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十四、一時間後

警察が来ても私と純子は首を縦に振るか横に振るかの二択しかできなかった。話したところで、どこまで信用してもらえるか不安だった。

紺色のくたびれたスーツを着た中年の刑事さんは、困った顔をして頭を掻く回数も増えていく。

私たちは二階の廊下で「何が起きたんだ?」という類の質問を何度もされた。

鏡の部屋を厳つい顔をした警察の人たちが忙しそうに出入りして、カメラのフラッシュの光りがもれてくる。

凄惨な出来事を思い出したくなかったし、純子が“鏡を押しただけ”の行為を告白するまで、私は口を閉ざしていようと思った。庇うとかえって余計な嘘まで出てきそうな気がした。

純子の目はまだうつろで、夢の世界から抜け出せていないように見える。

「君たちはここへなにをしに来てたんだ?二人は自殺したのか?それとも大人の女の人が無理やり女の子を道連れにしたのか?」

刑事さんは痺れを切らしたのか、答えにくい質問をズバッと訊いきた。

もう少し時間を置いてくれたら、純子も口を開いてくれるのにと不満に思う。

警察に通報したのは近所の人で植木鉢に水をやっていると、柳沼家の二階から人が飛び出してくるシーンを目撃して電話したらしい。

通報する余計な手間がはぶけて、私たちには都合がよかった。

「この部屋で待ってなさい」

すぐに柳沼家から出たかったけれど、刑事さんはなかなか解放してくれそうにない。

開けたドアは亜里沙ちゃんの部屋の向い側。二階のもうひとつの角部屋……最初に柳沼家に来た帰り際、人影を見た部屋。亜里沙ちゃんの部屋と広さは同じ。壁紙も家具類もお揃い。違うのはピアノがないことと、窓が南向きで、B5サイズのイラストが壁に飾ってあることくらい。玄関ホールにある漫画風の女の子のイラストと同じ趣味。

きっと唖璃子ちゃんの部屋だ。

私が部屋の中を目で探索していると、早いリズムの足音が廊下から響いてくる。

「警部補、一階のキッチンの冷凍庫に男性と思われる遺体が発見されました」

「おい!」と言って私たちに質問していた中年の刑事さんは唇の真ん中に人差し指を立てて、走ってきた制服警官をたしなめる。

警官は部屋にいる私たちの存在に気づいて“しまった!”という台詞がいまにも聞こえてきそうな顔をした。

私と純子は顔を見合わせた。お互いビックリして見開いた目の大きさを見比べる。

二人の様子を探っていた刑事さんは“このことは知らないな”と思ったのかなにも質問せずに「窓に近づくなよ。外に野次馬がいるから」とぶっきらぼうな言葉を残して警官とともに去っていく。

“男性と思われる遺体”で頭に浮かんだのは亜里沙ちゃんのお父さんとお抱えの運転手さん。

まさかお父さんを?!

でも、亜里沙ちゃんはお父さんが生きている……ようなことを言っていた。

『信用できない。お父さんに言いつけてやる!……』は、お父さんが現在進行形で生きているということにならないだろうか?

そうなるとお抱えの運転手さんが殺されたのだろうか?車の運転という仕事から判断すると、運転手さんは男性だと思う。けれど一度も見たことがないから本当に実在していたのかさえわからない。

どっちが殺されたのか、違う人物なのか……いずれにしろ亜里沙ちゃんと羊さんは……狂ってる。

私から二人に対する同情という言葉が完全に消えた。

「私、今度あの刑事さんが戻ってきたらすべて話すね」

純子は目に涙をためて私に許しを請う。二人で抱き合い、慰めることで心の傷を癒した。

その後、私は唖璃子ちゃんの部屋で一冊の本を見つけた。本は新品同様で学習机の横に落ちていた。整理整頓されている部屋の中で、その本が拾ってくれとでもいうように存在意義を主張していた。

一八七一年ルイス・キャロルによって書かれた『鏡の国のアリス』で、白いドレスを着た少女の後ろ姿が表紙になっている。読んだことはないけれど、鏡の中へ通り抜けることができた少女が向こう側の世界で旅をするという話だったと思う。『不思議の国のアリス』の続編として有名な児童文学。

『鏡の国のアリス』の本が唖璃子ちゃんの部屋にあるということは、信じたくないけど亜里沙ちゃんが言ったことには事実が含まれていると認めてあげないといけない。

「どうしたの?」

本の表紙をただじっと見詰めていると、純子が不思議そうな顔をして尋ねてくる。

亜里沙ちゃんが『鏡の国のアリス』の本のことを話したとき、首を絞められていたから聞いている余裕がなかったんだ。

「ううん、なんでもない」と、私が首を振ると、刑事さんが婦人警官を引き連れて戻ってきた。

女の人がいたほうが話しやすいと思ったのかもしれない。

私は急いで本を学習机の上に置いた。

真っ赤なリボンをした少女が写っている一枚の写真が、スルリと滑るように本から抜け落ちたことを私は気づかなかった。


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