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十一、異変

幸福な時間って長く続かないんだと感じてしまう日になってしまった。

仕事が遅番のお母さんは朝食を用意してくれて、おかげでゆっくりできた私は元気良く「行って来ます」を言えた。

亜里沙ちゃんにひどいことをされたのに、それほど落ち込まずにいる自分をたくましく思えた。

あの悪夢に比べたら……と考えることで、亜里沙ちゃんとの苦い経験を脳の隅へ追いやることに成功していた。

ただ、問題は残されていた。

亜里沙ちゃんのお世話を辞退すると羊さんに伝えていないことと、お金を返還することの二つ。

失礼ではあってもお断りはメールで事足りると思っていた。

ただし、お金を返すとなると直に会わないといけない。

二つを解決するには一度羊さんと話さないといけないけれど、亜里沙ちゃんと何があったのか訊かれるのは困る。問われたとき、きっと私の顔に答えが出てしまう。

あれから時間が経って、私は亜里沙ちゃんだけに非があるとは思えなくなった。

子供は悪くない。悪いのは環境なんだ。お金や物を買え与え、家政婦さんに任せっきりのお父さんに全責任がある。

ベストなのはお金と手紙をポストに入れて逃げること。けれど、そこでまた問題が生じる。手紙になんて書けばいいのか良い文面が浮かばない。頭を突いて出てきたのは取り留めのない言葉の羅列。

『柳沼家に育てられた亜里沙ちゃんを不幸に思います。私と柳沼家ではあまりにも住む環境が違い過ぎました』では、受け取った側は不快感というより意味不明。

実際に起こった出来事を書くべきなのだろうか?

『亜里沙ちゃんに窓から落とされそうになり、ピアノの蓋で指を挟まれました。悪いのは亜里沙ちゃんだけじゃないと思います。よく考えてからお世話する人を雇った方がいいと思われます。お金はお返しいたします』では、高校生のくせに生意気すぎるだろうか?脅迫だと勘違いされたり、逆ギレされたり、訴えられたりしないだろうか?

あれこれ文句を言わないで潔く「私には荷が重過ぎました」と謝って退散するのが一番いいのかもしれない。

でも、いきなり帰ってしまった事情を求めるメールが、羊さんからこないのは妙なことだった。

もうお世話に来ないと諦めているのだろうか?

だとすると亜里沙ちゃんから何があったのか聞いているはず。亜里沙ちゃんが真実を話していれば謝りのメールがきてもいいのだけれど……。

音沙汰がないというのはかえって不気味だった。

亜里沙ちゃんの家に行かないようになって一週間が経つ。

すっきりしない部分はあるけれど、悪夢を見なくなった私は平凡な生活に戻れた喜びを少なからず感じていた。

この平穏な日常を手放したくないという思いから、柳沼家に行くことにブレーキをかけている。

交差点で純子を待っていると「おはよう」と背中越しに声が飛んできた。

「おはよう!」

振り向いた私の顔が途端に曇る。純子の右足首に包帯が巻かれ、不自然な歩き方をしていたからだ。

「へへ、挫いちゃった」

私がケガの原因を訊くより先に純子が笑う。

「どうしたの?」

「普通の道で普通の石に躓いて転んだの。ドジっちゃった」

純子が照れながら理由を説明してくれた。

「痛そう……」

「ミキのケガが感染したのかも」

「ひどぉ~い」

私は純子の冗談を笑って受け入れた。黒紫に変色した指先は、包帯から絆創膏で隠せるまでに回復していた。

「ごめん、ごめん」

純子がすぐに謝る。

坂道のとき、私は純子に肩を貸してあげて寄り添って二人で歩いた。

学校も帰り道でもべったり。

「家まで付き添う」と言った私に「そこまで重病人じゃないよ」と純子は笑顔で断る。

手を振って別れて間もなく、ケータイにホムペからのお知らせメールの着信音が鳴った。

『インフィニティ・スペースのケータイサイトの掲示板に書き込みがありました』という内容で、私はホムペの“絡み”を確認した。



【バイトはじめたんですけど辛いです。

6/24  16:32  by あかり】



レスへの返信もひと言ブログも亀更新になっていたから、ホムペに書き込まれるのは久々だった。

URLが貼ってあるので、あかりちゃんのホムペに飛んでお邪魔をする。あかりちゃんのホムペは背景が白一色で殺風景。あとは黒い文字でプロフィールと“しゃべり場”というスレッドタイプの掲示板しかない。ホムペには総合、前日、今日の訪問者数がカウントされていて、放置気味の私と純子のホムペより訪問者の数が少ない。

私はあかりちゃんのホムペの掲示板にレスを残した。



【バイトしてるんだね。楽な仕事ってやっぱりないよね。

6/24  16:39  by ミキ】



家に帰って着替えているとき、またあかりちゃんから書き込みがされた。



【バイトの経験あるんですか?

6/24  17:11  by あかり】



返信を読んで“しまった!”と思った。いかにもバイトしたことがあるような得意げな目線で書いてしまった。まだ純子にも教えていないことを見ず知らずの人に先に教えるのはちょっと気が引ける。



【バイトというか、お手伝い程度のお小遣い稼ぎだよ(笑)

6/24  17:21  by ミキ】



曖昧に答えてごまかしたけれど、具体的に聞かれたら困るなと思いながら返信を待った。

しかし、その日にあかりちゃんからレスは返ってこなかった。


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