忘れてて良かったのに
ふとしたことでゆがんだりするんですよ。
上京して2ヶ月、久しぶりの着信だった。僕は埃を被っているスマートフォンのもとへすぐさま駆け寄り、着ていたTシャツで埃を拭い、画面を確認した。
着信は、中学の同級生だったあいつからだった。
もしもし。
もしもし?
お久しぶりです。
おう。久しぶり。
お元気ですか。
おう。元気だよ。そっちは?
こちらも元気です。
僕は違和感を感じていた。あいつとは中学の同級生でとても仲が良かった。高校は別の高校だったけど、お互いの休みが合うと海まで自転車ですっ飛ばしたり、水族館の魚にオリジナリティーあふれる名前を勝手につけたり、必ず遊んでいた。
そんなあいつが、なぜ僕に敬語を使っている
んだ?
あのさ、
何ですか?
何か隠し事してる?
してないですよ。
じゃあ何で敬語?
そんなことどうだっていいじゃないですか。
よくねえよ。水臭えことはしないって「友達の誓い」で言ったじゃん。
友達の誓い?
そう。「友達の誓い」。
「友達の誓い」とは、僕たちが中学1年の時に流行ったものであった。誰もいない夕暮れの海岸に2人で立ち、3分間手を合わせて見つめ合うのだ。ちなみに、異性の2人だと「恋人の誓い」になる。ある日、僕とあいつが夕暮れに海岸に向かうと、クラスメートの2人が「恋人の誓い」をしていた。僕たちはその模様をこっそり写真で撮り、すぐさまプリントアウトして教室の黒板に貼り出した。それもまた思い出だ。
そのことを覚えていないなんて、やっぱり今日のあいつはおかしい。
…ごめんなさい。思い出せないです。
とにかく、敬語はやめて。親友なんだから。
親友?
そう。親友。
親友…。
やっぱりだ。そう確信した。電話の向こうはいつものあいつじゃない。
あのさ、
はい?
何かあったの?
…。
なぁ、言ってよ。
…。
親友だろ?何でも言い合える仲じゃなかったのかよ。がっかりしたよ。「友達の誓い」忘れたのかよ?
…。
なぁ。
すると、あいつは小さな声で「忘れた。」と言った。
…えっ?
忘れたんだよ。全部。
…。
俺は草野球をやってた。そこで試合中、打球が頭に当たった。すぐ病院に運ばれたよ。幸い、命に別条はなかった。安静にするため、1日だけ入院する予定だった。
でもさ、次の日の朝、目が覚めると試合より前の記憶がごっそり抜けてた。ごめんな。相手チームのメンバーはわかるのにお前のこと、何も思い出せないんだ。ごめんな…。
僕も…強く言っちゃって悪かった。
大丈夫だよ。親友なんだろ?
おう。
あっ。
何?
お前のこと、一つだけ思い出した。
何?教えて。
俺さ、お前に2万貸してたよね?