17 動き出す歯車
2016.6.12
第2章スタートです。
学校を作ってから数日が経過した。
最初期である読み書きの段階は、完全にニーナと他3人の教師役たちに任せることにした。
当然俺には、現地の文字を覚えようなんて気はさらさら無い。
何しろ喋る分にはシステムが勝手に翻訳してくれるし、文字もその気になれば解読魔法やマジックアイテムで読める。
住民たちが勉強している間、当の俺は件の商店の準備に当たっていた。
居住区から南の街道を挟んだ東側に、学校の5倍ぐらいのサイズの倉庫を建てる。
イメージはホームセンターだ。
後はひたすら、中で売る多種多様なアイテムたちの作成に励む。
食料やら服やら生活用品やらを、片っ端から思いつく限り作っていく。
何が喜ばれるか分からん。
とりあえず今回は、デザインの多様化より材質の多様化の方を重視した。
これで売れ筋の材質を調べ、次からその材質の商品を色んなデザインで出す。この順番だ。
作業中は倉庫のシャッターを全開にしておいてやる。
学校の終わったみんなが興味を惹かれてチラチラ見に来る。
まあ俺が怖いのか1人も近付いては来なかったが。
逆にニーナは学校が終わるなり真っ先に来て、「これは何ですか?」「ちょっと調べてもいいですか?」と入り浸った。
夕方だけニーナの修行に付き合い、また次の日も同じことの繰り返し。
結局完成するまでに、なんと10日もかかってしまった。
10日。この世界に侵入してから、ティアをエルフの里に送るまでにかかった日数と同じだ。
本当は3日で終わらせるつもりだった。
ぶっちゃけアイテムの作り込みに入れ込み過ぎたな。
「あ~っ。これでやっと完成だぁ」
最後に店内を掃除して、シャッターを閉めて鍵をかける。
開店するのは、みんなに金の計算を教えてからだ。
「一仕事終えた感」から伸びをしていると、隣のニーナが口を開けた。
「まるで市場のような規模の店ですね」
現地にはこういう百貨店みたいな物が無いらしい。
まあそもそもこのサイズの建築をする資金が用意できないか。
ぶっちゃけこの24人の集落だと大き過ぎるぐらいだしな。
「俺の故郷ではこれぐらいのサイズでも小さいぐらいなんだが……24人で使うには無駄な規模だったか。正直調子こいたな」
「しかも師匠の作る品は途轍もない高級品ですからね。総額を考えると目が眩みます」
「ああそういえば……。ニーナ、ちょっと今から値段の相場を教えてくれ。肝心の商品の値段決めを忘れてた」
「ふぅ。また数日ほどかかりそうですね」
ニーナから現地での相場を聞き、それを基準に色々と考えて値段を決める。
値札を書くために現地の数字だけニーナに教わった。
絶対忘れる自信があるので、メモに書いてレジに貼っておく。
「会計を任せる人間はどうするかな。あいつらに最初から任せるのは微妙な気がするんだが」
「そうですね。どこかの商人でも雇った方がいいかもしれません」
商人か。
あの村のおっさんでも連れてくるか?
助けてやった礼をしろとか言って。
このタグ付け作業に、もう3日ほど費やした。
仕事が無くなり暇になったので、学校の授業にも顔を出す。
しばらく見ていると、みんなどこかぎこちないのに気付いた。
どうやら俺がいると緊張するようだ。
「ニーナ、ちょっといいか」
「はい」
教頭先生だけ呼んだ。
他の3人の教師は、みんなの書き取りを見て回っている。
たまにこっちを不安そうに見てくるので、彼女たちも緊張しているようだ。
「ニーナは有名なお伽噺とかをいくつか知っているか?」
「はい。有名どころなら、大抵は知っていると思います」
「じゃあ何か1つ、この紙にお伽噺を書いてくれ」
教室の棚に自由に使えるよう置いてあった紙束から、1枚取ってニーナに渡す。
「お伽噺をですか?」
「ああ。それを複製してみんなに渡し、書き写させたり解読させたりすれば、読み書きの良い練習になるだろう」
「なるほど、いいですね」
本とかを読めるようになれば、文字が読めることの便利さや楽しさにも気付けるだろう。
彼らには勉強という物への「面倒」とか「楽しくない」とかの刷り込みがまだ無い。
せっかくまっさらな価値観から始められるのなら、学ぶことと成長することの楽しさを理解して貰いたい。
ニーナが新しい勉強法をみんなに提示する間も教室に居座った。
みんなが俺がいると緊張するというのなら、逆に緊張しなくなるまで居座ってやろう。
教室の隅に布団を出してゴロゴロしていると、1時間ぐらいした頃にはみんな調子を取り戻していた。
そのまま昼まで何をするでもなく居座る。
途中マジで寝てた。危ない危ない。
低次世界体験型のゲーム内で睡眠を取るのは推奨されない。
起きた時に現実じゃないというのを何回も経験すると、戻れなくなる可能性がある。
ゲームと現実の区別がつかなくなってくるのだ。
まあ現実に戻って数日もすれば治るらしいけど。
「師匠、おはようございます」
布団から顔を出したらニーナが隣にいた。
「んぁー寝てた……」
「ふふ」
周りのみんなもちょっと笑っていた。
まあ当初の予定通り打ち解けてくれたなら良いことだ。
時計を見たら11時。1時間ぐらい寝ていたようだ。
「そういえば、もう数字は読めるのか?」
「みんな二桁までなら分かりますよ」
「なら時計も作っておくか」
俺は時計を作ってホワイトボードの上に取りつけた。
文字盤は昨日教わったこっちの数字で書いてある。流石に1日では忘れない。
「それじゃ時計の見方も教えておいてくれ。俺が食事出すのが毎日7時、12時、5時だってこともな」
ニーナに指示を出して外に出た。いい加減飽きたわ。
午前だけと言っても4時間もあるからな。そもそも俺は学校という空間が嫌いだ。
暇なので、中央広場から東西南北に伸びている十字路の脇に、花壇を作った。
1m毎ぐらいに花の種類を変えて虹色にする。
ホースを繋ごうかと思ったが、水やりも住民の仕事にした方が良いかもしれない。
12時になったので学校に帰る。
(そういえば屋外にも時計がいるか)
結界の石碑の隣に時計台を建てておく。昼の12時にだけ鐘が鳴るようセットした。
最近は食事の時は授業が終わった教室内でそのまま食べさせるようにしている。
外はまだ寒い。ゲーム内では1ヶ月ぐらい経った筈なのに、平均気温は1度ぐらいしか上がってない。
世界地図では割と北の方だったし、1年を通してあまり気温が高くならないのかもしれない。
虫が出なくて非常によろしいな。現実だと虫が出るので夏は嫌いだ。
「そういえば。お前たち、食事はどうだ?」
俺の言葉に、皆きょとんとした表情をしている。
「普通に美味しいと思いますが?」
ニーナが代表して返事をした。
「うん! ハネット様の作ってくれるご飯は全部美味しいです!」
それは良かったが、俺が言っているのは毎日同じもんばっかりで飽きないかという話だ。
ちょっと言葉が足りなかったな。
「いや、たまには別の料理でも出してみようかと思ってな」
「おお、それは楽しみです」
「他のは調味料が多くてな。お前達の舌に合うかどうか、自信がない」
「作る前に調味料だけで味見してみてはどうでしょう」
ああ、それはいいな。
ウケが良かった奴だけ使えばいいのか。
「そうだな。ちょっと味見大会するか」
俺は机を3つほどくっつけ、皿を並べていった。
その上に醤油やマヨネーズなどの各種調味料、香辛料を出していく。
ついでに出汁とかスープも出しちまえ。
ああもう材料も全部出せ。
「よっしゃ、それじゃあ全員、味見をしてくれ。ちゃんと全部味見するんだぞ」
「ほとんどが見たことのない物ですね」
「中には物凄く辛いとかの刺激が強い物もある。最初の一口は少しだけにするんだぞ」
全員に味見用の小さい匙を1本ずつ渡してやる。
みんなが机に群がる間、出した調味料と食材をメモに箇条書きにしていく。
味見大会は割と和気藹々としている。
住民たちの人間関係は比較的良好らしい。
目が死んでいたチームも少しはマシになった……か?
まあ奴隷生活の傷は簡単には癒えないだろう。
残念なことに俺も積極的に助けてやるつもりは無い。
心の問題は当人に任せる主義だ。
心配していたが、8割方の調味料は受け入れられたようだ。
俺とか好き嫌いが凄いから意外な結果。
受け入れられた調味料と食材は、店のラインナップに追加しておこう。
最終的にはニーナと同じく個人の家を与えて、食事も勝手に作って貰うつもりだ。
そうだ、家庭科の授業もやるか。
その日の夕食からは、色々な料理を出してみることにした。
やはり概ね好評だ。
料理については、あまり色々考える必要は無いのかもしれない。
この日は最後に、学校の隣に調理場も作っておいた。
◆
『は、ハネット様。聞こえますでしょうか?』
翌日。
午前中、暇過ぎて道路をスファルトで舗装していると、村長からコールの魔法がかかって来た。
「やあ、久しぶりだな。聞こえてるぞ」
『あ、あの、今ハネット様がお作りになられたと思われる街道を来たのですが、これ以上進むと首を刎ねるという看板が……』
「ああ、あれか」
俺はマップから北の街道を見た。
緑の点が1つだけ表示されている。
これが村長か。ちゃんと中立オブジェクトだな。
「大丈夫だ。村長は入ってこれる。その看板は敵意があればという意味であり、敵意が無いならゴーレムは動かない。今なら俺も見ているから大丈夫さ」
『わ、分かりました。あっ、では、これから少しお邪魔してもよろしいでしょうか? 王都から、ニーナ様へ書状が届いております』
「書状? 分かった。まず俺の家に案内しよう」
俺はテレポートで村長の場所まで飛んだ。
看板の前に村長がいる。
「こっちだ。真っ直ぐ行けば最初に俺の家がある」
「は、ハネット様! お久しぶりでございます。辺りがすっかり様変わりしていて驚きました」
「そういえば元々山だったからな。あの時の魔法は見たか?」
「は、はい! 驚きました! やはり……やはりハネット様は、神の領域にあるお方なのですね」
「まあ神を殺したことなら何度もあるが」
「え?」
イベントのボスでしょっちゅう出てくるからな。
こいつらの思ってる神とは全然違う物だろうが。
つーか強い敵を全部「なんたら神」とか「なんたら竜」って名付けるのは運営の怠慢だと思う。
ゴーレムの脇を無事に通り過ぎることができ、村長はホッとしていた。
「ニーナに書状が来たってのはなんだ?」
「あ、これでございます」
村長は服の胸元からスクロールを取り出した。
どこから出してんだよ。
そういえば服にポケットが無いな。
あれ、言われてみればニーナの服にも無い気がする。
俺は生暖かいスクロールを嫌々受け取る。
羊皮紙か。植物性の紙って無いのか?
おん? そういえば、これまでの皆も、俺の出した紙を見てびっくりしていた気がするぞ。
後でニーナに聞いてみよう。
「お、恐らくですが、王からの直々の書状かと……」
この国の王様か。ニーナに依頼をしてたとかいう。
「なんでそう思った?」
「え? あ、封蝋の印が王家の物なので……」
ああ、そういえばスクロールの封って家紋的なアレなんだっけか。
俺らの使ってるスクロールは全部魔法陣の印だから忘れてたわ。
「へえ、これが……」
この印と蝋を複製できればめっちゃ悪用できるな。
スキルでコピーしとこう。ククク。
街道をしばらく歩き、俺の家に村長を招いた。
村長は廊下を1歩歩く度に冷や汗を流している。
ニーナが最初家に来た時を思い出すな。
「じゃあちょっとニーナを呼んで来る。待っていてくれ」
「ハ、ハイ」
俺は村長に飲み物だけ出して学校へ飛んだ。
みんなが教室内に突然出現した俺に驚いている。早く慣れろ。
「ニーナ。今、北の村からあの村長が来てな。お前にこの書状を届けに来たんだと」
「これは……恐らく、王からの物ですね」
一目見て分かるらしい。流石賢者様は慣れていらっしゃる。
ニーナを連れて家に帰って来た。
「あ、賢者様! 御無沙汰しております!」
「ええ、お久しぶりです。村長にも何か書状が来ましたね?」
「はい。その書状をニーナ様に届けるようにという物でした。あとはあの襲撃で無事だったことを喜ぶ言葉と、1年は税を免除してくれるそうです」
「師匠が村人を復活させたのは書いてませんからね。勘違いしてくれたようです。こちらの内容は恐らく……」
ニーナには全てがお見通しらしい。俺には当然見えてない。
村に甚大な被害が出たと行政が勘違いして、税が免除になったという後半の流れは分かるんだが。
ニーナは書状の封を開けながら苦い顔だ。
村長も同じ顔ということは、村長にも内容が分かっているらしい。
しばらくニーナは書状を読み、スクロールを丸め直すと一番最初に溜め息をついた。
「はぁー……」
「賢者様、やはり……?」
そういって村長が俺の顔をチラリを見る。
なんだ、俺関係だったのか。
ニーナも俺の方を上目使いに見る。可愛い。
そのまましばらく言い辛そうにしていたが、一旦下を見てから顔を上げると、やっと口を開いた。
「し、師匠。あのですね、これはお話を聞いて下さるだけで良いのですが……」
「ああ、なんだ」
「王が、師匠を城に招きたいと申しております」
なんと。
ニーナの顔パスでいつか会ってやるとか言ってたが、向こうの方から招いてくるとは。
「ちょうどいいわ。実は権力者に1つ頼みたいことがあってな」
「えっ……頼みたいこと、ですか?」
「エルフの件だ。探すのを手伝わせる」
最高権力者である王の方から俺の巣に飛び込んでくるとは。
飛んで火に入る夏の虫。
さぞ簡単にエルフが集まることだろう。
「『頼みたい』から『手伝わせる』になっているのが師匠らしいですね……」
ニーナは物凄く難しい顔をしている。村長もだ。
「あの。つまり師匠の気持ちは、エルフ探しに協力するなら会ってやってもいい、という物で間違いないですか?」
「いや。向こうから接触して来たからには、絶対に手伝わせる。詳しくはなんと書いてあったんだ?」
さっきからニーナの表情がどんどん悪くなっていく。
「……師匠と顔を繋ぎたいので、なんとかしてくれないかと。私はこれでも世界の中で上位に位置する魔法使いでしたので、その私より上だという師匠とは、是非縁を結びたいのでしょう」
「いいじゃないか。俺に協力するなら好くしてやるとも」
「……そうですか。なら……なら、行きますか?」
「ああ、行こう」
自分から聞いといてめっちゃ嫌そうだ。
師匠と王様の間に挟まれて大変そうだな。よし、頑張れ。
「それで、こういう場合、俺はどうすればいい?」
マップから王都とかいうのを検索しながら尋ねる。
「向こうの歓迎の準備もありますので、先に書状を送りましょう。私が書きます」
「行けるまでにどれぐらい時間がかかる?」
「私がこの前のゼルムスで、村と依頼の件で手紙を出したのが20日前です。ゼルムスよりここの方が王都に近いので、恐らく書状が届くのに7日前後、そこから返事が来るまでにもう7日で約半月ほどでしょうか」
「遅い。だったらもう、王都まで行こう」
「え?」
「とりあえず顔を出して、向こうの準備の間は宿屋かなんかに泊まればいいだろう」
「は、はあ……」
「よっしゃ、行くぞ」
「え!? まさか今からですか!?」
「たりめーだ」
俺はニーナとのやり取りを黙って見ていた村長に向き直る。
「という流れになった。今日はお引き取り願おう」
「あ、はっ、はい! 今日はお忙しい所をお邪魔しましたっ」
「あ! 待った!!」
「えっ!?」
そういえば、せっかく村長が来たなら店を見て貰おう。
多分この近くで一番大きな店だ。今後買い物に来ることもあるだろう。
「村長、もうすぐこの集落に、市場のように大きな店を開くんだ。従業員がいないので開店は先のことになるが、せっかくだからちょっと見て行かないか?」
「そ、そうですか。ではそちらにもお邪魔させて頂いてよろしいですか?」
「ああ。ニーナは王都に行く準備しとけ」
「は、はい」
俺は村長を連れて街道を行き、中央広場まで来た。
中央に鎮座する結界の石碑に、村長が目を丸くしている。
「あっ、あの大きな魔石は……」
「ああ、あの魔石で集落全体に結界を張っているんだ。あれがある限り、モンスターは近寄ることもできない」
「おお……な、なんとも凄い物ですね……」
「そんで入口にゴーレムを置いていたのさ。逆を言えば、モンスター以外は入って来れるからな。あっちは人間用という訳だ」
「な、なるほど……」
村長は石碑に目を奪われているようだが、一応既に学校と店は遠くに見えている。
石碑を通り過ぎる辺りで、村長もそれに気付いたようだ。
「あの大きな建物。右のやつが学校と呼ばれる勉学を教える場所で、左のやつが件の店だ」
「も、物凄い大きさですね。確かに市場も入るかもしれません」
学校の方では残りの3人の先生が授業を続けている筈だ。
店に着き、シャッターを開けて村長を招き入れる。
「お、おおっ……! これは……」
様々な商品がズラっと並ぶ空間に、村長が感嘆の声を漏らした。
「売ってるのは全部、俺の魔法で作った物でな。一応ニーナから相場を聞いて値段を付けた」
「凄いですね……これは市場より凄いと思います」
「まあそうかもしれん。俺もゼルムスっつー都市には行ったんだが、この水準の店は無かったからな」
「はぁ~……」
村長はカクカク頷きながら店内を見回した。
ここがあれば、あの村では手に入らない物も簡単に手に入る筈だ。
俺は店の中に売っているラインナップを紹介して回った。
「まあこんな感じで、大抵の物なら手に入る筈だ。いつでも買い物に来ていいぞ」
「それは本当に助かります。一番近い村や街でも、4日はかかりますから」
「ああ。そういえば、そっちの村に商店のおっさんがいただろ。あの死んでた奴」
「は、ハイ。おりますが」
言い方が悪かったのか、若干顔が引きつっている。だって死んでたじゃん。
「ここの店長として働いてくれないか、村長から聞いてみてくれないか?」
「ボッツをですか?」
「ボッツっていう名前なのか?」
「はい。村唯一の店を営む男です」
ボッツはボッチでもあった訳か。
「ああー、そうか。村唯一なぁ。そんじゃ、代わりに村人の誰かに算術を教えてやろう。ボッツの店はそいつが引き継ぐというのでどうだ?」
「算術ですか?」
「ああ。さっきの学校っていう場所があっただろ? あそこでは今、住民たち全員に勉学を教えているんだ。まだ算術は教えてないし、ちょうどいいだろう」
「なるほど……はい、そうかもしれません。一応皆に話してみますが、恐らくハネット様のお言葉なら、皆喜んで引き受けると思いますよ」
「そうか。なら王都から帰ったら、今度はこっちから出向こう。その時に返事をしてくれ。多分数日後か10日後とかだ」
「はい、分かりました。……こんなに早く、ハネット様に恩返しが出来る機会が来て良かったです」
「うーん、そうだな。商店のことは割と本気で困ってたからな。俺を助けてくれ」
「っ! はい!」
こうして店の開店予定も立った。
問題が次々と解決しそうで良いことだ。
村長を見送った後、俺は学校で王都に行く話をした。
「という訳で、今日から数日間、ニーナと2人で王都に行ってくる。ちゃんと食事の時には転移で帰ってくるから、何も心配しなくていい。護衛のゴーレムも増やしとくしな」
「俺留守番できるよ!」
未だに名前を憶えてない元気な方の男子が手を挙げた。
つーかもう1人の男子は声を聞いたこともない。
「そうか。なら安心だ。もし俺がいない間に誰か訪ねて来たら、適当に追い返していいからな。そいつの運が悪いのが悪い」
みんなが微妙な顔で頷いたのを見て、学校を後にする。
家に帰ると、すでにニーナが待っていた。
「師匠。私の準備は大丈夫です」
「そうか。じゃあ行こう。王都に転移するが、どこに出れば良いと思う?」
「そうですね……一応、関所を通りましょうか。流石に王都に転移で侵入するのは不味いです」
マップで王都の関所を検索。かなりの数だ。
適当に、北の村から街道で繋がっている関所に決めた。
「よし、あの村の街道から行ける関所にしよう。ニーナ、手を」
テレポートで関所の手前まで飛ぶ。
いつも通りここからは歩きだ。
「師匠、衛兵に通して貰った後は、私が案内しますので王城に行きましょう。その後の手続きも任せて下さい」
「ああ、役に立つ弟子で嬉しいぞ」
「あ、ありがとうございます」
さっきまで面倒臭そうだったニーナだが、俺が帰って来た時には既にいつもの調子だった。
まあクールな奴だからな。色々考えて納得できたんだろう。
「失礼します! 通行証を拝見させて頂きます!」
ゼルムスの時と一緒で敬語の衛兵が声を上げる。
あくまで関所だからかゼルムスより人数が少ないな。
「確認しました、賢者様! どうぞお通り下さい!」
6人の衛兵に敬礼されながら道を歩く。
「ここからはフローティングでいいでしょう。必要ないかもしれませんが、一応私の後について来て下さい」
素直にニーナの後を追って空を飛ぶ。
10分ほどして王都とやらが見えてきた。
「おお~全然違うなぁ」
目の前に広がるのは白い都。
ゼルムスの10倍近くあるかもしれない。広大だな。
「王都ですからね。でも帝国の帝都の方が街は綺麗ですよ」
へえ。帝国の方が技術力は上なんだろうか。
ニーナが下りないので飛んだまま街を横切る。
「あ! 賢者様だ!」
「クラリカ様ぁ~!!」
「後ろの誰?」
ゼルムスと違って王都の住民は一般人でもニーナのことが分かるらしい。
下を歩く人々が、彼女の黒いマントを目印に手を振っている。
いわゆる英雄的な扱いだ。
「有名人だな、ニーナ」
「今日にでも師匠が上書きしますよ」
そうだろうか?
これまでの情報から考えるに、恐らくニーナが有名なのは成した功績が大きいからだ。
そりゃ千年に1人の天才と言われるその実力もあるのだろうが、ここまで慕われているのは行いあっての物だろう。
―――土の賢者は良い噂しか聞かない。
ティアの父親が言っていた言葉だ。
敵対種族であるエルフですら認めざる負えない人柄。
どう考えても人間として俺の方が下だ。
むしろ俺なら悪の大魔王として有名になる気がする。このゲームの掲示板みたいに。
「師匠、もうすぐ下ります」
ニーナに促されて城門の前に下りた。
衛兵たちは俺たちが下りる前から既に敬礼している。
1人だけ鎧の感じが違う男が歩み寄って来た。
「クラリカ様。ようこそおいで下さいました」
やっぱり顔パスか。
王様から直々に、丁重に扱うよう命令が出ているのかもしれない。
「お久しぶりです。今日は先日陛下から送られた書状に返事をしに来ました。これです」
そう言ってニーナは鞄からあの書状を取り出して渡した。
男はそれを受け取ると切られた封の印を確認する。
「かしこまりました。応接間にご案内致しますが、そちらの男性は?」
「この度新たに私の魔法の師となって下さった大魔法使い、ハネット様です」
ニーナの紹介にクールそうな男が僅かに目を見開く。
周りの衛兵たちも、声は上げないが驚いているのは伝わってくる。
王城を任されるだけあって、全員立ち振る舞いがしっかりしているな。
「それは失礼致しました。ただちにご案内致します」
男に連れられ中に招かれる。
庭園に引かれた白い石畳の上をしばらく歩く。
遠巻きに何組かのドレス姿の女性たちがこっちを見ていた。多分ニーナのせいだろう。
城の中は、材質はともかく造り的には、俺のハネットファームの宮殿と言うほどの違いがない。
大して歩くこともなく、部屋の1つに案内される。
高級そうな絨毯やら装飾やらで飾り立てられた広い空間。
まあでも俺の宮殿の方が上だな。
「しばらくこちらでお待ち下さい」
部屋に入り中央のソファーに着くと同時、メイドさんが2人出てきて紅茶とお茶菓子を用意してくれる。
彼女たちはそのまま部屋にいるようだ。
「何かありましたら、こちらの侍女たちになんなりとお申し付け下さい」
優雅な所作で紹介されたメイドたちがお辞儀をする。
男はしばし席を離れる旨を伝えると、部屋を出て行った。
「ふーん。これがこの辺の城か」
「規模はともかく、師匠の家を見た後だと若干見劣りしますね」
「やっぱそう思う?」
言いながら紅茶に口を着ける。
流石にこの状況でいきなり毒が出てくる訳が無い。
この前のエルフの里で飲んだお茶は緑茶だった。
高い紅茶の味という物に興味がある。
「……へえ。これもあのエルフのと同じで良い味だな」
「この紅茶もあのロトの茶葉の物ですからね」
ああ、同じ茶葉なのか。
紅茶にすると香りが全然変わるもんだな。
確かに後を引く甘みがあのお茶に近く感じる。
続いてお茶菓子にも手を着ける。
見た感じ形に凝ったクッキーみたいな物だ。
「こっちはあんまり美味くないな」
造形は凄いが、味はクッキーの中でも下等だ。パサパサ感が強過ぎる。
「前に師匠が出して下さったお菓子は、どれも至上の美味でした。お茶はともかく、料理については師匠の方が圧倒的に上ですね」
せっかくなので、もっと美味いクッキーを出してやった。
メイドさんたちが皿に出現するクッキーに驚く中、慣れた2人で美味しくお茶を頂いた。
30分ぐらいして、やっと扉がノックされる。
「お入りください」
ニーナの返事で扉が開く。
最初に入って来たのは、褐色の鎧に身を包んだ眼光の鋭い男。
腰に刺した両手剣と、その他様々な武器類から戦士職であることが分かる。
続いて入って来たのは老人だ。
痩せ形でスラリと伸びた背中が印象的。あとは服が現地的には上等か?
最後にあの門番の男が入ってくる。計3人だ。
入れ替わりにメイドさんたち2人は出て行った。
老人が俺たちの対面に座り、あとの2人はその左右を守るように立つ。
「ハネット様、クラリカ様。遠路はるばる、よくお越しして頂きました」
最初に老人が口を開いた。
最初に俺の名前を出す辺り、今回の要件を良く分かっているらしい。
「いえ。今回は書状の依頼通り、師との間を取り持たせて頂きました。陛下への謁見はいつ頃になりそうですか?」
「申し訳ありません、クラリカ様。その前に自己紹介を。……お初にお目にかかります、ハネット様。私は国王陛下を補佐させて頂いております、ギルスター・ジーク・ファルスと申します。以後よろしくお願い致します」
「そうか」
国王の補佐。『爺や』みたいな感じだろうか。
名前の方は1時間後には絶対覚えてない自信がある。
俺の態度に、部屋の人間たちが微妙に気配を変えた。
だってもう向こうは名前知ってんだからいいじゃんか。
つーかそもそも俺は王様以外に興味は無い。
「宰相、今回の参上について、師匠は条件を付けておられます。その条件をそちらが飲むまで、師匠と友好的な縁は結べない物と思って下さい」
ニーナは俺の態度を勘違いしたらしい。
別にそういう訳で冷たくしたんじゃないんだが。
ただ単純に、とにかく興味が無かっただけだ。
「条件、でございますか?」
「ええ。今回の招待を受ける条件は―――」
「ニーナ、やめろ」
俺はニーナがエルフの件を説明するのを止めた。
これは王様に会った時に直接言うと決めている。
こいつでも誰でも、王様との会見の前に情報を漏らすのは良くない。
返事をどうするか考える時間を相手に与えるのは、俺の好みに反するのだ。
「し、師匠?」
「その件は、王と直接会った時にだけ話そう。それまでは秘密だ」
「……そうでございますか。理由をお聞きしても?」
「駄目だ」
「………………」
宰相の穏やかな表情が、一瞬だけ僅かに崩れた。
「陛下と直接お会いになった際には……ということは、陛下との会合自体は受けて頂けるということでしょうか?」
「そういうことだ。今日はその準備をするよう言いに来ただけだ」
「……なるほど、そうでございましたか。では会合の日時ですが、今日から4日後の午前ではどうでしょうか?」
「師匠」
「それでいい」
「では、そのようにお願いします。私たちはそれまで、城下町の宿『エルフの羽衣亭』に滞在していますので」
「こちらにご滞在されてはどうですか? 当然最上のおもてなしをさせて頂きますが」
「それは駄目だ」
ニーナがどこで口を滑らせるとも限らん。
とにかく会見までは、関係者と接触しない場所にいた方がいい。
つーか多分、この爺さんもそれを狙っている。
「……失礼いたしました。では4日後の午前に、宿まで使者を送ります。あとはその使者がご案内致しますので」
「そうか、じゃあ俺たちは帰るとしよう。ニーナ」
「は、はい」
早々にソファーから立ち上がると、最初の門番の男が優雅に前に出た。
「門までわたくしがご案内致します」
「ああ、頼む」
なるほど。ただの護衛じゃなく、道案内だったのか。
多分そのまま門番の仕事に戻るんだろう。
男、ニーナ、俺の順で扉へ向かう。
来る時もそうだったが、どうやら身分が低い順に前に立つらしい。
―――敵性オブジェクトが発生しました。
男が取っ手に手をかけた瞬間、アラームが鳴る。
(――『タイムストップ』)
対戦の癖で、反射的に時間を止める。
突然湧いた敵はどこかとレーダーを見たら、室内の4つの緑の点の中から、1つが赤い点に変わっていた。
あの眼光の鋭い戦士風の男だ。
なんか知らんが敵になったらしい。
そちらを振り返ったが、戦士は別に剣を抜くでもなく、先程と同じように直立不動だった。
ただ、正面を見つめていた先程と違って、今は俺の背中を見ていたようだ。
タイムストップを一旦解除して、殺す前に理由だけ聞き出しておくことにする。
「お前、なぜ今俺に敵意を持った?」
俺の言葉に他の3人の空気が変わった。
当の本人はいつの間にか振り向いていた俺に驚愕し、目を見開いている。
「背後を向いた瞬間だったという事は、俺を背中から斬ろうとでもしたのか?」
戦士は何も言わない。
宰相は困惑の顔。後ろにいて顔は見えないが、多分門番とニーナもそうだろう。
「ゼスト?」
宰相が戦士に声をかける。
宰相だって知り合いである戦士の方を擁護したい筈だ。
だが黙っているのは妖し過ぎる。
俺の勘違いなら、すぐに違うと答える筈だ。
「ゼスト様」
門番の方が戦士を非難するような声をかけた。
こいつには心当たりがあるらしい。
「正直に話し、謝罪を」
門番の言葉に、戦士が俺の方に正面から向き直った。
そのまま勢いよく頭を下げる。
「も、申し訳ない! ……殺気を放ち、貴殿がどう反応するか試した」
「なぜだ」
「本当に申し訳ない。戦いに身を置く癖です。その反応により、どれほどの強者か測ろうとしました」
殺気にどう反応するかを試したということらしい。
ニーナが俺の時と違って怖がってない所を見ると、大したことないな。
レベルを見ると31だった。エルフの最強クラスより少し強いぐらいか。
「どうせだったら次からは剣を取れ。こうして問答すると、殺すより時間がかかる」
全員が無言。
中立オブジェクトに戻ったしもういいか。今回は見逃してやろう。
「さて、じゃあ案内を頼む」
「……あ、師匠。先に行って下さい。すぐに追いかけますので」
「余計なことは喋るなよ」
「はい。心得ました」
門番に案内されて部屋を出る。
ニーナは本当にすぐに追いかけてきた。
庭園を渡り、門を出る。衛兵たちに見送られて城を後にした。
「師匠、殺気は感じないのではなかったのですか?」
「ああ、あれは敵を探知する魔法だ。あいつが急に敵の反応を示したんだよ」
「そうだったのですか」
「それよりさっき言ってた、なんたら亭ってのはどこだ?」
「あ、こちらです」
ニーナの案内で街を歩く。
ニーナのおかげで声をかけられまくって大変だった。