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ゴッズテイル ~サイコ男の異世界神話~  作者: 柴崎
第1章 ~エルフとの出会い~
21/103

幕間 ティアの出会い-1

2016.6.11

ティア視点です。



「アラン様がお呼びだ。一応お前もついて来い」


商館の使用人の1人が、そう言って私を部屋から連れ出そうとする。

私は当然素直に従った。

鞭で打たれるのが怖いから。

連れて来られたのは、この商館で一番大きな部屋だった。

この部屋にはたまに……『ご主人様』が私達奴隷を全員見たいと言った時にだけ、集められる。

連れて来られたのは私が一番最初だった。

時間を空けずに次々と他の奴隷たちも連れて来られる。

ほんの少しの時間で、服を着ることが許されている奴隷さんが全員集まった。

侍女とかいう仕事が出来る奴隷さんも一緒だ。

彼女は服がしっかりしていて羨ましい。

()()()()もさせられているのは嫌だけど。

一番最後に、鎖で繋がれた裸の奴隷さん達が無理やり引きずられて来た。

彼女たちはもう、早く歩くことができない。

だから男の人たちに引きずられて来るのだ。

ご主人様を、待たせない為に。


「ほら、早く立て」


「ぁうっ……!」


使用人に鎖を引っ張られて、無理やり立たされていく。

ここからが一番の地獄なのだ。

もしご主人様が品定めしている最中に倒れたりしたら、後でありったけの鞭打ちを皆の前で受ける。

アラン様に恥をかかせた見せしめ。

それで死んだら食事が浮いて、もっと良い奴隷が買われてくる。

その一連の様子を黙って見ていたアラン様が、最後の1人がなんとか立った直後に口を開く。


「今回のお客様は初めてのお方だが、かなりの上客かもしれない。全員ご主人様に、決して粗相のないように」


張り付けたような不気味な笑顔。

私達はこの人の笑顔が、鞭打ちの時も死体を片付けさせる時も変わらないのを知っている。

安心どころか恐怖しか湧かない。

これまで色々な奴隷商を流されてきたけど、この人が一番怖い。


少しして、件のご主人様が部屋に入ってくる。


(綺麗……)


その人は、物凄く白い人だった。

人間のことをどう表現したらいいのか分からないから、それぐらいしか特徴が言えない。

でもとにかく、凄く綺麗だと思った。

まるで里にいたハーフエルフのルルみたい。

他のみんなも息を飲んだのが分かった。

今までも綺麗な身なりの人ばかりだったけど、この人は更に桁が違う。


(かなりの上客……)


さっきアラン様が言っていたことを思い出す。

今までご主人様に買われたことが無いから分からないけど、私達奴隷は凄い人に買われれば凄い人に買われるだけ良い暮らしが出来ると教わってきた。

でも流れてきた奴隷さんの中には、そんなの嘘っぱちだって言う人も多くいる。

ただ綺麗さに驚くだけだった頭が不安な気持ちを思い出してきた頃、今更になってご主人様の隣に女の子もいるのに気付いた。

この人も綺麗な人だ。

綺麗な肌とサラサラの青い髪の毛。

もしかしたらこんなに髪が綺麗な人は、生まれて初めて見たかもしれない。

着ている服は新品の服。

そういえば2人とも、里を襲った人間の中にいた魔法使い達と似た格好だ。

女の子の方は、私達を一目見るとすぐに下を向いた。

どうやら奴隷さん達が裸だから恥ずかしいらしい。

私達エルフは、人間よりも肌と肌の触れ合いに厳しい。

私も最初の頃は、自分の格好もみんなの格好も凄く恥ずかしかった。

1年経って、いつの間にかそれが当たり前になってしまったけど。


白い人は最初にいくつか質問をしてから、端から順番に私達を見て行く。

これまでに無い品定めの仕方をする人だ。

普通は「あれはどうだ」とか「これはどうだ」とか、私達をよく知るアラン様に話を聞きながら見繕う。

それに私達の体じゃなく、『顔』の方をじっくり見てるのも珍しい。

少しして私の順番が来た時、その細い目が更に細められる。

いつものことだけど、居心地が悪い。


「おいっ。あの耳が長いのは……」


「はい、エルフでございます。数年に1度の、かなりのお値打ちものでございますよ」


そう。

私は人間ではなく、エルフだ。

1年前に森の里が人間たちに襲われて、逃げ損なった私は捕まってしまった。

他にも6人の仲間がいたけど、すぐに別々の奴隷商に流され散り散りになってしまった。

ご主人様たちはエルフの私を必ず欲しがるけど、私は『値段』というのがとても高いらしくて、それを聞くとみんな諦めていくのだ。

それが良い事なのか、悪い事なのかも分からない。

この人間の世界は、とにかく怖いだけだ。

買われたらここの女奴隷さんたちに会えなくなるから、もしかしたら良かったのかもしれない。


「正直言っていくらだ?」


「はい。……金貨百枚、ちょうどです」


「ひゃく!?」


下を向いたままで女の子が驚いた。

私の値段を聞くと、ご主人様たちは必ず同じ反応をする。


(それなのに……)


白い方の人は、一切様子が変わらなかった。

「ふーん」ぐらいにしか思ってなさそう。

私と同じで、お金のことがよく分からないのかしら。


「流石にまず用意できる金額ではありませんからね。近々上位貴族のお屋敷にでも売り込みに行こうかと……」


「買った」


白い人が、アラン様の話を遮った。

…………え?


「……は、い?」


「あのエルフ、金貨100枚で今買った」


そう言い直して、白い人は組んでいた腕を解く。

次の瞬間、その両手には1つずつの袋が握られていた。

それをアラン様に適当に渡す。

その様子に、私を含め、その場のみんなが茫然としている。

あのアラン様ですら、いつもの笑顔を忘れて目を白黒させていた。

あんな顔は初めて見る。


「あ、…………あ、あの、中を確かめさせて頂いても?」


「ああ。1袋50枚ずつで、ちょうど金貨百枚入ってる筈だ」


あの袋にはお金が入っていたらしい。

キンカヒャクマイというのは、私に付けられている値段だ。

私はついに、この白い人に買われたようだ。実感が湧かないけど。

アラン様を無視した白い人が、その手を地面に向かってかざす。

するとその直後、地面から綺麗な机と椅子が現れた。

びっくりした。

よく分からないけど、凄い。


「は、ハネット様は、やはり魔法使いであられるのですか?」


「最近は大魔法使いとか言われる事が多いな。いや、いいからさっさと数を数えてこいよ」


「あ、は、はい。すぐに」


さっきから、あのアラン様が毛虫みたいな扱いだ。

なんとなく、このご主人様の方が、アラン様より上の人間なんだろうなと思った。


しばらくそのまま待っていると、アラン様が元通りの笑顔で戻って来た。


「金貨百枚、確かにお受け取りしました。おい、ティア。さあ、ご主人様にご挨拶を」


アラン様に呼ばれる。

緊張で足が震える。


「あ、ありがとうございます。ティアです。よろしくお願いします」


これまで教わってきた通りに自己紹介する。

この言葉を、本当に自分が言う日が来たんだ。


「ああ、よろしく」


ご主人様は、ただ一言私にそう返しただけだった。

その視線は既に、私の後ろにいる他の奴隷さんたちに向けられている。


「今日は本当にありがとうございました。ハネット様との……」


「待て。まだだ」


お買い上げの挨拶をしていたアラン様を、ご主人様がまた遮った。

調子を取り戻していたアラン様の顔が、またもや困惑に歪んだ。


「は?」


「他の奴隷も全員買う」


「はぁ!!?」


部屋にいた全員が、その言葉に驚きの声を上げた。

商館の奴隷を一度に全員買うなんて、聞いたこともない。

アラン様がこれまでに見たこともないぐらいに慌てて部屋を出て行く。


「ああそうだ。……ティア?も座る?」


ご主人様は私を見ると、机の周りにもう1つ椅子を出してそう言った。

座れということよね?


「は、はい! し、失礼しますっ」


ガチガチに緊張して座った。

こんなに綺麗な椅子に私なんかが座って、汚れでも付かないかしら……。

ご主人様はそんな私に見向きもせず、隣の女の子と喋り始めた。

あれ? 本当に椅子を勧めただけ……?

ご主人様と話す女の子は、さっきからずっと下を向いたまま返事をしている。

首が痛くなりそうだ。


「あ、そうだ」


一言そう言ったご主人様は、不意に椅子から立ち上がると、奴隷さんたちの方に歩いていった。

何をするつもりだろう。

護衛さんたちが慌てて駆け寄る。


「こ、困ります、お客様。店主のいぬ間に勝手な事をされては……」


「退け」


ご主人様が短くそう言った瞬間、物凄い悪寒に包まれた。

まるで部屋の空気だけ一気に冬に戻ったみたいだ。

体が勝手にガクガク震える。

ご主人様の瞳を向けられた護衛さん達は、顔を青ざめさせてピクリとも動かなくなってしまった。

もしかして、魔法を使ったの?

ご主人様は、服を着てない一番若い女の子の前に立った。

女の子は明らかに怯えている。今にも座り込んでしまいそうだ。

みんながハラハラしながらその様子を見つめる。

悪い想像に反して、ご主人様は何も無い場所から美しいマントを出すと、女の子に差し出した。


「ほら、これでも羽織っておけ」


どうやら服を着せてあげようとしているらしい。

行動と真逆で、その後に言った一言が物凄く怖かったけど。

そのままご主人様は、その場の全員にマントを渡していった。

服を着ている奴隷さん達にも。

最後に私達の所に帰ってきて、隣の私にもマントをくれた。

新品にしか見えない。

普通奴隷の服なんて、着古したおさがりぐらいの物なのに。


「あ、ありがとうございますっ」


「流石にその格好で、町中連れ回す訳にもいかんだろ」


ご主人様の口から、初めて常識的な言葉を聞いた気がする。

言われて久しぶりに今の格好が恥ずかしくなった。


帰って来たアラン様が一瞬だけ私達の姿に驚いていたけど、すぐに元の顔に戻る。

少なくとも、アラン様はいつも、ご主人様たちの前では怒らない。

それでも、その後が怖いのだ。

こんな勝手なことをしては、今度こそ私も鞭打ちを受けるかもしれない。

ご主人様に既に買われていて幸運だった。

そうか。買われるって、そういう事でもあるんだ。


いくつかやり取りをして、ご主人様は私達全員分の支払いを済ませた。

今から全員を連れて帰るつもりらしい。

裸だった奴隷さん達は歩けるかしら……心配だわ。


「さあお前達。まず最初に魔法で体を癒すぞ。―――範囲拡大化Ⅱ。『ヒール』」


ご主人様が私達に向かって不意に手をかざした。

見慣れた黄色い魔法陣が出て、私達の体が柔らかい光に包まれる。

ルルがよく使っていた癒しの魔法、ヒールだ。

これだけの人数に一度にかけられる物だったんだ。知らなかった。

ルルはいつも、1人ずつにしかこの魔法を使わない。なんでだろう。


「す、凄い……鞭打ちの傷が全部治ってる……」

「え? 嘘?」

「ほ、本当だ……!」


みんながマントをめくって、体の具合を確かめている。

私もなんだか元気が出た気がする。やっぱり光の魔法は凄い。


ご主人様に連れられて、全員で商館を出た。

なんて久しぶりの外だろう。太陽の光が気持ちいい。

みんなで置いて行かれないようについて行くと、途中で5人の子供たちに出会った。


「おい。お前らが俺について来る子供達か?」


ご主人様が呼びかけると、その子供達が集まってきた。


「ほ、本当に、お仕事と住む場所をくれるんですか?」


どうやらご主人様は、この子供達を使用人として雇うつもりみたい。

ちゃんと親も納得してるのかな?


「わ、私ついて行きます!」

「私も!」

「俺も!」


穏やかなご主人様の様子に、子供達は信頼を寄せたみたいだった。


「そうか。じゃあこの後ろの奴等と一緒に、俺について来い」


「あの、その後ろの人達は?」


「今奴隷商館で買ってきた奴隷だ。こいつらも奴隷としてではなく、正式な集落の住民になって貰うつもりだ」


え?

その言葉に、その場の全員がざわっとした。

集落の住民?

ご主人様は私達を振り返ると、何かに気付いたみたいに視線を下に移した。


「そうか、お前達は靴も無いのか」


今初めて気付いたらしい。


「え、えっと、はい」


一応最初に買われた私が答えておいた。

やはり私がこの中での一番奴隷……ということになるのだろうか?

前に女奴隷さん達が、奴隷は買われた先で優劣を付けられる事があると話していた。

ご主人様に気に入られれば、一番奴隷として可愛がって貰える事もあるらしい。

少なくともこの中だと、最初に買われた私が頑張らなきゃいけないと思うんだけど……。

ご主人様はマントの時と同じく、全員分の靴を出してくれた。

その光景を初めて見た子供達がはしゃいでいる。

凄いわよね。


「さて、それじゃあ帰るか。範囲拡大化Ⅱ。『テレポート』」


ご主人様が魔法を唱えた次の瞬間、景色が一変した。

どこを見回しても地面しかない、一面の更地だ。

瞬きの間に、街の中から更地へ。

それとも、街が更地になってしまったのか。

混乱した。

気付いた時には、私は地面に座り込んでしまっていた。

他のみんなも同じような状態だ。


「皆さん、落ち着いて下さい。師匠の魔法で、先程言っていた集落に移動しただけです」


あの髪の綺麗な女の子が、穏やかな口調で説明してくれた。

ご主人様の何かの魔法で、一瞬にして目的地に移動したということらしい。

も、もしかして、伝説の転移の魔法?


「そういうことだ。とりあえず全員一旦座れ」


ご主人様がそう言った瞬間、更地だった地面に短い草が生えた。

ふかふかで青々とした草だ。

森と生きるエルフの私には、物凄く元気で丈夫なのが分かる。

これも凄い魔法だけど、多分さっきの転移の魔法の方が凄いと思う。

言われた通り座ると、久しぶりの植物の感触に気分が高揚した。


「そうだな。まずは自己紹介か」


ご主人様が口を開く。

全員がご主人様に視線を集めた。

きっと凄く有名な魔法使いに違いない。

男の人なので違うだろうけど、噂に聞く土の賢者様のような人だ。


「俺の名前はハネット。魔法使いで、この集落の支配者だ」


ハネット様。

予想に反して聞いたこともない名前だ。

エルフの私が知らないだけかと思ったけど、周りのみんなも知らないみたいだった。


「ニーナも自己紹介を」


「はい。私は賢者の末席を預からせて頂いている、ニーナ・クラリカといいます」


えっ!?


(この人が、あの土の賢者様!?)


そういえば、聞いていた風体の通りだ。

若いハーフドワーフの女の子で、低い身長に黒い帽子とマント。

片手には身長ぐらいの大きな杖を持つ。

耳もちゃんと少し尖っている。

それに纏っている雰囲気が、他と違う。

……ご主人様ほどじゃないけど。

賢者様より存在感のあるご主人様は、ちょっと異常だと思う。

私達は大陸で()()()に有名な人の登場に、十分に驚いていた。

その驚きが、次に投下された発言で更に爆発する。


「こちらのハネット様の魔法の弟子です」


(……えーっ!?)


師匠じゃなくて、弟子!?

そういえばここに来るまで、ずっとご主人様のことを師匠と呼んでいた。

賢者様より強い人なんて、『勇者様』ぐらいしか聞いたことがない。

もしかして、ご主人様も勇者様ぐらい強いのだろうか。

……ありうる。

ここまでの凄い魔法の数々が、それを証明しているように思える。


ご主人様は私達を奴隷としてではなく、ここの正式な住民として扱うと説明してくれた。

そんな旨い話があるのだろうか。

みんなも半信半疑みたいだ。


「あ、あの……」


「ああ、どうした?」


「おうち、無いみたいだけど……」


さっきご主人様に最初に話しかけた女の子だ。

あの子、よく自分からご主人様に話しかけれるわね。

ご主人様は女の子の言葉に無言をもって答えると、遠くに向かって手をかざした。

直後に大きな凄い建物が現れる。

マントと靴を出した時と同じだ。あんな大きな物まで出せるんだ。


「まあこういうことだ。俺は魔法で一瞬で家を作れる」


「す、すげえ……!」


うん、凄いわ。……君のその口のきき方が。

でもご主人様は気にしてないみたいだった。寛大な人のようだ。

その割には商館では女の子を脅していたけど。

ご主人様は、今はこの家だけだけど、いずれは全員に1軒ずつの家を建てると説明した。

確かにこの魔法なら、その程度は手間じゃないのかもしれない。

でも、私達に良い暮らしをさせて、ご主人様にどんな利があるんだろうか。

みんなさっきから、話が旨すぎて逆に不安そうにしている。


「お前たちは色々と疲れていると思う。だから数日の間は、仕事は無しでゆっくり休ませてやる。とりあえず食事にしようか。お前たち、今腹は減っているか?」


商館では、一番扱いの良かった私でも1日1食だけだった。

それも食事は夕方なので、今はほとんど丸1日何も食べてないと言える。

私達が全員で頷くと、ご主人様は大きな鉄鍋を出してみせた。

木皿と匙を出して、それに中身のスープを取り分けていく。

鉄鍋も食器も見たこともないぐらいに綺麗な物だった。


「ニーナ、配ってやれ」


「あ、はい」


ご主人様は、配膳にまさかの賢者様を使った。

なぜ賢者様の方が奴隷みたいな扱いなのだろうか。

嫌な顔一つしてない所を見るに、賢者様はご主人様に絶対服従のようだ。

恐れ多くも賢者様に手渡された木皿には、黄金色のスープが入れられている。

中に物凄い種類の具が入っていて驚いた。しかも湯気が出るほど熱い。

奴隷が食べれるのは、水みたいな薄くて冷めた塩のスープと、パンだけだ。

前に聞いたけど、冷めているのは薪の節約の為らしい。

こんな上等な食事を、本当に貰っていいのかしら。

でも新品のマントと靴を平気でくれた事を考えると、いいんじゃないかと思ってしまう。

正直言うと、私はもうほとんどご主人様を信用し始めていた。

今まで会った人間の中で、一番私達に気を遣ってくれている。


「よし、食べていいぞ。俺達も食うか」


「はい」


ご主人様と賢者様も、私達と同じで地面に座る。

ご主人様がスープに口を着けたのを見て、賢者様も食事を始めた。

奴隷がご主人様と同じ場所で食事をするなんてありえない。

でも2人は明らかに気にしてないし、ご主人様も食べていいと言っていた。

みんなすぐに空腹に負けてスープに口を着けた。


(お、美味しい……!!)


ひとくち口に含んだ瞬間に、その味の鮮烈さにびっくりした。

これを飲んだ後だと、あの商館のスープは本当に水だったんじゃないかと思ってしまう。

我を忘れてスープを飲むのに集中していた。

なんだかもの凄く元気が出て来た気がする。

美味しい物を食べると体が生きようと頑張るのかも。

ふと気付いたら、周りのみんなが泣いていた。

……みんなは、私より酷い扱いを受けていた。それももっと長い間。

暖かい物なんて、何年ぶりとかなんじゃないだろうか。

しかもご主人様は1人1人におかわりがいるか聞いて回り、欲しいと言ったら本当におかわりをくれた。

もうみんなでズルズル泣いた。


「よし、ちょっと食器を片付けるぞ」


みんなが食事を終えたのを見て、ご主人様が指を鳴らした。

その瞬間、私たちの手の中にあった食器が消えてなくなった。

どうやら出すだけじゃなくて、消すこともできるらしい。

本当に何もかもを魔法でやる人ね。

続いてご主人様は変な形の木の桶を出すと、みんなに配り始めた。

桶を受け取る時に指先が触れて、ドキッとする。

エルフは親子でも滅多なことじゃ触れ合わない。

男の人に触れたのなんて、里にいた頃は2回か3回かしかなかった。

桶の中を覗くと、肌色の半透明の水が入っていた。


「それも飲んでいいぞ。元気になる」


言われて真っ先に賢者様が口を着けた。

物凄い勢いで飲んでいる。

私も口を着けてみた。


(うわぁ、これは凄いわ!)


どうやら果物を絞った物らしい。

まるで果実をそのまま食べているみたいな濃厚さだ。

どんな果物かは知らないけど、これだけの人数分を絞ろうとしたら、凄い数が必要な筈よね。


「ニーナ」


ご主人様が賢者様に話かけた。

手を賢者様の木桶にかざしている。

多分おかわりを入れてあげているのだろう。


「ち、違います」


顔を赤らめた賢者様だったけど、無意識なのか木桶が口に伸びていた。

賢者様は甘い物に目がないのかもしれない。

その様子を見て、ご主人様が苦笑する。

とても穏やかなやり取りだ。

ご主人様からはアラン様のような作られた物じゃなく、本物の柔らかさを感じる。

酷いことをするような人には思えない。


ご主人様は私達にお腹が落ち着くまで休むよう言いつけ、机と椅子を出すと賢者様も座らせた。

どうやらあの賢者様に、知識を伝授しているらしい。


(魔法だけでなく、知識でも賢者様を上回っているの?)


それは大魔法使いであり、大賢者でもあるということ。

私達は、一体どれだけの人に拾われてしまったのだろうか。

最初は世界がどうのとか難しい話をしていたけど、いつの間にか「色は黄色が好き」とか「数字は12が好き」とか、完全な世間話になってしまっている。

色はともかく、数が好きってなんなのかしら。


「さて、これからお前たちには体をしっかり洗って綺麗になって貰う。風呂に入るぞ」


ご主人様が話を終えてそう言った。

フロっていうのは分からないけど、体を洗うなら水浴びの事かな。


「まあまずは風呂を作るか」


そう言ってご主人様は、高い木の塀を2つ作ってみせる。

この魔法、いくらでも使えるの?


「ニーナ。女の方はお前に任せた。数が多いが、俺からの試練だと思って乗りきれ」


賢者様に指示を出して、男の人たちだけを連れて塀の中に入っていく。


「では皆さんもついて来て下さい」


賢者様に連れられて、私達ももう片方の塀に入った。

中には空っぽの木の棚がたくさん置いてある。

横を見ると、湯気を立たせた石造りの池みたいな物があった。


「今からお風呂という、暖かいお湯で体を洗います。普通は王侯貴族でないと入れませんが、師匠のおかげでここでは毎日入れます」


どうやら水浴びをお湯でするという事みたい。

ならこの塀は、体を見られない為の物のかしら。

人間もそういうのを気にするのね。


「ではまず服を脱いで、この棚に置いて下さい」


そう言って賢者様もマントを脱ぎ出す。

私達もそれに倣って服を脱ぐ。

裸になった賢者様は、やっぱり物凄く綺麗だった。

髪だけじゃなく、肌まできめ細かい。

身長は私より小さいけど、一部の大きさは比率的に私よりちょっとだけ上かもしれない。

奴隷は胸が大きい人から売れていく。

エルフは全員体が薄いから気にしたことが無かったけど、人間の社会では胸が大きい方が魅力的みたい。

そう考えると私って魅力が無い筈なんだけど、どうしてみんな欲しがるのかしら。


(そういえば、ご主人様は真っ先に私を選んだのよね……)


そう考えるとちょっと恥ずかしい。


「あの……あ、あまり見ないで下さい。恥ずかしいです」


賢者様がそう言って胸と股を手で隠した。

いけない、無遠慮に見つめてしまっていたみたい。


「あっ、ご、ごめんなさい!」


「い、いえ。……あ、それでは皆さん。まずはお湯を被りましょう」


みんなで賢者様に体の洗い方を教わる。

体を洗うのには順番があるみたい。

石鹸っていう泡の出る液で体を洗うと、なんとなく水よりも綺麗になる気がした。

里で洗濯や水浴びに使ってた、ナナルの実に似てるわね。


「師匠は綺麗好きですので、私達も常に清潔でなければなりません」


そう言って賢者様は、私達に執拗に体を洗わせた。


『ニーナー!』


塀の外からご主人様の声がした。

賢者様は私達を先にお風呂に浸からせて、今は遅れて自分の体を洗っていた所だ。


「し、師匠!?」


賢者様は慌てて両手で体を隠した。

顔が真っ赤だわ。塀があるのに。


『着替えを渡すのを忘れてたー! そっちはお前を除いて何人いるー!?』


「にっ、29人です!」


赤い顔のまま賢者様が答える。

その間にも、より体を隠せる格好がないかとモジモジしている。

なぜか空を気にしているみたい。


『じゃあ扉の前に、人数分の服と布を置いておくからなー!』


ご主人様は新しい服までくれるつもりなのかしら。

綺麗好きというのは本当みたい。


お風呂から上がった賢者様が、顔だけを塀から出して周りを窺う。

誰も見てないのを確認してから、側に置いてあった大きなカゴを持ってくる。

服がたくさん入っていて物凄く重そうなのに、賢者様は1人でそれを軽々と運んでいる。

ハーフドワーフだけあって、体は小さくても力の方は私達の何倍も強いみたいだ。

カゴは3つあるらしくて、もう2往復して全部を中に引っ張り込んだ。

どうやら1つにつき、1種類ずつの服が入っているようだ。


「恐らくこれが下に履く分で、こちら2つは上に着る分ですかね」


賢者様が広げてみせたのは、ご主人様の服みたいに凄い作りの物だった。

当然のように全部が新品。


「ほ、本当にいいのでしょうか」


「いいんですよ。師匠がせっかく用意して下さったのですから。私も最初はびっくりしましたけどね」


そう言って賢者様が率先してその服に着替えていった。

みんなで真似して服を着る。

薄くて軽いのに綿毛みたいにフカフカした、気持ちいい服。下に着た肌着も、生地が伸びるからびっくりした。

この部品を上下させると左右がくっついたり離れたりするのは、どういう仕組みなのかしら。


「これからどうするか師匠に聞いて来ます。少し待っていて下さい」


賢者様は杖だけ持って塀から出て行く。


「クロエちゃん! 凄いね、この服」


「う、うん……」


「しかもこれ、新品の服だよね?」


ご主人様に雇われていた3人の女の子たちは、楽しげに服を引っ張っている。

そういえば、この子たちと私たちはどう接すればいいのかしら。

ご主人様の言い方だと、私達と同じ身分に聞こえたんだけど……。


賢者様はすぐに帰ってきて、私達をあの大きなお家に連れて行った。

待っていたご主人様が、全員家の中に入るように言う。

そこからは驚きの連続だ。

商館どころか、元々住んでた里の家より快適なぐらいの家。

でもご主人様の故郷では普通の暮らしみたい。

ご主人様の故郷はどんな凄い場所なんだろう。

しかもご主人様は、私はエルフだから、もう1つ別に家を用意してあげてもいいとまで言ってくれた。

命令じゃないみたいなので、みんなと一緒で大丈夫だと答える。


「まあお前が良いならいいんだ。でも嫌になったらいつでも言えよ」


「……はい。ありがとう、ございます」


ご主人様と喋っていると、種族が違うことを忘れそうになる。

里のみんなみたいに、仲間として扱ってくれるから。


「とりあえず、今日はもう自由にしてくれていい。外にも好きに出ていいぞ。夜になったらまた食事を用意するから、それまでに、何か生活に必要な物がないかとか、そういう辺りを考えておけ」


夜になったら、また食事をさせて貰えるらしい。

1日に2回食事が出来るのは、いつ以来だったかしら。


「やった! またあのご飯が食べれる!」


一番元気な女の子も喜んでいる。

奴隷じゃないのに、彼女達も食事が食べれなかったのかしら?

そう思って見ていると、目が合ったせいで女の子がこっちに来た。

なぜだか目が輝いてる。


「ねえ! お姉さんって、エルフなの?」


エルフと人間は耳の長さで一目で分かる。


「え、ええ、そうよ」


「わーっ! み、耳を触ってもいい!?」


エルフが珍しかったみたい。

触らしてあげながら耳を動かしてみせると、女の子は楽しそうにはしゃいだ。

あとの2人も、近くに寄ってきて面白そうに見ている。


「凄ーい! エルフの人って初めて見た!」


(他のエルフは見たことないんだ……)


捕まってから散り散りになってしまった、他のみんなを思い出す。

みんなも私みたいに、無事だといいけど……。


(もしかしたら……同じ商館に買われていれば、みんな一緒に、ご主人様に助けて貰えたかも……)


「お姉ちゃん、耳、痛かった?」


気付いたら、女の子が不安そうな顔になっていた。


「ううん。なんで?」


「だってお姉ちゃん、痛そうだから……」


女の子に手を握られる。

人間の子供なのだから、多分10歳とかの筈だ。

80歳の私が慰められるようじゃ、駄目よね。


「……ううん。ありがとう。あなた達、お名前は?」


安心させようと笑ってあげると、女の子の顔が元の笑顔に戻った。可愛い子ね。


「私ノルン!」


「わ、私はピナです」


「……クロエ」


「そう。私はティアって言うの。これからよろしくね」


この日。

私に初めての、人間の友達が出来た。





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