幕間 ルルの選択-1
2016.7.4
ルル視点です。長いので3話に分けました。
ボクの乗っている馬車が止まった。
どうやら目的の王都に着いたらしい。
「着きましたよ、お客さん方」
馬車には既に前金として半分の料金を払ってある。
ボクは腰から残りの半分を取り出して、一緒に乗っていた他の人達とお金を払った。
馬車から降りて、建物の多さにびっくりした。これが『都会』という物なんだ。
とりあえず、馬車の停まった宿で部屋を借りなきゃ。
「くれぐれも、面倒事は起こさないでくれよ」
宿の店主に苦い顔で注意された。
ボクはフード付きのマントで、頭と顔を含めた全身をすっぽり隠している。
身長も子供ぐらいしか無いし、誰の目から見ても怪しい見た目だ。
だから大抵の宿では泊まる時にこうして嫌がられる。
……でもフードを取ることは出来ない。少なくとも人のいる所では。
前が見にくいけど、ボクは光の魔法が使えるから探知はお手の物だ。
木の窓を開けて外を見る。
この王都の街並みは白い。何の石で出来ているんだろう。
(―――白、か)
ボクはあまり白という色が好きじゃない。
というのも大抵の場合、白い色はボクを苦しめることしかないからだ。
……ボクの名前はルル。
ハーフエルフの女だ。
そしてなぜか体が白い。髪も肌もだ。
両親のどちらかもそうだったのかもしれないけど、ボクは会った事がない。
エルフだったお母さんはボクが赤ん坊の頃に死んでしまったらしいし、人間だった筈のお父さんの方なんて一切の情報が無い。
人間と子供を作り、自分の里を追い出されたお母さんは、赤ん坊のボクを連れてこの里までやって来た。
その旅の衰弱のせいで、お母さんはボクを族長に預けてすぐに死んでしまったらしい。
族長はお母さんに同情し、快くボクを引き取った。
エルフは赤ん坊の時は耳が短く、成長すると共に耳が伸びていく。
この頃は、族長もボクがハーフエルフだってことを知らなかったんだ。
でもボクは体が大きくなっても耳が伸びなかった。それにその成長自体も普通のエルフより遥かに早い。
そうしてボクがヒト族とのハーフエルフであることが発覚し、族長はボクを里に入れたことを責められることになる。
その辺の時のことはボクも朧げに覚えている。族長には迷惑をかけてばかりだ。
ボクがハーフエルフだという事が発覚するまでは、族長の家で、その奥さんがボクを育てていたらしい。
「らしい」と言うのは、その奥さんも、ボクが物心付く前に死んでしまったからだ。
里のみんなは、ボクが家にいたせいで、人間の呪いで死んだと言う。
他にも髪の色からダークエルフの仲間だとか、そういう謂れの無い言葉をたくさん言われた。
数年後、色々なことに耐えられなくなったボクは、族長の家からも飛び出した。
族長もその娘のティアも、そんな事は無いって言ってくれるし、ボクもそんなのは今では分かってるけどね。
でも子供の頃はとにかく生きるのが辛かった。
なんだかんだ言って生き延びる内に、今では慣れてしまったけど。
宿から出て、王都の傭兵ギルドに向かう。
傭兵をして情報を集めながら、お金も稼ぐ。それがこの1年のボクの生活。
受付の女の人がボクの風体を訝しんで目を細める。
でもボクがとあるスクロールを渡すと、その目が今度は見開かれた。
大抵の人間は、ボクからそのスクロールを渡されると驚く。
そのスクロールは、ギルドに登録された正規傭兵である事を証明する為の身分証明書だ。
そしてボクのそのスクロールには、ボクが『最上位』の傭兵である証が描かれている。
ここに来るまでの1年、依頼をたくさんこなしていたら、実力が認められて最上位にまで来てしまった。
態度の急変した受付に案内されて、たくさんの依頼書が貼られた壁に行く。
ボクは人間の字が読めないので、そのまま受付に良さそうな依頼を探して貰った。
ボクが受けたいのは、出来るだけ多くの傭兵が一度に雇われる依頼だ。
傭兵は護衛の仕事のおかげで土地を渡る機会が多い。各地の情報を集めたい時は傭兵に聞くに限る。
……ボクはそれを聞いたから、この傭兵ギルドに登録した。
人間の社会まで出て来たのも、全ては人探しの為だ。
「俺はゾルテ。『暁傭兵団』の頭だ。よろしくな」
同じ依頼を受けている傭兵団と面会する。
暁傭兵団とか言うその傭兵団は、5人の男女で構成された、中堅傭兵団だった。
男女混合な上に中堅まで行っているのは珍しい。
男女混合で傭兵団を組むと、大抵の場合は男女のいざこざで早々に瓦解する。
この暁傭兵団は、仲間の管理が相当に上手いらしい。
ゾルテと名乗った団長は、20歳ちょっとぐらいの若い男だ。
握手の為に手を差し出しているけど、残念ながらボクは握手には答えられない。
エルフにとって、異性との体の接触は大事だ。親子であっても、異性であれば触れ合わないぐらいには。
現に父親も男友達もいないボクは、男の人の体には1度も触れたことが無い。まあ女にもティアぐらいにしか触られたことは無いけどね。
「うん、よろしく。ボクの名前はルル。……悪いけど、宗教の関係で異性の体には触れないんだ。ごめんね」
この『宗教』というのは何かと言い訳に使える便利な言葉だ。意味はよく知らないけど。
「ああ、そうなのか。ということは、ルルは女……の子……なのか?」
ボクの格好だと性別も年齢も分からない。
身長のおかげで子供だと思われたみたいだ。
「一応ね。あと背は低いけど、歳は20超えてるよ」
「おっと、悪い」
「別にいいよ。こんな格好してるのはボクの方だからね」
「なんだ、話すと案外普通の人だね。格好みたいに中身も変人かと思ったよ」
会話に入って来たのは、暁傭兵団の女の1人だ。
男みたいに短く刈り込まれた赤毛の頭が印象的。
「おい、変な言い方するなよ! ……うちの団員がすまない、ルル。こいつはビスタ。うちの狩人だ」
「よろしく、ビスタ。確かにボクは田舎者だから、都会の常識は無いけどね」
「あはは、冗談だって。気にしないで」
人間の社会に出て来たばかりは、文化の差のせいで色々と苦労した。まあ今でもたまにあるけど。
前に組んでいた傭兵の中に、事ある毎に「田舎者だから」と言い訳する男がいた。試しに真似してみたら、ボクの常識の無さも誤魔化すことができてしまった。それ以来、この言い訳にはよくお世話になっている。
「うちのビスタがすいません。私はシャノン。風と水の魔法使いよ」
続いて自己紹介してきたのは、穏やかな雰囲気の女の人だ。
風と水の魔法を扱う。まるでエルフみたいだね。
ふとティアを思い出して悲しくなった。ティアも風や水の魔法が得意だった。
「よろしく、シャノン」
残りの2人は騎士のルドルフと、盗賊のルチア。
男2人に女3人。暁傭兵団は女の方が数が多いらしい。
「それにしても、ルルは最上位傭兵なんだろ? 一体何を扱うんだ?」
どうやらさっきの受付さんから、既にボクの位は聞いていたようだ。
「光の魔法だよ。魔法使いなんだ」
「光の? もしかして、元神官様か?」
「ううん。ただ光の魔法に適性があるだけの魔法使い」
人間の社会では、光の魔法使いは大抵が教会と呼ばれる場所に所属しているらしい。
教会に行けば、神官とか言う光の魔法使いたちが、怪我とかを治してくれるそうだ。
ボクは教会には行ったことが無いから、どんな感じなのか知らないけど。
「そうか。でも光の魔法使いがいると安心できるな。怪我とかしたら、任せてもいいのか?」
「うん、大丈夫だよ。腕の1本ぐらいなら治せるから安心して」
「おお、凄腕じゃないか。流石はその歳で最上位にいるだけあるね」
「まあね」
光の魔法使いは元から貴重な上、さっき言ってた教会に所属することが多い。
大抵の場合、最初は格好のせいでボクを怪しむ傭兵たちも、ボクが光の魔法使いであることを知ると態度を変えて歓迎してくれる。
今回の依頼は、大商人の物資輸送の護衛だ。
3つ離れた街まで商品を輸送する商団を、魔物や盗賊たちから守るのが仕事。
これぐらいの商団だと10~15人ぐらいは雇う物だけど、最初に集まったのが中堅5人と最上位1人という上位傭兵ということで、ボクたち以外は雇われていないみたいだ。
護衛用に用意されてた馬車にみんなで乗り込む。
切り出すなら今かな。
「ねえ、みんな。この中で誰か、最近エルフの情報を聞いたって人はいない?」
ボクの質問に、みんなは顔を見合わせる。
どうやら誰にも心当たりは無いみたいだ。
今回もハズレか。
「すまない、誰も知らないみたいだ。エルフに何かあるのか?」
「うん、ちょっとね。もしもエルフ関係の情報を小耳に挟んだら、どんなことでもいいからボクに教えて欲しいんだ」
「分かった、あたしも覚えとくよ。……あ、でももしも情報が当たりだった時は、お礼に依頼をタダで手伝ってよね~」
ビスタが悪戯っぽい笑顔で言った。
「ったくビスタは。ルル、気にしないでくれ」
「ううん。それにボクにとっては大事なことだから、お礼に依頼ぐらい手伝うのは全然構わないよ」
「……訳ありか?」
「……うん。その為に、傭兵になったんだ」
「……そうか」
傭兵になると言うのは命の危険を受け入れるということだ。
つまりボクにとって、その情報は命と比べられるぐらいの価値があると言うこと。
みんなもボクがどれぐらい真剣なのかを分かってくれた様子だ。
なんとなく窓の外を眺める。
開けっ放しの小さな木の窓。そこから街道脇に生えた木々が、前から後ろへ流れていく。
そこだけ見れば、あの森の中の里に戻ったみたいだ。
(ティア、やっと王都まで来たよ。すぐに見つけてみせるから)
……ティアは家を飛び出したボクをいつも構った。
流石に村のみんなからボクを守るようなことは出来なかったけど、周りに人がいない時には、いつもボクの所に来ていた。
里の外れにある大岩の上。
そこがボクの1人でいられる唯一の場所で、同時にティアと2人で過ごした場所でもある。
……でもその大岩はもう無い。
1年前に、人間たちが里を襲撃してきたからだ。
ボクたちは魔法や精霊魔法を足止めに使って時間を稼ぎ、なんとか森を脱出した。
でも全員が無事だった訳じゃない。何人かは逃げ遅れて捕まってしまった。
新しい森に辿り着くまでに、いなくなっていたのは7人。
その内の1人がティアだ。
―――それはね、ルル。私とルルが、里一番の友達だからよ。
―――……そっか。ボクとティアは、里一番の友達か。
子供の時にティアとした、古いやり取りを思い出す。
言葉ばかり覚えてて、何の話でそのやり取りをしたのかは覚えてない。
でも、ボクの中ではその時から、ティアが大事な存在になった。
……正直に言うと、他の6人のことはどうでもいい。
ただティアだけは助けたい。
だからボクは、ティアを探す為に里を飛び出したんだ。
10日ぐらいの時間をかけて、街には無事到着した。
そのまま街で1日だけ休憩して、軽くなった馬車を引っ張り王都へ帰る。
帰り道を3日ぐらい進んだ時、ボクたち傭兵の出番が来た。
「ドラゴンだッ!! 全員出ろ!!」
見張りの声に弾かれ、全員馬車から飛び下りる。
……ドラゴン。この大陸に生息する、最強の種族。
話にはよく聞くけど、実物と戦うのはこれが初めてだ。
空を見ると、遠くに鳥みたいな影が見えた。
本当にドラゴンみたいだ。鳥とは羽ばたき方が全然違う。
「糞! なんだってこんな場所にドラゴンがっ!!」
「馬車を止めろ! 動いてると狙われるかもしれん!」
ルドルフの咄嗟の判断で全ての馬車が止められた。
ボクたちはその商団を後ろに庇うようにして陣形を組む。
「強化の魔法をかけるよ?」
「いや、まだ待て。ドラゴンは魔力を感じ取る。奴がこっちに気付いてなかったら藪蛇になる」
ゾルテはドラゴン戦の知識も持ち合わせているらしい。流石は中堅傭兵だ。
ゾルテの指示で、全員動きを止めて身を潜める。
その姿がはっきりとドラゴンだと認識できるぐらいまで近付いた時、不意にドラゴンが急降下し始めた。……ボクらの方に向かって。
「駄目だ! やっぱりバレてる!」
ゾルテの声で一斉に武器を構える。
ボクもいつでも魔法を使えるよう、腰から杖を取り出した。
これは溜まったお金で初めて買った、安物の杖だ。
杖というのは物凄く高くて、これを買うのにも結構苦労した。
今はお金があるなら情報収集の方に使うことにしている。
「『光の攻撃強化の魔法』、『光の防御強化の魔法』、『光の敏捷強化の魔法』、『持続微回復の魔法』」
「おお! 助かるよ、ルル!」
今の内に、みんなに強化の魔法を掛けておく。
これで全体の戦力が大幅に上がった筈だ。
「俺とルドルフが囮になる! シャノンとルルが魔法で攻撃、ビスタとルチアは目を狙え!」
「了解!」
「うん!」
陣形は既に組まれている。今のは最終確認だ。
低空飛行するドラゴンにゾルテとルドルフが突撃して、戦いが始まった。
ビスタとルチアも矢の届く距離まで近付いて行く。
最後方のボクたちが主力の攻撃役だ。
「『光矢の魔法』!」
「『水矢の魔法』!」
ドラゴンは体が巨大だ。上の方を狙えば、みんなに当たる心配をせずに魔法を叩き込むことが出来る。
ボクの魔法とシャノンの魔法が同時に飛ぶけど、速度の速いボクの魔法の方が先に着弾した。
光矢の魔法はドラゴンの翼に大穴を空け、遅れてもう片方の翼も水矢の魔法で傷ついた。これで空を飛ぶことは出来ない。
怯んだドラゴンの片目にビスタの矢が突き刺さった。あの距離から当てるなんて、かなりの凄腕だ。エルフにも引けを取らないかもしれない。
「がっ―――!!」
「ぐぅ!!」
咆哮を上げるドラゴンが尻尾を振り払った。直撃した前衛2人が軽々と吹き飛ぶ。
「ゾルテ! ルドルフ!」
隣でシャノンが悲鳴を上げた。
下手したら即死も有り得る一撃。
でも今は、大丈夫。
「だ、大丈夫みたいだ! ルルの強化の魔法が効いてる!」
「こちらもだ!」
地面に叩きつけられた2人だっただけど、目立った外傷も無くすぐに立ち上がった。
シャノンが安堵の溜め息を漏らす。
多分回復の魔法の効果で、痛みの方もすぐに消える筈だ。
もう1度接近しようとする2人を、ドラゴンの片目が捉えた。
ボクらの方に向かってドラゴンが口を開く。
「不味い! 火を吹く!!」
ゾルテのその声を聞き、ルドルフがボクらの方に進路を変える。盾になるつもりだろう。
でも人間が走るよりもドラゴンが炎を吐き出す方が早い。
ボクは咄嗟に防御の魔法を使った。
「『外殻の魔法』ッ!!」
ほぼ同時にドラゴンの口から炎が撒き散らされる。
人間数十人を一度に焼き払えるような業火だ。
でも見えない壁に阻まれるかのように、ボクたちには届かない。
みんなはその様子を内側から見て、ポカンとしていた。
5つ数えるぐらいが経ち、ドラゴンが口を閉じた。
どうやら炎を出すのにも限界があるらしい。万策尽きたね。
「『光の拘束の魔法』!」
光の鎖でドラゴンを拘束する。
想像した通り、物凄い抵抗力だ。あと少ししか持ちそうにない。
「今だシャノン! 一番強い魔法を!」
「は、はい!」
このドラゴンは、ボクが今まで戦ってきた中でも一番強そうに見える。
……けど、みんなが言うほど絶望的な敵かと言われると微妙だ。
正直言って、ボクが本気で戦えば勝ててしまう気がする。
ボクの魔法は範囲が広い。ドラゴンの周りに誰もいない今なら使える。
(―――『光輪の魔法』!!)
光の範囲魔法を無詠唱にして9回連続で使う。
ドラゴンを中心にして巨大な9本の輪っかが出現し、次の瞬間には閉じた。
切断されたドラゴンの上半身が地面に落ちる。
「『嵐刃の魔法』ッ!!」
そこにトドメのシャノンの風の魔法が炸裂した。ドラゴンの体が切り刻まれ、動かなくなる。
これで戦いは終わりみたいだ。
ドラゴンをこの人数で倒したというのに、みんなはシーンと静まり返っている。
なんでだろうと思っていると、隣のシャノンが口を開いた。
「…………私の最後の魔法……意味あった?」
「乾杯!! いぇーい!」
「乾杯」
依頼の達成後、みんなで酒場に来て打ち上げをすることになった。
ボクはフードのせいで飲むのが大変だ。
「なぁルルぅ~! あんたウチらの傭兵団に入りなよぉ~!」
「そうそう! ルルちゃん超頼りになるし!!」
早々に出来上がったビスタとルチアがボクに絡んでくる。
「悪いんだけど、誰かの傭兵団に入るつもりはないんだ。色々と面倒だからね」
「え~!」
「おいおい、やめとけよ。ルルにも事情があるんだろう」
「むぅ~、しょうがないねぇ」
ボクはエルフの情報が手に入った時、どう動くことになるか分からない。
仲間を作るのに不都合な身の上だ。
「にしてもルルの魔法は凄かったな。あの輪っかの奴とか」
「そうそう! あとあの防御の魔法にも驚いたよ!」
「俺は強化の魔法に感心したな。普通だったら骨の何本か逝ってた筈だ」
「そういえば、私の最後の魔法もいつもより威力があった気がする」
みんなはボクの魔法を凄い凄いと褒め始めた。
女3人は、「あんな魔法が使える魔法使いが、仲間になってくれればな~」とわざとらしく言いながら、こっちをチラチラ見てくる。
「まさかドラゴンをほとんど1人で倒しちまうとはね」
「ドラゴンに単騎で勝てる魔法使いと言えば、土の賢者様かルーチェ・ハーゲン様か?」
「あとは帝国の四魔将ぐらいかしら。とにかく凄いわ。ルルは傭兵どころか、大陸でも最上位の魔法使いだったのね」
「あはは、どうなんだろ。光の魔法は格上と戦うのに向いてるからね」
傭兵になってからは、こうして褒められることがよくある。
人生の内にティアからぐらいしか褒められたことが無かったボクには新鮮だ。
人間の世界はボクにとっては暮らし易い。少なくともあの里よりは。
ボクが正体を隠しているのもあると思うけど、基本的に人間たちはボクに敵意を向けることが無い。
ボクに敵意を持つのは、いつだってエルフだ。
ふと食欲が無くなる。
ボクはティアが大切だ。絶対に助けてあげたい。
でもボクが里を飛び出した理由は、それだけなのだろうか。
本当は、ティアを理由に里から逃げ出したかっただけじゃないのか。
それを誤魔化す為に、こんなに頑張ってティアを探しているんじゃないのか。
この半年ぐらいの間、ボクを悩ませている種。
ボクはこの先の人生を、どう生きて行けばいいんだろう。
……案外ティアを見つけたら、このまま傭兵として生きていくのも悪くないかもしれない。
もしそうなったら、どこかの傭兵団に入ってあげてもいいかな。例えば目の前の傭兵団とかね。
◆
王都に来てから4か月が経った。
エルフの情報は大した物が手に入らない。
分かっているのは、あの里は王国内にあったこと、エルフは大抵の場合奴隷として売られること、値段が高過ぎて大金持ちしか買えないこと。それぐらいだ。
どうすればいいんだろう。もしかしたら、お金持ちの家を片っ端から探していくしかないのかな。
……そんなやり方じゃ、何年かかるか分かった物じゃない。
「ルル! エルフの情報が手に入ったぞ!」
ボクを待っていたのか、ギルドに入って一番に、暁傭兵団のみんなが走って来た。
思わぬ朗報に耳を疑う。
「ほんと!?」
「ああ! どこかの大金持ちが、大陸中からエルフを集めているらしいんだ。詳しく聞くか?」
「うん、お願い!」
ついにティアへの手がかりを手に入れた。それも大きな手がかりを。
ゾルテたちの話によれば、集められているエルフは全部で6人。
しかも去年捕まった者……つまり、あの里の仲間たちを限定して集めているらしい。
集めているのはこの王国の国王。最高権力者だ。
でも噂によれば、国王自身がエルフを求めているのではなく、大金を積まれて誰かに依頼された説が濃厚らしい。
「どこで聞いても必ず同じ情報に行きつく。これはかなり信頼性の高い話だ」
「にしても国に直接依頼を出すなんて、一体どんな大物なんだろうねぇ」
「土の賢者様とか、勇者様とかかしら?」
こうしている場合じゃない。
―――王宮に、潜入してみよう。
もっと詳しいことが分かるかもしれない。
「―――ルル、行くのか」
「……うん」
椅子から立ち上がったボクに、ゾルテが寂しそうな顔で声をかけた。
いや、寂しそうな顔をしているのは全員だ。ボクもそうかもしれない。
「……もしかしたら、これでもう会えないかもしれない」
「……そうか」
この4か月、暁傭兵団とは何度も仕事を一緒にした。
きっと王都の傭兵の中で、一番多く組んだ5人だろう。
多分だけど。
この5人は、ボクにとっては仲間という奴だったんだと思う。
「……ルル。必ず、逃げ切れよ」
「……うん」
去年捕まったエルフを限定して探す、素性を隠した異様に背の低い人間。それがボクだ。
ゾルテたちはボクの正体に、本当は気付いていたのかもしれない。
みんなに送り出され、ギルドの扉の前まで行く。
「元気でな」
「頑張れよ、ルル!」
「怪我しないでね」
「上手く行くと良いね!」
「達者でな、ルル」
「うん。……みんな、ありがとう。―――行って来ます」
「ああ、行って来い、ルル!」
別れを告げてギルドから出る。
目の前に広がるのは、ボクと同じくどこまでも白い街並み。
ボクはどこか寂しい印象を受けるその道を右に向かった。
―――目指すのは、王宮だ。
王宮に辿り着いたボクは、まず最初に透明化の魔法で姿を消した。
透明化の魔法は面積が増えると消費する魔力も増える。マントは脱いで行くことにした。
敷地に足を踏み入れる前に、探知の魔法で周囲を探ってみる。
どうやら物陰や茂みの中に、たくさんの魔具が隠されているらしい。
多分侵入者対策の何らかの魔法が込められているのだろう。
傭兵をしながら習った鑑定の魔法で全ての魔具を調べていく。
いくつもの補助の魔法を組み合わせて発動し、魔具の探知を完全に無効化して侵入した。
姿は消しているけど、熟練の戦士たちは気配とかで察知してくる。
なるべく音が出ないように歩き、人に近寄らないようにしてゆっくり移動した。
王宮には、既に3人のエルフたちが集められていた。
どの顔も見たことあるような気がする。やっぱり当たりだ。
―――集められているのは6人。
捕まったのは全部で7人だ。なぜ1人だけ除外されてるんだろう。
もしかしてその依頼主とやらは、既に1人を手に入れているのかもしれない。
何にせよ、残りの3人にティアがいる可能性は高い。
毎日見に来て、ティアが来たらすぐに連れ出して逃げよう。
幸いボクならこの城から逃げるのは容易い。
あと少し、あと少しだ。
ティアとボクの1年がようやく終わる。
それがボクにとってどういう意味を持つのかは分からない。
ただ今は、ボクのことよりティアを助けたいだけだ。