68 PSYCHO LOVE〈8〉
◆
そして翌日。
映画を観に待ち合わせ場所の駅へ向かう。
1両編成の電車が1時間に1本だけ来る。
そんな田舎の小さな駅だ。
ハネットは免許を持っているが肝心の車の方を持っていないので、この2人でどこかに行く時は電車を使うことが多い。
約束の時間よりかなり早く来たと思ったのだが、ハネットは先に来ていた。
――黒いパーカーに、黒いジーンズという黒ずくめスタイル。
ゲームの見た目と真逆で上から下まで黒一色。
常に被ったままのフードからは、伸ばしっぱなしの髪の毛がチラチラと覗く。
なんでも顔に湿疹ができてしまい、それを隠したいとかなんとか言っていたが……黒で揃える必要はどこに?
傍目から見ると、まあ怪しいことこの上ない格好だ。
俺たちも最初の頃は面食らったが……それから何年も経つので、いつの間にやら慣れてしまった。
「……来たか」
ああ、そうだ――フクロウ。
こいつの首を傾げる仕草。
フクロウが首を傾げながらこっちを見つめてくるのに似ているのだ。
「悪かったな、今日は。急に呼んで」
「別にいいさ。――どうせ暇だ」
「…………」
――子供の頃、ハネットは凄い奴だった。
付き合いが長くなれば長くなるほど、その才能と実力の大きさに驚かされた。
きっと大人になったら凄い職に就き、凄い大金持ちになるんだろうと、漠然と想像していた。
――しかし。
ハネットは、何者にもならなかった。
会社を立ち上げ画期的なアイデアで大儲けする社長にも、政治家にも。
それどころか一発合格した進学校をまさかの中退し、現在ではフリーターとニートを行き来しているような生活だ。
誰よりも高い能力を持っているのに……奴に訪れたのは、そんな生活だったのだ。
なぜ。
なぜ、そうなったのか……それとも、選んだのか。
それが、未だに分からない。
ハネットは理由について黙して語らず、俺たちも踏み入る事を恐れた。
「――映画の後の予定は?」
「え……ああ。とりあえず昼飯だな。その後は……久しぶりにお前ん家でも行くか?」
「ああいや、今日はちょっと都合が悪いな」
「そうか……」
昔はあんなに入り浸っていたのに、ここ数年ぐらいは1度もハネットの家に行ってない。
なんでも最近は家族が忙しくしているそうだ。
(――そういえば4人暮らしらしいのに、他の家族に会ったことが無いな)
「昼飯はどうする予定?」
「フードコートかファミレスでいいか?」
「俺からしたら何でもご馳走さ」
「……今朝何食ってきた?」
「いや昨日から食ってないけど」
「おい」
パーカーがゆったりしていて分かり辛いが、フードから時折見える頬がこけている。
中学生ぐらいまではぽっちゃりしていた体型が、今は骨のようだった。
昔から痩せたり太ったりと会う度に体型が変わる奴なので、友人としては心配になる。
(まあ、今日は全部俺の奢りだな)
そう思考した視界の隅で、1羽の鳩が飛び立つのが見えた。
鳩は高度を上げるために羽ばたきながら、俺たちの真上を通過していく。
――その鳩のフンが、ハネットの頭に直撃した。
「うおッ!?」
「あー。マジか」
飛び退くほど驚く俺とは対象的に、当の本人であるハネットは平然としていた。
流れるようにポケットからティッシュを取り出し、フードを拭き始める。
「てぃ、ティッシュなんてよく持ってたな……」
「まあ、何かと使うし」
相変わらず用意周到な奴である。
ハネットはそのままティッシュを捨てにトイレへ向かい、ついでに手も洗って帰ってきた。
開幕からこんなことが起きて、機嫌が悪くなるか、テンションが急降下するかと心配になる。
俺だったらその日1日鬱になる自信がある。
「一旦家帰って着替えてくるか……?」
「いや? まあいいわ。フード被ってたからまだマシだった」
しかし、ハネットは平気そうにしていた。
普通もっと何かしらのリアクションがある物ではないか。
「お前が嫌なら着替えてくるぞ」
「いや、まあお前がいいならいいんだが……」
「あ、やべ。そんなことしてたら電車が来たわ」
駅に電車の接近を報せるベルが鳴り、放送が流れる。
ハネットが慌てて中に向かうのを見て、俺も走った。
券売機の前で強引に割り込む。
「あー、待った待った。今日も俺が出すから」
言いながら券売機を操作する。
ハネットを誘う時は、いつも奢るの前提で誘うことにしている。
1日1食が基本のような人間をこちらから誘っておいて、払わせるのは忍びない。
「いや、だから大丈夫だって。今日は3千円も持ってきたんだよ」
微妙にギリギリの額なのが悲しくなる。
ハネットはこれで自立心が強いのか、割と奢られるのを嫌がるが……普段その財布にお札が1枚も入っていないのを知っている俺的には、もう少し友人を頼ることも覚えて欲しいと思う。
――5年でも10年でも、同じゲームで遊ぶ友人。
きっとその原因の1つはそこにあるのだと思う。
今のこいつにとって、『娯楽』というものは同時に『贅沢』でもあるのだろう。
“人々は娯楽のごの字も知らないどころか、食うにも困るような有様――”
(……生きることと働くこと、か)
いつも暇潰しのために生きていた男は――今では、それすら難しくなっていた。
「いいから。浮いたその金でその分遊べよ」
「…………そうか。ありがとな」
俺に引く気が無いと悟ったようで、ハネットはどこか寂しげな笑顔を浮かべて頷いた。
それが、いつものやり取りだった。
俺はこいつのおかげで、たくさんの仲間を得た。
気兼ねなく文句を言い合い、何かあったらすぐ駆けつける。
大人になった今ですら、親友と恥ずかしがらず呼べる仲間たちだ。
――だが。
俺をその輪の中に誘った当の本人とだけ、少しの距離がある。
いや。
きっと正確には、距離そのものを測りかねているのだ。
こいつが何をどうしたくて、何をどうして欲しいのか。
――それが、未だに理解出来ないから。
---
電車に揺られることしばらく、都市部に出る。
目的地の映画館は、田舎特有の超大型ショッピングモールの中にある。
ここからは徒歩だった。
「時間は?」
「余裕持って1本早いやつで来たんだ」
「ああ……」
つまりは最低でも1時間は余裕があるということだ。
「ならやっぱ着替えてきても良かったかな」
「ああ、いや、うん。すまん」
「別にいいさ。奢って貰えるのに、文句無いべ」
大きな河沿いの道をのんびり歩く。
休日の河原は人で賑い、開けた場所では子供たちが野球をしていた。
「――今日は、天気が良いねぇ……」
「そーだな」
ハネットが空を見上げて言う。
秋晴れの空が、高く見えた。
すっかり涼しくなった風が俺たちの間を吹き抜けていく。
「―――……」
吸い込まれるようなその青に、黒い男は一体何を想うのか。
ハネットは、ずっと……ずっと、それを眺めていた。
――ゴッ。
そして、その上を向いていた頭に何かが直撃した。
野球ボールだった。
「ぴぎィッ――!?」
フードのせいで死角になっていたのか、ハネットにとっては突然の衝撃だったらしい。
崩れるように膝をつくハネットと、呆然とそれを眺める俺。
飛んできた方を見れば、グローブをはめた先程の少年たちが顔を真っ青にしている。
「な――ちょっ、おま!? だ、大丈夫か!?」
「ああ……」
ハネットは頭をさすりながら立ち上がった。
そのまま転がったボールを拾うと、遠くで立ち竦む子供たちにボールを投げてやる。
……ノーコン過ぎて全然違う方向に飛んだが。
そしてあらゆる事を気にせず、そのまま何事も無かったかのように再び歩き出した。
「――って、おい! それマジで大丈夫なのか。病院に変更した方が良くないか」
「まあ別にいいだろ。よくあることだ」
よくあってたまるか。
「映画観ながら急に倒れたりしたら怖ぇーだろ!」
「まあそうなったら仕方ない。俺が死んでも俺のせいだから気に病まなくていいぞ」
「おい!」
なぜこんなに大勢いるのに、ピンポイントでこいつに当たるのか。
「……そういやお前って、昔からめちゃくちゃ運無いよな」
「ま、そうだな。正直『いつもの』っていうか」
今ので意味が分かった。
こいつが動じないのは――『初めてじゃない』から。
上から鳥のフンが落ちてくるのも、野球のボールが飛んでくるのも。
――慣れているのだ。
ここ数年会う機会が減り忘れていたが、昔からこいつは異様に運の無い奴だった。
子供の頃は自分でネタにしたりしていたものだが……もはや今では、そうであることが日常化してしまっているのだ。
見ている方が不安になるぐらい、ハネットという男は不幸に対して静かだった。
「それに――」
困惑する俺に向かって、ハネットは笑ってみせた。
「こんなに天気が良いのに、怒ってちゃ勿体無いだろ。世の物事は受け取り方だ。――今日は約束の日にちょうど晴れて、しかも奢りの日だ。ついでに話のネタも出来たな」
こいつの『まあいいや精神』は偉大だ。
全てを否定し諦めるのではなく、全てを肯定し、受け入れてしまう。
何事も常に良い方へ考えようとしている。
――つまりこいつは、物凄くポジティブなのだな。
「そうそう、ネタと言えばこの前、リーダーがさぁ――」
「お、おお……」
ハネットにとっては本気で大したことじゃないのか、普通に世間話をしようとしてくる。
俺は相槌を打ちながら、心の底では困惑していた。
こいつ、マジで何かに取り憑かれているんじゃないのか。
本気でお祓いを勧めた方がいいかもしれない……。
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適当にダベりながら街を歩く。
足取りはしっかりしているし、この分なら確かに大丈夫そうではある。
「――あはは!」
ハネットはここまでのことを本気で忘れているみたいに笑っていた。
――『 』という人間は、意外な点が多い奴だ。
意外なところ、その1。――よく笑う。
出会った時の事があるせいか、俺にはむしろ常に笑っているイメージしか無いのだが……どうもこの話をすると、意外と言う奴らが多い。
というのも、こいつは目の前にいる相手によって態度が完全に変わるのだ。
相手の好き嫌いで変わるというよりは、用途によって『演じ分けている』というのに近い。
真面目な場所ではちゃんと真面目な顔をしている。
だから人によっては、こいつが笑うところなんて想像も出来ないという奴もいるんだろう。
体感的には古い付き合いの人間ほど明るいイメージを持っている気がする。
「あの、すいません……ちょっと道をお尋ねしたいのですが……」
……今度は道案内か。
「いいですよ。どこですか?」
よせばいいのに、ハネットは安請け合いをする。
まあこいつ、解決能力高いから一瞬で終わるんだけど。
「――すいません」
「――あのぅ……」
ショッピングモールまでの道中、そんな感じで声をかけられまくった。
みんなよくこんな不審者丸出しの格好した奴を選ぶなと思うが、恐らく俺と話している感じが悪い風に見えないのだろう。
基本常に笑ってるし、なんか良い人オーラ出てるからな。
(――ああ、そうか)
今のこいつは子供の頃みたいな『明るい』ではなく、『穏やか』なんだな、と今気付いた。
テンションが高くないから圧力が無く、それでいて不快に思いそうにないから話しかけ易いのだ。
人が好いと言えば聞こえはいいが、ある意味舐められているのかもな。
「お前ってしょっちゅう人助けしてるよな」
何度も頭を下げて礼を言う老婆を見送りながら、聞いてみる。
「まあな」
ハネットは肩を竦めてみせる。
どうやら自覚があるらしい。
「落ちているゴミは、誰かが拾わなきゃ無くなることはないんだよ。なら一番最初に気付いた奴が『貧乏くじ引いた』と思って拾えばいいんだ。そうすりゃ世の中はもっと綺麗になる」
正義感というより義務感の方が強いということだろうか。
後ろ向きなのか前向きなのか、よく分からない例えだった。
あとナチュラルに人をゴミに例えるな。
他人に構っていたせいか、1時間以上もあった猶予が消滅していた。
最後の方は走って移動する。
引きこもりで運動不足なあいつは一瞬で息も絶え絶えになる。
結局、ショッピングモールに着いたのは上映時間ギリギリだった。
完成状態まで行ってるストックがそろそろ切れるので、更新遅くなるかもしれません。




