言うと、神官は現地の価値観では、宗教的な方の役職なんじゃないだろうか。
でも俺らにとっての医者は、学者か技術者だ。宣教師でも神子でもない。
「前に王都でご覧になったと言う教会にもいた筈ですが?」
いたっけ?
あの時はシスターが2人いただけだったと思うが。
もしかしてあのシスターたちこそが神官だったんだろうか。
「ん~? …………まあいいわ。とにかく住民たちの怪我と病気を治す仕事に就いて貰いたいんだが、どうだ?」
「神官の仕事かぁ。ボク本物の神官は見たこと無いんだけど……怪我と病気を治すだけで良いの?」
「ああ、そうだ。別に神の教えを説けとかじゃない。単純な回復魔法使いとして働いて欲しいんだ」
「そっか。だったら良いよ? 里にいた頃もそんな感じだったし。光の魔法に適性があったのはボクだけだったからね。……みんな嫌々だったけど」
そう言ってルルは頬を膨らました。
最近こいつは感情表現が子供っぽくなってきたな。出て来た時は暗い感じだったのに。
酒に酔うと幼児退行するみたいだし、彼女の普段は抑圧されている部分なのかもしれない。
それが自然と出るようになったのなら、良い事だ。少なくともこの集落において、ルルは気を張らずに済んでいるのだという証拠。
「治してやってるのに嫌々来られたら堪ったもんじゃないな。まあ治療に来るのはこの集落の住民だけだ。普通に感謝してくれるだろ」
話を聞く限り、この現地ではエルフの方が人間を嫌っているのだ。
そもそも人間の方はマイナス感情を持ってないし、しかもこの集落の住民はティアのおかげでエルフ慣れしてる。
「あはは。まあとにかく、ボクは大丈夫だよ。……ハネットも大変だね」
なぜかルルは俺を見ながら苦笑した。
「うん? 何がだ?」
「だってさ、こうして全員に仕事の希望を聞いて回ってるんでしょ?」
ギクリんこ。
気を遣ってるのがバレている。
「……そうですね。領民に自由な職種を選ばせるのは珍しいです。普通の領主ならわざわざ希望など聞かず、必要な仕事を強制的に割り振るだけでしょう」
「へー、そうなんだ」
ニーナからも追撃が掛かる。
……たしかに俺は、仕事の割り振りの時、全員に希望を聞いて回った。
これは現地の常識としても、プレイヤーの常識としてもおかしい。
現地では下位者に手間をかけるのはよっぽどのお人好しだけだろうし、プレイヤーからしたらNPC相手にマジになり過ぎと思われるだろう。
俺もNPCに気を遣っているのはおかしいと分かってはいるし、面倒なのも大嫌いなんだけどなぁ……。
(でもなぁ~、自分が現実で仕事選びに失敗したことがあるから、難しいんだよなぁ……)
どうしても自分の時の気持ちと照らし合わせて考えちまうんだよ。
はぁ……、俺のこの『相手の立場で物を考える癖』はマジで良くない。
何よりも、俺にとって邪魔過ぎる。
(人間っつーのは、相手の気持ちなんて分からない馬鹿の方が生き易いんだ……)
「……別に。俺の故郷では普通のことだ。上司には、部下が快適に働けるよう努める義務があんだよ」
ただし現実での話に限る。
ま、まあ今は、ロールプレイング(なりきり遊び)中だから。うん。
そう、俺はただ、現代ニホン的な良い上司を演じてるだけなんですよ? 皆さん。
「へぇ~、そうなんだ」
「……それは、立派な教えですね」
ルルの方は誤魔化されたようだが、ニーナの方の目つきが怪しい。
こいつは結構前から、俺の性質に気付いている節がある。
(頭の良い奴はこれだから面倒だ……)
「―――じゃあルルが学校を卒業したら、居住区に病院……診療所……いや、治療所を建てよう」
とにかくこの話題は、色々あって俺の心の平穏を保つ上で良くない。
最悪あの人に言われたのと同じことを言われたりしそうだ。
ここはルルの話に無理やり戻そう。
幸いにも、自然に治療所についての話にすり替えることが出来た。
治療所を建てるべき場所、規模、設備や職務内容などを詰めていく。
ルルは現地的にはかなり強力な光魔法使いだ。おかげで大抵の怪我や病気は治せるらしい。
ぶっちゃけもうこの集落って、俺がいなくても安泰なんじゃね?
「ねえハネット、今日はあの『範囲拡大化』とかいう奴を教えてよ。ヒールを1度に掛けられるようになりたんだ」
「えー、拡大化かぁ。難しいなぁ……」
修行開始時刻である15時が近付いてくると、ルルがそんなことを言い出した。
正直ちょっと面倒臭い。
というのも、なぜか現地人は威力強化は使えても、範囲拡大化は出来ないっぽいのだ。
しかもそこで、普通の攻撃魔法に限っては可能だとかいう、訳の分からない法則まで出てくる始末。
要するに今回要求されている『ヒール』のような回復魔法の範囲拡大化だけは出来ない訳である。
前にニーナが言っていた話だと、威力強化の方は魔力を多めに突っ込むだけで誰でも簡単に出来るみたいなんだが……。
(俺もシステムでやってるだけだから、また『再現』の方向性になるかなぁ……)
なんか適当な理屈を考えて、無理やり同じ現象が起こるように仕向けるしかないだろう。
うーむ。ただ魔力を払うだけだと、威力強化にしかならないということは…………?
俺は南の修行場に行きながら考えようと椅子を立った。
ルルとニーナもそれを見て、私物の紅茶セットの片付けに入る。
その『コール』が届いたのは、その時だった。
『ハネット様っ!! 助けて下さい! ティアです!! ハネット様!!』
「―――あぁ?」
俺の声に、ニーナとルルの視線がこちらを向いた。
(待ちに待った王国からじゃなく、ティアからだと?)
しかもやけに切羽詰まった声だ。助けてとか言ってるし。
コールをかけ直すより、直接行ってやった方が良いかもしれない。
俺は目の前の2人への説明も省き、とりあえず無詠唱でテレポートした。
一面の業火。
「うわっ。なんだ?」
転移が終わると、目の前の景色が炎に蹂躙されていた。
どうやら森が燃えているようだ。山火事か?
「ハネット様ぁッ!!」
背後からティアの叫び声がした。
振り返ってちょっと驚く。
「お? この世界にもこいつらいたのか」
振り返った先に広がっていたのは、モンスターの群れに襲われるエルフたちという図だった。
だが俺が驚いたのはその状況にではなく、そのモンスターたちが俺の知っているモンスター……『最初の世界』、惑星ユグドラシルに生息していたモンスターたちだったからだ。
群がっているモンスターたちは結構数がいる上に、平均レベルがエルフたちより上。
エルフたちは普通に劣勢のようだ。そこら中に死体が転がっている。
もしかしたら半分ぐらいまで減っているかもしれない。
「は、ハネット様ぁ! た、たすっ、助けてっ……!」
ティアは号泣しているようだ。
とりあえず助けてやるか。
「『F5』」
久しぶりに杖を出す。というかこの世界だと、戦う為に出したのは初めてだな。
今回装備したのは下位武器4つ、中位武器4つ、上位武器4つという全12のショートカットの中で下から5番目。中位武器の一番弱い奴だ。
見た目は『錫杖』とかいう、坊さんが持ってるイメージのアレ。
それを空にかざし、得意の光の範囲魔法を使う。
「『ライト・サウザンドエッジ』」
詠唱した瞬間、空一面を、無数の輝く光の刃が覆い尽くす。
その迫力あるエフェクトをゆっくり見る暇も無く、光の刃たちは地面へ向けて一瞬で降り注いだ。
流石は全属性に1つずつある『サウザンドエッジ』系の中で、発動時間が最速なだけある。
ちなみにエルフたちは範囲から除外してあるぞ。
―――ザンッ!!!!
数十匹いたモンスターたちが串刺しになって崩れ落ちる。
あと範囲縮小化してなかったせいで里の家屋も穴だらけになる。ああ~後で直すから許して~っ。
「ぁ……は…………?」
エルフたちは自分たちを脅かしていた存在が一瞬で消えたことに、理解が追いつかないらしい。
「ハネット様ぁ~~~っ!!」
ティアが泣きながら駆け寄って来た。
このパターンだと抱き着いてくるかと思ったが、そんなことはない。
やはりエルフにとって、異性との触れ合いは特別なようだ。
「もう大丈夫だ」
「はいっ! はいぃ~……っ」
安堵から崩れ落ちるティアのもとに、例の父親も駆け寄ってきた。
「は、ハネット君……! 来てくれたか!」
「ああ。状況を説明して貰ってもいいか?」
ティアはこの有り様だ。
解説はこいつに頼もう。
「あ、ああ。半刻ほど前に、魔族が攻めてきてな。空から―――」
「―――なに? 『魔族』だと?」
魔族。
数年前に突然この大陸に現れ、種族を問わず生物全てを虐殺して回っているという噂の。
そしてその魔族とやらが、こいつら?
『最初の世界』のモンスターが?
(これは……確実にきな臭いな……)
「あ、ああ。見ての通りだ」
見ての通りらしい。
ならば俺にとっては不都合な状況だ。
こいつらが昔からこの大陸に生息していたのなら分かるが、数年前に突然湧いたというのが不穏だ。
もしかして俺以外のプレイヤーがいるんじゃねーだろうな。ビーストテイマーかなんかの。そいつが連れて来て撒き散らしたとか。
「ふむ…………」
とりあえずスキルで探してみよう。
クラン内での俺の仕事の1つがオペレーター。マップで敵味方の位置を見て、仲間にどう動くのかの指示を出す役割だ。
その性質上、敵の場所を正確に把握する為、探知系のスキルはレベルMAXかつ補助スキルで完全強化までしてある。
「『索敵』」
補助スキルの1つである『隠密索敵Ⅴ』のおかげで相手には索敵したことがバレない。一方的にこちらが相手の場所を探れる筈だ。
まあ相手も持っていたら、逆もしかりな訳だが。もしかしたら向こうには、俺の存在がバレているかもしれん。
(…………いないな)
少なくともこの惑星系にはプレイヤー反応が無かった。
だが索敵を誤魔化す『ジャミング』というスキルもある。先程の『隠密索敵Ⅴ』と同じく、脳筋プレイヤーが集まるこのゲームでは持っている人口が少ない筈だが、運悪くそれと当たった可能性はある。
(……ま、いっか。襲って来たらぶっ殺せば)
俺は防衛と逃走には自信がある。
昔それが最高の形でハマった時に、24キル1デス(24勝1敗)という超成績を叩き出せたこともあるぐらいだ。
そんな訳で迎撃する分には負ける可能性は低い。
それにこの世界には奪われて困るもんも無いし、勝てそうになかったら逃げれば良いだけだ。クラン内で『ジョブ:忍者』と呼ばれた俺の逃走術を見せてやろう。
「ど、どうかしたか?」
「いや、なんでもない。話の続きをしよう」
ティアの父親が言うには、半刻ほど前に突然こいつらが空から攻めてきたらしい。
最初はそれぞれが個別に分かれて戦闘していたが、一瞬で劣勢になり集合。
全員で陣形を組み防戦するも、歴然とした戦力差から全滅も時間の問題だった。
その中で、ティアが俺に助けを求めるという案を提案し、採用したエルフたちはスクロールの置いてあるこいつらの家までなんとか移動してきたそうだ。
「そうか。大変だったな」
「あ、ああ……」
こいつ自身もかなり疲れているようだ。
……『後片付け』は俺がやるか。
「ちなみに森にはまだまだ魔族がいるぞ」
「なに!?」
レーダーにはちょっと離れた所に赤い点が大量にある。
しかもこいつらを襲っていた数の十倍以上だ。
多分さっきまで戦っていたのは斥候だろうな。
空を飛んできたと言っていたし、偵察隊かなんかか。
随分と人間っぽい行動だ。ユグドラシルのモンスターたちより頭が良さそう。さっきは心配したが、これはプレイヤー関係無しの『オリジナル』パターンか?
「まあ俺が倒してやってもいいが、当然相応の対価を払って貰うぞ?」
今回は全滅の危機だ。
相応しいだけの対価と言えば、かなりの物を支払って貰うことになる。
「ぐ……」
「魔族たちが辿り着くにはまだ時間がある。ちょっと生き残りたちと話し合ってみろ」
「……ああ。……すまない」
眉間にシワを刻んだ父親が集団の方に戻って行く。
俺はその間にティアのケアでもしてやるか。
「ティア、大丈夫か?」
「うう~……ひっ……うぅ~」
ティアは泣きながら力なく頷くだけだ。
これはちょっと駄目そうだな。
「ティア、大丈夫だ。落ち着け」
いつか奴隷たちに作ってやったマントを再現し、ティアの体にかけてやる。
「このマントを憶えてるか?」
「ひっ……ひっく……」
俺の問いに、ティアは涙を溢れさせながらもなんとか頷いてみせる。
「あの時みたいに、俺が助けてやる。もう心配ない」
「……!」
普段なら背中でも撫でてやるところだが、エルフにとって、異性との触れ合いというのがどれぐらい重い物かが分からん。
とりあえず言葉だけで我慢して貰おう。
父親が帰ってくる前に約束してしまうような事を言ったが、結局生き残りのエルフたちはほぼ間違いなく俺を頼る筈だ。
こいつらはこのままだと全滅の未来しかない。
まあこの現地のエルフだと、「人間に頼るぐらいならこのまま全滅する」とか言い出す線もあるが、それぐらいだったら最初からティアの案を撥ねていただろう。
差別意識なんてもんは、緊急時には大した力を持たないのかもしれない。
「ハネット君」
すぐに父親が帰って来た。2~3言ぐらいしか喋ってないぐらいの早さだ。
「早かったな」
「……答えなど決まっている。一応先に、皆に説明しておいただけだ」
「そうか。じゃあ答えは……」
「ああ。―――ラーの一族は、あなたを頼る」
アホな選択をされなくて安心した。
やはりこの世界の住人たちは強かだ。俺的には現代人よりとっつき易い。
「対価とやらは、何年かかってでも必ず払うと約束しよう。だからどうか、生き残りたちを守ってやって欲しい」
「分かった、契約成立だ。……ティア、立てるか?」
「は、はい」
ティアも少しは落ち着いたようだ。
「効果最延長化。『サモン・パワーズ』」
光魔法で10体の天使たちを召喚する。
パワーズは全9種いる天使の中で下から4番目の強さだ。レベルは80。
しかも俺のは光魔法の強化スキルによりステータスが1.6倍されている。
さっきいた魔族たちがレベル30弱だったことを考えても、10体もいれば十分過ぎる戦力だろう。
「おお……!?」
神々しい輝きを放って登場した天使たちに、エルフがざわめく。
「俺は魔族を殲滅しに行く。その間はこいつらが守ってくれるから安心しろ」
「あ、ああ……」
一言父親に声をかけ、『フローティング』で魔族たちの本隊へと向かった。
召喚魔法の継続中は戦闘中と判定されるせいで、転移系が使えないのだ。
「おお。いるわいるわ、虫ケラ共が」
空から見た魔族たちはかなりの数がいた。
下手したら千匹以上いるかもしれない。
森を大規模に焼き払ってるのが楽しそうだ。
俺も参加しよう。
「範囲縮小化Ⅲ。『アシッドレイン』」
雨雲も無いのに空から雨が降ってくる。
俺の使った酸を降らす水魔法だ。
魔族たちも森も地面も、焼けるような音を立てながら何もかも融解していく。
沸騰した茶色い海のようになったスペースに降り立つ。ここからは少し遊ばせてもらうのだ。
久しぶりに雑魚敵イジメ。
ちょうど良いから、存分にストレス発散させて貰おう。
◆
(なんだ。何が起こっているんだ、これは)
連絡役の任に就く魔族の1人、半人半魔をイメージしたモンスターである『ブラックイビル』が、目の前に広がる光景を前に茫然としていた。
血の海。
それはこれまでにも自分たちがいくつも作り出してきた光景だ。
森を襲い、山を襲い、街を襲い……種族に関わらず、全ての生物を虐殺しながら、ここまで来た。
だが今回の血の海は、違う。
地面に転がっているのは……虐殺されているのは、自分たち魔族の方なのだ。
(まさか、『勇者』か……!)
死んでいるのは右翼を形成していた部隊の全員。
つまり右翼三百の魔族が全滅していたのだ。
こんな芸当ができるのは、話に聞く勇者とかいう人間しかありえない。
(将殿に報告しなければ―――!)
ブラックイビルがこの部隊を統率する将の元まで走っていると、遠くで爆発音がした。
振り返ると、既に焼き払われている筈の区画から爆炎が昇っている。
森を焼き払う為に火の魔法は使っているが、それはあんな威力の魔法では無い。
恐らくは勇者の仕業。
敵の情報も持ち帰ろうと考えたブラックイビルが、そちらへ向かう。
―――ウワアアアアア
炭と化した木々をすり抜けるブラックイビルの耳に、どこからか悲鳴が聞こえてくる。
……魔族たちの声。
足を進めるほどに大きくなるそれは、どうやら目的地から聞こえて来ているようだ。
―――はははは
仲間たちの悲鳴の中に、いつしか笑い声が混じるようになっていた。
いや、この声は魔族ではなく、人間の物だ。勇者の物だろうか。
―――くっくっく、あはは。
―――ウワアアアアアッ!!
次第にはっきりと聞こえてくる声に、ブラックイビルは脚が重くなるかのような感覚を覚えた。
ブラックイビルは気付いていないが、その正体は嫌悪感。
声から想像できる現場の状況に、知らず知らずの内に本能が拒否反応を示しているのだ。
そして戦闘音と狂騒がかなり大きく聞こえるようになった時、それは起きた。
(なっ―――)
身の底から湧き出るかのような―――圧倒的、恐怖。
ブラックイビルの足が今度こそ止まった。
これ以上進めば死ぬ。
予感ではなく、確信がある。
―――あるいはこの時、本能に従い引き返していれば。
彼は1分ぐらいだったら、生き延びられたのかもしれない。
……だが、ブラックイビルは、再びその足を動かし始めてしまう。
それはあまりの恐怖故に。
一体何が……何が、そこに居ると言うのか、と。
木々を抜け、その先の開けた地形が見えてきた。
そこで見た、光景は―――。
◆
「あっはっはっは」
「アアアアアアア!!!!」
蜘蛛型モンスター『レッドスパイダー』の足の1本を捥ぐ。
その足をバットにしてもう1本の足も叩き折った。固さが同じなので持っている方も折れる。新しいのが欲しいのでもう1本引き千切った。
マジの蜘蛛なら触るのも無理だが、ビッグサイズであるモンスターたちなら大丈夫だ。なんというか、虫って言うより動物っぽい。
緑の体液が俺に飛び散るが、『汚染無効』スキルのおかげで付着せず無慈悲に弾き返される。
「アギイイイアアアアアッッッ!!!!」
「そら」
「ブギュッ―――」
ダルマになった蜘蛛を、一番近くで腰を抜かしている魔族に投げる。
レベル300~400台のステータスを誇る俺の剛速球に、ボールもピンも木端微塵に弾け飛んだ。
魔族共が悲鳴を上げて逃げ惑う。
範囲型のステータス弱体化付与スキルである『威嚇』を発動させている上に、ここに来るまでにこいつらは何度も俺の魔法を見た。もはや攻撃してくるような度胸は無いらしい。
馬鹿だなぁ、まったく。お前達が逃げれば逃げるほど楽しいのに。
「ほらほら、逃げろ逃げろ。あははは」
「アアアアア!!!!」
それこそ必死で走っているんだろうが、俺からしたら遅すぎる。
一瞬で追いついて、一番最後を走っていた1匹の背中に手を突き刺す。
「ァガッ! ―――ゴブォッ!?」
腰の辺りから突き入れた腕で、中身を掻き混ぜ蹂躙する。
口からガブガブと血を吐き出す獲物にもう片方の手も突っ込み、生きたまま胴体から色々なモノを引っ張り出す。
「ゲブッ……ゲブッ……!!」
「『リジェネレート』」
「!!!? アアアアアアアアッッッ!!!?」
あまりにも苦しそうだったので、光の上位回復魔法、リジェネレートで継続的にHPを回復させ続けてやった。
こうするといつまで経っても中身が減らないので面白いのだ。
と言ってもこの方法だと割とすぐに飽きる。痛みにひたすら絶叫し続けるだけで、反応の方が面白みに欠けるのだ。
どっちかと言うと俺が好きなのは恐怖に怯えている所。
適当な所で頭を潰し、即死させる事で回復を止める。
ゲームの仕様上、死亡したオブジェクトには蘇生魔法以外の回復魔法が効かないのだ。
「そら、次はお前だ」
「ウワアアアアアアア!!」
続いて転移の代わりに『タイムストップ』で停止した時間の中を移動し近付き、一番近い魔族の足を掴み、ブーメランのように放り投げる。
偶然他の魔族と頭同士がぶつかり、脳梁がビチャビチャと撒き散らされた。
さっきの蜘蛛たちと同じように、一遍に2匹しか殺せない。うーん、もっと固い奴が欲しいな。
体を岩石で覆っているモンスター、『ロックリザード』に目をつけ、尻尾を掴んで人形のように振り回す。
試し打ちとして別の魔族を撲殺してみたが、ロックリザードの方は少し裂けたぐらいだ。うん、やっぱりしっくりくるな。
逃げる魔族たちに後ろから追い縋り、1体ずつ殴り殺す。ロックリザード自体も3体目とぶつかったぐらいで既に死んでいる。
9体目を倒した時、ロックリザードの死体がとうとう千切れた。蹴り飛ばしたら逃げていた魔族に当たって破裂。ラッキー。
その後も頭を潰し、手足を捥ぎ取り、背骨を引きずり出し、死骸を弄びながら、とにかく残虐になるよう殺していく。
別に残虐に殺すこと自体が目的じゃない。ただ怖がるこいつらが面白いだけだ。
動物とかも可愛ければ可愛いほど虐めたくなるし、女の子も好きな子ほど泣き顔が見たい。
俺は、そういう人間なのだ。
「見た目的に恐怖を与えられるかな」と思い、切断した頭を両手で10個ぐらい掴んで追いかけ回していると、こちらを見ながら茫然と突っ立っているブラックイビルを見つけた。
逃げられる前に風魔法で両足をぶった切る。
「ギャアアアアアアアアアアッ!!!!」
その足を1本拾って、絶叫する獲物の横に立つ。
「アギィィィ……ッ! ……バ、バケモノ……ッ!!」
「人間の世界には鏡って言う便利な物がある。今度貸してやろう」
開いた口に足を返してやった。前衛的なオブジェみたいだ。
―――ピピピピッ ピピピピッ
そのまま次の獲物へ向かおうとしたが、残念ながら設定していたアラームが鳴ってしまった。
(時間切れか)
あと3分で天使たちの召喚時間が終わる。
天使は1体も倒されていないようなので大丈夫そうだが、一応念を入れてここらで終わりにして帰ろう。
「範囲拡大化Ⅱ。―――『サモン・ダークウィッチハンド』」
フィナーレとして、『ザ・ワールド三大グロ魔法』の1つと呼ばれる闇魔法を発動させる。
嫉妬に狂った、魔女たちの狂宴だ。
◆
「一体何をしているんだ!」
森の最後方。
この魔族軍を指揮している将の魔族が、部下からの報告にそう怒鳴った。
「モ、申シ訳ゴザイマセン。デスガ連絡役タチカラノ報告ガ無ク、前線ノ状況ガ掴メズ……」
「屑共が! 魔王様の名を背負う身でありながら、仕事を怠るとは!」
将の魔族の元には、エルフと見られる殲滅対象と交戦中だと言う報告の後、一切の報告が届いていない。
『創造主』から魔王の為に働くよう厳命されている彼からしたら、職務の怠慢は死罪に等しい最大の重罪である。
「―――いや、待てよ。…………まさか、何者かの介入、か……?」
最後の報告では、殲滅対象は偵察部隊にすら劣る弱者であるということだった。
その為に単に怠慢による報告の遅れだと思ったのだが、そこに強者の介入……例えば勇者などの圧倒的強者の介入があったと考えれば、この状況は意味を変える。
「不味いな。……防衛部隊の一部を前線の偵察に向かわせろ。今すぐだ。我らも一旦下がるぞ」
高い能力を持つ将は、現状を作り出せるもう1つの可能性に思い至った。
それは即ち、敗北した為に連絡が途絶えたという可能性である。
この場合、他部隊からの連絡も途絶えているのが不穏だ。
勇者の戦闘力は将1匹と互角かそれ以上。確実に勝つには他の将の応援が要る。
予想が当たっていたのなら、撤退せざるを得ないだろう。
……将のその判断は正しい。
ただし全ては、エルフの里に手を出した時点で終わっていたのだが。
「ハッ! カシコマリマ―――」
部下が返事をしようとしたその時。
辺り一面に、黒い腕が生えてきた。
「何ッ―――!?」
音速の動きで武器を抜いた将が、構えを取りながら周囲を見渡す。
―――が。
……その動きは、地面から伸びる大量の腕に押さえられた。
それは影で出来ているかのような、真っ黒な色をした女の腕だ。
地面を埋め尽くすほどに大量に伸びる女の腕という、生理的嫌悪感を誘発させる恐怖の光景。
将は自身の体にワサワサと纏わりつく腕たちを振り解こうともがくが、不思議な事に自分の体は掴まれているのに、こちらの攻撃はすり抜けてしまうようだった。
「な、何だこれは!!?」
「アギッ―――」
それでも嫌悪と警戒から振り払おうと努力する将の耳に、先程まで話していた部下の声が届いた。
振り向いたその先には、黒い腕たちに空中に高く掲げられた部下の姿がある。
―――まるで祭壇に掲げられた生贄のようだ。
将がそう思ったその直後。
「アッ、アギャアアアアアッガアアアアアア!!!!」
黒い腕たちが群がり、部下の腕を捥ぎ取った。
部下の絶叫が響き渡る。
だが黒い腕たちはそれを無視して作業を進める。
「オボォッ、ゴエッ……ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
もう片方の腕も千切り、次は足を、そしてもう片方の足をと、部下を解体していった。
「グボッ―――」
そして最後に首を引き抜く。
腕たちは、手に入れた戦利品を見せびらかすかのように、それらを掲げて中身をぶちまけ続ける。
存在するのはボタボタ、ビチャビチャという不快な音のみ。
五体をバラバラにされた部下だった物が、黒い腕たちに弄ばれた。
―――アアアアアアアアア
……ふと気付けば、森中から絶叫の声が聞こえてきている。
黒い腕は文字通り地面を埋め尽くしている。それはもう、地平線まで。
今目の前で惨殺された部下と同じく、森中の魔族たちが同じ目に遭っているのだろう。
ふと、黒い腕たちが将の腕を掴んだ。
(まさか―――)
「ぎぃいいっ―――あがぁあああッ!!!!」
自身の未来予想に背筋が凍った瞬間、想像通りに自分の腕が捥ぎ取られた。
当然将はドラゴンとすら並ぶ肉体能力で抵抗したが、あまりにも容易く力負けしたのだ。
理解不能の現象。理解不能の力。
それらがもたらすのは、まるで「そうあれ」と狙われたかのように、ただひたすらに恐怖と苦痛。
事実『サモン・ダークウィッチハンド』という魔法は、「闇魔法だから怖い魔法にしよう」という運営の遊び心によって生まれた魔法だ。
体に群がる黒い腕たちが、将の体を空に掲げる。
「ああああああああッ!! うわああああああああああッ!!!!」
半狂乱になった将が叫ぶ。
彼はレベル50を超える。
それはこの世界に於いては、上位に位置する強さだ。
だが、この魔法を発動した男にとっては、その他の弱小モンスターと何も変わらない。
ただ平等に、恐怖の死に方を与えるだけ。
それも、恐怖に悶える様を、その目で楽しむ為ですらなく。
それはただただ。
『せっかくだから怖がらせよう』という、軽い悪戯心で。
(あ、悪魔だ! もしもこれが、介入者によって引き起こされた物だと言うのなら―――!)
「どちらが……! どちらが魔―――あぎゃああああああッ!!」
その絶叫を最後に、純粋悪たる彼の命は終わった。
それは、「悪を成せ」と願われ生まれた、悪魔たちですら届かぬ『魔』。
―――『人間』という存在の、よくある類いの悪意によって。