69 PSYCHO LOVE〈9〉
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“その敗北が忘れられない。私は亡霊のように戦場を彷徨い歩く――”
椅子に座った体は爆音のようなSEに包まれ、スクリーンでは硝煙が揺らめき砲弾が飛び交っていた。
――この作品は、いわゆる主人公最強系のロボットアニメだ。
かつて『戦場の花』と例えられたヒロインに、主人公が拾われる所から物語は始まる。
戦場を1つ生き延びる度、主人公は目を見張る速度で成長していく。
徐々に頭角を現し、並み居る猛者たちが立ち塞がるようになるが――主人公は、それを更に上回る武力で全てを薙ぎ払っていった。
そうして戦いに戦いを続け、ついにはヒロインを引退に追い込んだ張本人であるラスボスすらも打倒し、物語はついにクライマックスへ。
――最後は、主人公が戦場に舞い戻った『ヒロイン』と戦うシーンである。
“来る日も来る日も、私はあの戦場を彷徨い続ける。私の魂は逃げたあの日を彷徨い続ける――”
バイオリンだろうか。
砂と油に塗れた泥臭い男の世界を描きながら、このシーンではそれとは正反対の美しいBGMが流れている。
主人公の前に立ちはだかったヒロインの心情を歌っているのか、繰り返すように戦場に焦がれ続けた内容を叫んでいる。
“その道半ばで、私は一際美しく咲く花を見つけた。そう、見つけてしまった――”
戦いの相手として、ヒロインはかつて自分に敗北を刻み付けたラスボスではなく、主人公を選んだ。
それはやはり、主人公が特別な存在だったのか――それとも、真に最強の敵へと挑んだのか。
“来る日も来る日も、私はあの場所を目指し続ける――”
ヒロインとすらも戦い、全てを焼き尽くし、主人公という暴力はどこまでも肥大していく。
だが、そこには不思議と美しさのようなものがある。
ただ破壊するだけではない。
希望がある。
救いが、ある。
激闘の末、またも敗北したヒロインは――しかし、満足そうに機体の爆発に飲み込まれる。
もう誰にも負けたくないと呟いていたヒロイン。
――ヒロインは最後の最後に、敗北から逃げ続けた『自分自身』に勝ったのだろう。
“来る日も来る日も、物語は続いていく――”
ふと、隣で同じ物語を見ているハネットの反応が気になった。
少し後ろから横を盗み見る。
衰退していく世界の中、愚かにも戦いを繰り返す人間たちの心の内に――一握りの、絶対的な『崇高さ』を見出す作品。
それを一緒に観ていた、ハネットは。
「―――…」
物語を食い入るように見つめ――とても静かに、泣いていた。
頬に伝った涙がスクリーンの光を反射させ、キラキラと輝く。
ハネットは目を逸らすこともなく、それを拭った。
こいつは実は、涙脆い。
どんな映画を観ても、どんな漫画を読んでも、どんなゲームをやっても――大抵、最後は泣いている気がする。
登場キャラクターたちへ感情移入し、その世界観に没入し、ストーリーの展開に共に一喜一憂する。
「…………」
――なんて、『透明』な奴だろう。
たまにそう思うことがある。
普段を考えると、おかしなことなのだが。
こいつはよく笑い、よく泣く。
まるで無垢な子供のように。
「ズビーッ」
……ティッシュを持ち歩いているのはこのためか。
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「――あのシーンは最高だったね。油と砂塵が舞う泥臭い男の世界を描いていながら、流れてくるのは正反対の美しい曲で……」
昼飯を食いにフードコートへと向かいながら、映画の感想を言い合う。
「『殺すわ、貴方を』ってセリフがあんなにロマンチックに聞こえた事はかつて無いね」
「右腕失って操縦できないからって、まさか体を捨ててAI化してまで主人公と戦おうとするとはな」
「ヒロインなりの愛だよな、愛。途中にヒロインが憧れた英雄の話とかあったろ。ヒロインにとっては主人公こそが憧れてた強さの象徴だったんだ。多分ある意味告白なんだわ、あれは」
ハネットは展開について熱っぽく語る。
物語に没入するのもそうだが、こいつは意外と根がロマンチストなのだ。
「特に良かったのは、挿入歌の歌詞だね」
「歌詞?」
「ヒロインのテーマではひたすら戦場を求めているのに、無双してる主人公のテーマでは恐怖を歌っていたんだ。これはとても面白い演出だ」
「へえ、そうだったのか……」
そこまで気にしていなかった。
「あとはやっぱり、戦闘シーンだな! ロボ系の戦闘シーンでこれを上回るのは難しいんじゃないかな」
この作品はロボット物特有の機械的ギミックに異常に拘っていることで有名で、マニアたちからは絶大な支持を得ている。
「戦い楽しくないとか言う割に、戦闘シーンは好きなんだな」
「嘘っぱちだからな」
ハネットは当然という風に言い切る。
「二次元は良いのさ、二次元は。格闘技だってそうだろ? 観戦するのと自分で出るのは違う話だ」
まあそりゃそうか。
「いやぁ、とにかく良かった。……ただ、やっぱりヒロインには死んで欲しくなかったかな」
「そうか? 俺はあれで良かったと思うけど」
あれ以上完璧な締めもあるまい。
メインキャラクターが死ぬ展開には賛否両論あろうが、物語の結末としてはピッタリなものだった。
『戦う』ということは、『逃げない』ということ。
――男の魂は、戦場にある。
燻るぐらいならぶつかっていけ。
そのメッセージを、最後まで描ききったのだ。
「いや、ストーリー的には俺もあれで良かったと思うよ。良い悪いじゃなく、単に好みの話さ」
「お前は何でもヒロイン一番だもんな」
こいつは割と『あのヒロインが可愛いから』みたいな理由でも作品を選ぶ。
オタクの鑑のような奴だな。
「ま、それもある」
「それも?」
「ああ、やっぱり――」
どこか寂しげに笑い、ハネットは言う。
「――物語は、ハッピーエンドでなくちゃね」
透明な男は、届かぬ空を見上げる。
手を伸ばさないのは、あの遠い場所へは届かないことが分かりきっているからか。
「嘘っぱちの世界でぐらい――俺は、そうあって欲しいなぁ」
ハネットは呟く。
秋晴れの空が、やけに遠くに見えた。
そろそろ中盤も終わりです。