幕間 ルルの選択-3
2016.7.6
ルル視点ラストです。
2016.9.12
挿絵を追加。(夜空と白い彼)
2016.9.23
挿絵を追加。(初めてのお風呂)
今ボクは、お風呂という物に入っている。
壁から伸びる不思議な管から、どういう仕組みなのかお湯が出ていて、それで頭を洗っている所だ。
いや、洗っていると言うより、洗って貰っているの方が正しい。
椅子に座ったボクの頭を、後ろから青い髪の少女が洗っているのだ。
「こうして指の腹で、地肌を揉むようにして洗うんですよ」
「うん、分かった」
少女の言う通りに自分で髪を洗ってみる。
この少女の名前はニーナ・クラリカ。さっき自己紹介された。
まさかあの有名な『土の賢者』だったとはね。
というか土の賢者の師匠って。あの少年は、一体何者なんだろうか。
「綺麗な髪ですね」
後ろからニーナに髪の毛を褒められた。髪を褒められたのはティアと合せて2人目だ。
白い髪なんて不気味だと思うんだけど。
「そうかな。自分ではあんまり好きじゃないんだけど」
「そうですか?」
「うん。それにボクは、ニーナの方が綺麗な髪の毛だと思うけどね」
ニーナの髪の毛は見たことも無いぐらいにサラサラだ。
多分ボクの出会った中で、一番綺麗な髪をしている。
「多分お風呂に毎日入っているからでしょうね。この髪の毛用の石鹸で洗うと、髪が綺麗になりますから」
「そうなんだ、凄いね」
他のエルフたちが「なんでそんな気安く喋れるの?」という感じで見てくる。
何でって言われてもな。ニーナはボクより年下だし、丁寧で話し易い性格じゃないか。
「あれ、今日は着替えがありませんね」
脱衣所の隅で体を拭いていると、お風呂場の外に顔だけ出していたニーナが戻って来た。
「仕方ないので元の服を着直しましょう。多分忘れていらっしゃるんですね」
ニーナが言うには、ティア達の時には着替えの服が用意してあったらしい。
あの少年は忘れっぽい所があって、たまにこういう事があるそうだ。
ボク達は元々服を着てるし、別にいいと思うんだけど。
お風呂の後からは自由にして良いと言われた。
エルフのみんなとは一緒にいたくないから、適当に集落の中を見て回った。
久しぶりにマント無しで人前に出てるから落ち着かない。透明化の魔法を使うことにした。
とりあえず家の前に続いている大きな道を進んでみる。
綺麗な花に左右を囲まれた、黒い舗装をされた道路だ。感触は石畳みたいに固い。一体どういう作りなんだろう。
その道を少し進むと大きな広場に出た。
広場の中央には途轍もない大きさの魔石の石碑が置いてある。
魔石だけで人間何人分の大きさだろう。杖にしたら魔法で世界を滅ぼしてしまえそうだ。
大きいと言えばこの石碑だけじゃない。広場のすぐ近くにも壁の無い大きな建物がある。
集落の住民たちが勝手に出入りしているのを見て、ボクも足を踏み入れてみた。
(お店?)
たくさんの棚に色々な物が並べられていて、まるで市場を突っ込んだみたいな建物だ。
店主らしき人に住民がお金を払っているし、お店で間違いないらしい。
(なにこれ)
手の平ぐらいの長さしかない、魔法の杖みたいな物が置いてある。
手に持つと金属で出来ていた。物凄く細かい作りだ。
……何かは分からないけど高そうだ。壊したら怖いから置いておこう。
というか、この広さに店員が2人しかいなくて大丈夫なんだろうか。
商品を盗まれてたりしないのかな。
この不思議なお店の見学は面白かった。
置いてある商品は見たこと無い物ばかりだ。
半分ぐらいは何に使う物なのか分かりもしなかった上に、馴染みある道具とかでも作りが異様にしっかりしている。
なんとなくだけど、これってあの少年が作ってる物なんじゃないかな。
なんだか彼が出してみせた椅子や家屋と同じ匂いを感じる作りだ。
こうして集落を1人で巡り、夜までの時間を潰した。
夕方はお昼と同じく、少年にご飯をご馳走して貰えた。
ここのご飯は凄く美味しい。彼が管理するこの集落は、まるでお伽噺に出てくる楽園のような場所だ。
その後すぐに陽が沈んで、今は結構な時間が経った。
相変わらずボクは外にいる。
里にいる時もいつもこんな感じだった。
広場の石碑に座っていると、あの懐かしい大岩を思い出す。
そして大岩を思い出せば、当然ティアも思い出す。
……ティアか。
2か月も前に無事に帰ってたなんてね。
知らない内に、ボクの役目は終わってたんだ。
……これからどうすれば良いんだろう。
ティアには会いたいけど、里に帰るのは正直嫌だ。
(やっぱり暁傭兵団にでも入っておけば良かったかな……)
色々考えていると、いつも最後は同じ答えに行きつくんだ。
―――ボクの居場所は、あの里じゃない。
このまま何もかも忘れて逃げてしまいたいと、人間の世界に溶け込んでしまいたいと、何度も考えた。
この1年間、何度も、何度も。
…………でも。
そうして逃げ続けた先に。
行き着く場所は、あるんだろうか。
ボクは世の中を変える力なんて持ってない。
だからボクの方が変わらなくちゃ、どうにもならないんじゃないだろうか。
逃げずに向き合うのが、正しいことなんじゃないだろうか。
そういつも思うけど。
……結局最後は、立ち向かえずに終わるんだ。
(何の為に……何の為に、生きているんだろう……)
ボクは1人だ。
だから考える時間だけはいくらでもある。
そしてその思考の果てに、いつも辿り着く疑問。
この闇の中1人きりのボクに、生きる価値などあるのだろうかと。
「月見か?」
でも今日は、そこに誰かの声がかかった。
あの少年の声だ。
振り返ればすぐに場所が分かった。
彼の服装は白一色だ。この暗闇の中でも月の光だけでよく見える。
「ぁ……」
この集落にある物は全て彼の所有物だ。
僕は慌てて石碑の台座から飛び降りた。
「ごめんなさい。座っちゃ駄目だった……?」
「別にそんなことないさ。ほら」
そう言って彼は、さっきまでボクが座っていた場所に飛び乗った。
柔らかい笑顔で手を差し出してくる。
流石に彼の気遣いを跳ね除ける勇気は無い。ボクはドキドキしながらその手を握った。
(うわ~、男の人の手ってこんな感じなんだ……)
力強い彼の手に引っ張って貰い、ボクも台座に上がり直した。
自分だけ立ってるのも変かと思って、彼の隣に腰を下ろす。
「この魔石は凄いね。こんなに大きなのは、見たことも聞いたことも無いよ」
「結界の石碑だ。これが有る限り、魔物は集落に近付けない」
「そうなんだ……。凄いね」
それっきり無言が続く。
……彼の雰囲気は不思議だ。
2人っきりで黙ってるのに、居たたまれない気持ちにならない。
なんというか、沈黙で穏やかになれる感じだ。
こっちが黙ってても何とも思わないような気がするし、こっちが何を喋っても怒らないような気もする。
分かり易く言えば、彼は『完成』されているんだ。
外野が何を言ってどう行動しようが、彼はたった1人で既に完結している気がする。
ニーナが言うにはボクと同年代らしいのに、どんな人生を送ればそんな落ち着いた性格になるんだろう。
まあそれを言えばニーナはもっとだけどさ。
「その……昼間のことは、ごめんなさい」
気付いたらそれを言っていた。
謝れて気持ちが楽になるのと一緒に、素直に本音が言えた自分に驚いた。
「別に気にしてないさ。こっちは傷一つ負ってないし」
やっぱり彼にはあの程度のことは大したことじゃないらしい。
「あの……君は、有名な人なの?」
実を言うと、遠回しに名前が聞きたかった。
ボクは彼の名前をまだちゃんと聞いてなかったから。
「……どういう意味だ?」
「物凄く強い魔法使いだよね? あのニーナって子も、噂の土の賢者なんでしょ?」
遠回し過ぎて意図が伝わらなかったみたいだ。
なんとなく恥ずかしくて、思わず色々言い訳をしてしまう。
「まあニーナは超有名人だな。俺は一部では、って感じか。この大陸に来たのは2か月前だし」
「大陸に来た」?
彼は島で生まれ育ったんだろうか。
不思議に思っていると、彼が苦笑して経緯を説明してくれた。
「そっか。ねえ、ティアは元気だった?」
彼が人生で最初に出会ったエルフ。それがティアだったらしい。
ティアの奴隷時代を知る彼に、ボクはティアがどんな様子だったかを尋ねた。
「ああ、傷一つない。幸運なことに酷い目にも会ってないみたいだしな。他の奴等と違って泣いてる所も見なかった」
なんだ、本気で元気そうじゃないか。
安心したような、ボクの頑張りは何だったんだーと言いたくなるような。
でもやっぱり、安堵の方が大きいかな。
「……そっか。良かった」
「ティアと友達なのか?」
「……うん」
「…………ティアと何かあるのか?」
「え? ……ううん。なんで?」
「なんでって言われてもな……」
それきり彼は黙った。
なんでだったんだろう。
2回目の長い沈黙がやって来る。
チラリと彼の方を窺うと、もう忘れているみたいに普通にしていた。
(ふふ、何だかおかしな人だな)
あんまり気を遣わなくてもいいのかもしれない。
そう思うと、自分でも無意識の内に口が動いていた。
「……ボクね。村で唯一のハーフエルフなんだ」
気がつけばボクは、自分の身の上を彼に話し始めていた。
誰かにこういう話をするのは初めてだ。普段はティアにも自分のことは話さない。
彼は首肯だけで相槌を打ちながら、黙ってボクの話を聞き続けてくれた。
結構長い話だったし、聞いててあんまり気分の良い話じゃなかったと思うのに。
途中、気持ちがスッキリしている自分に気付いた。
これが弱音を吐くってことなんだろうか。
「髪が白いのだがな、それは『白化』っていう症状だ」
髪の色で虐められていた話をすると、彼がそう説明してくれた。
白化と言うのは数が少ないだけで、誰でも起こり得る症状なんだそうだ。
「君もその白化なの?」
彼は肌はともかく髪が白い。
その髪の方はボクとほとんど同じ感じだ。
「いや。俺のこの髪は魔法で色を変えてるだけだ。白が好きなんでな」
「そ、そっか……」
あれ、なんだろう。なんとなく落ち着かない。
さっきまでと完全に逆だ。
そうだよね、白が好きな人もいるんだよね。うん。
(そっかそっか。ふーん)
なんとなくドキドキする胸を押さえていると、続いて彼は何かを思い出したみたいに口を開いた。
「あ、ちなみに子供には遺伝しないそうだから安心しろ」
その言葉に、ボクは衝撃を受けた。
「両親揃ってアルビノでもない限り、確率は低いらしい」
子供にはまず遺伝しない。
……子供。
ボクが諦めていた物。
ボクの場合は結婚なんて一生できないだろうけど、もしも子供が出来たら……なんて考えたことは何度もあった。
特に人間の社会に出てからはそうだ。
人間は15を過ぎたら多くが数年以内に結婚する。
ハーフエルフのボクは、年齢だけで考えれば子供がいてもおかしくないんだ。
……でもボクは、それこそハーフエルフなのだ。
要するにエルフとは絶対に結婚できない。
更には体が白いのも致命的だ。
ボクは魔法に優れるエルフの血のおかげで、この体と付き合ってこれた。
でも人間と結婚したら。
血の薄まったその子供は、生き残ることができるんだろうか。
それに人間の中にだって、こんなに体の白い人はいない。
そう思うと。
子供がボクと同じ苦労をするのかと思うと、どうしても子供を作る気になれなかった。
だってボク自身が、生きていて凄く、凄く凄く、辛いから。
……それが。
少なくとも、人間となら。
―――子供を作っても、大丈夫だって。そう言うのか。
軽くなるような、茫然とするような。
安堵するような、不安になるような。
色々な気持ちがごちゃごちゃになって、気付いたら黙り込んでいた。
隣りの彼も静かにしている。
……彼のこの静けさは、好ましい。
引っ張られるみたいにして落ち着ける。
心の在りかが段々と安堵に傾き始めた頃。
まるで世界の全てを悟っているかのような声音で、不意に彼が口を開いた。
「……お前、だからここに1人でいたんだな」
唐突に図星を突かれてドキッとする。
まるで心臓を掴まれたみたいだった。
「………………うん」
自分でも認めているんだけど、人に見透かされるとなぜか来る物がある。
まるで「お前は逃げたんだな」と責められているみたいな気になってしまう。
被害妄想なのは分かっているけど。
「―――じゃあ俺の家に来るか?」
「え?」
意外な言葉だった。
だってそれは、ボクの生き方に対して否定的じゃないから。
ボクはてっきり、説教されると思っていた。
なんとなく彼なら良い説教をしてくれそうだと思っていたし。
「泊まる場所だ。別に新しい家を建ててやるのでも構わんし」
……どうやら彼は、ボクに居場所を作ってくれようとしているらしい。
その気遣いに気付いた瞬間。
なぜか安心するんじゃなく、ボクの心臓は早鐘を打ち始めていた。
そ、そりゃボクだって、この寒さの中で夜を明かすのは嫌さ。
でも家族でもない男女が一つ屋根の下で過ごすってのは良くないよ、うん。
傭兵をやってた時も、仕事中に仲間の間でそういう間違いが起きたりすることはあった。
ボクも興味が無いという訳ではないから、こっそり聞き耳を立ててたこともあったさ。……これは関係ないか。
とにかく君の家に一緒に住むなんていうのは、エルフの価値観的には頷けません。残念だけど。
やっぱりもう1軒家を作って貰うのが、この場合は一番かなっ。
「……行く」
(あれ!?)
色々考える前にボクの口は勝手に動いていた。
「そうか。じゃあ行くか?」
「うん……」
あれよあれよと言う間に彼の家に泊まることになってしまった。
ボクってこんなに尻の軽い女だったのか。知らなかった。
それともちゃんとボクも女だってことなんだろうか。
不意にさっきの子供の話を思い出した。
それと同時に、なぜか昼間の彼の言葉も。
―――俺の好みだ。
顔が上気してくるのを自覚した時、彼がなぜか手を差し出した。
というかボクの手もなんで勝手に握り返してるんだろう。
触れる手の温度にドキドキしていると、次の瞬間には彼に抱き締められていた。
「ひゃんっ!?」
変な声が出てしまった。
何が起きたのか把握しようとして周りを見たら、彼に抱えられたボクの体は、彼ごと宙に浮いていた。
無の魔法にある『飛行の魔法』というやつだ。
そうこうしている内にもボクらの高度は上がって行く。
ボクは適性の関係で飛行の魔法が使えない。落ちないようにしがみついた。
(あ、体があったかい)
彼の体温で暖が取れたなと思った時、やっと今の状態を思い出した。
ボクは彼の両手に横抱きに抱えられ、ボクの方の手は彼の首にしっかり回されている。
さっきの隣に座っていた時より顔が近い。
(というか体がくっついてるよ!)
熱くなった顔で彼の顔を見上げる。
彼の頭越しに月が見えた。
月光を透けさせながら風に揺らめくその髪は、幻想的な美しさを放っている。
まるで吟遊詩人の歌う、神話の描写か何かのようだ。
(……そっか。そうだったんだ)
ボク以外に白い髪の人がいなかったから、初めて知った。
―――白い髪って、綺麗なんだ。
◆
部屋を照らす明かりに目が覚めた。
あれ、あの幕の向こうって窓だったのか。気付かなかった。
今ボクがいるのはあの彼の……ハネットという名前の少年の家だ。
結局間違いなんて物は起きなかった。彼は理性的な人のようだ。
……それとも、あの言葉はボクの聞き間違いだったんだろうか。
なぜか気分が暗いので、部屋だけでも明るくしようと幕を退ける。
(うわ、なにこれ)
幕の先にあった光景に驚いた。
何かがあるのに、何も無い。
まるで綺麗な川の水を固めたみたいな、透明な板で出来た窓だ。
外の風景が完璧に見える。
街でたまに見る、あのガラスって奴とは違う物なんだろうか。
ガラスはこんなに綺麗な透明でも平らでもない。
そうだ、ガラスと言えば、この部屋にある鏡の方も凄い。
ボクの体だと、腰から上が全部入ってしまうぐらいの巨大な鏡。
しかもこれも真っ平らで、びっくりするぐらい綺麗に映る。
(………………)
鏡の向こうにはボクが座っている。
白い肌に…………白い髪の、女の子が。
なんとなく手で髪を梳く。
何度も何度も。
気付いたら髪の毛全体がサラサラになるまでやっていた。
今まで気にしたこと無かったのに、なんでだろ。
(そう言えばニーナはもっとサラサラだったな……)
―――石鹸で洗えば髪が綺麗になる。
ニーナの言葉が思い出される。
この家ってお風呂はどこなんだろう。
彼……ハネットに聞きに行こうとしたら、ドタドタいう足音が廊下を通り過ぎていった。
―――あぁ~ラララルンルンルンラ~♪
そして謎の鼻歌。
何事かと思って扉を開けてみる。
恐る恐る廊下を覗くと、そのハネットが顔を青くしてボクを見ていた。
「ど、どうかした?」
「おおおお、おう。いい今から朝食だが、お前も食べるか?」
ボクが声をかけると、ハネットは今度は顔を赤くした。
珍しく慌てている。
なんだろう。廊下を楽しそうに走っていたのがバレて恥ずかしかったのかな?
(うわ、なにそれ可愛い)
まるで子供みたいだ。
そういえばハネットは基本的には子供っぽい人な気がする。
たまに凄く大人っぽいなと感じるのはそのせいか。普段との落差で余計にドキッとするのかもしれない。
意外な一面を垣間見て変な気持ちになっていると、家の中にも変な音が鳴った。
「ああ、呼び鈴って言ってな。客が来たって知らせる音だ。多分ニーナだな」
ハネットに連れられて玄関に行く。
大きな扉が魔法の力なのか勝手に開くと、待っていたのは本当にニーナだった。
「よう、おはよう」
「……………………」
ニーナはハネットの挨拶を無視してボクをじっと見つめていた。
なんだろう、段々目つきが鋭くなっていく気がする。
こうしているとニーナは意外と迫力がある。流石は土の賢者。昨日の接し易さが嘘のようだ。
「お、おはよう……?」
ボクを見ているので挨拶してみたけど、ニーナはこれにも反応しない。
ハネットも変だと思ったのか、ニーナに理由を尋ねた。
「…………なぜ彼女が、師匠の家に?」
……ニーナってどういう立場なんだろう。
それってただの興味本位?
それとも……ボクがハネットの家にいると、不都合でもあるの?
「色々あってな。あの家は嫌なんだそうだ」
「あ……なるほど」
ハネットが言葉短く説明すると、ニーナはそれだけで意味が分かったみたいに納得した。
賢者とか言われるだけあって、本当に頭の回転が早いんだね。
でも理由があるのが分かってホッとするというのは何でだい?
「そうだ、ルル。お前結局家はどうする?」
「え?」
「この家か、お前個人の家を建てるか、ニーナの家にするか。どれが良い?」
あれ、その話まだするの?
なんか一晩寝たら、もうハネットの家でいいやって感じなんだけど。
「え……ハネットの家でいいよ」
「『ハネット』……?」
ボクがハネットを呼び捨てにすると、ニーナが今度こそ本気でボクを睨んだ。
な、なんだよ。本人が良いんだから良いじゃないか。
ハネットがニーナを宥めている。ニーナはハネットの言うことなら嫌な事でも聞くみたいだ。
……なんか面白く無いな。
今日は昨日と違ってハネットについて回ることにした。
ニーナも普段からずっと一緒にいるみたいだし、別に邪魔に思われたりはしないと思う。
ハネットは基本的には集落の中をブラブラしているだけみたいだ。
凄い人だから忙しくしているのかと思ってた。本当に『集落長』ってぐらいのことしかしないんだね。
2人が言うには、この集落を作った最初の頃は、逆にハネットが全部のことをやっていたらしい。
そこから自分が働かなくてもなんとかなるよう、集落を作っていったんだって。
働いてるハネットも見てみたかったな。
どんな風に集落を作っていったんだろうと思っていると、すぐにそれを知る機会が巡ってきた。
ハネットが展望台と花畑を作ってみせたんだ。
それも一瞬で。どういう魔法なんだろう。
というか基本的に全部無詠唱だし、どんな魔力量をしてるんだろう。
ボクはニーナよりも魔力が多いらしいのに、全然真似出来る気がしないんだけど。
「ねえ、ハネットって魔法使いなんだよね?」
「そうだぞ。どうかしたか?」
「昨日ボクと戦ってた時、最初は戦士なのかと思ったんだよ」
「ああ、あの時の師匠は素手で戦ってましたからね」
「あー……。まあ、強化の魔法だ」
あからさまに何か隠してるよね。
ハネットはどうも隠し事が下手みたいだ。
ニーナの方に目を向けると、ハネットにバレないようにこっそり頷いてくれた。
どうやら聞かない方が良い事みたいだ。
もしかしたら、こういうのがたまにあるのかもしれない。ちょっと気を付けておくことにしよう。
なんとなくハネットは困らせたくない。
「どうぞ、ルルさん。上がってください」
「お邪魔するよ」
夜。
今日からはハネットの家じゃなく、ニーナの家に泊まることになる。
ニーナの家も凄い作りだ。
「ねえねえ。ハネットの作る家ってどこの建物なの?」
「師匠の故郷の建築様式らしいですよ」
「ハネットの故郷ってどこ?」
「さあ……それも昼間の話と同じで、隠しておられるようですから」
「あっ、そうなんだ……」
危なかった。
本人に聞かなくて良かった。
「そうだ、ルルさん。お酒が買ってあるので、2人で飲みますか?」
「え?」
「ルルさんの歓迎用に買って来たんです。遠慮しないで下さい」
ニーナって良い子だよね。
尾ひれが付いてると思ってたけど、本当に噂通りの人柄なんだな。
結局今日は魔法でも勝てなかったし、同じ女として参っちゃうよ。
「そっか。じゃあ一緒に飲む?」
「はい」
ニーナが持ってきたお酒は樽じゃなくて、あの窓の素材で出来た透明な入れ物に入っていた。
それを机の上に5本ぐらい並べていく。
「あ、窓もだけどさ、それって何で出来てるの? ガラスとは違う物?」
「いえ、これもガラスですよ。師匠の作るガラスは、常識外れなほどに綺麗なのです」
「へ~」
ニーナが木桶にお酒をちょっとずつ入れていく。
その後別の瓶のお酒や液体も混ぜ始めた。
「それって何してるの?」
「師匠に教えて貰ったお酒の作り方です。師匠の故郷では、こうして複数のお酒や飲み物を組み合わせて味を作るそうですよ」
「そうなんだ。面白いね」
2人分のお酒が出来上がり、それぞれを手に取った。
「では乾杯しましょう。ルルさん、数日の間ですが、よろしくお願いします」
「うん、こっちこそよろしく。乾杯」
◆
頭が痛い。
なんだろう。とりあえず回復の魔法をかける。
(あれ……治んない)
よくやる流れで、解毒の魔法辺りも一通りかけてみる。
2~3個目で治った。
「ん~、朝か……」
昨日と同じで窓の幕を退かす。
今日も良い天気だ。最近はずっと良い天気だね。
鏡の前に座って髪を梳かしていると、ふと気付いた。
(……あれ? ボクってニーナの家に泊まったんじゃないっけ?)
ここは思いっきり、昨日と同じハネットの方の家だ。
……あれ、昨日1日って、もしかして全部夢だったんだろうか。
不安になって廊下に出てみる。ハネットが走って来ないかな。
しばらく待っていると、ボクが出て来た部屋の、隣の部屋の扉が開いた。
「あっ―――。る、ルルさん。おはようございます」
ニーナだった。
ニーナまでこっちにいるのか。
どうやらこの状況には何か理由があるみたいだ。
「ニーナか。おはよう。なんでニーナもこっちにいるの?」
「あれ、覚えてませんか?」
「……?」
昨日の夜のことを思い出してみる。
あれ? 寝た時の記憶が無い。
パッと思いつくのはニーナの家で酒盛りしてた所までだ。
「ニーナの家で、お酒飲んでた所までは憶えてる」
「その後酔って、2人で師匠の家まで押しかけてしまったようですよ」
「えっ!?」
全然覚えてない。
そういえばさっき頭が痛かった。あれは二日酔いだったのか。
どうやら生まれて初めて記憶が無くなるぐらいに酔っぱらってしまったらしい。
「ぼ、ボク、変なことしてなかった?」
「えっ、さ、さあ。私も酔っていたので……」
うわあああ。ハネットに会うのが怖い。
今の内にニーナの家の方に逃げちゃおう。
そう思ってニーナの手を掴んだ所で、折り悪くハネットが現れた。
「あ、2人とも起きたのか」
「あ、し、師匠。おはようございます」
「う、お、おはよう」
近寄ってくるハネットは普通の調子だ。
……大丈夫そう、かな?
「二日酔いとかしてないか?」
「あ、私は大丈夫でした。ハーフドワーフだからかもしれません」
「ああ、もしかして、ドワーフって酒に強いとかあるのか?」
「はい」
ハネットはドワーフの性質を知らなかったみたい。
そういえばボクがハーフエルフだって言った時も反応薄かったもんね。
他種族の事に興味が無いのかもしれない。
「へえ。ルルの方はどうだ?」
「ぼ、ボクはちょっとしてたけど、魔法で治したから大丈夫だよ」
若干どもってしまった。
でも多分、ハネットのこの様子だと、変なこととかしてない……よね?
「え、酔いって魔法で治せるのか?」
ハネットはボクの言葉に目を見開いた。
あれ? 初めて知ったみたいな反応だ。
その反応に、ボクだけでなくニーナも驚いている。
「師匠、知らないんですか?」
「ああ、知らんかった。今までに1回も試したことが無い」
そんな基本的なことを知らないなんてことがあるのか。
ハネットはちょっと常識からズレてるのかもしれない。
「そうなんだ。解毒と麻痺治しの魔法を両方使うと治るよ」
「へぇ~。……あ、じゃあ食事は普通に食えるか?」
頷いたボクらを連れて、ハネットは調理場に向かった。
やっぱり大丈夫だったみたいだ。
傭兵時代は、酔ってマントを脱いだりしないよう、自制してたのになぁ。気を付けなきゃ。
◆
あれから2日が経った。
明日がボクらの帰還の日らしい。
これからどうするのか、ボクはまだ答えを出してない。
「ねえ、ハネット。ちょっと話があるんだけど、夜になったら、この前みたいに石碑の所に来てくれない?」
ボクは最後に、ハネットにもう1度弱音を吐いてみることにした。
この前弱音を吐いた時は、なんとなく視界が広くなった気がしたから。
もしかしたら、ハネットに導いて貰えば、答えも出せるかもしれない。
ボクはできれば、ハネットに叱って欲しいんだ。
甘えるなって、背中を押して欲しいんだ。
(……そういえば、ボクはどうしてこんなにハネットを頼っているんだろう)
まだ出会って4日なのに、暁傭兵団のゾルテとかより頼りにしている気がする。
まあハネットは色んな方面に規格外だから、当たり前の気持ちなのかもしれない。
「ああ、別にいいぞ。この前と同じ時間でいいか?」
「うん。待ってるね」
今は夕食中。この前の時間まではそんなにかからない。
ボクはその時間まで、久しぶりに1人で過ごしてみることにした。
「ルル、来たぞ」
「あ、うん」
夜、石碑の上で待っていると、隣にハネットが降り立った。
どうやら空を飛んで来たみたいだ。
「ありがとう、来てくれて」
「別に」
ハネットはお礼を言うと照れる。
ここ数日でボクが見つけた弱点だ。
あと虫も嫌いらしい。本当に子供みたいだ。
「それで、どうした?」
ハネットがボクの隣に座った。この前と同じ位置だ。
ボクはバレない程度に深呼吸する。
夜の冷たい空気が胸に入って、緊張で震える心臓の鼓動を治めてくれる。
「うん、あのさ。…………ハネットはさ。逃げる人って、どう思う?」
「逃げる人?」
「うん。……嫌なことから、すぐに逃げる人」
「…………」
ハネットは黙り込んだ。表情は完全な真顔。
何か色々なことを考えているみたいだ。
嫌なことからすぐ逃げる人。
それは、ボクの事だ。
ボクはハネットから、ボクという人間をどう思うのかが聞きたいんだ。
「……あー。どう思うってのは、何でもいいのか?」
「うん。ハネットが逃げる人っていうのに、どんな印象があるか。何でも聞かせて」
ハネットはまた黙り込んだ。
何でもいいかどうかを聞いてきたのに、そこから更に考え込むのは何故だろう。
適当なことを言うつもりだからかと思ったんだけど。
……逆に物凄く深く考えているみたいな感じだ。
それから少しして、やっと考えが纏まったのか、ハネットは語り出した。
「…………嫌なことからすぐに逃げるってのは、悪いことだ」
「………………」
胸が締め付けられる。
それは言われるのを覚悟していたこと。
だってボク自身も、それは悪いことだと思うから。
……それでも。覚悟を決めていたとしても。
誰かから否定されるのは、苦しい。
里に居た頃に何度も味わった、1年ぶりの感覚だった。
「人は立ち向かわなければ成長出来ない。当たり前のことだが、前に進まなきゃ、前には進まない」
「………………」
「逃げるのは悪で、受け止めること、立ち向かうこと、認めることは正義だ」
あはは。
予想通りだけど、容赦ないなぁ。
ハネットが言う『正しいこと』は、全部ボクが出来ないことだ。
自分がハーフエルフであることが受け止められない。
エルフのみんなに文句を言う勇気も無い。
そんな自分を自分だからと認めることも、ボクには出来ない。
不意に視界が歪んだ。
涙が滲んでしまったみたいだ。
……ボクはボクが、情けない。
ボクをハーフエルフに生んだ両親や、ボクを受け入れてくれない周りより。
ボクは理想のボクになれない、自分自身が悲しい。
―――ボクはボクが嫌いだ。
今だって、1人じゃ逃げればいいのか立ち止まればいいのかも選べない、弱くて何も出来ない、蹲るだけのボクが。
俯いていると、不意に目に何かが当てられる。
ハネットが白い布で、ボクの涙を優しく拭いてくれていた。
「なあ、ルル」
「…………な、なに?」
「正しいとか正しくないとか。―――それに、何の意味がある?」
「……え?」
「ルル。お前はお前が嫌いか?」
「―――っ」
ハネットの目を見る。
黒い瞳が、ボクを見ている。
世界の中で、ただ1人……ボクだけを。
「あのな、ルル。―――逃げた先で、手に入る物もある」
「……………………」
「逃げるのも残るのも、所詮は生きる為の選択肢の1つに過ぎない。……逃げて手に入る物と、残って手に残る物。それを天秤にかけてみろ。たかが選択に、良いとか悪いとかは無い。正しいとか正しくないとか、そんな物はただの言葉遊びだ」
「…………」
「……もう聞きたいことは無いか?」
「……え、あ……う、うん。それだけ」
「そうか。……まあ、1人で色々考えてみろ」
そう言ってハネットは、最後にボクの頭をポンポンと撫でてから空に飛んでいった。多分家に帰ったんだろう。
今度は1人で月を見上げる。
すっかり慣れ親しんだ、孤独な夜空。
でもそこに。ボクの隣に。
さっきまで、確かに誰かがいてくれた。
ボクと同じ白い髪を持ち、ボクと共に在り続けた静寂のような瞳も持つ青年。
その顔を思い出すと、勝手に胸が脈打ってしまう、なぜかとっても気になる彼が。
「手に入る物を、天秤にかけろ……か」
◆
「それじゃあ今から、この前の転移の魔法で里に飛ぶぞ。……元気でな」
ハネットの転移の魔法で、目の前の景色が変わる。
ボクも最初の頃にほんの数日だけ暮らした、新しいエルフの里だ。
「ほら、もうお前達は自由だ。早く家族や知り合いを安心させてやれ」
動き出さないエルフたちに、ハネットが優しく声をかけた。
みんなそれぞれお礼を言って、家族の許に帰って行く。
ボクはその場から動かないけど。
「言うぞ言うぞ」と心の準備をしていると、向こうからティアが走って来るのに気付いてしまった。
「ルルーッ!!」
「あ……」
走って来たティアが、そのままの勢いでボクに抱き着く。
お互いに体が薄いから痛い。
「良かった! ルル……!」
「あはは、ボクがティアを探しに行ってた筈なんだけどね。これじゃ立場が逆だよ」
「もう!」
からかわれたティアが頬っぺたを膨らませる。
ふとハネットの視線に気づいて体を離した。
「な、なんでハネット様と一緒にいるの?」
「あー……その辺は、話すと長いんだ」
説明したくないなぁ、勘違いで喧嘩売ったなんて。
「俺がエルフを集めてたから、ティアの情報を求めて接触して来たんだよ」
「う、うん、そうそう」
言い訳を考えていたら、ハネットから助けが入った。
なんか嬉しい。
「そ、そうなんだ……」
まあ嘘は言ってないよね。
ティアにバレないよう、目線だけでハネットにお礼を言っておいた。
「……あ! ハネット様! みんなを助けてくれて、ありがとうございます!」
ティアが今更ハネットにかしこまった。
集落にいた時はこんな感じだったんだろうか。
そういえばボクとティアって、ハネットと一緒にいた日数はほとんど変わらないのか。
「気にするな。……これで依頼は達成。それじゃあ2人とも、元気でな」
ハネットが挨拶もそこそこに振り返った。
ニーナも別れの言葉を残してそれについて行こうとする。
不味い、置いて行かれる。
「あ! ま、待って! ボクも連れて行って!」
「何?」
「えっ!?」
ボクの言葉に、ハネットとティアが同時に驚く。
くそう。もうちょっとこう、印象深い感じになるように言おうと思ってたのに。
「る、ルル……」
ティアが裏切られたような目でボクを見る。
そういう顔をされるとこっちも辛い。
「ごめん、ティア」
でもボクはもう選択したんだ。天秤が傾いた方をね。
「ねえ、ハネット。ボクを―――仲間に、してくれる?」
「まあ俺の方は構わんが。それよりも、今はティアと話し合ってやれ」
ありえないほど軽く受け入れられてずっこけそうになる。
ハネットって、ボクのことをどう思ってるんだろう。
初めて会った時のあの言葉は、やっぱり聞き間違いだったの……?
そうこうしている内に、ハネットはニーナをつれて離れていった。
……でもそうだね。
ハネットが受け入れてくれるのなら、今一番大事なのはティアだ。
「ティア。別に2度と会えない訳でも、悲しい別れって訳でもないんだ」
「そ、それはそうかもしれないけど……」
ティアはボクがいなくなるのが本気で嫌なようだ。
ありがとう、ティア。ボクもティアと別れるのは寂しいよ。
だって、ボクとティアは一番の友達だからね。
……だからこそ。
ボクも今日から、本心を隠さず言うよ。
「ボクはここが、あんまり好きじゃない」
「……っ」
ボクの口から初めて聞かされた本音に、ティアが息を飲む。
ボクは今まで、そういうことはティアには絶対に言わなかった。格好つけたかったのかもしれない。
「ボクはね、ティア。この1年間、人間たちに混じって生きてきたんだよ。顔を隠して、ハーフエルフだってことはバレないようにしてたけどね」
「そ、そうなんだ」
「ボクもね、人間ってそんなに良い種族じゃないと思うよ。……でもね。人間の世界は、ここよりも過ごし易かったんだ」
「…………」
「人間はエルフを狩るけど、それは敵意からじゃない。けど、エルフは人間にはっきり敵意を持ってる。……当然ボクにもね」
「そ、それは……」
ティアが暗い顔になる。
あれ、これはボクが今本当に言いたいこととちょっと違う。
確かにここはボクには住みにくい場所だ。
でも、ハネットの所に行きたいのは、それより大きな理由があるんだ。
何しろボクは、何がいらないかじゃなく、何が欲しいかで選んだからね。
「うーん、なんだろう。本音を言うのって難しいや。その、ほんとはね……」
恥ずかしいけど、ティアには言っちゃう事にした。
「ほんとは、その。……ハネットと一緒にいたいなー……なんて……」
頬っぺたと耳が熱い。
ちらりとティアを見ると、ティアはポカンとした顔をしていた。
「お、怒った? ティアよりハネットが大切みたいな言い方だし……」
「え? う、ううん。そんなことないけど」
そう言ってティアは少しだけ黙り込んだ。
ボクも何って言っていいのかが分からない。言葉を口に出すって大変だ。
「…………そっか。うふふ、そっか。そうなんだ」
黙っていたティアが、ボクを見つめながら不意に笑った。いやらしい笑顔だ。
「な、なんだよ」
「んーん、別に~?」
「もう!」
さっきと反応が逆転してしまった。むう。
「……そっか。良かったね、ルル」
ふと優しい顔になったティアが、そう言ってくれた。
ちょっと恥ずかしいけど、ボクも笑ってみることにする。
「……うん」
「分かったわ、ルル。しばらくはお別れ。でも……」
「うん。ボクとティアは―――離れていても、ずっと友達さ」
「―――うんっ」
最後にもう1度抱き合った。
今度はボクからも腕を回し、しっかりと。
抱き合ったまま、ティアがボクの耳元で囁いた。
「ふふ、ルル。上手く行くといいね?」
「も、もう!」
ふざける親友を突き飛ばした。
どうやら最後に弱みを握らせてしまったらしい。
これじゃ本音で喋って良かったのか悪かったのか分からないよ。
顔を手で扇ぎながらハネットたちの所まで行く。
「もういいのか?」
「う、うん。大丈夫。分かってくれた。……無駄に」
「ふむ……。おーいティア! 良いんだなー!?」
「はーい! ルルをよろしくお願いしまーす!」
「も、もう! ティア!」
ティアは凄く楽しそうだ。
さっきまでの悲壮な感じはどこに行ったんだろう。
「ハネット君!」
ハネットがボクたちの手を握ろうとした時、族長が走ってきた。
ボクは目立たないようニーナの後ろに隠れる。
彼には色々と負い目がある。
「おう、依頼されてたエルフ6人、確かに全員届けたぞ」
「ああ、本当に助かった。心から感謝する。……ルルも一緒だったのか」
無視してくれれば良いのに、族長はボクに話を振って来た。
「う、うん……」
「ルル、お前もティアを助けに行ってくれてありがとう」
そう言って族長はボクに頭を下げてきた。
予想外の展開だ。
「え? あ、うん」
「……ルルは俺と一緒に来るそうだ。今ティアとその別れをしてた所だ」
安心した表情の族長に、ハネットが無表情で口を開いた。
この数日で分かったけど、彼が無表情になるのは真剣な時の証拠みたいだ。
「……そうなのか」
「う、うん」
族長はボクをじっと見つめた後、再びハネットに向き直った。
「……そうか。ハネット君、ルルをよろしく頼む」
そのまま彼に向かって頭を下げる。
そこにはボクへの負の感情は見受けられない。
まるで家族を預かって貰うみたいな、真摯な態度だ。
「ああ、まあ生活ぐらい保障してやるさ」
「助かる」
今までボクは、族長はボクの事を嫌いだろうと思っていた。
ハーフエルフだったこともそうだし、奥さんのこともそうだ。それにティアのこともある。
でも今思えば、それはみんながそうだから、きっと族長もそうなんだろうと勝手に思っていただけな気もする。
やっぱり本音で話してみないと、分からないものなんだね。
「それじゃあ俺たちは帰る。もう人間に捕まるなよ」
「ああ。気を付けよう」
族長がハネットの冗談に頭を下げる。
まあ捕まったのはティアなんだけどね。
そのティアの方は、少し離れた所でニコニコしている。なんというか……いや、もういいや。
ハネットと族長のやり取りが終わり、転移の為にハネットと手を繋ぐ。
「―――おじさん。ありがとう」
最後にもう1度勇気を出して、ボクは別れの挨拶をした。
「……ああ。元気でな、ルル」
ボクの小さな勇気を、族長は優しい顔で見送ってくれた。
……ありがとう、ボクの仲間たち。
「えー、ボクもニーナみたいに、ハネットの家の近くが良い」
「そ、そうか。じゃあニーナの家の隣にでも建てるか」
「うん、そうして。ニーナも良いでしょ?」
「そうですね、私は構いません。これからもよろしくお願いしますね」
「うん、よろしく」
「はは、お前たち仲良くなったな」
「ふふ」
「あはは」
―――そしてよろしく。
ボクの、新しい仲間たち。
次回は泥酔事件を書いたおまけ話です。