66 PSYCHO LOVE〈6〉
箸休めのゲームパート。
◆
「――ってな訳でだなぁ! 俺が好きなヒロインはなぜか全員死ぬか途中でフェードアウトするんだよ!! ふざけんなよ!! つーかなんで今回に限って青髪が勝ち残りやがった!? 負けヒロインの代表みたいなツラしてる癖によぉ――ッ!!」
「お前は本当に人生楽しそうだな」
照りつける太陽。
熱された砂の上を3人で歩く。
どこまでも続く、見渡す限りの砂漠。
そこに俺たちはやって来ていた。
漆黒の軽装に身を包む俺、純白のマントを纏うハネット、そして青い全身鎧のリーダー。
ちなみにこのリーダー、身長がコンプレックスなのか、アバターの身長を現実より高く設定していた。
それで感覚が狂って動きが甘くなり、更に弱いのである。
まあそれでも低く設定し直さないあたり、本気で気にしているのだろう。
幼馴染とはいえ、流石にその辺には口を出せない。
リアルでも比較的会うことが多い3人で、雑談しながら砂の平原をどこまでも行く。
ステータスやスキルのおかげで暑さや疲労は感じない。
――俺たちが今いるのは、『最初の世界』だ。
未クリアだった討伐クエストを受けてこのエリアまでやって来た。
最近の俺たちは、何らかの理由で未クリアのまま放置していたクエストを潰していっている。
たまに実装される期間限定イベントはともかく、普段はボス狩りか対戦ぐらいしかしていない。
――正直、最近はやることも無くなりマンネリ気味だ。
俺ほど対人戦にのめり込まなかった連中が去っていったのも仕方がない。
9年間延々と同じ作業だけ繰り返しているような変態はともかく。
それでも、俺たちにとってこの作品は人生で最もプレイした特別なゲームだ。
愛着は強く、こうして『辞めない理由』を見つけてはダラダラと続けていた。
今回受けたクエストは推奨レベル100~120のボス討伐系。
適性レベルから10倍は離れているが……まあ引退間近のやり残し消化作業なんて、こんなもんだろう。
ちなみにこのクエストが未クリアだった理由は、単純に攻略が面倒くさいから。
このクエストは移動系や探知系の行動……スキルや魔法に制限がかかっており、討伐対象を徒歩で探すところから始めなければならないのだった。
運営がサービス開始当初に想像力の欠如から冒険してしまった結果である。
幸いストーリーに関係の無いただの賑やかしクエストなので、俺たちを含めて多くのプレイヤーはスルーして先に進んでいる。
――地平線の彼方まで延々と続く砂漠。
このクエストが不人気なのは、この大砂漠というマップのせいでもある。
まず、景色がずっと変わらないから、面白くない。
ゲームの環境をリアルに体験することになる低次世界体験型ゲームでは、『マップの見た目』というものは結構重要な要素だ。
変わらない景色の中をひたすら彷徨い歩くのの何が楽しいのか。
俺はリアルで砂漠に放り出されたら100mぐらいで引き返す自信がある。
その弱点を誤魔化すために転移や移動系のシステムがあるのに、それを縛ってしまったから純粋に低次世界体験型ゲームの悪いところだけが出てしまっているのであった。
ぶっちゃけソロでやってたら一生来なかったと思う。
それから数十分も歩いて、やっとマップに指定された地点まで来た。
ここからは自力で探せということだろう。
普段はハネットがスキルを使用してポンと見つけてくれるのだが、それが制限されている今回は少々厄介に思える。
この広大な砂漠から獲物を見つけ出すのは骨が折れるだろう。
自分で周囲を見渡してみるが、陽炎のせいで視界をズームしても一定距離から先がどうなっているのか、よく分からない。
「どうする? 手分けして探すか?」
「いや――」
ハネットは周辺をざっと確認すると、当然といった風に口を開く。
「――どうせ最初に見つけるのは俺だから、お前たちもついて来い」
こんな風に、こいつは時折ナチュラルにナルシストな発言をすることがある。
(ただ、これがいつも現実になるんだよなぁ……)
おかげで自惚れと切り捨てるには少々実績がありすぎた。
子供の頃から変わらない、『こいつならやりかねん』という謎の説得力だった。
――俺たちに見えていないだけで、きっとこいつには別の何かが見えているのだろう。
それを長い付き合いの中でなんとなく理解している俺たちは、特に反対することもなく大人しくその後ろについて行った。
実はリーダーが迷子になりそうだからというのもあるが、黙っておく。
「あ、見て見てあそこ、なんか跡付いてる!」
リーダーが砂丘の上に、何かが這いずった跡のような波模様を見つける。
巨大な砂丘だらけの地形のせいでサイズ感が狂うが、たぶん横幅だけで20メートルを超えている。
少なくとも雑魚モンスターの痕跡ではない。
「……目標の通った跡か?」
「違う」
しかしハネットはそれを、一瞥しただけでバッサリと否定してみせた。
ヘルムの下で怪訝な顔をした俺たちを見て、模様を指差す。
「外側にだけ波打つような跡があるだろ? これは多分、足跡だ。でも今回の敵には足が無いからな。……間にある一繋ぎの線は尻尾を引きずった跡かな。ならこれは【エルダーバジリスク】か【アースドラゴン】辺りの四足歩行系モンスターだな」
「へぇー」
今回の討伐対象であるボスモンスター【古代王バハムート】は、【大海魔クラーケン】と並ぶランダム移動型モンスターだ。
クラーケンが水中マップに生息する『巨大なタコ』なのに対し、バハムートは砂漠マップに生息する『巨大なクジラ』らしい。
恐らくその情報から「痕跡はこういう風になる筈」と見当が付いていたのだろう。
なるほど、砂の跡にも見分け方があるのか。
(――意図的に言わなかったんだろうなぁ……)
リーダーみたいに素直に関心するべきなんだろうが、長い付き合いなのでそういう所も分かってしまう。
こいつには、解決法を知っていても黙っている時がある。
どうせ自分が1人で解決するから、言う必要が無いと思ったか。
――それとも、俺たちが成長すると相対的に自分の価値が下がるから、あえて黙っているのか。
まあ、多分その両方なんだろうが。
「見た感じ、あっちだと思うんだよなぁ……」
ハネットはマップで西と表示されている方向を指差す。
「なんで?」
「え……なんで? …………なんでだろう」
リーダーの素朴な疑問に、なぜか言った本人が悩み出した。
首を傾げながら景色を見つめ、しばらくして何かに気付いたようにポンと手を打った。
「……ああ、周りの砂丘の形だ」
「砂丘の形?」
「ほら、先端が全部、西に向かって傾いてるだろ」
ハネットが砂丘の1つを指差し、その頂点の輪郭をなぞってみせる。
たしかに言われてみれば、砂丘の傾斜の方向というのは全てが揃っているようだ。
マップで確認するに、ハネットの言う通り東から西に向かって傾いているらしい。
「あー、風向きかなんかのせいか」
「だろうな。だから俺がバハムートだったらこっちに行くって話だ」
「は?」
そこから何がどうなってそうなるのか。
「え? ……だって体が大きかったら受ける空気抵抗も凄いだろ。巨体を動かすならエネルギー消費や筋肉疲労も桁違いだろうし、俺だったら常に追い風で移動したいけどな」
「…………」
なんというか、発想というか、常識というか、もう考え方からして既に俺たちとは違うんだな。
どこか心の中で『ゲーム』だと思っている俺たちとは、『のめり込み方』が違う気がする。
こいつはとにかく真面目に、真剣に考えてこのゲームを攻略しているのだ。
ちなみにこの会話の間、リーダーは一言も喋っていない。
とりあえず何の指標もなく適当に歩き回ることしか出来ない俺たちよりは、ハネットの言に従った方がいいだろう。
「あれ? でもずっと西に向かって泳いでるんだとしたら、最終的に砂漠から出ちゃうんじゃないの」
リーダーが時間差で疑問を口にする。
いや、ゲームなんだからその辺はどうにかしてあるだろう。
「それは実は俺もちょっと考えた。でも風向きって、ずっと一定なもんなのかね? 普通に時間帯とか場所とかで変わるんじゃねーか」
「ああ、そっか」
ハネットがもう少し賢く返すのを聞いて、言わないで良かったと密かに安堵する。
まあ俺の考えも間違ってはいないと思うが。
「そう仮定すると、砂丘の傾斜って出来てからそんなに時間が経ってない可能性があるんだよな。だから砂丘を追っていけば割と近くにバハムートがいるんじゃねーかと思ってんだ」
「はーん、なるほど」
よく考えてるなぁ。
戦闘では『とりあえず範囲魔法撃っとけ』みたいな戦い方するのに。
それからは砂丘の向いている方を目指してとにかく歩いた。
「多分もうすぐだと思うんだが……」
お前には何が見えているのか。
「お、ほらほら、見えてきたぞ」
陽炎を貫き、地平線からぽっこりと『山』が現れる。
体表に砂が付着しているのか、色は砂漠に溶け込むような黄土色。
背中側には巨大な岩石のようなものが連なり、背びれに近いシルエットを浮かべている。
――【古代王バハムート】だ。
へぇ、多分全長300メートルくらいあるな。
◆設定補足◆ ※別に覚えなくていい
・制限クエスト
サービス開始直後にゲームの売りである『リアル』を前面に押し出しすぎて生まれた要素。苦情が出まくったので現在はもう少し常識的な範疇の制限に留まる。