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次原(つぎはら)否診(いなみ)の契約破綻

掲載日:2016/02/03

次原つぎはら否診いなみはカエルの悪魔と契約した。




自身の魂と引き換えに『健康肉体』を手に入れた次原つぎはら否診いなみは、現代医学では治せないと言われた、いわゆる”不治の病”というものを治し、学校に登校を許可された。





はかま大学付属だいがくふぞく振袖ふりそで中学ちゅうがく

この学校には生徒であった次原つぎはら否診いなみの学生記録が保管されている。

悪魔との契約により、彼女は生き地獄から生還した。

彼女の学生記録にはその力の大きさが記されている。


・21.5キロのフルマラソン完走。


・ソフトボール二試合連続完投。


・全教科成績、ALLオール5。


・ボランティア活動による教会の支援。


・学校祭で三つの屋台を出店し、278,062円の黒字を出す。



次原つぎはら否診いなみは、はかま大学付属だいがくふぞく浴衣高等学校に昇らず、一日13時間勉強しなければ入学できな格できないを名高い難関校、海能かいのう学園に入学をする。





次原つぎはら否診いなみは一変した!

己が持つ捨札すてふだが”革命”によりキングを超えるように!

彼女に向けられる憐みが、羨望になった!

あいつは凄い! あいつは一度も敗北をしない! 

あいつには誰にも勝つことができない!

彼女にとってそのような言葉は称賛ではない。

なぜなら彼女の行動は全て”確信”を持っているからだ!

だから失敗しない! 敗北しない!

一切の可能性が入り込む余地がない”確信”があるからだ!












2000年1月1日。

パンデミックにより全人類が死亡した。

次原つぎはら否診いなみという人の形をした生命体は、人類の終幕を見届けた。

彼女がこの時刻をもって、全地球生命体の頂点であることを証明する瞬間だった。


「知恵を付けた程度で愚図という”本質”は変わることはない。

 所詮サルだったということか。」


神が人類に手向けた最後の言葉だった。


◇◇◇◇◇


人類が滅亡してから十年が経ち、悪魔が来訪した。


「何のようだ? 契約の履行にはまだ半分の時も過ぎていないだろう」


次原つぎはら否診いなみ風化した四輪車に座っている。

街という街が風化し、今では世界中だ幽霊街ゴーストタウンである。


『ああ、契約の履行にはまだ200年という時がある。たとえ、飲まず食わずにこれからを生きようとしたとしても体がその”環境”を克服し、生き続けるだろう。

 俺が今日、お前のところに訪れたのは、お前と”再契約”するためだ」


「”再契約”だと?」


『ああ』


体と同じように鈍い虹色の光沢をする人差し指から、同様の色を持った体液が一滴、地面に落ちる。

落ちた体液が、火に炙り出され文字が浮かぶように、藍色の文字が地面に浮かぶ。


『これは悪魔文字だ。

 お前には読めないだろうが、ここの一文には現在俺が保有する人間の魂の数が記されている。

 その数、283万だ』


「283万。その数は悪魔にとって多いのか?」


『ああ、多い。283万のうち、280万はこの世界のパンデミックで手に入れた。全人類の人口、70億人と比較すれば微々たる数字だが、一悪魔が持つにしては多すぎる量だ。他の悪魔に悪く思われても仕方がない量だ』


悪魔は淡々と話す。冷静ではなく、感情を持っていない者の話し方をする。


『しかし、魂にも”質”というものがある。どれだけ数があっても”質”が悪ければ旨みがなく、ただ腹が膨れるシロモノでしかない。

 それに比べ、お前の魂は”質”がいい。伊達に地獄を体験しただけはある』


「ふん」


苛立ちを込めた返答に、悪魔は全く気にする様子もなく話し続ける。


『お前が死ねば、当然俺が上等な”質”の魂を手にすることになる。しかし、それでは他の悪魔に反感を買ってしまうことは目に見える。

 要はこれ以上目立つのは避けたいわけだ』


「悪魔にも人間のような下卑た精神があるわけだ」


『これは”存在イデア”の問題だ。下卑ようと構わない。

 俺が”再契約”により、お前に求めるのは並行パラレル世界の観察だ』


「もしもあのとき、というIfイフの世界か」


『そうだ。お前にはしばらく並行パラレル世界へ観察という俺の私情という名目で生きていてもらう。

 俺の身が安全になった上でお前の魂を頂く』


「なるほど。臆病者にしては壮大な話だ。

 いいだろう。この世界にも飽きた。

 その話、一つ乗らせてもらうとしよう」


『よろしい。では、”再契約”を行うが、お前は新たに対価を求めることができる。

 お前が求めるものを言ってみろ』


「私が求めるものか。

 そうだな……。

 この”ナイフ”をお前が言う並行パラレル世界に持ち出したい」


それは柄である部分が日本刀のように作られた、刃渡り15センチのナイフだった。

刀身には、<Meid In Inami>と刻まれている。


『いいだろう。そのナイフはお前の魂に内包しておく。そのためには名前が必要だ』


「名前? 何故だ?」


『名前のある物質は”存在イデア”が強く、内包した魂からナイフを取り出すことも容易になる』


「ふーん。そうか」


次原つぎはら否診いなみは、手に持つナイフを回しながら思案する。


「ブラックレッド=悪魔からの凶器、というのにしよう」


◇◇◇◇


「しかし、釣れないね」


白浜の漁港で一人の女性が釣りをしていた。歳は30歳だろうか。『Knightナイト』と青字が書かれた帽子から黒いポニーテールが垂れており、Tシャツの上から存在感を誇示する豊満な胸、白いジャケットを腰に巻き、青のダメージジーンズを着ていた。


「あれだ、今日は未確認生命体の発見により、戦闘艦が全艦出動しているのかね。それとも、ムー大陸でも浮上したか?」


『こんな晴々としたいい天気に物騒なことを考える。人間は自らの環境と反する環境を妄想し、願う傾向がある。今を楽しめない、損な生き方しかできない』


「悪魔には分からないかもしれないが、人間は損得限らず、創ることを楽しむ生き物なんだよ。お前の言っていることは中学生になって学生服がダサいと言うガキと同じだ」


釣りをしている女性、次原つぎはら否診いなみは、カエルの悪魔にそう言った。


「大体、いまさら何の用だよ。私はいつまで世界を渡る生活をしないといけないんだ。私はあれか、並行パラレル世界の巡回パトロール員か。給料ゼロとか、ブラック通り越してダークネス企業だわ」


悪魔おれにピッタリじゃないか』


「そういやそうだ」


ハハ、次原つぎはら否診いなみは乾いた笑いをした。その隣で、悪魔は海岸線を見ながら口を開く。


『お前、また変な能力手に入れただろう』


少し考えて、言う。


「ごめん、身に覚えが多すぎて分かんない。なんだよ、ジト目でこっち向いてどうした?」


悪魔が長い溜息を出した。長い時間の中で感情が生まれたか、人間の感情を知らなければならない事態に陥ったのか、理由は分からない。だが、悪魔がまるで人間のような溜息を吐いたことには、彼女も驚いた。


顔にはださなかったが。


『お前の能力の一部が俺にとって”毒”になっている』


「”毒”か。身に覚えがないな」


そう言いながら、”気功術”で釣り竿を元のナイフの形に戻す。ナイフの刀身には<Meid In Inami>と字が刻まれていた。


『それは何だ?』


「ナイフ。それっぽく釣り竿の形にしてもダメなんだな。血の匂いが染みついているのかな?」


『ナイフであることは分かっている! どうして釣り竿がナイフになったのかと聞いているんだ!』


決壊したように怒鳴る悪魔に、並行パラレル世界を旅してきた、さすがの次原つぎはら否診いなみも驚いた顔を隠せない。


これは大分、人間界(俗世)にはまったなと思いながら、次原つぎはら否診いなみは答えた。


「落ち着けよ、説明するから。このナイフは私の魂に内包されているだろう。当然、内包している私の魂から大きく影響される。魂が成長すれば、このナイフも反映して成長する。

 この”気功術”っていうのは、体全身に”気”を巡らせ、一点に集中したり、全身にくまなく纏わせるなどを”気”の扱いに長けた武術だ。

 体が健康だと気持ちまで健康になる。スポーツは心を豊かにさせるっていうじゃないか。大体そんな感じだ。

 だから、内包しているナイフも”気功術”の影響を受ける。もちろん、それだけじゃ、ナイフの形状を変えられないけど、日本人はなにかと手先が器用というか、他の技術と応用すればこのように」


次原つぎはら否診いなみは、手に持ったナイフを、スコップ、つまようじ、槍と次々に形状を変えていき、最後は本来の姿であるナイフの形に戻した。


「変形可能になりました♪ 制限はあるけれど、これだけでかなり便利です」


ニコッ、と悪魔に笑顔する。


『……お前、大分性格変わったな。”再契約”したときには、そんな明るく弾けた声をするやつだとは思わなかったぞ』


「いろんな世界を見てきたんだ。硬い性格じゃやっていけないさ」


笑顔をやめたが、その表情は穏やかなものだった。


「そういう君も変わったんじゃないか?」


次原つぎはら否診いなみは悪魔に指を差して尋ねた。


『まあな。俺もたくさんの魂を見てきたんだ。そいつらに感化もされるさ』


「悪魔のセリフとは思えない」


『抜かせ! そもそも悪魔は人間とコンタクトを図るために”契約”を作ったんだ。むしろこっちの方が悪魔らしいさ』


「そうだな。そっちの方がお前らしい」


話し甲斐がいがある。と付け加えて言う。


『その”気功術”とか言ったな。そのせいで俺はお前の魂を食うことはできない。なぜなら。その魂には”悪魔殺しの力”も混じっているからだ』


「食うつもりだったのか、魂。衝撃の告白だな」


『茶化すな、最後まで聞け。お前には”悪魔殺しの力”になんらか影響されたのだろう。例えば、聖剣に触れたとか』


「あ」


『図星か。ああいうものは、触れればご加護とか付いてくるからな。表面的に、というか肉体にご加護があっても俺が食らうのは魂だ。何の問題もない。

 しかし、それが”気功術”で体だけじゃなく、魂までもがその”悪魔殺しの力”が循環し、俺が食おうにも食えないことになってしまった。

 現に、お前が持っているナイフには指一本触れることができない』


「まじか」


『本当だ』


「へえー」


感慨深げに呟いた次原つぎはら否診いなみは、手でナイフをいたずらに回す。


「ん? じゃあ、私ってどうなるの? ”契約”は?」


『やれやれ、やっとここまで来たか』


悪魔は頭をきながら、面倒そうに答える。


『”契約”は絶対だ。反故にすることは、たとえ”魔神”にもできない。

 この契約は果たされないまま、終わる』


「何だ? よく分からないな? もう少し分かるように話してくれ」


『はあ。つまりだ、お前には引き続き並行パラレル世界に巡行してもらう、というわけだ』


「通常運転か。私はそれどもいいけど、お前はいいのか?」


『言い分けないだろう。お前が巡回している間、俺は”契約”に何か抜け道がないか模索している。せいぜいその時を楽しみにしているんだな』


そう、それはまるで犬に噛まれたような、苦肉という顔で言い残し、悪魔は空間に裂け目を入れ、己が巣である暗黒空間に戻った。


「……あのスキル欲しいな」


女性は一人寂しく呟き、自らも現在いまの巣穴に帰る。




十年後、百年後、千年後、いや、それは時間で考えるものではないかもしれない。考えるのも愚かな、多くの世界が流れるかもしれない。

しかし、彼らは再び出会うだろう。

輪廻の輪に変わらないものが、また一つ増えたのだ。

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