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26 新メンバールル

2016.7.12

ルルを連れてエルフの里から帰って来た俺は、まず最初に彼女の家を建てることにした。

一応建築の前に希望を聞いたが、特にこだわりは無いという事だったので、ニーナと同じ物にした。

数日暮らした家なので、勝手も分かっているだろう。


「あ、その寝台は……」


「ん?」


俺が寝室にベッドを作ってやると、ルルがモジモジしながら何かを言いたそうにした。


「その……もうちょっと大きいのが良いかな」


ルルは身長140cmちょいしかない。小学生とかに近い小ささだ。

この大人用のサイズを出してやった時点で大き過ぎるかと思ったぐらいなのだが……。


「もっと大きく?」


「う、うん。その……ふ、2人ぐらいで、ならっ、並んで、寝られるぐらいの……」


顔が真っ赤だった。

言っている内容的にも際どい。

まあルルは見た目はともかく、年齢は21歳だ。女性もそういうことを考えるんだなぁ……。

何か喋ると藪蛇になりそうなので、無言で2人用のサイズを出してやった。

とりあえず家具はこんなもんか。


「よし、ルル。今日からお前は正式にこの集落の住人だ。よろしくな」


「うん、よろしく」


「そうだな……。ああ、まずはみんなにも説明しとくか」


この集落の新しい仲間だ。

ルルはあんまり他の住民たちと交流してなさそうだし、挨拶の1つでもさせておこう。

今の時間ならほとんどが畑で仕事をしている。先に学校の方に行くか。


ルルを連れて学校に赴く。

移住してきた中で普段から家の方を任されていた者なんかは、午前はここで勉強している。

教師役たちも畑仕事中なので、この午前の部を担当しているのはニーナだ。

彼女にはルルの家を用意している間、先に仕事を始めて貰っていた。


「みんな、ちょっと手を止めてくれ」


授業を受けていたのは6人ほど。中には例のハンカチ娘なんかもいる。


「今日からこの集落に正式に移住することになった、ルルだ」


「よろしく」


俺の紹介に、ルルが頭を軽く下げる。

生徒たちも各々頭を下げた。

ルルはちょっと特殊だからな。一応あらかじめフォローを入れておくか。


「聞いてないかもしれないが、ルルはハーフエルフだ。ニーナと同じく、好くしてやってくれ」


「あはは」


俺の気遣いがバレたのか、ルルは照れたように髪を弄った。

その動きはこれまでにも数回見たな。癖なのかもしれない。


「は、ハーフエルフ……」


生徒たちがハーフエルフという単語に驚く。やっぱりハーフエルフは珍しいらしい。

まあここにいるメンバーはティアたちとも会った事が無いからな。そもそもエルフ自体が珍しいか。


「あっ。そういえばルル。ちょうど良いからお前も授業を受けて行け」


「え?」


昼になるまでまだ3時間はある。

畑のメンバーには仕事が終わってから紹介すれば良いだろう。


「ジュギョウって何?」


しまった、翻訳されない言葉で喋ってしまった。

流石に自動翻訳でも、概念の存在しない言葉までは翻訳出来ない。

そもそも学校という存在自体がこの現地には無いしな。


「読み書きや計算の仕方を教わることだ。それを『授業を受ける』と言う」


「わあ、凄いね」


この現地では、勉強させて貰えることは贅沢の内のようだ。

だがこの集落ではタダで誰でも受けられる。大抵の移住者はこれを聞いて驚く。


「そういえば、エルフってその辺どうなんだ? 文字とか金の価値とか分かるのか?」


ティアの時から気になっていたことだ。

あの時はまだ学校が無かったので後回しにしていたら、結局聞き忘れてしまっていた。


「エルフは読み書きも計算も出来ないよ。ボクもこっちに来てからお金って物を知ったしね」


やっぱそういう感じなのか。

にしてもルルは苦労してそうだな。売買というシステムすら知らない状態でこっちに来たのか。


「ボクもこの1年でお金の価値は分かるようになったけど、自分では計算出来ないんだ」


「そうか。ここで習えば、大体1ヶ月ぐらいで読み書きも計算も出来るようになる。俺は受けといた方が良いと思うぞ」


特に金の計算は重要だ。

何しろここで暮らすには、買い物が自分で出来なきゃならんからな。


「うん、やってみるよ」


「それじゃあニーナ、頼んだ。読み書きはそこそこにして、早めに計算を教える感じでな」


「かしこまりました。お任せ下さい」


そういえば、ルルの仕事はどうしよう。

というかいい加減、畑仕事以外の仕事も考えなきゃな。

肉体労働ばかりでは、女子供には辛い部分がある。


(ちょっと本格的に考えてみるか)


思い立った今やろう。

俺の性格上、後回しにするとどうせズルズル引き延ばすことになる。


まずはこの集落を維持するのに必要なことで、仕事に出来そうな物を考えてみよう。

パッと思いつくのが畑仕事、商品作成、畜産、林業などだ。

畑、畜産、林業などの農業系で素材を作り、その素材を使って店で売る商品を作る。

詳細は次に詰めるとして、その4つの仕事以外にも何か無いだろうか。

要するに店関係以外の仕事だ。


あ、生活系はどうだろう。

例えば清掃、ゴミの回収。

そういえば花壇の維持も、最初は住民たちに任せるつもりだったんだった。今まで忘れてたけど……。

本気で考えればいくらでもありそうだな。

今日ログアウトしたら、世の中にどんな仕事があるのか色々と調べてみよう。

「旧時代 仕事」で検索したら、良いのが出てくるかもしれない。


とりあえずボッツの店に来た。

商品作成にはどんな仕事があるだろうか。並べられた商品を改めて見て行く。

惣菜系はもちろんのこと、道具の方にも木や石を削るだけで再現できそうな物が割とあるな。

金属系は……また王国にでも行って、技術者を連れて来るか。

ボッツが隣りを通り過ぎようとしたので捕まえる。


「ボッツ、目安箱を開けてみよう」


「おお、ついにですかい!」


何か俺では思い付きもしないような発想が見つかるかもしれない。

目安箱はレジ横に置いてある。今はレジは娘さんが任されているようだ。

その娘さんを巻き込んだ3人で、目安箱を開けてみる。中から現地文字の書かれた紙が何枚か出て来た。

アイテムボックスから虫眼鏡を取り出し、紙にかざす。


「それはなんですかい?」


「ああ、読めない文字が読めるようになる解読の魔具だ」


「うおおお、また凄い物を……」


「おかげで文字を覚える気にならんがな」


「はは、そりゃそうですね」


虫眼鏡を通した文字は、全てが日本語の文章に解読される。

最初の1枚には「剣と鎧」と書かれていた。


「剣と鎧?」


「ああ……」


ボッツと娘さんが真剣な雰囲気になる。


「それは多分、うちからの移住者の誰かが書いた物でしょうね」


「……ああ、そういうことか」


北の村の者が、戦う為の装備を求める。

恐らく原因はあの時の盗賊の襲撃。

あれでやっと危機意識を持ったということだろう。

この集落で売ってくれれば、重い装備の輸送にかかる苦労も軽減する。

なるほどな。鍛冶の技術者を集める時には、装備が作れるかどうかも条件に入れておこう。


「えーっと次は……薬」


「ああ~、それは……」


なぜかボッツが苦々しい顔になった。


「どうした?」


「え? い、いやその……。多分アレですね。ハネット様が凄い魔法使いだってのを、知らない奴なんでしょうね」


娘さんもコクコク頷く。

なんか2人に気を遣われている気がする。

もしかして、そういうことなのだろうか。


「いや、至極当然の要求だ。これは思い付きもしなかった俺の方がおかしい」


「え……あ、そうですかい」


この2人を含む北の村からの移住者たちは、俺が蘇生魔法すらも使える領域にあることを知っている。

だからこの2人には、俺になぜ薬を置くという発想が無かったのかが理解できる。

ぶっちゃけ病気も怪我も、治せない物は俺には無いからな。

でも俺が求めているのは、住民たちの自立だ。

一々俺が治すのではなく、自分達で勝手に治してくれた方が良い。主に俺の楽さの辺りが。


「ポーションでも売るか」


「ポーションですかい。ちょっと高級品過ぎやしないですか? 傷薬ぐらいで良いと思いやすが」


ポーションは高級品なのか。

そういえばポーション売ってる所って見たこと無いな。これも今度王都に行った時の予定に追加だ。


「傷薬か。じゃあそれも追加で。ついでに解熱剤とかも置いとこう」


最初の「剣と鎧」と書いてあった紙の裏にメモしていく。

……というか、『薬』か。

薬と言えば医者。この集落にも医者は要るよな。

あ、それこそルルには医者をやって貰ったら良いかもしれん。


「よし、ボッツ。並べる為のスペースを空けるぞ。手伝え」


「はい、お供しやす」


とりあえず今出た要望の品は早速追加しておこう。

目立つように、入口に一番近い所に場所を作る。

剣と鎧は糞ほど場所を取るな。この2つは装備屋かなんかを別に作るか。


「これからも月一ぐらいで追加して行こう。それじゃあ客たちへの説明は任せるぞ」


「はい、お任せ下せえ!」


よし、商品作成の方の仕事は大体思い付いた。

キリ良く今育ててる作物が収穫出来たら、それぞれにどの仕事に就きたいか聞いてみよう。

つーかルルに医者をやらせるなら、理科の授業もしておいた方が良いか?

この世界の医者が科学に詳しいかは知らんが、少なくとも人体の仕組みや病気の原因ぐらいは教えておいた方が良いかもしれん。


「あ、そうだ。ちょっとボッツ」


ルルと言えば、重要な案件を1つ伝え忘れていた。


「はい?」


「あの髪の白い女の子は、今日から正式にこの集落に移住することになった。名前はルルだ。好くしてやってくれ」


「おお、分かりやした」


「あれはハーフエルフでな。あんな見た目だが、一応20歳を超えている」


「ハーフエルフ!? それは凄え。初めて見ました」


「ああ、珍しいらしいな。……でだ。ここからが一番重要な所なんだが……」


ボッツの肩を掴み、声を潜める。

俺の様子に、かなり重要な話であると察したボッツが表情を引き締めた。



「―――ルルには、絶対に酒を売るな……!」



「……は?」






「あ、そうだルル。お前にはこれを渡しておこう」


「?」


その日の夕方。

修行前にルルを呼び止め、アイテム作成でベルトを作る。

前にニーナにもやったポーションホルダーだ。

なんか弟子の証みたいになってきたな。


「これポーション? 青い方は何?」


ルルが受け取ったベルトに刺さる4本の瓶を見て首をかしげる。


「青い方は魔力回復のポーションだ」


「えっ……」


俺の説明に、ルルは俺の顔を見た後、ニーナの方を振り返った。


「魔力回復のポーションって、たしか凄い物なんじゃないの?」


「ええ。多分持っているのは大陸で私達だけです」


ニーナの肯定に、ルルは「へえ~」と漏らした後、ベルトを巻いた。

ニーナの時はかなり驚かれたもんだが、この辺のリアクションの差はルルがハーフエルフだから……つまり、常識を持ってないからか。

あっ、というか……。


「ルルも魔力回復の魔法は使えないのか?」


たしか現地にMPポーションが無いのは、MPをパーティーメンバーに分け与える魔法、『マナ・エッセンス』が失伝しているからだと言う話だった。

そしてそのマナ・エッセンスが失伝した理由は、光魔法使いの数が少ないせいだとも。

習得が難しいとかじゃないなら、使える奴が1人や2人いたって不思議は無い筈だ。


「あ、ううん。ボクは使えるよ」


お、ビンゴか。

現地的には相当強力な光魔法使いという話だったから、もしやとは思っていた。


「えっ!?」


ルルの気軽な返答に、ニーナの方から驚愕の声が上がった。


「つ、使えるのですか?」


「え? 魔力譲渡の魔法(マナ・エッセンス)でしょ? 使えるよ」


「…………」


ニーナは唖然としている。

なんでそんなに驚いているんだろう。

世の中というのは広いのだ。この程度のことはいくらでも有り得る。


「はぁ……。ルルさんは、凄いんですね」


若干気落ちしたような声音でポツリと零した。

いやいや、お前こそ千年に1人の天才とか言われてるだろうが。

前に王宮で戦士長から聞いた話だと、ニーナは現実で言えば『小3で大学卒業資格持ってる上にオリンピック金メダリスト』ぐらいの存在として扱われているみたいなんだが。

そりゃ千年に1人な訳だ。つーか5千年に1人でも頷ける。本当に人間か?


「えっ……ニーナが言うの?」


やはり今のはツッコミ所だったらしい。

ルルに指摘されたニーナが僅かに頬を染める。かわゆす。


「あ、そろそろ修行を始めるか。日が暮れちまう」


「あ、はい」

「うん」


個人的にはもうちょっと美少女2人の雑談を眺めていたかったが、空がさっきより赤くなって来ていたので諦める。

ルルがパーティー入りしてからの初修行だ。今日からは本格的にニーナとの連携を仕込もう。

……それにしても、凄い魔法使い、ね。

ニーナは最強クラスらしいし、それに次ぐルルも相当な腕の筈だ。

下手したらここにいる3人は大陸の魔法使い1位~3位の可能性もあるかもしれん。

だが先ほども言った通り、世界というのは広いのだ。レベル100ぐらいのキャラが隠れていてもおかしくない。

まあそれでも俺が最強であることに変わりは無いがな。がはは。




「なあニーナ。お前以外に有名な魔法使いって言ったら、どんなのがいる?」


修行からの帰り道でニーナに早速聞いてみる。


「そうですね……。この王国だと、勇者の戦いに同行している『ルーチェ・ハーゲン』ぐらいですか。帝国の方にはもうちょっといますが」


勇者パーティーの1人か。なら強い筈だが……。


「その勇者の仲間は強さ的にはどんなもんだ?」


「ルルさんと同じか下ぐらいでしょうね。恐らく戦ったらルルさんが勝ちます」


あれ、そんなもんか。

てっきりニーナクラスの強者なのかと思ったんだが。


「ふーん。帝国の方にいるってのは?」


「帝国には『四魔将』と呼ばれる4人の魔法使いと、『暁の賢者』と呼ばれる光と闇の魔法使いがいます」


「あ、四魔将の方はボクも聞いたことある」


『四魔将』と『暁の賢者』。

めっちゃ厨二心刺激されるネーミングやんけ。


「どっちも面白そうな名前だが?」


「四魔将は1人1人の力量で言えばルーチェ・ハーゲンより下です。ですが4人揃って行動した場合はかなり強力な存在ですね。私でも勝てるか怪しいです」


なんだ、四天王みたいな感じかと思ったら連携タイプか。

話聞いた感じだと20~25レベぐらいかな。


「へえ。暁の賢者ってのは?」


「彼女はなんと言えば良いのか……。扱うのが光と闇という特殊な物ですので、はっきり言って未知数なのです。出不精なのか、戦闘に参加した記録もありませんし」


「その人凄いね。光と闇に両方適性があるんだ」


暁の賢者とか言う奴の情報にルルが驚く。

たしか光と闇は適性持ちが少ないんだったか。

ちなみに俺はそっちより「そいつも女かよ」という方に驚いた。もしかして賢者って女しかなれないのか?


「はい。……光と闇の両適性持ち。確率的には、私より低いぐらいかもしれません」


「へえ~」


ルルが目を丸くする。

にしても光と闇か。

光魔法の特徴は高命中率、低威力。サポート系は味方の強化。

闇魔法の特徴は低命中率、高威力。サポート系は敵の弱体化だ。

これが両方使えるなら、かなりバランスの良い魔法使いの筈。

問題はレベルなんだが……情報が無いんじゃ推測しようが無いな。

もしかして、こいつが隠しボスだったりしてな。レベル500とか行ってたりして。


というかその暁の賢者とか言うのを除けば、40レベ台はニーナだけか。

しかも2位のルルとすらも10レベ以上も差がある。つまりニーナはぶっちぎりで最強の魔法使いだと言うことだ。しかも美少女。

そりゃどこ行っても持て囃される訳だ。さっきの『小3で大学卒業資格持ってるオリンピック金メダリスト』というのに『スーパー美少女JK』も加えよう。この属性により一気に10万年に1人の逸材の出来上がりだ。


ちなみにニーナが言うには、この6人には全員会ったことがあるそうだ。

流石はニーナ。顔が広い。

つーか俺とも知り合いだし、もしかして現地の強者とは大抵顔見知りなんじゃないか?









「ハネット様。少しよろしいでしょうか」


翌日。

ボッツ親子と雑談していると、珍しく住民の1人が話しかけてきた。

20代前半……要するに俺と同じぐらいの歳の男。確か元奴隷組の1人だ。


「おう、どうした?」


「あそこに置かれている剣と鎧ですが、俺の体格に合わせて貰うことは可能でしょうか?」


男が指差しているのは、昨日ラインナップに追加した戦闘装備一式だ。

かさばるので1人分しか置いてない。多分今置いてある分だとサイズが合わないんだろう。


「ん? ……もしかして、あの希望はお前が出したのか?」


「はい」


北の村からの移住者が出したという説は間違いだったらしい。

言った張本人であるボッツの方を見たら顔を逸らした。別にいいけど。


「大丈夫だ。大きさぐらい、いくらでも変えられるぞ」


「そうですか。では給金が貯まったら、購入させて頂こうと思います」


そう言って男は去って行った。


(給料か)


ゲーム内時間ウィンドウからカレンダーを見てみる。

住民たちが正式に仕事を始めてから13日。

30日に1回給料を出す予定なので、17日後には給料が入ることになる。

この前のお小遣いが銅貨30枚だったのに対し、今回からの給料は倍にして銅貨60枚にするつもりだ。

装備一式の合計が銀貨3枚。最短でも買えるまでに半年はかかる計算だ。

この現地では剣や鎧は高級品だな。……いや、よく考えたら現実でもそうか。


「おい、ちょっと待て」


「は、はい!」


呼び止めたら慌てた様子で振り向いた。

さっきまで冷静な印象だったんだが。演技だったのか?


「お前、どうして剣と鎧が欲しかったんだ?」


「そ、それは……」


言い辛い理由なのか。

武器が欲しい言い辛い理由とか、絶対悪いことに使うつもりだろ。

問い詰めようとしたが、男の方が先に口を開いた。


「じ、実はですね。……俺は、ハネット様の騎士になりたいんです!」


…………は?


「騎士?」


「は、はい。ハネット様は魔法使いですから、俺がそれを守る騎士になれたら、と……」


なんだろう。ヒーロー願望でもあるんだろうか。


「うーん、騎士なぁ……」


「だ、駄目でしょうか」


「『駄目』っつーか……。うん、『無理』だな」


正直に言ってやったら、あからさまに落ち込んだ顔をされた。

女の子だったらフォローの1つぐらい入れたかもしれんが、男だからどうでもいい。


「俺とお前じゃレベル……格が違い過ぎる」


「そ、それは分かっていますが……」


分かってるのか。

なんでそんなに食い下がってくるんだろう。


「そもそも、どうして俺の騎士になりたいんだ?」


「……お、俺は……」


急かさず黙って待っていてやると、意を決したように口を開いた。


「……俺は、ハネット様を尊敬しているんです!」


「…………」


マジか。人生で初めてそんなこと言われたわ。

あれ、ニーナには言われたことあるっけ。ありそうな気がするがどうだろう。覚えてない。

にしてもニーナといいこいつといい、一体俺のどこに尊敬できる要素があるんだろう。

自分では天才で神でイケメンでリーダーシップがあるマジ最強の魔法使いって所ぐらいしか思い当たらんのだが。


「は、ハネット様のお役に立ち、この身を救われた恩返しがしたいと……思っています!」


「そうか。なるほどな」


適当に返事しといた。何がなるほどなのかは分かってない。

可愛い女の子ならともかくなぁ~、男だしなぁ~……。

……うむ。別にどうでもいいな。


「まあ騎士はいらんが、俺の役に立ちたいと言うのなら、似たようなので何か無いか考えておいてやろう」


「ほ、本当ですか! ありがとうございます!」


暑苦しいので追い払うと、足取り軽やかと言った風に去って行った。


「ははは、ハネット様のおっかけですかい」


「やっぱそうなのかな」


「ありゃあ惚れちまってますね」


怖い事言うな。

有名なスポーツ選手とかに対する意味だとは分かっているが。

要するにあいつは俺のファンという訳だ。


「まあハネット様はちょっと凄すぎるからなぁ。なあ、スゥ?」


「えっ……!」


話を振られた娘さんが赤くなる。

少しして小さく頷いた。


「ふむ。にしても騎士か」


「確かにゴーレムを出せるハネット様には、いらねーでしょうね」


ああ、それもそうだな。

単純に雑魚過ぎるからという感想しかなかった。

あと肉壁兼囮ならクラツキとリーダーという優秀な駒共がいるし。


「奴の仕事か。また宿題に追加だな」


「シュクダイ?」


考えることがいっぱいあって困る。

俺的には、1日中何も考えずに、ボーッと畑を眺めていたいんだが。





「ねえねえ、ハネットの使ってる無敵化っていう魔法は、ボクには使えないの?」


夕方の修行中、ルルがそう質問してきた。

ニーナも興味があるのか耳を傾けている。


「無敵化かぁ~。うーん」


たしかに、あれは純粋な魔法だ。

だからこいつらも覚えることが出来て不思議じゃない。

不思議ではないんだが……。


「なあ、お前達って、新しい魔法を覚える時はどうしてるんだ?」


「え? 普通に魔力の操り方を習うだけだよ」


それなんだよ、問題は。

俺の方が、魔力がどうのこうのとか言われても分かんねーんだ。

魔法を教えようと思ったら、まずはその辺の現地の仕組みを俺が理解しなきゃならん訳だ。


「ふむ……。防御魔法を使う時は、どう魔力を操っている?」


「魔力で体を覆う感じかな。それに固くなる性質を持たせてるだけ」


(「性質を持たせる」?)


「ライトアローはどうだ?」


「矢の形を作って、それに飛んでいく性質を持たせてるけど……」


固くなる性質、飛んでいく性質。

要するに性質とやらが魔法の効果を決めてるという感じなのか?


「なるほどなるほど。ついでに回復魔法はどうだ?」


「ボクは癒すって言うより、成長させるって感じにしてるかな。なんか想像し易いんだ」


「ニーナ、ガイアラースは?」


「地面に大量に魔力を流し、左右に裂けるように念じています」


やっぱそうっぽいな。

要するに性質とやらが効果の大部分を占めてるわけだ。

プレイヤーは魔法を選んでからMPが減るが、こっちはMPを消費した後にどの魔法を使うか決めてる……みたいな感じか?


「む……?」


「ごめんね。やっぱりボク、変なこと言ってる?」


無敵になる性質なんて説明のしようがないぞと思っていると、ルルが不安そうな顔で俺を覗きこんで来た。

こいつらからすれば、俺は遥か上位に位置する魔法使いだ。自分の方が間違った知識で魔法を使っているとでも思ってしまったんだろう。


「あ、いや。今のは別のことを考えてた。お前たちは何も変なことを言ってないよ」


「そ、そっか」


ほっとした表情も可愛いな。

というかルルはどんな顔をしてても最高に可愛い。さっきの不安そうな顔とか特にそそる。

ニーナもそうだが、美少女というのは見ているだけで癒される。……邪な心が。


「無敵化……無敵化か」


「む、難しそうなら、他の魔法とか……?」


他の魔法か。それは考えてみる価値があるな。

中には説明が楽そうな物がある筈だ。


「ああ、それは良い案だ。今まで見た中で、使えるようになりたい魔法とかあったか?」


「転移の魔法はどうですか?」


「それは絶対無理」


瞬間移動とかどういう理屈だよ。意味分からんわ。


「そ、そうですか……」


「他」


「あ、あの『通話の魔法(コール)』って奴は?」


「む、コールか」


どうだろう。

魔力で糸電話でも作れば出来るか?


「んー……。魔力で相手と自分を繋いで、『伝える』って性質を持たせてみたら?」


「『伝える』ですか。試してみましょう」


「あ、ボクもやる」


ニーナとルルがお互いを実験台にして試してみることになった。


「…………」

「えっと、魔力で繋いで、伝える性質……」


成功すれば、無属性を示す白い魔法陣が出る筈だ。

準備が完了したのか、2人がほとんど同時に詠唱する


「通話の魔法」

「通話の魔法!」


あ、成功した。

ニーナの背中にしっかりと魔法陣が出た。

ルルの方に出なかったのは、あの『光属性【特化】』とかいうステータスのせいか。

マジで光魔法しか使えないんだな。


「おお、出来たようです」

「あ、ニーナの声聞こえたよ」


ちゃんと声も聞こえているらしい。完璧だな。


「良かったじゃないか。俺も初めて師匠らしいことができたな」


「いえ、師匠は十分に師匠の仕事を果たしていたと思いますが……」


「そうだよハネット。ハネットはいつも凄いよ」


なんかフォローされた。俺も冗談のつもりだから大丈夫なんだが。


「でもこれ、ハネットの奴とは違わない?」


「そうですね。似てはいますが、別物でしょう」


あれ?


「どう違うんだ?」


「この魔法には、どこにいても相手に届くという性質がありません。せいぜい目に見える範囲でしょう」


「相手の姿が見える場所じゃないと届かないよ」


なるほど、そりゃそうだ。

俺の無線方式じゃなく、有線方式だからな。


「ああ、そういうことか。じゃあアレにしてみよう。波を飛ばす感じ」


「波?」


「お前らは、音って言う物が何なのか知ってるか?」


「え?」


「音は空気の振動なんだ。これは知ってるか?」


「? たぶん知らない」

「私もです」


久しぶりに理科の時間だ。ちょっとニーナが嬉しそう。

2人に音の伝わる仕組みを説明する。

「でかい音で窓が揺れるだろ」と言ったらすんなり理解して貰えた。


「まあそんな感じで、魔力を相手のいる方角に向かって飛ばすって感じでやってみてくれ」


「なるほど、試してみましょう」


「ちょっと難しいね」


「魔力の壁を連射するイメージだ。背中合わせになって、背後に向かってやってみよう」


これについては2~3回試してみたが、1度も成功しなかった。

そもそも魔法陣すら発動しない。

どうやら電波の再現は失敗のようだ。


「うん、コールの完全再現は無理だな。次に行こう」


「相変わらず切り替えが早いですね……」


「そ、そうだね」


残念だが、コールの魔法はシステムの領域に片足を突っ込んでいる。多分NPCには使えない感じだ。

まあそれにしては有線方式なら成功したのが恐ろしいが。

あれはこのゲームには存在しない魔法だった。現地では理屈に無理が無い範囲でなら、好きに魔法を作り出せるらしい。

これ絶対に『オリジナル』の魔法もあるな。


せっかく音の授業をしたので、派生で色々魔法を作らせた。

例えば単純に空気を震わせて声を増幅させる『スピーカー』(俺命名)の魔法とか。

これは緑の魔法陣が出たので、風魔法として扱われるようだ。おかげでルルには使えなかった。


こうして修行に魔法開発の項目も追加された。

これは俺の方も結構面白い。今後に期待だ。

というかニーナにはこれまで戦い方の訓練ばっかりで、魔法の修行はつけてやってなかったな。これも忘れてた。

魔法使いにとって、新しい魔法を覚えるというのはモチベーションの意味で重要だ。ニーナもなんだかんだ言って内心「ルルさんグッジョブ!」とか思っているのかもしれない。

恐らく自分から言い出さなかったのは、俺に気を遣ってたんだろう。

普段は割と何でも質問してくる癖に、自分自身の要望は言ってこないんだよなぁ。

やはりこいつのこういう所には注意してやらねば。









それからほんの数日後の夜。

家に帰る途中、ルルが結界の石碑に座っているのを偶然発見した。

なんだろう、彼女の定位置なんだろうか。


「よう、ルル」


「あっ……」


地面に降りて声をかけると、ルルはこちらに笑顔を向けた。本日もめちゃかわ。


「なんか良い事でもあったのか?」


「え? ……うん、そうだね。うふふっ」


やたらニコニコしている。

夕方の修行の時は普通だったから、あれから今までの間になんかあったんだろうか。

……気にはなるが、聞きはしない。

他人には言い辛い理由の可能性もあるからな。

俺は普段からこんな感じで、相手に極力理由という物を尋ねないようにしている。

こっちが気軽に尋ねたことで相手が傷付く事など、いくらでもあるのだ。


「それで、ここで何してたんだ?」


「えっ……た、ただ夜風に当たってただけだよ」


俺が尋ねると、ルルは一瞬目を泳がせた。なんだ?


「……夜風?」


「……よ、夜風」


(いや、寒いだろ。お前超薄着だし)


ルルは肩もヘソも太ももも出ている。

多分俺が出会った現地人で、一番露出が多い格好をしているんじゃないだろうか。まあティアたちは最初ほぼ全裸だったけど。


「お前、寒くないのか?」


「え?」


「薄着だし、寒いだろ?」


「あ、ああ、そうだね。ちょっと寒いかな。慣れてるけど」


慣れてるのか。なんでだろう。

……まさかこいつ、エルフの里でもずっとこんな感じだったんじゃないだろうな。

女の子が体を冷やすのは良くないんだぞ。理屈は知らんが。

俺はアイテム作成で毛布を作ってルルにかけた。


「とりあえず使っとけ」


「えっ……! あ、う、うんっ。……ありがとう」


挙動不審だ。

さっきからなんか隠してるみたいだし、毛布も余計なお世話だったかもしれない。


(あー辞めだ辞め。帰ろう)


やっぱ気遣いは糞だな。

する方ばっかり疲れる癖に、見返りなんざ何も無い。


「じゃ」


踵を返し、当初の予定通り家に向かう。


「えっ……ま、待って」


再びフローティングを発動しようとした時、ルルから制止の声がかかった。


「ん?」


「あっ……あの、その。えっと……せっかくだし、良かったら、ちょっとお喋りして行かない?」


「…………」


ルルの言葉と様子を見るに、少なくとも俺が来たことに不都合があった訳では無いらしい。

毛布もしっかり体に巻き付けられている。

まあ本人が言うなら良いか。


「……ふむ、別に良いぞ」


「ほ、ほんと? 良かった」


あからさまにホッとしたような顔。

何か話したい事でもあるのかと思ったが、彼女の口からはごく普通の世間話しか出てこなかった。

もしかして俺とニーナ以外には話し相手がいないのだろうか。

まあそういうことなら可哀想だし付き合ってやろう。


そうして1時間ほど彼女の暇潰しに付き合った。

別れ際に「明日も会える?」とか聞かれたのでちょっと萌えた。

どうやら彼女は人恋しいらしい。まるで懐いた犬みたいだ。


こうして俺とルルの密会が始まった。

別に隠している訳じゃないが、現地はこの時間帯は人がいない。必然的にいつも俺達は2人っきりだ。

ニーナも誘えば?と提案してみたが、良い反応は返って来なかった。

俺的にはなんか仲間外れみたいで気が引けるんだが。

まああいつには学校やら何やらで色々苦労をかけているし、睡眠時間ぐらい確保させてやるか。

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