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21 集落拡張

2016.6.17

ログインした。

現地では朝5時ぐらいだ。

昨日途中辞めにしていた、晩餐会の録画の続きを見る。

俺にゴマすりに来た貴族たちがことごとく惨敗していくのが面白い。

よく見ると、俺の周囲に女性が集まっているのに気付いた。

そういえば、男の貴族と話してても、途中から娘の紹介とかになっていたな。

なんか昨日の夜のメイドさんみたいなのが、大量に送り込まれて来そうな気がする。

政治だと思うと嬉しくないなぁ……。しかもゲーム。

ニーナはニーナで男に声をかけられているようだ。

あんまりこういうのは良くないな。

ニーナの様子は盗み見しないようにしよう。

本人が知らない所でこそ、こういうのは守る意味がある。


6時ぐらいに、部屋の扉がそっと開けられた。

ナニヤツ!

ドアの隙間から顔を覗かせたのは、昨日のあのメイドさんだった。


「あっ……」


俺と目が合って声を漏らした。

慌てて部屋に入ってくる。


「申し訳ありません。既にお目覚めでしたか」


「どうかしたか?」


「あ、その、お目覚めかどうかの確認に……」


静かにドアを開けたのは、俺が寝てた場合に起こさないようにか。


「そうか。気を遣ってくれてありがとう」


「い、いえ……」


入って来てから顔がずっと真っ赤だ。

昨日のことを思い出すんだろう。

もしかしたら俺も赤いかもしれない。


「あっ、ハネット様。お食事はどうなさいますか?」


食事か。

せっかくだし王宮の朝食というのを体験してみるか。


「そうだな、持って来てくれ」


「かしこまりました」


メイドさんに給仕して貰って朝食を食べた。

種類も量も多い。

国賓待遇だから、残すぐらいに贅沢にしているのかもしれん。

まあ調味料が数種しかないので、味は変わり映えがしないのだが。

食後に紅茶を淹れて貰っていると、ニーナが訪ねて来た。


「師匠、今日はどうしますか?」


「まあいい加減帰ろう。色々やりたいことも出来た」


ここで思い付いた計画は、忘れる前にやっときたい。

つーか既に3割ぐらいは忘れている可能性がある。

早速お暇させて貰おう。


「国王には、宿泊の礼を言っておいてくれ」


「かしこまりました」


王様相手だと、一々直接お礼を言うのも悪いかもしれない。忙しいだろうし。


「あの……ハネット様」


珍しくメイドさんの方から話かけられた。


「ん?」


「……次お会い出来る日を、心待ちにしております」


もしかしたら、彼女は昨日の件でクビになるかもしれない。

そうなったら流石に悪い。

マップで彼女をマーキングしておく。

次来た時にいなかったら、当面の生活費ぐらいは渡そう。


「……ああ、元気でな」


彼女が頷いたのを見て、テレポートを使った。

集落に帰ると、隣のニーナがジト目で俺を見ていた。


「師匠、あの侍女と寝たんですか?」


「いや、その逆だ。断ったから、彼女はクビになってしまうかもしれん」


「うっ……そ、そうだったのですか。申し訳ありません」


ニーナが俺のまさかの返答に、自己嫌悪に陥っている。

先程の会話の意味が正しく分かったのだろう。

確かに事情を知らなければ、別れを惜しむ男女のそれに聞こえるな。

それにこの現地の男なら、普通は断らないのかもしれない。


帰って一番に、装備を外していつもの格好に戻る。

その後はみんなに食事を出してから家に戻ってきた。ニーナはそのまま久しぶりの授業だ。

とりあえず、俺の家を3倍ぐらいに大きくしよう。

小さいホテルぐらいのサイズにはなる。

部屋数は20~30部屋ぐらいか。

完全な無駄だけどな。王宮への対抗心だ。



2時間ぐらいかけて家を作り直した。

次は居住区で区画整理だ。

いい加減住民たち個人の家を作ってやろう。

まだ1人で生活させるのが不安なので、今日は敷地に線を引くだけだ。

住民は24人だが、元孤児たち5人は同じ家にしてやろう。

いや、一応男女には分けとくか。

いやいや待てよ。元奴隷チームにも子供はいるんだよな。どうしたもんか。

あーやめた。やっぱ今度考えよう今度。

誰と住みたいか、希望を取ってからの方がいいな。


今度は学校に顔を出し、勉強に励むみんなを見ながら、俺の分の授業計画を立てる。

俺が教えようとしているのは、簡単な算数と理科、そして家庭科だ。

理科と家庭科はぶっつけ本番でもなんとか出来る自信がある。

問題は算数だな。

足し算引き算。

1発でバシっと理解できる、簡潔で分かり易い教え方を考えなければ。



結局、先に家庭科からやることにした。

今日の昼食は調理場でみんなで作る。

とりあえず、最低難易度であるスープでいいだろう。


「今日はいつものスープの作り方を教える。と言っても、水に調味料と具をぶち込むだけだ。あの店で調味料と具材は全部売ってるから、働き出せば好きな物を好きなだけ食べれるようになるな」


楽であることと利点を教えて、やる気を出させる。

全員にまな板と3種類ずつぐらいの野菜を回した。

ジャガイモ、玉ねぎ、ニンジンの3種は現地でも同じ。説明の手間が省ける。


「まず、具材を切る時は、指を丸めるんだ」


お約束の猫の手から教える。

物を教える時は、それをすることにどんな利点があるのかもちゃんと説明する。

仕組みが分かれば結果が分かる。結果が分かると仕組みが分かる。

どちらかさえ覚えておけば、やろうと思えばいつでも思い出せるのだ。


「師匠は本当に料理が出来るんですね」


エプロン姿のめちゃかわニーナが驚いている。

出来るに決まってる。

俺は小学生の時から自分で飯を作ってたんだぞ。

誰かさん達が作ってくれなかったからな。


半分ぐらいの人間は包丁捌きが上手かった。

現地の人間は料理ぐらい自分で出来るんだろう。

出来ないのは子供と、生まれた時から奴隷だったチームだ。


野菜を切らせて、続いては肉だ。

切る前のベーコンに、住民たちの目が輝く。


「大きなまま食ってみたいと思うだろうが、木匙に乗る程度のサイズにはするんだぞ」


至極もっともなことだけ言っておく。

今回は1人につき鍋1つを用意してある。自分の好きなサイズで食えばいいさ。


「今切ったのがスープの分だ。今から切るのは、焼いて食う分な」


とりあえず今日は豚肉。

中まで火が通る時間というのを覚え込ませるのだ。

主食のパンは俺が作れない。

とりあえずしばらくは、パンは俺がスキルで用意しよう。

最悪店でパン自体を売る。


「よしお前ら。これから最重要である、火の使い方を教えるぞ」


燃料は薪ではなく、木炭だ。

煙が出ないのが大きな魅力。

おまけに火力調節も比較的しやすい。炭の位置を変えるだけでいいからな。

難点は炭に火が点くまでに時間がかかること。

FFFのメンバーでちょくちょくバーベキューをするため、木炭への着火は慣れた物だ。

火種も安全で簡単な文明の利器、着火器があるしな。

最初にお手本として、みんなに見えるように火を点けて見せる。

その後は30人分作られている小さ目のかまどで、それぞれに火の点け方を教えて回った。

25人で一斉にうちわを扇いでいるのが面白い。


「よし。碗に水を入れて、それを鍋に移すんだ」


最初にスープから作らせる。

人数計算は何ccとかより、単純に碗1杯=1人分で教えた方がいいだろう。

具材を入れて、食感が無くならない程度に火を通させる。


「調味料なんだが、こっちは普通に塩、そしてこっちが胡椒という物だ。両方もう粉にしてある。それで、こっちの四角い塊こそがスープの美味さの秘密、名前をコンソメと言う。このスープの名前はコンソメスープと言うんだ」


現地に出汁という概念があるかは微妙な所だ。

普通に具材から出汁が出るぐらいの知識はあるだろうが、それを人工的に作って調味料にしようという発想にまで至っているかが分からん。


「このコンソメっていうのは、簡単に言えば野菜や肉を煮込んだスープだ。それを色々な製法で粉にし、固めて四角くしてある」


「なるほど、スープでスープを作る訳ですか。面白いですね」


ニーナ先生は食い付いて来た。

ちょっとそうかなとは思ったよ。

この先調味料がどうやって出来ているか、毎回解説しないといけないかもしれない。


1人に1個ずつ固形コンソメを渡し、塩コショウの容器は順番に回させる。

一応味見をさせたが、俺自身は面倒なのでしない派だ。


「鍋を退けて、こっちのフライパンっていう薄い鍋に変えろ。これは焼いたり炒めたりする時に使い易い」


フライパンで豚肉を焼かせる。

味付けはさっきの塩コショウだ。しばらくこれだけで行く。

パンを配って昼食の完成だ。


「さあ、みんなで初めて作った食事だ。夕食もみんなで作るぞ」


新しい調味料を導入するのは明後日ぐらいからにしよう。

1日3食同じ物を作れば、2日でも6回の練習になる。

1人暮らしになっても作り方を思い出せるだろう。

なんなら定期的に料理教室でも開いてやるか。









翌日、そう言えば王都に行く前、村長と会う約束をしていたのを思い出した。

完全に忘れていた。いつものことだが。

朝食の後に村に赴くことにした。

魔法使いであることはバレているので、フローティングで飛んでいく。

畑の作物が結構育ってきていた。

ふっ。俺の畑の方が上だぜ。

農夫たちが俺に頭を下げてくる。あの事件で割と感謝されているようだ。

村長の家の前に降り立つ。

ドアをノックしたら、年配の女性が出て来た。……誰?


「は、ハネット様!!」


一応村人の1人らしい。

あ、村長の奥さんか?


「村長に会いに来たんだが、今家にいるか?」


「も、申し訳ありません! すぐに呼んで来ます!」


女性が走って行きそうだったので、手で遮る。


「いや、自分で探すから構わん。畑のどこかにいるか?」


「はい! 北東の畑の1つです!」


「北東か。それと、そんなに肩肘張る必要は無い。あなたの声が枯れてしまう」


フローティングで上からマップを見る。

しまった。村長の名前を憶えてねえ。

村長にコールで通話をかけ、空に向かって手を振って貰うことにした。


「よう。おはよう」


「おはようございます! ハネット様!」


村長は畑に水を撒いている所だった。


「この前のおっさんの件だが、どうなった?」


「はい。ボッツは移住してくれるそうです。娘を一緒に連れて行かせてもよろしいでしょうか?」


「当然だ。2人で住める家を建ててやろう。これでこっちの店はなんとかなるな」


「お役に立てたなら良かったです。ボッツの店を引き継ぐ方ですが、1人店を任せられる男がいるので、そちらに頼もうかと思っております。算術の件は、お頼みして良いでしょうか?」


「それもこちらから言い出した事だ。とりあえずそのボッツとかいうおっさんに会いに行くか。……その前に、水撒きを手伝おう」


耕作スキルで畑全体の土に水を含ませた。

現地では桶で水を汲んで撒いて回っているようだ。これだけで重労働だな。


「そっちの、まだ水撒きしてない方の土を見てみろ」


「? ……あれ?」


村長が土が濡れているのに疑問を浮かべている。


「魔法で畑全体に水を撒いてやった。俺も畑には詳しいので、十分な量の水を与えた筈だ」


「おお……! ありがとうございます!」


村長も若干俺の魔法に耐性が出来ているらしい。

まあ死人を蘇生させたり山を消し飛ばしたりしたからな。インパクトが弱いか。

そういうや初日にニーナも魔法を使って畑耕してたし。


「それじゃ、行こう。転移であの店まで飛ぶから、手を繋げ」


「し、しかしこんな手では、ハネット様のお手を汚してしまいます!」


「俺は魔法で一切の汚れが付かないから安心しろ。さあ、早く」


村長を連れてボッツ?の店の前に飛んだ。


「お……おお……こ、これが伝説の転移の……」


目を白黒させる村長を無視して店に入る。


「らっしゃ―――あッ!!」


椅子に座っていた店主のおっさんが、俺の姿を見るなり跳ねるように立った。


「ハネット様! その節は、本当にありがとうございました!!」


あのおっさんらしくない丁寧な言葉遣いだ。


「気にするな。娘を1人にしなくて良かったな」


言った直後に、奥の部屋からそろ~っと娘が顔を覗かせた。

顔が赤い。聞かれてたか。


「はっ……ハネット、様! ありがとう、ございました!」


娘の方もてててと走って来て頭を下げる。


「ああ。ところで俺の集落への移住の件で来たんだが、そちらが来てくれるのなら、俺はお前達親子が2人で住めるよう住居を提供するつもりがある。どうだ?」


「勿論、行かせて貰います!」


「ありがたい。聞いているかもしれんが、与える仕事は俺が作った店の店主だ。こっちの住民には、今から算術を教える所なのでな」


「はい! 全力で働かせてもらいます!」


やる気は十分なようだ。能力の方はどうだか知らんが。


「頼んだぞ。店はかなりの広さだ。後に何人か従業員を増やすかもしれないが、しばらくは2人で頑張って貰うことになる。娘さんも、構わないか?」


「は、はい……! 頑張ります!」


「そうか。ありがとう」


「はぅ……っ」


娘さんが顔を赤くした。人見知りの活動限界のようだ。


「まあ先に、引き継ぎの男とやらに算術を教えよう。ボッツ?も一応来てくれると助かる。算術は午前だけだし、その間だけは店を閉めてくれ」


「はい! かしこまりました!」


「それじゃあ村長、その引き継ぎの男とやらの場所に案内してくれるか?」


「はい。こちらです」


村長に案内されて村の中を歩く。

村人たちがみんな跪こうとするので、止めるのが大変だ。


「あっ……!」


あ、ハンカチ娘だ。


「は、ハネット様!」


「やあ、久しぶり」


軽く手を挙げて応えると、ハンカチ娘は何かを思い出したようにこちらに走り寄って来た。


「あ、あの! これ……!」


ハンカチ娘が胸元に手を差し込む。

引き抜かれた手にはブラが……ではなく、よく見たらあの時のハンカチだった。

びっくりした~。

やはり物を胸元に入れる文化なのか。最高かよ。


「あの時は、ありがとうございました!」


ハンカチを差し出してくる。

正直言うとめっちゃ欲しい。

でもこれはこの子に貸した物ではなく、与えた物だ。俺に返す必要はない。


「それは君にあげた物だ。返す必要はないさ」


「あ……そ、そんな。あ、でも……あの……あ、ありがとうございますッ!!」


彼女はなんか色々迷ってたみたいだが、最終的に真っ赤な顔で再び胸元にしまってくれた。

眼福。ニーナもやってくれたらいいのに。


「コナ、ハネット様は今お忙しいんだ。邪魔してはいけないよ」


村長から注意が入る。

まあそうだな。先を急ぐか。


「あっ! は、はい! ごめんなさ……申し訳ありませんでした!」


「気にするな」


大げさに頭を下げるハンカチ娘に一言だけフォローを入れ、その場を後にさせて貰う。

とりあえずボッツと引き継ぎがこちらに算術の勉強に来るのは明日からになった。

要するについに明日から、俺が算数の授業を教えることになるという事だ。

学校に帰り、その旨をみんなに説明する。


「ニーナ、読み書きの方はどうだ?」


「長い文章を自分で考えて書くのは難しいようですが、読むだけならほとんど問題ないですかね」


「そうか、まあそれならいいかな。それじゃあ明日から算術の勉強を始めよう。多分読み書きより簡単だぞ」


それも俺の腕にかかっている訳だが。

まあなんとかなるだろ。









翌日、朝。

朝食の前に、ボッツと引き継ぎが訪ねてきた。

村長に聞いていたのか、ゴーレムという難関は超えられたようだ。


「お前名前は?」


「は、はい! クルトです!」


ボッツとクルトを学校まで案内し、みんなに紹介する。

その後みんなが食事を作っている間に、2人には教室を紹介した。

今日からあの3人の教師役も生徒になる。そうすると席が空いてない。

机と座布団は1組追加だな。

ついでに店から現地の数字表をコピーし、教室の壁にも張っておいた。

生徒たちの為ではない。俺の為だ。

ぶっちゃけもう覚えてないのだ。




「今日からついに俺が先生だな」


俺の言葉に視線が集まる。


「ニーナ、ちょっと俺の代わりに文字書くのを任せていいか?」


「お任せ下さい」


俺はニーナに板書を頼み、足し算、引き算、掛け算、割り算の4つの単語を箇条書きにした。


「足し算が数を増やしていく算術、引き算がその逆で、数を減らしていく算術だ。掛け算と割り算は、それぞれ足し算と引き算をもっと効率良く出来るようにした物だな。俺は分かり易いよう、最初は足し算だけ、次は引き算だけ……と、ゆっくり覚えさせるつもりでいる。俺の故郷では、算術は7歳になったら全員が習い始める。みんなも気負う必要は無いぞ」


そんなに難しい事じゃないというのを徹底して頭に刷り込ませる。

実際には、現実で3年ぐらいかけて覚える事を数週間で覚えさせようというのだから、ゆっくりペースにはほど遠い。

みんなが頷いたのを見て、ホワイトボードを消した。

初日の今日は、足し算だけの日だ。

ニホン式で「リンゴ1つにリンゴ2つを足すと?」といった具合。

とにかく数を足すだけだ。

しかも最初は答えが絶対に10を超えないようにした。

1人ずつに問題を出し、全員が正解できるのを確認してから次の段階に進む。

結局初日は答えが20までの足し算だけを教えた。

進むスピードより、「1+19」と「19+1」がどちらも20になるといった具合に、お約束の思考パターンを覚えさせることを重視した。

このパターンの下積みが、今後の学習の上で効率を良くさせる筈だ。

授業が終わったので、2人の男は転移で村に送ってやった。

毎日往復するのは面倒だろう。あの村には馬もいないし。

片道だったら、まだ行こうかな、という気にもなる。




足し算引き算の最後の日は、筆算の仕方を教えた。

これが出来れば、頭で出来ない計算も、時間さえかければ出来るようになる。

基本的に地面が舗装されてない現地では、地面に文字を書けばどこでも出来るのも大きい。

百や千という桁の計算が出来るようになり、生徒たちのウケが良かった。

やはり現地の人間に物を教える場合、自分がどれだけ凄い事が出来るようになるのかという分かり易さが重要だ。

賢者のような計算が自分でもできるようになれば、気分が良いに決まっている。


「さて、これでお前達は金の計算が出来るようになった。それこそ銅貨千枚の買い物だって出来るだろう」


俺の言葉に子供達が沸く。よかったな。


「だがそこにいるボッツとクルトは商人だ。だから、ついでにもう少しだけ計算を早くする方法も教えておく。初日に言ってた、掛け算割り算という奴だ。これを明日から少しだけ教えるから、そのつもりで。今日は地面に筆算をたくさん書いてみろ」


ここまで来るのに1週間という所か。

俺とニーナ、ボッツとクルトの4人で教室の外に出る。


「筆算というのは面白いですね」


「あ、それは俺も思いました。便利なモンだ」


現地では大きい計算をする時は、そろばん的な計算機を使うそうだ。

式で計算するというのは無かった発想らしい。

実はこれまで、現地の算術を習っているニーナとボッツ辺りに、「そこはこうじゃないですか?」みたいなツッコミを入れられるかもしれないと思いながら、授業をしていた。

でも意外なことにそれは1度も無かった。

計算でも現地は遅れているんだろうか。

でもニーナは俺より計算早いしな……。

掛け算割り算辺りで違いが出てくるのかもしれない。




翌日。

掛け算の授業には、ニホンのお家芸である九九は使わない。

だってちゃんと翻訳されるかが微妙過ぎる。

だからもう単純に、2が5つ集まると10、5が2つでも10、という具合にパターンを教えてやるだけだ。

音で覚えるニホン式と違い、俺はホワイトボードに磁石を貼り、視覚効果で覚えさせることにした。

10個の磁石を2個ずつに分けたり、5個ずつに分けたり。

計算法ではなく、考え方というのを教えてやる訳だ。ようは物は見方だと。

10は1が10個集まった物だが、それだけじゃない。2が5個集まった物でもあり、5が2つ集まった物でもある、と。

ここでもパターンの学習が生きてくる。

数字の計算はとにかく法則(パターン)だ。

当然割り算も同様。

割り算なんかは、掛け算で使った視覚効果により、もっと覚えるのが楽だ。

10を5つに分けたいなら2ずつにすればいいと、既に分かってるんだからな。

こうして俺は、半月で算術の授業を終わらせることに成功した。


「さて、それではお前達には、今から約束だった家を作ってやろうと思う」


買い物ができるようになったのだ。

いい加減店を開店させ、みんなには自立して貰おう。

ボッツも明日から集落に来てくれることになっている。

ついでにあの親子の家も作ろう。

俺は全員を教室から出させ、区画整理の途中だった場所に連れて行った。


「お前達に個人の家を与える訳だが、中には誰かと一緒に住みたいと思っている者もいるだろう。誰か一緒に住みたい仲間がいるなら、手を繋いで集まれ。何人でもいいぞ」


好きな人とグループ作って~というやつだ。

予想通り、元孤児たちは5人全員で手を繋いだ。

元奴隷チームは、子供や若い者が年配組と手を繋いでいるのが多い。

この1ヶ月、親代わりか何かだったのだろう。

あの5人組以外は全員が同性。今の所はカップルなんかはいないようだな。


「お前達5人は……悪いんだが、男女にだけは別れて貰う。ただその代わり、隣同士の家にしてやろう。それでいいか?」


「はーい!」


まあこれは仕方ない。

恐らくだが、こいつらは10歳前後とかの筈だ。

現地では15歳で成人だということを考えると、いい加減別れて住んだ方がいい。

家数が決まったので区画整理を再開させると、あの公園が近すぎるように感じた。


「ちょっと公園が邪魔になったな。移動させるか」


拠点作成から『オブジェクトの移動』を選ぶ。

公園が地盤ごと切り取られ、宙に浮いた。


「おお……」


ニーナ含む住人たちから、驚きの声が聞こえてくる。

とりあえずこの公園は、もう50mほど遠くに移動させた。

こういうやり直し機能のせいで、作る前に計画立てる癖が無くなっていったのかもしれない。

拠点作成からどんどん家を建てていく。

つーか家建てまくるの意外と面倒臭いな。次からクラツキ辺りを手伝わせる為だけに呼ぶか。

1人用には2部屋の家を、複数人なら人数+1部屋の家を。

トイレと風呂はニーナの家と同じだが、台所だけはかまど式にしよう。

ニーナみたいに頭が良くてしっかりした奴じゃない限り、流石にコンロは危険過ぎる。

どうせだから薪オーブンも作るか。

薪オーブンというのは、ピザとか本格的に作る時のあの石釜のことな。今から作るのはもっと小さいけど。

薪オーブンは中で薪を燃やして内部を熱し、その余熱で調理するという仕組みのオーブンだ。

電灯以外の電化製品を扱わせるつもりは無いので、こういうのは全部原始的な物に変えさせて貰う。

あとは出来た家に必要最低限の家具と道具を備え付けてやり、完成だ。

欲しい物があったら、今後は自分の給料で買ってもらう。


「さあ、お前達。学校で習った文字で、この板に自分の名前を書け」


全員に1枚ずつ表札を配る。


「それを今作った自分の家にかけてこい。これで正式に、その家はお前たちの物だ」


子供組がきゃいきゃいはしゃいで、真っ先に家に走っていった。

他のメンバーもその後を追う。

そういえば、番地とかも決めとけば役に立つかもしれないな。

みんな自分たちの家を眺めて感慨深そうにしていたので、しばらく待ってやってからもう1度呼び戻した。


「あの仮住居は始末するので、今日からは個人の家で寝るように。家庭科の授業はまだ終わってないから、食事の時だけは調理場に来い。学校は当然これからも出て貰うぞ」


今日はこんなもんで解散だ。

明日の朝は、ボッツへの家の受け渡しと店の話だな。




朝になり、ボッツ親子が訪ねてきた。

どうも現地では、身分が高くない限り名字というのが存在しないらしい。

仕方ないのでこの親子は、父親の名前で呼ぶことにした。

玄関の前に立つ2人は、引っ越しだというのに鞄3つぐらいしか物を持ってない。

これは俺の方から、大事な思い出の品でもない限り荷物を持って来ないよう、言い含めた為だ。

必要な物は大抵揃えてあるからな。


「ハネット様! 今日からお世話になります!」


「お、お世話に、なりますっ」


「ああ、よろしく頼む。とりあえず、初めにみんなに紹介しよう」


調理場でみんなに親子を紹介する。


「ということで、ついに今日からあの店の店主になる、ボッツと……君は名前は何だ?」


「あっ……! ス、スゥです!」


「その娘さんのスゥだ。数日後には店が開くので、待っていてくれ」


この半月で既に顔見知りなので、挨拶は適当でいいだろう。

調理場と授業はニーナに任せ、俺は今日はこの2人に付き合うことにする。


「ここが今日から、お前達の家だ」


「お、おお……」


「……………」


ボッツはニーナと同じ家が貰えた事に、娘さんは初めて見る建築様式に、それぞれ驚愕しているようだ。

俺は2人を中に招き、久しぶりに文明の利器の使い方を伝授していった。

特にトイレの使い方は徹底的にだ。

この集落で、もしもトイレ以外で用を足すような奴が出たら死んで貰う。


「ああ、そうだ。今直ぐ風呂に入れ」


「フロ?」


このやり取りも久しぶりだな。

2人に風呂の沸かし方と体の洗い方を教え、1時間強ぐらい席を外した。


「一応客商売だし、商品を扱うからな。他のみんなも毎日風呂に入っている筈だが、お前は特に清潔であることを心掛けるようにしてくれ」


「はい! 分かりました!」


ここまでで、大体2時間ぐらいか。


「よし、それじゃあ早速、あの店に行こう」


道を覚えさせながら店まで歩く。

店を初めて見た娘は目を丸くしていた。


「値段は値札が付けてあるから憶えなくてもいいんだが、その商品がどういう物なのかというのは憶えておいて貰いたい。今日から開店までの数日は、2人にはその辺の知識を叩き込ませて貰う」


「はい、よろしくお願いします!」


「が、頑張りますっ」


食い物ならどういう食い物なのか、道具ならどう使うのか。

素材は何か、どんな性質があるか。

そういうのを教え込んでいくのだ。

商品は、この広い店内が埋まり切るほどに並べられている。

多分3~4日はかかるだろうな。


昼と夜の家庭科は、この親子も参加させた。

これからここで暮らすなら必須の技術だ。

店で売っている食材にも詳しくなるし良い事ばっかり。

人見知りの娘さんは大変そうだが、まあ頑張れとしか言えない。


(そういえば、いい加減マジでパンのことはどうにかしないとなぁ……)


店を開くなら、この問題はどうにかしなければならない。

作り方をリアルで調べてくるしかないかなぁ。

ちょっとゲーム相手に本気になり過ぎな気もしないでもない。

まあ攻略サイト見るようなもんだと思って、やるか。




数日後。

パンの件だが、結局住民たちに直接作り方を教えるのではなく、完成品を店で売らせることにした。

現代ニホンスタイルだ。

現代ニホンでは、パンも米も、作るのではなく買う物。

要するに、パンを作るのは仕事に出来る訳だ。

パンだけでなく、あの店で売る物は、全部住民たちに作らせるのが良いかもしれない。

食料しかり、道具しかり。

俺がアイテム作成で使う、素材アイテムの量産なんかもいいかもしれない。

ようやく住民たちに与える仕事が思い付いたな。

最終的には店の隣に工場をいくつか建てるか。


「まあそういう訳で、住民たちには素材を作る仕事か、商品を作る仕事辺りを与えようと思うんだ」


現在、ボッツと娘さん、それにニーナを加えた4人での雑談中だ。


「その辺りが妥当ですね。私たちでは、あまり師匠の役に立てる仕事は出来ませんし。自分たち自身の為に働くぐらいしかないでしょう」


「なるほど、そういう感じですかい。俺の方も、異論ありません」


ニーナとボッツも賛成のようだ。

ちなみにボッツはこの数日で早くも口調が砕け始めている。別に構わんが。


「まあとりあえずは俺の畑とは別に、住民たち用の畑でも作って耕して貰うか。なあ、ボッツ。お前の村の農夫をその指南役として移住させたいんだが、農夫にとって、代々受け継いできた畑というのは、簡単に捨てることが出来る物なのか?」


「うーん。普通なら無理でしょうが、ハネット様が頼めば来ると思いますぜ?」


「それはそうだろうが、な。まあ村長にでも相談してみるか」


何度も言うが、無理やりは好みではない。

嫌々何かをさせると、背中から刺される可能性が一気に高まってしまう。

とりあえず村長に事情を説明して貰い、もし移住の希望者がいたら……という感じで行くか。

いなかったらどうするかは決めてない。

その時はその時考えよう。





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