67 PSYCHO LOVE〈7〉
陽炎を貫き、地平線からぽっこりと『山』が現れる。
体表に砂が付着しているのか、色は砂漠に溶け込むような黄土色。
背中側には巨大な岩石のようなものが連なり、背びれに近いシルエットを浮かべている。
――【古代王バハムート】だ。
多分全長300メートルくらいあるな。
「クラーケンより大分デカいな」
「でもレベルは変わらないからな。同じ大きさだったらクラーケンの方が強いんじゃね?」
「お前昔負けたからクラーケン贔屓してるだけだろ」
移動スピードを若干早め、適当な感想を交わしながら接近する。
地平線まで数kmはあるだろうが、俺達なら数秒で着く。
「あ、そうだ、せっかくだからデータ取るわ」
「了解」
ハネットが飛行魔法を発動させ、一気に接近する。
クエストの特性で制限されている高度ギリギリを飛んでいく。
速度の方にも制限があるのか、普段より相当遅くなっているが……まあ魔法使いだから走るよりは断然早い。
後衛である筈のハネットが先鋒として突っ込んだのは、本人が言っていた通りデータを――『ステータス情報』を盗むためだ。
このゲームの戦闘は、レベル以外の相手のステータスが不明な状態で始まる。
それを接近というリスクの代わりに看破するのが、魔法使いにのみ使用可能な闇魔法【ペネトレート】だ。
プレイヤーやNPCと違ってモンスターは1度ステータスを盗めば永続的に表示できるので、片っ端からやっておくことにしているのだろう。
他には少々貴重だが、課金アイテムにも同じ効果のアイテムがある。
そちらは接触しなくても発動するので便利だが、リアルマネーがかかるので使うのはここぞという時に限る。
俺はガチ勢と戦う時にしか使わない。
ボスだけあって索敵範囲が広いのか、まだ1km近く離れているのにバハムートはその接近に気付いた。
斜め後ろから飛来するハネットに対し、旋回して顔を向けようとする。
ただそれだけのことで砂が巻き上げられ、地響きのように空気が震えるのをこの距離からでも感じる。
砂の海をゆっくりと回遊していたバハムートは、敵の存在を認識した途端、その攻撃性を顕にした。
――ヴァオオオオッ!!
極大の咆哮で大気が軋み、ビリビリと鎧が震える。
力強く体をしならせ、バハムートが一際大きく砂を掻いた。
ボス戦特有の、初手の洗礼――大技が来る。
速度を倍にしたバハムートは、砂の海に潜るようにして一旦反動を付けた。
そしてそのまま青空へ飛び上がり、自身のその膨大な質量をもってハネットを押し潰しにかかる。
スケールの大きさと距離のせいでとてもゆっくりに見えるが、実際は凄まじい速度の筈だ。
「―――…」
ハネットはその体当たりに、速度を緩めず真っ直ぐ突っ込む。
魔法使いの主力である魔法の詠唱はもちろん、防御はおろか、回避の仕草すら無かった。
――なぜなら、その全てが必要無いから。
ハネットに接触した瞬間、慣性の法則を無視するような不自然さでバハムートが急停止した。
勢いを完全に殺され、むしろそれが反動となり大きくのけぞる。
まるで人間が電柱に激突した時のように、後方へ跳ね返された。
質量だけなら数万分の1にも満たないような物体に、逆に当たり負けたのだ。
――これがハネットの真髄、魔法の無詠唱化と、光の防御魔法である。
あいつの格好が人一倍派手なのにも、棒立ちで動かないのにも実は理由がある。
それは、敵に『攻撃させる』ため。
後衛として座す、戦場の最後方。
そこまで隠れて侵入してきた敵をあぶり出すための演技。
一見油断している風を装い、幾重にも張った堅牢な防御で初弾を受け止め、相手の方から位置を知らせてもらうのだ。
そうして発見した瞬間、無詠唱化&範囲攻撃という回避不能のカウンターで確実に返り討ちにする。
――蛾を集めて焼く光。
それが奴の戦い方だ。
……このように、あいつのキャラクターは一見すると変態ビルドだが、あれで案外上手い構成だったりする。
戦闘に関わる全ステータスが最低値となる、MP特化型という最弱ビルド。
同レベル帯なら大抵の敵に一撃殴られただけで死ぬし、相手を倒すのには通常の5倍や10倍の手数がかかる。
本来ならば『戦技が撃ちまくれるから楽しい』とか、『MP消費が大きい魔法でも無詠唱化できる』程度しか利点が浮かばないビルドだ。
だが、奴がメイン属性として選んだ光魔法は『耐え忍ぶこと』に特化しており、『格上』との戦いに向いている。
つまり最弱であるMP特化型から見たら、全てのビルドに対して有効とも言えるのだ。
そしてあいつはソロでは絶対に対戦に出ないので、時間さえ稼げば俺たち仲間が駆けつける。
――人数差でボコる。
やつにとっては、それこそが勝利なのだ。
自分の目的と役割をしっかりと見定め一切の無駄を切り捨てた、『ブレの無い構成』だと言えるだろう。
(――まあ、俺にはそんな戦いの何が面白いのか、サッパリ分からんが)
ハネットの防御を突破できなかった巨体がのけぞる。
そこにすかさず光の鎖が群がった。
ハネットの拘束魔法だ。
「データ取れたー?」
「取れたよー」
リーダーの確認に音声チャットから間の抜けた返事が聞こえる。
今の接触をそのまま【ペネトレート】に利用したらしい。
無詠唱化されると魔法陣まで消えてしまうので、味方もどうなっているか分からなかったりする。
「じゃあリーダー、尻尾と頭」
「はいよー」
そのままオペレーター業へと移行したハネットの指示に、リーダーが従う。
こうやって考えるとハネットの仕事は本当に多い。
俺たちは突っ込んで暴れるだけだからな。
リーダーの遠距離系戦技、双剣から放たれた2つの斬撃が、遥か彼方の巨体に命中した。
破壊により報酬にボーナスが付くことの多い尻尾と頭の先を両断する。
つんざくような咆哮が大気を震わせた。
「クラツキ、トドメ」
「――了解」
攻撃力完全特化ビルドの俺だ。
この程度のモンスターには武器すら必要ない。
俺は有り余る敏捷力で地平線の彼方から距離を詰めると、その胴体に手加減した正拳突きを叩き込んだ。
爆発した肉が砲弾のような速度で撒き散らされ、血は雨となる。
――隕石でも墜落したかのように、砂のクレーターが出来上がった。
300メートルの巨体は原型すら留めていない。
探し出す作業はともかく、この場にいる3人ならば本来1人で討伐できる相手だ。
それでもこうして役割分担して挑むのは、ひとえに『つまらない』から。
……暇を感じないように始めた作業で、暇を意識しないためにストレスを溜めているのもおかしな話だ。
まるでしがみついているようだと、ふと思った。
「めっちゃ血がかかったんですけどー」
ボスの近くにいたハネットが文句を言う。
そう言う割には【汚染無効】スキルのおかげで血どころか砂すら付着していない。
まあ話のネタというか、軽口のようなものだろう。
「よーし、リーダー、帰るぞー」
「誰かー! クラツキのせいで砂が、砂がぁぁぁ」
「あ、すまん」
音声チャットから悲鳴が届く。
俺の容赦無い踏み込みのせいで砂が巻き上げられたのか、リーダーが遥か後方で生き埋めになっていた。
俺のジョブ【暗殺者】は攻撃力の代わりに射程が皆無なので仕方ない。
「【エアスマッシュ】」
助けに行く前にハネットが風魔法を撃ち込む。
味方オブジェクトからの攻撃はすり抜ける仕様だが、地形に属する周囲の砂が吹き飛んだせいで、それに押し上げられる形でリーダーも宙を舞った。
数十メートルほど空を飛び、頭から砂漠に突き刺さる。
「ぶへぇっ!」
「よし、クエスト完了だな」
「そうだな。……あー、そうだ待った。なあハネット、明日なんだが、『デイ・アフター・デイ』の劇場版来たらしいから観に行かないか?」
ハネットが帰るそぶりを見せたので、今日中に伝えなければと思っていたことを話しておく。
前々からメンバーで観ていたアニメの劇場版が、近くの――と言っても俺たちの家からだと40km近くあるが、都市部の映画館に来たらしい。
「おお……ついにあれを観に行く日が!!」
俺の提案にハネットが目を輝かせる。
ハネットは件の作品の大ファンだ。
多分俺より楽しみにしていた筈だ。
「おう、行こう行こう。安心しろ、実はそれのためにちゃんと貯金してある」
たかだか2千円程度で悲しいことを言ってくる。
俺は奢ってやろうと思いながら、待ち合わせの時間を話し合った。
次回、リアルでの2人。ここからやっと中盤になります。
◆設定補足◆ ※別に覚えなくていい
・古代王バハムート
聖剣持ったユンはこれと戦ってギリ勝てる。
・大海魔クラーケン
ハネットがプレイ初日に運悪く出会ったモンスター。頭からムシャムシャいかれた。召喚魔法で呼ぶと足だけ出してくれる。
・敵のステータスは通常見れない
【ペネトレート】は魔法使い限定かつリスク有り、課金アイテムはお金がかかるので、必然的にプレイヤーは敵のステータスを自力で予想しながら戦うのがデフォルトになる。対プレイヤーはステータスの振り方にテンプレがあるのでどのタイプかを予測し、対モンスターは基本暗記だがある程度の知識が溜まると種族や系列から予想できるようになる。ただしハネットは光魔法とMPで無理やり突っ込みこの過程をスキップできる。
モンスターのステータスは1度盗めば何度でも見られるが、プレイヤーやNPCのステータスは戦闘状態が解除される度にリセットされる。
・ジョブ【暗殺者】
攻撃力に特化したジョブ。
遠距離系戦技を習得できないなど射程の面で問題があり、基本的に接近戦が多くなる。
・40km離れた都市部
警察署のあった『市街地』とは別の場所であり、もっと都会。とはいえ田舎なのでイ○ンがでかかったりする。