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十、あの日から……

亜里沙ちゃんとの関係がこのまま自然消滅してくれることを祈って、あの日から私は柳沼家に行くのをやめた。

亜里沙ちゃんが鍵盤蓋で私の指を挟んだ行為は、衝動的なものなのだろうか?

人にケガをさせて謝るという感情が、微塵も汲み取れなかった亜里沙ちゃんのあの顔は“本性”なのだろうか?

窓から突き落とそうとしたのは警告?だとすると、鍵盤蓋を閉めたのは意図的だったということになる。

いま思えばこうなるんじゃないかという不安要素が私の中でくすぶっていた。

玄関ロビーから中廊下に飾ってあったイラスト、機能よりも娘の欲求を優先した階段など、亜里沙ちゃんに好き勝手させているのではないだろうか?

お母さんが死んだショックで、学校を休んでいるというのも怪しくなってきた。

我がままな亜里沙ちゃんはクラスで浮いた存在となり、友達ができなくて登校拒否をしているのではないだろうか?

同世代と会話するのが馬鹿らしくなって、大人の世界の環境に適応するため、表と裏の顔を使い分ける子供へと育っているというのは考え過ぎだろうか?

お父さんがいなくても、いままでまともに育ててくれたお母さんに私は心の中で感謝した。

内出血して腫れた指に包帯を巻くのが新たな日課になってしまった。

お母さんには玄関のドアで指を挟んだと報告した。

「十本全部?!」と驚いていたけれど、苦笑いで逃げた。

学校で聞かれても同じ理由で笑い話にして流した。

中間考査のテストが終了して午前中に学校が終わった帰りに、純子が思わぬ提案をしてくれた。

「今日、カレー作るんだ。どうせ作りすぎちゃうから一緒に食べない?」

弟の勇人君はとてもやんちゃでスカートを捲られてから遊びにいってなかった。もちろんその後に純子の鉄拳が飛んで勇人君は意気消沈。

「うん。久し振りにお邪魔するね」

私は快く純子の誘いを受けた。

純子の家は平屋の一軒家。赤茶色のレンガブロックで出来ていてかなり年季の入った建物。

玄関の外にあるポストの口から、ハガキやら封筒の束があふれていた。純子はそれらを目で確認することをせず、無造作に掴んでスクールバッグのサイドポケットに隠すように入れた。

いま思うと、ほとんどが請求書や督促状だったんだと思う。

台所と居間のスペースは細長く、押入れがある和室は布団が敷きっぱなし。

「弟は三時くらいまで帰ってこないから」

勇人君の姿はなく、きっと純子は悪戯っ子がいない時を見計らって招待してくれたのだ。

「もう!片付けろと言ったのに」

テーブルの上に散乱しているカップラーメンの器やお菓子の袋などを純子は半透明のビニール袋にてきぱきと投げ入れる。

純子がバイトするようになって面倒を見てくれる人がいない勇人君は、好きな物しか食べない栄養過多な食事を余儀なくされているようだ。

純子のお母さんは水商売をしている。

パチンコ好きで時々無断で仕事を休んでしまうらしく、純子が愚痴をこぼしていたことがある。

満足な生活ができなくなって、純子はバイトしているのではないだろうか?

以前なら不快に見えてしまう襖に開けられたあちらこちらの穴、壁のラクガキなどが  いまは好意的に見れる。勇人君と亜里沙ちゃんは歳がそんなに変わらないのに、お互いの 無邪気さには質の違いがある。

環境がそうさせるのだろうか?

純子の家の現状と柳沼家、そして私の家のどれが幸せなんだろう?

幸せってもともと比べるものじゃないのかもしれない。

私は指に痛みがないことを強調して、Y字型のピーラーでジャガイモとニンジンの皮を剥く仕事を授かった。

二人でぺちゃくちゃ喋りながらのカレー作りは思いのほか時間がかかり、完成したときにはお昼をとっくに過ぎていた。

「これで三日は持つな」

純子は金色の両手鍋から食欲をそそる匂いを嗅ぎ、確信めいた顔をした。

「えぇ~勇人君が可哀相だよ」

笑いながら純子の肩を叩く。

「大丈夫。今日はカレーライス。明日はカレーうどん。明後日はカレースパゲティなのだ」

恐怖の献立を聞かされた私の腹はよじれた。

「お腹空いたね」

「うん」

そのときに食べたカレーライスの味はいまでも忘れられない。


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