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25 別れと出会い。そして、終わり

2016.7.3

先日ユニーク数(読者数)が1,000人を突破しました。応援ありがとうございます。


2016.9.8

ユンの見た目を『紫色の髪』から『赤毛』に変更。

挿絵を追加。

そうして早くも5日が経った。

その間にニーナとルルの泥酔事件とかルルが泣いたり色々あったが、今回は割愛させて頂く。


そんなことより、いい加減エルフたちを里に帰らしてやらねば。

エルフたちの家の前に、関係者で全員集合する。


「それじゃあ今から、この前の転移の魔法で里に飛ぶぞ。……元気でな」


範囲拡大化したテレポートで、例のエルフの里の入り口に飛んだ。

広大な森の中に、ぽっかり空いた木の無い広場。

そこに150人分近くの家々が立ち並ぶ隠れ里だ。

目の前に広がる光景に実感が湧かないのか、エルフたちはその場に立ち尽くしたままだ。


「ほら、もうお前達は自由だ。早く家族や知り合いを安心させてやれ」


促してやると、エルフたちがやっと里へと入っていった。

みんな口々に俺にお礼を言ってからその場を去る。

だがなぜかルルは俺とニーナの隣に残ったままだ。


「ルルーッ!!」


「あ……」


ルルを見つけたティアが走って来た。

そのままの勢いでルルに抱き着く。

あれ、エルフには抱擁の文化が無いんだと思っていたんだが。

もしかして異性とだけアウトなのか?

………………。

ティアとルルが手を繋ぐ時に顔を赤くしていた意味が分かった……。悪いことしたな。

まあその割には、この前の泥酔事件の時のルルはアレだったが。


「良かった! ルル……!」


「あはは、ボクがティアを探しに行ってた筈なんだけどね。これじゃ立場が逆だよ」


「もう!」


2人はお互いの無事を喜ぶようにしばらく抱き合っていたが、やがてふとティアの瞳が俺を捉えた。


「な、なんでハネット様と一緒にいるの?」


「あー……その辺は、話すと長いんだ」


ルルは説明したくなさそうだ。

まあ出会い方が出会い方だったからな。


「俺がエルフを集めてたから、ティアの情報を求めて接触して来たんだよ」


「う、うん、そうそう」


「そ、そうなんだ……」


嘘は言ってない。というか色々言ってない。

ルルがティアにバレないよう、目線だけでお礼を言ってきた。

その横で、ティアが急にハッとした顔になる。


「……あ! ハネット様! みんなを助けてくれて、ありがとうございます!」


「気にするな」


俺よりも、その為に土下座までした父親の方に感謝してやれ。


「……これで依頼は達成。それじゃあ2人とも、元気でな」


「お元気で」


別れを告げた俺にニーナも追従する。

こいつのこの黙ってついて来てくれる感じはなんか良いよな。


「あ! ま、待って!」


そのままニーナと帰ろうとしたら、慌てた様子のルルに呼び止められた。




「ボクも連れて行って!」




「何?」

「えっ!?」


ルルがティアの隣から、俺のたちの方へと歩いてくる。


「る、ルル……」


「ごめん、ティア」


ティアの驚きと悲しみが入り混じった視線を、ルルは正面から受け止めた。

もう決めてしまったという感じだ。


「ねえ、ハネット。ボクを仲間にしてくれる?」


「まあ俺の方は構わんが。それよりも、今はティアと話し合ってやれ」


可能性としては無い話ではない。何しろルルはティア以外のエルフたちが嫌いみたいだからな。

だが親友との感動の再会イベントが、まさか別れの挨拶になってしまうとは。

今は2人きりで話させてやろう。

ニーナを連れて2人から離れる。

周りを見ると、ティアとルルに遅れて他のエルフたちも仲間との再会を喜んでいた。




それから2分ほど。

2人は何かを話し合った後、別れを惜しむように抱き合っていた。

が、ルルの方が突然ティアを突き飛ばした。

ティアが笑っているのを見るに、喧嘩したという訳ではなさそうだが……。

こちらに歩いて来るルルは顔が赤い。何かからかわれたんだろうか。


「もういいのか?」


「う、うん。大丈夫。分かってくれた。……無駄に」


「…………」


隣でニーナが何故か目を鋭くした。ニーナには分かったんだろうか。

女の世界なのか。俺には分からないのか。それとも俺が鈍感なのか。


「おーいティア! 良いんだなー!?」


「はーい! ルルをよろしくお願いしまーす!」


「も、もう! ティア!」


ルルが珍しく声を大きくして怒っている。顔も真っ赤だ。可愛い。


「ハネット君!」


今度こそ帰ろうとしたが、里の奥の方からティアの父親が走って来た。

そういえば、責任者には一応挨拶して行った方が良いか。


「おう、依頼されてたエルフ6人、確かに全員届けたぞ」


「ああ、本当に助かった。心から感謝する。……ルルも一緒だったのか」


父親は服の袖で汗を拭きながら頭を下げると、続いてルルの方に目をやった。

ただし、ごく普通の目でだ。ハーフエルフに対する嫌悪みたいな物は感じられない。

娘のティアの親友なんだし、ルルには理解があるのかもしれない。


「う、うん……」


「ルル、お前もティアを助けに行ってくれてありがとう」


「え? あ、うん」


「ルルは俺と一緒に来るそうだ。今ティアとその別れをしてた所だ」


「……そうなのか」


「う、うん」


ルルはこの父親が苦手なんだろうか。全自動相槌打ちマシーンと化している。

それともティア以外のエルフにはいつもこんな感じなのか。


「……そうか。ハネット君、ルルをよろしく頼む」


「ああ、まあ生活ぐらい保障してやるさ」


「助かる」


これでもう用事は無いな。マジで帰ろう。


「それじゃあ俺たちは帰る。もう人間に捕まるなよ」


「ああ。気を付けよう」


言いながらニーナとルルと手を繋ぎ、テレポートの準備をする。


「―――おじさん。ありがとう」


「……ああ。元気でな、ルル」


テレポートを唱える間際、最後にルルとティアの父親が別れの挨拶をしていた。

まあティアも父親も、これがルルとの今生の別れって訳でもない。このテレポートでいつでも会わせてやるさ。




エルフたちに貸していた家の前に帰って来た。


「とりあえず、ここをルルの家にするか」


倉庫は一旦売却し、普通の家を建て直してやろう。


「えー、ボクもニーナみたいに、ハネットの家の近くが良い」


嬉しいこと言ってくれるじゃないの。

しょうがないなーまったく!


「そ、そうか。じゃあニーナの家の隣にでも建てるか」


「うん、そうして。ニーナも良いでしょ?」


「そうですね、私は構いません。これからもよろしくお願いしますね」


「うん、よろしく」


お隣さん同士で握手している。

この数日で随分仲良くなったようだ。

……あの泥酔事件が効いたんだろうか。


にしても本当にルルが仲間になったのか。

これからは毎日ログインしようかな、なんつって。









時は戻り、ハネットたちがルルと出会う半月ほど前。

王宮、謁見の間には、物々しい装備に身を包んだ集団が跪いていた。


跪いているのは男3人、女2人の計5人だ。

それぞれが着用している装備は、そのどれもが大陸最上位の物だ。

素人ですら、一目見てその価値と力を悟れるほどの一級品。

しかしよく見ると鎧はくすみ、盾は傷だらけ、服もほつれや汚れが目立つ。

その様子からは、彼らが激戦を潜り抜けてきた真の猛者であることが容易に分かる。


「勇者よ、よくぞ無事に帰ってきてくれた。そして此度も民を救ってくれたこと、心から感謝するぞ」


「はいっ。光栄です!」


玉座に座る国王が労いの声をかける。

その『勇者』という呼び名に反応したのは、まだ20歳手前といった見た目の、美しき少女だった。

長い赤毛の髪に、魔法が込められているのであろう紫の服、その上から動き易いよう最低限の鎧とかさばらない魔具だけを装備し、腰には代名詞とも言える『聖剣』を刺している。

見ているだけで不思議と気分が明るくなるような、そんな太陽のような雰囲気を持つ少女だ。





挿絵(By みてみん)





「それでは此度の報告を聞こう」


「では私の方から。まず今回の魔族討伐に関してですが……」


勇者と呼ばれた少女とは違う、もう1人の少女の方が報告を始める。格好から見るに、こちらの少女は魔法使いであるようだ。

その後ろでは、長旅で疲れたのか軽装の男が船を漕ぎ始めており、隣の大きな盾を背負った騎士風の男に肘打ちされていた。


「ふむ……魔王城の攻略か。面白い、聞かせてみてくれ」


「はい。魔族には、それぞれの集団を統べる将のような者たちが存在します。それが普段は魔王城を根城にしており、大陸に進撃する時だけ軍勢を率いて姿を現す訳ですが……。大陸中の目撃情報を調べてみた所、この将の魔族たちが同時期に目撃される機会が定期的にあるのです」


「ふむ……つまり魔族たちは、定期的に総力を上げて攻めてきている時がある……ということか?」


「はい、その通りです。ですがそれは裏を返せば……」


「裏を返せば、その間は魔王城の戦力が一気に減るってことでもある訳ですっ」


魔法使いの解説を美味しい所だけ奪い取った勇者が、悪戯っぽい笑顔で言う。

2人のその解説に、国王は思案するように目を細めた。


「……なるほど。つまり魔王城が手薄になるその間に、魔王を叩いてしまおうという訳か」


「はい。それが今回わたくし達の方からご提案させて頂く作戦、『魔王城攻略作戦』の概要になります」


魔族の総本山である魔王城。

数年前突如出現した、山のようにそびえ立つ超常の建築物。

魔族たちの軍勢はそこから湧き出しており、その中は奴らの繁殖地であるという説が濃厚だ。

……その魔王城を、攻略する。

確かにあれを潰すことができれば、魔族問題が解決するのは時間の問題。

増えるのを止めることさえ出来れば、勇者の力で残党を殲滅しきることは充分に可能なのだ。

問題は魔王の実力が不明であるというリスクと、かかる費用の辺りだが……。


()()()の残した、金貨2千枚……ギルスターの話では、かなり余るだろうという事だったな――)


「ふむ……興味深い話だ。検討してみよう。では、報告ご苦労だった。報酬は部屋に届けさせる。ほんの数日ではあるが、束の間の休息を楽しんでくれ」


「はい! ありがとうございます!」


臣下の1人に案内され、5人が謁見の間から退室する。

その横では既に、作戦を検討するための手配が始まっていた。






「あ~、久しぶりの寝台だ~!」


「も、もう。行儀が悪いよ、ユン」


どうやら勇者の名前はユンと言うらしい。

女性陣に用意された2人部屋では、一瞬で装備を脱いで身軽になったユンが高級ベッドに飛び込んでいた。それを魔法使いがマントを脱ぎながら窘める。

ちなみに残りの男3人は別の部屋だ。今頃は街に繰り出しているかもしれない。

「え~」と言いながら背中で跳ねるユンだったが、突然何かを思い出したかのようにガバっと起き上がった。


「あ、そうだ。お風呂貸して貰おうよ、ルーチェ」


「そうね。もう着替え終わるからちょっと待って」


「も~、は~や~く~」


「はいはい」


仲間と言うより、姉妹のようなやり取り。

故郷に姉を持つユンは、このルーチェと呼ばれた少女をその姉と同じぐらいに慕っていた。

メイドに案内されながら、ユンがルーチェを引っ張るようにして連れて行った。






入浴して旅の疲れを癒した2人が、体の水気を拭きながら雑談している。

この王宮では体を拭くのも着替えるのもメイドが手伝おうとしてくるが、恐縮した2人は随分前にそれを断っており、脱衣所には2人っきりだ。


「ねえ、この後ルーチェはどうする?」


「そうね。せっかくお風呂に入ったし、綺麗な内にクラリカ様にお手紙でも出しに行こうかな」


「ルーチェは本当にニーナさんが好きだね~」


「もう、からかわないで。ユンはどうするの?」


「僕は久々にのんびり散歩でもしようかな。今日は天気が良いし」


「そう。気を付けてね」


「分かってるって」


別行動することになった2人はここで別れる。

ユンは身軽な格好のまま散歩に出かけ、ルーチェはおしゃれをする為に部屋に一旦戻って行った。

ラフな格好に剣だけ腰に刺したユンが、王宮内を歩き回る。





挿絵(By みてみん)





途中、開いた窓から戦士団の訓練が見え、そちらに顔を出すことにした。

部下たちと共に剣を振っていた戦士長が、ユンの接近に気付いて剣を下す。


「おお、ユン殿。此度も無事に戻られたか」


「うん、大丈夫だったよ。ゼストさんも変わりないね」


「ああ、私の方は相変わらずだ。そっちはいつもの散歩か?」


「そうそう。散歩は良いよ。のんびりした気分になってさ」


「……ふ。散歩か」


ユンの言葉に、戦士長がふいに何かを思い出したかのように苦笑した。


「散歩がどうかしたの?」


「いや、ちょっと王宮に来るなり散歩し始めた面白い御仁のことを思い出してな」


「へ~。あはは、僕と気が合いそうな人だね」


「……うーむ、どうなんだろうか。ユン殿とは相性が良いのか悪いのか……。かなり扱いの難しい方だったからな……」


「『御仁』とか『方』ってことは、偉い人だったの?」


「まあそうだな。何しろ陛下が頭を下げるぐらいの相手だからな」


「ええ!? 国王様が!? もしかして、ニーナさんのお師匠様とか?」


ユンの言葉に、戦士長が目を見開く。

ユンが言っているのは先代賢者クラリカのことだろうが、答えは当たらずとも遠からずである。


「……ああ、そうだな。そのまさかだ」


「へ~、ニーナさんのお師匠様かぁ。……会ってみたかったな~っ」


「ぷっ、あはは」


「え? なに? なんで笑うのさ」


「いや、ちょっとな。その内意味が分かるさ」


「え~、何その言い方! 気になるんだけど!」


「ははは」


中庭では、人懐っこい勇者が空気を賑やかにしていた。







「……え?」


王都の一画。

貴族街と呼ばれる高級住宅街のとある屋敷の前で、ルーチェは立ち尽くしていた。

その前には巨大な門と、その横の普通サイズの扉から顔を出す老執事の姿がある。


「ハーゲン様、お忙しい中来て頂いたのに申し訳ありません。ですがクラリカ様は、既にこの王都から立ち退かれておられます」


ニーナと定期的に文通しており、それを楽しみにお洒落までしてきたルーチェは、その言葉のショックで完全にフリーズしていた。

ルーチェはニーナの大ファンの1人であった。他の多くの魔法使いたちと同じく、装備や髪形などをこっそり真似したりもしている。


「そんな……あの、どこに引っ越されたんですか?」


「それが……申し訳ありません。クラリカ様は理由も転居先も一切秘密になさったまま出て行かれてしまいまして……今はどうされているやら……」


ルーチェがガクリと膝を落とす。

往来で四つんばいになるルーチェに、老執事が周りの目を気にして慌てている。

これが憧れのニーナにもう会えないと聞かされた、ニーナの次に強いとまで言われた天才少女の姿だ。


「そんな……そんな……」


「は、ハーゲン様。クラリカ様の現在について、街の噂話であれば1つございますが、お聞きになられますか?」


「教えて下さい!」


ルーチェがガバっと立ち上がる。

老執事は、長い立ち話になりそうだと心の中で溜め息をついていた。






「マジか。あの賢者さん、国王さんに貰った屋敷を出て行ったのか」


夕方。

5人で集まり夕食を食べながら、ルーチェが今日聞いた話を仲間たちに話していた。

ルーチェから聞いたニーナの行動に、昼間眠そうにしていた男が驚いている。


「ふむ、その老執事のこともそうだが、急に仕事をクビになって、使用人たちはどうなったんだ?」


「あ、その辺りはクラリカ様がどうにかして行かれたそうです。退職金を全員に支払い、次その屋敷に住む方に、そのまま雇って貰えるよう手続きしてあったらしいです」


「そうか。その辺は賢者様らしい行いだ。どうやら何か訳があるらしいな」


大盾の騎士はニーナの無責任な行動が気になっていたようだが、使用人たちへのアフターフォローを知ると、考えを改めたようだ。


「なんかやって夜逃げ?」


「おい、やめろよ。ルーチェがキレる」


最初の男の軽口に、反対側の席に座っていた戦士風の男が苦言を呈した。

もっとも内容にではなく、仲間の約1名が面倒臭いからという部分に性格が見える。

当然ルーチェはこの2人の言動にキレた。


「ま、まあまあ、ルーチェ。落ち着いて、落ち着いて」


「むう~」


「はいはい、悪かったって」

「あー悪かった悪かった」


全く謝る気の無い謝罪に、再びルーチェが爆発する。

怒るルーチェに、それを宥めるユン。そして更に煽る2人。

大盾の騎士……エドヴァルドだけが無関係とばかりに優雅に食事を進めている。


「はぁ。いや、そういえば、この話はクラリカ様の話が主題じゃないんですよ」


「あれ?賢者さんが夜逃げしたって話じゃなかったのか?」


「だからクラリカ様はそんな―――」


「あーそのやり取りもう終わり! ジンもシャルも黙っててよ!」


「へいへい」

「今俺喋ってないのに……」


「はあ。あ、それで? 結局ルーチェは何の話がしたかったのさ?」


「あ、そうなんです。クラリカ様が王都を去った理由が、街で噂になってるそうなんですよ」


「噂?」


「はい。その執事さんから聞いたんですけど……、なんでもクラリカ様よりもっと強い魔法使いが現れて、クラリカ様はその人に弟子入りしてしまったと言うんです」


部屋の空気が静まり返る。

驚愕というより、興醒めと言った雰囲気だ。

ちなみに給仕をしていたメイドが身じろぎしたのには誰も気づいていない。


「いやいや。それはありえねーだろ。あの賢者さんより強いって、本当だったとしたらドラゴンかなんかかよ」


「その辺のドラゴンよりもあの人の方が強いんじゃないか?」


「エンシェント・ドラゴンぐらいしか思いつかないな」


「ですよね! みんなこんな愚かな噂を本気でしてるなんて、どう―――」




「ああ―――っ!!」




ユンが突然大声を上げて立ち上がった。全員の目がそちらに向けられる。


「そ、そういう意味だったんだ!!」


「ゆ、ユン?」

「食事中に立つな。行儀が悪いぞ」


ユンの奇行を心配するルーチェと、いつもの事かとすぐに元に戻る男性陣。


「ち、違うんだよ! それ多分、噂じゃなくて本当のことだよ!」


「は?」

「はぁ?」


自分の意見に対する仲間たちの反応が冷た過ぎて、流石のユンもちょっと拗ねたが表には出さなかった。


「今日ゼストさんが言ってたんだよ! ニーナさんのお師匠様がこの前王宮に来てたって!」


「そりゃ先代の話だろ」


「いや、僕もそう思ってたんだけど! その時にゼストさんが、『その内意味が分かる』って言って僕を笑ってたんだよ」


「そりゃお前の田舎臭い(つら)が面白かったんだブッ!?」


ユンが投げた神速の匙が、ジンと呼ばれていた口の軽い男の頭に直撃した。

衝撃で椅子ごと吹っ飛んだジンは白目を剥いている。

他の仲間たちは「あーあ」というぐらいにしか反応していない。よくあることなのだろう。


「なるほど。ちょっと引っかかる言い方だな」


「でしょ!? 物凄く偉い人で、国王様も頭を下げるぐらいの人だったって言ってたから、本当にそんな凄い魔法使いが現れたんだよ!」


「うーんでもなぁ。ちょっと考えられないよなぁ」


「そうだ、侍女さんは何か知ってる?」


「えっ……」


ユンに突然話を振られ、一番近くに控えていた侍女が動揺する。


「あ、あの……は、はい。確かにその方はいらっしゃいます」


「なに!?」

「ほら!」


メイドの肯定の言葉に、気絶している1人を除いて全員が反応を示す。


「本当なのかよ。詐欺かなんかじゃないのか?」


「私の方では詳しいことは……。ですが少なくとも彼のお方は、私たちの目の前で、伝説の転移の魔法をお使いになられました」


「転移!!?」


今度こそ4人が驚愕を表した。

驚くユンが他のメイドたちにも目線で尋ねるが、全員が頷いていた。

ユンたちは王宮内では最上位の客として扱われている。当然そのような人間の相手をするメイドもエリートで揃えられており、必然的に数が少ない。その為この場にいるメイドたちは、あの日ハネットとニーナの世話をしていた6人の内の3人であったのだ。


「そ、それ、どういう感じだったんですか!?」


魔法使いであるルーチェが一番に食い付く。


「は、はい。私は帰って来られた所しか見ていませんが、瞬きした次の瞬間には、彼の方と賢者様が目の前に立っていました」


「クラリカ様も一緒だったのですか!?」


「はい。彼のお方を『師匠』とお呼びしておられました」


「そ、そんな……本当に……?」


「うっわー! 凄いなぁ。会ってみたいなぁ」


「おいおい、少し離れてた間に凄い事になってるじゃないか……」


「歴史的な瞬間を逃したな……」


しばらくその話題で沸いていた4人だったが、未だ食事中であったことを思い出し、とりあえず着席する。

気絶していたジンは、シャルという愛称で呼ばれていた戦士風の男、シャルムンクに叩かれて目を覚ました。1人だけ後から事情を聞かされ驚いている。


「その人、僕より強いのかなぁ?」


「それは流石に無いだろ。今じゃ賢者さんでもお前の強さの半分ぐらいなんだろ? せいぜいそれよりちょっと強いぐらいじゃないか?」


「俺もそう思うな。そもそもユンより強かったら、そっちが勇者に選ばれてたんじゃないか?」


「あ、そっか」


「なあ、君たち。その方は、どんな見た目だった?」


エドヴァルドの言葉に、メイドたちの視線が一斉に1人のメイドに向かった。

自然とユンたちの視線もそのメイドに向けられる。

部屋中の視線を集めたメイドは、あのハネットを担当したメイド長だった。


「あ……か、かっこよかった……です」


メイド長は頬を染めて目を泳がせた。

その分かり易い様子に、ユンたちは彼女の事情を察する。


「てことは男か。賢者さんを超える魔法使いの上に、美形かよ。美男美女師弟ってとこか」


「もしかして賢者さんも既にお手付きだったりしてなブッ!?」


今度はルーチェから匙が飛んだ。

この日は謎の大魔法使いの話題で、寝るまで盛り上がっていた。











「勇者。先日の魔王城攻略の件だが……正式に採用しようと思う」


2日後。

謁見の間に呼び出された5人に、国王から最初にかけられた言葉だ。


「はい!」


「うむ。それにつき、今から始まる作戦会議に参加して欲しいのだ。この作戦は、貴公らの意見を中心にして練りたいと思っている」


「はい! お任せ下さい!」


「では1刻後、部屋に執事を向かわせる。その案内で会議室まで来てくれ」


「かしこまりました!」


こうして魔族を滅ぼす為の、最重要作戦が幕を開けた。

魔王城に乗り込む人数は僅か五百人。

ユンたち自身からの要望で、最精鋭のみを集めた少数部隊で乗り込むこととなったのだ。

魔族は基本的に戦闘力が高い。

それに対抗し得るレベルの兵となると、同盟国全体から集めたとしても、この人数にしかならないのだ。

またその中であっても、将や魔王と直接戦えるのはユンたち含めて14名のみである。

作戦当日、まずは総力を持って魔王城最下層を占拠。

その後は最大2週間の期限の中で、魔王城を攻略していく手筈となる。

作戦決行は67日後。

それが魔族たちの総出撃の次の周期。

65日後までに全軍が魔王城周辺に身を潜めて待機。

その後敵魔族の大群が魔王城から進撃したのを確認し、突入することになった。






その日の夜。

宛がわれた部屋の窓際で、男達は3人仲良く酒を酌み交わしていた。


「決死の作戦になるな……」


エドヴァルドがポツリと零す。

ジンもシャルムンクもそれに頷いた。


「まあ……今回ばかりは、何人か死ぬかもしれねーな……」


「魔王とかいうのがどれぐらい強いのか……。だが、あの魔族共を束ねる存在だ。無傷とは、いかないだろうな……」


魔王の目撃情報は無い。

魔王というその存在自体も、魔族たちが残した『世界全てを魔王の物に』という犯行声明から言われている物に過ぎない。

もしかしたらいない可能性すらあるのだ。

だが、魔族たちの『群れ』というより『軍』とでも言うべき統率された動きを見るに、それらを指揮するより上位の存在が陰に潜んでいるのは確実。

男たちは口数少なく酒を流し込む。

体一つが武器である彼らは、あの2人に比べて死亡する確率が高い。

そうでなくとも、彼らの性格上、彼女たちを庇って散る可能性もあるだろう。

口ではいつもからかっているが、どちらも彼らにとっては妹のような大切な存在なのだ。


「高い酒は美味えな……」


「ああ……」


それから三人は、特に何か話すでもなく、窓から覗く月を眺めていた。






その頃女性陣の部屋では、ユンがルーチェに膝枕をして貰っていた。

彼女がルーチェに甘える時の定番スタイルだ。


「聖剣に選ばれてから、2年。……とうとう、魔王との決戦かぁ……」


ルーチェの膝に頭を横たえるユンの目は、正面の自分のベッドに置かれた1本の剣……聖剣を見つめている。


「そうね……。そしたら……そしたら、私達の戦いも、やっと終わりね」


「……うん。そうだね」


ユンの手がルーチェの手に伸ばされ、しっかりと握られる。



「―――僕が、みんなを守るから」



「……うん」


ルーチェは空いている方の手で、ユンの頭を優しく撫で返す。

ユンの戦闘力は世界で最も高い。

だからこそ、身体的負担も精神的負担も最も大きな物になる。

戦いの中では誰より働き。

そして誰かが死ねば、それは救えなかったユンの責任となるのだ。

だからこそ、聖剣は心の強い者を自らの担い手に選ぶ。

大陸に数人だけ存在する『変異者』。その中から、その時代で最も強い心を持つ者だけが、聖剣に選ばれるのだ。

……それでも。

それでもこのユンという、家名も持たないただの村娘に背負わされた責任は、彼女の心を容易く押し潰してしまう。

この2年でそれが分かるようになったルーチェは、こうして度々彼女に膝を貸して来た。

彼女の人懐っこさは、故郷に置いて来た家族たちの代替を求めた物なのだ。

ユンにとって、ルーチェは姉であり、友達であり……そして、親だった。


「僕が、みんなを守るから……」


「…………」


自分に言い聞かせるように、何度もそう繰り返すユンを、ルーチェは無言で撫で続けていた。

彼女が束の間の眠りにつく、その時まで。

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