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22 開店と新住民

2016.6.30

ボッツとニーナにみんなの仕事をどうするか相談した後、俺は早速北の村へと赴いた。

みんなに農業のいろはを叩き込んでくれる、指南役となる農夫を移住させて欲しいからだ。


「つーわけなんだ。農業が出来る中から、移住しても良いという奴がいないか聞いてみてくれ」


「かしこまりました、ハネット様。また数日、お時間を頂いても構いませんか?」


事情を聞いた村長は、とくに逡巡するでもなく首を縦に振ってくれた。

そんな適当で良いのだろうか。もしかしたら恩返しとか、そんな気負った考えで頷いているんじゃないだろうか。


「まあいなくても構わんから、本当に希望者がいないか調べる程度の気持ちでいいぞ」


「それはいいのですが、むしろ逆に、複数の希望者が出るかもしれませんよ?」


ありゃ、気負うとかじゃなく、単純に見つかる可能性が高いのか。


「そうなのか?」


「はい。何しろハネット様の集落の方が、住み心地が良さそうですから」


なるほど。まあそれは間違いないな。

少なくとも飢える事は絶対に無いだろう。

あと清潔だし、給料も出るし、教育もある。

守ってきた物より得る物の方が大きいのなら、そういう選択をする者がいても不思議じゃないか。

しかもこの現地の人間は、固定観念に縛られていそうなイメージと逆で、意外と強かに生きているからな。


「なるほどな。まあその時はいくらでも受け入れてやるよ」


「かしこまりました。ではそれも踏まえて聞いてみましょう」


「ああ、頼んだ」


店の開店もあるからな。早けりゃ早い程良いが、いつ頃になるだろうか。

いつ頃になるで思い出したが、エルフの件はどれぐらい待てば良いんだろう。

現実では10日ぐらい前だが、ゲーム内時間では1ヶ月ぐらい経つんじゃないだろうか。

エルフは王国中に散らばっている筈。

転移も通話も無しにそれを探そうと思ったら、どれぐらいの時間がかかるのか。

下手したらもう何か月とか、半年とかかかるかもしれん。

いや、1年以上という線もあるだろう。


(……よし、2か月だな)


話を持ちかけてから2か月。つまりあと1か月待っても連絡が無いようなら、俺が自分で探す方に切り替えよう。

その時は王国との協力関係も破棄だな。こっちは損しかしてないし。

役に立たない奴はいらん。




翌日。

みんなが学校で授業を受けている間、俺は1人、店で金の計算に明け暮れていた。


というのも明日から店が開店する予定なので、住民たちには今日の内に金を持たせてやりたいのである。

せっかくだし、開店したその日に買い物できた方が楽しいだろう。

住民たちはまだ仕事をしてないが、この給料の理由は「この集落では授業を受けるのも仕事の内」とかそんなん言っとけばいいだろう。

店の商品に付けた値段を見て回り、どれぐらいの給料にするか考える。


(あの村では銅貨さえあれば生活ができるみたいだった。だがこの店で売っている物は、食料を除いてかなり割高だ。給料は月給制にする予定で―――)


「ボッツ、あの村では、1人が一月にどれぐらいの金を使ってたと思う?」


まずは月給の相場だ。

その基準点を作る為、娘と2人で開店準備に勤しんでいるボッツに尋ねる。


「そうですねぇ……まあ食費だけなら、銅貨10~20枚もあれば、なんとかなるんじゃないですかね?」


確か金貨が銅貨千枚だと計算した記憶がある。

ということは銀貨は銅貨百枚か。

『金貨1枚=銀貨10枚=銅貨1000枚』とメモに書く。

店のラインナップ的にも、多分銀貨1枚だと高すぎる。

銅貨30~90の間にするか。

う~ん……。


(……決めた。最低値の銅貨30枚にしよう)


みんなも道具なんかはまだ買うまい。

食料だけ買うとして、他で銅貨20枚が妥当なら、1.5倍の30枚でも十分な筈である。

しかも今は家庭科のおかげで無料で食事にありつけるしな。

今回貰える給料は、純粋に貯蓄や贅沢に回すことが出来る物だ。

それに今回は、あくまで本当の仕事に与える給料ではない。

言ってしまえばバイトの試用期間みたいな物だ。

とりあえずは銅貨30枚が、この集落での最低賃金ってことにしとこう。

正式に仕事が始まったら、月給50枚前後ぐらいにするかな。


「よし、最初の給料の金額を決めた。俺はちょっと集落の外に外出してくる」


「はいよ! 行ってらっしゃい!」


「い、行ってらっしゃいっ……」


ボッツ親子に見送られ、まずは学校に赴いた。

これからやる作業には、ニーナの助けが必要なのだ。


「ニーナ、授業中すまんが、ちょっと来てくれ」


「? はい」


ニーナを拾い、転移で彼女の家まで来た。


「ちょっと銅貨と銀貨を1枚ずつくれ」


「分かりました、すぐ持ってきます」


ニーナは俺の前ではほぼイエスマンだ。説明しなくてもとりあえず頷いてくれるので助かる。

下手したら「今からお前を抱く! 理由を話している暇は無い!」とか言っても頷いてくれるかもしれない。いや、ないか。

帰って来た彼女から2枚を受け取り、もう1度転移で学校に送ってやってから、家に帰ってスタート画面まで戻る。

そのまま俺の所有世界に接続し直し、ハネットファームの庭に出た。

今からやる作業は、ちょっと集落のみんなには見せたくない。

なぜなら()()()()作業だからだ。


「『セイクリッドコート』、『セイクリッドシールド』、『ライトガーディアン』、『リヴァイヴ』、『リジェネレート』、『ゴッドブレス』」


最強クラスの防御系魔法を一通りかける。

無詠唱化してないので黄色い魔法陣が出まくりだ。


これらは全て、今から使う『本命の魔法』を使う際の基本準備だ。

その魔法は一旦発動し始めると、15秒間に渡って行動が取れなくなってしまう。つまりは完全な無防備だ。

その間に攻撃された時のことを考え、あらかじめ防御魔法をかけておく訳である。

本来ならここは俺の支配惑星なので、ぶっちゃけ攻撃される心配はほとんど無い。

だがゼロでないなら、一応は念を入れておくのが俺だ。

実はプレイヤーが俺を監視していて、このチャンスに攻撃して来ないとも限らないしな。


大量に消費したMPを、ショートカットに登録したMPポーションで回復する。

ちなみに俺のMPポーションは量産が容易な安物なので、全快させようとしたら連打する必要がある。


これでとりあえずは準備完了。

さて、魔法の効果が切れる前に始めるか。


「『はじめに神は大地を創った―――』」


普通の魔法とは違う、特殊な詠唱。

その直後、俺を球形に包むような形で、巨大な立体魔法陣が出現した。

俺の体は既に、先ほど唱えた『ゴッドブレス』という魔法によって、大きなバリヤーに包まれている。だが今出現した立体魔法陣は、そのゴッドブレスのバリヤーを更に上から包んでしまうような、馬鹿でかいサイズだ。

白い輝きが蛇のように文字を描いて魔法陣を形成していき、完全な球体を形作ると、続いて空へと向かって木の枝のように伸びて行く。

先程の立体魔法陣と違い、こちらの魔法陣はいつも通り平面だ。

だがそのサイズがまた大きい。恐らく最終的に100mぐらいにはなるだろう。

ちなみに今は地面に立っているので見えていないが、この魔法陣は上だけではなく下にも同じ物が展開されている。

球体の立体魔法陣が中心にあり、そこから上下に2本の大樹が伸びていくかのような魔法陣なのだ。

多分最初の惑星である、ユグドラシルの世界樹をモチーフにしているんだろう。


魔法陣自体は派手でかっこいいんだが、中心の術者がこうしてボーっと突っ立ってるだけというのはなんだか間抜けだ。

せめて10秒に短縮してくれないかなぁ。


やがて15秒が経過し、その巨大な魔法陣がやっとのことで完成する。



「―――『ジ・アルケミー』」



魔法名を詠唱した瞬間、上下の魔法陣が組み変わるようにして形を変え、平面から立体の魔法陣に変化する。

その一際目立つエフェクトを最後に巨大魔法陣は弾け、幻想的に空中へと消えていった。


―――ゴロゴロン


直後、俺の目の前に大量の茶色い塊が溢れ出した。

その正体は銅のインゴットだ。それが地面から湧き出すようにして出現した。

……え、魔法の効果? これだけだよ?


(それにしても、あの派手な演出から効果がコレってのはシュールだなぁ)


―――この派手なエフェクトに反して、途轍もなく地味な効果を持つ魔法は、土の最上位魔法、『ジ・アルケミー』だ。


魔法にはそれぞれの属性毎に、たった1つずつだけこの最上位魔法が存在する。

そして今使ったこのジ・アルケミーの効果。それは大地を構成している素材アイテムなら、何でも生産できるという物だ。まさかの攻撃魔法じゃないっていうね。


……実はこのジ・アルケミー。攻略サイトにはその存在が書かれていないという、地味にレア魔法だったりする。

というのもまず、土魔法自体がこのザ・ワールドにおいて人気が少ない。

何しろ俺達は200レベから宇宙空間で戦うようになる。そう、宇宙空間だ。

考えてもみて欲しい。宇宙空間で地面を使った攻撃なんて出来るか?

ようするにこのゲームにおいて、土属性は完全に死に属性なのだ。

ほとんどの人間が、土魔法にポイントを振るぐらいなら他の魔法にポイントを振る。

おまけに大抵の場合、最上位魔法はその属性の全ての魔法を覚え、更にその属性を強化するスキル、更に更にその魔法の効果や由来に関係したスキルまで全取得しなければ、習得候補のリストに出てこない。

最後のはこのジ・アルケミーの場合生産スキルだ。それも複数の。

攻撃スキルガン振りが安定と言われているこのゲームにおいては、地味に難しい出現条件である。

ちなみに俺は「畑耕すのに便利だから」とか言ってアホみたいなキャラビルドをしてたら勝手に出た。

……でも多分だが、レベルが4千超えてる奴もいるとかいうガチ勢たちなら、持っている奴は意外といるんじゃなかろうか。

だがガチ勢なら情報をネットに流すような事はしまい。

周りが強くなれば、相対的に自分は弱くなるからな。

ガチ勢はそういう所もガチだからガチ勢と呼ばれているのだ。


それにこの魔法は最上位魔法の中ではゴミみたいな地味さだが、地味故に、地味な凶悪さを持っている。


―――それは、金のインゴットを無限生産できることだ。


ようするに、所持金を無限に増やせるのである。

今から俺がやるやましい作業というのはその真似事だ。

目の前の銅インゴットを一旦アイテムボックスに仕舞う。


「『アイテム作成』」


そしてそのインゴットを素材に使い、スキャンしてコピーした銅貨を大量に生み出した。


そう、贋金作りである。


実はあの王国にくれてやった金貨2千枚もこうやって作った物だ。

まあ実際に素材が金とか銀だから許しておくれ。価値は変わらん。


(あーあ、それにしても……)


結局現地の金貨、銀貨、銅貨で3枠は使っちまったなぁ……。

俺は圧迫されるアイテムボックスを覗いて溜め息をついた。




「ちょっと全員座ってくれ」


集落に帰り、昼食が終わってから全員を集めて地面に座らせた。

初給料という名のお小遣いの授与である。


「まず最初に。……実は明日から、ついに店が開店することになった! はい拍手ー!」


言いながら俺が率先して拍手してみせると、まず真っ先にニーナが拍手し、次に元孤児たち、そしてそれに釣られるように全員が拍手する。

なんか小学校とかでよくいる、無理して生徒たちのテンションを上げようとしてる教師みたいで寒いな。もう一生しねーわ。


「……そこでだ。明日から早速お前達が買い物できるよう、約束だった給料を払おうと思う」


「えっ……!」


住民たちが騒然とした。

喜び1割、困惑9割といった所か。


「師匠、まだ仕事はしてませんが、給金の前払いということでしょうか?」


その疑問を言い出せなかった住民たちに代わり、ニーナが口を開いた。


「いや、これはこれまで授業をちゃんと受けてきた事に対する褒美みたいな物だ。まあこの集落では授業を受けるのも仕事の内……ということだな」


ただの建前だが。


「……なるほど。よく分かりました」


ニーナにはこれが単なるお小遣いだという事が分かったらしい。

俺を見ながらニヤニヤするんじゃない。


「ということで、これはお前達がここで正しく生活してきた事を評価したという、正当なボーナスだ。初給料おめでとう。みんな明日はこれで美味いもんでも買え」


一番近くに座っていた少女を立たせ、銅貨30枚を入れた重い小袋を渡す。


「今日までよくやった。これからもよろしく頼む」


「あ……ありっ、ありがとう、ございます……!」


受け取る少女は涙目だった。

奴隷からの初給料ということで、感動の桁が違うのかもしれない。


そうして1人1人を俺の前に呼ぶ形式で、次々と給料を渡していく。

元奴隷チームは感動、元孤児チームは人生初の給料に顔を輝かせていた。


「お前ももう、スリはしなくてよくなったな」


「うっ…………」


例のスリのガキは永久にからかって遊ぶ自信がある。戦士長と同じだ。


全員に配り終わり、再び元いた場所に腰を下ろした面々を見渡す。

さて、一応最後に釘を刺しておくことがある。


「最後に一応言っとくぞ。お前達は今この瞬間から金を持った。で、そうなると当然、盗みを働こうという者が出てきて不思議ではない」


一旦区切り、間を空けながら表情を厳しくしてみせる。


「もしこの集落から泥棒が出たら……そいつには死んで貰う」


良い雰囲気が台無し。

まさにその言葉がふさわしい空気になった。

特にスリのガキは俺が本気なのが分かる為に顔が真っ青だ。


「覚えておけ。この集落において、仲間に害を及ぼすことは重罪だ。それぐらいなら、俺に直接不満を訴えろ。正当性があれば助けてやる」


一睨みすると全員首を縦に振ってくれた。


「それだけだ。じゃあ今日は解散」


そういえばニーナにも教師役としての給料を払った方が良いんだろうか。

……いや、まあいいか。

あれは俺の弟子を続ける為の試練みたいなもんだ。何度も言うが、役に立たない奴はいらん。

それにニーナは俺から何回か小遣いを貰っているので構わないだろう。しかも銀貨とか金貨とか混ざってた筈だし。言うなれば2~3年分ぐらいの給料を前借りしている状態だ。


「さて、売れ筋商品が何になるのか、気になる所だな」


「そうですね。やはりお菓子とかでしょうか?」


「そうだな。お前が買い占めるもんな」


「なっ……ち、違います」


ニーナが俺の冗談に顔を赤くする。

いくら甘い物好きでも、流石に買い占めまではしないか。……しないよな?

まあ趣味が駄菓子屋通いという賢者もギャップがあって可愛いけどな。

つーか俺的には肉の方が売れるんじゃないかと思っているんだが、どうなんだろうか。


「あ、そうだ。目安箱とかも設置してみるか」


店には今んとこ、日常生活で使いそうな物しか置いてない。

どんな予想外の要望が出るか楽しみだ。


「メヤスバコ?」


あれ、アンケートだと伝わりそうになかったから目安箱と言ったんだが、それでも伝わらないのか。


「アレだ。あのー……店にな? 箱を置くんだよ」


「箱ですか」


「ああ。そんで住民たちは、欲しい物があったらそこに書いて入れる訳だ。俺が後でその箱を見て、要望のあった商品を追加するって寸法だな」


「ああ、なるほど。それは良いかもしれません」


ニーナは目安箱という概念を理解してくれたようだ。

そういえば目安箱って現実ではいつの時代からあったんだろう。

流石に旧時代の時点で既に存在していたんじゃないかと思うんだが……。









翌日。

学校が終わると同時、みんなで店にやって来た。既にボッツと娘さんが表で待っている。

店はシャッター全開だが、今朝の内に紅白のリボンを張って封鎖しておいた。


「よし、みんな。この封を切った瞬間から、この店は自由に使っていいぞ」


アイテム作成でハサミを作り、リボンに合わせる。

一応の開店セレモニーだ。


「よっしゃ! それじゃあこの集落の第一商店、ただ今より開店!」


ハサミでチョキンとリボンを切る。

事前に何の為のイベントなのか説明していたので、周囲から拍手が起こった。

元孤児チームが真っ先に店内に突入する。


「ボッツ。後は頼んだぞ。娘さんもな」


「へい! お任せくださいよ!」


「が、頑張りますっ」


2人も店内に入っていった。

それぞれの商品がどういう物なのか、住民たちに説明してやらなければならないのだ。


ニーナと2人で、店内を散策する楽しげな面々を眺める。


「さーて。こうなったら、仕事の割り振りを本気で考えないとな」


「そうですね。確か畑の方は話がつきそうなんですよね?」


「ああ。村長が言うには、むしろ複数の家が移住を希望する可能性もあるそうだ」


「まあそうでしょうね。仕事は変わらない上に、給金まで出るのですから」


なるほど。そう言われてみればそうだ。

彼らが畑を耕すのは仕事だからじゃなく、単純に食料を得る為なのだ。

こちらに移住すれば、そこに更に給料まで得ることが出来る。

そりゃ来たがる訳だ。


(まさか村長自身が来たりはしないだろうな?)



『ハネット様、オリバーです! 今よろしいでしょうか?』



「うわっ!」


「!?」


村長のことを考えていたら、偶然にもその村長から『コール』がかかってきた。

突然大きな声を出した俺に、隣のニーナがびっくりしている。

ニーナに一言謝り、こちらも魔法をかけ返す。


「あ、ああ。どうした?」


『昨日の移住の件ですが、4家族ほどが名乗りを上げました』


昨日の今日でもうか。早いな。


「おお、そうか。いつ頃来られる?」


『今日は難しいでしょうが、明日にでも行けると思います』


「それは良かった。では明日の朝そちらに迎えに行こう。その4家族にも言っておいてくれ」


『かしこまりました。……村人たちを、どうぞよろしくお願いします!』


通話を終えてニーナに向き直る。


「農夫たちは明日には来るそうだ。4家族だってさ」


「そうですか。指南役としては十分な数ですね」


「だな。これでまた1つ憂いが消えたよ」


最近思うのだが、NPCを使った拠点運営にはとにかく時間がかかる。

プレイヤー1人だったら簡単に解決すること、そもそも考えなくていいことなどに、一々苦心する必要があるのだ。

ペースが遅いので、1つ明確に進むだけでも有り難く思えてしまう。

……多分俺とクラツキの2人だけで無人の街を作ってたら、今頃王都ぐらいの規模にはなってただろうな。


「あとはエルフの件だけだな。ニーナ、どれぐらいで王国は俺を呼ぶと思う?」


「はて……。ですがあれだけの大金があれば、割とすぐに見つかると思いますよ。もう一月ぐらいはかかるかもしれませんが」


やっぱそれぐらいか。

その頃には、集落のみんなも正式に働き始めてるだろうな。

ああ……やっぱりいい加減仕事を考えてやらなきゃ……。




夕食が終わり、店にやってくる。

売れた商品を調べるのだ。


「それで、どんなもんだった?」


「そうですねぇ。やっぱり肉と甘いもんが売れましたね。調味料もみんな買ってやしたが、そっちは塩と胡椒ぐらいですか」


「まあ調味料は割高だからな。流石に銅貨30枚じゃ、大して買えんだろう」


「ですね。数的には一番売れたのは駄菓子ですね」


「ガキ共が喜んで買ってそうだな。安いし」


「まあそうですが、大人も買ってましたぜ?」


「へえ、そうなのか」


「師匠が思っている以上に、甘味というのは貴重ですからね。しかも駄菓子は安いですし」


現地人には駄菓子は子供が買う物というイメージも無いしな。

とにかく安くて美味けりゃ、何でも売れる訳か。


「ふむ。家庭科の時間にちょっと注意しとかなきゃな。甘いもんは食べ過ぎると毒になる」


「そうですね。貴族たちのように短命になってしまっては、元も子もありません」


賢者のニーナには糖尿病とかの概念があるらしい。

いや、お前が一番気を付けた方が良いと思うんだが……。


他にはパンも売れたようだ。

柔らかいパンの存在は、現地ではインパクトが凄いらしいからな。

パン+甘いという菓子パンの存在に気付けば、一番の売れ筋になるかもしれない。

なんか糖尿病のリスクが加速しそうな気がするが。


「そういえばハネット様。一応冷蔵庫がありやすが、この食料たちはどれぐらいの間持つんですかい?」


「あ? 俺が作った今回の分は一生傷まねーよ。腐敗防止の魔法をかけてあるからな」


「うおおお、マジですかい!」


「流石ですね……」


ボッツとニーナが大きく驚く。

そっち方面は舐めんなよ。こちとら生活系スキル全振りマンだぞ。


「まあ少なくとも食料作りはちゃんとした仕事になりそうだな。駄菓子はお前達じゃ作るの無理なのも多いから微妙だが」


「そうですね。でも素材を作るのは仕事になるんですよね?」


「ああ。だから明日の新住民たちには期待だな」


畑さえこいつらで作れるようになれば何でも出来る。

なにしろ畑は最強だからな。


ボッツ親子に目安箱の説明をしてから家に帰る。明日から客にも説明してくれるそうだ。

まあ本格的に役に立つのは、住民たちが店の利用に慣れてからになるだろう。

何が書かれているのか楽しみだな。









今日はついに農業指南役たちの移住の日だ。

村長との約束通り、移住を希望した4家族を迎えに行く。

テレポートで村の南に出ると、既に村人たちが集まっていた。

おお? ハンカチ娘がいるじゃないか。


「よう、おはよう」


「おはようございます! ハネット様!」

「お、おはようございます!」


俺に慣れている村長が真っ先に挨拶を返し、他の村人たちも遅れて続いた。

人数は15人前後ぐらいか。


「これが移住希望者の全員ってことで良いか?」


「はい。村人たちを、どうぞよろしくお願いします」


「ああ、任されよう」


「よ、よろしくお願いします!」


それ以外の村人たちも、今日は見送りに来ているらしい。

もしかしたら全員が集まっているのかもしれない。ボッツ親子の時もこんな感じだったんだろうな。

しばし別れの挨拶をさせてやる。


「まあ歩いて行ける距離なんだけどな」


「はは、そうですね。ちょっと大げさかもしれません。よその村や街に移住するより、遥かに近所です」


基本的に現地の村と村との間は、数十kmとか百kmとか離れていて当たり前らしい。

だがうちの集落とこの村は、多分5~10kmぐらいしか離れていない。十分過ぎるほど近所だ。

まあ泣いて別れを惜しむような奴はいないみたいだし、村人たちの方もそれは分かっているんだろう。

現実での引っ越しぐらいの感覚なのかもしれない。


「今日は老人もいるから、転移で送ろう。ちょっと離れるぞ」


「は、はい」


少しだけ見送りの村人たちから離れる。

範囲強化したテレポートに他の村人を巻き込みかねん。


「それじゃあ転移魔法を使う。次の瞬間には俺の集落の中にいるからな?」


説明無しで転移を使うとどうなるかは、奴隷たちの時に学んだ。

移住者たちが頷いたのを確認してからテレポートを使う。

1秒ほどの景色が流れていくエフェクトが終わり、ゴーレムの前に到着する。


「お……おお……」

「凄い……」


転移初体験者たちのこの反応にも慣れた物だ。


「このゴーレムたちは敵意を持つ存在を排除する役目を持つ。優秀な衛兵みたいな物だな。敵意を持ってなければ誰でも入れるから安心しろ」


「は、はあ……」


ゴーレムの横を何事もなく通り過ぎた俺を見て、移住者たちもおっかなびっくり追従する。

ここから中央広場までは更に数百m離れている。まあそれぐらいなら歩かせてもいいか。

移住者たちをぞろぞろ引き連れ、アスファルトで舗装された道路を歩く。

初めて見る地面の舗装に、移住者たちは驚いているようだ。

そういえばハンカチ娘がいたな。


「君も来たんだね」


「え!? あっ、は、はいっ!」


俺が話しかけるとハンカチ娘は顔を赤くした。

後ろで家族と思われる数人がニヤニヤしている。

一瞬その顔の謎の不快感にイラっとしたが、直後に気付いた。


(え? もしかして、そういう感じ?)


この子とその家族の反応はあからさま過ぎる。

……この子、もしかして俺のこと好きなの?

いや、勘違いか?

でも俺は一応命の恩人だし、関係性だけ見ればおかしくない話だ。

今はともかく、子供の時は割とモテてたし。

つーかゲームだし。

そうだ、ゲームだからな。

やっぱゲームは最高だね。


(まあそれでも『疑惑』ぐらいに留めておこう)


ギャルゲーとかならともかく、このリアルな低次世界体験型ゲームでこんなに簡単に惚れられるのには違和感がある。

基本的に俺は、とてもじゃないが人に好かれるような人間じゃないのだ。

しかもこの子の前では人も殺したし。


移住者たちに話しかけるのは藪蛇になりそうだったので、そこからは無言で歩く。


「おお……!」


俺の家が近付いてその巨大さが浮き彫りになると、移住者たちから感嘆の声が上がった。

彼らの人生では初めて見るサイズの建物だったのかもしれない。

王都にはこの家より大きい建物ぐらいいくらでもあったんだが、こいつらは村から出たことが無さそうだしな。


「あれが俺の家だ。なんか困ったことがあったら、いつでも訪ねて来い」


「は、はぁ……」


中央広場に到着し、恒例の結界の石碑見物会が開かれた後、移住者たちを居住区に案内した。


「まずはみんなの家を作ろう。4家族と聞いているが、家は4つで構わないのか?」


「は、はい! 大丈夫です!」


元奴隷たちの家の並びに、家を4軒追加する。

拠点作成に驚かれるのもお約束。

そしてこれまたお約束の住居説明を終わらせ、今度はボッツの店を紹介する。


「おお! みんな来たか!」


「ボッツ!」


ボッツと移住者たちは数日ぶりの再会だ。

娘さんはボッツの後ろに隠れている。

どうやら数日離れていたことで、知り合いに対しても人見知りが発動しているらしい。子供とかでたまにいるよな。


「銅貨50枚ぐらいの給料を月に1回出す予定だ。食料や生活用品はその金で買ってくれ」


基本的に給料は1人1人に出す予定だ。

家族で数人分の資産を共有できる分、今回の移住者たちの方が生活が楽かもしれんな。


続いて本命の畑に来る。

ここが彼らの仕事場だ。

移住者たちは徘徊するゴーレムにビビっているようだが無視。


「お前達に任せたい仕事は、ここの畑作りの指導だ。先に来ている24人の住民たちに、農作業のいろはを教えてやってくれ」


「は、はい!」


とりあえず住民たちのための畑を1枚作るか。

約40人なら、100m×50m規模で、1枚あれば十分……か?

いや、一応2枚作っておこう。畑が10枚になってキリが良い。

とりあえずスキルで畝を作る前、耕しただけの畑を作る。

いつだかニーナの魔法を見ていた筈の住民たちから、驚きの声が漏れた。まああれとは規模と速度が違うか。


「とりあえず仕事は明日からだな。植える物は俺の方で指示させて貰うから、畝を作る所から教えてやってくれ」


「は、はい!」


なんか返事が全部同じな気がする。だから何って訳でもないが。

とりあえず昼までは移住者たちは自由時間にして、引っ越し作業をさせてやるか。




「みんなは今日で正式に学校卒業だ。これからは学校への参加は自由にする」


昼食前に全員を集めてそう説明する。

もしかしたらもっと勉強をしたいという奴がいるかもしれないので、一応その辺は配慮するつもりだ。


「これからは午前が仕事、午後の2時間ぐらいを学校にしよう。それなら給料を得ながら授業も受けられるからな」


先生の問題はどうしようか。

あの3人には2時間分の給料も払うということでいいか?

まあ生徒の数は一気に減るだろうから、1人でも引き受けてくれれば十分か。ニーナもいるし。


「そうだ、一応お前達も勉学に興味があったら来ていいからな。ここで教えているのは読み書きと計算だ」


今回の移住者たちにも説明しておく。

家族ごと来たので、中には畑で働けない者もいるだろうしな。

暇を潰せるし能力は付くし、学校はちょうど良い存在だろう。


「それじゃあ昼を作るか。お前達も参加しろ。ここでは食事は朝昼晩の3食だ」


新住民たちも加えての大調理会だ。とりあえず調理場をもう1つ建設し、生徒の増員に対応する。

人数が約40人と多いので若干不安だが、リアルの家庭科の授業と変わらんと思えば意外となんとかなりそうに聞こえる。

これで世の家庭科の先生とは友達になれるな。


「あ、あのっ、は、ハネット…………さ、さん!」


「ん?」


調理場の説明をしていると、ハンカチ娘から話しかけられた。

地味に「様」ではなく「さん」と呼んだのは聞き逃さない。やはりこの子は怪しい。


「あ、あの、うちの家では私が家事をやっているんですが……っ」


どうやら新住民の方には1家族ごとに家事担当みたいな人間がいるらしい。専業主婦か。


「ふむ、そうか。じゃあそれ以外の奴は見学してていいぞ」


家事担当には家族の人数分の食材を用意してやることになった。

にしてもハンカチ娘は家事が出来るのか。若いのに凄いな。

しかも手際もなかなかの物。つーか確実に俺より上だ。

彼女は逸材かもしれない。

食品製造の仕事を受け持って貰えないか、今度相談してみよう。

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