3 取るに足らぬ危機
2016.12.26 内容を修正しました。
私はあの三つ編みの少女から白い男の話を聞いた後、他の村人たちからも話を聞きつつ、同時に当初の予定であった近場に住む魔物の情報収集も行った。
しばらくして夕方になり、畑から帰って来た村長に、3色の糸で編まれた1本の紐を渡す。
「クラリカ様、これは?」
「ただの紐に見えますが、2本で一組の、『双子の紐』と呼ばれる『魔具』です。片方が千切れるか切れるかすると、もう片方も切れるように魔法が施されています」
村長に私の分であるもう1本を見せた。
「明日から数日、私は村を留守にします。白い男の件がありますので、これを村長に預けておきます。何か困ったことが起きたら切って下さい。なるべくすぐに駆けつけますので」
「な、なんと……いえ、ありがたくお預かりします。本当に何から何まで気を遣って頂いて、申し訳ありません!」
「いえ、白い男は賢者である私から見ても謎が多過ぎます。用心しておかなければいけません」
双子の紐の片割れを村長の手首に結ばせ、もう片方を自分の手首に巻いた。
もし紐が切れても、村まで帰って来るのには多少の時間がかかるだろう。
だが、無いよりはマシだ。
割と良い値段するという意味でも、本当は使わないで済むに越したことはない。
私は神の存在には懐疑的だが、今回は祈るとしよう。
翌日。眠りから目覚めて支度をし、村を発った。
行動範囲は1日で村から往復できる程度。
白い男の件があるのであまり離れたくはないが、魔物が出るぐらいには人里から離れる必要がある。
『飛行の魔法』で村から北の山に来た。
昨日村人から得た情報だと、この辺りには『黒狼』という魔物が棲息している。
黒狼は最低位とはいえ闇の魔法を使ってくるので、一般人だと碌に討伐も出来ないほどの魔物だ。
だが、その美しい漆黒の毛皮は高く売れる事で知られている。
「――『探知の魔法』」
波動を扱うことが多い光の魔法を使って周囲を探る。
私は基本的な7種の魔法の適性は高いが、一般的に適性持ちが希少だと言われる光と闇の魔法の適性については、御多分に洩れず高くない。
適性の無い魔法を無理やり使用する代償として、他の魔法の数倍という膨大な魔力を消費し、付近の山を探索する。
私が桁外れの魔力総量を持つが故に可能となる、力技だ。
使い勝手に優れる事で有名な光の魔法だけあって、すぐに目的の黒狼を見つけることができた。
飛行の魔法で目視できる場所まで近付く。
大人の男ほどもある、巨大な狼だ。これが魔法まで使ってくるというのだから、一般人がどれだけ集まろうと勝てないのは道理である。
(まあ、半月前に依頼のついでで討伐した、『飛竜』ほどではありませんが)
その体に穴などを開けて毛皮を痛めないよう、今回は水の魔法で窒息死させることにした。
「『水牢の魔法』!」
杖の前に一瞬だけ青い魔法陣が浮かび、それと同時に黒狼の足元から水が勢いよく昇った。
黒狼を包むように湧き出た水は、対象を溺死させるべく球体を形成する。
何が起きたのかも分からず、水の中でもがき続ける黒狼の側に降り立った。
……それからしばし待ち、黒狼の息が止まった事を確認してナイフで捌く。
毛皮を剥ぎ取る作業は一苦労だ。怪力を誇るドワーフの血が半分流れていなかったら、もっと時間がかかっただろう。
魔法で水を生み出し毛皮やナイフを洗う。手も血だらけになってしまった。
毛皮はかさばるので、得意の土の魔法で岩の箱を作り、それごと地面に埋めておいた。
地面に埋めたのは、せっかくの毛皮が、血の匂いに釣られた他の獣や魔物に荒らされぬようにだ。
場所を覚えておいて、もう1~2匹仕留めたら取りに来よう。
そうして探索の魔法で次の獲物を探している時、それは起きた。
――手首の双子の紐が、切れた。
一瞬思考に空白が生まれたが、判断の遅れは戦いの場では死を招く。
すぐに飛行の魔法を発動させ、村へと飛ぶ。
魔力を大量に消費して最速で空を横切る。
この速度なら恐らく、馬より遥かに早く着いてくれるだろう。
……やはり、白い男は放置してはいけなかった。
前日の気の抜ける行動の数々は、恐らく私を油断させるための演技だったのだろう。
私が村を離れた途端に仕掛けてきた。計画的だ。敵は情報を持っている。
目的は村自体か、それとも村人を人質にして、私に何か要求があるのか。
可能性として即座に浮かぶのは、白い男が南の隣国『アウストラーデ帝国』から送り込まれてきた工作員であり、そしてその狙いは、『土の賢者』の名で有名な、『私自身』だという物だ。
あの国の女帝は私を自国に引き抜きたいらしく、実際にこれまでに何度も接触を受けている。
その度に適当な理由を付けて躱していたのだが……ついに痺れを切らし、強硬手段に訴えて来たのだろうか。
もしもそうなのだとしたら、白い男の人種が違う事も、私の情報を持っている事も、そしてその不思議な格好にも、一応の説明が付く。
――恐らくは、白い男は本当は魔法使いではなく、『戦士』なのだ。
装備に秘められた能力は、その見た目とは関係が無い。
要するに、魔法使いのローブの見た目をした、戦士用の装備であった可能性もあるのだ。
それならば杖を持っていない事も、目撃した村人たちが揃って上等な服に見えたと評した事とも辻褄が合う。
戦士ならば技術を修める事で素手で戦う事も可能だし、ゆったりとしたローブであれば、体のどこかに武器を隠しておく事も容易かろう。
それに大陸最大・最強の国家と評される帝国の、その女帝が与えた装備ならば……その見た目は誰の目から見ても、見事の一言に尽きるだろう。
(……いえ。ですが、この推測にも粗はある。――そもそも、『あの女帝』がそんな愚行を犯すとは、どうしても思えないのだという、粗が)
そう。
この私を敵に回すという、その愚行を。
それが起こる事をあの女帝も危惧していたからこそ、これまでの接触は、夜会に招き利益を提示するなどの、至極穏便な物であったのだ。
それにわざわざ、休戦協定により一時的ではあっても二国間の友好が築かれている、今この時期に仕掛ける必要性も見当たらない。
……そんな無駄な危険を、切れ者で有名なあの女帝が冒すとは、到底思えないのだ。
「…………っ」
結局、ここにある情報だけでは、答えが出ない。
だがもしも本当に私が狙いなのだとしたら、当然敵は、私に勝てるだけの、何らかの勝算を用意しているのだろう。
よりにもよって『この私』が狙いである上、敗北の可能性まである以上……この国の為を思えば、村1つ程度は、見捨てるのが正解だろう。
(それは分かっている。分かっては、いますが……)
……他人である筈の村人たちを、私は見捨てることが、できない。
賢者としては甘過ぎる判断。所詮私も17の小娘という事だ。
今はそんな事よりも、一刻も早く彼らを助けに行ってあげたかった。
失伝したと言われる転移の魔法が使えたら……。今ほど距離という物が煩わしいと思ったことは無い。
それから半刻ほどもかけて、ようやく村が見えてきた。
――その結果、私の予想は、もっと悪い意味で裏切られる事になる。
村を襲ったのは、1人の白い男ではなく。
……数十人もの、『大盗賊団』だった。
◆
――男の人はクワやフォークを手に握り、私たち女はその後ろに投げるための石を集めて待機している。
今私たち……この村の住人が全員で集まっているのは、村の西側。
そこで、これから来るであろう、『敵』の襲来に備えていた。
それは、今から半刻ほど前。
斜向かいに住むクォークさんの怒鳴り声がして、私は慌てて家から出た。
農夫ではなく猟師をしているクォークさんは、体格が良くて一見怖い。
でも獣に近寄る仕事柄、本当は静かな人で、滅多に声を荒げたりしないのだ。
扉を開けて表に出ると、何事かとご近所の女性陣も顔を出していた。
「もうすぐ盗賊が来る! 物凄い数だ! 今すぐ逃げるか、応戦しないと不味い!」
クォークさんの言葉に皆がざわっとした。
盗賊。
この村は私が生まれるずっと前から久しく襲撃されていない。
だが伝え聞く話によれば、盗賊に襲われた村はまさしく滅びると聞く。
武器を持った男は殺されるか、生き残っても奴隷として売られ、女も散々犯された挙句に奴隷に落とされるらしい。
そんな恐怖の存在が、すぐ近くにまで迫っている。
状況を理解した途端、体が震え出した。
私だけでなく、集まったみんなが混乱していた。
「とにかく全員がかりで村長と男たちを畑から呼び戻すんだ! 帰ったら広場に集合してどうするか決めよう!」
クォークさんの冷静な指示で我に返った私たちは、一斉にそれぞれの家族がいる畑に向かって走り出した。
そうして村人全員で広場に集まり、話し合いが始まった。
「クォーク、盗賊はあとどれぐらいで来ると思う?」
「俺は西の山の中から、街道を歩いている奴等を見つけたんだ。半分ぐらいは馬に乗っていたが、もう半分は歩いていた。多分足の遅い方に合わせ、もう半刻はかかるだろう」
「半刻……盗賊は何人ぐらいなんだ?」
「とにかくたくさんだった。多分、50人近くいたと思う」
「ご、50人……聞いた事無いぐらいの大盗賊団じゃないか……。人数は俺たちの方が多いが、1人1人の力量が違い過ぎる。逃げるしかない」
――村を捨てて逃げる。
逃げた後の村は、恐らく全てを奪われるだろう。
冬明けでただでさえ蓄えが無い。
最後に残った備蓄すら奪われれば、今は助かっても結局は生きて行けない。
それに村人だけが消えていたら、当然周囲を探すだろう。
馬で追い縋る盗賊から、走って逃げ切ることができるだろうか。
絶望に満ちた広場の中、村長さんが口を開けた。
「――だが、もうすぐ土の賢者様が帰って来て下さる」
そう言って村長さんは、みんなに切れた紐みたいな物を見せた。
「これは双子の紐と呼ばれる魔具らしい。2本で対になっていて、片方が切れるともう片方も切れる。昨日の白い男の件で、賢者様が残して行って下さったのだ。私が切ったら、駆けつけて下さる事になっている」
村長さんのその説明を聞いた瞬間、絶望しかなかった広場の空気が変わった。
土の賢者様。
僅か13歳という若さで先代賢者様から賢者の称号を譲られ、1人で7種類もの魔法を使いこなし、土の一番凄い魔法まで扱えるという、千年に1人の天才と呼ばれるお方だ。
賢者になってからまだ4年しか経っていないのに、大陸中に瞬く間にその名を知らしめたという。
昨日私も、あの白い人の件でお話させて頂く機会を得た。私と同じ歳なのに凄い人で、でもそれをおくびにも出さずに、丁寧に助言を下さった。
……確かに、『世界最強の魔法使い』だとかいうあのお方なら、戦いに慣れた盗賊50人と言っても、簡単に勝てるんじゃないだろうか?
「賢者様は今日は北の山に向かうと仰られていた。帰ってくるのには半刻と少しほどかかるらしい。盗賊が半刻で来るのなら、賢者様が来て下さるまで少しの間耐える事ができれば……」
「おお……」
暗闇に放り出された私たちに、希望が灯った。
「俺たちが倒す事を考えるんじゃなく、賢者様が来るまでの時間だけ稼げば良いんだ。。西から来るのが分かってるなら、待ち構えて時間を稼ごう」
――こうして私たちは、全員で西の守りを固める事になったのだ。
……それから半々刻ぐらいして。
ついに西の街道から、馬に乗った盗賊たちが現れた。
数は20人もいない。
どうやら徒歩の盗賊を置いて、先に騎馬でしかけてくる算段らしい。
私を含めて、全員の体が震えていた。
でもやるしかない。やるしか、ないのだ。
盗賊たちはこちらを見ると、防備を固めているのが意外だったのか、その足を遅くさせた。
しかし、それもほんの少しの間だった。
こちらの装備や陣形の貧弱さを確認して、ニヤリと笑うと全員で一気に突っ込んで来た。
――馬で踏み潰すつもりだ!
私たちは打って変わって慌てて左右に分かれた。
その間を騎馬の盗賊たちが、蹄の音をけたたましく鳴らしながらすり抜けていく。
盗賊たちは村の中に入り込み、反転して馬から飛び降り剣を抜いた。
「ウォオオオオ!」
雄叫びを上げ剣を振り上げた格好で、陣形の乱れた私たちに走ってくる。
怖い。
生まれて初めて立たされた野蛮な戦場で、心臓が縮みあがった。
足が竦む私たち女を庇うように、村の男衆がいち早く立ち上がる。
「お、おおおおおッ!!」
盗賊たちに負けじと声を上げながらフォークを突き出し、クワを振り下ろす。
人数ならばこちらが圧倒的に多い。
……いや、圧倒的に多いのに、数人がかりでも1人の盗賊を攻めきることができない。
盗賊の強さは、私たちの想像以上だった。
たった20人で、200人の私達と互角に渡り合っているのだ。
「――――っ」
私はそれを見て正気に戻り、みんなで足元に集めておいた石の1つを投げた。
予想外の場所からの反撃に、投げられた盗賊は思わず後ずさる。
そのお腹に、どこからか飛んできた矢が突き刺さった。
この村で弓矢を使うのはクォークさんだけだ。
お腹から矢を生やしたその盗賊は、折れるようにして膝を突く。
「う……っうああああああッ!!!!」
そこに、それまでその盗賊の相手をしていた大人たちが、よってたかって農具を振り下ろし留めを刺した。
人が死んだ。
いや、私たちが、この手で殺したのだ。
先ほどまでの興奮の血の気が一気に引いたが、先に仕掛けてきたのは向こうだ。
自分たちがああなりたくなければ、やるしかないのだ。
涙が出たが、知っている顔に剣が振られる度、歯を食いしばり石を投げた。
子供たちも泣きながら戦った。
こうして1人、また1人と徐々に人数差が広がっていき、私たちはやっと盗賊を押し返し始めた。
盗賊たちは姿の見えないクォークさんの矢に気を取られて、攻めあぐねているらしい。
最初の心配に反して、私たちは善戦していた。
男の人たちは何人か大怪我をした人もいたが、命まで落とした人はいないようだった。
これは行ける!
そう安堵し始めた私たちを嘲笑うかのように、その叫び声が聞こえてきた。
「――まずい!! 歩きの分が来やがった!!」
振り返ると、街道から倍ぐらいの盗賊たちが走ってくるのが見えた。
まだ最初の騎馬の盗賊も倒しきれていない。
20人でも互角だったのだ。それが倍以上に増えた今、これ以上時間を稼ぐことなど、出来る訳がない。
戦いが始まってからどれぐらい時間が経ったのか覚えていないが……賢者様は姿を現さず、代わりに現れた盗賊たちから、私達は逃げ惑う事になった。
とにかく、自分達が『終わり』だという事だけが、よく分かった。
「北だ! 北に逃げるんだ! 散らばれ!」
村長さんの掛け声で、女子供から先に逃げ出した。
男の人たちは何人かが盗賊たちを抑えるために居残った。
……きっともう、二度と会うことは出来ないだろう。
みんなバラバラに散らばりながら、賢者様が来るであろう北に向かって、とにかく走る。
だが、私は逃げ遅れてしまった。
日々こんなことを繰り返している盗賊と私たちとでは、足の速さが違ったのだ。
逃げ始めて早々に髪を掴まれ、後ろに引っ張られてしまう。
「オラッ!!」
「あうっ……!?」
そのまま乱暴に張り倒された。
痛む頭を押さえ、揺れる瞳で見上げると……盗賊の男が私を見下ろし、ニタニタと笑っていた。
気付けば周りのみんなも、何人か捕まっている。
「へへ、野郎とババアはいらねえんだ、よっと!」
「ぎゃあああああ――!!」
「ひいいいいっ……!」
「やだ!! やだあああああっ!! お母さん!! お母さん!!」
「黙らねえか、ガキャぁ!」
「うっ――!?」
男の人たちや年寄りは問答無用で斬られていくのに、私たち若い女は殴られたぐらいだった。
女には『使い道』がある。そういうことなのだろう。
「糞野郎共がぁぁぁ……ッ!! その子たちから、手を離せぇッ!!」
私たちを助けようと、マクガニーさんの旦那さんがフォークを構えた。
それに対し、盗賊の1人が、素早い動きで子供の1人に剣を向ける。
「ハッ、黙りな。この剣が見えるだろ?」
私の目の前の盗賊も、その手に持っていた剣を、私の顔へと突き付けてきた。
『誰か』の血でベッタリと濡れたその切っ先に、体の中の血の気という血の気が、再び一気に引いたようだった。
「ぐぅぅぅっ……あ、悪魔共めぇ……!! こんな事が、こんな事が、あっていい筈が無い……! 起きていい、筈が無い……! 普通に暮らしてた、だけだったんだ……! なのに、それが、どうして……ッ!!」
「……おい、聞こえてねえのか? さっさとその汚いフォークを捨てな。奴隷にすれば金になるんだ。抵抗しなけりゃ、命までは取らねーよ」
男の言葉に、苦虫を噛み潰したような顔で旦那さんがフォークを捨てた。
その瞬間、私の目の前の盗賊が一層いやらしく笑ったのを見て、嫌な予感が走る。
「だめっ!!」
私が叫ぶのと同時に、盗賊の1人が投げたナイフが、旦那さんの頭に突き刺さった。
「――女は、な」
今の今まで、あんなにも怒っていたのに。あんなにも、生きていたのに。
――ただ普通に、生きてきたのに。
まるで糸が切れたように倒れた旦那さんを見ながら、盗賊たちがヘラヘラと嘲笑していた。
もう嫌だ……。
(やだ、やだよぉ……やだぁぁぁ……っ)
ボロボロと溢れ出す涙を止めることが出来ない。
周りの子たちも、みんな泣いているようだった。
目の前の盗賊が、剣を持ったままこっちを見る。
「あっ……い、嫌っ……! 助けて! 誰かぁ! 誰か助けて――っ!!」
盗賊が伸ばしてきた手から、逃れたい一心で。
誰もどうすることも出来ないと知りながら……私は、必死に助けを求めた――。
……罪無き村人たちが、理不尽に殺されていく。
だがそれは、この世界では当たり前のことである。
未だ弱肉強食のこの世界では、この程度の蹂躙は、常にどこかで起きている。
今この瞬間だって、盗賊に襲われているのはこの村だけでは無いのだ。
世界にとって、この襲撃さえも。
数の内にすら入らぬ、ごく有り触れた、『取るに足らない危機』でしかなかった。
◆
空から見たことで、村が今いかに絶望的な状況か分かった。
既に西側と、私のいる北側で戦いになってしまっている。
恐らくは西側で盗賊たちを迎え撃とうとして失敗し、私の来るであろう北側に逃げたが、村の外を迂回される形で、先回りされてしまったのだ。
村人の人数は、逃げて続々と集まってくる分、北側の方が西側より多い。
私は迷わずに『北側』に向かった。
数の少ない西側は、北が片付いてからだ。
村を外側から攻撃する盗賊たちを、更に外側から攻撃する。
「『暴風の魔法』ッ!!」
風の鎚に叩きつけられて、盗賊たちの陣形が2つに割れる。
直撃して吹っ飛んだ敵はまだ空中を舞っている。
無理やり抉じ開けた隊列の隙間を最高速で突っ切り、村人たちの元まで飛んだ。
「『土壁の魔法』!」
何より真っ先に、交戦中の村人と盗賊の間に土の壁を作る。
地面から一瞬でせり出した土の壁が、盗賊たちを村人たちから遠ざけるように弾き飛ばす。
「なんだっ……!?」
「『落雷の魔法』ッ!!」
「ッ―――」
すかさず私の放った魔法により、空から何本もの雷が落ちて来て盗賊たちを襲った。
紫電に打たれてその全員が絶命する。
村人たちは範囲に入らないよう調整したので無事だ。
「け、賢者様だっ!! 賢者様が来て下さったぞおおお!!」
村人たちは私の登場に涙を流して喜んでいる。
もっと早く助けに来てあげられたなら、こんなに怖い思いをさせなくて済んだかもしれない。
「私がもう一度あの包囲網を突き破ります! 私より前に出ないようにして、ついて来て下さい!」
村人たちを背後に庇いながら、来た道を戻る。
道の先で既に陣形を組み直した盗賊たちを睨んでいると……突然、村の西側から、背筋が凍るような『巨大な魔力』の気配を感じた。
「!?」
そちらを振り返った時、偶然にも、隣の家の屋根から盗賊の1人が斬りかかってくるのが見えた。
咄嗟に魔力を数倍使用し、無詠唱化した風の魔法で受け流す。
「チィ! 外した!?」
「くっ……! 『岩槍の魔法』!」
地面から突き出した岩石の槍が、敵の腹を突き破り、そのまま空中に縫い止めた。
「むぅ……!! このガキ、強いぞ!!」
「見た目で油断するな! かなり上位の魔法使いだ!」
盗賊たちもこれまでの魔法を見て警戒を強めたらしい。
対魔法使いの定石として、今度は数人で一気に突っ込んで来た。
だが今度は距離があるので、落ち着いて対応できる。
「『炎壁の魔法』」
突撃してくる盗賊たちの目の前に炎の壁を出現させる。
頭から突っ込み、全身を一瞬で炭に変化させた盗賊たちが地面に転がり、ボロリと崩れた。
「今度は炎だと!? いくつ適性を持ってやがる……! それに今の火力……明らかに、威力がおかしい……っ!!」
「や、矢だ! 矢を射かけろ!」
「『風防の魔法』」
今度は10人ほどで矢を射ってきたが、風の魔法で全て叩き落としてみせた。
「す、凄い……!!」
村人たちから私の魔法に感嘆する声が聞こえるが、当の私は内心焦り始めていた。
――魔力を使い過ぎた。
特に村に帰ってくるまでの無茶な飛行の魔法の使用。
ただでさえその前は、消費の激しい光の魔法を使っていたのだ。
後手に回って予想外の事態でも起これば、本当に魔力を使い果たしてしまうかもしれない。
ここは攻めた方が確実。
私は村人たちを置き去りにし、盗賊たちに一気に接近した。
一撃で決める為、杖に普段より多めの魔力を注ぎ込む。
「――『火球の魔法』ッ!!」
「ッ!?」
赤い魔法陣の発生した空中から、巨大な火球が出現する。
火球は空気を焦がしながら盗賊たちに飛んで行き、着弾して大爆発を巻き起こした。
あまりの熱量に、距離があるのに肌がヒリヒリと焼かれる。
煙が風に流れると、全てを燃やし尽くしてなお足りないと言わんばかりに、残り火たちが地面を舐めていた。
……しかし盗賊たちの人数は、半分ほどしか削れていない。
最初の、包囲網を外側から食い破った風の魔法。あの後組み直していた陣形は、このための陣形だったのか。
前後に距離を開けて二列に分かれることで、前列の仲間自体を盾にする並び。
盗賊たちだって死にたくはない筈。
恐らくは、前列にいた者たちには陣形の意味が教えられていなかったのだろう。
生き残った後列の真ん中で馬に乗っている男が、ニヤリと笑っている。
あの男が頭か。
もう一撃魔法を叩き込もうとした瞬間、目の前の盗賊の死体が突然動き出した。
「なん――ッ!?」
死体は手に持っていた剣を、速さのみ優先して、適当に突き出した。
その切っ先が、左の脇腹に突き刺さる。
「あぅ……!」
死体に刺された。アンデッド。
いや、違う。死体はこんな早さでアンデッド化したりはしない。
ずっと死んだフリをしていたのだ。
いつからだ。全然分からない。
まさか最初の魔法の時からか。
攻撃に転じようと近付いたせいで、剣の射程に入ってしまった。
「ひ、治癒の―――くぅッ!」
傷を癒す光の魔法を唱えようとした瞬間、もう1度斬りつけられる。
痛みで今度こそ座り込んでしまった。
最初の一撃を受けて咄嗟に陣形を組み替え、不意打ちで魔力を消費させ、焦って突っ込んできた所を死んだフリをした仲間が迎撃する。
この盗賊たちは、あらかじめ魔法使いとの戦いを想定し、対策を考案していたのだ。
(『空刃の魔法』!)
最後の意地で、無詠唱化した風の魔法を目の前の盗賊に撃ち込んだ。
これで魔力は空……とまでは言わないが、消費の大きい光の魔法は流石に使えなくなった。
真っ二つに裂けた盗賊が、今度こそ死体になる。
「くっ、こいつ一体どれだけの魔力を……化け物か」
詠唱無しで魔法を発動した私に、盗賊たちの本隊は再び警戒を始めた。
だがそれもほんの少しだけで、いつまでも治癒の魔法を発動しない私を見て、魔力切れを悟ったようだ。
しかしそれでも油断無く数人がかりで走り寄ってくる所を見るに、蛮族のくせに頭の男は随分と慎重なようだ。
……いや、私の方こそ、もっと慎重に行動するべきだった。
仮にも賢者と呼ばれる者が、自分の力に慢心していた。
自分なら、村に何か起きてもどうにかできると思っていた。
自分の魔力量なら、村まで無茶をして飛んでもまだ余裕があると思っていた。
自分の魔法なら、一撃で全ての敵を薙ぎ払えると思っていた。
その結果、自分の愚かさを痛感した。
私は常日頃から、自分なんて所詮は経験の浅い小娘でしかない、と口では言っていた。
だが人生の最後に、それを本当に、心の底から理解した。
死の足音たちが近付いてくる。
暖かい命が傷口から零れていく。
あまりその瞬間を覚えてはいないが。
……私は生まれて初めて、泣いていた気がする。
◆
――目の前の盗賊が、剣を持ったままこっちを見た。
「あっ……い、嫌っ……! 助けて! 誰かぁ! 誰か助けて――っ!!」
盗賊が伸ばしてきた手から、逃れたい一心で。
誰もどうすることも出来ないと知りながら……私は、必死に助けを求めた――。
――次の瞬間。
目の前の盗賊が、世界から消失していた。
「ぁ……え……?」
何が起きて、自分がどうして無事なのかを確かめたくて、周りを窺った。
周りのみんなも盗賊たちも、全員揃って空を見上げていた。
上?
その瞬間、物凄い音を立てて、盗賊が空から降ってきた。
今の今まで目の前にいた、あの盗賊だ。
地面に叩きつけられ、体中を破裂させてピクピクと痙攣している。
私は当然意味が分からなかったが……一部始終を見ていたであろう周囲すらも、ポカンとしていた。
全員その場に居合わせているのに、誰一人として何が起きたか理解できない。
そんな静まり返った空間に。
私を救ってくれた――
――その白い人は、現れた。
◆
昨日見たような見てないような女の子が、最初にそれを口にした。
「助けて」と。
俺はその言葉を待っていた。
ここまでの多くの村人たちを、見殺しにしながら。
普通、目の前に困っている人がいたら助けるだろうか。
俺は、助けない。
少なくとも、相手の方から明確に助けを求められない限りは。
言われる前に助けてしまうと、後で何か問題になった際に、「誰も助けてなんて言ってない」なんてふざけた理屈を捏ね出す場合がある。
――ちゃんと自分から助けを求めた。
それはつまり、責任は助けを求めた自分にこそあると公言したということ。
(――この世は、地獄だ)
誰かが助けてくれるなんて思わせてはいけない。
世界は自分に都合が良いと思わせてはいけない。
本来、自分が行動しなければ、状況を変えることは出来ない。
だが1度でもタダで助けられれば、人間はいとも容易く堕落する。
お礼も言わない奴を、次から助けてやる義理は無いだろう。
そして俺が思うに、助けてと言えない奴には、助けてやる価値が無い。
言わずとも誰かが分かってくれるなんて世の中を舐めてる奴は、どうせ世の中に殺されるだろう。
だからこそ。
この子には、俺の価値観により、俺に助けてもらう資格が出来たと定義付けられた。
例えそれが恐怖から出た、ただ言葉だけの、または感情だけの物だったとしても。
彼女はそれを口に出来た。
……要するに、ただ運が良かったのだ。
だが、俺は思う。
生物の世界では、それこそが全てであり、真理だ。
偶然でも、その行動が俺を動く気にさせた。
その結果が全てであり、彼女が掴み取った物。
助けて欲しいから、ちゃんと助けてと言って。
助けてと言われたから、助けてやろうと思っただけ。
ただそれだけだ。
――それが、俺の『スイッチ』。
……ま、やることもただの雑魚掃除だしな。
大した手間じゃない。
俺からすれば、この程度。
危機なんて呼べない――『取るに足らない物』でしかない。